「ふ~む。中々に栄えた街ではないですか。ふむ、城を中心に三本の大路、その脇には人が歩く専用の道。商業区画は業種ごとに分割され、どの一帯にどの種の店があるかが一目瞭然。……人々も活気と笑顔に満ち溢れている。ん、いい街ですね」
鄴の街の、ほぼ全体を見渡すことのできる、大路の三叉路に立ち、三百六十度ぐるりと見渡しながら、その様子を観察しているその人物。
背丈は170センチほどだろうか。その赤みがかった長髪を、二つに分けて三つ編みにし、その服装は白い上着にミニスカートといういでたち。顔にはビン底眼鏡をかけているので、その細かな表情はわからないものの、口元の緩みがその機嫌のよさを表している。
時折、わずかな風を受けてはためく、そのスカートから伸びる白い脚が、なんともいえない色気を醸し出しており、道行く男たちが思わずじっと見つめるほど。
そんな男たちの視線をまったく気にせず、その女性は視線を城の方へと転じる。
「……北郷一刀。天の御遣い、ですか。さて、どんな人物なのか見に行くとしましょうかね。……”私の”輝里が、全てを預けているという男……もしつまらない男なら……うふ、うふふ、うふふふふふ」
少々怪しげな笑みを浮かべながら、その女性は城の方へと足を踏み出す。
「……待っててね、輝里。今から私が、あなたの下に行くから。そして、目を覚まさせてあげる。男なんていうくだらない生き物なんかじゃなく、貴女”が”愛しているのはこの私、伊機伯なんだってこと、ちゃ~んと、思い出させてあ・げ・る」
ちょうどその頃、城中の太守執務室にて。
「(ゾクゾクッ!)……なんか、今、すっごい寒気が……」
定例会議の最中、突然身震いをして怪訝そうな表情になる徐庶。それを見た一刀と姜維が、心配そうな顔で彼女に声をかける。
「……風邪かい?気をつけなきゃ駄目だよ、輝里」
「せやで。ちょうど季節の変わり目やし、体調管理はしっかりせな」
「……ん~。特に熱とかないんですけどね~」
自分の額に手を当て、徐庶はその首をかしげる。
「……今輝里さんに倒れられたら、その影響はかなり大きいですから。……今日のところは、もう休んだほうがいいんじゃないですか?」
「そうだな、無理は禁物だぞ、輝里」
「……ありがと、瑠里ちゃん。それにねえさんも。でも大丈夫ですよ。今は大事な時ですから、少々の事で休んでなんかいられませんよ」
無表情ながらも、徐庶を心配して休むように言う司馬懿と、それに同調した徐晃に対し、笑顔でそう返す徐庶。
「……で、話を元に戻しますけど、”紙”の生産のほうがようやく軌道に乗りました。これから随時、竹簡や木簡からの移行を、進めて行きたいと思います」
「ん、了解」
当時、紙は大変に貴重なものであった。何しろ、作るのに結構な手間がかかり、大量には生産できないのである。当然、値のほうもそれなりに高くなる。
しかし、紙のほうが何かと便利なのは、それこそ周知の事実である。そこで、一刀の天の知識を生かした、半自動の紙すき機を考案した。今まで人の手で行っていた紙すきを、その作業の大部分をからくり仕掛けにすることで、効率を大幅に上げようとしたのである。もちろん、紙の質も落とさないように、十分な設計がなされていた。
そうして出来上がった”それ”を、今度は何十台と作って、紙の大量生産を開始したのである。
結果、それは大成功した。
手間が大幅に減り、製作時間もかなり短縮された事で、紙の流通量は一気に増大し、その分、値も大きく下がった。しかも、これまで流通していたものより、はるかに質のいい物が、である。
「……いっそのこと、交易品目の中に入れてみましょうか。良い財源になると思いますけど」
「……そだね。輝里、手配の方頼むよ。とりあえず、来月分から含めてみて」
「わかりました。……で、その材料を伐採した跡地のほうですが、こちらの開発もすでに着手しております」
紙の材料―――それはもちろん、木である。鄴郡は、大陸でも有数の森林密集地帯である。その一部を切り開いて紙の材料を集めても、数十年はその材料に事欠かないほどに。
「開いた土地は遊ばせず、新たな耕作地にする。……一石二鳥っていうのは、こういうことやな」
うんうん、と。腕組みをして一人うなずく姜維。そこに、
「失礼します!当方に仕官を求めている者が来ておりますが、いかがいたしましょうか?!」
と、兵の一人がその場を訪れ、そう報告をしてきた。
「仕官希望か。そりゃありがたいな。人材が多いのにこしたことはないし」
「そうですね。……その人のお名前は?」
「はっ!伊籍、字を機伯と名乗っております!」
「…………え゛」
仕官希望者の名前。それを聞いたとたん、徐庶はその場でピシッ!と固まった。
『??』
その様子を見て首をかしげる一同。
で、それから少しして、件の人物が、城の謁見の間に姿を見せていた。
「姓は伊、名を籍、字を機伯にございます。まずは、お目どおり許されたこと、深く御礼申し上げます」
ビン底眼鏡をかけたその人物―――伊籍が、一刀に対して深々とその頭を下げる。
(う~む。見事なほどのビン底眼鏡だ……。こんな眼鏡、ほんとにこの世にあるんだなあ)
と、伊籍のかけているその眼鏡をみて、一刀はそんな感想をもつ。
「……始めまして、伊籍さん。北郷一刀、鄴郡太守を勤めさせていただいています。それで、本日のご来訪は、仕官を求めてとのことですが」
「はい。是非とも、北郷様の幕下にお加えいただきたく、荊州よりまかりこしました。どうか、お認めくださいますよう(ちらり)」
一刀の問いにそう答えつつ、その視線を、一刀の隣に立つ徐庶へと送る伊籍。……何故か、口の端を吊り上げながらの、笑みを向けて。
「う。……その、私的意見は、いろいろとありますが、朔耶はその能力”だけ”みれば、優秀な、良き人材です。……採用、するんですか?」
その顔を引きつらせながらも、伊籍をそう評して、徐庶は一刀に進言する。
(……なんか、含みのある言い方やな)
(……ですね。それに、ずいぶん複雑そうです。どうやら、お知り合いのようですけど)
徐庶のその様子を見た姜維と司馬懿が、ひそひそとそんな会話を交わす。
「輝里がそう言うんなら、間違いはないだろうしね。……伊籍さん、貴女の仕官、喜んで認めます。これから、よろしくお願いします」
「御意」
その頭を再び下げ、一刀に答える伊籍。
そしてその翌日、早速彼女は文官として働き始めた。その能力は徐庶が話したとおり、とても優秀なものであった。これまでは気づかずにいた、細かな見落としなどが彼女の指摘によってみつかり、それを修正することで、政務はさらにはかどるようになった。
そうして、一月もたった頃。
ある日の昼下がり、一刀と徐庶が政務を終え、昼食を採りに行こうとして、廊下を歩いていたときだった。
「輝里、ご飯食べに行かない?」
と、談笑しながら歩いていた二人の下に、突然伊籍が現れて、徐庶を食事に誘ってきた。
「あ、朔耶。ん~……いまから、一刀さんと食事に行くところだったんだけど、あ、朔耶もよかったら、一緒にどう?」
「……太守さまと?」
「うん」
「……」
徐庶のその台詞に、黙りこくる伊籍。……その目は、完全に否と言っている。その気配を察した一刀が、
「……えと、前から聞きたかったんだけどさ、おれ、伊籍さんに何か嫌われるような事したっけ?」
と、問いかける。すると、
「……してませんよ?……強いてあげるなら、”私の輝里”を独占しすぎ、というぐらいでしょうか」
「え?」
にっこり笑顔のまま、伊籍がそんなことを言った。
「……朔耶?」
「……ず~っと、今まで我慢してたんですが、今日こそは言わせていただきますね」
ぐい、と。徐庶の腕を唐突に掴み、自分の方へと引き寄せる。そして、それは始まった。
「……いーですか?政務以外では、今後一切、輝里に近づかないで欲しいんです。まあ、真名については、輝里本人の判断ですので、私はどうこう言う気はありません。けど、私は貴方に真名を預けたりなんかしませんので。それと、もし、輝里に手を出そうものなら、私は絶対許しません」
『……』
笑顔のまま早口で、一気に一刀に向けてまくし立てる伊籍。
「まあ、太守としては、有能で尊敬してもいい方だとは思いますが、こと、輝里に関しては、私は絶対に譲りませんから。……輝里を一番、愛しているのは、私、なんですから」
と。
それは、完全に、一刀に対するライバル宣言であった。
「……えっと、要するに、同姓あ」
「違います!私と輝里の愛は、そんな下世話なものじゃありません!この愛は、もっと純粋で、崇高なものなんです!それ以上でも、それ以下でもないんです!」
完全に、自分に浸っている伊籍を、ただ唖然と見つめる一刀。で、その伊籍に掴まれている徐庶はというと、
「一刀さん!誤解しないでくださいね!?朔耶が言っているのは、友情の延長みたいなものですから!そこから先は無いですから!」
「……いや、みなまで言わなくていいよ、輝里」
「え?」
その徐庶の言葉を聞いた一刀は、伊籍に対し、こんな事を言った。
「……伊籍さん。先の貴女の台詞、そっくりそのまま返しますよ。……あなたの優秀さは、この一月で十分理解しました。けど、それはそれです。……輝里についてだけは、絶対負けませんから」
『!!』
ライバル宣言返し。それを聞いた徐庶が、その顔を真っ赤にするのを見た伊籍は、ふっ、と。軽く笑って次のように返した。
「……私だって、絶対負けませんよ?輝里の貞操は、絶対に守って見せますから」
と、そう胸を張って。だが、
「……朔耶、そこは勝負にならないわよ?……てか、もう手遅れ」
「…………え?」
徐庶の言葉で、全身からその力が抜ける伊籍。その瞬間、徐庶は伊籍の腕から離れ、今度は一刀の腕にしがみついた。
「じゃ、そういうことだから、今後の勝負、楽しみにしてますよ。……不毛な愛には、まけませんから。じゃ、いこうか、輝里」
「はい♪」
と、呆然とする伊籍をその場に残し、一刀と徐庶はその腕を組んだまま、テクテクと歩いていく。
暫くして。
「……そう。そうなの。……いいわ。なら、あたしも本気で、輝里をこの手にしてやるわよ!……見てらっしゃいよー!男なんかに負けてたまるもんですかー!!」
と、高々に宣言をし、なーっはっはっは!と。大笑いをする伊籍であった。
とにもかくにも、そうして見事な三角関係が、この日を境にして、北郷軍の中に確立され、それが元でのどたばたが、今後たびたび繰り広げられるのであるが、それについては、また後に語りたいと思う。
何はともあれ、そうして騒々しくも穏やかな日常が、一刀を中心にして繰り広げられていき、瞬く間に、一年という月日が流れていった。その間に、鄴の街は大陸でも五指に入る大都市へと、成長していった。
この安寧が、永久に続いて欲しい。
一刀たちのみならず、大陸中の全ての者が、そう願っていた。
しかし、その願いもむなしく、安穏とした日々は、唐突に打ち砕かれる。
都から届けられた、その、一通の書簡。
それは、大陸に、再びの嵐を呼び込む。
新しい春の、その訪れを告げる、雪解けとともに……。
~続く~
というわけで、三章・序幕、改訂版をお届けします。
いやもう、今日コメを見てびっくりしました。思った以上に、アンチ朔耶なコメがたっぷりと。
輝「ある程度予測はしてたんですよね?」
・・・・ある程度は、ね。
由「で、その予想をはるかに上まったと」
はい。で、コメの意見を参考に、こんな風に書き直してみました。ご満足いただけたら幸いです。
瑠「・・・けど、人の意見に左右されすぎるのも、正直どうかと思いますが」
輝「ですね。・・・そこに関して、何か反論は?」
・・・・・・・無いです。ほんと、申し訳ありません。今後、二度とやらないようにするつもりです。
由「話の大筋さえ変わら無い範囲なら、まだ、許容範囲やとは思うけどね」
話の筋道を変更するようなことは、絶対しません。不足分の追加ぐらいで、今後はとどめられたらと思っております。
瑠「じゃ、あらためて、次回予告と行きましょうか。・・・都から送られてきた、ある一通の書状。それにより、時代はふたたび動き出します」
由「ウチらはこれからどうなっていくのか?カズは、白亜はんは、そして、諸侯は?」
瑠「次回、真説・恋姫演義 北朝伝、第三章・第一幕」
由「期待したってな~。・・・ほんならいつもどおり、コメント等、ぎょうさん待っとるで」
これからも、懲りずに付きあってやって下さると、うれしい限りです。
輝「とりあえず、見捨てないでやってくださいね。・・・あ、作品以外に関する誹謗中傷だけは、ご遠慮ねがいますね」
瑠「それではみなさん、また次回で」
『再見~!!』
最後に、改訂前のに支援とコメを下さった皆様、ほんとにありがとうございました。あっちは削除しました。本当に、申し訳ありませんでした。
では。
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え~、ごほん。
先日投稿した同タイトルの回ですが、
あまりにも朔耶に対する風当たりが強かったのと、
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