「……侍女の服?」
「うむ。おぬしの知識の中に、良い意匠の物はないかとおもうてな」
それは、虎牢関を出る少し前のこと。突然、夜中に劉弁に呼び出された一刀は、彼からある相談を持ちかけられた。
侍女用の、良い意匠の服の案。そんなのが無いかというのである。
「……そりゃ、無いことは無いけど。どうすんだい?そんなもの」
「……月じゃ」
「月?」
月、とは、先の相国である董卓のこと。その彼女が、侍女の服と何の関係があるのか。
「洛陽を奪還した後、月には朕の側仕えをして貰おうと思っておる。とはいえ、今までの衣装は何かと目立つでの。かと言って、普通の侍女の服ではつまらん。そこでじゃ、一刀の天の知識で何か新しいものをと、そう思うてな」
少々長い台詞を、早口で一気にまくし立てる。……すっごく生き生きした顔で。
「ん~。……侍女ってことは、ようはメイドさんだよな……。何か、書くものってある?」
「おう。引き受けてくれるか。ちと待っておれよ」
一刀の返事に嬉々とし、劉弁はいそいそと机のほうに向かう。その引き出しの中から、何枚かの紙と、筆と硯を一刀に渡す。
「ありがと。ちょっと待ってくれな。すぐにいくつか描いてみるから」
「うむ」
サラサラと。
手馴れた感じで服のデザインを描き始める。それを見た劉弁が、
「……随分手馴れておるの。天界でもやっておったのか?」
「……デザインそのものは、子供のころから好きで描いていたからね。さすがに、造ったことまでは無いけど」
別にレイヤーってわけじゃないし。と、そんなことを言いつつ、それを書き上げていく。レイヤーという言葉が何のことかはわからなかったが、劉弁はとりあえず、黙ってそれを見守る。そんな劉弁の視線を気にしつつも、半刻ほどして、一刀は四・五枚のデザイン画を描きあげた。
「……この位、かな?うん。我ながらいい感じのメイド服だ」
「めいど……?侍女のことか?」
「そだよ。……じゃあ、はい。後はここから、白亜が好きなのを選んでくれ」
「おう。すまんの、時間をとらせて」
ホクホク顔でそれを受け取り、一刀に礼を言う劉弁。
(……月に着せるって割には、なんか、随分嬉しそうだけど……。実は自分で着てみるつもり、とか?……ふむ。白亜のメイド姿か……やべ、ちょっと、可愛いかも)
劉弁が、自身のデザインしたメイド服を着ているところを、その脳内で再現してそれに思わず萌える一刀。だが、その頭に浮かんだ姿を、あわてて脳内から消し去る。
(いや、まてまてまて!白亜は男!そう、男なんだ!断じて俺には、”そっち”の趣味は)
「……どうしたのだ、一刀?急に一人で悶えおって」
「いへ?!いや、なんでもない!なんでもないよ!うん!じゃ、じゃあ、俺はこれで!うん!おやすみ!」
そそくさと。挨拶もそこそこに部屋を出て行く一刀。それを見送った劉弁はというと。
「……どうしたのじゃ、一刀のやつ。顔を真っ赤にして。……熱でもあるのかの?」
一刀の苦悶など知る由も無く、ただ、首をひねるのであった。
それから数日後。
炎上した洛陽から、旧都・長安への遷都が決まり、劉弁は妹の劉協や、元・董卓軍の将兵たちとともに、そちらへ遷ることとなった。
連合諸侯も解散し、それぞれの領地へと戻っていく。そこにはもちろん、一刀も含まれる。その一刀と硬く握手を交わし、次の再会を約して、劉弁は長安へとその歩を進め、二日後には新都に入った。
そして、その日の深夜。
「ふ~む。こっちが良いかのう……。いや、こちらもなかなか……いや待て、これも捨てがたい……」
その手に”例の”侍女服の試作品をいくつか持ち、姿見の前で自身の体に当てて悩んでいる、劉弁の姿があった。なお、それらの試作品を作ったのは、王凌である。……夜な夜な夜なべしての、力作だそうである。
「どれもなかなかに可愛らしいの~。一刀の話では、これを普段着にしておる者たちも、天の世界にはごろごろしておるらしいが。……気持ちはわからんでもないの」
注(一刀の捏造です。
「どれ。こうして眺めているだけもなんだしの。実際に着てみるとするか」
そう言って試作品のメイド服を寝台の上に放り投げ、自身の着ている衣装をするすると脱いでいく。
すらりと伸びたその手足。背はさほど高くないものの、均整の取れた、細身のその体。そして、胸に巻かれた”さらし”を、しゅるりとほどく。すると、その下から、豊かな二つのふくらみが現れる―――。
「……また少し、大きくなったきたの。まったく、背は伸びんとこんなところばかり大きくなりおる」
そう。
劉弁、彼は、いや、”彼女”はれっきとした”女”であった。なぜ、男の姿をし、男として振舞っているのか。それは一重に、周りに侮られないため。
彼女の父である霊帝、さらにはその前の、前の皇帝の代から、宮内にはびこりだした、宦官という名の寄生虫たちにより、皇帝は名ばかりの”お飾り”にされてしまった。
権威はあっても、権力は無い―――。
後世になって成立する、立憲君主、などといういいものではなく、君主という名のただの人形。
ましてや、次期皇帝たる皇太子が女人とあっては、それこそ利用される存在以外の何者でもなくなってしまう。
彼女はそう考え、女であることを隠して、今まで生きてきた。この事を知るのは、母である何太后と、妹の劉協、そして幼馴染である王凌の、三人のみ。
「……なぜ、朕は女子に生まれてきたのかの……。一刀のいうように、”向こう”の朕のように、男として生まれておれば……」
と、そんなことを考えいると、頭の中に、一刀の姿が浮かんできた。
「……いや、まあ。……男子であったなら、こんな気持ちも味わえなんだか。そこのところは、女子であることに感謝すべきかの」
一刀のあの笑顔。
それを見た瞬間、劉弁は思わずどきりとした。平静を保つのがやっとという位に。”それ”が、世間で言うところの”一目ぼれ”というものだったと気づいたのは、洛陽に戻ったその日の夜のこと。
「……いつか、この事を打ち明けることのできる日が、来るといいがな……。ふふ。これを知ったときの一刀の驚く顔が、目に浮かぶようじゃ」
くすくすと。
目を見開いて唖然とする、一刀のその顔を想像しつつ、劉弁はほほを紅くして笑う。
「……くしゅっ!……いかん。よく考えてみたら、素っ裸のままだった。ま、今日のところはこのまま寝るとするか。あれは明日にでも、月に渡すとするかの」
寝着に袖を通し、寝台へともぐりこむ。そして仰向けになって目を閉じ、そのまぶたに一刀の顔を思い浮かべる。
「……おやすみ、じゃ。一刀」
劉弁は夢の中へと入っていく。”友”であり、”最愛の人”である一刀と、その中で楽しく語らう。そんな、ささやかな幸せに包まれた、その夢の中に。
いつかそれが、現実のものとなることを願って……。
~了~
てなわけで、ちょっと短いですが、白亜の拠点をお送りしました。
輝「なんか、すごいこと思い切りぶっちゃけてるけど」
由「ちょっと早すぎちゃう?ばらすん」
そーおもったんだけどね。まあ、読者の皆様は、大体予測済みだとおもうし。
瑠「いいですけど。・・・・・で、白亜さん、これからどうなるんでしょう?」
それは今後の展開をお楽しみに、ってことで。一刀に食われる日が来るかこないか。おたのしみにww
さて、次回から物語りは第三章に入ります。
輝「それぞれの領地へと戻った諸侯」
由「それぞれの今後はどうなるのか?」
瑠「それでは次回、真説・恋姫演義 北朝伝」
第三章、序幕にて、お会いしましょう。それではみなさん、
『再見~!』
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北朝伝拠点、第五弾。
今回は白亜こと劉弁のお話です。
明かされる衝撃(?)の事実とともに、
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