一刀たちが汜水関を出た頃。
虎牢関の前面にて、一刀らが予測したとおり、呂布対関羽・張飛・馬超による激闘が行われていた。
「……お前たち、弱すぎ。恋の敵じゃ、無い」
「くそっ。……鈴々、馬超。二人とも、まだやれるな?」
「当たり前なのだ!鈴々はまだまだ、へっちゃらなのだ!」
「あたしだって!おうりゃあーーっ!!」
「……遅い」
呂布に対し、常人の域をはるかに超えた速度で、馬超が自慢の愛槍を繰り出す。だが呂布はその真紅の髪を揺らしながら、いともあっさりとそれをかわし、逆にその手の戟を彼女に思い切り振るう。
「うわっ!!」
それをかろうじて槍で受け止めるも、馬超はそのまま弾き飛ばされ、地をごろごろと転がった。
「馬超!……同時にかかるぞ、鈴々!」
「応なのだ!」
今度は関羽と張飛が、左右から同時に、呂布に向かって突撃をする。
「……無駄」
「にゃっ!?」
だが、呂布は張飛の繰り出した矛を、その手でがっしりと掴み、そのまま彼女を矛ごと振り回して、
「鈴々!……うわっ!?」
関羽に思い切りぶつけた。その衝撃で、姉妹そろって地に倒れ臥す二人。
「く。……この、化け物め」
「……月のために、これ以上は進ませない。……お前たちには、ここで止まっててもらう」
方転画戟を肩口に構え、呂布はさらに立ち上がろうとする三人を、キッ、と睨み付ける。
それと時同じくして、別の場所でも、彼女らと同様に激闘を行っている者たちがいた。
「うらあーっ!」
「何のおっ!」
張遼が振るった偃月刀を受け流し、その勢いに乗ったまま、今度は自分の剣を張遼に振るう、その左目に眼帯をした女性。
「チッ!……やるなあ、惇ちゃん。……こっちのアホのせいで片目を失ったっちゅうのに、ぜんぜん衰えへんその気迫。ウチ、ぞくぞくして来たで」
「フン!たとえ片目を失おうとも、命ある限り華琳様のために戦うことこそ、わが至上の喜びだ!貴様が、董卓のために戦うのと同様に、な」
にやにや、と。満足げな笑みを浮かべる張遼に、その女性――曹操配下の将、夏侯惇がその剣を構えなおしながら、そう答えた。
「……せやな。本当なら、その意気に応えて降ってやりたいところやけど、残念ながらそうもいかへんねん。……も少しだけ、ウチにつきおうてもらうで」
この少し前、張遼配下の兵士の一人が、二人の一騎打ちの最中に、夏侯惇を目掛けて矢を放ったのである。その矢は見事に、夏侯惇の左目に突き刺さった。だが、一騎打ちを邪魔された張遼は激しく怒り、その兵を自ら斬って彼女に謝罪した。
その夏侯惇はというと、自らの左目に刺さった矢を、その左目ごと引き抜き、
「親からもらったこの体、まして、わが身はすべて華琳さまのためにあるもの!どこに捨てるところがあるものか!」
と叫び、あろうことかその左目を、自分で”食べて”しまったのである。
彼女のその意気に、張遼は心底感心した。夏侯惇の主である曹操から、彼女を通じて降伏を促してきていたことに、一瞬でも応えたいと思ったほどに。
「ならば力ずくで降らせるまで!いくぞ、張遼!」
「応!来いや、惇ちゃん!」
再び激突する両者。金属音が周囲に響きわたり、砂塵が二人を中心に巻き起こる。
そんな彼女たちの戦いとは別に、関の前面では『劉』と『公孫』の旗の部隊が、関の門を破らんとして、降り注ぐ矢の雨の中、猛攻を続けていた。……相応の被害を出しながら。
「桃香!これ以上はもう無理だ!ここは一度退いて」
「まだ!まだです皆さん!あと少しで門は破れます!だからもう少しだけ、頑張って下さい!」
不利な戦況を悟った公孫賛が、劉備に後退を促すも、彼女はそれを拒み、周囲の兵をさらに鼓舞し、戦闘を続行させる。
「何を意固地になっているんだ!これ以上は危険すぎる!後ろには曹操と孫堅の軍も控えているんだ!私たちはいったん退くぞ!」
「ちょっ?!白蓮ちゃん、離して!」
「離さん!全軍、一時撤退だ!後ろの部隊と入れ替わるぞ!」
静止を聞こうとしない劉備を、無理やりその襟首を掴んで自分の馬に乗せてから、公孫賛が兵たちに撤退の指示を出す。それを受けて、両軍の兵は一斉に後退を開始する。
「白蓮ちゃん、降ろして!わたしはまだ」
「馬鹿やろう!自分の意地で、これ以上兵たちにいらん犠牲を出すんじゃない!おとなしくしてろ!舌を噛むぞ!」
暴れる劉備をそう叱咤し、公孫賛は後方へと馬を駆けさせる。怒鳴られた劉備は、その公孫賛の背にしがみつき、あることを考えていた。
(……わたしに、もっと知恵があれば、もっと簡単に関を抜けたかもしれないのに……。軍師が、欲しい。……それも、他より頭抜けた、飛び切りの軍師が)
劉備と公孫賛の部隊が撤退した頃、いまだ激闘を繰り広げている、呂布と関羽・張飛・馬超は。
「……お前たち、いい加減、しつこい」
「しつこくて結構!武人としての誇りがある以上、そう簡単に、退くわけにはいかん!」
「関羽のいうとおりだ。あたしたちはまだ、やれる」
「そーなのだ!お前なんかに、負けてなんかいられないのだ!」
すでに体力はかなり減少しているであろうにも関わらず、三人は気力を振り絞って立ち上がり、なおもそれぞれの武器を、呂布に対して構える。
「……なら、次でもう、終わりにする……?」
『?……何だ?』
戦闘体制をとろうとして、突然あらぬほうを見やった呂布に、三人が首をかしげる。
「……何か、来る。……すごく、激しい、強い、”気”が」
『え?』
呂布の見やるその方向に、関羽たちもその視線をそろって送る。そこには、汜水関の方から一騎がけをしてくる、騎馬の姿あった。
「あれは……北郷、か?」
「北郷どのだと?……確かに。なぜ、今になってここに」
「北郷……一刀?」
そう、それは紛れも無く、一刀だった。純白の馬に跨り、陽光をその身で反射させながら、一刀はぐんぐんと彼女らの下に近づいてくる。
蒼白い、闘気をまとって。
それには、他所で戦っている曹操と孫堅、そして張遼も気づいていた。
「北郷……。今更戦場に来て、何をしようって言うのかしら。……汜水、いえ、本陣で何かあった?……桂花」
「はっ」
「すぐに本陣を調べさせて。麗羽が何か、やらかしたのかもしれないわ」
「御意」
自身の参謀である、猫耳のフードを被ったその少女、荀彧にそう指示を出し、一刀の方を見つめる。
一方で、
「母様。どうするの?」
「どうもこうも、前に出てた劉備と公孫賛が下がってんだ。……北郷に何があったか知らないが、あたしらにはここは好機だよ。全軍!関に対し総攻撃を始めるぞ!ここはわれら、孫家が落とす!」
一刀が戦場に現れた混乱を利用し、その隙に関を抜こうとする孫堅。また同時に、夏侯惇との一騎打ちの最中にあった張遼は、
「北郷のやつ、何を考えとんのや?!……時間稼ぎの後押しにでも来たっちゅうんか?」
「何をよそ見している張遼!お前の見るべき相手は、私だろうが!つあーっ!」
「チッ!」
ギイン!
夏侯惇の繰り出した剣を、すんでのところで、偃月刀の刃で受け止める。
「ちょっと待ちぃや、惇ちゃん。こっちにとっちゃ、一大事や、ちゅうねん。……悪いけど、これ以上はつきおうてられへんねん!うりゃあーっ!!」
「なにっ!?うわっ!」
夏侯惇の剣を、本人ごと弾き飛ばし、張遼は近くにいた自分の愛馬に、さっと跨った。
「逃げるか、張文遠!」
「勝負はひとまずお預けや!縁があったら、またやりあおな!そらっ!」
ひひーーーん!
いななきとともに駆け出す、張遼の馬。目指すのはもちろん、一刀が現れたその場所。そして、
「……何、なんだ。一体……」
ぽつん、と。一人取り残され、呆然とする夏侯惇であった。
「おい北郷!お前、一体何しに来たんだよ?!」
突然、戦場に乱入していた一刀に、馬超がそう声を荒げて問いかける。
「悪いね、三人とも。戦いに水を差しちゃって、さ。……君が呂布さんかい?申し訳ないけれど、ここからは、俺に付き合ってもらうよ」
「……本気?」
「ああ、本気さ。……白亜たちのことはあるけど、今は何より、君を倒さないといけなくなった。大事な人の命が、かかってるからさ」
スラリ、と。腰から朱雀”のみ”を抜き放ち、正眼に構える。
「けど、時間を稼げば、何とかなる可能性もある。だから、君も全力で来て欲しい。……さっきまでと違って、さ」
『え?』
思わずそんな声を出したのは、二人のそばで呆気に取られていた関羽たちだった。
「手加減をしていた、だと……?」
「あたしらが、三人がかりで、苦戦していたのが、本気じゃなかった、っていうのかよ」
「……信じられないのだ」
自分たちは間違いなく、全力を出して戦っていた。なのに、その相手は手加減をした上で、息一つ乱さずに、あれだけの戦闘力を振るっていたのかと。
その事実に、三人は大きな衝撃とともに、強い脱力感を味わっていた。
「……でも、全力に、耐えられる?」
「ご心配無用。……俺も、本気でやるからさ。……もっとも、五年ぶりかな?本気で、全力を、出すのは」
ゴウッッッ!!
『ッッッ!!』
言葉を終わると同時に、一刀から凄まじい気の奔流が巻き起こる。呂布はどうにか堪えるが、そばに居た関羽たちは、声を発する間も無く、発生した風圧で吹き飛ばされた。
(コイツ、強い)
先ほどまでとはうって変わって、呂布の顔つきが、完全な戦闘状態の”それ”になる。そして、彼女また、一刀に負けず劣らずの、強大な気をその身にまとう。
そして――――。
「……薩摩、”裏”示現流、北郷一刀。……推して参る!!」
「……往く!!」
砂塵が巻き起こり、咆哮がこだまし、蒼と紅が激しくぶつかる。
――――激闘が、始まった。
「……化けもんか、この二人……」
それは、一刀と呂布の戦いが始まったその場所に、慌てて駆けつけた張遼が、思わず発した一言だった。
戦闘が始まると、両者はまず、正面から激しくぶつかった。呂布の方天画戟と、一刀の朱雀が、火花と金属音を、周囲に撒き散らす。
「ふっ!」
「ッ!!」
一瞬の力比べの後、一刀がふいに、バックステップをとる。そして、呂布の戟を潜り抜け、その脇腹へと刃を振るう。だが、まるで物理法則を無視したかのような動きで、呂布はすばやく、”それ”を戟の刃で受け止める。
「チッ!」
軽く舌打ちして、刃と刃がぶつかった反動を利用し、一刀は再び呂布から距離をとる。
「……ッ!!」
それを見た呂布が、一刀を追って猛然とダッシュする。それはまさに神速―――。一瞬という言葉では足りないほども間をあけず、一刀に迫って戟を振るう。
「グッ!!」
ガギイッ!
金属音とともに、一刀の朱雀が、呂布の戟を受け止める。しかしそれも一瞬―――。
「るああっ!!」
「!?」
呂布の戟を、朱雀でもって上から押さえ込んだ後、その脚を鞭のようにしならせ、呂布の太もも部分を狙う。だが、
「あああっっ!!」
「んなっ?!」
呂布は、地に付いた戟の刃を支点に、棒高跳びの様に宙を舞い、一刀の頭を超えてその背後に回った。
以上のやり取りが、わずか三分の間の出来事である。張遼の言葉の意味が、十分に理解できると思う。
激闘はその後も続き、一進一退の攻防となった。どちらも相手に決定打を与えられないまま、三十分も経っただろうか。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
「フゥ、フゥ、フゥ」
両者とも肩で息をし、乱れてしまった呼吸を、何とか整える。
「……さすが、だね。万夫不当の、飛将軍の名は、伊達じゃあない、か」
「……お前も、強い。……恋と、これだけ、戦えた奴、初めて」
口元を緩め、互いに相手を讃える両者。そして、ともに再び、気を高め始める。
戦場とは思えないほどに、辺りは静寂に包まれる。皆が皆、二人の戦いに見入っていた為である。高まっていく緊張感。一瞬とも、永劫とも思える時の後、
「はあああああっっっっっ!!」
「ああああああっっっっっ!!」
互いを目掛け、二人が駆け出した―――。
その時、
「……そこまで!!両者!矛をおさめよ!!」
『?!』
突如、戦場に響いたその制止の声に、思わず急停止する二人。戦場にある、すべての視線がその声のした方へと、一斉に注がれる。そこは、関の屋上。そしてそこには、揚々と翻る一つの旗があった。
黄色地に、紫の縁取りがされた、その旗。そこに描かれている文字は、
『漢』
「……まさ、か」
「こ、ここ、こ」
「……皇帝……陛、下……?」
唖然とする諸侯。旗の下には、一人の少年が立っていた。龍の刺繍が施された、この世でただ一人しか着る事を許されない、その衣をまとった、”彼”が。
「……白、亜」
コク、と。
目の合った友に、笑顔でうなずいて見せたその人物。漢の十三代皇帝、劉弁・白亜、その人であった。
~続く~
という感じで、虎牢関戦、終了です。
「輝里でーす、どーもー。にはは」
「・・・ずいぶん機嫌がええやん。なんかあった?あ、由やでー。ども」
「人質になったのがそんなにうれしかったんですか?・・・瑠里です。よろしく」
「え~?だって~、一刀さんが~、あたしのことを”大事な人”、だって!やだ、もう!」
『・・・・・・・・・・・』
・・・ま、幸せなあの子は放っときましょう。
「・・・せやね」
「・・・馬鹿」
で、今回のお話。
「戦闘、戦闘、アー疲れたって、感じですか?」
ん。戦闘シーンは、ほんとに疲れる。描写がむずいんだもん。
「でも、恋姫書く以上、戦闘はさけてとおれんからな」
わかっちゃいますけどね。
「でも、やっぱり一刀さん強いですね」
はい。恋と同等です。しかも、成長の余地はまだまだあり、な才の持ち主です。
「もっと強くなるっちゅうこと?」
です。どこまで強くなるかは、今後をお楽しみにってことで。
「で、最後はみこ、んほん。陛下がおいしいとこもっていっちゃいました」
ま、予定通りだからしょうがないです。
「次はいよいよ、洛陽へ、張譲討伐やな?」
その予定。
「・・・も、いいや」
なんだよー。
「なんでもあらへん。ツッコムのも飽きた」
さて次回は。
「虎牢関での戦いにけりがつき、皇帝は諸侯に、何を語るのか?」
「そして、輝里を人質にとるという暴挙にでた、袁紹はんの運命やいかに?」
そして、洛陽では、張譲が最後の悪あがきを画策していた。
「次回。真説・恋姫演義、北朝伝」
「第二章、第七幕に、」
ご期待ください。あ、副題は書きません。ネタバレが過ぎちゃうんで。
「それではまた次回、お会いいたしましょう」
「コメント等、おまちしてます」
それではみなさま、
『再見~!!』
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虎牢関、決戦です。
バトル、連続です。
では、逝ってみましょう。