「まずは皆の者、此度の義挙、まことに大儀であった」
『ははっ』
”彼”の前に跪き、頭をたれたまま答え返す一同。虎牢関内の一室にて、一刀をはじめとした、反董卓連合の諸侯が、恭しくその頭を下げているのは、漢の十三代皇帝、劉弁その人。
「とくに、此度の連合を発起し、世に大義を示さんとした袁本初よ。そちのその、悪を憎み民を想う心。朕は心底より感心したぞ。さすがは、四世に渡り三公を輩出した、名門袁家の当主だとな」
「も、もったいないお言葉でございます!」
低く下げていた頭を、さらにこれ以上ないくらい下げて、劉弁のその言葉に、嬉々として答え返す袁紹。だが、彼の次の言葉で、その喜びは一転、落胆へと変貌する。
「……じゃが、そちは最後の最後で、将を率いる大将として、なにより人として、けしてやってはならぬことをした。いかな理由があれ、味方の将に対し、人質をとって命を強要するとは何事か!」
「そ、それは……」
先ほどまでとはうって変わり、袁紹は激しく狼狽し、その言葉を濁す。そして、その時になってようやく気づく。他の諸侯が、揃って自身に、白い目を向けていることに。
「そなたには、任地である南皮での謹慎を言い渡す。護衛以外の全ての兵を残し、早々に南皮に戻って大人しくしておれ。……全てが済み次第、おって正式な処罰を言い渡す。よいな?」
「そ、そんな「何か、不服でも?」……い、いえ……承知、いたしました」
反論しようとしたものの、劉弁のその眼光に押され、袁紹は何の弁解も出来ないまま、すごすごとその場から立ち去る。
(当然といえば、当然の処置か。……それでも少々、甘いとは思うが)
とは、立ち去る袁紹の背を見送った、一刀以外の諸侯の感想である。
「……さて。先にも申したように、此度の義挙は、まこと朕にとっても、喜ばしきことである。……この乱れきった世にあって、これだけ悪を憎み、民を想う諸侯が居たことはの」
『……は』
劉弁の感謝の言葉に対し、各諸侯――いや、曹操と孫堅は、少々複雑な心境で居た。それはそうである。もちろん二人とも、民を救うという大前提があったことは事実である。だが、それとは別の思惑も、彼女たちの目的の、その大部分を占めていた。
それは、名声―――。
曹操としては、宦官の孫という、自身に張られたレッテルを吹き飛ばし、己自身の名と力を持って、この大陸にその存在を示し、いずれくるであろう(と、予測している)乱世に覇を唱えることを、その心のうちで画策していた。
一方の孫堅はというと、揚州の一地方官吏に過ぎない自分の、名と力を世に知らしめることにより、ゆくゆくは揚州全土を掌握して、孫家百年の大計の、その礎を築きたかった。
どちらも、自身にとっての得となるからこそ、この連合に参加をしたのである。それゆえ、劉弁の台詞は二人にとって、遠まわしな皮肉にも聞こえていた。
そして残る諸侯のうち、公孫賛は完全に、何の損得も考えていなかった。彼女こそが、ある意味真の義士だったかもしれない。袁術にいたっては、ただ姉の誘いに乗っただけで、その行動に何の理念もなかった。というより、何も考えていなかったといったほうが、正しいかもしれない。
ただ一人、劉備については、何を考えているのかわからない、というのが、おそらくは諸侯の一致した見解であろうと思う。
民を憂い、世を嘆いていることは、おそらく本心であろう。だが、その先に何を見ているのかと問われれば、百人が百人、その判断に困るところがある。
明確な、未来を見据えたビジョンというものを持っていない。今はただ、目先の”悪”にひたすら対抗し、反発しているだけ。
それが、現在の劉玄徳という人物の姿。
他の諸侯はともかく、少なくとも、一刀たちは劉備をそう評価していた。
「……陛下。少々お尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
己の心中を悟られない様にする為か、曹操が不意に、その口を挟む。
「……なんじゃ、孟徳。構わぬ、話してみよ」
「は。……何ゆえ、陛下が”この地”に居られるのでしょうか?……陛下は董卓の手により、洛陽に幽閉されていると、そう聞き及んでおりましたが」
「……そうか。孟徳をもってしても、事の真には至っておらなんだか。……ふむ」
チラリ、と。自身のあごをさすりながら、他の面々と同じく、頭を下げて跪いている一刀を、横目で見やる。すると、頭を下げたまま、その視線だけを劉弁に送っている一刀と、その目が合った。
「……」
コク、と。わずかに頭だけを動かす一刀。それはすなわち、”全て”を話していいという意味。
劉弁もその一刀の意図に気付き、ん、と。諸侯に気取られぬよう、小さく頷いて返す。そして、事の”真相”を語りだした。
何進の暗殺に始まり、劉協の幽閉、董卓の相国就任、そして、洛陽における暴政の数々。
それらは全て、董卓の影に隠れていた、十常待筆頭の張譲が、董卓の名を使って行わせていたことだと。
そして―――。
「……相国配下の者達には、心の底から、詫びねばならぬ。……朕が、も少し早く手を打てておれば、相国を彼奴に”殺させは”しなかったものを。……すまぬ」
『!?』
董卓は死んだ。
劉弁が、彼女を相国に任じる勅を出してすぐ、張譲の手によって、彼女は亡き者にされてしまっていた、と。
その”事実”が彼の口から語られたとき、董卓配下の諸将は、全員が一様に、その瞳に大粒の涙を浮かべ、静かに主の死を悼んでいた。……誰一人として、劉弁を責め立てるようなこともなく。
「……相国の無念を晴らすため、そして何より、今も苦しむ洛陽の民たちの為、朕は全力を持って、逆賊張譲を討つと決めた。そのために、恥も何もかも投げ捨て、彦雲の手で救い出された協とともに都を脱し、この地へとやってきたのだ」
そこまで一気に語ると、劉弁は突然、その頭を諸侯に向けて下げた。
『へ、陛下?!』
「董軍諸将、ならびに、連合に参画せし諸侯よ。このとおり頼む!どうか、皆の力を朕に貸してくれ!張譲を討伐し、大陸に安寧をもたらすために!」
皇帝が、臣下である諸侯に対し、その頭を下げた。それが、いかほどの”覚悟”を持ってのことか。
異論など、だれが唱える事が出来ようか。一同は揃って、劉弁にこう答えた。
『陛下の御為に、全力を尽くします』
と。
一方その頃。
全ての”人質”を失った張譲は、その顔面を蒼白にして、自室の中をうろうろと歩き回っていた。
「……まずい。非常にまずいぞ。このままでは、確実にわしの命がない。……こう、なれば」
何かを思い立ち、突然部屋を出る張譲。向かった先は、後宮の外。そしてそこに止めてあった馬車に飛び乗り、一気に禁門を抜け、都の西門へと向かった。
「……長安まで辿り着けば、すでに移送済みの財が山とある。それを使えば、再び事を成すには十分。……終わらぬぞ。わしはけして、終わりはせぬぞ……!」
執念。
一度栄華の味を知った者は、二度とそれを忘れられないという。そして、失わないようにするために必死でもがき、あがく。
いまの張譲がまさに、それであった。だが、一度転がり始めた坂は、なかなか止まることが出来ないものである。
夜の闇の中、馬車はただひたすらに西を、旧都・長安を目指して疾駆する。そして、一刻程も走り続けた頃だろうか。その行く手に、十数騎の騎馬が立ちはだかった。
「な、なんじゃ、お前たちは!?わしを誰と心得て……な、なんじゃ、おぬしか。脅かすでないわ」
あわてて馬車を止め、彼らを詰問しようとした張譲は、その、彼らの主と思しき人物の顔を見て、思わず安堵の息を漏らした。
「こんなところで何をして居ったかは知らんがちょうどよい。わしを長安まで護衛せよ。……何じゃ?なぜ黙って居る?」
「……死ね、この姦賊めが」
「何?!」
その人物から返ってきた返事は、張譲を一気に、奈落の底へと突き落とすものだった。あっという間に兵に囲まれる張譲。そして――――。
「よ、よせっ!やめろっ!わしはまだ死にたくな」
「……殺れ」
どがどがどがっ!
何本もの槍が、張譲の体を無慈悲に貫く。
「がはっ!……お、おのれ、こ、このわしを、たばかりおった、な……。と……しょ……」
「ふん」
どがっ!
無表情のまま、息も絶え絶えの張譲の傍に歩み寄り、何の感情も込めずにその剣を振るう。苦悶の表情を浮かべたまま、張譲の首が地に転がる。
「……逆賊は討った。これより、”都”に戻る」
馬首をめぐらせ、彼らは”西”へと駆け出した。火を放たれて燃える馬車と、それとともに灰となっていく、かつて張譲と呼ばれた”モノ”を残して。
再び場面は虎牢関に戻る。
劉弁と諸侯の会談が行われた次の日。一刀達北郷軍の面々が集まる、その一室にて。
「一刀さん、本当に、ご心配をおかけしました。……もう、穴を掘って隠れたい心境です」
一刀に対して頭を下げる徐庶。一昨日、袁紹の陣に先行した彼女は、一瞬の不意をつかれて囚われの身となり、一刀が呂布と一騎打ちをするという、予定外の結果を生む原因となってしまった。
「輝里が謝る筋はないだろう?悪いのは袁紹だ。な、一刀?」
「蒔さんの言うとおりだよ。……そんなことより、輝里に怪我が無くて良かった。……俺のほうこそ、ごめんな。君に護衛の一人もつけなかった俺の慢心だった。……ごめん」
といいつつ、徐庶の体を優しく抱きしめ、一刀は彼女の頭をなでた。
「一刀さん……///」
頭をなでられながら、その顔を紅くして悦っぽい表情になる徐庶。その彼女を見た姜維と徐晃が、ポツリと、
「……羨ましい……ウチも一辺、人質になってみたいわ……」
「……あたしもだ……」
などと呟いたりした。
「蒔さんじゃ、人質の信憑性が薄そうですけど。それはそうと、一つだけ、腑に落ちない点があるんですが」
「何だい?瑠里?」
氷のような冷たい視線を、姜維と徐晃に送りつつ、司馬懿が、ずっと引っかかっていたんですが、と前置きしてから、ある疑問を口にする。
「……なぜ、董卓さんだったんでしょう?張譲が隠れ蓑に、彼女を選んだのは」
「そーいやそやな。別にお嬢と陛下に、なんか繋がりがあったってわけでもないやろに」
「……それについてはさ、華雄さんから一応聞いてるよ。なんでも、無名だったから、だそうだよ」
『無名?』
一体どういうことかと。徐庶たちは一刀の発言に、その首をかしげる。
「……華雄さんが言うにはさ、董卓さんの家って、結構田舎の官吏出身なんだそうでさ」
「それはウチも知ってるけど、それが何の関係があるん?」
「……無名ゆえに、顔が知られていない。そこが狙い目、ですか」
「あ……!!」
司馬懿の発言で、徐庶もようやく、その関係性を理解する。
「そういうこと。もし”事の真相”が明らかになり、自分が首謀者だと知れたときには、彼女を張譲として、自分の身代わりにすればいい、と。そう踏んでいたんだろうね。……張譲が、由の聞いたとおり、”簒奪”まで考えていたんなら、董卓さんの顔を知る者をすべて、”消して”いただろうからさ」
そこにはもちろん、簒奪すべき相手も、含まれていただろう、と。一刀はそう推測した。
「とんでもない奴だな。……ずるがしこさだけは、天下一品というわけだ」
「……でも、その計画もすべて泡と消えたし、あとはこれで」
「洛陽にいる本人を討てば、すべてに”けり”がつくはずさ。あとは、白亜をみんなで盛り立てて行き、大陸に平穏をもたらしていく。……それで、”戦乱”は終わりだ」
「ですね」
「せやな」
「だな」
「……だといいんですけど」
そう言って笑顔を交し合う四人。……ただ一人、司馬懿だけが、不安そうな表情をしていたが。
……で、そういった類の不安というものは、やはり的中するものである。
あれから二日後。
三十万近い軍勢が、その光景を見て、茫然自失としていた。
「……何が、一体、どうなったというのじゃ……」
「……都が」
「そんな……」
虎牢関を出て、洛陽へと辿り着いた、劉弁率いる諸侯が見た物。それは、
「……洛陽が、燃えている……」
真紅の炎に包まれ、赤々と燃えさかる、漢の都の姿であった。
~続く~
はい、そういうわけで、ちょいと追加しての再投稿です。
「説明不足というか、書き忘れと言うか、そんな感じの部分の修正だそうです」
「あいかわらずしょーのない人やな」
どうしようか悩んだんですけどね。次の話に入れても良かったんだけど、そうなると次がかなり長くなりそうなんで。
「で、今回の改訂とあいなったわけですか」
そーゆーことです。なので改めまして、改訂前のに支援とコメントを下さった皆様、まことに申し訳ありませんですが、古いのは削除させていただきます。
「こっちが決定稿ってことで、一つよろしくです」
「ではあらためまして、次回の予告です」
燃え盛る洛陽の街、消火作業を終えた一同の下に、ある人物が訪れます。
「その人物が、劉弁さんに対し、ある事を具申します」
「果たして、その内容とは?そして、一刀さんは、私たちは」
「連合に参加した諸侯は、今後どうなっていくのか?」
次回、新説・恋姫演義 北朝伝。第二章、終幕。
『漢劇 遷変』(仮)
では、コメント等、いつもどおりお待ちしてます。
それではみなさま、
『再見~!!』
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どもー。
前回投稿した、同タイトルの回を、ちょっとばかり追加・改訂して再投稿です。
前回、多数の支援とコメントをいただいた皆様、
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