「………………ご主人様」
愛しさで胸が溢れてくる。この気持ちを俺はずっと忘れていたのか。
縋るように頭を擦り付けてくる恋を抱き締め、自分の頭の中を整理する。
この子は恋。三国志で有名な飛将軍、呂布と同じ名前をもつ少女。彼女と過ごした日々が頭の中を駆け巡り以前の記憶が戻ってくる。
とても懐かしいたくさんの記憶、だが同時に違和感を感じた。
当然だ。
彼女とその仲間達と大陸平定への日々を歩んでいたはずなのに、再びこの世界に落ちて来たんだから。それにもっと大きな違和感があった。
共に戦った記憶だけでなく、倒すべき敵として対峙した記憶もぼんやりと思い出した事だ。
まるで逆の立場での記憶。考えるほどに様々な記憶が浮かんでは消えていってしまう。
俺はいったいどうなってしまったのだろうか?
そんな事を考えていると俺のすぐ近く、具体的に言うと耳元に物理的な違和感を感じ、その方向にゆっくり首を向けた。
「………………………………………………あはん」
貂蝉が恍惚の表情で迫っていた。それも恋する乙女の瞳だ。
「久々にお会いできて嬉しいわん、ご主人様」
「…………………………ああ、そうだな」
瞬きすらせずこちらを見つめ、どんどんフェードインしてくる。
「私達の再会にお祝いをしたいところなんだけど、残念ながら時間が無いの、いくつか質問させて」
「…………………………ああ、どうぞ」
恋に隙間もなくがっちりホールドされている俺に逃げ道など無かった。
「それで質問ってなんだ?」
「恋ちゃんのことは覚えているのよね」
「ああ、もちろん」
「じゃあ彼女はどこに所属する将だったか言えるかしら?」
「? 何言ってるんだ恋は蜀の将軍だろ?」
「そうね、後々にはそうなるでしょうね。ではご主人様?あなたの所属していた国は?」
「? 決まってるだろ、恋と同じ………」
ここで先程の違和感が湧き上がってきた
「……っ!ちょ、ちょっと待ってくれっ」
恋を抱き締めていた手を離し頭を押さえる、そうしないと立っていられないほどの頭痛がしてきた。
「無理に思い出そうとしてもきっと無理よ、一旦考えるのはやめて、まずは話を聞いてちょうだい」
「なんだ?なにか知ってるのか?」
「記憶が断片化しているのよ…まあ無理の無い話しでしょうけどね」
断片化?
「それが意図的なものである可能性もあるけど、大きすぎる記憶は重要度の低いものから薄れていくはず……なのになぜ、私まで思い出せたの?」
「? なんでって、うーん……見た瞬間、すぐ名前が出たってだけなんだけど」
「そう、嬉しいわね、でも私の事よく判らないでしょ」
「あぁ。名前と、とんでもない化け物ってぐらいしか思い出せない」
むしろあまり考えたくないっていうか。
「そう」
悪態ついたはずの俺を咎める事無く貂蝉の話は続いた
「ほかに思い出せる人はいるかしら、ぱっと思いつく限りで」
「…………駄目だ、すごく大切な仲間がいるはずなのに…………顔も、名前も出てこない…………」
そうか、俺は仲間が思い出せないんだ。ぼんやりと戦いの日々が思い出されるだけで顔やどんな名前かさえ出てこない。ただその人達はとてもたくさん居たはずなんだ。
「……………………ご主人様」
黙って抱きついていた恋が心配そうな目で見上げていた
「ごめんな、恋。今まで忘れてて」
「(フルフル)……恋もこないだまで同じだった……………だから、ごめんなさい」
「恋……」
それから様々な話をした
元の世界の生活ぶりやこの世界の事、そしてなによりここに来る前に出会ったあの女について……
「それは左慈よ、ご主人様」
「左慈?」
「あなたに憎悪を抱いているのよ……まあ逆恨みなんだけどね。世界への恨みを、ご主人様を殺す事で紛らわせようとしているの」
「………ずいぶんと迷惑な奴だな」
「まあ、突端を開いたのは間違いなくご主人様だから、間違いでは無いけれど……『女』になっていたのね。
と・も・か・く、今回の外史が左慈によるものなら、キチンと話すべきでしょうね。この世界の事、観測者の事、外史と正史、突端と終端、そして北郷一刀というファクターについて」
貂蝉はいままで見た事が無いほど真剣な目で言い放った。
「これから話すことは本来あなたが知ってはいけない事、それを覚悟して聞いてほしいの」
「………ああ」
「まずは、そうね、この私が何者なのかから…」
話は難しくあまりに荒唐無稽な話ばかりだったが俺にはそのどの話にも身に覚えがあった。
貂蝉曰く、この俺、北郷一刀は何度も大陸に降り立ち平定へと導いてきた天の御遣い。それも魏、呉、蜀の三国ともに、だ。
ある時は国の王として、ある時は王の側近として、ある時は軍師として。
だがどんな時も俺は俺らしく、女の子、この世界でいう武将達とよろしくやっていたとか。
こんな運命になったのは以前、まだ男だった左慈と現実世界でこの外史の象徴である鏡を奪い合った為らしい。
結果的に大陸を巻き込んだ戦いには勝ち左慈は消えたが、その時の外史から派生した世界の延長線上にこの世界がある。
本来は貂蝉や左慈のような観測者では世界を創り出すのは不可能。だが奴はあまりにも派生しすぎたこの世界達の想念を利用し自分が介入できるよう調整を施した。
再びこの世界を初めから始め。
その世界で主人公たる北郷一刀を殺す為に。その過程で左慈は、摩訶不思議な事に『男』から『女』に変わってしまったらしい。どういうことなの。
「…………………」
「どう、信じられる?」
「…まあ、普通の人間が聞けば突拍子もない空想話だけどさ。
信じる………というよりその話を聞いて少しすっきりしたぐらいだよ」
記憶が戻ったわけでは無いが今の説明で思い出した事がたくさんあった。そのおかげかずいぶん頭も軽くなってきた、だが。
「…………ご主人様は、人気者…………」
恋が拗ねてしまった。
「もしかしてやきもち妬いてる?」
「……。……そんな事、無い……」
ぷいっ、と口を尖らせてそっぽむく恋。
うん、100%拗ねてるよね。てか難しそうな話をしてる時寝てたのに、各国の女の子の話だけ耳に入ってたんだね。
「そっか……でもごめんね。いまはちゃんと恋の事見てるから」
「…………………………………………………………………………………んっ」
無言で服の袖を掴んでくる。そして、
「ずっとずっと、恋の事好きなままでいて………ちゅ」
首に手を回して、唇にキスをする恋。うん、やっぱり恋はかわいいなあ。
「もう、いいかしら?」
「あ、ああ、続けてくれ」
恋をまた抱き込んで話を聞く体制をとる。ぎゅっと握り返してくれるのを感じながら話を聞いた。
「説明はここまでだけれど、これからの行動について話すわ、正直あまり時間がないの」
「どういう事だ?」
「左慈達の力のせいであまり長くこの外史に存在できないの。有事に備えてなるべく消耗を控えたいのよ。だから今後の行動についてアドバイスだけしておくわ」
「作戦か何かあるのか?」
「いいえ、ご主人様はご主人様の思う通り行動してほしいの。それがきっと最良の選択になるはずよ。
まず、自覚してほしいのは今のご主人様は天の御遣いではないという事。……この世界の予言では御遣いについての噂は流れてないの。たとえ名乗ったとしてもその服では信じてもらえないでしょうね」
言われて気付いたが今は部活途中だったのでポリエステルの制服ではなくただの胴着だった。たしかにこの世界の服とあまり変わりが無い。
「前みたいにうまくいかないって事か…………うーん。だったらこの刀はどうだ?この時代にはないはずだろ」
日本刀。無断で持ち出した事になったがあの不動先輩から無理をいって貸してもらった刀だ。銘は無くても業物の部類に入るはずだけど。
「んー、劉備ちゃんが持っている宝剣と違って刀っていうのは装飾も無いからねえ。単なる珍しい剣どまりだと思うわよん」
「…………そうか、まあしょうがないな。御遣いってのも慣れなかったし」
逆に肩の荷が下りたぐらいに考えよう。
「もうひとつ、以前より世界に落ちるのがかなり遅いの、黄巾の乱はすでに収束しつつあり、各陣営は領地に戻ってしまった、どこに会いにいくのも一苦労よ。
まして、ご主人様を覚えている人間がどれほどいるか判らない状態で行くのは危険だわ、ヘタをすれば不審者として殺されるかもしれないし」
「うっ。それはありそうだな」
脳裏に悪寒と寒気がする。たぶんそうなのだろう本能で理解した。顔の判らない誰かがやってしまいそうだった。(隻眼の人とか鈴の人とか)
「なんにせよ、最初は恋ちゃんの家がある都を目指してちょうだい。乱が起こるまではまだまだ余裕はあるはずだからボディガードとしては一流でしょ」
「そっか、ありがとうな」
「いいのよぅ♪愛するご主人様の為ならどんな苦労も厭わないわん」
「そ、そうか」
「それと、プ・レ・ゼ・ン・ト・よん」
天に両手を突き出し
「ぶうぅぅぅぅぅぅるぅわあああああああああああ!!!!!!!」
突然奇声を上げる貂蝉。な、なんだ天からお塩でも降ってくるのか!?
次の瞬間、雷鳴と共に現れたのは赤い馬だ。やたら大きい図体のわりに純真そうな目だな。
「…………赤い………馬?」
ま、まさかこいつは!
「………………………セキト」
「やっ、やっぱり赤兎馬か」
人中の呂布、馬中の赤兎馬と呼ばれるほどの名馬じゃないか!でもあれ?この世界じゃセキトは…
「セキトちゃんには悪いけど、ご主人様の助けになれるよう私の力で本来の姿になってもらったわ。大丈夫。中身はいつものセキトちゃんよ」
「助け?」
「この外史は何が起こるかわからないの。創造したのが左慈達だから危険なことはまず間違いない、けれどさっき言った様に力を節約したいの。その為に、強い仲間を低コストで呼びたかったの」
「それでセキトを馬にしたのか」
「そう。私が貂蝉という役を演じている以上、呂布の馬である赤兎馬とは同調しやすかったの。登場人物への干渉はとても力を使うから」
「じゃあ恋も貂蝉に?」
「………………………違う………恋は自分で思い出した。その後コレに会った」
「そう、自力で思い出す子もいるはずよう、よく言うでしょ?記憶は消せても、心は消せないって」
「……だったら俺は」
「あん、ご主人様はしょうがないわ。記憶があまりにも多すぎるもの。いずれ必ず思い出すわ」
「そうだな。サンキュ貂蝉!俺頑張るよ」
「うふふ、頑張ってねご主人様。恋ちゃんもよろしくねん」
「……(コク)」
戟を構え応える恋、セキトも任せろといわんばかりに嘶く。
「じゃあ私はもう行くけど、最後に」
「ああ」
なんだかんだで、変態な部分を除けばいい奴なんだよな、こいつ。
「必ず終端は訪れるわ。その時までご主人様は生かそうとするはず、そこで止めをさす為にね。でも気を付けて?
その時まで、おとなしくしているはずは無いわ。きっとなにかを仕掛けてくる」
「分かった。注意しておくよ」
その言葉を終えると貂蝉は光になって消えた。どうやらいっぱいいっぱいだったみたいだ
「………………………ご主人様」
「うん。とりあえず洛陽に向かおうか」
そう、これから始まるんだ
―――新しい外史。
全てに決着を着けるんだ………!!
「………………………ご主人様…………セキトが」
「え?」
「ひひーーーん」
「いぐにすっ!?」
………………………………そっか、馬になっても中身は子犬感覚のままのセキトだったか………………
「………………ぐふっ」
巨馬に圧殺されかけ、気絶した俺が目を覚ました時、待っていたのは更なる衝撃。
幼女の蹴りだった。
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第二話をお送りします。
飛将軍・呂布との出会い。
筋肉達磨との出会い。
筋肉達磨の口から語られる、この外史の仕組み。
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