「あ、あの。大丈夫ですか?」
ためらいがちに、誰かが俺に声をかけてきた。
さっきの少女が戻ってきたのかと思い、伏せていた顔を上げると、そこには見知らぬ少女が、俺を心配そうに見つめている。
その少女の後ろには、鎧や槍など、これまた時代錯誤な武装をした男達が十数人。
俺に声をかけた少女のボブカットは、吸い込まれそうになるほど艶やかな黒髪で、まるで闇夜を紡いだようだ。
彼女は、俺を襲った三人組を追い払った翡翠色の髪の少女と同じ金色の鎧を身にまとい、
手には自分の身体よりも大きな戦槌を携えている。
(女の子が巨大な武器を持つのが、最近の流行なのか……?)
俺が女性ファッション業界の突拍子の無さに、よほど呆けた表情をしていたのだろう、
「どこか怪我をされましたか? 頭を強く打ったとか……」
俺の体調を心配してくれる黒髪の少女。
「あ、いや。特に怪我はしていません。大丈夫です」
慌てて自分が健康そのものであることを伝える。
蹴りを一発もらったけど、この程度の怪我なら剣道部の稽古でしょっちゅうやってたしね。
「よかったぁ~。あ、でも唇が切れてますよ」
言われて口元を拭ってみると、確かに指に赤い液体が付着している。
蹴られた時に地面にもんどり打ったから、その時に切ってしまったのだろうか。
「このくらいなら、放っておいてもすぐに止まりますよ」
「ダメですよ。小さな傷だと思って油断していたら、傷口から悪い気が入って熱を出すことだってあるんですから」
そう言うと、彼女は懐からハンカチを出す。
(なに、この溢れ出る母性? “悪い気”って、何のことだろ? バイ菌のことかな?)
初めて出会った男に、ここまで親切にしてくれる彼女の優しさに目眩を起こしそうになる。
俺の口元を拭うために彼女の顔が近づくと、艶やかな黒髪から良い香りが漂ってきた。
「うーん、なかなか血が止まらないなぁ」
幸か不幸か、鎧の上からでも見事なプロポーションだと確認できる程の悩ましい体つきをしている少女。
そんな彼女が一生懸命に、俺の口元を拭ってくれている姿を見ていると、何かが心の底からフツフツと沸いてきた。
「マーベラスッ!!!」
「ひゃあ!?」
しまった!? 思わず心の声が口についてしまった。
「ご、ごめんなさい! 傷口にしみましたか?」
「違うんです! どうか気になさらないでください!」
俺が叫び声を上げたのは無論、傷口が染みたからなどではない。……が、本当のことを言うわけにもいかなかった。
だって――、
“傷口を拭ってくれるあなたの姿が、あまりにも愛らしかったので、思わず叫んでしまいました”
――なんて言えるはずないでしょ?
「そ、そうですか? ならいいんですけど・・・」
彼女は少し不審な目を俺に向けたが、また口元にそっと手を添えると、
「あーーーっ!!??」
大音声が耳をつんざいた。
「あたいという者がありながら、他の男の尻を追いかけるなんて! 斗詩の浮気者ぉ!」
振り返ると、俺を助けてくれたあの少女が、怒りでワナワナと震えている。
「ちょっと文ちゃん!? 誤解されるようなこと言わないでよ!
それに、男の人のお尻なんて追いかけてなんかいないじゃないっ!」
あの人間離れした動きを見せた人がそうそう簡単にやられるとは思わないけど、無事でよかった。
……ん? 女の子同士で“浮気者”?
「それよりも、どうしていつも一人で先行しちゃうの!? 怪我した人を放り出してまでっ!」
「だ、だってあいつらがアタイのこと怪獣なんていうから……つい」
「はぁ……、そんなことで逆上しないでよ」
「そんなことだとぉ!? いくら斗詩でも、今のは聞き捨てならねぇ!」
二人は唾がかかりそうなぐらいに顔を近づけ、お互いを罵り合う。
俺を置いてけぼりにして始まった二人の口喧嘩は、放っておいたらいつまでも続けていそうな勢いだ。
(トシに、ブンねぇ……。名前からして、ここがアジア圏だとは思うんだけど……。
うん。とにかく現状を把握するためにも、この二人から情報を少しでも得ないとな)
そう思った俺は、二人の低レベルな口喧嘩の間に入ろうと口を開いた。
「あの~、トシさんでしたっけ?」
比較的温和そうな性格の黒髪の少女の名前を呼んだ瞬間、
「~~~ッッ!?」
「……ひぅっ!?」
さっきまで俺には目もくれず口喧嘩をしていた二人が、いきなり静止したかと思ったら、
ブンちゃんと呼ばれていた少女に胸倉を掴まれ、そのまま宙吊りにされた。
「ぐぇ!? い、いきなり何を……」
「てんめぇ……何をだと? そりゃあ、こっちの台詞だ!!
あたいの許可なく斗詩の真名を呼ぶなんざぁ、どういう了見だ!?」
彼女は三人組を追い払った時でも出していなかった、殺気を放っている。
武装していた男達も俺を包囲し、槍を突きつけた。
(な、なんでこんなに怒っているんだ? 名前を呼んだだけなのに)
俺が“トシ”と呼んだ当の本人を見ると……、
彼女は顔を真っ赤にして涙ぐんでいる。
(え~~!? 俺、泣かしちゃうぐらいのことやっちゃったの? あ、ヤバイ……意識が……)
胸倉掴まれて宙吊りにされてるもんだから、こ、呼吸が……。
「斗詩に謝れっ! じゃないと、このまま……捻 り 切 る 」
「ご、ごめんなさい! 謝罪します! 反省しますから許してくださいっ!」
可能な限りの大声で謝罪の言葉を述べると、胸倉を掴んでいた手が離れ、俺は地面に尻餅をついた。
「わかればいい。けど、二度目はねぇぞ……」
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ! は、はい。本当にすいませんでした」
俺を見下ろす彼女の目は、思わず背筋が寒くなるぐらい冷たいものだったが、
新たにに生まれてしまった疑問を、俺は尋ねずにはいられなかった。
「あ、あのですね?」
「……あんだよ!?」
「マナって何ですか?」
「……は?」
俺の質問で、場の空気が凍りつくのがはっきりと感じられた。
……ひょっとして俺、またやっちゃった?
「そんな嘘が、通用するとでも思ってんのかぁ?」
そう言うと彼女は、地面を陥没させた巨大な剣を俺に振り下ろそうとしている。
「嘘じゃないです! 本当に知らなかったんです! どうか信じてください!」
俺は即、地面に頭をこすりつけ、土下座した。
(こんな姿、親が見たら泣くだろうなぁ)
しかし、命が懸かっているこの状況で恥も外聞もない。今の俺は頭を下げるしかないのだ。
勝利のためには一時の恥などものともしない。なんたる将の器。
……今はそう思っておこう、うん。
「それが最期の言葉か」
やっぱりダメだったぁーーー!!!
――お父さんお母さん、先立つ不幸をお許しください。
Fin….
あとがき。
どうも皆さん。濡れたタオルです。
名家一番! の第3話はいかがだったでしょうか?
勝手に真名を呼んでしまって命の危機に晒されてしまう理不尽イベント。
もはや恒例と思っていましたが、よくよく思い出してみれば、原作では魏√だけでしたね。
魏√では、無事でしたが、ここの一刀くんは残念ながら……
と、言いたいところですが、実はもう少しだけ続くんじゃ。
さあ、一刀くんはどうやってこの危機を乗り切るんでしょうか? 次回をお楽しみに!
そして、ここまで読んで頂き多謝^^
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第3話です。
よろしければ、今回もお付き合い下さい。