「それが最期の言葉か」
やっぱりダメだったぁーーー!!!
――お父さんお母さん、先立つ不幸をお許しください。
父と母に謝罪と別れの言葉を述べ、これまでかと諦めかけたその時、
「ちょっと待って、文ちゃん!」
トシと呼ばれていた少女が叫び、俺の鼻先で振り下ろされた剣が止まった。
へ、下手に動かなくてよかった……。
「なんだよ斗詩? あ、ひょっとして自分でコイツを叩き潰したいのか?」
巨大ハンマーで圧殺か巨刀で斬殺。……なんて嫌な二択だ。
「そうじゃないよ。さっき、この人がなんて言ったか覚えてる?」
「当たり前だろ。“真名って何?”とかふざけた言い訳しやがったから、こうやって叩き潰そうとしてんだろ?」
二人が話している間に逃げ出そうかとも考えたが、周りは武装した男達に囲まれてる。
そもそも見知らぬ土地で、いったいどこに逃げればいいんだ。
「そう、そこなのよ文ちゃん! 真名を知らない人なんていると思う?」
「はぁ? そんな奴いるわけねぇよ。はるか南方の南蛮の奴らにだって、真名はあるって聞くぜ?
この大陸に真名を知らない奴なんているわけないよ」
「うん、あたしもそう思ってる。だからこそ、この人が言っていたことに矛盾があるのよ」
「もぉ~、斗詩は何が言いたいんだよ!?」
二人は“マナ”というものについて、なにやら言い合っている。
どうやら重要なモノらしいのだが、俺は“マナ”以上に、彼女達の会話の中で出てきた“ナンバン”という単語が気になった。
(話の流れから察するに、土地名っぽいけど……。“ナンバン”って、ひょっとして“南蛮”のことか?)
歴史の授業で、主にヨーロッパや東南アジアの地域を“南蛮”と言っていた時代があると習った記憶があるが……。
(ここがその“南蛮”?)
いやいや、結論をだすのはまだ早い。だいたい俺、日本の東京の学校の教室で寝てたんだぞ?
それがどうやったら、南蛮の荒野に放り出されるんだよ。
「相手の許可なく真名を呼ぶなんて、その場で切り捨てられても文句言えないってことも、知らない人はいないと思う。
みんなが真名の持つ意味を知っているのに、“真名なんて知りませんでした”なんて、すぐにバレる嘘つくかな?」
「そ、そりゃ普通はしないけどさ、コイツが単に間抜けな奴かもしれないじゃん」
酷い言われようだ。てか、真名ってそんなに重いものだったんだ……。
勝手に呼んだら切り捨てられるとか、初見殺しにも程がある風習だろ。
「死刑に処されるような罪を犯したら、普通はもっとマシな嘘をついて言い逃れようとするんじゃないかな?
さっき、この人と少し会話したけど、無礼を働いて言い逃れするような卑怯なことはしない人だと思うんだ」
「じゃ、じゃあ! 斗詩は、コイツが本当に真名を知らなかったって言うのか!?
そんなこと――」
「ありえないって? 昔は私も文ちゃんも、北の馬賊での生活が世界の全てだと思ってたよね?
けど、姫のところに来てから、世の中には知らないことや、見たこともない物もたくさんあって、
昔なら“ありえない”ような体験もいっぱいして、世界の全てだと思っていた馬賊の生活は、とても小さな世界だってことを知らされた。
だったら、今回のことも私達の狭い頭の中だけで世界を囲うんじゃなくて、もっと視野を広げてみない? 文ちゃん」
「真名の無い世界もある……ってこと?」
「うん。私達の想像もつかないことが、この世界にはまだまだあるんだよっ! それなら、真名が無い世界があっても不思議じゃないと思うの」
「うーん……確かにそう考えれば、コイツのやってることにも辻褄が合うな。変な服着ているのも納得できる」
「へ、変な服って、この制服のこと!?」
二人のやりとりを黙って聞いていたが、明らかに時代錯誤な服を着ている連中に制服が変と言われ、思わず声が出てしまう。
「へん!」
「変です」
二人同時に即答されるとは……。
「そんなに変かなぁ? 確かに、うちの学校の制服は他ではあまり見ない型だけど……」
こんな風に面と向かって変と言われたことは初めてだったので、ちょっとショックだ。
「お天道様の光を浴びて、キラキラ光る服は充分変だって。それと……“がっこう”? 初めて聞く言葉だな。斗詩は知ってる?」
「私も初めて聞いた。文ちゃん、やっぱりこの人……」
「ああ。マジであたいらの知らない世界から来た人間かもな。まさか警邏で、こんな大物を釣り上げるとはなぁ」
「だね♪」
「あのぉ~? 私めは、これからどうなるんでしょうか?」
不気味な笑い声を漏らしている二人に恐る恐る尋ねてみた。
どうやら殺される心配はなくなったようだが、雲行きがまた怪しくなっている気がする。
「とりあえず、尋問するために近くの村までしょっ引くから!」
ちょ!? そんな良い笑顔でしょっ引くとか言われても!
「じ、尋問!? そんな重罪を犯したんですか、俺?」
「確かに真名を勝手に呼ぶのは重罪ですけど……」
トシさんはそこで言葉を止めた。俺の方に歩み寄り、手を振り上げたかと思ったら、
「~~~ッッ!?」
頬が張られた甲高い音が、空に吸い込まれていった。
「さっき、私の真名を勝手に呼んだ罪は、これでチャラにしてあげます」
死罪をビンタで済ましてくれた恩赦に感謝すべきなんだろうけど、
まさか女の子に思いっきり頬を張り倒される日がこようとは……。うぅ、耳鳴りがする。
「あなたを尋問するのは、さっきの賊のことと、あなたが何者なのかを知るためです」
「そんな何者かなんて。俺は怪しい者じゃないですよ!」
「怪しい奴はみんなそう言うんだよ」
ブンさんが茶々を入れて笑う。
「真名を知らない時点で充分に怪しいですよ。
五人は、賊が逃げた方向に偵察に出てください。うまくいけば、賊の住処がわかるかもしれませんから」
トシさんは、俺を取り囲んでいた男達に指示を出している。
(騎馬に乗っているのはトシさんとブンさんだけだから、もしかしてとは思っていたが、この二人が部隊の指揮官はなんだ・・・・)
女性の立場が上位の国なのだろうか? それとも単にこの二人が優秀なのか?
「残りの歩兵さんは、私達と共に近くの村まで移動します」
トシさんの手際の良さとブンさんの身体能力を見れば、後者の可能性が高いな。
「お兄さん、分かっているとは思いますけど、逃げ出したりしないでくださいね」
「逃げませんよ。ペシャンコにされでもしたら、たまらないですし」
「素直でよろしい♪」
今はその素敵な笑顔が、とても恐ろしく見えます……。
(はぁ……。これから俺どうなるんだろ? ここ弁護士とかいるのかな?)
俺は沈痛な面持ちで、彼女達と移動を始めた。
あとがき。
第4話いかがだったでしょうか?
どうにか命を取り留めた主人公。一刀本人は何もしてないですけど……。
猪々子と斗詩の二人は、馬賊→名家の将軍という人生180度の経験をしたことで、
それまでの既成概念を叩き壊されてるんじゃないかな? という私の妄想があって、こういう展開にしてみました。
今年も『名家一番』をよろしくお願いします。
ここまで読んで頂き、多謝^^
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新年明けましておめでとうございます
第4話です。
地雷を踏んでしまった一刀くん。無事に生還できるのか?
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