<<學而時習之、不亦說乎>>
「あわわ?」
「…そんなに驚くべきところなのか?」
曹操軍との同盟戦線を組んで半月ぐらいになった。
そろそろ状況がまとまりつつあるところで、私は思った。
優秀な軍師があるといえど、武将とって軍略の本一つも読んでいないというのは、この乱世を乗り越えようとする者として恥かしいものではないのか?と
愛紗は以前、「孫氏」なら一度見たことがある、といった。
ということは、かえて言うと、あまりちゃんと見たことがない、という意味でもある。
軍略書って、いくらなんでも素人が一読してなんとかできるようなものではなかったはずだ。となると、やっぱり愛紗も孫氏にそんな詳しいとは思わない。
鈴々は、……まだ聞いてみたことはないけれど、あの子の常日頃の行動を見る限り、書き読みもちゃんとできないんじゃないかなぁと思わせる。
この時代なら書き読みできないことがそれほど恥ずかしいことではないかも知れないが、といっても軍を統括するにはある程度の書き読みはできなくては困る。
それ以前に私自身も、この世界の文字にはそれほど詳しくもない。私にとっても「中国」なのに「日本語」で話すという「韓国人」というのもすごいシュールな状況な上に難しい漢文はよく分からない。鈴々ともそれほど差があるとはいえない。
そこで、軍師二人に教えを乞おうと思った。
「愛紗はともかくとしても、鈴々は書き読みのできないし、恥ずかしながら私もあまりこの世界の文字には詳しくない。そこで、雛里ちゃんと朱里ちゃんに私たちの勉強を見てもらいたいと思ったんだ」
「あぁ……」
「……」
どうも顔が優れていない。やはり、そんなことまでする暇は流石に無いのかもしれない。
何にせよ、軍事で彼女らの手を通らないことはないのだからな。この中で誰よりも忙しいし、皆寝てる時間にも彼女たちの天幕には灯りがついてある日をそこそこある。
「ダメ…かな」
「あ、あわわ!だ、ダメってことはないです!ただ…ちょっと驚いただけです」
「何?私が書き読みできないことにか?」
「いいえ、それもそうですけど…あ!いえ、別にご主人さまのことを蔑むという意味ではなくてですね」
「うん」
「下の人に教えを乞うのが……」
「……下の人に問うことを恥かしがらない<<不恥下問>>ことは学問の基本ともいうだろ」
「それはそうですけど、実践できる人は少ないです。下の人の諫言を受容することはできても、自分から下の人に教えて欲しいというのは凄く難しいことなんですよ」
「こちらとしては教えてくれたらそれだけでもありがたいんだけどな」
「あわわ…やっぱり、ご主人さまって凄い人です」
「それにほら、桃香とか二人のことも愛紗たちのことも部下とか思ってないじゃない」
あの子には部下の概念がない。一緒に戦ってくれれば皆『仲間』だから。
「別に下の人とも思ってないわけで……」
「あわわ…それは本当に…なんというべきなのか困っちゃいます」
雛里ちゃんはほっぺを赤らめながら言った。
「えっと……じゃあ、取りあえず、オッケーってことでいいかな」
「おっけえ?」
「大丈夫なのかって意味だよ」
「…あ、はい、おっけえです」
「一応雛里ちゃんには私と鈴々のことをお願いしようと思うよ。愛紗は朱里ちゃんにお願いしようと思ってる」
「あの、桃香さまは大丈夫なのですか」
桃香にも軍略の知識を入れておけば損はないだろうけど、
「桃香にはまだ軍略よりも経済や政治についてのことを教えるのが先かな。政治はともかく、経済系は私が教えてもいいよ」
「ご主人さまがですか?」
「経済は昔から勉強してたからね。こっちの時代に合わせて教えるにはちょっと厳しいかもしれないけど、最初の基本的なところはまず同じだから」
「天の世界の経済、ですか……それは私も知りたいです。良かったら教えてもらえないでしょうか」
「私が雛里ちゃんにか」
「はい、朱里ちゃんもきっと習いたがると思います」
「うーむ……軍師さんたちの水準に合わせる自身はあまりないんだけど……まあ、いっか。ギブ&テイクってことで」
「ぎぶ……?」
「私が雛里ちゃんたちに軍略を教わって、私は二人に天の世界の経済学を紹介してあげる。そういう取引き(?)でいいよね」
「取引き…はちょっとおかしいですね」
「…かな?」
「へへ…、はい」
まあ、取りあえず今の私たちに必要なのは勉学だ。
定着することになったらさらに時間がなくなる。
それまでに皆に有る程度の学を入れておかなければ、当時になった右往左往することになる。
そしたら、朱里ちゃんと雛里ちゃん二人にもっと負担をかけることになる。そうならないように、今は……
「ところでご主人さま」
「うん、何?」
「どうして、朱里ちゃんの方よりも先に私にところにいらっしゃったんですか?」
「朱里ちゃん部屋にいなかったから」
「……え?」
「え?」
「……あわわー!!!」
荀彧との軍議があったようだ。
<<卑怯な戦い方>>
「たはぁっ!!」
夏侯惇の大剣は大きく振るわれる。
ガチン!
「ふん!」
それを塞げてから、愛紗が下から斜め上に青龍刀を引き上げる。
「こんの……<<ギギギー>>」
刀の行き先を塞ぐ春蘭の大剣とそれを振り切ろうとする愛紗。
「らああああ!!」
ガキン!
「くっ!」
「…勝負あったな」
「……くっそ!」
「勝者、関雲長」
無理矢理、力ずくで夏侯惇の防御姿勢を崩してその刃を夏侯惇の胸に向けた愛紗の勝ち。
これで二十戦10勝9負け1相打ちってところだ。
ちなみに相打ちというのは両方とも力が尽きたところで、そろそろお腹が空いてきた私が二人とも倒してご飯を食べに行ったのが原因であって……
「っ!もう一度だ!」
「無理だな。こっちはこれからこっちの用事がある。これ以上我が軍師たちを待たせるわけにもいかない」
これから愛紗は、朱里ちゃんに孫氏を教わることになっている。
そこに向っている途中で、夏侯惇が急に勝負を申し込んできたのである。
彼女を性格を知っている限り、説明したって無駄だと判断したので一度だけ戦わせて貰ったが、これ以上はできない。
「逃げるつもりか?」
「負けたのはそちらの方だ。それに、お主も曹操の武将なら、日ごろの仕事ぐらいはあるはずだ」
「ぐうぅ……」
「すまない、夏侯惇。大事な用事なので、これ以上時間を流すわけにはいかない」
という愛紗の目にはもう一戦やりたいという気持ちが篭っていたが、黙っていよう。
愛紗も武将な以上、こんな好敵手を見てやりあいたいという気持ちは分からなくもないが、人間好きなことだけできるものではないのだ。
「何なら代わりに私が相手をしよう」
「貴様がか?」
「ご主人さま?」
「愛紗、得物を貸してくれ」
「はぁ……」
82斤(約48kg)もしたとされる青龍偃月刀だったが、流石に実際それほどではなかった。でも結構な重さなのは確かだ。
自分の得物があればこうすることもないだろうけど、残念ながらアレが今どこにあるのかは、私には分からない。回りまわってどっかの大金持ちの収集家の手にでも入っているだろう。
「うん、よし」
ちょっとだけ振って感覚を確かめて夏侯惇の前に立つ。
「ここからは私が相手しよう。手加減は無用だ」
「ご主人さま、幾ら何でもそれは……」
「愛紗、朱里ちゃんを待たせているぞ」
「ですが……」
他国の将と、小さくとも一軍の君主が対練するこの場面が、愛紗としては気に食わないのかもしれない。
だが、私としては他にいい思いだしがない。
「遠慮は要らん。来い」
「ふん、なら、遠慮せずに行くぞ!」
そう言いながら自分の剣を振ってくる夏侯惇
ガーン!!
「!!」
思い。流石というべきか。
「ご主人さま!」
「これは対練だ、愛紗。心配することはないぞ」
ふん!
力を入れて、夏侯惇の剣を振り切ろうとしたら、夏侯惇が剣を一度引く。
「ふん!中々の力じゃないか。関羽には少し劣るようだが」
「確かに、私はこのような武器には心得がないのでな。だが、」
スッ!
「何?」
「力で劣るなら、技が入るまでだ」
素早く動いて夏侯惇の後ろを取るつもりが、青龍刀の重さもあって少し遅れたが、夏侯惇の驚く隙を取るには十分だ。
「何のー!」
と、思ったら、流石夏侯惇、直ぐに防御をする準備を整える。
刀を振っては間に合わなさそうだ。
なら、
「これでどうだ!」
「うっ!!」
刀のところを地面に刺してその反動で跳ね上がって夏侯惇の剣に蹴りを入れる。
「うっ、卑怯な…」
「得物で攻撃しないと卑怯なのか?変則的な攻撃は私の専売特許なんだがな」
「ちっ、それは貴様のやり方なら、力で進むのが私のやり方だ」
そう言って仕掛けてくる夏侯惇。
地面に刺さった青龍刀を抜いて防御に入る。
「あら、何をしているの?」
「曹操殿?」
「か、華琳さま?!」
夏侯惇としばらく戦っていたらふと曹操が一人で現れた。
といって、
「対練中に余所見をするな!」
ガチーン!
「どうして影子が春蘭と戦っているのかしら」
「最初は私と夏侯惇で対練していたのですが、途中で私が用事ができてしまって」
「あら、そう。で、その用事のあなたはずっとここにいて大丈夫なのかしら」
「え?ああ」
あいつはどうして私がこうして戦っているのだと思っているのやら。
「よそ見をするなと言ったのは誰だ?」
「そりゃ私だな!」
ガチーン!
「なっ!」
よし、夏侯惇の姿勢が崩れた。
「はあああっ!」
青龍刀で突く……
「うっ、このまま負けるか!」
「と見せかけて……」
「は?」
カラン
振ろうとした青龍刀を落とした私の行動を見て一瞬驚く夏侯惇の隙を見て私はまた夏侯惇の後ろを取った。
「勝負ありだ」
そして、その後ろから首筋を狙っているのは、いつも持っている小さな手裏剣。
「ひ、卑怯だぞ、貴様!いつそんなものを持っていた!」
「持っていないとも言ってないだろ?もっとも、こっちが今の私の得物だ」
「そんなの認めるかぁ!」
「戦場でも卑怯だからやり直そうと言うつもりかお前は、おとなしく負けを認めろ」
「なんだとー!」
「やめなさい、春蘭、みっともないわよ」
私と夏侯惇が口喧嘩をしていたら曹操が仲裁に入る。
「で、ですが華琳さま」
「影子の話は最もよ。ここが戦場だったら、目の前のことだけを考えたあなたは既に死んでいるわよ」
「ぐぅ……」
「けれど、対練中にいきなり暗器を取り出すのもどうかと思うんだけどね」
「うっ」
こいつに言われると返す言葉がない。
「ここは引き分けにしましょう。そして春蘭、秋蘭が探していたわよ。服を選びに行く約束があったそうね」
「あ、そうでした」
「何だ。夏侯惇お前も用事があったんじゃないか」
何のために私は戦ったんだ?
「うるさい!ちょっと戦いに集中して忘れていただけだ」
「いいから早く行きなさい」
「は、はい」
「愛紗も早く朱里ちゃんのところに行け」
「は、はい」
夏侯惇と愛紗がそう各々の主に言われて場を去ってしまったら、曹操と私だけが残った。
<<小さき覇者に虚しき亡者>>
「さて、私も帰るとするか」
「ちょっと待ちなさい」
行こうと思った先に、曹操が私を止めた。
「何だ?」
「あなた、自分の得物でもない関羽の得物で春蘭と互角に戦えたの?」
「互角じゃない。武器も、防御に使っただけで攻撃はほぼ脚とかでしたし。あんな重い武器、私の性には合わない」
「というと、あなたが元使う武器はもっと軽いもののようね」
「それが何か?」
「実は、この前黄巾党の討伐を行った地方で、そこの豪族からいい剣を手に入れてね。『双短剣』なんだけど」
「!」
まさか……
「それが、どうかしたのか?」
だけど、顔には驚いた顔をせずに言い返す。
「あなたさえ良ければくれても構わないわよ」
「何故だ?お前らがもらったものだろ?」
「あなたたちも最近頑張ってくれてるからね。そのお返しだと思ったらいいわよ」
「………」
もし、曹操が言っている剣が私が持っていた剣なら、是非とも返してもらいたいところだ。
けど、私が勝手に曹操から物をもらってしまっては、どうも形が悪い。まるで私が曹操の部下で褒美でももらっているようではないか。
いや、正史で見ると関羽も曹操から赤兎馬をもらう場面もある。
いっそもらうもの、自分でなんとも思わないようにすればどうってことも……
だけど、今の私は客将だと行っても他の皆を体表する立場だ。
一応、朱里ちゃんたちに話して見たほうがいいのか?わからん。
いや、とりあえず……物を見てから話すと言ったら……
「とりあえず、物を見せてもらえるか。見て使えないようなものだったら先ず話にならないからな」
「それもそうね。いいでしょう。付いてきなさい」
・・・
・・
・
曹操について行った場所は曹操の私室……
いや、ちょっとまて、曹操って男は絶対に部屋近くにも呼ばない主義じゃなかったか?
「何してるの、入ってきなさい」
「あ、ああ……」
ちょっと変な気分になったが、とりあえず部屋に入る。
入ってみたら、曹操は部屋の隅っこにおいてあった箱を持ってきた。
テーブルに置かれたその箱を開けたら……
「あぁ………」
まさかのビンゴ。私の剣だった。
最初にここに来て、用兵を集めるために売ってしまった、私の双短剣がそこにあった。
ちゃんと整備されてあって、以前持っていた時よりも遙かにいい物になっているのが一目で分かった。
「どうかしら」
「……素晴らしいな」
本当に、こんなに早くまた会えるとは思わなかった。
「ちょっといいか?」
「ええ」
許可を得て、私は箱の中の双短剣を手にした。
手にしたとたんに伝わるこの安堵感、違いない。これは私の剣だ。
「………ちょっと離れていてもらおう」
曹操にそういった私は部屋を出て広い廊下に立った。
人がいないことを確認してから目の前の敵を想像する。
強い敵。互角の敵。私の剣を避けれ、逆に攻撃を仕掛けられる敵。
その敵に向けて、何もない虚空に剣を振るう。素早く、鋭く、時々来る反撃を避けながら、
互角の敵との戦いはもはや戦いとは言えない。それは芸術になる。
見てる相手を惑わし、戦争の厳しさなどを忘れさせられる剣舞となる。
同じ剣でも、人の首を取るためにも、人の興を上げるためにも使えるようになる。
「やはり、その剣はあなたのものなのね」
後ろを見ていた曹操がそうつぶやく声が聞こえた。
「…何故それがわかる?」
「初めてみる剣なら、そんなに綺麗な動きで剣を使いこなせるはずがないもの。酒の肴にして呑みたいぐらいよ」
「……悪いが一人だけ踊る虚しい剣舞を一人で踊るほど好きではない」
「なら、これならどうかしら」
ガチン!
「!」
いつの間にか、曹操は自分の得物の大鎌を持っていた。
「相当危ないことをするな」
「私は相手をしてあげましょう」
「魏の王になるお方がここで単なる客将と得物を交わるとな」
「!あなた、どうしてその名を……」
おっと、思わず国の名前が出てしまった。
おそらく、今の曹操には頭にしたいない名を……
「天の御使いだからな。一応……」
「……やはり、劉備よりもあなたの方が要注意かもね」
「わかってないな。桃香は強い。私はその強さに惹かれてここに居る。いずれ、あなたと雌雄を争う存在となるヤツだ」
「あら、ずいぶんと己の評価が低いわね」
「自分が自分に与える評価には何の意味もあらず。曹操お前は己に誇りを持たない者は人間として下品の下品と言ったが、自分に誇りをもつ奴らで上品なヤツも稀だ」
「言ってくれるじゃない。さて、雑談は終わりよ。私に勝てればその剣はただであげていいわ」
「それはおいしい提案だな。だが、どうだろうな。私は今曹操お前と、どれだけいい踊りが出来るだろうか、それがもっと楽しみだ」
「?」
「では、行くぞ!」
ガチン!
・・・
・・
・
「おお、皆居るな」
「ご主人さま!今までどちらへ……」
帰ってみたら、丁度皆の勉強が終わったみたいだ。
「朱里ちゃん、雛里ちゃん、三人の調子はどうだ?」
「お目に掛かる通りかと」
「はぅぅ……」
「やっと終わったのだー」
桃香と鈴々はへばっている。これは予想できていた。
愛紗はまだピンピンしているようだが、さて実際はどうだろうかね。
「皆今日はお疲れ様。せっかくだし、今日は私が外で奢ってあげよう」
「おお!ご主人さま太っ腹!」
「やったなのだー!」
「良いのですか、ご主人さま」
「ああ、今日の私は機嫌がいいからな。ちょっと財布が空になるぐらいはどうってことない」
「またそんなことを言って……いつももろくに食べておられていないではありませんか」
「だから、今日は私も思いっきり食べる。朱里ちゃんと雛里ちゃんもいいな?」
「は、はい」
「街に出るのって、ちょっと怖いです……」
雛里ちゃんは少し怖がる様子だったが、
「大丈夫だよ。皆一緒に行くのだから怖くない、怖くない」
「そうなのだ。もし雛里を怖くさせるやつがいたら鈴々がぶっ飛ばしてやるのだ」
「こら、あまりはしゃいで騒ぎを起こすんじゃないぞ」
「と、三人とも言っているわけだ。いいな、雛里ちゃん」
「あ、はい」
「よし!じゃあ、行くぞ」
その後、一週間ぐらい点心抜きなこともあったが、そんなことは別に気にすることではなかったという。
・・・
・・
・
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一ヶ月ぶりに書きます。
反省してます。
雛里ちゃんを可愛く書きたいのにうまく行かない件。