#19
「思ったより早い再会だったな」
「そだね…」
「ん?お主らは知り合いじゃったのか?」
「まぁね。と言ってもついさっきなんだけどね」
「なるほどのぅ。どうじゃ?なかなか良い土産じゃう?」
「えぇ、最高の土産物よ」
「はぁ………」
酒屋で暴れていた女性に連れられてやって来たのは、雪蓮たちの城だった。相当の武人であることはわかっていたから、まさかとは思っていたが………そのまさかだったとは。
「それで、何故北郷たちを連れてきたのですか?」
「北郷というのか!そう言えばまだ名前を聞いてはおらんかったな。はっはっはっ!」
「もういいよ…。姓は北郷、名は一刀。字と真名はない」
「ほぅ?それは珍しいのぅ」
「まぁね。俺は漢の人間じゃないから、風習が違うんだよ」
「それはまた面白い奴じゃのぅ」
「そうなの?ね、冥琳。やっぱり面白そうでしょう?」
「面白いかどうかは別として、なかなか興味はあるな」
「ねぇ、一刀。貴方の生国の話を聞かせてよ」
「それは構わないけど………」
「なに?」
「周瑜が雪蓮のこと、凄い睨んでるよ?」
「………………げ」
俺の言葉の通り、雪蓮が興味を持ったあたりから、周瑜はずっと彼女を睨んでいる。おそらく政務はまだ終わっていないのだろう。二人のついている机の上には、うず高く竹簡が積み上げられ、月と詠の執務室を彷彿させる。
「話すのは構わないけど、今日まで溜めていた仕事が終わったらね。雪蓮の相棒も困ってるようだし」
「さすが北郷。話が分かるな。と、いうわけで雪蓮?これが終わるまでは北郷と遊ぶのは無しだ」
「これがって………これ全部!?」
「自業自得だ。貴女が政務をほったらかしにしていたのでしょう?終わるまでは酒どころか休憩もないと思ってくれ」
「………………………はぃ」
なんだかんだで、雪蓮は周瑜の言うことに従うのだな。そんな感想を抱いていると、今まで黙っていた彼女が口を開いた。
「なんじゃ、お主ら。儂を放って勝手に話を進めおって。儂はまだ名乗りもあげておらんぞ?」
「あぁ、そういえばそうね」 「そういえばそうだったな」
なんか彼女の扱いがひどいな。なんとなく霞が詠や唯さんに蔑ろにされる様が思い出される。
もしかして、曹操や劉備の軍でもこんなキャラっているのかな?
俺はそんなことを考えるのだった。
「ったく。相変わらずお主らは儂への敬意が足りんのぅ。公謹なぞ、儂がついておらねば、夜に厠にも行けんかったくせに」
「そ、それは今は関係ないでしょう!?いいからさっさと自己紹介を済ませてください!」
「はっはっはっ!初心よのぅ。北郷とやら、儂は黄蓋公覆。策殿の母、孫堅の代から呉に仕える宿将じゃ!」
「あぁ、よろしくね、黄蓋さん」
「ふむ……策殿も真名を許しているようじゃし、儂のことも真名で呼ぶがよい。儂の真名は祭じゃ!その代わり、儂もお主のことを一刀と呼ばせてもらうぞ?北郷一刀じゃと長すぎじゃ」
「貴女もですか…どうしてこう………」
「はっはっはっ!よいではないか。それにお主だって、実は北郷のことをそれとなく認めておるのじゃろう?他の者にはそんなに気楽に話しはせぬくせに」
「くっ」
「ほれ、どうせ公謹だって一刀の実力を知れば、すぐに自分から呼ばせるようになる。
『わ、わたしの真名は冥琳だ…これからは、その、そう呼んでくれ………』とかなんとか言いながらのぅ」
「ぶっ!」
祭さんのその言葉に雪蓮が噴出し、俺も笑いを堪えるのに必死になる。さすがにこの周瑜から、そんな可愛い台詞が飛び出すとは思えないぞ。
「あっはははは!それいいわね!そんなに可愛い冥琳なら見てみたいわ!」
「そうじゃろう、そうじゃろう?なぁ一刀。公謹も今ではこんな風に冷静さを装ってはおるが、昔は可愛かったのだぞ?
『祭~祭~』と言ってはいつも儂にまとわりついておったものじゃ」
「そういえば、そんな時代もあったわね。あの頃からは想像もできないくらい、『軍師』って言葉が似合うようになっちゃって」
「時には『祭~怖い夢を見たの』とか言って儂の寝床に潜り込んできたこともあったのぅ。いや、あの冥琳は可愛かったぞ?」
祭さん?呼称が変わっていますよ?いや、今はそんなことより………
「あのお二人さん?」
「何?」 「なんじゃ?」
「さっきから周瑜からもの凄い氣が出ているのですが………」
「「………げ」」
見ると、眼に見えるほどの黒いオーラを、周瑜は出していた。
「ヤバイのぅ………策殿!ここは任せた!ほれ、一刀!行くぞ!?」
「行くってどこへ!?」
「いいから来い!!」
祭さんはそう言って俺の首根っこを掴む。なに、このデジャヴ?
「祭の裏切り者―――!!」
雪蓮の叫びと周瑜の暗い笑いが響き渡るなか、俺は祭さんに引っ張られて執務室を出るのだった。
「よし、ここまで来れば大丈夫じゃろ」
俺たちはいま、城の中庭に来ていた。
「あれ、恋は?」
「ん?お主の連れか?あやつならそのまま策殿たちのところに残っていたぞ?」
「マジ?」
珍しいな。恋が俺と一緒に来ないなんて。
「まぁよい。それより、仕合じゃ、仕合!一目見たときから、お主とはやってみたかったからの。さっさと始めるぞ?」
「え!?なんで!?」
「何を言うておる。武人同士がこうやって向き合っておるのじゃ。仕合をせぬ訳にはいかぬ!」
祭さんはそう言って、いつの間に持っていたのか、弓を構えた。
「ま、いっか…。雪蓮とは中途半端で不発だったし」
「なんじゃ?」
「いや、なんでもないよ。………それじゃぁ、始めようか」
俺は独り言もそのままに、腰の小太刀を構えた。弓使いを相手にするのは爺ちゃん以来だ。
『真の達人は武器を選ばん!』とか言ってたけど、なかなか強かった気もするな。
「やる気があるのはいいことじゃ。では行くぞ!」
「ん?…祭さんは『なんで二本使わないのか』とか聞かないんだね?」
「む?それがお主の闘い方なんじゃろ?ならば気にしてもしょうがないしの。なんじゃ、これまでの相手は皆聞いてきたのか?」
「皆、ってほどじゃないけど、雪蓮はちょっと癇に触ったみたいだよ?」
「はっはっはっ!策殿もまだまだ鍛錬が足りんの。武器の使い方なんぞ人それぞれじゃ!使うも善し!使わぬも善し!要は勝てばいいのじゃからな」
「(流石年の功だな…口には出さないけど)流石だね。よくわかってらっしゃる」
「伊達に経験は積んでないからの。では………行くぞ!」
祭さんはそう言って腰の矢筒から3本の矢を抜くと、一呼吸で3本を俺に向けて放つ。
「疾ッ!」
俺はうち二本を避け、一本を小太刀で払い落とすと、祭さんへと距離を詰めた。
やはり、遠距離武器相手にはこっちの方がいい。俺が小太刀を使うのはその為だ。相手が弓の扱いに長けていればいるほど、対するこちらは速さがものを言う。コンマ何秒を縮めるために、俺は敢えて短い方を使っていた。
「ほぅ…体捌きと目はいいようじゃのう。では、次、行くぞ?」
祭さんは冷静に俺の実力を分析すると、再び筒から矢を抜いた。
「(何度きても同じ――)っ!?」
俺は瞬時に違和感を感じ取ると、バックステップで距離をとると、右下から小太刀を振り上げ、左手に逆手に持った野太刀を振り上げた。
「今のを避けるか!やはり儂の見る目は正しかったようじゃ!」
そう言って祭さんは豪快に笑う。
………まさか五本同時に射ってくるとはな。
「それにしても、いい判断じゃ。後退することで矢の体感速度を落とし、且つもう一本の剣も使って対処するとはな。横に避けておったら、そこを射抜いてやったものを」
そう言う祭さんの右手には、既に矢が三本構えられ、弓に番えてあった。
やっぱりな。打った瞬間に右手が背後に隠れたから、既に次の手を準備していると思ったよ。
俺は逆手に持ったままの野太刀だけ鞘に納めると、祭さんに語りかけた。
「ねぇ、もう終わりにしない?これじゃ勝負はつかないよ?祭さんのことだからどうせ、もう2、3本は追加できるだろうし、幾ら祭さんが弓の名手でも、矢の最高速度は変わらない。俺なら完全に対処できるしね。それに………矢がなくなるまで続けてたら、流石に不公平だろ?」
「ふん、舐めたことを言ってくれおる。そんな軟弱なことを抜かすお主如き、矢がなくても剣術で圧倒してくれるわ」
「あ、そう」
流石に………今のはカチンときたね。基本的に争い事は嫌いだが、俺にだってプライドってものがある。そこまで言われたからには、矢がなくなる前に片をつけてやる、って気が起きるものだよ?
俺は小太刀も鞘に納めると、右手を野太刀の柄に添えた。俗に言う、居合いの型だ。しかし、祭さんとの距離は離れているため、勿論ここから居合いを放つ気はない。
………………………見てろよ?
重心を下げ、右手は柄当てたまま両脚に力をこめると、跳び出した。
「捨て身か!?甘いわ!」
そんなわけないだろう?
祭さんは再び5本の矢を弓に番えると、そのすべてを放ち、さらに腰に腕を回す。
「(勝負は………2発目を放ったその直後!)」
俺は前傾姿勢で駆ける。極端に的の大きさを縮めた俺は、最初の3本を右前方へ出ることで回避し、続けて2本を軽く跳ぶことで、身体の下を通過させた。
「これで……仕舞いじゃ!」
「(6、7……8本か)」
俺はさらに駆ける。相手との距離はもう5mもない。
「(1、2、3、4……5………6!)」
俺は放たれる矢を冷静に数える。
6を数えたところで、顔面に向かって飛んできた7本目を僅かに顔を傾けることで、最小限の動きで躱した。
ザシュッ
「っ!」
祭さんの目が驚きで少しだけ見開かれる。
少し掠めたか……まぁいい。続く最後の1本に向け、俺は右へと跳びながら野太刀をついに抜く。慣性により斜めへの動きとなるが、これも計算の内だ。
そして、鞘から太刀を抜ききったその瞬間―――
「………………引き分け、じゃな」
「………………………あぁ。さすが熟練の武人だよ」
―――俺の野太刀の切っ先が祭さんの首元に突きつけられると同時に、祭さんの構えた矢が俺の開かれた胸元を狙っていた。
「まさかもう1本残しているとはね」
「なに、儂もある意味賭けのつもりじゃったがの。本当にここまで追い詰められるとは思わなんだわ!」
いま分かった。祭さんは、霞だけじゃなくて、爺ちゃんにも似てるんだ。
俺と爺ちゃんの力が拮抗している時は、こんな風に最後の最後で隠し技を使ってきたものだよ。
「それにしてもお主は強いのぅ。どうせ、まだまだ隠している力も持っておるくせに」
「あ、わかる?」
「舐めるでない!………まぁ今回はこの老体に華を持たせてくれたと思っておこう」
「老体って………まだそんな歳じゃないだろうに」
「言ってくれるのぅ!はっはっはっ!!」
こうして、俺と祭さんの一騎撃ちは終わりを迎えた。
その頃。
「ねぇ、冥琳?」
「仕事は終わったのか?」
「いや、まだだけど………」
「なら話しかけるな」
「いや、そうじゃなくて………あれ、どうする?」
「言うな……私にだってわからないから放っておいているのではないか………」
そう話す雪蓮と周瑜の前には――――――
「………………………zzz」
――――――立ったまま眠る、恋の姿があった。
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