第四話
『不信』
彼女は別に目が見えないわけじゃない
でもあえて閉ざしているのには理由がある。
それは――――
突然、呼び集めらた曹魏の兵士達は、一体何が起きたのかと、互いに囁きあっていた。
なにせ、いまだ、蜀の領内。一刻も早く抜け出したいとき、突然の行軍停止と、集合の命令である。曹仁の馬車の周囲は、鎖のような緊張に縛られていた。
司馬懿が馬車から姿を現した。
曹仁が”どうした?”と尋ねると司馬懿が真剣な顔つきで、魏王の『禁句』を言った。
「北郷さんを呉に渡しましょう」
その瞬間、司馬懿は曹仁が持っている鞘で殴られた。
「………っ!」
倒れる司馬懿だが、曹仁はさらに暴行を続ける。しかしその光景を誰も止めない。止めようともしない。
曹仁がもっとも嫌いな言葉は『北郷が生存する話』。
それを話する者は彼は許さない。誰であろうと許さない。それは曹仁が北郷が許せないという意志表示。それを知っていて言葉にすると言うことはその後、『何をされても』文句は言えないという意味だ。
「っ!? おい、やめろっ!」
だが、詳細知らない北郷は曹仁を止めようとする。
「……おまえは、手を出すな」
夏候淳が止めた。
「だって……」
「これは貴様が生んだ罪だ」
「なっ……!」
「それ以上口出すなら貴様を斬る」
「うるさいっ! 俺は止めるぞっ!」
北郷は夏候淳を置いて曹仁の前に立った。
「…………っ!」
カタカタと曹仁の腰に差してある鞘を動く。それは震えなのかそれとも怒りなのか。見ている側にはわからない。
「大丈夫ですよ。お兄さん」
優しい声が北郷の耳に入る。
司馬懿がよろよろとした足つきで、北郷を庇うように曹仁の前に立った。
「もう一度言いますよ曹仁さん。北郷さんを呉に渡します。……これは命令です」
――その頃。
孫権の命令で魏の兵士に変装している甘寧と周泰は、敵に気づかれないように曹仁から離れた場所から一部始終を見ていた。
「ど、どういう事でしょうか? 呉に連れて行くって……」
周泰が、驚いた顔で甘寧を見上げる。
「………」
そうこうしている内に魏軍は再び、大蛇のようにまた前へ進み始めるとそこへ北郷を馬に乗せた夏候淳が魏の兵士に変装している甘寧と周泰を呼んだ。
「おい、お前達っ! 二人で北郷を呉に連れて行ってこい」
「……わ、私……いえ、我々がですか?」
「うむ……とにかく蜀の奴等に気づかれないように」
「……はっ!」
そう言うと二人に北郷を預け夏候淳は再び先頭へと走り出す。
「………まさか」
甘寧は何かに気づくが、あえて何も言わず周泰と北郷を連れて軍列を離れた。もちろん二人は呉に行くための馬をもらって。
孫権を退けた後、劉備・諸葛亮・超雲・公孫賛の四人が魏軍の救出隊として、陣営に追いつき、敵に気づかれないように離れた崖の上から様子を伺っていた。
「いかがなさいますか? 桃香さま。このまま魏軍を追うか、それともあの三人を追うか」
超雲が馬にまたがった。
公孫賛も、馬に飛び乗る。
「急がないと、手をくれになるぞ桃香」
劉備は迷っている。
諸葛亮は劉備の手を握り、不安そうに、その顔を見上げる。
「常識に考えれば、今までどおり曹仁の馬車に、ご主人様はいます。しかし、あの三人が軍列から離れたのには何かしらの理由があるはずです」
劉備は「うん」とうなずくと、顔を上げ、自分の馬にまたがる。諸葛亮は、劉備の馬に相乗りする。
「………わたしは」
劉備は馬を走らせた。超雲、公孫賛の騎馬があとに続く。
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前回のお話
捕まった北郷は、脱走を試みるが曹仁にバレてしまい暴行を受けながら連れ戻されてしまう。