憎しみには上下がある
だから時には、和解することもある
だが、その逆もある
そして果たすまで、決して消えない
決して
第五話
『弱さ』
――それから数日が過ぎた。
呉の玉座の間の扉が勢いよく開いた。
孫権と孫呉の武将が一斉に顔を見る。
「ど~も~。魏の使者として来ました司馬懿で―す」
司馬懿はその場の険悪な雰囲気などお構いなしの口調で挨拶をした。
「魏の使者だと? よくこんな所を一人で来れたな」
孫権が鋭い視線で射抜くような目つきで見つめる。
「いえいえ……実は我が国、魏と同盟して頂きたく参りました~」
「同盟? あれだけの事をしておいて今更同盟だと?」
孫権は、眉間にしわを寄せる。
「あい――蜀の同盟を破棄してぜひとも魏としてほしいで~す~」
「ふざけるなっ!」
孫権の傍にいる甘寧が叫んだ。
「お前達は我が国を攻め込んできた。それは敵意表示という意味だ。それを今更同盟などと……っ」
「袁術さんをこのままでいいのですか?」
「何?」
司馬懿ののほほんとした口調が消え、殺意の入った口調へと変わる。
「噂では、蜀と同盟する際に、諸葛亮さんに袁術を忘れるよう説得されたとか」
「……それがどうかしたか?」
孫権の鋭い視線が司馬懿に向く。
「本当にこのままでいいのですか?」
「………」
孫権の答えは返ってこないが、甘寧が答えた。
「それは貴様達も同じ事だ!」
「………そうですね~」
「貴様っ!」
司馬懿ののほほんとした口調の返答に苛立ちを感じたのか甘寧の剣が司馬懿の首筋に突き刺さる。
「剣を降ろしなさい思春」
孫権は司馬懿の顔を見た。
「しかし……っ!」
「剣を降ろせ甘寧」
孫権の言葉が鋭く響く。
「……はっ」
甘寧は剣を降ろした。
「仮に蜀の同盟を破棄して、魏のと同盟するとしてその目的はなんだ?」
「天下二分の計」
「何?」
「魏と呉の天下二分の計ですよ」
その場に居る武将達全員が息を呑んだ。
北郷一刀は呉に客将として居た。
最初はここに連れて来られた時には、孫権達に冷たい視線を浴びせられていたが、ちゃんと真正面から向き合って話をするとわかってくれた。
今では監視という名目だが、傍に孫尚香が居てくれて退屈しなに日々を過ごしていた。
「一刀~次あれで遊ぼ~♪」
腕を組んで、街を歩く二人はまるで恋人のようだ。
「……小連。ちょっと静かにしてくれないかな?]
しかし当人にとっては、嫌らしいのか孫尚香の真名を呼んでやめる。
「……一刀はシャオと一緒にいるのが嫌なの?」
孫尚香が両手の人指し指をちょんと合わせて、寂しそうに尋ねる。
「いや、嫌というか幸せというか……」
「嘘っ! 本当は一刀、シャオとなんか一緒にいたくないんでしょっ」
北郷一刀は思わず、びくっと首をすくめる。
そして、片方の眉を上げて、こっそり、孫尚香の顔を見おろす。
「別にシャオと一緒にいるのがいやなんかじゃないよ……ただ」
「ただ?」
「蜀にいるみんなや呉のみんなは大変な時期だから、大丈夫かなって」
「………」
孫尚香が北郷一刀の腕にぎゅっとしがみつく。
北郷一刀はその動作に、一瞬だけ、たじろいてしまう。
「……蜀に大切な人がいるの? その人の事を心配しているの?」
「シャオ……」
「だからいつか蜀に帰るんでしょう? ううん……いつまでも『みんな』と一緒にいるとは限らないでしょ?」
北郷一刀は、うっと息を飲んだ。
「そ、それは……」
孫尚香はニコッと微笑む。
「あ! あそこの屋台に”桃まん”が売ってるぅ。食べよ。ねぇ、一緒に食べよーよ」
孫尚香に腕をぐいぐい引っ張られながら、北郷一刀は思う。
自分はこの世界の人間じゃない。
だから、いつ、どこで元の世界に帰ることになるのか。自分でもわからない。
裏切り。
一瞬だけ曹仁の言葉を思い返す。
(俺は一体、何をやっている? 本当にこんな事をしていていいのか?)
疑問と不安が広がる北郷一刀。
しかし、誰もその答えを教えてくれる人はいない。
殺したいと願った。
裏切りなど許せないと思った。
曹仁は剣を抜き、その場にあった木を斬ったが、剣は跳ね返り逆に曹仁の体が吹き飛んだ。
「………っ」
口を噛み締める。
自分は夏侯淵達のようになることはなれない。自分が求める『力』を手にすることも決して出来ない。
これで本当に斬れるのか? 本当に華琳様に謝罪させることが出来るのか?
「………っ」
もう一度口を噛み締め、噛んだ所から流れる鉄の味を味わう。
あれだけの事をして、あれだけの大敗をしたというのに北郷一刀を取り逃がした。
「――――っ!!!!」
曹仁は雄叫びを上げて剣をもう一度木を斬る……が、跳ね返り曹仁の体が吹き飛んだ。
「北郷――――――――――っ!!!!!!」
復讐者はただ、叫ぶしかなかった。
Tweet |
|
|
4
|
0
|
追加するフォルダを選択
前回のお話
司馬懿の提案により、北郷は呉に引き渡された。