No.189776

『舞い踊る季節の中で』 第96話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 叩きつけられた天の御遣いの伝言。 覇王を謳う華琳は一刀の言葉をどう受け止めたのか。
 そして時間は少し遡り、王宮の一角では新たな騒動が生まれようとしていた……。

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2010-12-15 05:33:18 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:15585   閲覧ユーザー数:10295

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第96話 ~ 誇り高き華は更に高みに舞う。されど美しき想いは未だ目覚めぬ ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

華琳視点:

 

 

 詳細は報告書でもって述べる事を言い残して退出する稟を、同じく秋蘭が短く『後程、では失礼いたします』と言って稟の後を追う様に慌てて退出して行く。

 そして其処になって、ようやく時間が止まってしまったかのように固まった空気が動き出すが。

「華琳様に王の資格があるかなど、何たる侮辱っ! 華琳さ・」

「黙りなさい」

 稟の言葉を…、いいえ、あの男の言葉が私を侮辱したモノと勘違いした春蘭が、真っ先に怒りの声を挙げるが、かつて無い程の冷たい声と視線で私は彼女を黙らせる。

 意識した物では無い。自分でも驚く程にまで冷え切った声は、春蘭どころか玉座の間全体の先程以上に再び空気を凍りつかせる。

 

 もしこの凍りついた空気の中で、愚かな言葉で破ろうものならば、私の怒りがその者に落ちると勘違いしたのかもしれないけど、例えそうなったとしてもそれは構わない。

 今この場でその様な事を言えば、その者は今の私の想いを、王としての想いを侮辱している事になる。 その主役たる人物が退出した後とは言え、孫呉へ使者として訪問した者の報告の場と言う正式な会議の場で、そ王である私の命を背いてまで、その様な事を言う等許されるものでは無い。

 なにより私自身が、あの男の伝言は侮辱したモノではないと理解しているからだ。 ……だけど、その本当の内容は王を侮辱する等と生易しいものでは決してない。 あれは、私を糾弾しているのだ。

 

 私の行動は王として間違っていたと、…そして、本来あるべき姿を私に示したのだ。

 その事が私の王としての心に染み入れば染み入るほど、あの男の言葉が正しいと受け入れてしまう。

 故にあの男の伝言は私を侮辱するものでは決して無い。 稟は彼を『 王 』だと言った。

 なら、これは『 王 』が『 王 』に対して王を指標すべき言葉だ。

 彼は、こう私に言ったのよ。

 

 起きてしまった事を悔やむより、王として、突き進むべきだったと。

 例え後ろ指を指される事になろうとも、真の正道を行くのならば、歯を食い縛って進むべきだと。

 多くの命を奪い、そしてそれ以上に多くの命を背負う者として、汚名を着る覚悟が無くてどうするのかと。

 起きてしまった事を悔やむのならば、それを飲み込んだうえで己が正道を天に、そして民に示すべきではないのかと。

 

 敵の王である私に対して説いたのよっ!

 侮辱なんて生易しいものでは無い。 そう感じてしまえば、それは私自身が『 王 』と言う物を侮辱した事になる。 あの男にその様な事を言う資格が無いとは思わない。

 稟はあの男を更に『 劉備の様に甘い理想を持っている 』とも言った。そして孫呉の独立の時に取った『 天罰 』を模した策。 連合の時に取った無謀とも言える奇策。

 二つとも劉備とは違い。確かにそれを言うだけの覚悟がその背景にあった。

 何より、あの時見た鎮魂の舞いの素晴らしさは、あの男の想いの顕われ以外の何ものでもない。 そしてそれは私や春蘭達だけではなく、多くの兵を、そして散って逝った魂を確かに昇華させた。

 

 故に私の身体を燃やさんばかりの怒りは、私自身に向けたモノ。

 存在そのものを凍てつかせんと冷たい瞳を向ける先は私自身。

 甘かったのは私。 これでは劉備の事を甘ちゃんだなんて言えないわね。

 私に足りなかったものは覚悟。

 

 王として、私人を捨てる覚悟では無い。

 民に、将兵に、死ねと言う覚悟でもない。

 むろん裏切りに合う事などあって当然の事。そんなものは王としての覚悟以前の問題だ。

 ましてや戦に敗れ。辱めを受けた挙句に首を晒される覚悟など、覚悟とさえ言えない。

 私に足りなかったモノ。それは罪を背負い続ける覚悟。

 

 最初から覚悟していた罪など、本当の覚悟とは言わない。

 たとえ自分の望まぬ罪であろうとも、民の為に背負う覚悟が無くて、なんの王かっ!

 本当に正道を謳うのならば、罪を背負わなくて何の正道か。 己の意に反した罪を背負ってない正道など、それは真の正道では無い。

 その様な者、ただの罪に怯える子供と何の違いがあると言うのだっ!

 本当の意味での罪を背負い、それでも正道に向かって歩み続ける姿こそ、真に私の求める『 王 』の姿では無いのかっ。

 私は一体、何をして来たと言うのだ。 そして、どれだけの命をその為に失ったと言うのだっ! その事が許せない。 私の甘さが齎せた結果が、それを招いたと言う事が、何より度し難いっ!

 

 いいでしょう北郷一刀。 貴方の言葉と想い確かに我で魂で受け取りましょう。

 毒による暗殺などと暴走を許してしまった私に対して、私の過ちを説くばかりか『 王 』としての道標を指し示す貴方の気高き魂に敬意を払い、尊敬もしましょう。

 その上で今度こそ正々堂々と貴方と決着をつけてあげる。 持てる知恵と力全てを使って貴方達孫呉を降し、貴方を手に入れてみせるわ。

 そのためには、まずは麗羽。 貴女を降す。 貴女を甞めるつもりはなかったけど、今思えば甞めていたと言えるわね。 悪いけど全力で当たらせてもらうわ。

 足りない駒の一部は北郷が返してくれた。

 寝返っている可能性が無いとは言い切れないけど、少なくともあの男も、孫呉もその様な事を企む人間では無い。やるならば別の手段だと、それだけは信じる事が出来る。

 そしてその事が自分の心の変化を私に気づかせてくれる。

 ……まったく、おかしなものね。 敵国の人間を信じられるなど、昔なら考えられなかった事。

 

 ふふっ、北郷一刀、戦場で合いまみえる時を楽しみにしているわ。

 

 

 

美羽視点:

 

 

「ん~♪」

 かつて我が城じゃった長い回廊を、妾の口から勝手に漏れ出る鼻歌が小さく響くのじゃ。

 気をつけながらも歩く足が、自然と楽しげになるのじゃ。

 その原因となる香ばしい薫りが妾の鼻を擽り、更にはお腹を刺激するのじゃ。

 揚げたての色艶が、妾の目を通して、妾を誘惑するのじゃ。

 甘い匂いが、妾の口の中に自然と唾を溜めるのじゃ。

 く~~……。と鼻歌に交じって小さく鳴った音が、目の前のあまりの美味しそうな胡麻団子に、妾のお腹まで要求している事を教えてくれるのじゃ。

 じゃが駄目なのじゃ。これは妾の分では無いのじゃ。

 

 妾が目の前の誘惑に必死に耐えておると。

「ちょっと美羽、涎が出てるわよ」

 明るく闊達な声で春霞が妾に注意をしてくるのじゃ。 それでも大人の女なの? みっともない。と呆れた目を向けてくるが、妾はれっきとした大人の女なのじゃが……それでも目の前の要求には抗い難いのじゃ。 それに…。

「そう言う春霞とて、先程から何度も唾を飲み込んでおるではないか。 人の事言えないのじゃ」

 妾の言葉に、春霞は恥ずかしげに頬を染めながら、それでも私は正真正銘子供だから良いのよ、と言ってくる。 春霞は普段大人ぶっているくせに、こう言う時は子供を理由にするのじゃから狡いのじゃ。 狡いのじゃが、……春霞は妾と違い正真正銘子供なのじゃから、それは仕方ない事なのじゃ。

 

 それにしても主様は意地悪なのじゃ。 この様な美味しそうなものを妾達に運ばせておきながら、摘まみ食いを禁ずるなど意地悪以外の何者でもないのじゃ。

「うぅっ…堪らんのじゃ…」

「美羽はまだ良いわよ。 そっちは孫策様用の薬膳入りだもの。 私のは他の皆様方用の正真正銘のおやつ。 しかも、呂蒙様の作られた団子の一部が割れて、中の餡からの直接甘い香りが漂ってしょうがないわ」

 そうなのじゃ、妾の持つ盆の上には療養中の孫策の…今は雪蓮じゃったな…とにかくアレのための言わば薬なのじゃ。 だから幾ら美味しそうでも摘まみ食いする訳には行かぬのじゃ。

 

 それでも妾が、胡麻団子と主様が淹れた冷たい薬膳茶が零れぬよう気御付けながら足を運んでおると。

「こんなのとっと運んじゃいましょ。 終わったら、北郷様が揚げたての一番美味しいのを御馳走してくれると言ってくれるんだから、それまでの我慢よ」

 うぅ、そうなのじゃ。 主様から御褒美があるからと、しっかりと釘を刺されたのじゃ。 しかも七乃にまで釘を刺されたのじゃ。

『 つまみ食いしたり強請ったりしちゃ駄目ですよ~。 そんな事をしたら、美羽様の分はみんなで頂いちゃいますからね。 揚げたての美味しい胡麻団子を、こう美羽様の目の前まで持って行って、ぱくりと♪ 』

 と本当に楽しそうな顔で言って来たのじゃ。 七乃がああ言う顔をして、『 やる 』と言った以上必ず『 やる 』のじゃ。 しかも、何故か恍惚とした表情でやるのじゃ。

 でも結局最後には一つぐらいは妾に食べさせてくれるのじゃが、この美味しそうな胡麻団子を一つだけと言うのは嫌なのじゃ。 だからここは我慢なのじゃ。

 

 

 

 

「終わったのじゃー」

「あらあら、離れとは言え雪蓮さんの所だけと言うのにずいぶんと遅かったですね」

 一仕事を終え、達成感の声と共に厨房に戻った妾を、何故か楽しげな七乃の声が迎えるのじゃ。 その事に、妾はつい先ほどの事を思いだしてしまい。ムカムカするのじゃ。

「アレに意地悪されたのじゃ。 幾らなんでもあれは酷いのじゃっ」

 妾は胸のムカムカを吐き出すかのように、先程あった事を主様達に話すのじゃ。

 

 おやつを食べ終わるまで待つ様に言われた妾に、アレはこう妾に聞こえるように呟くのじゃ。

「 う~ん、今日も美味しいわね♪

 さっすが一刀と言った所よね。 とてもあの苦いモノ練り込んであるとは思えないわ 」

 じゅるり。……アレがあまりにも美味しそうに食べるので、口が勝手に音を立てるのじゃ。其処へ。

「 ん? ふふ~んっ♪ ねぇ食べたい? 」

 と言うアレの言葉に、妾は思わず頷いてしまうのじゃ。 アレもそんな妾に笑みを湛えながら。

「 じゃあ 一つだけ。 あ~ん 」

 そう言ってアレの摘まんだ胡麻団子は、芳ばしい香りと甘い香りが妾の鼻を刺激しながら、妾はアレの言うままに口を開けて身体を前に傾けるのじゃ。

 

「 あっ、でも薬の変わり何だからそう言う訳には行かないわね 」

 ぱくりっ

「んのぉぉぉーーーーっ」

 アレは後は口を閉じるだけと言う所で、胡麻団子を自分の口に放り込み。 目の前で美味しそうに頬張るのじゃ。 その事実に妾は声を上げるのじゃ。 確かに孫策の言う事は正しいのじゃ。 ……正しいのじゃが、あんまりなのじゃ。 そこへアレは済まなさそうな顔をして。

「 あー、でも外の皮の部分だったら問題ないわよね、多分 」

「 い、いいのじゃ。 戻れば妾の分があるのじゃ 」

「 そう? 皮だけ食べると言うのも、きっとおつなものよ。 こうカリカリした表面と、サクッとした感触が同時に味わえるだけでなく、口の中で砕け散った皮が、餅粉自身の持つ甘味と共に口の中で溶けるように広がって行くのよ 」

 ごくりっ。

「 ほら、あ~んして 」

 そう言って、団子から指で皮の部分を千切った部分を妾の口元に差し出したのじゃ。

 アレの言うとおり、先程とは違い餡の甘い香りより、餅粉自身の香りが妾の鼻通り過ぎるのじゃ。

 そしてその香りに誘われる様に妾は再び口を開け。

 

「 あっ、よく見たら餡がついてたわ 」

 ぱくりっ

「 ぬぅぉぉぉーーーっ! また、またなのかっ 」

 再び、何も口する事も無く口を閉じる事になった妾は、今度こそアレにハッキリ文句を言ったのじゃ。

 じゃが、アレは先程と同じ様に済まなさそうな、だけど何処か楽しげな顔で。

「 餡が付いてたんだから仕方ないでしょ。 今度こそキチンとあげるから、そんなに睨まないの 」

「 も、もうよいのじゃ 」

「 ほら、今度こそ餡は付いていないし問題ないわよ。 それに今食べて分かったんだけどね。 最初は芳ばしい胡麻の香りが餅粉の甘みと香りを殺してしまうかなぁ~と思ったんだけど。  これが不思議とそんな事ないのよ。 最初は胡麻の強い香りが口の中と鼻を刺激するんだけど、その後はさっき言ったような餅粉本来の旨味が広がって、最後口の中で溶け切る頃には再び胡麻の香りと共に消えて行くのよ 」

 く~~……。 アレの話と鼻を刺激する香りに、妾のお腹が再び白旗を上げようとするのじゃ。 じゃが、奴隷に堕ちたと言っても妾は袁公路。 この様な事に先程の屈辱を忘れて屈する訳には……。

「 ねぇ、美羽はアツアツの物を後で食べれるかもしれないけど、冷め始めたものは、今しか食べれないと思うわよ。 知ってる? 一刀の作るお菓子って、ちゃんと冷めた事を考えて料理を作ってるって事」

 

 その事は知っているのじゃ。 主様は、翡翠や明命を初めとする忙しい皆のために、その事が邪魔にならぬよう、あくまで仕事の潤滑に進めるためのものとして、僅かな休息で少しでも気楽に英気を養えるように、気を使って作っていると七乃が言っておったのじゃ。

 主様自身、辛い道を歩まれる事に対する骨休みにしていると。 妾達の喜ぶ顔を歩み続ける糧にしているのだと、それ故に手伝いをするのは良いが奪っては駄目じゃと翡翠が教えてくれたのじゃ。

 もっとも、妾ではまだ料理は早いと言って手伝わせてくれぬので、その心配は無いのじゃがな。

 

「だから、この冷めた皮は今しか味わえない味よ。 冷えた分、味が一層纏まりが出てきて、より落ち着いた味になって来ているわ。 貴女、アツアツの胡麻団子を目の前にして冷えるのを我慢できる?」

 うっ、確かに言う通りなのじゃ。 主様の作り立てを目の前にして、態々冷まして食べるなど出来る訳ないのじゃ。 何より、その様な事は一生懸命作ってくれた主様に失礼なのじゃ。 だから妾は先程の屈辱など、主様の胡麻団子を隅々まで味わう事の前には、些細な事なのじゃ。

 そう妾自身に言い聞かせて、三度妾は孫策の指に口を持って行くのじゃ。 やがて、表面の芳ばしく揚げられた胡麻が妾の唇に当たり、僅かに割れた皮から芳醇な香りが、僅かに妾の口の中に広がった時。

 

 

 

 

「あっ、でも皮にも薬が練り込んであるかもしれないわね」

 アレはそう言って、またもや手の持ったそれを自分の口の中に放り込み、じっくり味わう様に咀嚼するのじゃ。 …するのじゃが…寛大な心を持つ妾も、こう度々と目の前の物を取り上げられては我慢の限界じゃ。

「ぬぅぉぉぉぉーーーーっ! 酷いのじゃ酷いのじゃっ! お主には血も涙も無いのじゃ」

「仕方ないでしょ。 これはお菓子の形はしていても、私にとってはお薬よ。 それに病気でもない子に、むやみに薬を与えるのは毒でしかないわ」

「うぅっ~……」

 妾はアレの言い分に唸るのじゃ。 確かにアレの言う通り目の前の胡麻団子は、他の者と違い主様が療養中のアレのために作った特性の薬なのじゃ。

 その事は分かっておるのじゃ、分かっておるのじゃが、納得いかないのじゃっ!

 おちょくられた怒りを、そのままアレに向かって睨み付けながら唸っていると。

 

「ねぇ美羽。 ……今、幸せ?」

 そんな事を聞いてくるのじゃ。 何処まで妾を馬鹿にしておるのじゃっ!

 じゃから妾は今度こそ、本気で怒鳴り返すのじゃ。

「散々おちょくられて、幸せも何もないのじゃっ!」

 そんな妾を、アレは小さく…まるで鈴が鳴っているかのように笑いながら、妾に言ってくるのじゃ。

「そっちの事じゃないわよ。 でも確かにやり過ぎたわね。ごめんなさい。 お詫びに、例の荘園を廻る件、私の方からも数日中にでも始めれる様に進言しておくわ。 むろん見張りの兵は付けさせてもらうけどね」

 

 あっ……、妾はアレの言葉に怒りを忘れて固まるのじゃ。 それは主様が妾達のために嘗てより進めてきた計画の一つ。 妾達の『民の笑顔のために』の大切な事。

 すでに第一歩は『羽都兎』や『寄上胸当』で歩み始めているとは言え。 荘園を廻るのとは意味が全然違うのじゃ。 多くの意味を持ったそれは、本当の意味での妾達にとっての第一歩なのじゃ。 民を傷つける事しかできなかった妾達が、民の為に出来る確かな事。

 当然とも言える多くの悪意の前に、上手く行く訳ないと分かっておっても、歩む事が出来ると分かった妾は、自然と視界が滲むのじゃ。 母様と姉様が望んだ民の笑顔、その為に歩む事が出来る事が嬉しくて、自然と熱い滴が妾の頬を伝うのじゃ。

 

 其処へアレは再び問うてくるのじゃ。 『幸せか』と、『一刀達との生活が幸せか』と、『大切なものか』と、そう問いかけてくるのじゃ。

 その様な事決まっておる。 わざわざ確かめるべき事では無いのじゃ。 じゃが、それでも妾はその問いに心から応えるのじゃ。『当たり前じゃ』と妾は、主様に負けない笑顔で答えるのじゃ。

 

 そんな妾に、アレは眩しそうに、そして少しだけ悲しげな光をその瞳に灯して…。

「なら大切になさい。 そして何が在っても守り通しなさい。 それが貴女達が一刀のために出来る唯一の恩返しよ」

 アレは妾の眼をっ真っ直ぐ覗き込みながら伝えてくるのじゃ。 そして何かを妾に伝えてくるのじゃ。

 その本当の意味は分からなかったのじゃが、大切なものだと、目を逸らしては駄目なものと言う事だけは分かったのじゃ。 そう心の奥で誰かが教えてくれるのじゃ。

 だけどそんな事など、最初から分かっているのじゃ。 妾はもう二度と家族を失いたくない。 この温かな家族を、あの優しい温もりを手放したくないのじゃ。 じゃから、妾の答えなど最初から決まっているのじゃ。 そして妾の想いを乗せた言葉に、アレは優しく笑みを浮かべるのじゃ。 先程とは違い。本当に優しい微笑みを浮かべるのじゃ……。

 

 だと言うのに、アレは次の瞬間とんでもない事を抜かしたじゃ。

「さてと、美羽を散々おちょくれたし、ゆっくり食べるとするかな~。 あっ、美羽はもう下がっていいわよ。お皿は他の侍女にでも下げさせるから、もう貴女に用は無いわ」

「ぬ、ぬなぁぁぁーーーーーっ!」

 

 

 

 

「と言う訳なのじゃ。 アレは妾を最初からおちょくっておっただけなのじゃっ!」

 妾は、アレの部屋であった出来事を簡単に話したのじゃが、何故か春霞は呆れた顔をし。

「意地汚いからそう言う目に合うのよ」

「んなっ!」

 等と、妾に同情してくれるどころか妾を咎めるのじゃ。七乃は七乃で。

「あらら、先越されちゃいましたか~。 さすがに同じ手は使えませんねぇ なら此処は素直にお嬢様が口いっぱいに頬張った所でその頬を突いいて遊ぶしかないですねぇ」

 と、何故か残念そうに呟いておるのじゃ。 うぅぅ…妾に味方はいないのかと、思ったそんな時。

「話している間に丁度揚がったから、皆で食べようか。 美羽も我慢した分きっと美味しいと思うよ」

 そう主様が、揚げたて胡麻団子を数個ずつ取り皿に分けて、妾達の前に出してくれるのじゃ。

 妾に、そしてアレの話に苦笑を浮かべながらも、妾の頭をそっと軽く撫でて行くのじゃ。 そんな主様の手から伝わる温もりに、妾はアレへの怒りも不思議と霧散し、その温もりに身を任せたくなるのじゃ……。

 

 「ほらほらお嬢様。 あ~~んしてください」

 主様の温もりの余韻に身を任せていると。 七乃が自分の分の一つを、先程のアレと同じ顔をして同じ事を言ってくるのじゃ。 妾が同じ手に何度も引っ掛かってたまるかと警戒しておると。

「いやですねぇ。私がお嬢様にそんな事をする訳ないじゃないですか~。 これは純粋に私のお嬢様への想いですよ。 お嬢様は臣下の心を無下にする心ないお方だったのですか?」

 と、何故か大げさに言ってくるのじゃが、其処まで言った以上、アレと同じ事をするとは思えぬのじゃ。 だから妾は今度こそ安心して、七乃の指からそれを直接口に受け取る事にするのじゃ。 そして七乃の言葉通り、それは妾の口に入り、芳ばしい香りと甘い香りが口に広がった瞬間。

 

「えい」

「んぐっ」

 七乃の小さな掛け声と共に、胡麻団子は一気に妾の口の中に入るのじゃ。 揚げたての事もあって熱いが問題ないのじゃ。 問題があるとしたら、それが妾の口に頬張るには少し大きいと言う事と、ゆっくりと最初の一口を味わえなかった事なのじゃが、それでも胡麻と揚げた餅粉の独特の旨味が広がり。 妾はそれをもっと味わおうと、それを潰すように口を小さくしたのじゃ。

 じゃがそれが失敗だったのじゃ。 揚げたてとは言え、そう熱さを感じなかった故に完全な不意打ちじゃったのじゃ。 厚い衣に覆われてその存在を隠していた餡が、その揚げたての熱さと甘味を同時に妾の口の中を襲ったのじゃ。

「はふっはふっっ!」

「くすくす♪ 目を白黒させて慌てたお姿が、とっても可愛いです♪」

 七乃が何か言っているが、妾はそれどころじゃ無いのじゃっ!

 無いのじゃが、美味いのじゃ! だけど熱いのじゃ! だけど甘いのじゃ!

 そんな事を繰り返すうちに、やっと口の中の熱さが落ち着きを取り戻し、妾は安堵の息を吐くのじゃ。

 其処へ七乃がすっと出してくれたお茶が、妾を更に安堵させるのじゃ。……ん? 何かあったような気がしたがなんじゃったかな?

 

「お嬢様、もう一つ・」

「熱いから、ゆっくり食べるといいよ。 その方が皆と話しながら食べれるしね」

 七乃の言葉を遮るように、主様が妾に言ってくるのじゃ。 確かに主様の言う通りなのじゃ。 ゆっくり味わって食べた方が美味しいのじゃ、何より皆と食べた方が美味しいに決まっておるのじゃ。

 だから妾は春霞と話しながら、主様の胡麻団子を食べるのじゃ。 本当の意味で妾達の第一歩を歩む事が出来る事を春霞に報告するのじゃ。

 そんな妾の話を、春霞は笑顔で聞いてくれたのじゃ。 良かったと言ってくれたのじゃ。 その事が主様の胡麻団子をより一層美味しくしてくれるのじゃ。

 なのに七乃と主様は。

「うぅぅ……、御主人様の意地悪……」

「…程々にね」

「うぅぅ…」

 と、何故か残念そうにしている七乃と、訳の分からない話をしておるのじゃ。

 

 

 

 

「大変だろうけど、頑張りなさいとして言えないわね」

「それで充分なのじゃ」

 妾の話したい事を話し終えた後、春霞のそんな激励の言葉を、妾は最後の胡麻団子の欠片を口に入れ、お茶と共に飲み込むのじゃ。 本当は飲むならば七乃の蜂蜜水が良いのじゃが、甘いお菓子には合わぬし、なにより暫くは蜂蜜水を断つのじゃ。 次に蜂蜜水を飲むのは、妾の手で採った蜂蜜と決めておるのじゃ。 そのような時は当分先と分かっておるが、そう決めた以上妾は貫くのじゃ。

 主様は言ったのじゃ。 良い蜂蜜を作る事は、良い果実の実りを作る事にも繋がると。 そして、その実りが民の暮らしの支えの一部になると。

 無論、荘園でやる事はそれだけでは無いが、妾に任されたのは蜂養と娯楽のための歌なのじゃ。 なら妾は自分の出来る事を一生懸命やるだけなのじゃ。 認められなくとも、主様を、そして妾の想いを信じてやり続ける事なのじゃ。

 

 そうお茶と共に、妾の想いと決意を飲み込んでいると、主様が妾の所まで来て。

「ほら、口元に餡が付いているよ」

 そう言って、主様は妾の口元からを指で拭うと、主様の指には妾の口元に付いていたであろう胡麻団子の餡が付いておったのじゃ。 妾はせっかく主様が作ってくれたお菓子が勿体ないとばかりに主様の手を取り、主様の指先に付いた餡を主様の指ごと舐め取るのじゃ。

 

「えっ、ちょ、美羽」

 主様が何か驚いた声を上げるが、妾は主様の指に付いた餡を綺麗に舐め取るのじゃ。

 口の中に広がる餡の甘い味と香りと共に、別の味が妾の口に広がるのじゃ。

 唇に当たる感触が、舌を通して伝わる主様の指の温もりが、何故か妾の意識を遠ざけるのじゃ。

 そして、もう餡などとっくに無くなっておると言うのに、妾の舌は止まらないのじゃ。

 艶めかしく妾の頭の中に響く舌と唾液が齎す音が…。

 其れと共に口いっぱいに広がる主様の味が…。

 鼻腔を通して頭の中にまで染み込んでくるような主様の匂いが…。

 何故か妾の頭の中を蕩かすのじゃ。……止まらないのじゃ。

 気が付けば、息も少し荒くしているのじゃが、何故かそれすら夢心地にさせるのじゃ。

 なのに、何故か指を引っ込めようとする主様の手を妾は必死に掴み、妾はその行為に没頭するのじゃ。

 主様の指を、何度も往復するように口を動かし、それに合わせて舌を音を立てて絡ませてゆくのじゃ。

 口の中に溜まった唾液を飲み込む度に、痺れるような感覚が妾を襲うのじゃ。

 視界の端に、何故か顔を赤くした皆が映るのじゃが、訳が分からないのじゃ。

 

 だけど、そんな夢心地のような一時は突然終わりを告げたのじゃ。

「一刀君。何をさせているんですか?」

「ひっ!」

 小さな鈴の音と共に部屋に静かに背中から響く声が…。

 聞きなれた声。 だけど、その声色は妾の本能が全力で悲鳴を上げるのじゃ。

 妾は本能が告げるように、けっして背後を振り向く事なく七乃の背に逃げ込むのじゃ。

 目を瞑り、両耳に手を当て、七乃の背中に隠れるのじゃ。

 だけど、閉じたはずの眼には、何故か震える主様の姿と、黒い霞のようなものを身体から揺蕩わすあの者の影が浮かぶのじゃ。

 

 そして抑えたはずの両耳には、決して大きな声を出していないはずなのに、はっきりと声が聞こえてくるのじゃ。

「一刀君ちょっと良いですか?」

「翡翠。 誤解っ! 誤解だからっ!」

「一刀君、私は用があると言っているんですよ?」

「ひっ…」

 何時もと変わらぬ優しい声音。 聞くものを落ち着かせる声音は、何故か妾までを断崖絶壁に立たせるような気分にさせたのじゃ。 恐いのじゃ。 怖ろしいのじゃ。 普段の翡翠は優しいのじゃが、今の翡翠は決して関わってはいけないのじゃ。 と言うか関わりたくないのじゃっ!

 

 やがて震える妾達を余所に、翡翠は主様を引きずるように連れて遠ざかって行くのじゃ。 その事にやっと残された妾達三人は、安堵の息を吐くと。 やがて呆れるように春霞が。

「美羽、何であんな事をしたのよ?」

 溜息交じりに少し非難の交ざった言葉に、妾は先程主様にした事を思い出すのじゃ。

 そしてその事に顔が熱くなり、訳が分からなくなるのじゃ。 先程とは別の意味で、考えが纏まらなくなるのじゃ。 とにかく恥ずかしいのじゃっ!

 妾はとんでもない事をしたと妾の本能が訴えておるのじゃ。 その上、頭の中がグルグルと、廻りやがて視界もグルグル回ってくるのじゃ。 恥ずかしさのあまりに茹りきった顔と頭の中に、次第に意識が遠くなって行くのじゃ。

 そんな妾を七乃が背中から支えてくれるのじゃが、恥ずかしさは一向に収まらず、妾の意識をどんどん遠退けるのじゃ。

 そして視界が真っ白になって何も見えなくなった頃、再び二人の声が妾の耳に届くのじゃ。

「美羽の事、私より子供って内心思っていたけど、やっぱり大人だったのね……私では絶対あんな恍惚とした顔を出せないわ」

「恥ずかしさに悶えるお嬢様、もう溜まらなく可愛いです♪ これだけで御飯三杯はイケます♪」

 意識の遠退く妾を放って置いて勝手な事を言っておるのじゃ。 最後の意識が遠のきながらそんな事を思っておったが、その最期の意識ももう限界なのじゃ。 …だけど意識が途切れる瞬間、妾の中の誰かが囁いたのじゃ。

 

 

 

 間違ってはおらぬ。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第96話 ~ 誇り高き華は更に高みに舞う。されど美しき想いは未だ目覚めぬ ~ を此処にお送りしました。

 

 今回のメインは何と言っても華琳、いいえ曹孟徳の覇道とその想いです。 私自身原作をやっていて呉との決戦においての撤退は、理解は出来ても納得のいかない物でした。 華琳としては多くの想いをその小さな背に背負っているからこその撤退であると言うのは、この作品でも語りましたが、それ故に蔑にされてしまう者が在ると言う想いはあります。 むろんそれだけで今回のような話を組んだわけではありませんが、如何でしたでしょうか? 今回の華琳の新たな決意は曹魏をより強くする事となるでしょう。

 そんな曹魏に一刀は、そして基盤が揺るいでいる孫呉はどう当たって行くかが今後の課題となって行くでしょう。 一応この後は、そのための準備期間として色々動いて行く話が中心となって行きます。

 

 そして、後半は………言わなくても分かってます。 反省もしています。 でも此処まで書いた以上は発表しちゃいます。 もともとは前回の話で、おまけとして書いていた話しでしたが、思った以上に話が大きくなってきたので、加筆修正して本編に加えてみました。 そして更に次回は、この後の翡翠視点で書けたらと思います(笑

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

 

 

 

PS:今回も明命が出てこなかった(汗


 
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