#6
「さて、まずはどこに行こうかという話になるわけだが………?」
「…わかんない」
「だよなぁ…」
さて、旅に出てみたのはいいものの、初っ端から行き詰ってしまった。大陸を見てまわりたいと村を出たものの、行き先を決めていなかった。まぁ、好きなように進むのもいいが、ある程度の方針は決めておきたい。
俺は、恋・セキトと共に、テクテク歩きながら考える。さて、どうする?まだ黄巾党は活動していないから、この時期に見るべきは………。いくつか三国志の英雄たちの名前が思い浮かぶ。
まだ国はないが、蜀の劉備、魏の曹操、呉の孫堅、それに袁紹・袁術に、馬騰や董卓………と、目の前で尻尾を揺らしながら小走りに進むセキトが目に入った。
「(そういえば、『セキト』なんて恋は名づけたが、肝心の赤兎馬がいないな………馬?)………そうだな…そうするか………」
「?」
「恋、セキト、最初の目的地が決まったぞ!まずは――――――」
俺たちは、北へと足を向けた。
どうしよう。ちょっと散歩に行こうとしていただけなのに、こんなことになるなんて。
「おいおい!待ってくれよ、お嬢ちゃん」
「俺たちと楽しいことしようぜぃ」
「い、いい加減、はぁ…はぁ……あき、諦めるんだな」
後ろから3人の男たちが追いかけてくる。
森の中だから、今はまだ上手く隠れながら逃げているが、それも時間の問題かも知れない。
『いい?外は危ないんだから、勝手に出歩いちゃだめよ!?』
友達の忠告を守っておくべきだった。
今日は彼女が忙しくて、一緒に過ごすことができず、あまりに暇だからと出かけてしまったのが運の尽きだ。
ガサガサッ!
「きゃっ!?」
「へっへっへっ…やぁっと捕まえたぜ、お嬢ちゃん?」
私の目の前には、途中で二手に別れたのであろう、背の低い男が下卑た笑みを浮かべて立っていた。
「おっ、よくやったな、チビ」
「へへっ、やりましたよ、アニキ。俺が捕まえたんだから、たまには俺が最初でもいいですよね?」
「ったく、しょうがねぇなぁ。さっさと終わらせろよ?」
絶体絶命だ。
男たちが前後からゆっくりと近づいてくる。気分は既に獲物を捕らえた虎のようだ。じわりじわりと近づいてくる。
「ぃゃ…来ないで………」
「それは無理な願いってもんだぜ、お嬢ちゃん?」
「助けて…詠ちゃん………いや、いや―――」
俺たちはいま、森の中を歩いていた。暗くなる前に、猪か熊でも捕まえようと入ってきたのだが、なかなか見つからない。セキトも必死に地面に鼻を近づけて、自慢の嗅覚で手伝ってくれようとしているが、この近くにはいないのかも知れない。困ったようにこちらを見上げるばかりである。
恋?恋はというと―――
ぎゅるるるるるる……
「お腹、すいた」
―――この有様である。ここ2週間の旅で、村から持ってきた保存食は既に底を突いている。もともと大食漢の恋である。出来るだけ節約はしていたが、空腹の感覚は俺たちとは遥かに違うのであろう。
「そうだなぁ、俺も腹が減ったよ」
「キュゥン…」
俺もセキトも、空腹なのは同じである。獲物が見つかりさえすればすぐにでも捕まえられるのだが、いないものは捕まえようもない。
さてどうしたものか。
俺が近くの村か町を探すか、それともこのまま獲物を探すか決めあぐねていると―――
「いやああぁぁあぁぁっ!!」
―――森の薄闇を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。
男たちに押さえつけられる。私の目からは恐怖で涙が溢れ出していた。非力さは自覚してあるが、それでも逃げ出そうと力の限り暴れるも、大の男3人に適うはずもなく、頬を叩かれ、思わず動くのをやめてしまう。
そうして大人しくなった私に満足したのか、背の低い男は、私の服に手をかけた。
「やめろぉっ!」
「っ!ぐあぁっ!?」
だが、神様は、まだ私を見捨ないでいてくれたみたいだ。私の腕に加わる力が消えたかと思った瞬間、目の前にいたはずの男の悲鳴が聞こえた。
「恋はその子を頼む!」
「…ん」
そんな会話が聞こえて、男の人と女の人、そして可愛らしい犬があたしの目の前に現れた。
「てめぇ、何しやがるっ!?」
「そ、そうなんだな!」
青年が攻撃したと思われる男は、白目を剥いて倒れている。それを見た男の仲間たちは激昂して、腰から剣を抜き、青年に向けて構えた。
「……だいじょうぶ?」
「え?あ、は、はい、大丈夫ですっ」
赤毛の女の人が屈みこみあたしに問いかける。
「ん…だいじょうぶ、すぐ終わる」
女の人はそう言うと、私の頭を撫でてくれた。
「へぅ…」
その優しく暖かい感触に浸っていると、少女の向こう側から男の悲鳴が聞こえてくるのであった。
悲鳴の聞こえた方へ走っていくと、3人の男が少女を組み敷いていた。何をしようとしていたかは一目瞭然である。
「………やめろぉっ!」
俺は真っ先に、少女の上にのしかかっていた男を鞘に納めたままの刀で殴りつけた。
「恋はその子を頼む!」
俺が恋に声をかけると、残りの男たちもようやく事態に気がついたのか声を上げる。
「てめぇ、何しやがるっ!?」
「そ、そうなんだな!」
はぁ…どうしてチンピラってものは、こうも自己中なのだろう。いや、自己中だからチンピラなんてやってんだろうな。こっちは腹が減ってるっていうのに………。駄目だ、意識したら余計に腹が減ってきた。
「おい、お前ら………そこに転がってるクズを連れて消えろ」
「な、何言ってんだ!?このまま何もせずにいられるわけねぇだろうがっ!」
「そ、そうなんだな」
「うるせぇよ。こっちは腹が減ってイライラしてんだ。余計な体力使わせやがって………。もう一度言うぞ?消えろ。さもなくば―――」
俺は刀を抜いて殺気を籠める。
「―――殺すぞ?」
「ひっ!」
俺との実力の差が理解できたのだろう。デブの男が倒れている仲間を抱えると、彼らは悲鳴をあげながら逃げていくのだった。
「ふぅ…君、大丈夫だった?」
「は、はいっ、大丈夫でひゅっ!………へぅ」
ヤバイ、可愛いな。恋とはまた違った、庇護欲をそそられる可愛さだ。
「一刀…」
「ん、なんだ恋?」
「かわいい……持って帰る」
どこに!?
「あの、改めて、ありがとうございました。一人で森を歩いてたら、急にあの人たちが出てきて、それで…あの……」
冷静になることで、先ほどの恐怖を思い出してしまったのだろう。少女は泣きそうな顔をした。
「あぁ、もう大丈夫だ。俺たちが君の家までちゃんと送るから。だから、今は泣いてもいいんだよ?」
頭を撫でてやると、堰が決壊したかのように、少女は俺にしがみついて泣くのだった。
少女が一頻り泣き、落ち着いたところで俺は声をかけた。
「ところで、君の家ってこの近く?」
「あ、はい、森を西に抜けたところなんですが…」
「…ってことは街か村とかもあるのかな?」
「はい、ありますよ?『天水』っていって、結構大きな街なんですけど―――」
「っしゃあ!」
「(ぐっ)」
「ワンッ!」
少女のその言葉を聞くや否や、俺と恋はガッツポーズをとり、セキトは嬉しそうに尻尾を振った。
「え?え!?」
「いやー、助かったよ。俺たち今旅してるんだけどさ、食料は底を尽きるわ、狩りをしようにも獲物がいないわでそろそろ限界かも、って思ってたんだぁ」
「…お腹すいた」
「ワンッ」
「あの…」
「それに、大きな街なら何かしら食事処だってあるよな?2日間何も口にしてないから、このまま野垂れ死にか?なんてさぁ」
「…お腹すいた」
「ワンッ」
「えっと…」
「よし、そうと決まればさっさと出発しよう!そろそろ陽も暮れるだろうし、店が閉まっちまう!」
「…お腹すいた」
「ワンッ」
「え、あの、その…」
会話に着いてこれない少女を急かして、俺たちは街へと向かうのであった。
街に着いた俺たちは、少女を家に送り届けるという使命も忘れ、城壁の門に面した通りにある屋台へと一目散に駆けていった。
「恋!何が食べたい!?」
「…なんでも」
「そうか、よし、じゃぁまずは肉まんから行ってみるか!」
「…おぅ」
と、盛り上がっている俺たちに、近くの屋台の店主が声をかけてきた。
「お、兄ちゃんたち、肉まん買ってくのかい?お代は1個これくらいだが、その様子だと相当腹が減っているみたいだな?10個買ったら1個おまけしてやるぜ?」
「マジっすか!?って………………………………………………………………………え?」
「…………一刀?」
「ワフッ?」
と、そこへ先ほどの少女が小走りで駆け寄ってきた。
「へぅ…お兄さんたち、足が速いですよぅ………。って、どうかしたんですか?」
俺は、その問いには答えず、屋台に背を向け離れる。
「すまん、恋………肉まんは…なしだ」
「一刀…肉まんきらい?」
「大好きだ。いや、そうじゃない…実は――――」
俺は振り向いて答えた。
「―――金が、ないんだ」
「………っっっ」
恋を見ると、その眼は絶望に彩られていた。わかるだろうか、どれだけ彼女が期待をし、どれだけ裏切られたのか。期待が大きかった分、裏切られたときの絶望は計り知れない。
―――ガシャッ
恋は手に持っていた方天画戟を取り落とすと、地面に両膝を着いた。その眼から涙は出ない。だが…だからといって、彼女が泣いていないと言えるのだろうか?俺には言えない。俺には見える。恋の瞳から零れ落ちる涙の筋が!俺には聞こえる。恋の心の悲鳴が!!
ドサッ
俺も思わず両膝をついてしまった。悔しかった…守ると誓ったはずの恋を悲しませる自分が。堪えきれず地面を殴りつける。
「すまない、恋。俺がもっと考えていれば!…あの村では金なんて使わなかったから、まったく頭になかったんだ。俺がもっと準備していれば、先のことを考えていれば、恋に、こんな思いをさせずに済んだのに………。俺は、自分が許せないっ!すまない、恋………」
ふと気がつくと、恋が俺の前に立っていた。
「…いい。一刀」
恋はそう言うと、膝をつき、俺を優しく抱き締めてくれた。
「気にしない。恋、我慢する。お腹いっぱい食べられなくても、我慢する。だって…一刀と一緒にいるだけで、胸がいっぱいだから………」
「っ!ありがとう、恋………ありがとうっ!」
俺は涙を流しながら、恋を抱き締め返すのだった。
何というか、もの凄い光景が広がっている気がする。森ではあんなに格好よくて、まるで古典の英雄のように私の危機に駆けつけて、助けてくれた人たちなのに…。それが今は、お金がないという理由で泣いて抱き合っている。
………………あれ?
ふと気がつくと、泣き声も喋る声も聞こえなかった。
チラッ
「………?」
一瞬二人と一匹がこちらを見たかと思うと、再び泣き始めた。
「ごめんよぉ、恋……」
「…だいじょうぶ。気にしなくていい」
「キュゥ~ン…」
チラッ
あぁ、これはあれですね。要するにあれですね。………ふふっ、しょうがないなぁ。
「あの、お兄さん……よかったら、私の家で食事をご馳走させてはいただけませんか?助けてもらったお礼も、送ってもらったお礼もまだしてm―――」
「いいのっ!?」
「へぅ…まだ最後まで言ってないですぅ………」
ぐわばぁっ!と音が聞こえそうな勢いで、お兄さんたちが顔を上げた。お兄さんは本当に嬉しそうに、お姉さんは今にも泣き出しそうな顔で、ワンちゃんは凄い勢いで尻尾を振ってこちらを見つめてくる。
「ふふっ、いいんですよ?だから泣かないでくださいね」
「ありがとうっ!」
「(コクコクコクコク←すごい勢いで同意している)」
「ワンッ!」
こうして私は、お兄さんたちを『家』へと案内するのであった。
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