#5
どれほど泣き腫らしただろうか。俺は呂奉さんを抱えて家に入り、寝台に彼女を寝かせた。恋は一言も喋らない。俺も、何かを問いかけることはせず、ただ恋の肩を抱いて佇んでいた。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。気がつけば俺と恋は寝室の壁に寄り掛かり、互いに寄り添っていた。窓からは陽の光が射し込んでくる。
俺は恋を起こさないように立ち上がると、隣の部屋へ行き、顔を洗った。
「もう……起こしてくれないんだよな………」
認識したと途端に涙が流れそうだったが、なんとか堪え、家を出た。
村へ行くと、そこは昨日のままだった。いくつか焼け落ちた家もあるが、そこにいつもの活気はない。ただ、静寂だけが俺にまとわりつき、ただ、眺めることしかできなかった。
「…一刀」
「あぁ、恋。おはよう」
「………おはよう」
それきりまた俺たちは口を噤んだ。俺は、比較的被害の少ない家に入ると、鍬を持って、恋のところに戻った。
「ほら、恋」
「…?」
「みんなのお墓を作ってあげよう。このままだと……可哀想だ」
「………っ」
俺の言葉で、みなが死んでしまったことを再認識したのか、恋は再び涙ぐんだ。
少しの間恋の頭を撫でてやると、比較的広い場所へと俺は移動して、鍬で穴を堀り始める。
恋はしばらく俺の様子を見ていたが、やがて俺の隣に移動して、作業にとりかかった。
半日ほどかけて、大きな穴を世帯分掘った。恋に村の皆を穴まで運んでもらい、俺は賊の死体をひきずって村の外に放り出した。これ以上こいつらを恋の目に晒したくなかったからだ。
村とは違い、賊たちの近くの木には鳥たちが何羽もとまっている。
「お前らにはお似合いの最期だよ………」
不思議と何の感情も湧かなかった。同情どころか、侮蔑の念すらも。
村に戻ると、恋が呂奉さんを両腕に抱えて穴のそばに立っていた。
周囲の地面の色が何箇所も変わっているところを見ると、他の村人の埋葬はすでに終わったのだろ
う。呂奉さんが最後の一人のようだ。
「…恋」
「………ん」
俺が声をかけると、他の穴より一回り小さい穴の底へと呂奉さんを寝かせた。
だが、穴から出てきても、土をかぶせることを躊躇っているようだった。
「………なぁ、恋。天の国の話をしようか」
「…?」
俺は徐に言葉を掛けた。
「恋は、死んでしまった人がどこに行くか知ってる?」
「(フルフル)」
「天の国ではね、死んだ人はね、みんな星になるんだ」
「…星」
「そう…夜空の星になって、キラキラ輝いて、大切な人のことを見守っていてくれるんだ」
「………お母さんも?」
「もちろん。………こんな風にね」
俺はそう言って、携帯を開いて恋へと向けた。
「………笑ってる」
「笑ってるな」
「お母さんの、笑ってるとこ、好き」
「あぁ、俺もだ。でもそのためには、ここに写っている恋のように、恋自身も笑わないといけない」
「………恋も」
「そうだ。…もちろん今すぐじゃなくていい。でも、いつかは笑顔になれるようになって、そして、夜空のお母さんに見せてあげるんだ」
「………………………ん」
そう頷くと恋は、呂奉さんに土を掛け始めた。俺も恋の隣に屈み込んで、一緒に砂を掛ける。
そうして地面が平らになると、俺は両手を合わせた。
「…………」
恋は何も聞かなかったが、俺のそれが天の国の作法なのだろうと、同様に手を合わせて、目を閉じた。
呂奉さん………恋は、俺が守ります。ゆっくり眠ってください。
埋葬が終わって数日は、特に何かをするということもなかった。
朝起きて朝食を作り、恋が起きてくると一緒に食べる。
昼までぼぅっと過ごし、昼食を。
そして午後の間、俺は畑仕事をしたり、狩りに行ったりして過ごし、恋は、思い出を巡っているのか、適当に村の中をブラついていた。
夜は俺が集めた食材で夕食を作り、一緒に食べて、そして一緒に寝る。
その繰り返し。
そんなある日―――――――。
「…一刀、お土産」
「ん?」
恋が何か茶色と白のモフモフを持って帰ってきた。
「食べるのか?赤犬は上手いらしいけど、こいつは赤犬なのか?」
「………(ジュルリ)
「(ビクゥッ………ブルブルブル)」
恋が持って帰ってきたのは、どこからやって来たのか、犬だった。ウェルシュコーギーのようなものか、こいつは?
最初は食材かと思ったが、どうも違うらしい。
(いつもの如く要領の得ない)恋の話によると、恋がフラフラ村の中を歩いていると、この犬の方からやってきたというのだ。ただ、かなり衰弱しているらしく、足取りはおぼつかない。恋が懐から干し肉を出すとそれに食いつき、そうして仲良くなったとのことである。
「恋はどうしたい?」
「ん………弟に」
「一緒に暮らす、ってことか?」
「そう………ダメ?」
ぐはぁっ!?恋の上目遣い恋の上目遣い恋の上目遣い恋の………………。
「………わかった。一緒に暮らそう」
「…ありがと」
駄目だ、可愛い………。
セキトと名づけられたその犬には、思っていた以上に助けられた。
最初の頃は、ペットがいれば恋の気も紛れるかな、くらいに思っていたがそんなことはなかった。
セキトがうちに来て一週間で、恋は見違えた。笑顔を浮かべるまではいかないが、ただ村をうろつくこともなくなり、俺と恋とセキトの二人と一匹で、食材探しに出かけるようになった。
「この様子なら、そろそろいいかな」
ある日の夜、俺はこの数日の間に決意したことを、恋に話した。
「恋、大事な話があるんだ」
「(パクパクモキュッ………)」
俺が夕食の時間に話を切り出すと、恋は大人しく食事を中断した。セキトも俺の言葉を理解したのか、恋に倣っていったん皿から口を離す。
「俺さ………この村を出て行こうと思うんだ」
「………………………………………なんで?」
「いや、セキトが来る前なら考えなかったんだがな。セキトが来てから恋も元気になったし、そろそろ頃合いかと思っ………てぇっ!?」
俺は咄嗟に食器を投げ出して、右に転がった。次の瞬間―――
バキバキッ!
俺が座っていた場所の床が割れて、いや、裂けていた………。
「ちょ、恋!?恋さん!?」
「ふっ」
ぶぉん!ドガガ!メキッ!!
「待って待って!ほら、危ないよー!?」
「大丈夫…一刀なら全部避ける」
「いやいやいや!セキトもいるし、やめてぇ!?………ってセキトさん!?なにちゃっかり自分の器を咥えてそんな隅っこにいるの?セキトさーーーん!?」
「………………………」
「あれ…恋、さん?」
ふと攻撃が止まったかと思うと――――――
「う、ぅ………」
――――――恋は泣いていた。初めて見る、恋が声をあげて泣いている姿に、俺の心はひどく揺さぶられた。
「一刀、恋のこと、嫌いになった?」
「そんなわけない。大好きだ」
「………なんで、なんで出ていく?」
「さっきも言ったろ?セキトがやってきて、恋もだいぶ元気になったからな」
「じゃぁなんで………なんで恋を置いていく?」
「………………………………………………………………はぃ?」
「一刀、出て行く」
「あっ!ごめん、恋!!俺の言い方が悪かった!!………俺が言いたかったのは、俺と一緒に来て欲しい、ってことなんだ」
「………?」
「………そうだな、ちゃんと話そうか。………呂奉さんは俺は『天の御遣い』かもしれないと言っていた」
呂奉さんの名前を出すと、恋は悲しそうな顔をしたが、今は俺の話を聞くべきだと、すぐにその表情を消した。
「別に俺は自分がそうだとは思わないが、もし何か役目があって俺がここにいるのなら、やってみたいんだ。それで、まずはこの大陸のことを知るために、旅に出ようと思った。ただ、セキトが来る前は恋も元気がなかったし、しばらくはこのままでいようと思っていてな。でも、セキトがやってきて、恋も少し元気になって、頃合いかな、って。それに、俺が恋を置いていくわけないだろ?」
「………勘違い」
「そうだ、勘違いだ」
「…ごめんなさい」
「いいよ。俺の言い方も悪かったからな。………それで、恋はどうしたい?このままここで暮らしたい、っていうなら、俺も御遣いなんてことは忘れて、ずっと恋と一緒に暮らしてやる」
「恋、は………」
翌日、俺と恋、そしてセキトは村の入り口に立っていた。もう二度と帰ってくることはないかもしれない。例え帰ってきたとしても、人のいない村。朽ちるのは存外早いだろう。
俺は、この世界に来た時に着ていた服を身につけて、その上に大きな黒い布をマントのように羽織っている。天の御遣いとしてはうってつけの代物だが、さすがに常日頃から見せていると良からぬ輩が絡んできそうなので、普段は隠すことに決めた。ちなみに、マントは呂奉さんの髪留めで固定している。俺がどうやってマントを羽織ろうか悩んでいると、恋が床下をゴソゴソ探して、取り出
したのだ。
「………お母さんの」
「そっか……これで呂奉さんも一緒に旅ができるな」
「…ん」
こうして幾ばくかの保存食や旅に必要なものを布袋に詰めて、俺たちはここにいる。
「よし、じゃぁ行くか、恋」
「ん」
と、少し進んだところで、俺は振り返った。恋も釣られて振り返る。
「?」
「いってきます」
「………お母さん、みんな…いってきます」
「…よし、じゃぁ、今度こそ行くか!」
「………おぅ」
「ワンっ!」
恋の頭を一頻りなでてやると、俺たちは今度こそ歩き出した。
恋が、少し微笑んでくれた気がした。
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