「由(ゆい)~!お待たせ~!」
「輝里(かがり)遅いやんか!あたしも蒔(まき)やんも、待ちくたびれたで~!」
「ごめんってば~!お詫びに、次のところは私がおごるから、機嫌直してよ、ね?」
ぷりぷりと、頬を膨らませて怒る親友に、私は手を合わせて謝った。
「由、もう許してやれ。輝里だって悪気があったわけでなし」
「やはは~、流石は蒔ねえさん!懐が広い!よっ!あねご!」
「姉御はやめろ!……まったく、ほら、とっとと次いくぞ。せっかくの学園祭だ。しっかり楽しまないとな!」
『は~い!』
見事なまでの赤い髪をしたその人、二年の北深 蒔(きたみ まき)先輩の仲裁で、私こと、東乃 輝里(とうの かがり)と、小学校からの我が大親友、南 由(みなみ ゆい)は、先ほどのやり取りなんかどこ吹く風って感じで、すたすたと歩き出す蒔姉さんの後についていく。
今私たちの高校、私立TINAMI学園は、学園祭の真っ只中。
一年の私と由は、初めての本格的な学祭が楽しくて仕方なく、あっちに顔を出し、こっちに顔を出しと、部の先輩である蒔姉さんの案内で、学校中をくまなく見て回っていた。
「で、蒔ねえさん。今度はどこ行くんですか?」
「そうだな。そろそろ昼だし、休憩もかねてどこか、喫茶店でもしている教室に行くか」
「あ、そらええね。せやったら一年の教室やけど、E組が喫茶をやっていたはずやで」
「そういえばそうだっけ。じゃ、そこでお昼にしましょうよ、ねえさん」
ちなみに、私が蒔さんをねえさん、と呼ぶのは、別に実の姉妹とかだからじゃない。ねえさんはその気風の良さから、学内のほとんどの生徒から、ねえさん、もしくはあねさんと呼ばれているからだ。
「お。あそこがそうだな?」
「せや。E組みの教室、なん、や、けど……」
一年の教室が並ぶ三階にやってきた私たち。全部で十あるクラスが、それぞれ思い思いの出し物を行い、かなり賑わっているその長い廊下を歩き、私たちは目的のクラスに到着した。けれど、そこに着いたとたん、由が突然、言葉の切れを悪くする。
なんだろう、と思ってその視線を追う、私と蒔ねえさん。そこには、喫茶店の看板があり、呼子の女生徒が廊下を歩く人々に、元気よく声をかけていた。
「……どうしたのよ、由。べつに、変わったところなんかないわよ?」
「……輝里。あの、看板の文字、よお見てみぃ」
「看板?ん~……い?」
「……なあ、二人とも。あれ、なんて読むんだ?」
看板の文字を見て愕然と、というか、あきれ返る私たちに、蒔ねえさんが本気で聞いてくる。
「……なんなのよ、あれ?!『喫茶、男の娘』って!!」
で。
今私は、蒔ねえさんと由と一緒に、一つの席を囲んでいた。その周りでは、メイド服に身を包んだ”美少女”達が、喫茶店の飾り付けをしてある教室内を、せわしなく駆け回っている。で、私たちの席にも、当然の如く(?)、メイド服にエプロン姿で、ニコニコと(少し引きつった)笑顔の人物がお盆を片手に立っていた。
「……」
「……」
「へ~え。みんなよく似合ってるじゃないか。あ、あいつも”男の娘”とやらなのか?」
そう、男の娘(おとこのこ、とよむ)。
すなわち、周りを駆け回るのは全員、女装した男子(!)なのである。しかも、傍目には全員、本物の美少女にしか見えないという、完璧さ。
……あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる今の状況に、開いた口がふさがらない私と由には一切気づかず、嬉々として店内を見回す蒔ねえさん。
……も、なんでもいいや。
「……で、このくだらない事の発端は、いったい誰なわけ?」
「……一人しか、居ないじゃないですか。あうぅ」
青筋を立てつつも、冷静に問いかける私に対して、お盆を抱きかかえたまま、真っ赤になって返事をする”ソイツ”。
「……舞先生?」
「……はい。僕の愚姉です……」
「いやなら断れば良かったのに。仮にもあんたの姉さんでしょうが、拓海ってば」
ソイツ-わが幼馴染である、西脇 拓海(にしわき たくみ)にそう私が言うと、
「だって、断ろうとしたら、クラス全員の女子に猛反発されたんだよぅ。みんな、すっごい鼻息を荒くしてさ、……怖かった」
「……はあ。この半年で、すっかり染められちゃっていたわけね、このクラスの女子は。あんの、変態教師に」
拓海の姉こと、西脇 舞(にしわき まい)。この学園で日本史を担当する教師で、この拓海と同じく、私の幼馴染でもある。ただし、根っからの変態だが。
「まったく。自分の妄想だけで済ませとけば良いのに。……そのうち犯罪でも起こしかねないわね、あの腐教師は」
「ほんで、、クラスの女子全員に押し切られて、拓海を含めた男子の何人かが、そうやって女装することになった、と」
「……うん」
はあ~、と。
深々とため息をつく、私と由。
そこに、
「でも、人気はばっちりよ?ほら、そこかしこでシャメ撮ってる人も居るわよ?」
「……出たわね?この変態教師!」
「誰が変態よ、人聞きの悪い。可愛い子を可愛く着飾るのの、どこが変態よ」
ぷんすか、と。
そんな擬音でも出そうな表情の、諸悪の根源の当人が、いつの間にやらそこに居た。
「十分変態でしょうが!男に女の格好させて、なにが楽しいのよ!」
「え~?可愛いと思わない?ね~、拓海ちゃん?」
「何で僕に同意を求めるのさ?!」
「やあん!怒った顔も可愛い!!んも~、お姉ちゃん、すりすりしちゃう!」
……自分の弟に、ほお擦りを始めたわよ、この人。
「あ~もう!こんなところに居たら、私までおかしくなっっちゃう!蒔ねえさん、由!はやいところ出ま、……アニシテンノ?」
「え?……あ、あはは。その、拓海の姿だけでも、写真撮っとこかな~って」
ケータイを片手に、拓海をローアングルから撮ろうとしている、わが親友がそこに居た。
……友達、やめよかな?
「好きにしなさいよ、もう!で、ねえさんは何してんですか?」
「あ?輝里も食うか?これうまいぞ。お~い!こっちにもう一つ、このミルクレープくれよ!」
いつのまにやら、ケーキの皿を二十は積み上げていた蒔ねえさんが、さらに追加のケーキを注文していた。
そうね。この人はそういう人だったわね。まず、食欲ありき。それでこのスタイル維持してんだから、悔しいやら憎たらしいやら。
「もう、二人とも勝手にすれば!わたし、帰る!!」
「だ・め・よ」
がしっと。突然肩をつかまれた。すっごい笑顔の舞さんに。
……あ、やな予感。
「輝里ちゃんには、こっちを手伝ってほしいのよね~。そのために、あの人に言われて探してたんだから」
と言って、一枚のビラを見せる舞さん。それには、
「……み、みみみ、みずっ、水着きっさ~?!いやっ!絶対にいやです!!」
「大丈夫、大丈夫。けっして後悔させないから♪」
「いーやーでーすー!!はーなーしーてー!!」
ずるずると。
必死で逃げようともがく私を、舞さんはすんごい力で引っ張っていく。
「ゆーいー!たーすーけーてー!!」
「輝里ぃ~、がんばりや~。骨は拾ったるで~」
「由のはくじょうもの~!!うらんでやる~!たたってやる~!!」
で、その後私がどうなったかと言うと。
「やっぱ一人ぐらいは、貧乳要員が居ないとね♪」
笑顔でそんなことをさらっと言う舞さん。
私は今、学園指定のスクール水着を着、腰だけのエプロンといういでたちでいた。
そう。一年の別クラスで営業(?)されている、E組のとは別の喫茶。その名も、
『喫茶・MI・ZU・GI』
で。
さらには、
「何で私だけスク水なわけ?!しかもご丁寧に、こんな、ひらがなで『かがり』って!……一応聞きますけど、なんとな~く、判っちゃいますけど、ここの主催は?」
ぎろ、と。
舞さんをにらみつけて問う。
「やん!もちろん、愛しのマイダーリン、征さんに決まってるじゃない♪」
と、なぜか照れた顔で、しかも嬉しそうに言う舞さん。
「……やっぱし。あんのあほおやじ~!!……今度顔見たら殺す」
なお、舞さんの言う征、というのは、この学園の世界史教師であり、私の義理の父でもあるその人のこと(義理の父、とか、そのあたりの細かい事情は、さまざまな諸事情により、この場では割愛させていただきます)。
「……んで、その当人は?」
「ああ。何でも、長年の怨敵がここに侵入したとかで、その退治に往ってるわ」
舞さん、それ、字が変ですよ?
「怨敵、ねえ。……それはそうと、なんで私だけ、みんなみたいに普通の水着じゃないんですか?」
とりあえず、何で水着で喫茶店なのかは置いといて。
「え?だって、あの人が言ってたわよ?……『ペタにはスク水!これ常識!』……って」
……ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふ。
「……やっぱり、いつか、殺る」
どいつもこいつも、ペタ、ペタと。
小さくて何が悪い!
チビでどこが悪い!
ど~せ、幼児体型ですよ!
電車に乗るときも子供料金で済んだこともあるわよ!
胸だって、胸だって、大きけりゃ良いってもんでもないわよ!
そうよ!形と感度よ!でかい人にはそれがわかんないのよ!
「ね、輝里ちゃん?」
「何ですかっ?!」
「(にっこり)……落ち込まないでね?いつかきっと、良い事あるから。胸がちっちゃくても♪」
そして、
その日は私にとって、忘れられない一日になりました。
とりあえず、家に帰ってから、馬鹿親父を半殺しにしておきました。
そして、布団の中で私は、一人枕を濡らしました。
……ぐすっ。
学園祭なんて、喫茶店なんて、(ついでにきょぬーなんて)、
だいっきらいよーーーーーーー!!!
……。
ぐっすし。
おわり。
Tweet |
|
|
14
|
0
|
追加するフォルダを選択
以前投稿したお話を、半分ほど追加・改訂しての、
再投稿です。
学園祭でのあるひとコマ。
続きを表示