「いたたたた……」
「むぅ……私は謝るべきか?」
「いや、あれは俺が悪かったよ」
森を出るために歩く俺ら。
俺の顔は包帯に覆われていて、目の部分しか出ていない。
俗に言う顔だけミイラ男のような風貌になっていた。
何故かというと、時間を少し遡る事になる。
あの後、猛獣は群れをなしているとの事ですぐにこの場を離れる事になった。
ある程度進んでいると、華雄が俺に待つようにと言い茂みに隠れた。
少し待っていると、纏風が急に大きく嘶き華雄の入っていった茂みへ突っ込んでいった。
「あ、おい!」
いつも俺の言うことを聞き、勝手な行動をしない纏風に驚きながら急いで後を追う。
茂みを抜けると、俺の視界に三つの影が映った。
二つは纏風と野犬。警戒する様に佇む纏風と、構え唸る野犬が対峙していた。
もう一つは華雄。彼女は俺と眼が合うと、呆然と固まっていた。
視界を少し下げると、そこには白い肌と、何も無い更地の恥丘の下に一筋の……
「う、うわぁああああああああ!!!」
彼女が悲鳴だか叫び声だか分からない声を上げたと同時に、野犬が纏風へ襲い掛かる。
纏風は流れるように野犬へ背後を見せると、その後ろ足を大きく蹴った。
ギャインッ!という断末魔と共に野犬が吹き飛び倒れる。
それを見ていた俺は目の前まで来ていた華雄に気付く事ができず……
無防備な状態で頬への衝撃を受けたのだった。
そんなわけで、顔がありえないくらい腫れてしまった俺を、落ち着きを取り戻した華雄が手当てしたのだった。
「故意ではないとはいえ、覗いてごめん」
「いや、私も辺りの気配を読み違えていたのが……しかし、何故私はあんなにも取り乱したのだ……」
小さくぶつぶつ呟く華雄に罪悪感を覚えながらも、歩を進めていく。
と、漸く木に囲まれた景色から、開けた地が見えてきた。
さらに進み森から抜けると、小さな丘の上にでた。
下を見ると、木々に囲まれた中に佇む村がある。
「やっと森を抜けたか」
「かな。とりあえずあの村に行ってみよう」
森を抜けた事に安堵を覚えながら、俺達は丘を降りていった。
村に着いた。
しかし何やら慌しい様子だ。
村人の一人に聞いてみたら。この村に魏の将軍様が来ているのだとか。
魏の将軍。
誰かは分からないが、俺と面識がある人かもしれない。
体が強張るのを感じる。
幸か不幸か、今の俺の風貌ならばれる事はないだろう。
「華雄」
「何だ」
「この村に居る間だけ、俺の事は一刀じゃなくて一(かず)って呼んでくれないか」
俺の言葉に華雄は訝しげに顔を歪める。
「何故だ。納得できる理由を言え」
少しの怒気を孕む声。
華雄にとって、名を偽ると言うのは簡単に許容できるものではないのだろう。
彼女を納得させられる理由……
嘘などすぐに見破られてしまうだろう。華雄が納得するかどうかはともかくとして、事実を言わなければならない。
ただ、それを話すには時間が掛かる。
「華雄と出会ったあの時の事に関わる。かな」
華雄は驚きに目を見開く。なるほど、と呟き顎に指を当て考える。
「……一刀があそこまで取り乱すか。余程の事なのだな。良いだろう」
「ありがとう。後でちゃんと話すから」
ふん、と鼻を鳴らす華雄に感謝を述べながら、村の中心へと向かった。
村人達は俺を見ると気味悪がって道をあけてくれた。
少し傷つくが、今の俺を鑑みると当然の反応だろう。
人の輪の中心に居たのは老人、恐らく村長であろう人。
それともう一人、さらしを撒いた、凛々しい袴姿。美しい紫色の髪は昔と違い、髪留めが無く腰まで伸ばされている。
片手に持つ飛龍偃月刀を地に立てながら彼女───霞が、村長と話していた。
「霞!」
「ん……何や華雄やないか!」
華雄の呼びかけに、村長との会話を打ち切りこちらに近づいてくる。
「こないなとこで会うとはなぁ。どないしたん?」
「呉との国境付近に野盗の情報があってな。それよりも霞こそ何故このような辺境に?」
「いやぁ、威勢のいい獣共がいてなぁ。今までうちが出るまでも無いと思って腐ってたんやけど……」
一拍置き、霞が舌舐めずりをする。
「昨日そいつらの群れと衝突して、あらかた片付けたんやけど、親玉に逃げられてなぁ。でもありゃ半端無いわ。うちがでる事になったんも分かった」
悔しそうに、しかし楽しそうに話す彼女。
彼女は相変わらず戦いが楽しいようだ。
と、華雄が何か気付いたように口を開いた。
「ん、もしかしてその親玉というのは、三丈程の熊ではなかったか?」
丈……確か昔の中国だと一丈1.8メートルだったっけな。
詳しくは覚えていないが、巨躯ということに変わりはない。
「そんなもんやったかな……って華雄もしかして……」
「すまん、道中襲われてな。不覚を取ったが、一が討ち取った」
肩に巻いた包帯を擦りながらばつが悪そうに言う。
そこで初めて霞の意識が俺にきた。
「ほほぅ……」
「…………」
絡まる視線。
俺は潤む瞳を逸らさず向けた。
「……けったいな格好しとるけど、良い目しとるやん。しっかし華雄に伴侶ができるとはなぁ」
「んなっ!一はその様な……」
華雄の言葉の途中で、霞が俺に向けて飛龍偃月刀を向けてきた。
「おい霞、何のつもりだ」
ついさっきとは違い、声音低く華雄が言う。
霞は顔の笑みを崩さない。
「正当防衛とはいえ、うちらの仕事をとられたんは変わりない。昨日からうちの体が滾ってしょうがないんや。あいつを倒したあんたに、収めてもらう事にするわ」
かわりに、と霞は続ける。
「手合わせするんならそれでチャラにする。後から何も言ったりせーへんよ」
言わんとしてることは分かる。
不可抗力とはいえ、俺達は彼女の、国の仕事を横取ってしまったのだ。
このままではわざわざ遠征しここまで来た彼女達の体裁が立たない。
理不尽な話だが、原因は俺達。
それを霞は自分と手合わせするだけでお咎め無しとしてくれるのだ。
「それならば……いいだろう。一、相手してやってくれ」
俺が思案し黙っていると、華雄が納得し了承してしまった。
「だが霞、私達は先程村に着いたばかりでな、少し休みたいんだが……」
「あぁかまへんよ。うちらも明日までは村に駐屯する予定やし、明日でもええ」
「そうしてくれると助かる。では一、行くぞ」
「あ、おい……」
華雄に手を引かれその場を後にする。
一度後ろを振り替えると、呆然としている霞が飛龍偃月刀を落とすのが見えた。
「かず……と……?」
顔中に包帯を巻いた男から聞いた声。
それは五年前、自分が愛した男の声に聞こえた。
「……いや、まさか……なぁ」
昨日見た群れの親玉は、自分の知る彼では到底敵わない相手であった。
否定しながらも、同様を隠せない。
もしかしたら、もしかしたら!
落としてしまった飛龍偃月刀を拾い、一度横に薙ぐ。
「こりゃぁ……負けられへんなぁ」
いろいろ考えるのは止めだ。
明日の手合わせで勝ってあの顔の包帯を剥ぎ取ってやろう。
未知の兵(つわもの)との戦いに心躍らせる彼女。
気持ちとは裏腹に、表情は強張り歪んでいた。
あとがき
ねね!ねね!ねね!ねねぇえええええぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!ねね、ねね、ねねぇええうわぁああああ!!!
失礼、取り乱したようですね。
どうも、ふぉんです。
今回のあとがきですが、書くことがあまりありません。
日々応援メッセージを頂き、とてもうれしいです。欠かさず見ています。
作品の質問などは応援メッセージに送ってもらえれば、ボードにて返信いたします。
これからも応援をよろしくお願いします。
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魏√after 久遠の月日の中で13になります。前作の番外編から見ていただければ幸いです。
それではどうぞ。