長江に日が沈みだす。
河岸の樹に背をもたせ沈みゆく夕日をじっと眺めている男が一人。
質素な身なりではあるが、決してみすぼらしくは無く、寧ろ高潔な風格を漂わせている。
男の前方を一隻の投網を積んだ漁船がゆっくりと進んで行く。櫓を少年が取り舳先には父親であろう者が何やら指示を出している。
と、櫓を漕いでいた少年が河岸の男に気付き親しそうに声をかける。
「龍虎様ぁ~!!何されてるんですかぁ~!!」
「おう徳法!!今日は親爺殿と漁だったのかぁ!!」
「うん!!いっぱい獲れたんで後でお城にも持って行きますからぁ~楽しみにしててくださいねぇ~!!」
「ああ、じゃあまた後でなぁ~!!」
舳先では少年の父親がこちらに向かい恐縮してしきりに頭を下げつつ息子に盛んに注意をしているようだ。
「あらら、徳法に悪い事しちまったかなぁ。」
おそらく先程自分に親しく声をかけた事に対する注意であろうと思い苦笑いを浮かべた。
「さてと、そろそろ俺も城に帰るかな。いくら半休だとはいえ、あまり留守にすると雪蓮や冥琳がまた不機嫌になるからなぁ……」
踵を返すと我が城に向かい、というよりは愛する妻達や娘達の下に帰るために、やや小走りになる龍虎であった。
世に言う『赤壁の戦い』の後に『魏』、『呉』、『蜀』による三国同盟が成立して以来五年が経ち、世情は不安定ながらも徐々に復興しつつある。
ここ建業も三国の内の一つ『呉』の首都として急激な人口の増加、それに伴う犯罪率の上昇、慢性的な物資不足等様々な問題はあったが、国民達は概ね戦乱の末に掴んだ平和を享受しており、明日という未来を夢見て日々生活を営んでいるのである。
夕暮れ時の城下の街の喧騒を聞きながら、そして民の明るい顔をみて、龍虎は自然と笑みが出ると同時に今日迄の日々を脳裏に思い浮かべるのであった。
「最初はどうなる事かとも思ったんだけどなぁ……全く、あの時の一刀の顔と来たら……」思い出すのはこの地に初めて降り立った日の事。
「あれから色々な事があって、なんとか五胡との戦争も終わって、気が付けば女房子供持ちか……まあそれは一刀も同じだしなぁ。」今は洛陽にあって政務に忙殺されているであろう親友を思い感慨に耽っていた時。
「龍虎ぁ~~っ!!」いきなり後ろから抱きつかれた龍虎はたたらを踏んで立ち止まる。
「うわっ……と、雪蓮か驚かすなよ危ないなぁ。」
「ぶぅ~ぶぅ~っ、何よ愛する愛する可愛い妻が愛情表現で抱きついてあげてるのにぃ、龍虎冷たぁ~いっ!!」
「いやいや、可愛い妻って自分で言っちゃぁ駄目だろう。」
「えぇ~っ、だって本当の事じゃぁない。ほらほら可愛いでしょう。ワ・タ・シ……」とか言いながら背中に抱きついたままで女性独特の柔らかいものを押しつける。
「いや、あの、当たってますから、その何と言うか色々拙いものが……」
「ふふん、だってワザと当ててるんだもん。気持ち良いでしょう、ほぉ~れ、ほぉ~れ。」
「馬、馬鹿、止めろって雪蓮、街中だぞ街中。ほら皆が呆れて見てるぞっ!!それにもう城の前だし。」
「イイじゃん。皆に龍虎と私は相思相愛なんだって所を見てもらえば。それになんてったって私は龍虎のお嫁さんなんだからぁ~。」
「何?そのバカップル理論は??ってか、こんな所冥琳や蓮華にでも見付かったら、また二人揃って説教だぞぉ!!」
「へへ~ん、別に怖くないもぉ~ん。冥琳も蓮華も「ほぉ~っ雪蓮それは聞き捨てならんなぁっ」……」
「「へっ!!め、め、冥琳??」」
城門の柱に背をもたせた艶やかな黒髪の『美周郎』こと冥琳がそれはそれは良い笑顔で佇んでいらっしゃる。
「さて、それでは旦那様に我が王よ、お二人で街中をその様に楽しそうに歩かれていた事についてのお話を、少しの時間で良いのでお聞かせ願えるだろうか??」
「いや、め、冥琳さん、こ、これはですねぇ「旦那様!!」ハイスミマセン……オオセノトオリニイタシマス。」
「ちょ、ちょっと龍虎!!裏切者!!「雪蓮!!」ハイスミマセン……イカドウブンデス。」
「宜しい。ではお二人供政務室にでも参りましょうか。」
龍虎と雪蓮はまるで今から十三階段でも登るかの様な重い足取りで連行されていく。それから暫くして龍虎の政務室兼用の自室内では、真っ白な状態になった龍虎と政務机に突っ伏したままで動けない雪蓮がいたのであった。
「うぅ~~~っ」
「雪蓮、うるさいっ!!」
「だって、だって。冥琳ってば、ちょっと酷いと思わない!!」
「だっても何もない。政務を投げ出して逃亡した雪蓮が悪い!!」
「えぇ~っ、龍虎迄そんな事言うのぉっ!!」
「あたりまえですっ!!雪蓮が逃亡なんてしたから、今日は半休の筈の俺まで冥琳に説教くらったじゃんか。」
「ぶぅ~っ、夫婦は何事も分かち合わなくっちゃぁね。龍虎!!」
「うわっ開き直りやがりましたね、うちの奥様は……」
「だってだって逃亡したのだって半分は龍虎のせいよっ!」
「うわっ今度は逆ギレ迄しやがりましたね。」
先程の事情聴取に名を借りた、冥琳のお説教タイムに体力と精神力を、生きているギリギリのライン迄削られて青息吐息の状態であるにも関わらず、二人はこうして微笑ましい??言い合いを続けている。ちなみに冥琳は本日は入浴の日だと言う事で周循(龍虎との間の一人娘)と一緒に風呂に入りにいってここにはいない。
「ねえ、龍虎。」ふいに真面目な声音になった雪蓮が問いかける。
「何??」
「今日はどこ行ってたの?」
「いつもの河岸だよ。どうかしたか?」
「はあぁ?龍虎!アンタ最近どうしたのよ??この前の休みの日も孫紹(龍虎との間の一人娘)連れて、あの河岸でずっといたじゃない。」
声を荒げる雪蓮だが、ふと考えたくもないような事が頭を過ぎる。
「もしかして、龍虎……元いた世界に帰りたいなんて……」雪蓮の声が微かに震えている。
「違うよっ!!」雪蓮の目を見つめながら力強く龍虎が応える。
「でも……でも……龍虎……」雪蓮の不安そうな目に涙が溜まる。龍虎は席を立ち雪蓮の横までいって雪蓮を優しく抱き締める。
「雪蓮、よく聞いてくれ。確かに俺はもといた世界の事を完全に忘れた訳じゃぁない。でもね、あの日気付けばこの建業にいて、そこで雪蓮達と出会って、疲弊した『孫呉』を皆で復興した時から俺の居場所は、建業であり君達そのものなんだよ。」
「じゃぁ、なんで龍虎は……」
「なんて言うかさ、長江を眺めているとね色々考えちまうんだよ。」
「何を考えてるって言うの……」
「俺は雪蓮達や『孫呉』の人達に恩返しが出来ているのかなってね。」そう応える龍虎の目はいつもよりさらに優しく雪蓮を見つめる。
「龍虎……」思わず雪蓮は龍虎を見つめ返し徐々に二人の唇が近づいていく。
「まあ、雰囲気が良いのは結構なんだがな……」
「「へっ!!め、め、冥琳??」」あっ、なんかデジャヴ、と龍虎は思いつつも慌てて二人は離れるのであった。
「ん、二人ともどうした?鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をして?」
「ぶぅ~っ、何で冥琳は、私と龍虎が良い雰囲気の時ばっかり邪魔するのよぉ~。」拗ねた様な表情で雪蓮が文句を言う。
「おやおや、邪魔だとは心外だな。私は政務を怠けて旦那様の所に入り浸る困った親友の為に、我が愛しい旦那様と供に過ごす時間も限られているのだぞ。」
「うっ、そ、それは……」
「それに、先程声をかけたのは、風呂が空いたので冷めぬ内にお前も早く孫紹様と共に入ってくれば良いと思っただけだがな。」
「そ、それはありがたいけれど、空気読みなさいよ空気を、せっかく龍虎と口付けを……ゴニョゴニョ」
「はいはい、雪蓮も冥琳もそこまでっ!!雪蓮も紹と一緒に先に風呂入ってきなよ。俺は冥琳と話しがあるからさ。」
「えぇ~っ!!何それぇ!!可愛い奥様放っておいて冥琳と一緒だなんて。それって浮気だよねぇ。」
「いやいや浮気って……何言ってやがりますかこの馬鹿嫁は。冥琳だって立派な俺の奥様でしょうが!!」
「あぁ~っ、今馬鹿嫁って言ったぁ!!言うに事欠いて、私の事馬鹿嫁って!!」
「馬鹿嫁に馬鹿嫁って言う事になんの躊躇があるもんかい!!」
「あぁっ、今度は二回も言った!!」ギャアギャアとまるで子供の喧嘩の様な言い合いをしだす二人。
「はぁ~~っ……」それを見ながら盛大な溜息をつきつつも冥琳は思う。
(雪蓮や私、それに他の皆ががこんなにも穏やかな気持ちでいられる事や、建業の民が笑顔でいられる事も全て、龍虎お前のおかげなんだぞ。充分に恩返しはしてもらってるさ。だからこれからも頼りにさせてもらうぞ我が愛しの旦那様。)冥琳の顔には暖かい笑みが浮かんでいた。
どうも堕落論です。いつかは書いてみたいと思っていた長編ですが実際初回投稿した時点でかなり後悔なんぞをしていたりする今日この頃(笑)TINAMIユーザーの皆様如何お過ごしでしょうか??
え~取り敢えずは簡単な設定から、主人公はオリキャラです。我らが一刀君にも勿論出演していただきますが基本的にはオリキャラ主体となっていきます。まあ主人公の設定等は追々にという事で。
次に背景設定ですが真恋の魏√アフターをなぞっています。つまり一刀君は魏、主人公は呉に属し一刀君は前回消滅より一年後に主人公と共に帰還した事として考えてください。
筆者はハッピーエンドが大好きです(まあ、嫌いな人は少数でしょうが)ので多少シリアスにはなっても根底は明るい長編を目指し頑張っていきたいと思います。
最後になりましたが、この拙い文を読んでいただいた皆様のご批評、苦言、応援等は非常に筆者の励みになります。どんどんと書いてくださいまし。よろしくお願いいたします。
それでは次回の講釈で、またお会いしましょう。
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自分の腕も文才も顧みず長編なんぞを書き出しました。
設定としては真恋の魏√アフターにおける呉の話と思ってください。
今回の主人公は我らが一刀君ではなく、彼の友人となります。
オリキャラ主人公&筆者の観念世界での話と言う事で、その辺りが苦手の方はご遠慮して頂いた方が良いかとは思われます。
それでも良いよ。という優しい方はお目汚しかとは思われますがお付き合いくださいませ。
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