◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~
20:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の六 後半
呂扶や公孫範らの突撃に浮き足立つ黄巾賊。
その背後を突くようにして、公孫瓉率いる公孫軍本隊が突撃をかける。
先陣を切るのは、趙雲、関雨、華祐。
その先頭に立つ趙雲は、兵を率い槍を振るいつつ、勢いと力強さをもって黄巾賊の群れを引き裂いていく。
敵の布陣を分断し、綻びを生む。
ふたつに分かれたそれぞれに、関雨、華祐が率いる一隊がぶつかっていきねじ伏せる。
世界が違うとはいえ群雄割拠の時代を生き抜いた武将。そしてその将に鍛え上げられた兵たちである。食い詰めた匪賊程度では太刀打ち出来るはずもない。
兵たちへの信頼ゆえか、趙雲は後ろを振り向くこともなく黄巾賊の群れを掻き回し続ける。
勢いをつけすぎたのか、それとも敵が思いのほか脆かったのか。彼女の吶喊はかなり深い位置にまで達していた。
そこでふと視界に入ってきたのは、呂扶の姿。これにはさすがに趙雲も驚く。
これはつまり、北側と南側の軍勢が鉢合わせるほどに、黄巾側の戦力が削がれているということに他ならない。
一瞬、視線を交わす。だがその最中でも、ふたりの槍と戟はひとりまたひとりと黄巾の徒を屠っていく。
止められない勢いで武の程を見せ付ける将。そんなものがふたりも同じ場所に現れた。
ただでさえ、逃げようにも逃げ切れない厄介な相手。黄巾の側から見てみれば、湧き上がる恐怖は倍どころではなかった。
そんな恐怖の対象ふたりは、涼しい顔をしたまま合流し、背中を合わせる。
「随分と久方ぶりな気がしますな、呂扶殿」
「ん、元気だった?」
戦場に立ち、ただひたすら戟を振るうばかりだった呂扶。その最中で、気を許すひとりである趙雲の姿を見て少しだけ雰囲気を緩ませる。彼女に背中を預けながら、足を止め、肩をほぐすかのようにぶんぶんと腕を振り回してみせた。
もちろん、周囲は黄巾賊に囲まれている状態。呂扶の余裕を持った仕草も、場違いといえば場違いなものなものだ。それでも、これまでの彼女の奮闘振りを見せられていれば、そんな態度も隙を生んでいるようにはとても思えない。呂扶の進んできた道を見れば、打ち倒された黄巾賊がこれでもかとばかりに積み重なっているのだから。
「呂扶殿の武才であれば今更驚きもしませんが。
さすがにこれほどのものを見せ付けられると、やりきれないものを感じますな」
そういいながら、趙雲は軽く溜め息を吐く。
だが彼女の口調も、普段と変わらぬ飄々としたもの。気持ちに余裕を持って戦場に立っている証左といえる。
同時に、意識して呂扶の戦いぶりを観察する余裕まで持っていた。
呂扶が戟を振るうたびに、文字通り相手が吹き飛ぶほどの膂力。
公孫軍で行われる鍛錬においても実感していたものだったが、いざ戦場で見るとなると、その威力に味方ながら寒気が湧き上がるのを禁じ得ない。
幾度となく趙雲自身も吹き飛ばされている。それはやはり彼女なりの手加減がなされているのだろう。
でなければ、五体満足でいられるわけがない。
今この場で呂扶の武に晒されている黄巾たちは、身体のそこかしこを失いながら絶命しているのだから。
まったく容赦がない。寒気と共に頼もしさを感じつつ、趙雲も負けじと愛槍である「龍牙」を振るう。
振るわれる戟の猛威に触れた結果打ち倒される呂扶に対して、趙雲の槍は致死または行動不能に至る点を確実に狙い襲い掛かる。
呂扶に比べ派手さに劣るかもしれない趙雲の立ち回り。だがその槍を一閃するごとに、着実にひとりまたひとりと、黄巾の徒が地に伏していく。
彼女の槍もまた、向けられたが最後、避けること逃げることの叶わない恐怖を敵に植えつけている。
「ところで呂扶殿」
「?」
「メンマをお持ちでないか?」
「……お腹減った?」
「不覚にも、手持ちのメンマを切らしてしまいましてな。そのせいか身体のキレが今ひとつなのですよ」
緊張感などまるで感じられないやりとり。言葉だけを聞けば、ここが戦場、ましてや賊に囲まれている状況だとはとても思えない。
だがそれも、ふたりともが尋常でない実力を持つ武将なればこそ。余裕を見せてはいても油断はしていない。
身体のキレが悪いといいながらも、趙雲の動きはそこらの兵では太刀打ちできないほどに速く鋭いものであった。軽口を叩く間にも、好機と思い斬りかかった黄巾賊を軽く返り討ちにしてみせるほどに。
呂扶に到っては戟の構えすら解いている。それを隙だと見て襲い掛かる輩もいたが、その判断の浅はかさを悔いる暇もなくその命を刈り取られてしまう。
「……一刀の用意してたご飯に、あったと思う」
「おぉ、さすがは北郷殿。痒いところに手が届く心配り。思わず惚れてしまいそうですよ」
「……独り占めはよくない」
「メンマをですかな? それとも北郷殿?」
「……両方」
「ふふ、安心召されよ。仲良く分けようではありませんか」
早々に討伐を終えて戻りましょう。
趙雲がそういうのを締めとして、ふたりは己の武器を構え直す。
それぞれが反対の方向へと駆け出し、黄巾賊の群れの中へと再び飛び込んでいった。
趙雲が、呂扶と顔を合わせた場所よりやや後方。中央突破によって分断され乱れた黄巾賊に止めを刺すべく、関雨と華祐は兵を指揮していた。
もちろん指揮するばかりではない。自らが先頭に立って各々が愛器を振るう。その立ち回りを目の当たりにし、公孫の兵たちは大いに士気を高め、黄巾賊は襲い掛かる猛威に恐怖を抱く。
華祐の武を支え続けてきた金剛爆斧。破壊力と速さを兼ね添えた一撃が、途切れることなく流れるように振るわれる。暴風のごときその勢いに巻き込まれればたちまち命を奪われる。触れるだけでも、五体のいずれかがを持っていかれてしまう。
にも関わらず、傍目にはまるで重さを感じられない動き。羽毛のごとく振るわれる戦斧に、黄巾賊は近づくことさえ出来ずにいる。
それは関雨の振るう青龍偃月刀にも同じことがいえた。
並みの使い手であれば振るうだけでも難しいであろう偃月刀。それをいとも容易く操り、向かってくる者たちを斬り伏せていく。
一時代といっても過言ではない動乱の中を、共に潜り抜けてきた愛器。その重さも間合いも身体に染み付いている。彼女はまるで息をするかのように振るうことが出来る。
ゆえに、関雨が息をするかのごとき容易さで、黄巾賊は次々とその命を散らせていく。彼らにとって、まさに悪夢としかいいようのない状況であった。
「思えば、不思議なものよな」
「なにがだ?」
「かつて武を交わし叩きのめしてくれたお前と、こうして背を預け戦場を共にしているのだ。天という奴も気まぐれなものだ」
「ふ。気まぐれも過ぎて、こんな状況に置かれるとは露ほどにも思わなかったがな」
華祐の言葉を背中に聞きながら、関雨もまた言葉を返す。
少しばかり、背中を合わせただけ。戦場の中でのわずかなすれ違い。
ほどなくして、ふたりはまたそれぞれの方向へと散っていく。かかってこないのならば、こちらから向かっていくとばかりに。
偃月刀と戦斧。扱う武器は違えども、生み出される破壊力はそう違わない。関雨や華祐が武器を振るうだけで、黄巾賊はなにも出来ないままにその命を散らしていく。まるで草を薙ぎ払うがごときのあっけなさで、一人二人三人と、血の海に沈んでいった。
あまりに圧倒的な力の差。ただ斬り捨てられていくばかりの仲間を目の当たりにして、黄巾の徒たちは襲い掛かるにも躊躇する。わが身可愛さに逃げ出すものも少なくない。だが背を向けたが最後、その身はたちどころに切り刻まれる。
かかってくる勢いが薄れたことを感じ、関雨、華祐は、時を同じくして駆けていた足を止め、周囲をうかがう。
目を向ける。それだけで、ざざっ、と、黄巾賊が一歩退く音が鳴る。
彼女らの周囲だけに、ぽっかりと、円を描いたかのように空白が生まれた。
踏み込めば死に至る、結界のようなもの。彼女らが一歩二歩と歩みを進めるごとに、その空間もまた同じように動いていく。
逃げ出せるのならすぐにでも逃げ出したい。だが目の前の武将、関雨と華祐に背中を見せた途端に、自分たちの命は狩り取られてしまう。黄巾の徒らの本能はそう感じ取っていた。ゆえに、逃げ出すことも出来ずにただ、睨みつけ続けるしかない。彼女らの歩みに添って、距離を保ち包囲したままで移動する。
関雨と華祐は再び背を合わせた。不可思議な空間が、ひとつの円となる。相変わらず彼女らの周囲を遠巻きに包囲するが、それ以上になにかをしようとする気配はない。
「武を振るうといっても、こうも一方的に過ぎると弱いものいじめのようだな」
「仕方あるまい。脅威とはいえ、黄巾はしょせん賊でしかない。武将と比べるのは酷というものだ」
「それでも、手を抜く理由にはならないがな」
「同情はするが、因果応報というものだ」
互いの背から離れ、ふたりは一歩踏み出す。その一歩分、空間は外へと広がった。だがそれにも限界はある。
彼女らの猛威は、まだ収まることはない。
「公孫瓉は、こんなにも将を抱えているというの?」
曹操は、目の前に繰り広げられている光景に驚きを禁じえない。
先だっての戦いで、公孫軍の戦いぶりは垣間見た。中でも、趙雲、関雨、華祐の三人は、欲しいと切に思う程のものを見せてくれた。
だが間近で見る彼女らの武は、秀でているなどという言葉で簡単に済ませられるものではない。
ことに、関雨と華祐、そして呂扶。あれは尋常ではない、と、曹操は驚愕せずにはいられなかった。
曹操が自らの剣と誇る武将のひとり、夏侯惇元譲。彼女の武に敵う者などそうはいるまいと思っていた。
それがどうだ。ここしばらくの間に、匹敵し凌ぎさえするだろう武才を持つ者が幾人も現れる。
だからといって、決して夏侯惇の武才が劣っているわけではない。関雨らが突出しすぎているだけなのだ。
「桂花。あの呂扶が私たちの前に立ち塞がったとして、捕縛、いえ、打ち倒すにはどうすればいいかしら」
「……勝利するためには、将の数をもって圧倒するしかないのではないかと。
春蘭の奴が、もう二人、それに秋蘭の補助があれば、捕縛も可能かもしれません」
自分の想像に忌々しさを感じるのか、敬愛する主の前だというのに渋面を隠そうとしない。
そんな荀彧を見て、曹操は笑みを浮かべる。
「普段からなにかとキツい貴女にしては、随分高い評価をするわね」
「私も、あれほどの武を目の当たりにしたことがありません。想像するしかない以上、確たることはいえませんが」
「違うわよ。私がいったのは春蘭の評価の方。正直なところ、私は春蘭三人に秋蘭二人は必要かと思ったわ」
春蘭こと夏侯惇と、桂花こと荀彧。彼女らは毎日毎日、顔を合わせればなにかと突っかかり合う。
だが、夏侯惇の武才は確かなものであったし、荀彧の持つ知略もまた誇るに足るもの。そして、感情ではいがみ合いながらも、その能力に関しては互いに認め、信用している。それを曹操はよく分かっている。
「それにしても、分からないわ」
曹操は考えに沈む。
あれだけの武才を持ちながら、なぜこれまでその名を耳にすることがなかったのか。彼女は疑問に思う。
この大陸を統べている漢王朝。その中枢を牛耳る宦官や外戚等の存在に、曹操は嫌悪を表し隠そうとしない。
自分よりも無能な輩に使われるなど真っ平ごめん。ならば自分が頂点に立ち、すべてを一掃して天下を作り変えてくれよう。
それこそが自分の辿る道、覇道である、と、彼女は心の内に決めている。
無能な朝廷内部に対する反発。逆にいえば、有能な人物に関しては一定の敬意を持つ。ゆえに、彼女は使えそうな人材に関する情報に気を配り続けている。その密度と範囲の広さは相当なものと自認していた。
趙雲の名は既に知っていた。関羽と張飛の名も報告を受けている。だが他の三人はその情報網にかからなかった。
まさに一騎当千ともいえる彼女らの存在を、なぜ知ることが出来なかったのか。自身の細作たちが完璧だとはいわないが、それでも腑に落ちない。
理由はあるのかもしれないが、その見当は付かない。
だが彼女らの持つ武才、実力は本物だ。
「桂花。仮に呂扶を引き込めたとして、貴女ならどう使う?」
「……相手にもよりますが。曹操軍の一武将として考えると、他の将や兵との連携が執り辛い気がします。
曹操軍の兵は精強です。それでも、呂扶の下で戦働きをするとなると相当苦労するのではないでしょうか」
付いていくのに苦労する将は春蘭だけで十分です。
そんな小さな声も聞こえたが、曹操は咎めることもなく聞き流す。彼女のいい分もよく理解できる。
「……欲しいけど、手に余るわね」
彼女らの圧倒的な武才。今の曹操には喉から手が出るほどに欲しい人材だった。
だが呂扶らの持つ武の高さゆえに、無理に引き込めば自軍の持つ力の均衡が崩れる気もしていた。
これまで彼女なりに苦労してまとめ上げ築き上げてきた軍勢である。将ひとりふたりのために、精鋭を誇る兵を使えなくするのは愚の骨頂だ。
「ひとまず、置いておくことにしましょうか」
呂扶、関雨、華祐らについては保留することにする。
太守としても、遼西は気になる地だ。現時点では、変に事を構えたりせずにいこう。
曹操はひとまず、そう結論付けた。
公孫続は涙を流している。目の前で繰り広げられる戦場を思うだけで、涙が溢れ出るのが止められない。
彼女の立ち位置は文官である。その上まだ幼さが残る年齢だ。いくら聡明だといっても、公孫瓉より七つも年若い。これだけ規模の大きい戦場に出ること自体、初めてでもあった。前線に近い場所に立っているだけで震えが止まらない。
だが、今の彼女を襲っている感覚は、恐怖よりも、悲しさ。
なぜこれだけの人が死ななければならないのか。彼女は心を痛める。
「死者の数、病に倒れる人の数、飢える人の数。これらを少しでも少なくしていくことは、上に立つ者の役割のひとつです」
同じように、戦線に目をやりながら。鳳灯は努めて優しく言葉を紡ぐ。
「少なくない数の太守や領主が、己の私腹を満たすために搾取を繰り返しています。
民草に無理な税を強制し、それを無理やり奪っていく。
その大半は朝廷への貢物となります。覚えを良くしてもらい自分の権限を増すためです。
権限が増せば、治める土地が広くなる。広くなればその分だけ自分に入る税収が増えます。
結果、懐に入る財は以前よりも増える。
さらに税を徴収しようとすれば、中には倒れる人もいます。
疲労であったり病であったり。亡くなられる方もいるでしょう。
働き手が少なくなれば、税収は減ります。それでも朝廷に納める分量は変わりません。税収が減ったことを知られれば、管理能力を問われて権限が奪われてしまうからです。自然と、上げる報告に嘘が紛れることになります。朝廷も、きちんと税が集まってくるのならうるさいことはいわないのが現状です。
となると、減った税収の分は更なる課税で補うことになります。その負担はもちろん民草にかかります。
その辛さにまたひとりまたひとりと倒れていき、働き手が減ります。そしてまた税収が減る。この繰り返しです」
内政官としての師である鳳灯の言葉に、公孫続は、じっと耳を傾ける。
「この戦は、治める太守への不満が爆発したことで起こり、同じ不満を持つ人たちの間に広がっていきました。
逆に考えれば、内政に携わる人たちの頑張り次第で、こういった戦を未然に防ぐことは可能なんです」
自分の方へと顔を向ける公孫続を、前を向いて、と、たしなめながら。鳳灯は続けていう。
いい方はよくないが、民が不満を持たずにいてくれれば、一定の税収は確保できる。
黄巾賊による騒乱は、太守の圧政に対する農民の蜂起が切っ掛けである。
ならば、気持ちよく税を納めてくれるような環境づくりを心がければいい。それもまた反乱防止の一手である。
公孫続と共に、公孫越もまた、彼女のそんな言葉に遼西の現状を思い浮かべる。
「良政を心がけようとするのはいいことです。
ですが、民の要望すべてを聞き入れることは、実質不可能といっていいでしょう。
結局は、治世側と民との間で、利と理をすり合わせていくしかないと思います」
ならば、そのためにどうするか?
あちらを立てればこちらが立たず。その両方を程よく立てるために、具体策とその結果を常に考えて実行することが肝要だと諭してみせる。
公孫瓉の日常を見ている公孫越と公孫続のふたりは、その言葉に合点がいく。
常日頃から頭を悩ませ、周囲に意見を募り、組み入れた上でよりよいであろう案を形にし、決断し実行する。そして笑顔を浮かべて先頭に立っている。
そんな、姉であり従姉妹である公孫瓉の行いが、遼西という地に形として現れている。
「自分の中で、なにを第一とするのか。それによって、人の行動や考え方は変わります。
公孫瓉さまは、立身出世よりも地域の活性に重きを置いています。その考えの下に行動をし、結果、遼西は他地域の噂になるほどの豊かさを得ました。
民の現状を第一に考えるのか、己が抱く理想の治世を第一に見据えるのか、それとも目先の利益のみを追いかけるのか。人によってそれぞれです。
どれが正しくて、どれが間違っている、とはいいません。
大事なのは、それらを判断する自分の基準を作ることでしょうか。」
いうなれば、なにが許せなくて、なになら許せるのか。そう考えれると分かりやすい、と、鳳灯はいう。
「税ばかり取られ飢え死にしそう、そんな圧政を敷く太守は許せない。黄巾賊蜂起の切っ掛けはこうです。
そんな行動を、太守は許すことが出来ません。
民や町に被害が出るからか、税収が減るからか、朝廷からの評価に響くからか。理由はいろいろでしょう。とにかく制圧しようとします。
制圧というからには、死人も出ます。黄巾賊にも兵にも、そこにいただけの領民が被害に遭うことさえあるでしょう。
黄巾賊から見れば官軍は許せない存在。官軍から見れば黄巾賊は許せない存在。ならば共に許すことが出来た一線というのはなんなのか。
その辺りの機微や均衡を見極めることが、平穏に繋がるのだと思います」
感情だけではなく、理と利を踏まえた一線を自分の中に課す。
そうすれば、自分の目指すもの、そのためにやるべきこと、そして相反するものに対して下す対応を割り切ることが出来る。
「割り切る、ですか?」
「そうです。
この戦場は、まさにそれです。
匪賊の類はともかく、農民から黄巾賊に加わった人も多くいます。彼らの命を奪うことは、気持ちのいいものではありません」
わずかに表情を変える鳳灯。
だが、紡がれる言葉は止まらない。
「黄巾賊に身を落とした理由は理解できます。でも、他の民を襲う理由にはなりません。少なくとも、私の基準では許せることではありません。
ゆえに、割り切ります。
黄巾賊は、民草の平穏を乱し大きな被害を生むものとして討伐します。軍師の立場なら、皆殺しにして殲滅せよ、と命令します。なにもしなければ、戦場以外でも、人は多く死んでいくことになると判断するからです。
その反対のこともあり得ます。場合によっては、黄巾賊を生かすこともあるかもしれません。
例えばの話ですが。
かつての友人が立場の異なる勢力として敵対していた。戦いに勝利し、友人が捕虜となる。
その敵勢力自体は許せない、でも友人は許してあげたい。
そんな判断も、自身の中にある基準しだいで対応が変わります。
友人といえど敵、だから処刑する。
はたまた、敵勢力といっても友人、だから助ける。
どちらが正しいとはいえません。後にどんな影響があるか、ということは考えておく必要はありますけれど」
自分はどうしたいのか、というのが結局、落としどころになるのだ。彼女はそう締め括る。
それを元に下した判断を、どうやって実行していくのか。あるいはそれが後にどんな影響を及ぼしていくのか。
そういったところにまで思慮が及ぶような人が、いわゆる"偉い人"になっていくのだと。
遼西の"偉い人"の血縁であるふたりは、その言葉に考えさせられる。
関雨や華祐を始めとした公孫軍の立ち回り、そして幽州合同軍、曹操軍や劉備軍の勢いを目の当たりにする。黄巾賊はやがて逃げ惑うばかりとなった。
背を向けたとしても容赦はしない。温情をかけここで見逃せば、また新たに匪賊と化す可能性は十分にある。不安の芽は絶たねばならない。討伐は徹底して行われる。
とはいえ、その数は膨大なもの。どれだけ徹底していたとしても、その網目からこぼれる者が現れる。
そんな輩が、たまたま幽州合同軍の陣深くまで入り込んでしまうことも。
「北郷さん」
「ご心配なく」
幽州合同軍の総大将、公孫越。彼女が陣取るのは、戦場が俯瞰できる最奥部だ。その周囲を守り固めるのは、主に、一刀を含めた遼西の義勇兵。
それを指揮するのは、北郷一刀。彼は公孫越に一礼し、義勇兵の一部を引き連れ、主の下を少しばかり離れる。
この最奥部にまで紛れ込んできたのは、100程度の集団が細切れにいくつか。だがそのほとんどは公孫兵の手で討ち取られる。
一刀たち義勇兵が陣取る場所に至るころには、その数も格段に削られている。総合計で100に届くくらいか。
「囲め」
そのひと言で、義勇兵たちは黄巾賊を取り囲む。
自分の持つ得物がかち合わない、そんな間合いを意識しながら。二層の形を執る包囲網が少しずつ縮められていく。
「油断せず、敵一人につき二人で当たれ。一層目は目の前の奴を討つことを意識しろ。二層目は敵とその周囲の動きに気を配れ」
静かになされる指示。その声は兵たちの耳にしっかりと届く。
振り上げられる黄巾賊の剣。それよりも速く、義勇兵は相手を斬り捨てる。または斬撃を受けきってみせる。
いずれにしても、一拍の間が生まれる敵の動き。そこに向かって二層目の兵が剣を振るう。
更に生まれる敵の隙。一層目の兵は慌てることなく、確実に止めを刺していく。
ひたすら、その繰り返し。敵が動きを止めるまで、一、二、一、二、と、攻撃を与え続ける。敵も味方も、互いに質の異なる声を上げながら。
相手が本職の兵ならばこう簡単には行かないだろう。だが相手はしょせん、賊。武才のない義勇兵でも落ち着いて対処が出来る。
一刀が執る指揮、それに従う義勇軍の動きに、華やかさはない。
だが彼らは本来、兵ではないのだ。戦で華を咲かせる必要はない。
対象を守りつつ、自分の命を確実に持ち帰る。
商隊の護衛を生業のひとつとしていた一刀は、それが至上と考えている。
手勢がいないのなら話は別だが、今は本職である兵たちが多くいる。
そもそも、義勇兵が本職の兵に敵うはずもない。
なにより「人を殺す」ということに対する覚悟の程が違うのだ。乱戦にでもなれば却って邪魔になりかねない。
だからこそ、一刀が率いる義勇兵は陣の最奥部で守りに専念する。戦場へと飛び込まない。地味に、地味に、出来ることだけをこなしてみせる。
程なくして。一刀が率いる義勇兵たちは、紛れ込んできた黄巾賊をすべて斬り捨てた。
義勇兵の誰もが、自分の基準で判断し、決め、行動している。その過程で血に汚れていくことも、仕方がないこと、と、割り切っていた。
もちろん、それに慣れるということはまったく別物ある。義勇兵といっても、しょせんは民草。戦場に立ち続けるにはあまりに脆い。
彼らは戦う理由があるからこそ、一時的に割り切って、戦場に赴いているだけなのだから。
時折陣地の奥深くまでやって来た黄巾賊も姿を消してきている。趨勢はすでに決したといっていいだろう。
愛する義妹ふたりが、危険な戦場を駆け抜け命を狩り続ける。
頼りになる軍師ふたりが、こちらの被害を抑えながらも相手の被害を広げるように知恵を絞る。
どれだけの人が、死んでいったのだろう。目の前に広がる戦場を眺めながら、劉備はひたすら心を痛める。涙はもう枯れ果てていた。
黄巾賊の非は理解できた。ことの起こりは共感できるものの、同じ民草にまで手を上げてきたことは、彼女とて許せることではない。
だからもう同じことが起きないように、黄巾賊を討伐する。
それは分かる。仕方のないことなのかもしれない。さすがにこれだけの黄巾賊を前にして、話し合いでなんとかなるとは劉備も思わない。
でも彼女は、人が死ぬのを見るのは嫌だった。誰かが死ねば、その周りの人が悲しんでしまう。想像するだけで、胸が痛んだ。
どうすれば、この黄巾の人たちを助けることが出来たのだろう。
劉備は考える。自分がどうすれば、皆が幸せな気持ちになってくれるのかを。
戦争で人が死ぬのは哀しい。なら、戦争を起こさないためにはどうしたらいいんだろう。
劉備は考える。自分が望む、誰もが笑顔で過ごせるような世界はどうすれば作れるのかを。
自分の抱く理想は、どうすれば皆の心に届くのだろう。どうすれば叶うのだろう。
劉備は、ひたすら考え続けていた。
精強で知られる公孫軍と、それが素地となる幽州合同軍。そして躍進著しい曹操軍に劉備軍。
対して黄巾賊はしょせん賊である。剣を振るうにしても、その質は明らかに違う。
ましてや軍勢として、地の利を取り、唯一の懸念点だった数も上回り、それを率いる将も一騎当千とあっては、討伐側は一人一殺でもおつりが来る。
事実、30000を超える数がぶつかり合ったにもかかわらず、討伐側の軍に死者はほぼ皆無。重傷者がそれなりに出る程度で収まっている。この戦いは圧勝といっていい。これだけの数が集まり蜂起しても軍閥には敵わない、と、知らしめることになった。少なくとも幽州軍と曹操軍の名は広く大きく知られることになるだろう。
だが、それだけの結果を出していても。実情は画竜点睛を欠いたものだった。討伐側の主だった将は、総じて浮かない顔をしている。
「それにしても」
曹操が顔をしかめる。
いままでずっと気にかけていたこと。それが未だに解消されていないことに、彼女は腹立たしさを感じていた。
「公孫瓉。貴女のところに、張角捕縛の知らせはある?」
「……ないな。ここに集まった黄巾賊の主将格は、知る限りでは皆死んだ。
その中に張角もいたのか、それとも逃げ出したのか、もともとここにはいなかったのか……。正直、分からん」
「そう……」
「そもそも、男か女か、年頃はどれくらいか、どんな風貌なのか、っていう情報がほとんどないからな。確かめようがない」
「そうなのよね……。忌々しいわ」
爪を噛み、腹の底から不機嫌さを滲ませる曹操。
黄巾賊を統べる長というべき存在、天公将軍・張角、地公将軍・張宝、人公将軍・張梁。
嘘か真か、黄巾賊の中でもその姿を知るのは極限られた一部であるらしく、討ち取ったのかどうか首級を確認することが出来ない状態だった。
戦場での動きから察するに、おそらく此処にはいなかったのだろうと想像するしかない。
もちろん、関雨、鳳灯、華祐の三人は、張角らの姿かたち人となりまで分かっている。
彼女らは、この戦場にはいない。だが、ここではなにもいわず、口を噤んでいる。
「これだけ大きな騒ぎになっても、根源は絶てず、か」
「いつまたこんなことが起こるか。そう考えると、太守としちゃ頭が痛いよ」
「本当ね」
立場を同じくする、曹操と公孫瓉。ふたりは肩を並べて深く溜め息をつく。
なぜこのような争いが起きたのか。そして、どのようにしてここまで大きな規模にまで発展したのか。
公孫瓉は騒乱の再燃を憂い、曹操は騒乱を肥大化させた手段の流布を懸念する。
抱くものの色合いが互いに異なることまでは、さすがにうかがい知ることは出来なかった。
・あとがき(後半編)
分割したはずなのに、なんでいつも以上のテキスト量に?
槇村です。御機嫌如何。
さて。
思いつきで始めたお話ですが、案外続けていられることに我ながらびっくり。
その割には、まだ山場らしい山場がまだないんだよなぁ。
反董卓連合やその後などに、書きたいシーンが控えていますので。更に気を入れて臨もうと思う次第。ただし無理しない程度に。
このお話のことなのですが。
基本的に、"ここをこうしたら面白いんじゃね?"という感覚で原作を改変・再構築しているだけです。
『三国志』や『三国志演義』では"こう"だから、こういう展開もアリだよね。という意識は多分にあります。
それらを踏まえて、槇村の中で合点がいって辻褄が合えば、それでいいというスタンスを取っていますから。
読む方によってはお気に召さない点もあると思います。それはまぁ、仕方ないよね。
それにしても、『恋姫無双』に入っていない『三国志』ネタを絡めると非常に楽しい。
おかげで普段読む本のラインナップに三国志関連が多くなってきた。
ちなみに。
「誰が主役なんだよ」というご指摘もありますが、槇村の中では一巡組の四人が主人公です。一応。(一応?)
一刀はあくまで脇役に徹して、進めていきたい。なー、と。
でも気を緩めると、公孫瓉こと白蓮さんが主役になってしまいます。気が抜けません(笑)
やっと、黄巾の乱編が終わった……。
さてさて。これからどう展開していくことやら。
よろしければお付き合いください。かなりの長丁場になりそうではありますが。
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黄巾の乱、平定。
槇村です。御機嫌如何。
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