SEED Spiritual PHASE-64 高揚を抑えきれなかったが
クロは高揚を抑えきれなかったが、表には出さぬまま全ての計器に視線を走らせた。三方を囲むモニタには格納庫の無機質な壁と拘束具だけが映っている。と、その一つを切り取り通信が入った。
〈クロ。ねえホントにいいの?〉
ルナマリアの背後に見えるのも、モビルスーツのコクピットと思しきシート。ヘルメットに半ば表情を隠されながらも心配そうなその表情は充分解った。
〈なにが?〉
「だから、なんでこんな遠くから発進なのよ? 〝ノワール〟もついてけるし、補給艦とか、基地で戦った方が機体保つわよ」
〝プラント〟侵攻。
クロは〝アイオーン〟を絶対補足されないような遠方に置いたまま、モビルスーツのみで攻め込むと言う提案をしていた。核動力のモビルスーツとて整備は必要であるし、被弾すればパーツ交換は必要。バッテリー駆動、そして〝インパルス〟を除く換装型なら補給艦とモビルスーツの従来の関係を崩すことは、一言で言えば無謀に相当する。〝ザクウォーリア〟での戦闘経験の長い彼女はそのことを指摘しているのだろうが。
「自分ん家に踏み込まれてるようで落ち着かねえよ。オレは敵陣まっただ中でも、基地は確実に安全、っての方が気が楽だ」
クロは一言で切り捨て、星流炉の確認試験を繰り返した。
「はぁ~。そう言う考えもアリ? っていうか〝ルインデスティニー〟だからやれる暴挙なんじゃないのそれ」
オールグリーン。一息ついたクロは彼女の言葉を胸中で反芻する。自分とルナマリアの考えが真逆を向いた。あぁ『心』とひとくくりに出来る存在が何故こうも違うのか。今は互いを尊重できる個人同士だからまだいい。が、これが武力を有した組織同士ならどうなる?
「暴挙を、通さないといけないんだよ。腐った法則から、抜け出すためには――!」
やがて通信は終わり、代わりにアナウンスが耳に届いた。
〈発進シークエンスを開始します。気密シャッター、ロック確認。カタパルト接続。X42ST発進スタンバイ。ハッチ開放。コントロールをパイロットに移譲します〉
アビーのアナウンスに続いて〝アイオーン〟のハッチが開く。そこから覗いた深淵がクロに息を飲ませた。
(とうとう、ここまで来ちまったか……。いや、帰ってきた、のかな)
滅ぼすために。自分は宇宙(ソラ)に帰ってきた。かつて崇めた存在を、世界から葬ることが、果たして自分にできるのか? その疑問すら失笑する。できるできないではない。やるかやらないかですらない。やらなければならない。
「I have Control。〝ルインデスティニー〟、出る!」
三つのランプがグリーンを弾く。リニアカタパルトに滑らされた機体は虚空に投げ出されるなり虹色の翼を広げた。全てのスラスターに火を入れ、最大速度で〝プラント〟を目指す。クロの指はいつもの癖でミラージュコロイド展開装置に伸びかけるがその指先を握り込んだ。
しばらくを待つ必要もなく前方からの危険がアラートになる。ライブラリが返したデータはZGMF‐2000〝グフイグナイテッド〟。現在のザフトが地球連合の思想を参考にして敷いたという前衛攻撃ラインに差し掛かったと言うことだろう。ここと戦闘中に後方から〝ガナーザクウォーリア〟による砲撃に晒される――と、情報では知っている。〝メナスカリバー〟にアクセスし、ビームガンを乱射する〝グフイグナイテッド〟をなます斬りにしてやる。あまりの接近速度に対応の遅れた他の〝グフイグナイテッド〟達が我を取り戻して集中攻撃を開始するが、あの機体の武装では〝ルインデスティニー〟に傷一つ付けられない。M181SE〝ドラウプニル〟がどれだけ降り注ごうともそんな低出力ではTPS装甲を突破できず、特徴武装であるMA-M757〝スレイヤーウィップ〟も貼り付けられるなり位相をずらされ直角に折れ曲がり寸断される。MMI-558〝テンペスト〟ですらビーム刃を触れさせなければ折れ飛ばされる。クロは強引に機体を敵の集団に潜り込ませると大刀のリーチを生かして数機まとめてバラバラにしてやる。斬りかかる〝グフイグナイテッド〟、しかし急制動と言うのも生易しい機動性に相対してしまえばそれは隙を相手に晒すための行為だった。ビームライフル3連射が戦闘兵器を無力な鉄塊に変えて宇宙に流した。蒼い機体群が尻込みし、〝ドラウプニル〟を乱射する。
「意気地なしー。通っちまうぞ」
接近戦向きの機体が逃げてしまえばそこには道ができる。クロはスラスターを全開にした。〝グフイグナイテッド〟共を置き去りにした頃無数の赤光が迫り来た。二発をかわし、二発をビームシールドで受け止める。
眼前には無数のナスカ級、それ以上に無数の〝ガナーザクウォーリア〟、それよりは控えめな各種ウィザード武装を纏った〝ザクファントム〟が見受けられる。
しかしクロの目はそれらを通り越して一つの偉容だけを見つめていた。〝ゴンドワナ〟。古代大陸の名を冠した空母。
クロの思いは中断させられた。〝ルインデスティニー〟が貫通した侵犯経路をなぞり、一つの物体が飛来する。機体のセンサーが物体を捉え、クロはオート操作に任せた。
飛来した物体がミラージュコロイドを解凍する。衣を外した代わりに鉄灰色の機体が白く色づいた。展開した取っ手を〝ルインデスティニー〟が握り込み、――〝コメット〟が星流炉からの激烈なエネルギーを組み上げ、ビーム砲塔を全て晒した。
――回避とドッキングをAIに任せてしまえばクロの視線は自然と懐旧の情に流されていた。〝ゴンドワナ〟巨大空母、いや深緑色に彩られた宙母か。一年程前、自分は無数にあるハッチのどれから吐き出されて――最強戦士共に置いてけぼりをくらったのか。苦笑を漏らすより先にAIがロックオンの完了を告げてくる。
クロは苦笑した。両目を細めてトリガーを握り込む、ただそれだけのことで正面モニターを塗り潰すほどの爆光が満ちた。数え切れないほどの60cm〝エリナケウス〟対艦ミサイルと戦艦搭載規模の高エネルギー収束火線砲が導き出した結果はまさに一騎当千だった。オリジナルの〝ミーティア〟には遠く及ばないミサイル発射管の数であるはずだが、この撃墜数は目を見張る。
「いや……はっきりと異常だよ」
原型機となった〝デスティニー〟には〝フリーダム〟、〝ジャスティス〟と違い、マルチロックオンシステムが搭載されていなかった。故に〝コメット〟を扱う際には照準などは全てAI任せになる。それがまた、クロの脳裏に冷たい負を注ぎ込む。血の通わない虐殺。別に血の通った良心の呵責を感じる虐殺が正しいとは思わないが、自身の制御できる圧倒的すぎる人命放逐は…………端的に言えばおぞましい。
神はいないと感じる。
ナニかを超越した破壊力。これははっきりと神の領域なのだろう。感情ある生物がこれを繰り返せば、確実に狂う。神の力。こんなものを制御できる存在など、いてはならないと思いたい。
トリガーから指を離せば急き立てるようにメインモニタに連続してロックオンマーカーが灯っていく。完全自動で命中確率を算出し、高い者から順に――必然的に近い者から――網にかけていく。
ミサイルポッドの奥底から次々と撃ち出される弾頭、星流炉に押し流され次々と吐き出される閃光。その全てが悉く面を支配し存在達を放逐していく。虹の翼で巨大銃剣を押し込み徐々に〝プラント〟へと肉薄する。無数の爆発を、もう目の辺りにする気持ち悪さに耐えられなくなる。いっそのこと瞑目してしまおうか。
(どうせオレはトリガーを引く責任など、引き受けられるような器じゃない……)
閉じかけた瞼を警告音がこじ開ける。引き寄せられた警告色のマーカーには戦艦が取り囲まれていた。ナスカ級戦艦に連なった帆のような装置が追加されている。
「あぁ……」
クロは哀れみを込めてほくそ笑み、そのまま機体を直進させた。眼前に迫る異形のナスカ級戦艦からプラズマ状の何かが放射された。〝コメット〟を抱えた〝ルインデスティニー〟はその渦中に飲み込まれたが視界がかすんだ以上の効果はない。
「残念。核エンジンじゃねーんだよ」
あの装備の概要はデータで見たことがある。実物は遠くからなら見たことがある。〝ニュートロンスタンピーダ〟だろう。この閃光には中性子運動を加速、暴走させ、強制的に核分裂を起こす――つまりは核兵器を任意、と言うよりも強制的に爆発させる効果がある。確かに核動力モビルスーツがこの波に飲まれれば動力炉から爆砕する羽目に陥るだろうが機体に核物質が使われてなければただの電磁波にすぎない。
眼前にまで迫る。量子フレネルが焼き切れるその前に巨大ビームソードで戦艦ごと引き裂く。そして間髪入れずに一斉射撃。犇めく敵軍がまた綻びを増やした。
「……あん?」
――が、全滅にはまだほど遠い。なのに、〝ザク〟の軍隊のみならず〝ゴンドワナ〟を含んだ戦艦団までも戦闘宙域を離脱していく。クロが疑問符を浮かべる。それに解を出したいわけではないだろうが〝プラント〟方面から新たな戦艦が二隻姿を現す。グレイの戦艦。ナスカ級では有り得ない。
「何だ? 造ってやがったか」
入れ替わり現れた軍艦は今度こそ進水式を終わらせたのだろう。『ミネルバ級』だった。セカンドステージの専用運用艦として一番艦〝ミネルバ〟が〝インパルス〟を用い、獅子奮迅の活躍を見せたのはまだ記憶に新しい。
「イザーク・ジュール、〝コアスプレンダー〟出るぞっ!」
「ディアッカ・エルスマン、〝コアスプレンダー〟発進する!」
「シホ・ハーネンフース、〝コアスプレンダー〟行きます!」
その記憶が具現化でもしたのか、ミネルバ級の専用カタパルトから3つの機影が吐き出される。熱紋は直ぐさま数を4倍に増やし、瞬く間に組み付いた。VPS装甲をパーソナルカラーにでも調節しているのだろう白青と紫紺の〝フォースインパルス〟、緑黒の〝ブラストインパルス〟の3機が眼前に立ち塞がる。クロは乾いた唇を舌で湿した。彼の考える、唯一の意味あるセカンドステージ。しかし幾ら〝インパルス〟と言えどたった三機が量産型数百を超えるとは到底思えない。
「……なに考えてやがる?」
駆逐するのに大変な油断はミネルバ級に連なる淡紅色の戦艦に引き締められた。
「〝エターナル〟……! 奴か!」
カタパルトデッキが展開し、白と青を基調とした天使の姿を押し出した。コズミック・イラ史上最強の称号を得、さらにアカツキ条約が敷かれた結果、最強の名を恣にしているモビルスーツ。
「〝ストライクフリーダム〟――キラ・ヤマト!」
対モビルスーツ戦に巨大すぎる兵器は邪魔だ。〝ルインデスティニー〟が〝コメット〟をパージする。取り外された追加兵装は急速に上昇しながらミラージュコロイドに融けていった。
口火を切ったのは〝ブラストインパルス〟の一閃だった。深黒を横切る赫怒の色彩から機体を逃がすも青の〝フォースインパルス〟がビームサーベルを手に肉薄している。シールドを刃の先に滑らせるが更に紫の〝フォースインパルス〟が眼前で剣を振りかぶる。腰部のバーニアで姿勢を正しながらアンチビームシールドを延伸させる。面積を拡大させた盾が二撃目も防ぎきる。紫は当初より一撃離脱を考えていたようだが、青は未だに押し込んでくる。〝ルインデスティニー〟は左腕を押し込みながら〝メナスカリバー〟を引き抜くと眼前の〝インパルス〟を両断した。
(避けたか?)
コクピットまで貫通できたかは確かめている余裕がない。更なる〝ブラストインパルス〟の主砲、M2000F〝ケルベロス〟が二発目をぶちかまし、紫の〝フォースインパルス〟が追撃を加えてくる。高エネルギー砲をすんでの所で回避し、ビームライフルの一閃を装甲で跳ね返す。再度の剣撃を繰り出すも大型のシールドに阻まれ腕と頭部を破壊するに留まる。
(だが、隙なんざ一瞬で充分だ!)
同時に超射程砲〝ゾァイスター〟を引き出す。ロックオンなどAIに任せトリガーを引き絞る。回避しきれなかった緑の〝インパルス〟が吹き飛びプラズマを撒き散らすのが視認できた。
〈やめろぉっ!〉
そこにとうとう〝フリーダム〟が追いついてきた。ライフルをビームシールドで弾き、サーベルを実体盾で受け止めながらクロは背筋が粟立つのを抑えきれなかった。歓喜か、恐怖か。
(今度は〝ストライク〟じゃねぇ。キラ・ヤマトの全力を見せつけられる――!)
クロがメインスラスターレバーを引き上げれば〝ルインデスティニー〟が光の翼を吐き、〝フリーダム〟を圧し返す。キラも流石にこちらの出力を侮るような真似はせずビームシールドを張り巡らせて障壁を造ると大剣の威力を受け流し距離を取る。そしてライフルを連結した。
「!」
クロが予想したものとは比較にならない光量が満ちる。頭だけ残される様な慣性の暴力。慌てて機体をサイドに流す。〝フリーダム〟の放ったバスターライフルが背後にあったデブリを完全に飲み込み消し去っていく。
「なんて威力だよ……」
成る程「改良」ならば、条約違反ではない。自分が言った言葉ではないか。この機体も未来永劫の最強では有り得ないと。とは言え〝ゾァイスター〟程ではない。冷静を掻き集める間。考えを整理したい間であったが――クロの視界は余計なものを拾って歪められた。〝ミネルバ〟級から射出されたのは〝シルエットフライヤー〟に〝チェストフライヤー〟か。脳裏が視界と単語を結びつける間に次々にくっついていく。聞かされていたよりも遙かに早く、目の前に3つの〝インパルス〟が組み上がっていた。
「武装の追加、換装とダメージコントロールをほとんどオートで行うってことか。思ってたよりスゲェ機体だな……」
〝フリーダム〟が銃を分割し、二連射。それをシールドで受ける間に先程までの戦績がリセットされてしまった。
「キツイな。だが……これを超えれば、オレは――」
「はぁ……ようやく、ね」
ルナマリアは近づいた爆光に目を細め、嘯いた。〝ストライクノワール〟のカメラは最大望遠でようやく〝ルインデスティニー〟の機影を捉えたが、一瞬だ。あの速度をいつまでも視認できるものではない。
「――って、ぼーっとしてる場合じゃないわ」
砲撃仕様の〝ランチャーパック〟を背負った〝ストライクノワール〟が掌部からアンカーランチャーを撃ち出した。〝ランチャーストライカーパック〟は本来、対艦バルカンとガンランチャーがセットになったコンボウェポンポッドが付属するのだが、〝ノワール〟いや〝ストライクE〟の肩にあるサブスラスターが干渉して取り付けられなかった。〝アイオーン〟組が初期型のストライカーパックを一通り揃えてくれたが、完全に装備できる規格は肩部に何も付けない〝エール〟くらいしか合わない。連合が〝ストライク〟のマイナーチェンジを依頼したというアクタイオン社の無計画――だか過去の捨て方だか――に嘆息しながらルナマリアは虚空に浮かぶ岩塊に突き刺さったアンカーランチャーを引っ張り確かめた。
「よし」
続けて右掌、更に左爪先……と繰り返しアンカーとワイヤーのみを用いて機体を進ませていく。スラスターの類は全く使用せずに徐々に『砂時計』へと接近する。ニュートロンジャマーの電波障害により、普通索敵は熱紋センサーか目視に頼るため、宇宙で視認性の低い黒い機体で熱源にならないままの侵入は、まず見つからない。
「考えたものよね……」
欠点は操作が複雑な上に進行速度が遅いため苛つくこと、か。
「あぁ。まだでも遠いんだから」
距離はまだまだある。ルナマリアは光の乱舞から視線をもぎ離すと次のアンカーを射出した。
蒼の〝スーパードラグーン〟が八方に飛び散りこちらを取り囲むがクロはその全てを無視した。並の出力のビームではトルーズフェイズシフトは突破できない。クロにとってこの装甲を纏った最大の理由は対〝ドラグーン〟にある。量子通信の阻害やウィルスなど形にならない〝アンチドラグーン〟など信じられない。
対〝ストライクフリーダム〟。クロにとっての〝ルインデスティニー〟はその為の魔剣である。
(なのに、圧倒できないって……オレはクズかよ!)
何度打ち払おうとも不死(アンデッド)の如く蘇る〝インパルス〟は確かに煩わしいがこいつらがいなければ〝フリーダム〟を撃墜できるか? 突きかかったそばから見失ってしまう。DSSD特製の人工知能による補助がなければ下手をすれば撃墜されているのではないか? その想像は奥歯をきしらせた。
AIからのアラートに苛立つ。〝ルインデスティニー〟は長射程砲を引き出した。
「コクピットを墜とせばいいんだろっ!」
シールドとライフルを構えた〝インパルス〟の中心点をロックしトリガーを引き絞る。しかし斜線にビームシールドが差し込まれ削られた赤光は紫の〝インパルス〟を貫きはしたが、そいつは爆発する下半身を捨てていた。程なくして〝レッグフライヤー〟が飛んでくる。また無駄だ。
「……〝フリーダム〟っ!」
レフトのモニタが映し出すのは、飛んできた装備を換装し、二刀を振り上げる青の〝インパルス〟。MMI‐710〝エクスカリバー〟レーザー対艦刀を真っ向から受け止めては並のシールドデバイスは両断されかねない。真上からの一撃を横から弾いて押し遣り回避。一撃離脱した〝ソードインパルス〟を怪訝に思えば遠くに〝ケルベロス〟の光が見える。強引にレバーを引き倒して高速で距離を取りながらビームシールドを展開する。光の速さで迫る高エネルギー砲に距離を取るなど無意味だったのかもしれない。眼前で光が弾けたときには今度は〝フリーダム〟の腹部に高まりが見て取れた。
「野郎っ!」
こちらもMGX-2235〝カリドゥス〟のトリガーを握りながらビームシールドをずらす。二機のモビルスーツの中心から吐き出された紅い光が闇を二つに引き裂き真っ向から衝突した。大多数の視界を圧する光は拮抗し、直ぐさま吐き出し尽くされ消え失せる。青の〝ソードインパルス〟が右後方に現れたが無造作に振るわれた対艦刀はそいつの剣ごと頭を削り落としていった。
「甘いよ。こっちに死角はないんでね」
損傷した〝インパルス〟にぶちかましをかけながらターゲットサイトを転がす。激烈な振動を強引に無視して長射程砲を展開した。〝フリーダム〟はライフルの連結をまだ終えていない。またとない好機にクロの口の端がつり上げるが――
突然のレベルの違う警告音に心臓が跳ね上がった。引けば良かったトリガーから手まで放してしまったところで警告の意味が染みてくる。その事実には冷たさが伴っていた。
エネルギーの残量が、ほとんどない。
「は!?」
空間を滲ませる音を立てて、闇色の装甲が鉄色に変じる。この状況で一発受ければ、言うまでもない。
なぜだ? 星流炉は大地に足をつけている限り無限の供給が、いや、宇宙に出ても太陽風を吸収できるようになるとかならないとか造り替えてくれたはずでは? リアモニタには、小惑星がある。
「ぐ!」
振り返りかけた首を強引に押さえ込みレバーを思い切り倒した。位置取りを気にしなければならないのかこの機体は! 武装を全て展開した攻撃態勢のまま不格好に左へ流れた〝ルインデスティニー〟をかすめて〝フリーダム〟の放った膨大な緑の光が小惑星を貫いていった。
冷や汗に苛まれながら機体を流し、陽光を浴びれば――しばししてエネルギーの残量が増え始め、ややして装甲もフェイズシフトする。また無敵の防御を取り戻したのだが冷たい脂汗は一向に引いてくれなかった。
無敵の防御? いつまた止まるかも解らないじゃないか。
敵機撃墜の好機を逃してしまった。次があるのか? あの〝フリーダム〟に。
そしてそんな悩みを抱える時間は戦場にはなかった。戦場で切り取られた一瞬で、二機の〝インパルス〟が修復と武装を終えていた。
両端には〝ソードインパルス〟。青と紫の。投げつけられたビームブーメラン〝フラッシュエッジ〟をシールドで弾き返したのだけは理解している。が、それ以上は弱点ばかりが脳裏を閉めた。ビームシールドを展開してもマニピュレータで直接操作できる剣は迂回することができる。TPS装甲と言えど実体剣とビーム刃の複合兵器を無力にすることは考えられない。――結果思えることは一つだけ。
(死ぬっ!?)
一瞬。走馬燈を見る時間さえない。白くなった頭に思い出は流れず、無為が魂を支配する。モビルスーツへの命令など以ての外。戦う目的さえ、生きる意味さえどこかに飛んでいく絶対の境界を飛び越えかける。刹那――
脳裏に誰かの声を聞いた。そして頭の左隅で、小さな何かが弾けるのを感じた。
いきなり〝ルインデスティニー〟が対艦刀を逆手に持ち替え右側敵機の胸部へ撃ち込んだ。
同時に背後の敵機の頭部を握り込んでいる。〝パルマフィオキーナ〟の一撃が上半身を打ち抜き、操作不能となった機体を長射程砲の射軸状へと引きずり込む。
(……なんだ? すげぇ…)
モビルスーツにはあらゆる所にカメラがある。だが前後のモニタを全く同時に見てでもいない限りこの同時攻撃は捌けない。自分では、無理だった。しかしこの機体はやってのけた。クロの指先は動いていない、と言うのにだ。彼は苦い唾液を飲みながらコクピット隅に納められている小箱を見やった。………怖れを含んで。
その間にも機体は再び小惑星を背負ってしまっていた。減り始めるエネルギーメーターにクロは呻いた。それでもAIの殺戮は止まらない。飛んでくる〝チェストフライヤー〟。敵も接近戦時に一撃を食らうのは覚悟していたと言うことか。
だがAIの判断は必要充分に早かった。追加装備を認めるなりシールド奧からビームサーベルを出力してクローにすると掴んでいた〝インパルス〟を縦に引き裂く。今はそれよりエネルギーが欲しい。クロは操縦桿を傾けたが、AIは破壊を優先し、空いた長射程砲は迫り来る〝チェストフライヤー〟を撃ち抜いた。戦闘行為にはいちいち感服するがいい加減に操作権返せ!
「くそっ!」
操縦桿が折れるかと思うほど機体を横に倒そうと苦心する。ただひたすら操作権を返せ。そう思っていると舌打ちにも似た電子音が脳裏に聞こえたような気がした。
「――をぅっ!?」
急加速した機体が再び太陽を背負った。太陽風を喰いながらサイドモニタを確かめれば〝インパルス〟2機はどうやら戦闘不能になったらしい。虚空に浮いたまま、次の注文は出ていない。ならばあとは〝ブラスト〟一機と、〝フリーダム〟。窮地を目にして雑魚が再び集まってくるが、そんなモノはどうと言うことはない。荒くなっていた息を整えながら徐々に増えていくエネルギーを見つめていると唐突にその視界が紅く染まった。
「――ぅぶっ!」
吐き出された赤は直ぐさまヘルメットに吸引されたが体調には不安が残る。当然だ。あれだけ常識外れな挙動に常識的な耐G性能がついて行けるはずもない。先を進みすぎるという諸刃の剣。それに縋らなければ、ただの人に過ぎない自分はここまで来ることさえできなかっただろう。
「キラ・ヤマト……オレは、お前の功績が呼び寄せたものだ……」
思い浮かぶ宇宙はもしかしたら今自分がいる場所と同一なのかもしれない。悔しさを抱いて突き放された〝ミーティア〟の光と自分の心など置き去りにして夜空を埋め尽くした帰還信号の光が閉じた目の中に浮かび上がった。偽りの平和の象徴から憤怒を注がれるが、瞼を開ければそれをぶつける相手がいる。眼前に。
「――いくぜ」
太陽を飲み込んだ〝ルインデスティニー〟が加速する。追い縋る〝ザクウォーリア〟共に触れさせもせず銃を構えた〝フリーダム〟をも通過する。〝ブラストインパルス〟に肉薄し、構えられた〝ケルベロス〟を切り捨てる。相手は直ぐさま砲を反転させ、レールガンMMI‐M16XE2〝デリュージー〟とGMF‐394連装ミサイルランチャーを一斉にばらまきぶつけてくるがビームシールドとフェイズシフトで焼き焦がし、続けざまの一閃を見舞う。剣を〝インパルス〟の半ばに埋め込んだまま手を離し、長射程砲とビームライフルを連結し、〝ミネルバ〟級を狙い打つ。膨大な光は射出されていた〝シルエットフライヤー〟を巻き込み、戦艦一隻を貫通した。
〈やめろぉっ!〉
〝フリーダム〟の声が聞こえた。武装はそのままに〝インパルス〟を蹴り飛ばしスラスターを吹かして〝フリーダム〟を置き去りにする。次いで照準をもう一隻の〝ミネルバ〟級に合わせると間髪置かずにトリガーを引き絞る。瞬間の爆光に巨大戦艦が撃沈する。流れてきた〝インパルス〟をマニピュレータで受け止めるとその骸から対艦刀を引き抜いた。二つの大型武装が同時に折り畳まれ背部へと吸い込まれていく。ビームライフルを構えたその先には同じく銃を突き付けてくる〝フリーダム〟の姿がある。先程も投げかけられた周波数を問わない絶叫が再びこちらにまで届き響いた。
〈やめろぉっ! 力で、人を悲しませて……こんな事が楽しいのかっ!?〉
恐ろしいことを聞いてくる。クロは未だに整わない息の中、抑えきれない笑みを浮かべた。
「楽しいね」
〈!〉
絶句がスピーカを震わせている。
「なんだお前? 圧倒的な力で相手をねじ伏せて、優越感を感じないとでも言うのか? お前はその機体でナスカ級三隻とニューミレニアムシリーズ二十五機を分単位で全滅させたらしいが――守りきれた昂揚や我を通せた満足はなかったのか?」
キラは息を飲んだ。息を飲みながら、一年前、初めて〝ストライクフリーダム〟を操ったときのことを思い出していた。
全てを駆逐し〝エターナル〟を守りきったとき、キラは腹の底に張り付くような寒々しい戦慄を感じていた。その感覚から――オーブ沖で無数の戦艦を蹂躙した〝インパルス〟を思い起こし、「鬼神」という単語に行き着いた。
誰かが自分を見ていたら鬼神にとりつかれたモノとして…………怖れを抱いて見つめたのだろう。
守りきれた喜び。それとは裏腹の腹の底に蟠った寒々しい感触がもう一度思い出される。そして更に一年前、決められて苦しかった自分の価値を思い出す。人を傷つけて『狂戦士』などと呼ばれて――満足など感じられない。感じられるものか!
〈あなたはっ! そんなこと! 楽しいなんて何を考えてるんだ!? あなたみたいな考え方があるから世界が歪むんだ。そんなの、僕には許せない!〉
キラはクロの心が漏らした正義と相容れない言葉にこの上ない義憤を覚えていた。理解できないと。クロはその義憤に汚い真実という冷水を注ぎ込む。理解できない、と。
「………………流石最高品質の調整品だな。オレは、どうしても満足や優越を感じる。負の感情だとわかっていても暗い嗤いを止められない。んで、大多数の人類はその『暗さ』を指してこう言うんだ。
これが人間だ。人間だから仕方ない
――とな。お前の言葉が口先だけのものじゃねえとしたら……キラ・ヤマト、一般から見てお前の感性は壊れている」
再びの絶句が聞こえる――。永遠とも思えた。だがこの永遠が終わった瞬間、究極との決着が付くのだろう。
「キラ・ヤマト……。人類の悲願、か。オレは、あんたに狂わされた」
〈あなたのせいで世界が狂った……。それは、間違いない――!〉
死合いが始まるその刹那、突然の爆発が二人の意識を引き寄せた。
〈あれは…………〝プラント〟が!〉
デブリの海を紐芸で泳ぎ切り、ようやく天秤型コロニーの基部付近にたどり着いた。テロリストテロリスト揶揄されようとも人が暮らす底面部に穴を開ける度胸はない。右の爪先から引っ張り出したアンカーで機体を固定しながら、背部に回してあるバカでかい砲身を引き寄せる。320㎜超高インパルス砲〝アグニ〟はモビルスーツが携行できる連合製火器の中では未だに最高クラスの火力を誇る。エネルギー効率は最悪だが威力ならば〝オルトロス〟にも引けを取らないだろう。そんな破壊兵器を構えさせながらルナマリアの脳裏に思い起こされたのは初陣の地〝アーモリーワン〟だった。〝ガイア〟が開けた自己修復ガラスの大穴――その遙か下では自分の無力さに歯噛みした大規模破壊の爪痕があった。
「今度は、わたしがあっちの立場かぁ……」
絶対に誰も殺さない。そう誓いながらも〝ストライクノワール〟は躊躇いもなく爆光を叩き付けた。
SEED Spiritual PHASE-65 嘘を信じる
二、三度閃く膨大な光線が天秤型コロニーの自己修復ガラスを真っ赤に灼熱させている。キラは大惨事を予感し、必死に〝フリーダム〟を疾駆らせた。
「オレに背ェ向けるとは、余裕じゃねーかっ! !?っ」
クロはキラに照準を合わせながらも視線がよそに引き込まれていた。完全に撃墜、いや消滅させられなかった甘さの負債を払わなければならない。拡大されたモニタの中で二機の〝インパルス〟が寄り添い、互いを補い砲を構えていた。完全にフェイズシフトダウンしているためどの機体なのか判別が付かないが、殺意が伝わってくれば敵と理解するには充分である。――そして、その存在すら霞む、無数の〝ザクウォーリア〟、無数の〝オルトロス〟の砲口。
(ちっ! 奴を追ってる場合じゃねえな!)
追い縋りたいが反転するしかない。ビームシールドのキーに指を伸ばしかけたクロだったが唐突な光景が彼にその指を止めさせた。
戦艦のそれをも凌ぐ、空間を圧するほどの弾頭が撒き散らされ犇めく緑色機体とその武装の事如くを光と残骸に変えていく。〝エリナケウス〟対艦ミサイルの渦を追って現れたのは、不自然な巨大デバイスを抱えた見覚えのある機体だった。
「〝デスティニー〟……シンか!」
帰還途中の〝コメット〟を拾ったらしいオリジナル〝デスティニー〟はこちらと並ぶなり巨大武装を切り離した。再びミラージュコロイドに溶ける〝コメット〟を見送ることもせず〝デスティニー〟は叫び声を上げる。
〈待て! おれだ……シンだ!〉
〈――っ。君は――!〉
紅く熱する壁面からの心配事は消せない。それでもキラは振り返らずにはいられなかった。アスランが気にしていた彼が、行方知れずになってた彼が何をしにここに現れたんだっ!?
〈どこに行っていたんだ今まで!? って事より、何をするんだ! いきなりっ!〉
後者に関しては概ねあんたのやってきた事と同じではないかとクロは胸中で揶揄する。声に出さなかったのは、シンが何か自分以上の毒を彼に突き付けると予見できたからだった。
〈なぁキラさん、嘘だろ?〉
〈なにを……〉
噛み合わない話が、化ける。シンはティニから機体に転送されていた一通りの映像を眼前の〝フリーダム〟へと投げ込んだ。キラはデータに目を通すことを躊躇ったが、青い〝デスティニー〟が黒い〝デスティニー〟の前に掌を差し出し制したのを見て目を通すことにした。
(こんなの見てる場合じゃ……〝プラント〟が……!)
数個の静止画とテキストデータに目を通した結果、その懸念は見事に氷解した。そして続く映像から目が離せなくなる。
〈なぁ嘘なんだろ? おれを、操ってただなんて!〉
シンは胸中から湧き上がるものに耐える。次いで有視界通信も繋ぐ。ただこれだけの意見を漏らすだけで、キラの顔を目にするだけで異常な服従心が湧き起こるが、解を得るまで感情に飲み込まれるわけにはいかない。
〈――ぅっ……〉
ラクスから聞かされていなければ、キラはどうとでも言えたはずだ。「そんな連中の言うことを信じるのか?」「彼らは世界をここまで壊したんだ」「君の方こそ騙されてる」……だが、キラは見てしまった。ヒルダらが彼に行ったという非道の過程を。事実に犯された心をカバーするような演技力も不実さも彼は持ち合わせていなかった。
彼の呻きが、クロには確かに聞こえた。恐らくシンの耳にも届いたことだろう。クロは何かに期待した。
そして彼にはその呻きが……肯定に聞こえた。質問に対する肯定。裏切りの肯定。
「なんで……アスラン超えようとすっげぇ思ったのに――あの人を超えようとは思わないのかな?」
――当たり前だ。思えないように造り替えられていたのだから!(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「信じてたのにっ!」
それすらも信じるように弄られていたからか。シンの中で口惜しさが形を持つ真っ黒な塊が脳裏に閃き、まさに爆発する。心を浸食する暗黒の津波が服従心を完璧に押し流した。
クロが機体越しでありながら凄まじい殺気を感じた。真っ向から向けられたキラはどう感じているのか。恐怖に突き動かされ翻した機体の脇をシン・アスカが突き抜けていく。〝ルインデスティニー〟のものと異なるミラージュコロイドシステムが宇宙に無数の残像を形成する。〝フリーダム〟ですら視界を惑わされ誤射を撒き散らしている。瞬く間にキラの懐へ潜り込んだシンは〝デスティニー〟が有利で〝フリーダム〟の苦手な間合いを掴んでいた。
今シンに通信を送れば確実に怒号が返ってくることだろう。それでもクロは満足していた。彼の強さに。
「そうだよ。お前が卑屈になる必要はない……。お前の力は、あいつにさえ通用するんだよ」
それすらも、『造られた』が故なのかも知れないが。
「さぁ、あいつを信じてオレはオレの仕事をするか」
壊滅した最終防衛ラインを悠々を泳ぎながらルナマリアが攻撃したと思しき場所へと向かう。
「ルナマリア。後は任された。下がれ」
〈えっ? いいの?〉
「陽動助かった。〝アプリリウス〟はオレが任される。シンを手伝ってやるのも――」
と、途中で言葉を飲み込む。直ぐさま否定を口にしようとしたがそれより彼女が先んじた。
〈あー……。やめとくわ。こんな対艦装備で、世界最強やシンについていく自信ないから……〉
残念なんだろう。それくらいは彼にも解る。だが気持ちのために立場をかなぐり捨てないだけ彼女は大人だ。あぁこの『大人』って表現は何なんだろう。人間らしさを、生き物らしさを押さえ込める、大脳新皮質の使い方が上手な存在、とでも表せばいいのか。
「そうか。じゃあ戻れよ。ここで活動限界になったら悲惨だぞ」
〈わかってるわ〉
多分、ルナマリアは自分と話しながらも視線はあの激戦を追っているのだろう。クロも何となく盗み見た。まだ、キラは防戦一方だが、これが攻めに回ったらどうなるのか? シンは瞬殺されるか? クロには、そうは思えなかった。シンは……彼に引けを取らない。そんな風に思う。根拠のない安堵から来る微笑に押され、頂上の一騎打ちから目を離すと灼熱した自己修復ガラスが視界を覆った。ゆっくりと離れていくルナマリアを追い返しながら長射程砲を展開し、ビームライフルと接続した。
「ルナマリア、帰りは、推進剤使ってもいいんじゃないか?」
〈そー言う油断で、わたしは失敗するからヤ〉
「そう言うものか……」
アンカーランチャーを放った〝ストライクノワール〟が小さくなる頃、クロはトリガーを引き絞った。一瞬の閃光がビーム数発の連射にも耐えきる青のガラスを溶かしきる。〝アグニ〟によるダメージもあろうが〝プラント〟で暮らしたこともあるクロは突如この事実に不安に襲われた。
「一発でこれって……おいおいエネルギー足りるだろうな……?」
心とは裏腹の愚痴をこぼす。勢いよく流れ出てくる気流を逆行し、境界を一つ潜り抜けると視界は一変した。息のできない黒の世界から人の住める緑の世界に流れ込み、浮かんだ心地は、――郷愁もあった。
「いよいよだな……」
いつの間にかカサカサに乾ききっていた唇を舐める。ヘルメットのバイザーを上げ、その湿り気を親指でこそぎ落とすとクロは首筋に手を当てた。何があるというわけではないが奇妙な心地で言葉を紡ぐ。
「ティニ。一個目のプランで行けそうだぞ」
通信機のスイッチなど入れることなく、呟く。騙された様な心地になるが……脳裏に声が返ってくる。
〈それは僥倖です〉
「ぅおぅっ!?」
〈何か驚くようなことが? 制御室で一度試していただいたはずですが?〉
「慣れるかよこんなもの……」
奇妙の原因はティニに注射された通信用ナノマシンのせいだ。彼女限定でこれだけ離れていても裸同然で通信できると言う優れものだがやはり体内に異物を入れ続けるというのは、気味が悪い。
〈そんなことより現状を〉
「あぁ。〝アプリリウスワン〟への侵入を果たした」
天秤型コロニーは最も細い中心部分が港であり、そこを基点に回転することで遠心力、つまり疑似重力を生み出している。そのため今クロのいる辺りは重力が弱く人が生活できるような空間ではない。多少暴れても問題はないだろう。地上まで降りる馬鹿長いエレベータシャフトに被害を与えなければ、だが。
「まずはザフト国防本部を叩く。お前はラクス・クラインの現在位置をトレースしてオレに伝えてくれ」
〈いきなり行政を人質に取ったりしないんですか?〉
「最初のプラン貫くんなら行政をぶち壊してここの治安イカレさせちゃ拙いだろ」
〈成る程。無傷で全てを握りたいと。傲慢ですね。問題です〉
「冗談に付き合う余裕はない。行くぞ。ラクス・クラインのトレース、怠けるなよ」
〈……クロ〉
唐突な冷たさ。〝ルインデスティニー〟の視界でコーディネイター社会の中心を舐めながら彼女の言葉を待つ。
〈〝エヴィデンス02〟との接触は、お忘れなきように〉
「わかってる」
〈ラクス・クライン、殺してしまう気ですか?〉
「まさか。あの人には、現状を思い知らせる必要がある」
〈私も会いたいのでよろしく〉
「了解だ」
話しながらエレベータシャフトを伝って降下。ティニの言葉が途切れる頃には大地の子細が判別できる距離に辿り着いた。アカデミーを出て以来、近寄る事もなかった国防本部に近づいていく。
「――壊すために、か。オレも恩知らずではアスラン・ザラを嗤えないな」
ミラージュコロイドは便利な機能ではあるが質量まで誤魔化してはくれないため、モビルスーツなんぞに犇めかれていてはぶつかっていきなりバレる、とこういうわけである。
「できるわけのねー『目撃者の虱潰し』なんて任務が、スゴイものに化けたわね……」
ガーティ・ルー級3番艦〝クリカウェリ〟はネームシップたる〝ガーティ・ルー〟、〝ナナバルク〟と同様に全面を完全に覆うミラージュコロイドシステムを搭載している。艦橋窓の内部にいてはその凄さは感じにくいが、連合製の戦艦の中では群を抜いて安全なはずである。その安全な艦橋でもストレスの種はある。同意を求めて明るい声を出したつもりだが、振り返るとまた年配が睨み付けてきた。それでも笑い返してくれる人が一人でもいれば、もう慣れた、と言える。
「ステラ、行ける?」
「うん。いける」
「じゃああたしが先行するから。あそこに穴開けたらあんたもおいで。それでいい?」
頷くステラ、そして周囲を見回してもは反論など出ないようである。ライラは艦橋(ブリッジ)に手を振るとノーマルスーツに着替えて格納庫(ハンガー)へと向かった。数機の〝ウィンダム〟と〝スローターダガー〟が林立する虚空を泳ぎ切り、愛機へと辿り着く。開きっぱなしのコクピットハッチにぶら下がり見上げれば遠くを見つめる機械の目がある。
旧〝ロゴス〟の潤沢すぎる資金を浴びせられ、71年製のモビルスーツながら現行世界と渡り合っているこの機体を……選ばせてもらった時のことを思い出す。最初は、前線が怖いと思ったので後方支援用の機体を選択したのだが、このカスタマイズの仕方はどうだ?
「変わるって事よね……。なにもかも」
ハッチを押し、体を中へと滑り込ませて機体を立ち上げる。遠中近それぞれに対応できる武装をチェックし、ハンガースタッフにサインを送る。スタッフからは直ぐさまコントロール譲渡のサインが返る。カタパルトに運ばれた機体から宇宙を臨んだ。
〈システムオールグリーン、どうぞロアノーク少佐〉
「了解。すぐに〝デストロイ〟の機動準備始めといてね。ライラ・ロアノーク、〝カラミティ〟行くわよっ!」
視界を欺く艦から武装にまみれたモビルスーツが飛び出す。無数の装甲材が漂う宙域を誰憚ることなくスラスターに押し出され続ける。自己修復ガラスに対抗するため全ての砲のチャージを開始する。
「……しっかし、このテロ集団すごいわね……」
正規軍にも引けを取らない。どころか凌いですらいる。取り敢えず現状の目的は一致しているはずなので、何とかコンタクトを取れないものか……。耳で周囲のアラートだけを注意し、目は赤くなった自己修復ガラスを注視。と、センサーがモビルスーツらしき反応を拾った。ライラは脳髄に緊張を注ぎ込んだがそれが闘争に繋がるより早く、視界が白んだ。
「っ!」
そしてガラスに穴が空く。咄嗟にシールドを掲げ、防御姿勢を取っている間に反応が一つだけになってしまっている。いや、そんなことより、穴だ。
「…………並のビームキャノン十数発耐えられるものじゃなかったっけ?」
疑問は粘性まで伴って残るが、そんなモノを気にするより現状を役立てる方が先だ。今、〝デストロイ〟さえ悠々と通れる穴が、この一瞬で空いてくれている。チャージしたエネルギーをそのままに通信機に指先を伸ばし〝クリカウェリ〟に回線を開いた。
〈ブリッジ、聞こえる? 今すぐステラを出して現宙域で待機。他のモビルスーツはそっちの判断で出して〉
反論も待たずに切ってやる。細心の注意を無駄に済ませ、〝カラミティ〟は開けられた大穴に飛び込んだ。自己修復ガラスの溶解面は灼熱しながらも今も再生を続けている。物質の努力にご苦労様をいいながら侵入した先は破壊された連絡路だった。
「……シャフトを伝って、街に降りた?」
テロリストならば、政治中枢を狙うのだろうか。非公式ながらも、腐っても正規軍であるライラにはそんな思想には馴染みがないので想像するしかない。と、警告音。
視線と同時にビームライフルを向けた先には〝ディン〟と〝シグー〟がいた。ニューミレニアムは出払ったのか。反射的な一射で〝ディン〟が墜ちる。重突撃機銃ではなくビームライフルを手にした〝シグー〟が防盾内装のバルカン砲とビームを時間差で放ってくる。フェイズシフト装甲なら実体弾はほぼ無意味だとは思うが、M7070バルカンシステムは色んな弾種が用意されているらしく、一度こいつに足を止められた経験があるため、ビームの方に盾を持ってぶち当たっていく。防いだ盾の角度を変え、近距離から〝ケーファ・ツヴァイ〟を連射する。〝シグー〟がシールドを掲げたものの、数発のビームに貫通され、敵意が押し遣られた。隙は充分、盾を破棄した〝シグー〟のカメラには〝シュベルトゲベール〟のビーム刃が映る。
「はいさよーならっ!」
メインカメラからバイタルエリアまで引き裂いた刀身を引き戻す。プラズマを迸らせて落下していく白の機体から目を離せば次の防衛機械が躙り寄ってくるが、いきなり自分を追い抜いていった大型ミサイル群に打ち据えられ辿り着くことなく爆発していく。
〈ライラ、来たよ〉
「らっしゃい。着いてきてねステラ」
〈うん〉
やがて鉄壁が途切れ、青と緑の世界が眼下に広がる。誤魔化しようのない解放感に包まれながら、ライラはすることを思い描いた。
目撃者の壊滅のため訪れた〝メンデル〟はザフトの調査隊がいたため直に降りるわけにはいかなかった。が、その調査隊がアンテナガンで送っていた通信を傍受することができ――
(巧いこと傍受できた暗号が何とか解けて、確かにテロ行為やってる場所に来れた)
ふと、訝る。傍受できた情報、発信元までは特定できていない。踊らされていないだろうかが心配である。
(まぁ、〝アプリリウス〟に潜り込めたこの事実の方が大事か)
それを端的に役立てる方法はと言うと……残念ながら〝ファントムペイン〟流に行けばこれしかない。この二機でできることは、やはりこれしかない。すなわち、全破壊。
ライラは眼下の地図を拡大して切り取ると所要施設に赤丸をつけ、その画像データをステラへと転送した。
「ステラ、見てる?」
〈…………メール来た〉
「あたしが送ったのよ。いい? その赤丸が攻撃目標ね」
話してる間にも絶対最終防衛線が敷かれていく。遠くに見える爆光からもモビルスーツがまろび出て来た。
「じゃステラ、ゴー!」
〈わかった。ごー!〉
少女二人がキーに指かけ、戦艦すらも駆逐できる武装が〝プラント〟の中心にばらまかれた。
殺すつもりで繰り出す一撃。確実に装甲を削ってはいるが決定打にはならない。
(おれは、まだ迷っているのかよっ!)
〝デスティニー〟の性能は――デュランダル議長が太鼓判を捺したとおり――自分についてこれない部分などない。あの時〝ジャスティス〟にあしらわれるだけだった迷いさえも今はない。ただ単に、〝フリーダム〟が憎い!
「答えろよ! アンタ達は、おれを、操ったのか!?」
〈それは、だけど――でもっ!〉
先程から煮え切らない、回答にもならない返事ばかりを! シンは激情そのままに〝デスティニー〟の剣を叩き付けた。〝フリーダム〟のビームシールドを押しつけながら左手で〝フラッシュエッジ2〟を抜き取りサーベルにして叩き付ける。二つの剣で両手の盾を圧し付けながら、シンはただひたすら叫び続けた。
「アンタは嗤ってたのか!? おれを、便利な道具だとっ!」
〈それは違うっ! 僕だって少し前まで知らなかったんだ!〉
血が逆流する。
「嘘をつけぇえぇっ!」
頭上で交差されていたビームシールドへ強引に実体剣をねじ込む。光の間にめり込んだ腕を更に強引に払い抜け、無理矢理〝フリーダム〟の体を開かせた。その中心へと、〝フラッシュエッジ2〟ソードを振り落とす! しかしキラの反射神経はその一撃をも繊細なスラスター操作でギリギリ後ろへ機体を流し、装甲表面を削られる程度に留めていた。
〈待ってくれシン……! 僕は――〉
「だから理由を答えろと言ってるだろぉがあああぁっ!」
キラは忸怩たる思いを抱えながらも8つの〝スーパードラグーン〟を放った。〝デスティニー〟を囲む空間を支配し、マニピュレータを多角的に狙う。時間差の一斉射撃はどう逃げようとも彼の機体を貫く――はずだった。
「っ!?」
が、貫いた空間には彼はいない。『いるのだがいない』。
(この速度で、コロイドを定着できるものなのか!?)
狙う先狙う先、光の格子で包む全てが残像だった。機体制御能力以上に機体性能に刮目して舌を巻く思いでキラは右手を操った。何とか追いついた銃口の先には〝デスティニー〟がいる。が、次の驚愕が遅れて来た。撃ったはずの銃は、半ばから断ち切られて発射できずにいた。
「そんな!」
慌てて手放したライフルが爆発する。下ろした体勢から間髪知れずに繰り出される斬り上げをすんでの所でビームシールドを展開し、受け流した。
(この巨大な剣を……っ!)
機体性能はあちらの方が上なのか? 考えてみるまでもない。ザフトが正規ルートで最新鋭技術を導入した機体と秘密裏に建造したため幾つかの武装を一世代前のもので組み上げねばならなかった機体。その差はやはりどこかにあるのか。キラは歯噛みしながらも他を考える余裕は与えてもらえない。だが、一度は解り合えたはずだ。このまま殺し合っていいわけがない!
〈シン! 話を聞くんだ!〉
「早く言えよっ!」
〈キラ! コロニー内部に侵入されました! 戻ってください!〉
光が互いを殴り合う拮抗状態を声と、いきなりの爆光が二人の意識を奪った。声の出所は〝エターナル〟、光と煙の出所は〝プラント〟だった。
「クロっ!?」
〈〝プラント〟がっ!〉
シンとキラが互いに悲鳴と非難の入り交じった声を上げる中、吸い出される空気に混じって宇宙に投げ出され、凍っていく人間がいた。二人の激情が絶叫となってコクピットに反響する。互いが互いに相手を忘れ、コロニーの傷口へと最大速度で駆け寄っていく。
「クロ! アンタこれはどういう――」
〈なんて事を! これは――〉
コロニーに飛び込んだ二人は怒りの矛先が間違っていたことに気づく。〝アプリリウスワン〟の一部に穴を開けたのは〝ルインデスティニー〟の狙い澄ました一撃ではなく、……有り余る火力をばらまいた流れ弾だった。
「こんなっ! こんなことをっ!」
キラを放置するのか? 怒りに熱されながらも冷たい自分が水を差す。自分の価値を、全てを聞く機会をないがしろにするのか?
視線を背後に戻せば、集まり、死のあぎとを埋めにかかるモビルスーツを守護する青の天使の姿が見える。
「くっ……おい! 一時休戦だ。だけど、絶対答えてもらうからなっ!」
キラからの返事を聞く気にはなれず通信を切ったシンは再び怒りに身を任せ、〝デストロイ〟目掛けて突進していった。
「やめろぉぉおっ!」
「……なに?」
流石にコーディネイターの中心を瞬殺できるほど甘い世の中ではない。カブトガニの背中に陣取り飛来するモビルスーツをクレー射撃よろしく叩き落としていくが、最高評議会議事堂には近寄らせてはもらえない。そんな最中に聞こえた、聞き覚えのある声にライラは思わず声を上げていた。
進めない。だが、大丈夫。ザフトに大火力モビルアーマーみたいな機体はない。自分がステラの死角を守りきれば烏合の衆ではあたし達は墜とせない。〝アカツキ〟は墜ちたと言うし、〝ジャスティス〟は重力の底。そして〝フリーダム〟はテロ部隊の処理に躍起になってる。――と、思っていたが――
〈ライラ。敵〉
「ステラ、周囲任せていい?」
〈うん。多分だいじょぶ〉
「いい返事……っ!」
いきなり届いた「やめろ」と同時に降り注ぐビームをシールドで跳ね返し、〝デストロイ〟と繋がっていた充電ケーブルをパージした。ザフト製の最終モビルスーツが大剣を抜いて迫り来るのを身を固くして待ちかまえるが、ライラは一瞬の幻惑に晒され凍った背筋に苛まれた。
「――右!?」
出力が違いすぎるというのか。全く追い切れず弾き飛ばされる。反射神経で動けた分、どこかを両断されることは避けられたが、体勢を崩している間に自分の背後へ貫かれる。
「あたしなんか歯牙にもかけないってわけ?」
〈〝ロゴス〟か? まだこんな事をっ! なに考えてるんだアンタらはぁっ!〉
周囲の被害を考慮して先にステラを狙うというわけか。
「ステラ! リフレクター全開にしてあたしの方に来てっ! 拠点制圧は後回しよ!」
〈ん〉
牽制射撃を〝デスティニー〟へとばらまき政治中枢から大きく飛び離れる。翻弄された敵機の隙をついて〝デストロイ〟もこちらに近づいてきた。
〈逃げんなっ!〉
聞こえる怒号に覚悟を決める。〝デストロイ〟の前に〝カラミティ〟を陣取らせ、虹を散らして迫りくる〝デスティニー〟へと砲閃を驟雨の如く降り注がせた。しかし敵機は面の制圧をやすやすと潜り抜け、彼我の距離を一気に詰めてくる。
「っ!」
こちらの呻きに反応したか、ステラが〝アウフプラール・ドライツェーン〟をぶちかました。束ねられた4条の強烈な閃光が一瞬のうちに〝デスティニー〟を飲み込んだ。
――かに見えたが、その閃光は空間を彼方まで両断することなく弾け散った。
〈う〉
「ステラちょっと出力下げないで!」
通信機越しに聞こえた悲鳴にライラが咄嗟に作戦を切り替える。〝カラミティ〟を左に滑らせれば高エネルギー砲がビームシールドに弾かれている様が確認できた。
「お願いだから死んでちょーだいよっ!」
閃光と拮抗するモビルスーツの側面へと〝スキュラ〟を撃ち込んだ。だが〝デスティニー〟は両手の手甲についている二つのビームシールドを駆使し、二つ目の赤光をも弾き返すとスラスター出力を跳ね上げ、あの超出力ビームを押し返しつつ〝デストロイ〟へと迫っていく。
〈あ〉
〝カラミティ〟の次弾は間に合わない。〝アウフプラール・ドライツェーン〟を突進で掻き消した〝デスティニー〟が流れるような連続切り返しでカブトガニの頭から伸びる巨大な砲4つを根本から断ち切り落下させている。ステラが異様に冷静だろうと対艦刀を掲げた敵機がその装甲面に更に刀傷を増やすのを看過している場合ではない!
「ステラ、リフレクター!」
叫びながら〝デストロイ〟に張り付く虹色目掛け、〝シュラーク〟を叩き込むも残像を追い切るだけで精一杯だった。渾身の一撃は仲間の光膜で虹と散り、ライラは敵機を完全に見失う。
〈! ライラ!〉
「これ――っ!?」
通信が届いたときには防御する余裕はなかった。凶悪な瞳に据えられ、盾を向けようと旋回を試みるが――激烈な振動に思わず身を固くしてしまう。
「きゃあああああああっ!」
凄まじい衝撃にいきなり視界が明るくなる。バイザーが割れるほどぶつけたようだが幸い大きな負傷はなさそうだ。ノイズの走りながらも生き返ったモニタ。上げてしまった悲鳴を恥じて機体各所を確認すれば〝シュラーク〟と〝ジェットストライカー〟がくっついたよーなバックパックが根こそぎぶち壊されてしまっている。
「――っ!」
事実確認後に冷や汗がやってきた。乾ききるより早く機体が推力を失い落下する。再度の悲鳴だけが後を追い、〝カラミティ〟は無様に地表へと突き刺さった。
〈こんなことを……なんでこんなことをっ!〉
生きている通信機が恨めしかったが、レバーを傾けても機体は反応を返してくれない。キーボードを引っ張り出し回復できないか立て続けてデータを撃ち込んで行くも、超一流に抗うだけの力が戻るかは……可能性は低そうである。
「やばいわね……っ!」
走査の結果、背部の接続プラグまでイカレているわけではない。ならば〝ザク〟のウィザードでも盗んでやれば戦線復帰できるかも知れない。武装は――〝シュラーク〟を除いて全て生きているのだから。カメラを回せば幸いなことに腕が一本飛んだだけの〝ザクファントム〟が見られた。ライラが思いついた戦闘続行方法に肉付けをしている間にもその頭上で怒りは飛び交っていた。
〈あんた……なんなの!〉
これは敵の声なのか。〝デストロイ〟からの通信と思しき幼すぎる声に、シンの怒りに更に油が注がれる。砲を壊したがまだまだ都市を丸ごと破壊できる武装を残した巨大兵器、その中には幼子のまま改造されてしまった強化人間がいると言うことなのだろうか。まだ、世界は、不幸な子供に、こんな事を強いているのか!
「くっっそぉぉおおぉっ!」
そして自分には、殺すことでしかそれを止められない。憤怒に吠え猛りながら飛び来る〝デストロイ〟の腕に斬りかかるも小回りの利く機動兵器は長物では捕らえ難い。しかし銃器では陽電子リフレクターを突破することができない。だがあの武装、充電のためか新たな命令を受け取るためかは解らないがいずれ空飛ぶ手の砲台は本体に接続される。〝デスティニー〟の性能ならば眼前まで突破するのは難しくない。そう心に言い聞かせつつも、この心地のまま防戦に徹するのは忸怩たる、いや腸の煮え繰り替える思いに苛まれるが。
「お前は……お前もぉっ!」
〈こいつっ! 墜ちない!〉
子供の、苛立たしげな声にシンの怒りは更に燃え上がる。幼子を兵器にする、この世界が許せない!
「もう戦うなよぉっ!」
敵機に空飛ぶデバイスが接続された。シンは怒りと、怒りとは違う目の奧の熱さを感じながら〝デストロイ〟に空けられた間合いを一気に詰めた。円盤状の上部装甲にビームソード〝アロンダイト〟を突き刺し力任せに引き裂いてやる。反撃を気にして周囲に気を配りながら引き抜いた刃を更に致命の部位へと喰らい込ませようとして――異常に気づき、操縦桿を止める。
「なんだ? 止まった?」
その原因は、パイロットにあった。〝シュトゥルムファウスト〟で牽制をかけ、変形して最大火力を叩き付けようとしていたステラは突如の通信に指を止めた。いつも通信管制はライラにべったり頼っていたため咄嗟にコールが入ると……操作の仕方が解らない。かなり手間取り回線を開くといつもライラを睨んでいる大分嫌いな歳取った男の顔が現れた。不快に思いながらも不快感を表に出せずまくし立てる男の言葉を受け止めた。
〈おい! 隊長機――〝カラミティ〟のシグナルが消えた! 何が起きているっ!?〉
あちらも名前を覚えてくれないが、こちらも覚えていない。いつも通りの恫喝じみた大声で質問してくる。ステラは意味が分からないので首を傾げるが、あいつは遠い窓の奧から舌打ちを返してくる。
〈隊長がいなくなったってことだろう! 助けるとか、援軍を呼ぶとか、体勢立て直すために帰投するとか! あぁ、することが解らないのなら指示を仰げ!〉
「……きとお?」
難しい言葉を並べる窓に首を傾げるしかできない。
〈えぇいっ! もういい! 戦線を維持しろ! 私らが行く!〉
よく分からない一方的な通信はやはり一方的に切れてしまった。ステラが思考停止状態に陥っている間に機体に激震が走っていた。
「あ……」
敵機の接近を知らせるアラートがいつの間にか損傷箇所を伝えるものに置き換わっているらしい。どちらも赤なのだ。気づきようがない。直感で動く指先に任せて周囲を探れば、剣を振り上げた蝶のような機体が、何故か動かずに見下ろしている。そして少し目を動かせば墜ちてしまったライラがいる。言われたからには助けた方が良いのだろう。
「…………えっと……」
超大量破壊兵器の操作の仕方は意識せずとも湧きだしてくるが、助け方だと? 降り方すら思いつけないステラはまたも思考停止状態に陥った。
動かない〝デストロイ〟。シンは先程墜とした砲撃機体を掠め見た。ステラとネオ、兵器にされた少年少女。消される記憶と造られる記憶。
「………まさか、あいつが操ってるって言うのか?」
ならば、哀れな〝エクステンデッド〟を殺さず救えるかも知れない。あいつらの世話になるのは癪だが、ティニとかがもたらす技術の数々ならば、あるいは!
「…………」
もう一度、〝デストロイ〟を見下ろすがシンの中ではもう心は決まっていた。自分に破壊以外に救える手段が取れるというのなら、何もかも救おうとしながらその全てを救えなかった自分には、救える可能性を見過ごすことなどできなかった。動かない巨大兵器に背を向け、〝デスティニー〟を降下させる。
ふと、壊れたモビルスーツから少しばかり離れた場所に熱紋が感知され、左のモニタが世界を切り取る。走っていく、人間が一つ。直ぐさま目の前の建物に入り込み、見えなくなった。〝ザクファントム〟が突き刺さった大型の建物、奴はあれを手に入れようとしているのかも知れない。
(おれに気づかなかったか? どちらにせよ――)
建物ごと吹き飛ばすと言うのも一つの手かも知れない。が、確実性に欠けるし、なにより理不尽な思想を持った馬鹿には一言言ってやらないと気が済まない。シンも適当な影に〝デスティニー〟を跪かせ、コクピットにロックをかけ、装甲をアクティブにしたまま飛び降りる。どちらにせよ戦闘に巻き込まれたら一溜まりもないが、遠くで全てを釘付けにしているクロの〝デスティニー〟を信じれば必要充分な時間が得られそうな気がする。
(良いように解釈してるかな……でも放っちゃおけない)
拳銃を腿のホルスターから取り出すと先程の人影が消えた場所へと駆け込んでいく。
それを見下ろしていたステラだったが、彼女の思考停止をアラートが遮った。
「あ」
降り方が解らないまま指先が戦闘行為に反射する。叩いたキーが数十のミサイルをばらまき、近寄ってきた戦闘機も哨戒機も無差別に撃墜していく。そしてステラは次にすることが思いつけず、取り敢えず戦闘行為を続ける羽目に陥った。
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人は汚いとわかっていても他者を圧倒すると満足や優越を覚えてる。それは、人間だから仕方がない。生物らしさを押さえ込む心、それが大人か。
ついに破壊する運命が世界の中枢へと切っ先を伸ばした。64~65話掲載。何と文量が多すぎて3話目以降が載らない事態!