空から流星が降って来た。
そんな報告を受けた桔梗は一人、森の中に入って行った。
「確かこの辺りじゃと思ったんじゃがな」
桔梗が森の中を探索していると彼女を呼ぶ舌足らずな声が聞こえて来た。
「ききょーしゃまーー」
「焔耶、馬鹿モンッ!こんな所に何をしに来た!」
「ひうっ」
焔耶は涙目でおどおどしながら桔梗を見上げる。
「だって、ききょーしゃまが…ひっく、しんぱい…ひっく、らったから……」
焔耶の目からは涙がぽろぽろと零れて来て、遂には……
「うええ、うええええ~~~~んっ!」
大きな声で泣き出してしまった。
「こ、これ、泣くでない」
「うわあああ~~~~~んっ!」
泣き止まない焔耶を必死に宥めていると桔梗の耳に別の泣き声が聞こえて来た。
「ふええええ~~~~~んっ!ここどこ~~?おかあさ~~ん、ふえええ~~~~んっ!」
泣き声が聞こえて来た方に焔耶を抱えて駆け寄ると其処には一人の男の子が居た。
「誰じゃ、この子供は?……し、しかし…何と言う愛らしい姿じゃ……ぼ、坊。坊は誰じゃ、名前は言えるか?」
「うええ~ん、ひっく、ひっく。…おばちゃん、だれ?」
其処に居たのは4歳くらいの見慣れない服を着ていた男の子だった。
「お、おば……い、いや、子供の言う事じゃ、落ち着け。コホン、『お姉ちゃん』の名前は厳顔じゃ。坊の名前は?」
「おねえちゃん?」
何時の間にか泣き止んでいた焔耶が不思議そうに聞いて来るが、
「何じゃ?何ぞ文句でもあるのか、焔耶」
と、桔梗はギロリと睨み、ドスの利いた声で焔耶に言いよる。
「あ、ありましぇん……」
焔耶は青い顔をしてさっきまでとは別の意味で涙顔だ。
「かずと…」
「ん?それが坊の名前か?」
「うん、ぼくのなまえはほんごうかずと」
ようやく泣きやんだ男の子、一刀は自分の名前を名乗った。
「かじゅと…」
桔梗の腕の中で焔耶は一刀を不思議そうな、そして少し赤らんだ表情で見ている。
「とにかく此処では落ち着いて話が出来ぬな。坊よ、儂の家に来るか?」
「うん、おねえちゃんのめはやさしそうなめをしてるからいうこときく。おばあちゃんがいってたんだ、めをみたらそのひとのことがよくわかるって」
「そうか、坊の…いや、一刀の祖母殿は良いお方なのじゃな」
「うんっ!おこるとこわいけどほんとはとってもやさしいおばあちゃんなんだよ」
一刀は祖母が誉められたのがよほど嬉しいのか途端に笑顔になる。
にぱあっ
(ぐはっ!……な、何なのじゃこの坊の笑顔は?危うく堕ちてはならぬ所に堕ちる所であったわ。しかし、この坊のこの衣装……見ているだけで何処かへと連れて逝かれそうじゃ)
そう、一刀は幼稚園児。つまり今の一刀の姿は園児服である、半ズボン、半ズボンですよ奥さん!
何とか理性を総動員した桔梗は一刀を焔耶とは逆の手に抱えて歩き出した。
焔耶は焔耶で桔梗の腕に隠れるようにしながら一刀を見ていた。同じ年頃の男の子を見たのは初めてなのだ。
それから一刀とは色々な話をした。
分かって来たのは一刀が自分達とは違う国から来たという事、字や真名を持たないという事などだった。とりあえず真名は教えて「ききょーさん」「えんやちゃん」と呼ばれるようになった。
初めはホームシックでよく泣いていたが桔梗と焔耶に慰められている内によく笑う様になって来た。焔耶も一刀の事が気にいったのか傍から離れようとはしなかった。
「かじゅと、あしょぼ」
「うん。えんやちゃん、なにしてあそぶ?」
「うう~、にんじんきやい…」
「え?にんじんおいしいよ。はい、えんやちゃん。あ~ん」
「…あ、あ~~ん。もぐもぐ」
「おいしい?」
「ちょ、ちょっとだけ…おいしい」
「あたまあらうの、きらいだよ」
「だめだよかじゅと、ちゃんとあやわないと。わたちがあやってあげゆ」
そんな生活が一週間ほど続いたある日。
「くう、くう、くう」
「すう、すう、すう」
木漏れ日の中で寄り添って眠る二人を見ながら微笑んでいる桔梗だったが、突然感じた気配に殺気を叩きつける。
「誰じゃ、隠れておらんと出て来い!」
桔梗が弓を構えると樹の影から一人の女性が現れた。
「落ち着いて下さい。私は怪しいものでは……いえ、確かに怪しいですけど貴女方に危害を加えるつもりはありません」
「なら何の用じゃ、言っておくが騙りなんぞ通用せんぞ」
「分かっております。私の用は其処に居る子供、北郷一刀を迎えに来たのです」
「一刀を迎えにじゃと?」
桔梗は構えを解かずに目線だけで一刀を見る。
「あの子、北郷一刀は本来この時期に来るべきではないんです」
「『この時期』じゃと?」
「はい、詳しく説明する事は出来ませんが後にこの大陸は大きな戦乱に巻き込まれる事になります。彼は本来その時に乱世を収める為に天より舞い降りる筈だったのです。何故この時期に此処に来たのかは分かりませんが」
「ならばこのまま此処で成長させても良いのではないか?」
「いいえ、それは出来ません。天で暮らし、天で成長した彼でなくてはならないのです」
桔梗はその女性の眼をずっと見据えていた。女性もまた桔梗から眼を逸らす事はしなかった。
「ふう、焔耶の説得が大変じゃの」
そう溜息を突きながら構えを解き弓を下ろす。
「信じてもらえたんですね。正直こんなに簡単に信じてもらえるとは思っていませんでした」
「一刀が言っておった。『眼を見ればその者の事が良く分かる』とな。お主の眼は欠片も濁っておらなんだからな」
そう言いながら桔梗は眠っている一刀を抱きあげる。
すると、一刀の服の袖を握っていた焔耶が眼を覚ました。
「ん~~、かじゅと……」
寝ぼけていた焔耶だが桔梗が一刀を抱き抱えて誰か知らない女性に渡そうとしているのが見えた。
「かじゅと…、ききょーしゃま、かじゅとをどこにつえていくの!?」
「焔耶よ、一刀は元いた国に、親の所に帰るのじゃ」
「やーーーっ!かじゅと、つえてったらやだーーーっ!」
焔耶は桔梗に縋りつくと服の裾を引っ張って泣きじゃくる。
「やだ~~、やら~~~、びええ~~~~んっ」
「焔耶!」
「ひうっ…」
「一刀と別れるのが嫌なのはよう解る。儂とて一刀と別れるのは嫌じゃ。じゃがな、一刀は家に帰れるのじゃぞ、あれだけ会いたがっておった家族の元に帰れるのじゃ」
「ひっく、らって…らって~~」
どれだけ説得されても焔耶は聞き入れようとはしなかったが、その時一刀が一筋の涙を流して寝言を言った。
「うう、おかあさん……ぐす…」
「……かじゅと…」
「焔耶」
桔梗が焔耶に優しく話しかけると、
「かじゅと……さ、さよなや…うう、うええ~~~ん」
一刀を抱いた女性は腰を下ろし、泣き出した焔耶に目線を合わせて話しかける。
「魏延ちゃん、暫くの辛抱よ。一刀はいずれもう一度この世界に来る事になるから。きっとその時にまた会えるわ」
「えっ…ほんと!?」
「ええ、本当よ」
女性がそう言うと焔耶の顔は花の様な笑顔になる。
「本来ならあなた方の記憶から一刀の事は消さなくてはならないのですが…」
女性がふと焔耶に目をやると焔耶は不安そうな顔をしていた。
そんな焔耶を見てクスリと笑い、
「今回は特別に『消した事』にしておきます。なのでこれからは一刀の事は口にしないで下さいね」
「わあ、うん!やくそくすゆ!」
「あい分かった。時が来るまでは口にはせぬと約束しよう」
そしてその女性の体は一刀と共にゆっくりと光に包まれながら消えて行く。
「ちょっと待て!そう言えばお主の名を聞いておらなんだが」
「私の名は管路と申します。いずれ聞く事になるでしょう」
「かじゅとーー、ぜったい、ぜったいまたあおうね~~、ばいば~~い」
焔耶な泣きながらも必死に手を振る。
その声が聞こえたのか消え去る前に一刀が目を覚ます。
「ん…えんやちゃん?」
最後に一瞬だけ一刀と焔耶の目があった。
「えんや…ちゃ…ん……」
「かじゅとーーーっ!」
その呼びかけと共に一刀の姿は消えた。
「焔耶よ、よう頑張った、よう耐えた」
桔梗が焔耶を抱き抱えると焔耶は桔梗の胸に抱きついて泣き出した。
「ききょーしゃまーー、か、かじゅと…かじゅとが~、びえええ~~~んっ」
「大丈夫じゃ、言っておったじゃろう。一刀とはもう一度会えると」
「で、でも、しゃびしいもん~~!うええええ~~~~んっ」
しがみ付き、泣きじゃくる焔耶を桔梗は優しく抱きしめ頭を撫でてやる。
「待っておるぞ一刀よ。再び会えるその日を、焔耶と共にな」
それから幾ばくかの時が過ぎ、益州に侵攻して来た劉備との闘いの後。
「……このお穣ちゃんが劉備だと?」
「ええ、我が主のお一人よ」
「一人?どう言う事じゃ?」
「もう一人は……」
「俺の事かな?」
「御意。……桔梗、こちらの方が私の主…」
「……北郷…一刀…」
「え?何で俺の名前を」
「ご主人さまーー、魏延って人を捕まえて来たよーー!」
「くっ!ワタシともあろう者があのようなくだらない手に…」
「焔耶、焔耶よ!」
「桔梗様、そんな、桔梗様まで」
「……えん…や?」
その名を聞いて一刀はゆっくりと振り返る。
「なっ、キサマ、ワタシの真名をきやす…く……」
お互いの顔を見て言葉を無くす二人、そんな二人を見つめている桔梗。
「そう言えばあの時の女、そして天の御遣いの占いを流した占い師。どちらも名は……管路じゃったな」
言葉を交わすでもなく、ただ見つめ合っている二人の目から涙が零れて来た。
「え?え?え?…どうしたのご主人様?」
「桔梗?貴女、ご主人様の事何か知っているの?」
「ああ、後でゆっくりと話してやろう。ゆっくりとな……」
今、時を越えて二人は二度目の出会いを果たす。
「焔耶」(えんやちゃーーん)
「一刀」(かじゅとーーー)
~終劇~
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(`・ω・)もし、一刀が子供の頃に恋姫外史にやって来て、焔那と出会っていたら。
そんな話。
ちなみに、焔那たんのイメージはMALIさんの描くチビ焔那たんです。