「何をおっしゃっているか分かりませんわ!私は名門袁家の娘でしてよ!?」
「あぁん?んなもんしらねーよ!城も金も部下もいねーのに、何見栄を張ってんだよ!」
―――広い見渡す限りの荒野。
その中でひと際目立つ集団が居た。
人数は6人。女が5人、そして白く輝く珍しい服を来た少年が一人。
その少年は長い髪の毛を女の子のようにカチューシャで前髪を後ろに結え、ライオンのようなオールバックにしていた。そして目元は鋭く、そして言葉遣いは荒い。時代が時代であれば、ヤクザと言われてもおかしくない風貌だったが、いくら見た目が怖くなっていても、何故か『優しそうな人』と印象を受けてしまうのは、その人の本質なのだろうか。
―――彼の名前は北郷一刀。
突然、過去にやってきたただの学生。もし拾われた相手が相手ならば、今頃、大陸は平和に、そして誰もが笑顔で過ごせる世界を作っていたことだろう。
しかし彼は不運なことに、無能と名高い袁紹と袁術に拾われていた。
だが、それでも彼は相変わらずその場に適応し、そしてそれなりに仲の良い関係を築いていた。
・・・・しかし、肝心なのは、それは前の一刀の場合だ。
彼、北郷一刀は、また懲りずもなく記憶喪失になっていた。
ことの発端は、麗羽だった。
川で一休みしようとした際に、麗羽は一刀や斗詩たちが止めるのも聞かずに一人で勝手に探索に出かけてしまい、そして案の上、岩から落ちてしまった。
その時に一刀は身を挺してかばい、おかげで麗羽は怪我をしなかったが、一刀は頭を強く打ってしまい、そして気絶してしまった。
「一刀さんは死にましたわ。だからそんなの棄てて置いて、さっさと行きましょう」
「そうじゃぞ。もうすぐ日が暮れてしまう」
と、命の恩人である一刀を捨てて先に進もうとする麗羽と美羽。それを、斗詩と猪々子、そして意外にも七乃が必死に引き留め、そしてその晩は気絶してしまった一刀のためにその場で野宿。斗詩たちは3人で交代しながら一刀の看病をした。
そして、そのお陰で一刀はその次の日の朝には、目覚めることが出来た。
しかし、その一刀はいつもとは違った。
―――「あんたら、誰だ?」
いつもの優しそうな目は、今は鋭く、そして穏やかな言葉遣いは、今では乱暴になってしまっていた。そして、一刀は自分のこと、そして今まで旅をしてきた仲間のことを忘れていたのだ。
ただ、唯一恵まれていたとしたら、それは天界の知識はいつも通りに覚えていたことだ。そのお陰で、多少は変になっていたとしても、どうにか麗羽に捨てられずお供することを許された。
今ではキチンと名前を覚えてもらい、以前のような関係になっていたと思われていた。
しかし、じょじょに麗羽の言動に対して異議を唱えるようになり、そして今では大声で言い合うようになっていた。
「くっだらねぇプライドなんて捨てちまえよ!俺や斗詩たちがどんだけてめぇに迷惑してんと思ってんだよ!」
「あら、そんなの当然じゃあありません?主のために働き、そして主のために死ぬ、そんなの、部下として当然じゃあありませんか」
「あぁん?俺らがどうして、てめぇみてーな無能と旅なんてしねーといけねーんだよ!給料ももらえねーのに、わざわざ世話してやってんのは、斗詩たちの優しさだって気付けねーのか!?」
「知りませんわ、そんなの。私は頼んでないのですから。勝手についてきただけでしょ?」
そんな二人を少し離れた場所で見ていたのは、斗詩だった。
「一刀さん・・・・素敵・・・・・・」
普段は恵まれない、不幸だ、と思っていた自分。しかし、そんな斗詩の心の声を代わりに代弁してくれている一刀は、まさに自分のための騎士。前の一刀はただ無理な要求にも従うだけだったが、今の一刀は行動力がある。言いたいことはキチンと言い、そして嫌なことはきちんと嫌と言う。
前の一刀も、何かと自分を気にかけてくれる、とても優しい男性だった。そんな優しい男性は初めてで、そして斗詩は必然とも言うべきか、一刀に恋をしていた。
しかし、事故により記憶を失い、人が変ったようになってしまった一刀。
それに少し不安を感じていたが、一刀は一刀。ぶっきらぼうながらも、自分の荷物を代わりに持ってくれたり、そして何かあるとすぐに気を使ってくれる。
「斗詩」
「あ、文ちゃん。どうしたの?」
「あ、いやさぁ・・・兄貴、なんかいいよな」
「そうだよねー♪なんか、とってもすっきりした気分だよ」
「あたいも。でもさ?兄貴って占い師の予言の『乱世を鎮めるための天の使い』だろ?」
「うーん、確かにそうっぽいけど・・・・急にどうしたの?」
「今まではさ、別にこれでもいいかーって思ってたんだけどよ?でも、あたい思うんだ。兄貴はあたいらと一緒にいちゃあならないんじゃないかって」
「そ、それは・・・・」
猪々子の言うことは、斗詩も分かっていた。
自分たちは落ち武者だ。今の旅だって、宛先のないただの流浪の旅。いずれ、どこかで腰を落ち着けたいと思っているが、麗羽は絶対に嫌と言うだろうから、それも叶わないだろう。
だが、そんな自分たちとは違う。
一刀はきっと、もっと大きなことを成し遂げてくれると信じている。
「でも・・・・私、一刀さんと離れるのは・・・嫌だよ・・・・」
「それはあたいもさ。だからさ、あたいらで麗羽さまを説得して・・・・・」
「あらあらー、何やら面白そうなお話をしていますね」
そう言って会話に入ってきたのは今まで美羽の世話をしていた七乃だった。美羽はどうやら、疲れて眠ってしまったらしい。
「二人とも、まるで恋する乙女ですね~」
「な、七乃さん!からかわないでくださいよぉ」
「でも、私は思うんです。どうしてお二人は麗羽さんと一緒に旅をしているんですか?」
「それは・・・・部下でしたし、それに姫は一人では生きていけないと思うし・・・・」
「あぁ、ここまできたら、最後までーってな気持ちだよな」
「ふーん、馬鹿ですねぇ~」
「ば、馬鹿?」
「はい。だって、どれだけ尽くしても向こうはお二人に感謝なんてしないですよ?私は美羽さまを愛していますから、別にどれだけ辛くても構いませんが、お二人はそこまでの愛情はあります?」
そう言われて、斗詩は考えた。
愛情・・・は確かにある。だが、それは部下として、そして家族のような物だ。それは猪々子にもある。それがあったから、今までずっと一緒にいたのだ。
「私はですねぇ~、お二人に正直になって欲しいんです。お二人は一刀さんが好きなんですよね?」
「うぅ・・・・はい」
「ま、まぁな」
「正直、私の好みじゃありませんし、それに私はお嬢様一筋なので、どうでもいいですが・・・・まぁ、確かに、一刀さんは優しいし気遣いも出来て、そしてルックスもいい。普段は主人の命令に従うしか出来ない部下である斗詩さんたちを、一人の女性として見てくれるのは、一刀さんしかいなかったので、それはもぅ、ころっと落ちちゃいましたってことですね?」
「あ、あはは、丸分かりですねぇ・・・・でも、正直ってどういうことですか?」
「それは・・・・うふふ、今夜あたりにでも分かります。それでは、失礼します」
そう意味ありげな言葉を残して、七乃は二人の前から去って行った。
残されは二人は不思議そうに顔を見合わせ、そして「今夜に分かる」の言葉を脳内で反芻させていた。
「いい加減にしろや!」
「な、なにを!斗詩さん!猪々子さん!こやつの首を刎ねてしまいなさい!」
そして、未だに続く言い争いを聞きながら、小さくため息をついた。
そして、その夜、七乃が言っていたことが、二人にも分かる時が来た。
今日も結局野宿、それぞれ火を囲んで眠っている。
その中で、一人ごそごそ、と音を立てている人がいる。
斗詩はその気配に気がついてそちらを見ると、そこには自分の荷物をまとめている一刀がいた。
「か、一刀さん!?」
「ん?あぁ、起こしちまったか。ごめんな」
「い、いいえ・・・・それより、何をしているんですか!?」
「・・・っち、黙って行こうとしたんだけど、見つかったらしかたがねーな。俺さ、一人で旅をしようと思うんだ」
「ひ、一人で・・・」
「あぁ、覚えてないけど、俺拾ってくれたんだろ?その恩を返すこともできてねーが、俺はもう限界だ」
「で、でも一刀さんは強くないですし、それに目立つ格好していますから、きっと盗賊に見つかったら殺されちゃいます!!」
「かもな」
「かもなって・・・・・」
「でもな斗詩。下げたくもねぇ頭を下げて生きてくよりは、自分の好きに生きてそんで死ぬほうが俺にとっちゃあ、マシなんだよ」
死ぬかもしれない。そんな恐怖がありながらも、前を見据えて進もうとする一刀は、今まで言われたことに素直に従ってきた斗詩には、とても眩しく映った。
・・・・もしかして、七乃さんが言ってたことって、これ?
昼に七乃が言っていたこと。そして、正直になってほしいと言っていた。
つまり、私はどうしたいか・・・・。
斗詩は五月蠅いいびきをかきながら眠っている麗羽をちらりと見た。
別に麗羽のことは嫌いじゃない。もちろん、いつも無理を強いられて苦労はしているが、それでも斗詩は楽しかった。
でも、人生は初めて好きになった男性が遠くに行ってしまう。もう二度と会えないかもしれない。
それに、一刀はきっと大業を成し遂げてくれる人だ。だから一刀を守らなければ・・・・・。ううん、違う。ダメ。そんなのは建前。正直になろう。うん、正直に。
「わ、私も連れてってください!」
「はぁ?麗羽はどうすんだよ」
「そ、そんなの・・・・一刀さんと同じです!私だって、私の幸せのために生きたいです!」
「だったら、俺に付いてこないで、猪々子と二人で旅に出たらどうだ?」
「私は一刀さんと旅がしたいんです!理由は・・・・・その・・・・・もぅ!女の子に言わせないでください!」
「斗詩・・・・」
「おいおい、斗詩。そりゃあ、ないぜ」
ごそごそ、と起きあがったのは猪々子だった。
どうやら、さきほどの会話を聞いていたらしい。
「文ちゃん・・・・」
「斗詩。あたいも付いて行くよ。兄貴、文句ねぇーよな?」
「・・・・」
「女が惚れた男と一緒に居たいってのは、当たり前のことなんだぜ。だから、素直に頷きなよ」
「そ、そうです!嫌って言っても、ついて行きますからね!」
「・・・・・ったくしかたがねーな。二人とも、準備は早くしろよ」
「はい!」「あぁ!」
斗詩と猪々子はすぐさま自分の荷物をまとめると、最後にそれぞれの武器を肩に担いで準備を整えた。
そして3人はお互いに顔を見合わせると、しずかにその場を後にしようとした。
「ちょっと待ってください」
「な、七乃!?」
3人の目の前の木の陰から七乃が出てきた。斗詩と猪々子は、麗羽を捨てていくこと、そして七乃たちを捨てていくことからの罪悪感から、それぞれ気まずそうな顔をしたが。
「安心してください。別に怒りもしませんし、私も付いて行くとは言いませんから」
「七乃さん・・・・」
「大丈夫です。麗羽さんとお嬢様には私がキチンと説明しますし、それに麗羽さんのお世話も私がやってあげますから」
「七乃・・・・ごめんな。拾ってくれた恩があるのに・・・・でも俺は・・・!」
「大丈夫ですよ。それより一刀さん、服にゴミがついてますよ」
と、七乃は一刀に近づき、服のゴミを取る・・・・ふりをして、そのまま一刀の顔を掴むと、軽く唇にキスをした。
「はい。これでぜーんぶ許してあげます。だからさっさと行ってください。しっし。一刀さんなんて、どっかで死んじゃえ」
「七乃・・・・」
「・・・それでもまだ罪悪感があるのでしたら、この大陸が平和になったら、それから私を迎えに来てください。分かりました?」
今は以前のような表立った戦はない。でも、盗賊が村を襲い、そしてそれに涙する人がいる。そして何より、それぞれが腹の探り合いをして、ギスギスとした魏、呉、蜀。その雰囲気は民に動揺を誘い、そして不安に震えている。
平和になるのは、まだ先になりそうで、そして必ず平和になる確証もない。
でも
「・・・あぁ、絶対に迎えにくるから」
「はい・・・・約束ですよ?私・・・・ずっと待ってますから」
そう言った七乃の顔を見て、斗詩と猪々子は同じ女として、そして恋する乙女として、七乃の気持ちをくみ取った。
出来ることなら、自分も一刀の傍にいたい。でも、二人を見捨てるわけにはいかない。誰か世話をする人が一人は必要だ。だから、その役を引き受けてくれたのだ。
正直じゃないのはどっちだよ・・・と、斗詩は思った。
「七乃さん・・・・さようなら」
「じゃあな・・・・七乃。姫を頼むよ」
「はい。お二人もきちんと、だらしのない一刀さんを守ってくださいねー」
最後は笑顔で手を振る七乃に一礼して、3人は森を抜け、そして荒野へと出た。
「取りあえず、姫たちとは逆方向に行きましょう。それからどうします?お金もありませんし、盗賊退治を手伝いながら路銀を稼ぎますか?」
「お、いいねぇ。そんじゃあ、兄貴はあたいらのご飯担当な!」
これからのことを楽しそうに語る二人を見て、一刀は立ち止った。
急に立ち止った一刀を不思議そうに見る二人。
「・・・・・二人とも」
「はい?」
「ん?」
「・・・・ありがとうな、迷惑かけるよ。麗羽を見捨ててまで付いてきて貰って・・・」
「何を言っているんですか!私たちが一刀さんと一緒に居たいから付いてきただけです!」
「そうさ、兄貴。あたいらは兄貴が好きだからいるんだよ。兄貴は?あたいらをどう思ってる?」
「・・・・馬鹿。言わないでも分かるだろが」
「えー、知らないですよぉーねぇ?文ちゃん」
「あはは、そうだよ兄貴!きちんと言ってよ」
「黙れ馬鹿。さっさと行くぞ」
こうして3人は、旅に出た。
宛先のない旅。大陸を平和にする、なんてそんなことも考えていない。
ただ、今この3人が考えているのは、明日の寝床はどうするか、そんなことだけだった。
次回に続く
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みなさん、こんにちは。いつもコメントや支援、ありがとうございます。
このたびは、まだ連載中の作品があるにも関わらず、新シリーズを書くということで、多くの人が疑問に思ったかもしれません。
ですが、ご安心を。雛里シリーズは絶賛執筆中です。
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