No.179644

真・恋姫無双 ~異聞録~ 其の弐

うたまるさん

『真・恋姫無双』の短編小説です。

あるお方のイラストを見て、妄想を垂れ流してみました。


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2010-10-22 00:11:09 投稿 / 全24ページ    総閲覧数:14858   閲覧ユーザー数:9879

真・恋姫無双 二次創作短編小説 ~異聞録~ 其の弐

   『 暗闇に迷う子犬は、その温もりを求め彷徨わん 』

 

 

 

 

 

 この話は、原作と違う設定が含まれています。

 登場人物の口調がおかしい事があります。

 一刀は、無印補正が掛かっています。

 オリキャラがメインのお話になります。

 基本思い付きで書いたお話なので矛盾点はご了承ください。

 基本異聞録は読みきりですので、一話限りのお話です。

 今話のヒロインはイラッとするような所があると思ますが、其処は耐えて読んで戴けたらと思います。

 

 この話の趣旨:

 前回の馬良のお話では、馬良の心の成長を描いたつもりだったのですが、残念ながら種馬伝説話として捉われてしまったようなので、リベンジとして同じく金髪のグゥレイトゥ!様の書かれた馬謖の絵を下に浮かんだ彼女の成長のお話を書いてみました。

 恋姫とは関係ないと言われるかもしれませんが、良かったら見てやってください。

 

オリキャラ紹介

★姓:馬  名:良  字:季常  真名:紅紀

 朱里の愛弟子で、馬謖の姉。

 

★性:馬  名:謖  字:幼常  真名:智羽

 朱里の愛弟子で、本編の主人公で馬良の義妹。

 馬家の四女だが、この外史では長女と次女は既に他界。

 姉の馬良とは訳け合って、別々に育った。

 

 作中の現時点では、二人とも現代であれば、『Hなのは、いけないと思いますっ』と言われる年齢です(w

 と言う訳で、一刀は手を出す気はないのであしからず。

 

 

 

馬謖(智羽)視点:

 

 

 智羽は悩んでいるのです。

 最近、紅紀の様子がおかしいのです。

 あれだけ『 朱里お姉様 』と、お師匠様にべったりしていたと言うのに、最近はそれ程べったりしていないのです。

 むろん、相変わらず一番弟子の智羽を差し置いて、お師匠様に媚を売ってはいます。

 ですが、その時間や回数が減ったのです。

 その上、智羽に街の豪商や顔役達から基金の申し入れをする仕事を任せてきたのです。

 しかも、金を引き出させる策を智羽に渡しまでです。

 その癖して、自分は供も付けずに小さな店を回っているのです。

 あんな店を幾ら回った所で、智羽がたった一軒から引き出させた金額には遠く及ばないと言うのに、意味が分かりません。

 

 確かに、竹簡の最初の方に在った名前は、智羽が集めている店に比べたら、店とも呼べない様な店主の名前ばかりが並べられています。

 これを見ればどうやって、最初に豪商から金を引き出させたかは想像がつくのです。

 でも、そんな地味な事は、最初の豪商の店までで十分の筈です。 後は、豪商や顔役達の敵愾心や自尊心を刺激してやるだけで、必要な金額は集まるのです。

 お師匠様は、智羽に必要以上集めないように厳命されましたが、紅紀の行っている事には何故か放置しているのです。

 たしかに、あんな店ばかり何百軒回った所で、金額的には然したる問題にならないのです。

 だと言うのに、帰って来ると満足そうな顔をしているのです。 本当に変わった奴なのです。

 紅紀は智羽からお師匠様を奪う敵だとばかり思っていたのに、あれではがっかりなのですよ。

 

 そう、敵と言えばもう一人の敵、あの馬鹿主人なのです。

 お師匠様の想い人なのですが、最近そいつとも仲がよさそうなのです。

 確かに、あの者は見ていて面白いのです。 智羽を笑らわかせてくれるのです。

 でもそれだけです。 お師匠様が想われるような人間には思えないのです。

 何度かあの者の情けなさをお師匠様に見て貰おうと、落とし穴を掘ったり罠を仕掛けたりしたのですが、何故かあの者は引っ掛かりません。 引っ掛かるのは脳筋の焔耶様だったり、桃香様だったりです。

 一度、お師匠様が引っ掛かりそうになったので、智羽が慌てて止めに入ったら、小石に躓いてしまい、お師匠様諸共落とし穴に落ちてしまったのです。 しかも百足やら蛙入りの特別製にです。

 まったくあれは最悪でした。 これもみんな罠に引っ掛からないあの男が悪いのです。

 とにかく、あれで一連の罠の仕業が蒲公英様では無く、智羽の仕業だと露見してしまい。 以来、罠を張るのは止めたのです。

 あんなお説教はもうコリゴリなのです。

 お師匠様にお尻を叩かれるのは、もっとコリゴリなのです。

 

 話が逸れました。

 とにかく、紅紀はお師匠様が今までやられていた、あの者のための書簡の纏めなどの仕事を、紅紀が積極的にやる様になったのです。

 もともとあのような雑用、お師匠様に相応しくないので、それはそれで好都合なのです。

 お師匠様はその分、国全体の事を出来るようになったのです。 そう言う意味では、紅紀の変化は喜ばし事なのですが………面白くないのです。

 お師匠様との距離が離れた筈なのに、何故か紅紀とお師匠様がより親密になったような気がするのです。

 例えばこうなのです。

 

「紅紀ちゃん、あれ纏めておいてくれた?」

「はい此方に、それと先日の件ですが、この様に組み直してみました」

「うん、これなら御主人様も分かりやすいと思う。 それにこっちも御主人様の伝えたい事が、他の人達にも分かり易い様になっている。 さすがだね」

「あ、ありがとうございます」

 

 と、前なら二~三の指摘や指示があったのに、最近では特に指示をしなくても仕事を回しているのです。

 まったく、おかしいのです。 謎なのです。

 

 

 

 

 あれから数日が立ちましたが、やっぱりおかしいのです。

 最近他の皆様方が、紅紀をチヤホヤしているのです。

 大した事をしていないはずなのに、お師匠様以外の姉様方達にも可愛がられているのです。

 むろん智羽も可愛がられてはいますが、智羽を見る目と紅紀を見る目が違うのです。

 紅紀を見る目は信頼する目になっているのです。

 智羽は優しい目を向けるだけだと言うのに。

 訂正なのです。 智羽が失敗した時は怖い目を向けるのです。

 そして、何故か失望したような目を向けられる事もあるのです。

 先日も星様に基金の件でこう言われたのです。

 

「智羽よ報告書を見たぞ。 あの者達によく基金の約束をさせてくれたな。

 これで主の望む警備態勢を取る目途がついた。 私からも礼を言わせてもらうぞ」

「お褒めの言葉、ありがとうございまする

 ですがこの馬謖、当然の事をしただけなのです」

 

 此処までは良かったのです。 智羽も褒められて嬉しかったのです。

 ですがこの後、星様は紅紀にも礼を述べたいと言って居場所を尋ねて来たので、街で小さな店を回っている事を伝えると。

 

「貴公は行かぬのか?」

「もう大方の豪商や顔役は回ったのです。

 それに必要な金額は既に集まっておりますし、お師匠様から必要以上集めぬ事を厳命されておりますゆえ」

「成程……確かに金銭的には集まってはいたな」

「はい、これ以上無理に小さな店まで回って集めても、民の生活を逼迫させるだけに御座います」

 

 智羽は、紅紀の考えなしの行動に呆れながらも、それを星様から止めて貰うための苦言を申したのです。

 だけど星様は一度目を瞑り、何故か智羽を突き放す様な目で見たのです。

 そして。

 

「そうか、貴公がそう言うのならば、貴公がこの件でこれ以上出来る事はもはやあるまい。

 基金の件、本当に大儀であった。 今の就いている仕事に、より一層励んでくれ」

「は、はぁ……」

 

 星様が何故急に、あのような目をされたのか分からずに戸惑っていると。

 星様は去り際に立ち止まり、こう言い残されました。

 

「智羽よ、一つだけ教えておこう。

 紅紀が集めているのは決してお金では無い。 もっと大切なものだと言う事を覚えておく事だな」

 

 そうして、智羽の前から立ち去って行ったのです。

 星様のお得意の謎かけなのでしょうか?

 それに、紅紀の集めているのはお金の筈です。

 それ以外の何物でもないと言うのに、……ますます謎なのです。

 

 

 

 

 星様に言われたあの日より、智羽は一生懸命考えたのですが、ちっとも答えが出ません。

 それにお師匠様も、優しくしてはくれますが、最近はちっとも智羽を褒めてくれません。

 むろん、小さな事では褒めて下さります。 でも智羽の頭を撫でてくれません。 髪を梳くように優しく撫でてはくれないのです。 本当に褒めてはくれていないのです。

 むしろ紅紀の方が、大した事をしていないのに、お師匠様に笑顔を向けられたり、応援されたりしているのです。

 

 いったい智羽と何が違うのですか?

 うーん、紅紀が最近変わった中でそれに当たりそうなのは……そうです。 あの馬鹿主人です。

 最近紅紀は、あの馬鹿主人とよく話しているのです。

 本人は政務に必要な事だと言っていましたが、あれほど嫌っていたにしては親密過ぎるのです。

 それに星様もそうですが、お師匠様も皆あの馬鹿主人と好い仲なのです。

 もしかすると、紅紀もそうなのかもしれないのです。

 あの性欲の塊のような馬鹿主人なら、十分あり得るのです。

 その証拠に、先日紅紀の着替えを覗いたのです。

 紅紀め、お師匠様の気を惹くために、あの馬鹿主人に抱かれたに違いないのです。

 

「むふっふっふっ。 そうと分かれば、後は簡単なのです。

 姑息な手で奪っていったお師匠様の寵愛、この馬謖が頂いたのですよ♪」

 

 

 

 

 むふふふっ。 今夜はあの馬鹿主人一人だと言う事は、先刻承知済みです。

 まぁ色々手配したおかげで、今月の御小遣いはもう危機なのですが、お師匠様の寵愛を受けるためなら仕方ないのです。 いざとなったらあの馬鹿主人にたかるのです。

 この智羽の初めてを捧げるのですから、それくらいしても当然なのです。

 正直、あんな馬鹿主人に抱かれるなんて嫌なのです。 ですが、これも全てお師匠様の寵愛を受ける為なのです。 そのためには、それくらい構わないのです。

 

「ん? 智羽、こんな時間まで城に居たのか?」

 

 部屋に入ると、馬鹿主人は寝台から体を起こし、そんな事を言ってくるのです。

 何か急用な事が起きたのかと、そんな事を言ってくるのです。

 本当に馬鹿主人なのです。 女がこんな夜更けに、こうして来る理由など決まっていると言うのに。

 でも、今それを顔に出す訳には行きませぬ。 今はこの馬鹿主人をその気にさせなければいけないのです。

 もっとも、この性欲の塊のような馬鹿主人なら、すぐに智羽の可愛さに襲ってくるに決まっているのです。

 だから、智羽はしなだれて見せるのです。 そして女の艶をを演じて見せるのです。

 だと言うのに、この馬鹿主人はちっとも手を出してこないばかりか。

 

「どうしたの? 俺としては歓迎だけど、こんな璃々ちゃんみたいに甘えて来て」

「んがっ……」

 

 こ、こ、この馬・鹿・主・人・っ、今なんて言いやがったのです!?

 この智羽の色気たっぷりのお誘いを、お子様どころか幼児と同じ扱いだと言うのですか!?

 その目に嵌まっているのは、水晶玉ですか? 石コロなのですかっ!

 と、とにかく作戦変更なのです。 こうなったら実力行使なのです。

 幸いやり方は、お師匠様が隠し持っていた本で知っているのです。

 そう思い、覚悟を決め直していると。

 

ぐいっ

 

 身体が引っ張られるのです。 智羽の身体は馬鹿主人に引き寄せられるのです。

 寝台の布団の中に引っ張り込まれるのです。

 その事に、やっと効果が出てきたのかと安堵の息を吐くのです。

 さすがにあのような事、いきなり智羽からする等と、正直顔から火が出る思いだったのです。

 

「今日はもう遅いから、もう寝よう。 俺ももう眠いし」

「……え?」

 

 馬鹿主人はそう言うと、智羽を抱きしめたまま、よりにもよって寝息を立て始めるのです。

 その事に、智羽は茫然としてしまうのです。 ですが、次第に腹の奥から怒りが湧いてくるのですっ!

 智羽の必死の覚悟は、よりにもよって抱き枕扱いなのですかっ!

 こうなったら意地でも、智羽を抱かせてやるのです。

 

「うにゅぉーーっ」

 

 智羽は全力で、馬鹿主人の腕から抜けだそうとするのですが、ビクともしないのです。

 智羽は両手を前にしたまま、腕ごと抱きしめられているので、手でこの馬鹿主人の物を刺激する事も出来ないのです。

 それにしてもこの馬鹿主人、貧弱そうに見えて、何でこうも力があるのですか。

 幾ら智羽が小さくてか弱いと言っても、これは予想外なのです。

 そう思い、改めて馬鹿主人の身体の感触を見てみると、結構鍛えられているのです。

 腕なんかも盛り上がってはいないのですが、良く引き締まっているのです。

 

 そうです。 智羽は勘違いしていたのです。

 この馬鹿主人はいつも武術鍛錬で逃げ回っていたり、ボコボコにされて居たので勘違いしてしまいました。

 相手はあの軍神と名高い愛紗様を初めとする五虎将と勇猛たる将達。 極めつけは飛将軍である恋様。

 あの方達相手では誰が相手でも、きっと同じなのです。

 だからボコボコにされて格好悪い所しか知らなくとも、智羽を力づくで抑える事など容易いのです。

 

「……こうも逞しいとは、意外だったのです」

 

 そう呟くも、事態は一向に好転しないのです。

 どうしようかと悩むのですが、抱きしめられている事もあり、温かな感触が智羽を包み込んで行くのです。

 その温かさと、男臭い。 …だけど何処か安心できる匂いが、智羽の頭を朦朧とさせるのです。

 それらに包み込まれ。 次第に智羽の瞼は重くなり、意識も遠退いて行くのです。

 お師匠様に抱きしめられているならともかく、何でこうも安らぐのでしょう……謎なのです。

 

 

 

 

 うーー……っ、無茶苦茶なのですっ。 あの夜這いに失敗して以降、何もかも巧くいかないのです。

 別に仕事で下手をしている訳ではないのです。 この智羽がやるのですから、そんな心配は最初からないのです。

 問題は、お師匠様です。 結局、色々手を回した事も、夜這いをかけた事も、お師匠様に露見してしまったのです。 流石お師匠様なのです。

 

『 智羽ちゃんには、そう言う事はまだ早いですっ!

  それに私には、智羽ちゃんが本当にご主人様を想って夜這いを掛けたは思えませんっ! 』

 

 そう大目玉を喰らってしまったのです。

 おまけに紅紀にまで

 

『 はぁ……、何故主に抱かれよう等と思ったかは知りませんが、悪戯で夜這いを仕掛けた等と愛紗様達に

  知られたらどうなるか、想像しなかったのですか? 』

 

 と、溜息交じりに同情の目を送って来たのです。

 うーーっ、悔しいです。

 ですが、その言葉で紅紀があの馬鹿主人に抱かれていない事が分かったのです。

 紅紀は、お師匠様達の中に入る怖さを語っている以上、そんな事は在り得ないのです。

 そうなると、あの馬鹿主人が智羽を抱き枕にして寝た事は幸いだったのです。

 あんな馬鹿主人に、智羽の初めてを捧げなくてすんだのですから。

 でも紅紀、気が付いているのですか?

 あの馬鹿主人の事を言う紅紀の貌、以前と全然違うのですよ。

 まるで…………なのです。

 

 とにかく、あれ以来お師匠様の智羽への機嫌は最悪なのです。

 幸い、愛紗様達へは黙っていてくれて下されているおかげで、羽は無事でいられるのですから、お師匠様には感謝こそすれ、文句等とても言える物ではないのです。

 ですが、その代りあれからもう数日経ったと言うのに、お師匠様のお怒りは解けないのです。

 紅紀は、そんな私を気にしてか、

 

「智羽が気にしているほど、朱里お姉様は怒られてはおられませんよ。

 逆に智羽をどう許そうか、毎日お悩みになられているほどです。

 だから智羽は安心して、自分の行動を反省しておれば良い」

 

 等と言ってきます。

 何か勝ち誇られた気がしないまでも無いですが、今はその言葉がとても嬉しいのです。

 お師匠様に捨てられたら、智羽には何も残らないのです。

 

 

 

 

 そんなある日でした。

 お師匠様が、やっと智羽に笑みを向けてくれました。

 そのついでに、紅紀と共に桃香様や馬鹿主人の手伝いをするように言われたのですが、この際そんな事は些細な事なのです。

 智羽はお師匠様のお怒りが解けた事が嬉しくて、それが桃香様や馬鹿主人に政務の分からない所を、分かり易く説明してやると言う下らない仕事でも喜んでやるのです。

 紅紀はそんな智羽に、『 まるで子犬ね。 今だけはその長い髪が尻尾が見えるわ 』等と無礼な事を言ってくるのですが、今の智羽は機嫌が良いので、許してやるのです。

 そうして、紅紀の言う事等聞き流しながら、自分の仕事も隅の机で行いながら、桃香様や馬鹿主人の仕事のお手伝いをしているのです。 その際意外と思ったのが、馬鹿主人の仕事の量なのです。

 お師匠様に比べれば半分も無いのですが、それでもかなりの量があるのです。

 むしろ桃香様の方が遥かに少ない程です。 それを、分からない文法や字があるとか、まるでそこらの私塾生以下の事を言いながらも、黙々とこなして行くのです。

 そうして途中から、お師匠様が街の最長老と共に顔を出し、何やら色々打ち合わせをされるのです。

 

 執務室で仕事をしている時は、けっこう真面な顔をするのです。 悪くない顔なのです……って、今何を考えていたのですっ! 智羽は、お師匠様一筋なのですっ!

 智羽は思いっきり首を横に振り、脳裏に浮かんだ言葉を頭から追い払うのです。

 まったく、おかしいのです。 謎なのですっ。

 

「どうしたの?」

「な、何でも無いのです、ちょっと髪が絡まっただけなのです」

 

 桃香様が智羽の行動に心配げに声を掛けて来たので、智羽はそう言って誤魔化すのです。

 とにかく、今は馬鹿主人が目を通したこの竹簡の山を運ぶのです。

 だと言うのに、馬鹿主人は馬鹿な事を言ってくるのです。

 

「へぇ、智羽の綺麗な髪でも、そんな事があるんだ」

「御主人様、そりゃあ在るよ。 私も智羽ちゃんの髪は綺麗だと思うけど、長いとやっぱりね」

「ふーん、あれだけサラサラで柔らかな髪でもやっぱり絡まるんだ」

「もう、御主人様は、智羽ちゃんみたいな娘にまで、そう言う事ばっかり言うんだから」

「え? 俺変な事言った?」

 

 あの馬鹿主人は、思ったまま言っただけ等と、そんな事を言ってくるのです。

 お師匠様は、どうあの馬鹿主人に言おうか迷っていますが、結局言っても無駄と諦められて様です。

 そもそも客人が来ている以上、あまり話を脱線するのは得策ではないと判断したのだと思うのです。

 でも智羽は内心それどころではないのです。

 うーーーっ、恥ずかしいのです。 自慢の髪を褒められるのは嬉しいのですが、何故か恥ずかしいのです。

 それが原因なのでしょう、智羽は手に持ったお盆の山から竹簡が零れ落ち。 運悪くそれを踏んでしまうのです。 幸いそれで転ぶような事だけは無かったのです。

 智羽は、落ちてしまった竹簡を拾い上げ、中身に損傷が無いかを確認するのですが、中身を見て安堵の息を吐いたのです。

 

「何だ、紅紀が集めた基金の名簿なのです。 大したものでなくて良かったのです。

 纏め終わった以上、こんなものはもう塵なのです」

 

 智羽は、ただの名前の羅列でしかない竹簡を、ただの記録として御盆の上に乗せるのです。

 諸侯に当てた大切な手紙とかでなくて、良かったのです。

 そう安心して、智羽は仕事に戻ろうとしたのです。

 

 

 

 

 

 

 

ぱんっ!

 

 

 

 

 

「へっ?」

 

 突然智羽を襲った痛みに。

 頬を襲った衝撃に。

 顔全体を襲う痺れに。

 智羽は、訳も分からず呆然としてしまうのです。

 

「智羽、君は今なんて言ったっ」

「………え?」

 

 そう、上から恐い声が降り注いできたのです。

 その事で、智羽が今頬を叩かれた事に気が付いたのです。

 智羽が見た事も無いほど真剣な目をした馬鹿主人が、智羽を上から見下ろしているのです。

 こ、…怖いのです。

 今のこの馬鹿主人は、とても怖いのです。

 身体全体から発する気魄が、智羽を押し潰そうとしているのです。

 

「もう一度問う。

 智羽、いや馬謖よ。 今、君はなんて言った。

 答えるんだっ!」

「た、たいしたもの・」

「はわわっ。 御主人様、どうかお許しをっ!」

 

 馬鹿主人の、目の前の男から発せられる畏怖に、智羽は圧されるように答えかけた所に、お師匠様が間に入られます。 智羽を庇うために懇願します。 袖を必死に掴み、責は師である自分にあると必死に訴えます。

 その姿に、目の前の男は一度目を瞑り、再び智羽に言葉を放ちます。

 

「馬謖、君を今より全ての仕事から解任する。

 次命あるまで、重臣達と口を聞く事を禁じ、街から出る事も許さん。

 自分が何を犯したか、良く考えるんだな」

 

 く、口を聞く事を禁ずる!?

 それはお師匠様と話す事も禁ずると言う事ですか?

 智羽が何をしたか分かりませんが、それだけは認められないのです。

 お師匠様と切り離される事など考えたくありませんっ。

 だから。

 

「お、恐れながら、た、例え天の御遣いで在らせられる主人でも、その様な権限は在りませぬ」

 

 そう、あくまで実権は桃香様にあるのです。

 桃香様なら智羽を罷免してでも、智羽をお師匠様から引き剥がす様な事はされないはず。

 だけど、そんな智羽の想いも、目の前の男に潰されてしまうのです。

 ……智羽が最も恐れる形で突き付けてくるのです。

 

「そうか、なら君の上役である朱里の命なら問題はあるまい」

「ご、ご主人しゃま、どうか再考を、再考をお願いしゅます」

「朱里、君が馬謖を可愛がる気持ちは分かる。 でも、これ以上の譲歩はできない 」

 

 お師匠様は、目の前の男にそう言われ、暗い顔で俯くのです。

 そして、悲しげな顔を智羽に向けるのです。 その瞳に涙を浮かべ智羽を見るのです。

 ……嘘ですよね?

 ……そんな事言いませんよね?

 ……智羽を捨てるなんて、……仰いませんよね?

 

「智羽ちゃん……いいえ。 馬謖、貴女を全ての職務から外します。

 次命あるまで、……私を含め、全ての重臣達と口を聞く事…うぅ、まかりなりません。

 城への出入りは構いませんが、……街から出る事を禁じ…ます」

 

 

 ………そうして、智羽は捨てられたのです。

 

 

 

 

 あれから、どうなったか、智羽はよく覚えていません。

 ただ、あの男に執務室から放り出された後、何処かを歩いたような気がしまが、気が付いたら街を囲う城壁の上に居たのです。

 視線の先には、お師匠様が居られるお城が見えます。 でも、もうあそこには戻れないのです。

 例え出入りを禁じられていなくても、お師匠様と口を聞けなければ意味など無いのです。

 

 智羽は捨てられたのです。

 お師匠様は、母様と同じ様に智羽を捨てたのです。

 別に智羽は孤児と言う訳ではありません。 ただ、あの人、母様は智羽を見る事は無かったのです。

 智羽の事を居ないものとして扱っていたのです。 幸い家の面子もあったため、それなりの教育を施されましたが、それだけでした。

 智羽がせめて良い子なら振り向いてくれるかと、いっぱい勉強して主席になっても、あの人は智羽を振り向く事はありませんでした。

 

『 ああ、自分は要らない子なんだ 』

 

 そう諦めが付いた時、お師匠様に出会ったのです。

 お師匠様は智羽の才能を褒め、その才を民の為に力を貸して欲しいと言ってくれたのです。

 民の為と言っていましたが、智羽を必要だと言ってくれたのです。

 そして誘われるままに家と塾を出て、蜀と言う新興国に来てからは幸せだったのです。

 お師匠様は、智羽などよりよっぽど頭が良く。 智羽など必要ないのではと思うほどでした。

 でも、忙しい中でも智羽をいっぱい可愛がってくれたのです。

 智羽が頑張れば、それを褒めてくれたのです。

 頭を、髪を、優しく撫でてくれたのです。

 まるで自分の子の様に、智羽を可愛がってくれたのです。

 むろん、嬉しい事ばかりではありませんでしたが、智羽はお師匠様が居てくれるだけで、十分幸せだったのです。

 

 でも、その幸せも奪われてしまったのです。

 お師匠様御自身の手で、智羽は捨てられたのです。

 智羽には、何も残っていないのです。

 智羽の中は、空っぽなのです。

 ……いっそ此処から飛び降りてみれば、最後にお師匠様が声を掛けてくれるかもしれません。

 そう考えていた時。

 

「何だ、こんな所に居たのか」

 

 掛けられた声の方を見ると、其処には翠様が居られました。

 精悍な顔立ちの中にも、その美貌は夕日に浮かび上がり、見る者に幻想的な光景に見せます。

 でも、どうでも良い事です。 口を聞く事を禁じられている以上。 意味の無い出来事です。

 今の私は、お師匠様どころか翠様も、そして紅紀にすら話しかける事を禁じられているからです。

 

「話は聞いているよ。

 でも自慢じゃないけど、あたしってば頭良くないから細かい事はよく分からないんだよね。

 だから、これはあたしが一方的に話しかけているだけだから、気にしないでくれ」

 

 本当、そんなこと全然自慢にならないのです。

 大体何ですか、その子供の言葉遊びみたいな理屈は? 呆れてものが言えないのです。

 ……もっとも今は言いたくても言えないのですけどね……。

 

「おまえの事で詠やねねが心配して、御主人様に喰って掛かってたぜ。

 自分が何をしてしまったのか何かなんて、まだ気が付く訳ないってね。

 まぁ見た所、今のお前はそれどころじゃないみたいだけどな」

 

 その通りなのです。

 智羽からお師匠様を抜いたら、何も残らないのです。

 だから、その様な事に興味はないのです。

 

 

 

 

「はぁ……、おまえ武将のあたしなんかと違って、頭は良い筈だろ?」

 

 何を当たり前な事を言っているのです。

 智羽は高級文官なのです。 こと智に関しては、武官と比べるまでも無いのです。

 

「御主人様や朱里はこう言ったんだろ? 次命あるまではって」

 

 ふん、そんな事は気が付いているのです。 でもそんなものは閑職への常套句なのです。

 智羽は高級文官だったので、外に漏れてはいけない情報を沢山持っているのです。

 だから、それを外部に漏らさないための処理なのです。

 智羽を街を出る事を禁じたのが、その証拠なのです。

 

「勘違いしているようだから言っておくけど、御主人様は飼い殺しなんて真似をする方じゃない。

 御主人様がああ言った以上、おまえ次第で禁は解かれると言う事だ。 あたしの槍に賭けても、それは断言できる」

 

 そんな信じられない事を言ってくるのです。

 でも翠様は色々問題もあるお方ですが、義侠心溢れる武将。そんなお方が武人の魂である己の槍に賭けてそう仰る以上、多分そうなのかもしれませぬ。

 ……でも、それが何だと言うのです。

 あの男の激高振りは、とても普段ヘラヘラ笑ってばかりいる様な男には見えなかったのです。

 あれは本気で智羽に怒っていたのです。

 誰かを怒る等と、そんな姿を想像すらできない様なあの男が、本気で怒ったのです。

 何があの男をあそこまで怒らせたのか智羽には分かりませんが、とても智羽を許すとは思えないのです。

 

「はぁ……おまえ、甘ったれているようだから、この際はっきり言っとく。

 あたしは、御主人様が下した判断は間違っちゃいないと思う。 むしろ甘いぐらいだ。

 おまえのやった事は、他の国ではさして問題にならない様な事だけど。

 この国で政に係わる者として、けっしてやっちゃいけない事なんだ。

 その辺り、少し頭冷やして考えるんだな」

 

 そう翠様は、智羽に叩きつけるように言ってくるのです。

 怒鳴るでも、詰め寄るでもなく。 ただその場に立ったまま、智羽に言ってきます。

 怒気でも、殺気でも、覇気でもなく。 ただ純粋な意思を智羽に叩きつけるのです。

 そしてこの場から向け立ち去ろうとした所で、まるで言い忘れたかのように話してきます。

 

「それとこれも伝えとく。 紅紀のやつ謹慎喰らったよ。

 御主人様の命に逆らって、おまえを探しに出ようとしたからな。

 それでも抜け出そうとしたから、今は見張りをつけて軟禁状態になっている。

 まったく、紅紀にも困ったもんだよ。 こればっかりは、自分で気が付かなければ意味が無いって、分かっている筈なのにな」

 

 そう言い残して、今度こそこの場から立ち去ります。

 何の興味もないと言わんばかりに、智羽を置いて立ち去って行くのです。

 翠様は紅紀の事を言っていましたが関係ありません。

 アレは父様と一緒に、母様と智羽を捨てた人間です。

 だから、学園で再会した時も智羽はアレを姉とは認め無いと決めたのです。

 それ故に、ただの知り合い。 それ以上でもそれ以下でもないのです。

 ……ただその事が、智羽は本当に捨てられたんだと、智羽の状況をより深く突き付けたのです。

 

ポタッ、ポタッ

 

 最悪です。 雨が降って来たのです。

 体に感じる雨の感触の割に、激しく振ってきたようなのです。

 智羽の視界が、雨の滴でかなりぼやけているのです。

 

「……この雨、しょっぱいのです。 ……天変地異なのです」

 

 

 

 

 雨は俄か雨だった様で、すぐに止んだのです。

 でも服が濡れて気持ち悪いのです。 かといって宿舎に戻る気にはなれないのです。

 そしてあの場にも留まる気にもなれなかったのです。

 翠様の言葉が、頭の中を何度も頭に蘇るようで居たくなかったのです。

 智羽は当てもなく歩くのです。 止まってしまえば、本当にそこで終わってしまう気がしてしまうのです。

 だけど、それで気が晴れる訳では無いのです。 智羽は、歩きながら考えを巡らすのです。

 そんな事をしても意味が無いと分かっていながら、無意識に考えてしまうのです。

 

「よう、お嬢ちゃん、そんな濡れた服でどうしたんだい? おじさんが暖めてあげるから・」

 

トスッ、トストストストストストスッ!

トスッ、トストストストストストスッ! ドォーーーンッ!

 

「なっ、何だ、いきなり矢の雨が降って通行人を襲ったぞ!」

「あっ、でもこれ鏃の所が粘土だ。 誰かの悪戯だろう」

「こいつどうする?」

「ほっとけよ。 チンピラだし、関わるだけ面倒だぜ」

「でも、最後のは何かヤバそうな音だった気がするけど……まぁいいかっ」

 

 何か周りが煩いです。 でも智羽には関係ないのです。

 お師匠様は、きっともう顔を合わせてもくれもしないのです。

 お師匠様は優しいから、智羽の顔を見たら話したくなるのです。

 でも、智羽はお師匠様と口を聞く事を禁じられているのです。

 だから智羽と顔を合わせても、悲しい思いをするだけなのです。

 智羽が悲しい思いをすると思って、顔を合わない選択をすると思うのです。

 

がっ

 

「痛ぇ! てめえ何処に目を付けてやがるっ!。

 おっ、まだガキだが上玉じゃねえか。 ちょっと付き合い・」

「可憐な花に誘われて、美しい蝶が今、舞い降りる!

 我が名は華蝶仮面! 混乱の都に美と愛をもたらす、正義の仮面なり!」

「げっ!」

 

 何かに当たった気がするですが、関係ないのです。

 それにしても騒がしいのです。落ち着いて考え事も出来ないのです。

 とにかく禁を破ってお師匠様の所に行くなど、最初から選択肢外なのです。

 そんな事をすれば、お師匠様にまで責が及んでしまうのです。

 辞職も同様です。 そんな事は許されやしません。 八方塞りなのです。

 

「おっ、こんな下町に良い服着たガキが一人でノコノコ降りて来て、襲ってくれと言ってるようなもんだぜ。

 チビ、デブ、身ぐるみを剥いで、ガキ自体も売っぱらうぞ」

「んーーー、わかった」

「へっへっ、悲鳴あげても無駄だぜ。 こんな下町の外れじゃ、誰も助けになんて来やしないからな」

「ここに、いるぞーーーーっ!」

「ちょっ、馬鹿っ! 目立って如何するんだよっ! もっと、こっそりとやるんだよっ」

「えーーーっ、そんなの姉様らしくないじゃん」

「いいからやれっての、御主人様の頼みなんだから仕方ないだろ」

 

 此処もなにやら騒がしいのです。

 ……やはり、あの男の怒りが解けるしか手は無いのです。

 でも何があの男を、あそこまで怒らせたのでしょうか?

 考えられるのは、智羽が踏んでしまったあの竹簡くらいなのですが……いくら考えても、あれはただの記録なのです。 それも別の書に纏め直し終えているので、不要になった物なのです。

 重大な書類や手紙と言うのなら、まだ話は分かるのですが、それでも普通あそこまで怒らないのです。

 

 

 

 

 ぴしゃっ

 

「おいっ! 人様に泥を跳ねておいて、黙って通り過ぎる気かっ!」

 

ドダドダドダ……。

 

「てめぇ、無視して行くつもりかっ!」

 

ドダドダドダッ!

 

「どこまでついてくる気だよー!!」

「ぐべっ」

「ついてくるなよ! 来るな来るな来るなー!」

 

ドダドダドダッ……。

 

「ふむ、あれが成都の都市伝説の『わんわんの大暴走』か…婆さんや珍しいものが見れたのぉ」

「ほんにのぉ。街中の犬が集まって暴走すると言う噂は本当だったとは、これまた珍しいものが見れたのぉ」

「おや、あそこで誰か轢かれたようじゃが」

「放って置きなされ、所詮犬じゃ。 せいぜい気絶しておる程度じゃよ」

 

 ……犬の暴走? 何処かで聞いた事あるような気がするのですが、どうでも良いのです。

 今の智羽には何の権限も無いのです。 何も出来やしないのです。

 それより今は考えるのです。 思い出すのです。 あの時の事を細かく思い出すのです。

 あまりにも多くの事が起きて、呆然として居たのですが、それでも記憶に残った事全てを思い出すのです。

 そして答えを導き出すのです。 あの男がなぜ怒ったのかを見つけ出すのです。

 ……あの竹簡が関係するのは、確かだと思うのです。

 でもあれは本当に不要になった物。 一定期間保管した後に焼却処分してしまうものです。

 

 『 智羽、君は今なんて言った 』

 

 だから、智羽はあの男の言葉の意味が分からないのです。

 でも、お師匠様があの男の『 願い 』を聞いた以上、それだけの理由があるのだと思うのです。

 …………それが、分からないのです。

 智羽はきっと何かを見落としているのです。

 

「あっ……」

 

ビシャッ

 

 ………躓いて転んでしまうなんて、最悪です。

 本当に、今日はなんて日なのです。

 

 

 

 

スッ

 

「あっ、やっぱり馬謖様ですね。 どうされたのです? そんな泥だらけになられて」

「………」

 

 あてもなく歩く智羽の前を立ち塞ぐをように年配の夫人が声を掛けてきたのです。

 向こうは智羽の事を知っているようですが、智羽は知らないのです。

 智羽はこれでも高官なのです。 それなりに顔は知られているので、こう言う事は在り得る事なのです。

 だから智羽は黙って、去ろうとしたのですが。

 

グイッ!

 

「お城にお勤めになるお偉い方が、その様な泥だらけの格好をするものでは無いですよ。 さぁ来た来た」

「んひゃっ!」

 

 女は、智羽の事等関係なしに智羽を引っ張って行くのです。

 その力強さに智羽は逆らえないのです。 ……逆らう気力も沸かないのです。

 そうして、連れて行かれたのは、

 

「いらっしゃいって、なんだ、おまえか。……って、何で馬謖様がっ」

「いいからお湯を持ってきて頂戴。 それとおまえさん、間違っても奥の部屋を覗くんじゃないよっ」

 

 何処かの薄汚い小さな料理店です。 智羽を連れ込んだ女は、智羽を店の奥の部屋に引きずり込むのです。

 そして智羽をほったらかしにして、何やらごそごそしていたと思ったら。

 

「あったあった。 大切にとっておいてよかったよ」

 

 そうして何やら抱えて持ってくるのです。

 

「ちょっとおまえさん。 お湯まだなのかいっ!」

「うるせいっ。 今持って行くところだよっ」

 

 そう言って、部屋の前に置かれた樽を受け取ると。

 いきなり智羽の服を脱がせ始めるのですっ。

 さすがに智羽も、その事に驚き抵抗しようとすると。

 

「何があったか知りませんが。

 大恩ある方のお身内を、あんな姿で放って置く訳にはいきません」

「……え?」

 

 智羽は、そのまま黙ってされるが儘にされるのです。

 お湯を含ませた布で体と髪を拭かれ、古ぼけた服に着替えさせられるのです。

 ……そう言えば、いつの間にか髪が解けていたのです。 きっと転んだ時にでも落してしまったのですね。

 

「よかった。 流石に大きいけど。 これでも私が嫁入りの時に着た、ウチで一番の服なんですよ」

 

 智羽は女の言葉に驚いたのです。 確かに言われて見てみれば、この者達の身なりからしたら、上等と言えるものです。 それに色褪せてはいますが、昔は鮮やかな色だった事が伺えるのです。

 どちらにしろ、智羽が着て良いような物では無いのです。 この女にとって大切なもののはずなのです。

 

「あっ、いいのいいの。 流石にこの年で、この体格じゃあ、もう着れないしね。

 あの方のお身内である馬謖様の役に立てるのなら、その服も本望だよ」

「おっ、懐かしい服じゃねえか」

「勝手に入ってくるんじゃないって言ったろっ!」

「着替え終わった後なんだから別にいいだろうがよ。

 それにしても、さすが馬謖様。 お前が来た時よりよっぽど綺麗に見えるぜ」

「当たり前の事言ってるんじゃないよ。 だけどおまえさん、その言葉後で覚えておきなよ」

「げっ、藪蛇だ……」

 

 此処も騒がしいのです。 ……でも悪くない騒がしさなのです。 何処か心が安らぐのです。

 店主は、どうやら店が混み始めたから女を呼びに来たようなのです。

 智羽は、此処から立ち去るべきだと思ったのですが、女の大切な服の事が気になって出る事を躊躇ったのです。

 その様な大切な思い出の服を、幾らなんでも着て出て行く訳には行かないのです。

 女はその事を、勘違いしたのか、

 

「あんなビショ濡れでお歩きになられていたんです。 少し休んでいってくださいな」

 

 そう言って、店内の奥の場所を案内してくれるのです。

 

 

 

 

 智羽は店の隅の座席に座って、ぼぉーとするのです。

 温かな湯で体を拭かれたせいと、出された白湯のせいか、上手く考えが纏まらないのです。

 智羽の何が悪かったのか、いくら考えても分からないのです。

 

コトッ

 

「ほれ、これでも食べてみてくれ」

 

 いきなり目の前に置かれた料理と店主の言葉に驚くと、目の保養のお礼だと言いうのです。 そしてその後、女に店の奥に引き摺られて行き、なにやら物騒な音がしたのです。

 そうして奥から女が出て来ると。

 

「ああ、ただの冗談だったみたいだから安心おくれ。 性質の悪い冗談を言った馬鹿は、しっかりお仕置きしておいたし、それはお詫びって事で気にせずに食べてちょうだい」

 

きゅるぅるぅ

 

「うにゅぅ……」

 

 うーー、恥ずかしいです。 匂いにつられて、お腹が鳴いてしまいました。

 こんな時だと言うのに、情けないのです。

 とにかくこんな状態で断っても、意味が無いのです。

 逆に心配をかけてしまうだけなのです。 そう思い、せっかくなので有難く戴く事にしたのです。

 そうして口に運んだ料理はとても美味しく。 店の小汚さとは裏腹な見事な料理の味に、智羽は思い出すのです。 此処はお師匠様に誘われて、一度だけ来たお店なのです。

 確かこの料理も麻婆丼とか言う奴なのです。

 お師匠様が誘って下されたにしては粗野な料理だとは思ったのですが、見た目の割にとても美味しかったので覚えていたのです。

 そんな考えが顔に出てしまっていたのでしょうか。

 

「おっ、思い出してくれたようだね」

「其方こそ、よく私の事を覚えていたのですね」

「そりゃあ客商売だからね。 一度来た客はなるべく覚えるようにしているよ。

 特に、大恩ある方の身内となれば忘れようがないさ。 と言いたいけど、馬謖様達のような高位なお方の客なんて、数える程しかいないから、どうしたって覚えちまうさ」

「あの、先程から気になっていたのですが、その大恩と言うのは?」

「ああ、その事かい」

 

 そうして女が話してくれたのは、あの男の事でした。

 この夫婦の子供が薬さえ手に入れば助かる様な病気にかかってしまい。 下町の小さな飲食店でしかない店に高価な薬の金が手に入る当てなど無く、ただ子供が衰弱して行く姿を見て行くしかなかった時。 例によってあの男がフラフラとこんな所まで遊びに来た折に、その事を知って力を貸したと言うのです。

 でも、ただ金を出す様な事をすれば、噂が広まり、同じように縋る者が出て来てしまうし、利用しようとする者が出て来てしまうのです。 だからあの男は一切お金は出さなかったのです。

 ただ料理を喰って、普通に代金を払っただけと言うのです。

 麻婆定食を、麻婆丼にして見せて食べて行っただけだと言うのです。

 これでは、何故それが大恩に繋がるか分からないと思ったのです。

 その事を女に言ってみたら、女は言うのです。

 

「そしたら、次の日から、城の関係者が連日食べに来てくれたのさ」

 

 そう言えば『 天の国の食べ物を喰わす店がある 』そう言う噂が城で流れた事があったのです。 お師匠様とこの店に来た時もその時だったのです。

 結局、そのおかげで連日連夜、目も回る忙しさだったらしいのです。 それも当然の事なのです。 城の関係者と言えば兵士達も入れれば物凄い人数になるのです。 むろん、その全てが食べに来た訳でもないでしょうが、かなりの人数が来たことは容易に想像がつくのです。

 そして、そのおかげで薬代も貯まり、子供は一命を取り留めたとの事です。

 今はお店の方も落ち着きを取り戻したものの、それでも味と価格の安さを気にいった者が、固定客として付いたと言うのです。

 

「成程なのです。 だから大恩なのですか」

「そうさ。 安易な同情等見せず。 自分達の力で乗り越えれるよう手助けしてくださったのさ。

 まっ、あの方に助けられたのはウチ等夫婦だけじゃないけどね」

 

 そう言って自分の仕事に戻ろうとする女に智羽は問いかけて見せたのです。 何も聞かないのかって。

 そしたら笑われたのです。 城の事等自分達に分かる訳ないと、自分達は自分達が出来る事を一生懸命やるだけだと。

 

 

 

 

 そうして、再び考えを巡らせていると。

 出入りの激しいお店に、一際大きな声を出して男が駆け込んできたのです。

 

「良かった。 まだ居てくれた」

「なんだい。あんたさっき慌てて喰っって出て行ったばかりじゃないか」

 

 そうして男智羽の顔を見るなりそう言うと、女に何かを渡すのです。

 女は受け取った何かを見ると、智羽の髪を梳き始めるのです。

 羨ましい髪だねぇと言いながら優しく、丁寧に智羽の髪を梳くのです。

 そして、

 

「あの、これは?」

「ああ、黙って受け取ってやって下さいな。

 貴方様が髪留めを失くされたと聞いて、あの男なりのあの方への恩返しなのですよ」

 

 女は髪を梳かした後、木に意匠を凝らした細工を施し、黒漆で仕上げた髪留めを智羽の頭に付けるのです。 何時もと同じ様に、髪を高い位置で止めるのです。

 女の話では、男は細工師なのですが、当時は売れずに路頭に迷っていた所、あの男の図案を幾つか教わったのを元に売れ出す様になったようなのです。 今はその時の意匠を自分なりに発展させ、更に売れるようになって来たと言ったのです。 あの男のに教わった図案も、今思えばあの時の意匠は奇抜なだけで、洗練さは無かったと言っていましたが、それでも恩は恩なのだそうです。

 

 その男を皮切りに、店はあの男の話で盛り上がりはじめたのです。

 臣下の使いっ走りに駆け回る姿を。

 街の中で大喧嘩を始めた臣下二人に、おっかなびっくりしながら必死に宥める姿を。

 子供達と一緒に駆け回っている姿を。

 お店中の食べ物を食べつくす勢いの臣下の食事代を、泣く泣く御小遣いから支払っている姿を。

 犬の暴走を説得して見せる姿を。

 面白おかしく、肴にして盛り上がり始めたのです。

 中には智羽の姿に気が付いた何人かが声を掛けて来たり、売れ残りだと言って大きな桃を置いて行ったりしたのです。

 

くちゅっ

 

 口にいっぱい広がる甘い桃の果汁。

 確かに売れ残りなのです。 熟れ過ぎて売り物にならないのです。

 ……でも、食べるのには一番美味しい時なのです。

 そうして、話題も盛り上がるなか、話は街の警備強化のためと言って、基金を募った話しになったのです。

 正直、聞きたくない話なのです。 でも、逃げ出す訳には行かないのです。 智羽は桃を齧りながら、その話に耳を傾けるのですが、その内容はただの自慢話だったのです。

 自分は幾ら基金を約束したとかなのです。 それも売り上げの半日分とか、品物一個分の純利益とか、豪商一軒から得られる金額からしたら無いに等しい微々たるものなのです。

 そんなものを、自慢げに話しているのです。

 基金の名簿と金額の書かれた額縁が掛けられれば、その金額の小ささに愕然とすると言うのに……。

 だから智羽は教えてあげるのです。 このままでは恥をかくだけだから、自慢げに話すのはよくないと。

 だけど男達や店の店主や女は、こう言うのです。

 

「あははっ、あんな大商家相手と比べられたってねー」

「最初から比べる気も無いしな」

「そうそう。

 だいだいお上からしたら、あれっぽっちの金なんて塵みたいなものだって、俺らだって分かってるよな」

 

 えっ……、塵?

 

「それにさ、どうせ治安が良くなるったって、大商家周辺がまず良くなるに決まってるしな」

「こっちはおこぼれよ、おこぼれ」

「それでも良くなる事に違いないしな」

「そうそう。 あーでも、あの変わったあの方達だし。また変わった事やるかもしれないな。

 どっちかって言うとそっちの方が楽しみだったりして」

「違げえねぇ。 ははっ」

「まぁ、俺達は俺達の出来る事をやるだけさ」

 

 そう言って、智羽の言う事等笑い飛ばすのです。

 それどころか別の意味で盛り上がりを見せるのです。

 

「そうだ、あれって基金全員の名前と金額が隊舎の壁に載せられるんだろ。

 俺等ら下町連中の雑草魂が、大商家様達にどれだけ届くか賭けねえか?」

「いいねぇ。 俺、百分の一だ」

「ばーか、そんなにある訳ないだろ。 五百分の一ぐらいだろ」

「何言ってんのよ。 万分の一ぐらいあるに決まってるでしょ。 馬鹿な賭けなんてしていないの。

 大体、そんな計算誰がやるって言うのさ」

「あーー………そうだな……」

 

 賭けの対象にしたものの、結果を出す事が出来ない事に気が付き、一気に意気消沈するのです。

 でも、すぐに苦笑を浮かべながら、次の笑みを浮かべるのです。

 

「でもまぁ、ちょっとは嬉しい事考えてくれるよな。

 俺等みたいな店と呼べねえような店の名前が、大商人と一緒に並べられるんだぜ」

「そうだな。 どうせ小っこくだろうけど、並んでいる事には違いないよな」

「俺等の精一杯を、あの国主様達は、ああやって見て下さっている。 本当にありがたい事だよ。

 前の国主様に比べたら雲泥の差だよ」

「というか、あんなお上って聞いた事ねえよな」

 

 そうして、再びあの男を初めとした桃香様達の珍話を始めるのです。

 

 

 

 

 でも智羽は、もうそんな噂話どころではなくなったのです。

 分かったのです。

 何でこんな事になってしまったのか。

 笑顔か苦笑いし知らない様なあの男が…主人が何故怒ったのか。

 自分が何をしでかしてしまったのか。

 自分が何を言ってしまったのか。

 

 

 智羽は、この人達の想いを踏みにじったのです。

 塵だと言ったのですっ。

 

 

 主人への恩返しとは言え、智羽に優しくしてくれた人達を。

 一生懸命に生き、それでもこの街の事を思っている人達の想いを。

 その結晶たるあの竹簡を、智羽は塵だと言ったのです。

 

『 紅紀が集めているのは決してお金では無い。

  もっと大切なものだと言う事を覚えておく事だな 』

 

 星様が、教えてくれたと言うのに智羽は考えもしなかったのです。

 こんなに、国を思ってくれている人達の想いを。

 取るに足らない金額しか取れない人達と、見向きもしてこなかったのです。

 無理にお金を取る必要もないと、紅紀のしていた事を侮蔑していたのです。

 この国の礎である想いを、智羽は少しも分かろうとしていなかったのです。

 これでは、お師匠様に捨てられて当然なのです。

 主人が、激怒するのも無理ないのです。

 

 智羽は、智羽はどうすれば良いのです……。

 翠様の言うとおり、智羽がした事は許される事では無いのです。

 この国で、政に係わる者として言ってはならない事を、智羽は言ったのです。

 しかも桃香様達の前で、客人の前で、智羽は言ってしまったのです。

 とても許される事では無いのです。

 

「うぐっ…」

 

 智羽のしでかした罪の深さに、智羽は絶望するのです。

 想いを踏みじられる辛さ。 智羽はそれを知っていたのに、してしまったのです。

 たくさんの想いを、希望を、智羽は、智羽は……。

 嫌なのですっ!

 こんな辛いの嫌なのですっ。

 お師匠様に会いたいのです。

 でも、会う訳には行かないのです。

 

「うわぁぁーーーー…………っ」

 

 智羽は泣いてしまうのです。

 もう、本当にお師匠様に会う訳には行かないと分かってしまった事に。

 自分がしでかしてしまった事の罪の大きさに。

 多くの人の願いを踏み躙ってしまった事に。

 たくさんの悲しみに心を潰され。

 智羽は声を出して泣いてしまいます。

 

「うぐっ…うぁっ、あぁぁーーー…」

 

 悲しみと後悔の海で、智羽の視界は何も見えなくなるのです。

 でも、そんな事に気に掛ける暇も無く、洪水のように湧き出してくる悲しみに、智羽は泣き叫んでしまうのです。

 突然泣き出した智羽に、店に居た人達は智羽を心配してきます。

 でも、それがよけい智羽を苦しくさせるのです。 悲しくさせるのです。

 そんな優しさを、智羽は穢したのです。

 智羽を今温めている服も。

 智羽のお腹を膨らませてくれた食べ物も。

 智羽の髪を留めている髪留めも、皆の優しさの証なのです。

 智羽にはそんな資格が無いと言うのに、それでもその事が嬉しくて。

 その嬉しさが、余計に辛くて、智羽のは申し訳なさに、益々悲しくなってしまうのです。

 

 智羽は悪い子なのです。

 皆に謝りたいのです。

 そして、お師匠様に会いたいのです。

 智羽が悪かったのだと、せめて一言だけでよいので謝りたいのです。

 でも、………もう、それすらも許されないのです。

 

「うわぁぁぁぁぁ-------っ………」

 

 

 

 

 ゆっくりと揺れる中、智羽は温かさを感じているのです。

 顔を、お腹を、不思議な温かさが智羽を温めているのです。

 少し汗臭いですが、不思議と安心させられる匂いが、智羽の鼻を擽るのです。

 とても心地良いのです。

 

「たく、そんなに心配するんなら、最初からしなければ良いだろ」

「そう言う訳には行かなかったんだから、仕方ないだろ」

 

 そんな声がすぐ近くで聞こえてくるのです。

 その声に、智羽はこの心地良さの正体を知りたくて目を開けるのです。

 

「っ!」

 

 な、な、なっ、……何で主人が智羽を背負っているのですっ!

 驚き固まっている智羽は、主人の隣を歩く翠様と視線が合ってしまうのです。

 だけど、翠様は智羽に微笑んだ後。

 

「しっかし、よく寝ているな」

「そっか、……泣き付かれて寝てしまったと言ってたからな。 当分目を覚まさないかもな」

「この様子だと、朝まで目を覚まさないかもな」

 

 ……そんな事を言ってくる翠様の思惑に戸惑っていると。

 

「でも、御主人様のとっさの判断は正解だと思うぜ。

 あの場には侍女達だけでなく長老も居たんだろ?」

 御主人様が智羽を罰せなければ、桃香様は智羽を斬って見せなければならなかったからな。

 最悪、師である朱里にまで責が及んだかもしれなかったんだ」

「そんな冷静なものじゃないよ。

 この娘を守らないいけないと必死なだけだったよ。

 でも最低だよな俺って。 女の娘の顔を叩くだなんてさぁ……」

 

 そうなのです。 翠様の言われた事は当然なのです。

 徳を売りとする桃香様とこの街の長老の前で、あのような事を言ってしまったのです。

 本来は斬られてもおかしくない事なのです。 それを主人は『天の御遣い』の立場を利用して智羽を助けたのです。 誰よりも早く怒って見せる事で、罰っしてみせる事とで、智羽を助けたのです。

 ……違うのです。 それも確かにそうなのですが、主人は『見せた』訳では無いのです。本当に智羽を怒っていたのです。 智羽自身を怒っていたのです。

 そして今思えば、あの時の主人はとても辛そうだったのです。 怖かったけど、それ以上に辛そうだったのです。 その苦悶の表情を、智羽は恐いと勘違いしてしまったのです。

 

「それくらいなんだよ。 あたしなんて、母様に何度拳でぶん殴られたと思ってるんだよ。

 御主人様はもっと自信を持って良いと思うぜ。 失敗したら、あたしらが幾らでも挽回してやるっての。

 今日みたいにな」

「う゛っ……すまん」

「謝んなくても良いって。 あたし等はそんな御主人様が好きでやってるんだからさ。

 それより、こうしておぶっているって事は、智羽の禁は解いてくれるつもりなんだろ?」

 

 え? 

 

「店の人の話じゃ、ひたすら皆に謝りながら泣いていたって言うから、きっと気づいたって事だと思う。

 だから禁は解くつもりだよ。 でも周囲の手前、何か変わりを罰を考えないとな」

「まぁその辺りは朱里と雛里に任せるしかないだろな。 きっとあの二人なら、上手い手を考えてくれるさ」

「……そうだな」

 

 う…そっ……、 智羽が赦されるのですか?

 あんな事しでかしてしまったと言うのに……。

 

「それと、さっき愛紗から伝言があったぜ。 今日中に処理しなければいけない政務は、桃香様や皆で手分けしてやるってさ。 今回ばかりは、御主人様の言い訳を聞くつもりはありません、ってね。 御主人様、先手打たれたな」

「はぁ……俺ってみんなに迷惑かけてばかりだなぁ」

「言ったろ、みんな好きでやってるんだって。 紅紀や智羽の件にしたって、みんな成長を楽しみにして見守って来てたんだ。 この二人は、わたし等にとっても可愛い妹分だよ。 御主人様もそうだろ?」

「ああ。 ……大切な家族だよ」

 

 

 

 

 ……ぁ。

 智羽は馬鹿です。

 どうしようもない子供なのです。

 こんなにも……、こんなにも智羽を見てくれている人達が居ると言うのに……。

 智羽はそんな事に、少しも気が付かなかったのです。

 

『 ああ。 ……大切な家族だよ 』

 

 主人の言葉が、主人の背中の温かさと共に、心の深くに染み込んで行きます。

 温かく、優しく、そして広がって行くのです。

 

「…ひっく……ひっ…」

「え?」

 

 駄目です。

 翠様の言いつけどおり、黙っていられないのです。

 声が勝手に出てしまうのです。

 必至に声を抑えようとしているのに、声が零れ落ちてしまうのです。

 主人の服をギュッと掴みながら、智羽は声を殺して泣いてしまうのです。

 

 あれだけ泣いた後だと言うのに、今度は嬉しくて。

 自分が情けないはずなのに、ただ嬉しくて泣いてしまうのです。

 みんなが智羽を見てくれている事が。

 智羽が皆に思われている事が。

 求めている形ではなかったけど、智羽を愛してくれていた事が。

 智羽が本当に求めていたものが、こんなにも近くにあった事が。

 ただ、ただ嬉しくて。 智羽は嗚咽を漏らし続けるのです。

 

 

 

 

 

 智羽の家族は、此処に在ったのです。

 

 

 

諸葛亮(朱里)視点:

 

 

「御主人様、翠さん、お帰りなさい」

 

 城の入口で迎える私に、翠さんは口に指を当て、静かにするように促します。

 その事に何かあったのかと御主人様達をよく見ると、智羽ちゃんは御主人様の背中で眠ったまま背負われてています。

 智羽ちゃんは、真っ赤に腫れ上がった目元が、何があったのかを語っていますが。 泣き腫らした目とは対象に、とても穏やかな顔で眠っています。 まるで泣き疲れて、父親の背中で眠る幼子の様に、とても安らかな寝顔です。

 

「さっき泣き疲れて、また眠っちゃったよ」

 

 御主人様の言葉と表情で、何があったのか大体想像つきました。

 智羽ちゃんが大切なものに気が付いた事に。

 一つ、大きな成長をした事に。

 そして、御主人様に許された事に。

 その事に目頭が熱くなりますが、今は感動している場合ではありません。

 私はとにかく御主人様に少しでも早く楽になってもらわねばと、翠さんにお礼を言って分かれ。

 智羽ちゃんを寝かすために、御主人様を私の部屋に案内します。

 その途中、私は御主人様に今回の事を、もう一度謝ります。 だけど御主人様は。

 

「朱里は、この娘達のためによくやっているよ。

 それに、この娘達の境遇を考えたら、仕方ない事だとも思うしね」

 

 そう言ってくれます。

 紅紀ちゃんと智羽ちゃん、二人は智羽ちゃんが物心ついた頃に両親が離婚し、別々に引き取られました。

 これだけなら良くある話です。 でもその離婚の原因が、二人の姉達が事故で一度に失くした事で、二人の母親は心を病んでしまったからなのです。 子供の死を信じたくないあまりに、自分には子供など居ないと思い込んでしまったのです。

 そんな状態で残された智羽ちゃんにとって、父親と姉である紅紀ちゃんは、自分達を捨てた人間と映っていたようです。 そして智羽ちゃんは……家族を求めながらも、家族を知る事なく育ちました。

 紅紀ちゃんも小さかったとは言え、それなりに事情を知っていたために、その負い目から智羽ちゃんに思い切って踏み込む事が出来なかったようです。

 姉妹でありながら、ただの知り合いの様に振る舞う二人。

 私はそんな二人を、私塾を経営していた知り合いから相談にされ、私は二人を引き取る事にしました。

 二人は相変わらず他人の振りをしながらも、将来がとても楽しみな程の成長ぶりを見せました。 でもそれと同時に心配事もありました。

 

「そう言えば長老さんの方は、あれからどうなった?」

 

 御主人様の背中で眠る智羽ちゃんに、彼女が来た時の事を思い出していると、御主人様がそう尋ねてきます。 だから私は御主人様が安心できるように、ありのままを報告します。

 

「密偵の報告では、今の所問題ないようです。

 むしろ嬉しそうに酒を飲みながら、御主人様の事を家族や周りに自慢げに話しているそうです」

「…そっか。 考えたくはないけど、一応もう少し張り付かせておいてくれるかな」

「はい。 でも、あの時の御主人様の剣幕振りの方を驚かれていたので、大丈夫だと思います」

 

 そう、あの時の御主人様は、本当に怖かった。 苦しと悲しみを必死に我慢しいた姿が、余計に御主人様を怖く感じさせ。 その姿に私は冷静さを失い、本気で取り乱してしまった。

 でも御主人様が本気だと言う事だけはよく分かりました。 あの時あれ以上食い下がれば、もっと酷くなると言う事が分かってしまいました。

 ……だから私は智羽ちゃんに、これ以上酷い罰が下らないように、涙を呑んで禁を言い渡したのです。

 冷静に考えれば、あれが一番最良な手だと分かる事を、私はあの時気付かないほど、深く取り乱してしまった。 ………まるで、実の子供を突き放せと言われた母親の様に……。

 

「そう言えば、二人をどうしたらいいかな? 流石にいきなり無罪放免と言う訳には行かないだろうし」

「そうですね……。二人にはしばらく正規の仕事から離れてもらって、御主人様や桃香様の雑用をして貰いましょう」

「……それって、罰にならないんじゃ?」

「なりますよ。 高級文官が仕事を取り上げられて雑務をさせられるんです。 少なくても端から見たら屈辱的な事ですよ。 しかも御給金もそれに応じた分しか払いませんから、減給処分も含まれます。

 それに、二人共一番大切な事に気が付いたんです。 この際御主人様達に付いてもらって、いろいろ勉強してもらうたいですし、一石二鳥です」

 

 私の言葉に、苦笑を上げながらも、御主人様は微笑まれます。

 私や智羽ちゃんのために、辛い思いをしたと言うのに、私達に微笑んでくれます。

 この人は本当に、何処までも優しい方です。 私達を黙って受け止めてくれています。

 そうしてやっと辿り着いた私の部屋で、御主人様は智羽ちゃんを寝台に寝かすために降ろそうとするのですが。

 

「あれ、離れない?」

 

 御主人様の言葉に私も確認すると。 智羽ちゃんは御主人様の服をしっかり握ってしまっています。

 昼間禁を言い渡された後、余程不安だったのでしょう。 ちょっとやそっとでは離れそうもありません。

 かと言って、今日一日色々あった智羽ちゃんを起こすのはしのびないと思い。

 

「御主人様さえよければ、このまま寝かせてあげて下さい」

「……えっと、此処で寝ろと?」

「ええ、………やはり駄目でしょうか?」

「……いや、そう言う訳じゃないんだけど。

 ……その、何と言うか、朱里の匂いがいっぱいで、我慢できなくなりそうと言うか」

「ぷっ」

 

 私は、御主人様の言葉に、思わず吹き出してしまいます。

 まったくこの人は、時々こういう、とんでもない事を言いだします。

 この間、智羽ちゃんが夜這いを仕掛けた時は、馬鹿な真似をしないように、そのまま押さえつけて眠ったと言っていたのに、私だと我慢できないなんて言ってきます。

 私としては嬉しい事ですが、こう言う時は自重してほしいものです。 ぷんぷんっ。

 そんな私の考えが御主人様に伝わったのか、御主人様は「いえ、何でも無いです」と言って、智羽ちゃん共々寝台に横になります。

 その後を追う様に、私もそのまま寝台に入り込みます。 御主人様と私で智羽ちゃんを挟み込むように、三人で川の字を描くように横になります。

 そして御主人様に呟きます。

 私の今の想いを。

 そして、この娘への想いを。

 

 

 

「ふふっ。 紅紀ちゃんには悪いですけど。

 こうしていると私達、親子三人みたいですね」

「おいおい、俺はこんな大きな娘を持つ歳じゃないぞ」

 

 それは私も一緒です。 でも、璃々ちゃんと紅比べるのは可愛そうですけど、そう的外れな事を言ったつもりはないですよ。

 

「そうですね。 ……でも今回の事で、智羽ちゃんの止まっていた心が動き出すと思います。

 まだ時間は掛かるでしょうが、紅紀ちゃんとの溝も、その内埋まるでしょう」

「……そうだな。 そうなる様に見守って行こう。

 今度も、二人が自分の足で歩み寄れるよう。 俺達みんなで導いて行こう」

 

 本当。 この人に会えてよかった。

 この人を好きになって良かった。

 不器用で、女心には鈍感で、時々怒れてきてしまうけど。

 何処までも優しくて、一生懸命で。

 そして私達の全てを受け止めてくれる人。

 ……私の大切な御主人様。

 

「はい。 私達みんなが、この娘達の親になれるよう頑張って見守って行きましょう」

 

 

 

馬謖(智羽)視点:

 

 

 あれから半月以上の月日が経ったのです。

 智羽と紅紀は禁を解かれたものの、高級文官としての仕事に付く事は許されず。 桃香様や主人の下で雑用をする毎日を送っているのです。 もっとも雑用と言っても、月様達が居るので生活のための雑用では無く、政務のための雑用を行っているのです。

 でもそれは、御二人が書き記されたものを、竹簡や書の形にしたり、物を運んだりするなどの雑用だけではなく。 御二人のために案件を分かり易く纏めたり。 逆に御二人の意見を論理立てて組み直し、きちんとした政策に直す、言わば直属の女官のようなものです。

 そして、夜遅くまで働く事のある御二方のために、智羽達も城に住む事を許されたのです。

 より、多くを学べるようにと……。

 

 お師匠様は、智羽達がこの国の高官として足りなかったものを、この機会に身に付けさせようとしているのだと思うのです。

 この国は王が作る国では無いのです。 民が王と共に国を作るのです。

 民の想いが、桃香様と言う器を通して国を形作るのです。

 だから、知らないといけないのです。

 王である桃香様の御心を。

 『天の御遣い』である主人の御心を。

 そして、民の想いを。

 

 

 

 

『うわぁーん。 朱里ちゃん聞いてよ~。

 智羽ちゃんたら酷いんだよ。 せっかく昨晩こそはと思っていたのに……』

 

 政務に必要な竹簡や書籍の山を持って、紅紀と共に廊下を歩んでいると。

 今、まさに入ろうとしていた執務室から、桃香様のそんな悲哀の声が響いてくるのです。

 そしてその声と内容に、前を歩いた紅紀は智羽に振り返り、呆れたような目を向けてくるのです。

 

「智羽。 貴女またやったんですか?」

「何の事なのです」

 

 紅紀の溜息交じりの詰問を智羽は惚けて見せるのです。

 もちろん、そんな事で誤魔化せるとは思っていないのです。

 

「主がお優しい事を良い事に、また布団に潜り込んだのかと聞いているんです」

「またとは酷い言い掛かりなのです。 まだ三回なのです。 それに何かあった訳では無いのですよ」

「あ、あっ、当たり前ですっ! 何を考えているのですか貴女はっ!?」

 

 紅紀は智羽の言葉に、顔を赤くして怒鳴ってくるのです。

 でも顔を赤くしているのは、怒っているからでは無い事は智羽には分かっているのです。

 指摘すれば、紅紀はムキになって否定するに決まっているのです。

 図星を刺された怒りと羞恥心で、顔を真っ赤にさせて怒って来るに決まっているのです

 だから、その事には触れずに智羽は答えてあげるのです。

 

「それに今回は理由が三つあるのです。

 一つはお師匠様に、御迷惑をおかけしたせめてもの恩返しなのです」

「……恩返し? これがですか?」

 

 紅紀は私の言葉に眉を潜めるますが、ちょうどその時、再び部屋の中から声が聞こえてくるのです。

 桃香様の悲哀のに満ちた声が聞こえてくるのです。

 

『これで四回だよ。 私だけ四回連続で御主人様との夜が潰れたんだよ。

 一度目は、風邪を引いた私が悪いけど。 二度目は何故か長老さん達が飲みに誘ってくるし。

 三回目の智羽ちゃん一件は仕方ないと思っているよ。 でも、今回もだなんてあんまりだよぉー。

 ねぇ朱里ちゃん、そう思わない?』

『…えーと、桃香様。

 何でそんな智羽ちゃんが寝る様な時間まで、御主人様の部屋に行かなかったのですか?』

『……ちょっと、政務で遅くなっただけだよ。

 決して居眠りして、お仕事が遅くなったからじゃないからね』

『………一応あの娘には言っておきますが、あの娘は御主人様を父親の様に甘えているだけですから、もう少しだけ大目に見てあげて貰えないでしょうか』

『うん、それは分かっているよ。 だから仕方ないと思って引き揚げたけど。 それで納得できた訳じゃないもん。 あっ、そうだ今度は確か朱里ちゃんの番だよね。 変わってくれないかな? おねがいっ』

『申し訳ありません、こればかりは例え桃香様でも……』

 

 

 

 

 これで次のお師匠様の時には、主人は昨夜の注げなかった分を、お師匠様に注いでくれるはずなのです。

 あの手この手で、桃香様にギリギリ処理できそうな難しい案件ばかりを集中させた甲斐があったのです。

 紅紀も智羽がしたかった事に気が付いたらしく、溜息を吐きながら先程以上に呆れた目を向けてくるのです

 

「……で、一つは、貴女自身が甘えたと言う訳?」

「その通りなのです」

「…………貴女ねぇ……もういい加減いい歳なんだから、おかしいと思わないの?」

 

 紅紀はそう言ってくるのですが、智羽は思わないのです。

 だって智羽は紅紀と違って、父親の温かさなんて知らないのです。 なら、今それが出来るのなら、もう少しだけ味わいたいのです。

 流石に、もう誰かの閨を邪魔する気は無いのですが、止める気はないのです。

 でも、紅紀に甘ったれていると思われるのは、少し癪なのです。

 だから智羽は言ってあげるのです。 流し目で紅紀の秘めた想いに触れてやるのです。

 

「もしかして、羨ましいのですか? なんなら、今度は誘ってあげても良いのですよ」

 

 そしてそんな智羽の挑発の言葉に、紅紀は先程以上に顔を真っ赤にするのです。

 

「な、な、な、な、な、なっ……何を馬鹿な事言っているんですか貴女はっ!

 そ、そ、そんな真似……で、出来る訳がないでしょうっ!」

 

 そう本気で睨んでくるのですが、智羽には恐くないのです。

 紅紀が一瞬何を想像したのか、そして主人をどう想っているのか、今の智羽にはお見通しなのです。

 智羽は紅紀と違って、主人の義娘のような立ち位置に満足しているのです。

 主人に今の様に甘えれるのは、そのおかげなのですから、文句など無いのです。

 せっかく誘ったのですから、紅紀もこの際甘えて見せれば良いのに、本当に勿体ない話なのです。

 

 でも紅紀は紅紀で、きっと今のままで居ないと思うのです。

 だって、姉妹だから分かるのです。

 同じ想いを持っていると言う事が。

 だからこそ智羽は智羽で負けないように頑張るのです。

 そしてそのための三つ目なのです。

 智羽は何時までも子供では無いのですよ。 そして、今の立ち位置に満足する気もなのです。

 主人が何時まで智羽の成長を我慢できるか見ものなのです。

 

 そしてその時まで、智羽は頑張るのです。

 智羽を見守ってくれる人達のために。

 智羽を救ってくれた民達のために。

 そして大切な家族のために、智羽は出来る事を一生懸命やるのです。

 あの人達と同じ様に自分の出来る事を見つけて行くのです。

 それが智羽の出来る、せめてもの恩返しなのです。

 

 

 

 この国が、智羽の守るべき家族なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき みたいなもの

 

 

 (;゚Д゚)

 (゚Д゚;)

 (;つД⊂)ゴシゴシ

 (゚Д゚)あれ?

 

 何で種馬話に?(汗

 私、良いお話を書いたつもりなんですけど……何故に?

 これが種馬力なのですか?

 そうなのですか?

 作者でも、一刀の種馬力の前には逆らえないのですかっ?

 

 

 と、とりあえず心の叫びをあげた所で、如何でしたでしょうか?

 え? こんな短編書いていないで、本編を進めろと?(汗

 もちろん進めさせてもらいますが、一言お詫びを申し上げます。

 作者の都合により、11月末に大切な資格試験があるので、そちらに力を注ぎたいと思いますので、更新に間が開く事になると思います。

 どうか、御理解の程をよろしくお願いいたします。


 
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