①
今年の夏は、うだるような暑さ、という程でもなく、かと言って
朝晩の冷え込みに悩まされる、なんてこともない、世間一般で言う過ごし易い夏だったと思う。
僕のこの認識が間違いでないことは、今日、およそ一月ぶりに顔を合わせた山田の
「今年の夏はこう、なんか、どっちつかずで煮え切らなかったな。お前みたいだ」
という発言からも窺い知る事が出来る。
朝の8時を回ったばかりの朝の教室は、まだ人も疎らで、独特ののんびりとした
気怠い空気を作り上げている。
元気なのは隣の席の山田ばかりで、眠たそうに目を擦っているクラスメイトを
片っ端から捕まえては、自身の夏の武勇伝を聞かせている。
そんな山田を視界の隅で眺めながら、僕は窓から校庭を見下ろす。
ちょうど登校時間もピークのようで、目に映る生徒が段々と増えていく。
5分もすれば、この教室の席も埋まっていくだろう。
パズルのピースを一つ一つはめていくように。
なんでもない朝の教室という一枚絵を完成させるべく。
およそ一月前の修了式の日と全く同じ景色が出来上がる、はずだった。
登校時間の終了を告げるチャイムが鳴り響く。
HRは既に始まっているが、教壇に立つ担任の口からは5分以上言葉がない。
先程までとは一転して重く息苦しい空気に、流石の山田も困惑している。
山田だけではない。クラスの誰もが戸惑いの表情を浮かべている。
担任を除けば、僕だけが。当事者である僕だけが、この状況を正しく理解していた。
「HRを始める前に、みんなに話しておかなければいけないことがある」
空白の机。
「とても辛い知らせだ」
パズルのピースが足りない。
「本当に突然だった。今朝早くのことだ」
なんでもない朝の教室という一枚絵はとうとう完成しなかった。
「麗花と剛士が事故で亡くなった」
この絵に欠けているピースは二つ。
三沢剛士。僕の唯一無二の親友と、
相原麗花。僕のかけがえのない恋人だった。
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