No.177720

『舞い踊る季節の中で』 第92話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 曹魏からの使者、夏侯淵と郭嘉の言葉に、激怒する孫呉の武官文官達。
 孫策の後を継いだ若き王孫権は、郭嘉に突きつけられた王としての試練を乗り越える事が出来るのか?

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2010-10-12 00:22:49 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:16638   閲覧ユーザー数:10994

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第92話 ~ 憤怒の心を鎮め、ただ静かに舞う想い ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

     得意:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

  (今後順次公開)

        

冥琳視点:

 

 

 魏からの使者。

 先触れの兵より、その目的は聞いている。

 我等が王を毒矢による暗殺しようとした先日の一件は、曹操の本意ではなく兵の暴走であると。

 その犯人達の頸をもって、身の潔白と謝罪としたいと言う内容。

 だが、使者の述べた言葉によって、玉座の間は一気に一触即発の雰囲気にまで上り詰めてしまった。

 この場にいる武官どころか、文官達まで使者の言葉に怒りを覚えるどころか、言葉を失うほどの怒りに駆り立てられ、睨み殺す勢いで使者を睨みつけている。

 だが、その怒りを咆哮を口にする事も、その怒りを刃を載せて使者に叩きつける事は誰もしない。

 相手を恐れて等と言う事では決してない。 ただ堪えているだけだ。

 自分達の主が、その怒りの声を出していない今。 自らの怒りを、己が主を差し置いて勝手にぶつける訳には行かぬ故に、必至にそれに耐えていてくれている。

 そして、その主である蓮華様は感情を殺した声で使者に問い直す。

 

「では前王であった、我が姉を卑劣な毒矢に掛けた事は認めて謝罪しても、我が領土を侵した事を謝罪する気も返還する気も無いと言うのだな」

「無論です。 我が軍の兵が、王である曹操様の意に反する卑劣な行いに対しては、幾らでも謝罪の言葉も唱え、頭を下げる事もいたしましょう。

 ですが、覇道を唱える我が王が他国を侵略するは自明の理。 それを許したのは其方の不徳とする所。

 我等の軍の兵士が粗相をしたとしても、それを態々返す理など何処にもありません」

 

 魏の使者である郭嘉の言葉に、周りの者達の殺気は一層膨れ上がるが。

 殺気を向けられた当の本人は、そんな者に興味は無いとばかりに涼しげな顔を浮かべながら、眼鏡の位置を直す姿に、私は大したものだと、やや感心しながら冷静に状況を再確認する。

 玉座の間には、我等以外に孫呉に参加にいる一族の代表者と文官武官達、幸いの事に蓮華様が使者の言葉に怒って見せている事で、そのもの達が使者に斬りかかる等と最悪な事態は起きていない。

 曹操が先日の一件の謝罪として寄越してきたのは、そこらの高位文官ではなく、彼女の腹心である夏侯淵、そして魏の三軍師と名高い郭嘉だった。 この二人を寄越した事からも魏の謝罪に対する姿勢が分かると言うもの。

 二人は雪蓮の暗殺をになった者達とその一族全ての者を斬首とし。 その頸を塩漬けにして此方に引き渡した事で謝罪は済んだと言い張り。 先の戦で南陽、汝南の地を我等から奪った事は何の非は無く、そんな隙を見せた我等が悪いと言ってのけて見せた。

 その物言いと内容に皆が怒りを露わにするが、私達軍師からしたら、それは当然の事と言える。 立場が逆であれば当然同じ事を主張して見せたであろう。 そもそも暗殺など、この御時世において当たり前と言えば当たり前の事。 それこそ袁家の中において、暗殺は日常茶飯事だったと言える。 ただ、王が暗殺を良しとするか、しないか程度の事でしかない。

 だから私がこの者を大したものだと思ったのはその事では無く。 それをこの殺気の中で平気で相手を怒らせるような口調で言ってのけた上で、此方の器を推し測っている彼女の冷静さと強かさだ。

 

 彼女からすれば、今こうして単純に殺気しか見せていない者など、測るまでも無いと言う所であろう。

 言わばこれは、謝罪と言う名を借りた強行偵察。 おそらく曹操ではなく、この者達の意思なのである事は容易に想像できる。 穏や亞莎辺りはともかく。 私や翡翠であれば、このような絶好な機会を逃す事無く、ああして相手の感情でも何でも利用して懐に攻め入って見せる。 それは、いずれ決着を付けねばならない相手に対する、我等軍師同士の礼儀とも言える駆け引き。 それがこの会談の本質と言えよう。

 もっとも、それが分かっていて、こちらも態々底を見せるつもりは無い。 だからこそ蓮華様は、予定通り敢えて怒って見せる。 真の怒りをその胸に必死に呑み込みながら、周りで怒りを露わにする者達のために怒声を辺りに響き渡らせる。

 

 

 

 

「ふざけるなっ!!

 我が姉をあのような下劣な手で暗殺を仕掛けたばかりかっ!

 我等の領土を侵しっ! 多くの将兵の命を奪っておきながら、その様な勝手な物言い。

 貴様、其処まで言い切った以上、生きて帰れると思っているのか!」

 

 蓮華様が腰の南海覇王を抜き放ち、ゆったりと玉座の階段を下りながら、郭嘉の喉元にその剣を突きつける。 途中夏侯淵が動こうとするのを、郭嘉は軽く手で合図する事でその動きを止めさせ、蓮華様と真っ直ぐ向き合う。

 

「今一度機会を与えよう。 先程の言葉を取り消し、素直に我等に領土と民を無事返すのであれば、先程の無礼な発言を聞かなかった事にしてやる」

「こんな剣を突き付けられたくらいで、我らが意見を変えるとお思いですか?

 そうだと本気でお考えなら、先代が江東の小覇王と謳われた英傑と違い、貴女は江東の小阿呆ですね」

「貴様っ、私を侮辱するのつもりかっ!」

「侮辱するに値する行動を取れば、侮蔑されて当たり前と言うものです」

 

 郭嘉の言葉に、蓮華様が本気で怒りを現しかけた所に、私はそろそろ頃合いかと判断したのと同様、彼もそう判断したのであろう。 静かな、そして柔らかな声が一触即発の空気を溶かすように玉座の間に広がった。

 

「蓮華、其処までだよ。

 それと確か郭嘉さんだったかな。 君を心配する夏侯淵さんの気持ちに免じて、それくらいにしておいてくれないかな。 でないと、此方も君達を無事に帰す保証が出来なくなる」

 

 怒鳴るのでもなく、大声を出すのでもなく、普通に呼びかける程度の声が、その場の全員が彼に注目の視線を集める。 なるほど、舞台での演出は心得があると言うだけの事はある。

 

「一刀っ! 何故止める。 こやつ等は・」

「蓮華が、その背に皆の怒りを背負う気持ちは分かるよ。

 でも名目上でも、謝罪に来た使者を傷つけたら、皆が怒っている何処かの下劣な行為を許した王と同じになってしまう。 蓮華はそんな王を目指している訳ではないだろ?」

「当たり前だっ! 幾ら一刀でも、それ以上の無礼な言葉は許さぬ。

 それに、私が皆の想いを汲まず、誰が汲むと言うのだっ」

「うん、蓮華の皆のための王であろうとする気持ちはよく分かっているよ。 だからこれは俺のお願い。

 『 天の御遣い 』である俺のお願いって事で、今はその剣を退いてくれないかな」

 

 北郷の言葉に、蓮華様は大げさに身体の中の息を吐きだして見せ、その剣を鞘にしまう。

 そして遠まわしに己が主を下劣と言われた夏侯淵は、遠目から見ても分かるほど、悔しさを飲み込みながら唇の端を噛み。 その拳が真っ白に成る程握りしめているのがよく分かる。 一方郭嘉は此方の意図が分かり、自分達の強行偵察が、逆にこう言う形で利用された事に、冷たく刺す様な目で我等を睨み付けてくる。

 …ふっ、確かに魏の三軍師と言われるだけあって鋭く切り込んでくる手腕。 私や翡翠と同格と言えよう。

 本来であれば、蓮華様の今だ成長途上の未発達な大器も見抜かれていたであろう。……だが『 天の御遣い 』の存在が、その読み手を崩した。 北郷を一見して唯の御輿と判断し。 早々に詰まらない者として目を逸らした事が、彼女達の筋書きを切り崩した。

 

 

 

 

 郭嘉の狙いはおそらく、我等が彼女等に危害を与えさせるか、場に不似合いな程の感情を露わにさせ暴言を吐かせる事。 そうする事で、孫呉の新王が冷静な考えが出来ない暗愚な王と噂を流させる事が目的。 孫呉の強力な結束力を乱させるために打ってきた一手。

 むろん我等が誇り高さから、自分達の命が取られる事は無いと計算した上での事。 恐らく蓮華様が本気で斬りつけようとしたならば、州の一つ位を返す腹づもりであったのであろうな。 一時の感情に捕らわれるような王など敵ではないと、いつでも州どころか国ごと奪う事が出来ると判断して。

 だが、そんな事は前もって予想していた一手の一つでしかない。 我等は逆にこの場を利用し、蓮華様の王としての器を、この場にいる一族の代表者達に見せつける事を目的の第一とした。

 蓮華様が皆の心を汲む王であると。 己の感情ではなく、皆のために怒る徳ある王であると印象付けさせる。 今後の事を思えば怨敵の三軍師とは言え、たかが使者の器を測ったり、奪われた土地を無理して取り戻すより、其方の方が有意義と判断したのだ。

 

 そして、北郷が蓮華様を止める事で、蓮華様が北郷の願いを汲み取って見せると言う形を取る事で『 天の御遣い 』の存在感と信憑性を植え付ける。 その上で、使者に対して痛烈な皮肉を放つのだから、北郷も中々人が悪い。

 もっとも皮肉の本意は使者ではなく、使者の物言いに怒る周りの者達に対してだろうがな。 たったそれだけの事で、魏の三軍師と言われた郭嘉の言動を全てひっくり返したのだから、本当に大したものだ。

 そして蓮華様も本当に成長された。 雪蓮が、実の姉があのような目にあったと言うのに、その怒りを飲み込み、王として毅然としようと必死に歩まれている。

 蓮華様は玉座に座り直し『 天の御遣い 』である北郷をその横に立たせ、悠然と使者に王として謝罪の返答を伝える。

 

「使者よ、帰って曹操に伝えるが良い。

 暴走を犯した者達の頸をもって、謝罪は受け止めよう。

 今日より一年間の停戦と不可侵条約にも同意もしよう。

 だが、我等が前王を毒で穢した謝罪としての糧食や品々を受け取る訳には行かん。 持ち帰るがよい。

 我等が前王と、多くの民と将兵の命を穢した贖いは、その様な物で贖えるものでは決してないっ!

 一年の時経た時、我等の土地と民を返してもらった上で、此度の償いをしてもらうとな」

 

 そしてそんな蓮華様に、夏侯淵と郭嘉は名ばかりの儀礼ではなく。

 己が主の謝罪の意を表すように、敬礼を持って頭を下げ。 静かに厳粛な声で応える。

 

「しかと伝えましょう」

 

 其処には、軍師としての強行偵察を終え。

 己の主を侮辱された怒りを飲み込み。

 純粋に軍に係わるものとして、そして人として。

 己が軍の兵士がしでかした事を謝罪する。

 公明正大を唱う魏の高官に相応しい姿があった。

 

 

 

 

「本当にこれで良かったの?」

 

 使者との謁見を終え、北郷と共に私の執務室まで戻って来た所で、蓮華様が不安げな顔で聞いてこられる。 そんな蓮華様に、私は安心するように少しだけ笑みを湛えながら。

 

「ええ、ご立派でしたよ蓮華様」

「そう言って貰えると、少しだけ安心できるわ。……でも、あんな感情を前押しするなんて、もっと毅然とした方が良かった気もするんだけど」

「蓮華様が先程おっしゃられたように、配下の将兵や豪族達の手前、怒ってみせる必要はあります。 それに今の蓮華様では雪蓮のような演技はまだ無理というもの。 なら下手な演技をするより、感情を押し出しながら制御して見せた方が自然に映る上、王としての器を見せつけれる事になります」

 

 私の言葉に、蓮華様は先程の謁見に納得はするものの。 今度は御自分の力の無さを嘆かれるが、今はそれで良いのです。 その悔しさと自覚が蓮華様を王として押し上げる力となる。

 それに雪蓮とて最初から上手くやれていた訳ではない。 失敗し、時には犠牲を出し、それでも天性の勘や経験、そして皆の力を借りて必死につじづまを合わせていたに過ぎない。

 そんな王になって日の浅い蓮華様を支えるように、北郷は蓮華様を労う様に言葉を紡ぐ。

 

「蓮華はよくやったよ。 少なくとも王の交代で不安に思う人達の心を、ある程度掴む事が出来たんだし上出来だよ。 その上蓮華が王として、まだまだ成長して行くと言う姿を使者に見せれたのだから、文句のつけようがないよ」

「ありがとう。 でも悪い所は悪いとはっきり言ってちょうだい。 私が感情に流されそうになったから口を出したんでしょ」

「それが悪いと自覚出来る蓮華だと思ったから、敢えて言う事は無いって思っただけだよ」

 

 まったく、正論だが、そう言う事ばかり言っているから、翡翠達が心配すると言う事を少しは自覚してほしいものだ。 そう心の中で溜息ついていると

 

「でも、おかげで一刀の事を知られてしまったわ」

「俺が唯の御輿だなんて事は最初から知られているよ。 逆にハッタリを掛けれた分良かったと思うよ」

「………一刀、それ本気で言っているの?」

「え? 何かおかしな事言ったか?」

 

 相変わらずの北郷の無自覚ぶりに、私と蓮華様は深く溜息を吐いてしまうが、今更言った所で改めて自覚するとは思えぬと黙っている事を、北郷は都合よく受け取ったらしく。

 

「取り敢えず予定通り事が運んでいるようだし、俺は街に用事があるからちょっと行ってくるよ」

 

 と言って部屋を出て行ってしまう。

 

 

 

 

「まったく、あれだけ色々な事には気が付いているのに、自分の事は何でああも無頓着なのかしら」

「では、蓮華様は北郷がワザと気が付かない振りをしている方が良いと?」

 

 蓮華様の言葉を引き継ぐように私の出した問いかけに、思いっきり眉を顰め嫌そうな顔で「そんなの一刀じゃないわ」と否定される。 自分で文句を言いながら、それが無ければ無いで否定されるのだから何とも難儀な事だ。 でも蓮華様は私が言いたい事はそれで通じたようなので、話しを戻そうと思った時。

 

「頼もしさを見せたと思ったら、アレなのだから姉様が目を離せなかったわけよね」

「蓮華様、雪蓮からの忠告、努々お忘れ無きように」

 

 蓮華様の優しげに言う言葉に、私は邪推と思いつつも苦言を申し上げる私に、蓮華様は少しだけ悲しげな表情をされた後。

 

「分かっている。 私にとって一刀は師であり、少し頼りない所のある義兄の様なもの。 冥琳が心配するようなものじゃないわ。 少なくとも今の所わね」

「蓮華様っ!」

「ふふっ、冗談よ。

 一刀の恋人にはなれないと言うのは残念だけど。 師として、義兄として慕う事が出来るだけで十分と思っているわ」

 

 蓮華様は真っ直ぐ私の目を見ながら、優しく笑みを湛えながら、そうはっきり言ってくだされる。

 何の迷いもないと、そう目が応えてくだされている。 おそらく雪蓮に言われたあの日より、葛藤されておられたのだと言う事は先程の言からも分かる事。 そして、出した答えがそれなのでしょうな。

 蓮華様が、連合の時より北郷に強く興味を持たれていたのは知っていた。

 だが運命の悪戯か、同じ時間を多く過ごせなかった事が、蓮華様の御心を、手遅れになる程までに恋心が至らせなかった事が幸いだったのかもしれん。

 そう心の中で安堵の息を吐きながら、それでも芽生え始めていた恋心を、諦めざる得なかった蓮華様を不憫に思いつつも、そのお心に感謝をしていると。

 

「……姉様は、その……まだ北郷の事を」

「今は何とも言えません」

 

 私は、蓮華様の言葉にそう答える事しかできなかった。

 雪蓮が蓮華様に王位を譲られた際に、幾つかの口伝と共に北郷への想いと、その想いを叶える訳にはいかない理由を話して聞かせた。

 王位を継いだ以上、北郷を女として好きになってはいけないと、雪蓮はその事を何度も念を押して蓮華様に忠告した。 ……自分と同じ過ちと、苦しみを味あわせないために。

 

 そして雪蓮自身はと言うと、何故か北郷の作った料理と、給仕している間の僅かな会話を楽しむ事で満足している。 しかも唯の友のような接し方しかしていない。

 正直、雪蓮が何を考えているか分からない。

 あの襲撃を受けた日、雪蓮が北郷と共に文台様の墓の所にいた理由は大体想像できる。

 ………雪蓮が北郷との想いにケジメをつけに行った事くらいはな。

 だが、分からないのはその後だ。 あのような事件の後、ああやって北郷のおかげで命まで助けられて、雪蓮が北郷を諦めきれたとはとても思えぬ。

 

 

 

 

 もし襲撃される前に北郷との想いにケジメをつけれたとしたら、いくらなんでも、直ぐ様あそこまで友人として甘えれるような雪蓮では無い。

 かと言って、北郷が雪蓮の想いに応えるとも思えぬ。 北郷が二人を裏切るような真似をするとは思えんからな。

 長年主従として、友として、そして愛人として雪蓮を公私共に支えてきたが。 ……情けない事に未だに雪蓮が何を考えてあのように北郷と接しているのか分からない。 こんな事は初めてかもしれんな……。

 ……ただ一つ言える事は、雪蓮は決して北郷を諦めきれた訳では無いと言う事。

 

「今は雪蓮の容体の回復に役立っていますが、ある程度回復したら、北郷を雪蓮から遠ざける事を考えた方が良いかもしれません」

「……他に手は無いの?」

「では蓮華様は二人に、翡翠と明命に北郷を諦めろと命じられるおつもりですか?」

「っ!」

「その様な事、雪蓮は望んではおらぬでしょう。 そして、それは私も同じです」

 

 そう、誰もそんな事は望んでいないのです。

 雪蓮も二人の幸せを、北郷の幸せを願っているからこそ、身を引こうとした。

 弱った体で蓮華様の肩を揺らすように何度も忠告された。

 ……そして肝心の北郷は、あの二人が居なければ、きっと壊れてしまう。

 そうと分かっていて、誰がその様な事を望みましょうかっ!

 蓮華様は、悲しげな瞳を伏せながら、何とか決意を下されます。

 

「……分かった。 その一件は冥琳に一任しよう。 せめて姉様が納得できる形で頼む……」

「しかと申し付かりました」

 

 そうこの場を後にする蓮華様を見送った後、私は長く深い溜息を吐く。

 蓮華様は、まだ分かっておられない。

 本気で誰かを好きになった人間に、納得できる形で諦めさせる方法等最初からありはしない事を。

 その様な事で簡単諦められるようなら、それは本物の恋とは言わぬであろう。

 あるのは諦めざる得ない状況と、身を裂かれるような悲しみの果ての結果に過ぎないと言う事を。

 その想いの前に理屈や道理など、何一つ役に立たないと言う事を理解されていない。

 まったく、情けない限りの話だ。 身を粉にしてきた我等の王であり、友の想いを果たしてやる事が出来ないばかりか、孫呉の大恩人である北郷を、そう言う風に扱わねばならぬとはな。

 

「……天はなんと酷い運命を……我等に課すのか……」

 

 そう想いが口から零れ落ちてしまう。

 だが、それが運命なら受け止めねばならない。

 そして、せめてその事で守られる北郷の家族を、何としても守ってやらねばな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第92話 ~ 憤怒の心を鎮め、ただ静かに舞う想い ~ を此処にお送りしました。

 

 今回はちょっと短いですが、冥琳視点で二つの場面を描いてみました。 一つは魏の使者との会談と言う名の攻防、これが難しかったです。 つくづく自分にそう言うのは似合わないと思いつつ、苦手だからと言って回避し続けるのは好きではないので、また挑戦していきたいとは思います。

 そして、もう一つは皆様が心残りにしていた雪蓮の事を冥琳達から見た状態を描いてみましたが、如何でしたでしょうか? 宙に浮いたままの雪蓮と一刀の関係と想い。 それはとりあえず置いたまま話は進む事となりますが、周りの情勢は、ますます二人を引き裂こうとしています。(最初からくっついていませんけどね)

 使者の選定は、正式な官位を持つ春蘭が相応しいとは思うのですが、行く先が朝廷や漢の忠臣を唱う所と言う訳ではないので、誠意と問題を起こさないと言う事を前提に選びました。

 そう言う意味では風が一番適任なのですが、作者としても作中でも問題があるため、郭嘉が文官として、秋蘭を武官として使者として取り上げました~。

 さて、次回は街におりた一刀と、●●達の場面を描きたいと思います。

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

 

 

 

 

PS:蓮華が本当に諦めたかどうかは、ひ・み・つ・です♪

おまけ(一刀視点):

 

 

某月某日

 

 俺が悪いと言う事は分かっている。

 調子に乗りすぎてやり過ぎたという自覚もある。

 だけど何故? と言う想いが俺の脳裏を埋め尽くす。

 腕に刻まれた歯形、それ自身の痛みより、そうさせてしまった事が俺の心を痛めつける。

 発端は夕べの事。

 

「…ぅんっ……えっ! そっちは駄目ですっ」

「え?」

 

 明命との一時。

 彼女と一つになるために、彼女の柔らかくしなやかな身体を。

 甘く頭を蕩かすような彼女自身の甘い香りを。

 慎ましいながらも、手の平に程好く収まる彼女の双丘を。

 そして、薄く僅かな茂みの下にある其れを。

 指と手の平で、舌と唇で、優しく何度も愛しんだ後。

 仕上げに彼女のお尻を揉み上げようと、彼女のお尻に手をやった時。

 明命は拒絶の言葉を吐き出した。

 

「あ、あの、出来れば普通に愛して下さい。 その、そっちは、…はぅぅ…その…」

 

 明命の言葉に、明命があの時の晩のように、お尻の方ですると勘違いしている事に気がついた俺は、あの晩の事を少し反省しつつも、せっかく勘違いしているならばと、俺はその代わりに後背位で愛したいと告げる。

 

「ぇ…あの…その…」

 

 俺の言葉に、明命は悲しげに、そして辛そうな表情をする。

 明命が後ろから愛される事を嫌がっているのは知っている。 今までも服を着たままの時でしか、彼女を後ろから愛した事はない。 そしてその理由もだいたい想像はついていた。

 彼女が嫌がる事をするべきではないとは思う。

 俺の勝手な我が儘でしかないと言う事も分かっている。

 でも。 それでも、明命の全てを愛したいと思う想いを止められない。

 だから、俺は明命に懇願するように頼みこむ。

 そんな俺の願いに、明命は溜息をつくように、そして不安げにその背中を見せてくれた。

 彼女の優しさの証を。

 彼女の生きてきた軌跡を。

 

「……綺麗だ」

「ぇっ?」

 

 綺麗な黒髪の向こう透ける明命の背中に。

 恥ずかしげに俯く表情に。

 彼女の気高さの証に、俺はそう零してしまう。

 その後はもう夢中だった。

 彼女の気にするソレを全て俺のものにするように、彼女の優しさの証を、夢と想いの証を愛した。

 その度に、面白いように反応する明命が可愛くて、愛しくて。 そしてその度に痙攣するかのように、細かく締め付けてくる感覚が気持ちよくて。 彼女をより深く愛した。

 たった一度で明命が気絶するとは思わずに、彼女の全てを全力で愛した。

 

 

 

 

「で、朝起きた明命ちゃんに、腕を思いっきり噛まれたと?」

「ああ」

 

 俺は怒った明命の機嫌を取るために、どうしたら良いかと翡翠に事情を話した訳だが……。 あの翡翠何か怒ってませんか?

 何か嫌な予感がしつつも、翡翠の手招きのままに溜息を吐く翡翠に近寄ると。 翡翠はそんな俺の手を優しく取りながら。

 

「大丈夫ですよ。 明命ちゃんは照れ隠しに怒っているだけです。

 一刀君は普段通り、明命ちゃんに優しくしてあげれば、すぐに機嫌を取り戻します」

 

 そう言って、年上らしく翡翠は優しげな瞳を揺らしながら、明命の背中の傷を受け入れ愛した事を褒めてくれる。 夕べの事は間違っていないと。 「さすが一刀君です」と言いながら、俺を安心させてくれる。

 そんな優しげに、そして慈愛を浮かべる翡翠に、俺はすっかり油断してしまった。

 

「一刀君が私を頼り、相談してくれた事は嬉しいです」

「翡翠以外にこう言う話しできないし、本当に助かったよ」

「そうですね。 でも、幾ら私と明命ちゃんが一刀君とそう言う関係だと言っても、そう言う話しをされて、私が何も思わないと思うんですか?」

「えっ?」

 

 ガブッ!

 

 翡翠の言葉に驚く間もなく、突然腕を噛まれた痛みと驚きに、俺は悲鳴を上げる。

 

「イィーーーーーーッ!」

 

 朝もそうだったけど。 この世界の将達の尋常じゃない力に、俺は食い千切られるかと思う程の痛みに悲鳴を上げつつも何とかひたすら謝る俺に、翡翠はやっと今朝噛まれたとは逆の腕を解放してくれた。

 

「一刀君、私だってヤキモチぐらいは焼きます。

 明命ちゃんの事を相談してくれるのは良いですが、今回のような内容は、もう少し大雑把に話して下さいっ」

「う゛っ……すみません」

 

 翡翠の言葉に、俺はただ頭を下げるしかなかった。

 そうだよな、内容が内容だけに相談する相手が居なかったとは言え、いくら何でもあの話し方はデリカシーが無かったよな……。

 自分の馬鹿さ加減を反省していると、翡翠が唇に指を当てながら艶のある笑みを浮かべ。

 

「一刀君に傷つけられた心の傷、今夜どう癒してくれるか楽しみにしていますね♪」

「いや、あの……俺、明命が今日中にしなければいけなかった仕事のしわ寄せがきて、今夜遅くなりそうなんですが」

「うふふっ。 私は一刀君が望むなら、どんな事も受け入れますから♪」

 

 俺の都合など関係ないとばかりに言う翡翠の言葉に、俺に拒否権が無い事を思い知らされ。

 

「……はい、全力で仕事を終わらせます」

 

 そう項垂れながら頷くしかなかった。

 今回は俺に一方的な非があるし、翡翠のお誘いは正直嬉しいと言えば嬉しい。

 今の翡翠の仕草と表情に、胸が高鳴ったのも。 今夜の期待に胸が膨らんでいるのも事実だ。

 

 だけど……蜘蛛の巣に捕らわれたような気がするのは、俺の気のせい……だよな?

 

 


 
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