No.175381

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 外伝

YTAさん

投稿十五作目です。
今回は、華雄と一刀が怪異に挑むお話です。
詳しくはあとがきで書きますが、夢枕獏先生の『陰陽師』のパロディとしての色が濃い為、全体的に静か且つ、暗めのトーンになっています。

では、どうぞ!

2010-09-29 13:22:35 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:5066   閲覧ユーザー数:4087

                           真・恋姫†無双異聞~黄龍剣風譚~

 

                               外伝 姑獲鳥 

 

                                 第一章

 

 

 

 秋も深まり、涼風が肌に心地良くなってきた頃の事である。

 巴郡の警備隊長である華雄は、ゆったりとした足取りで、巴郡で最も大きな街の大通りを歩いていた。

 馬には乗らず、徒歩(かち)である。

 一昔前の漢王朝の世ならば、一度は驍騎校尉にまで登り詰めた華雄程の人物が、供も連れずに街中を徒歩で歩き回るなどと言う事は、そうあるものでは無かった。

 

 しかし、戦国乱世の上に築かれた今の三国鼎立の世では、そう珍しい事でもない。

 武士(もののふ)達が、一度は失っていた気骨を取り戻したと言う事も大きな要因ではあるが、何よりも、大陸の各都市の治安が段違いに良くなった事が最大の理由だろう。

 そもそもこの大陸は、一人の人間を頂点とした中央集権国家が長期的に統治するには、余りに広すぎるのである。

 

 漢王朝にしても、宮廷内のゴタゴタを別にすれば、その廃退の一因が、地方の役人たちの専横を取り締まり切れなかった事にあるのは、明白であった。

 しかし、諸葛亮孔明が唱えた『天下三分の計』は、結果的に、この問題を見事に解決していた。

 大陸の中央に都を置くだけでなく、更にそれぞれの国にも、統治能力を有する首都を置く事で、地方の役人たちに対しての監視の眼を、今までとは比べ物のならない程に鮮明にする事が出来たからだ。

 

 加えて、民草が国の権力者に対して直に嘆願できる“目安箱”の設置や、常時、街の治安維持を主任務とする“警備隊”の発足も、かなりの効果を上げていた。

 街にもよるが、今では、昼日中の追剥は勿論、町人相手に無体を働く役人など、殆ど見かけない。

 華雄は、刈り入れの季節を前に忙しく行き交う人々の中をすり抜け、街の郊外に続く道に歩を進めた。

 

 

「頼もう!」

 街の北東にある目的の屋敷の門前で華雄が来意を告げると、薄緑色の袍(パオ)を着た少女が、音も無く屋敷の奥から現れた。

 年の頃は、数えで四つから六つの間ほどで、濡れているのかと錯覚するほどの光沢のある髪は“おかっぱ”に短く切り揃えられ、何処となく愛嬌のある離れた目と、大きな口をしている。

 

「そちらは、華雄様でございましょうか?」

 少女は、思いのほか大人びた口調でそう言った。

「お、おう。如何にも、華雄だが・・・・・・。お前とは何処かで顔を合わせたかな?」

 華雄が首を傾(かし)げながら尋ねると、少女は、黒目が勝った大きな眼を細めて笑った。

「いいえ。我が主、北郷一刀様が先刻わたしをお呼びになり、『もうすぐ華雄将軍がおいでになるから、奥に御通ししなさい』と御申し付けになられましたので」

 

 少女は、「一刀様がお待ちです」と言って、先に立って歩き出した。

「おい・・・・・・」

 華雄は、さっさと歩いて行ってしまう少女に急ぎ足で追い縋(すが)り、しきりに首を傾げるのだった。

 

 華雄の姿を見止めた北郷一刀は、庭に面した広い板敷の温床(オンドル)から、腕枕をして横になっていた身体を起こした。

 温床とは、竈(かまど)の煙が床下を通るように作られた、言わば、中国風のセントラルヒーティングである。

 普通、民家などでは寝る為の場所に引き込むそれが、どう言う訳かこの屋敷では庭に面した軒下に作られており、滞在する為の屋敷を決める際、一刀が甚(いた)くこの温床を気に入って、長く人の住んでいなかったこの屋敷に腰を落ち着ける事にしたのだった。

 

「よう、よく来たな」

 一刀はそう言って微笑みながら、少し肌蹴(はだけ)ていた着物の裾を整えた。

 “着流し”と一刀が呼ぶその白い服は、街の服屋に大柄な人間用の上着を仕立て直させた物で、ここ数日の一刀の普段着になっている。

 

「あぁ、突然に邪魔をして、相済まんな」

 華雄は、一刀に身振りで進められるままに温床に腰を降ろし、「土産だ」と言って、手に持っていた大きな徳利を、自分と一刀の間に置いた。

 その中身は言わずもがな、一升程の酒である。

 

 

 

「酒かい?」

 一刀が、察していながらも一応そう尋ねると、華雄は小さく頷いた。

「清酒(チンチュウ)だ」

 華雄が短くそう言うと、一刀は嬉しそうに白い歯を見せた。

「それは良い。ちょうど今朝、近くの農家の主が、活きた山女(ヤマメ)を持ってきてくれたんだ。まだ台所の桶で泳いでる。それを焼いて、一杯やろう」

 一刀が二度手を叩くと、あの少女が、今度も音も無く現れて、一刀から徳利を受け取った。

「これを瓶子(へいし)に移してくれ。それから、あの山女を四尾ほど、塩焼きにな」

 少女は「あい」と返事をすると、再び奥に引っ込んだ。

 

「ふん。まだ日も高い内から、結構な事だな」

 華雄は窘(たしな)める様にそう言いながらも、香ばしく焼き上がった山女の事を考えて、頬を緩めた。

「何だ、呑まんのか?」

「いや、出された物は呑むとも!」

 華雄は慌てそう言ってしまってから、悪戯っぽく微笑む一刀に気付いて、拗ねた様に口を尖らせて、頬を赤くした。

 

「折角、土産を持って来たと言うのに、随分な話だ」

「まぁ、こちらも山女を出すのだし、少しからかった位でそう膨れるな。ところで、何か用があって来たのだろう?魚が焼き上がる迄に、その話を聞こうか」

 事もなげにそう言った一刀に、華雄は驚いた顔で尋ねた。

「どうして分かったのだ!?それも、噂の仙術か?」

「まさか。警備隊の隊長が、“まだ日も高い内”から、酒徳利片手に四方山(よもやま)話もあるまいと思っただけさ・・・・・・。しかし、お前のその言葉から察するに、俺が遣うと噂の“仙術”絡みの話のようだな?」

 

 華雄は、一刀のその言葉に、静かに頷いた。

「うむ。しかし、“あの話”は、真の事なのか?」

「あの話?」

「あぁ、大樹(たいじゅ)屋敷の庭にいた蛙を、風に舞う木の葉で潰してしまったとか言う・・・・・・」

「やれやれ、噂は千里を走るか?大したもんだ」

 一刀は、それを聞いて、苦笑いを浮かべた。

 

 

 そもそも、一刀が“人ならざる力”を使役出来る事を大々的に喧伝しよう、と言い出したのは、費禕こと聳孤(しょうこ)であった。

 皇龍王への変身は言わずもがな、卑弥呼に授けられた“鬼道”の技術も、ある程度は開けっ広げに、“天の遣いの御業”としてしまった方が、一刀に良い感情を抱いていない抵抗勢力による誹謗中傷、所謂(いわゆる)、現代で言うところのネガティブキャンペーンに対する先手になる、との考えからである。

 

 しかし、取り合えず噂を広めたは良いものの、早速その弊害が一刀を襲ったのは、滞在を決めた巴郡の大都市郊外に住む豪族の邸宅、通称『大樹屋敷』に、帰還祝いの宴に招かれた時の事であった。

 屋敷の呼び名の由来ともなっている、樹齢数百年を数えると言う大樹の下に設(しつら)えられた卓に座って、屋敷の主に杯を受けていた一刀に、土地の名家の出であると言う青年貴族が唐突に、「御遣い様が天の国で学んできたと言う仙術や方術で、人を殺す事などは出来るのですか?」と尋ねて来たのである。

 

 それが、高貴な生まれ故の無邪気な質問であれば可愛げもあろうが、その青年の眼には、明らかな猜疑と蔑みの色が見てとれた。

 つまり、どこの馬の骨とも知れぬ“天の遣い”の化けの皮を剥いでやろうと言う青年の魂胆を、その眼差しが如実に物語っていたのである。

 

 この時代に於いて、“血統”と言うのは、現代とは比べ物にならない程の優越感を備えるものだ。

 例えば、袁紹こと麗羽の、相手を辟易させる程に尊大な態度も、その相手が下剋上上等の郡雄達であればこそ、あのように適当にあしらわれているのである。

 一般庶民からすれば、実績では勝っている一刀よりも、“四世三公”と謳われた名門中の名門である麗羽の方が、遥かに恐れ多いに違いない。

 

 この青年貴族もその例に漏れず、選良種たる家柄から来る優越感故に、自出不明でありながらこの大陸の支配者の一人となった一刀に対して、暗い想いを抱いている事は明白であった。

 この場で言葉を濁して言い逃れれば、『天の遣いは大嘘吐きだ』と言う噂を、喜び勇んで吹聴して回る事は目に見えている。

 

「いや、この大地に影を落として呼吸をしているものを、術を以て殺すなどというのは、そう生半(なまなか)な事ではありませんよ」

 一刀はそこで声を落とすと、穏やかながら凄みを効かせた声で言った。

「最も、その方法が無い訳ではありませんがね・・・・・・」

 

 

 これで、恐れをなして話題を変えてくれればいい。

 一刀は内心そう念じていたが、青年はどうあっても引き下がるつもりは無いらしい。

 顔を青くして頬を引き攣らせながら、それでも傲慢な笑みを崩そうとはしなかった。

「ほぉ。つまり、簡単ではなくとも、殺せるのですね?」

 一刀は内心で舌打ちをしながら、「えぇ」と返事をした。

「なら、そう・・・・・・。あの蛙を、術を使って殺して見せてはくれませんか?」

 

 青年の指差した先には、冬眠の為にやって来たのか、大樹の根元をピョンピョンと飛び跳ねている、緑色の蛙が居た。

「まぁ、出来なくはありませんが・・・・・・。ただ、殺す事よりも、生き返らす事の方が遥かに難しいのです。ですから、座興の様に命を奪うのは、気が進みませんね・・・・・・」

「そこを曲げて、何とか」

 

「何とか、ですか・・・・・・」

 一刀は思案気に俯き、暫くの間、顎に手を当てて考え込んでいたが、ふと顔を上げて屋敷の主に尋ねた。

「御亭主。あの蛙、見るのは今年が初めてですか?」

「は?い、いえ、去年も、あれと似たのがおりました。この樹の根元には、毎年そこいらの田畑から蟇(ひき)などが何匹か冬眠に来るのですが、あの様な色の蛙は珍しいので、覚えておりますよ」

 壮年の亭主は、細く伸ばした髭をしごきながらそう答えた。

 

「良いでしょう。殷の紂王(ちゅうおう)でもあるまいに、戯れに命を奪うのは気に入りませんが、どうしてもと言うのであれば・・・・・・」

 一刀はそう言うと、地面に舞い落ちていた大樹の葉を一枚取り上げ、何やら小さく呪文を唱えると、青年に向かって優しく微笑んだ。

 

「私の学んだ方術を用いれば、あなたの頭蓋も、簡単に潰す事が出来るのですよ?このように・・・・・・」

 一刀はそう言うと、掌に乗せた大樹の葉に、静かに息を吹きかけた。

 葉は、まるで中空から糸に操られてでもいる様に、ふわふわと宙を舞って飛んで往き、蛙の上に静かに落ちた。

 その次の瞬間、

 

 グシャリ

 

 と言う気味の悪い音と共に蛙は押し潰され、その骨や臓物が、周囲に不気味な赫い円になって四散した。

 

 

「これで、“御満足”ですか?」

 青年は勿論、事の成り行きを興味津津に見守っていた人々は、色を失くした様な顔で、「あぁ」とか「うぅ」と唸っていた。

「そう言えば、この見事な大樹は、樹齢数百年を数える霊験あらたかな神木だとか?」

 一刀が何事も無かったかの様に亭主に尋ねると、亭主は青い顔で何度も頷いた。

 

「え、えぇ。何でも、かつてこの地を治めていた人物が、高祖様より拝領した物だとか。今でも、子孫繁栄を願って年に一度、周辺の民を招いてこの樹を奉る祭礼をしております・・・・・・」

 亭主の言葉を聞いた一刀は、「成程」と言って頷いた。

「それ程に信仰を集めている神木に、一冬も抱かれて眠っていた蛙ならば、人の言葉くらい聴き分けたとしても、おかしくはありませんね」

 

 一刀はそう言うと、ガクガクと膝を震わせている青年を見て言った。

「もしかしたら、いつかの晩、あなたの夢枕に立つ事があるかもしれませんね」

「なんと!あの蛙が、私に祟りを成すとおっしゃられるのですか!?」

「もしも誰かに、『戯れに“あれ”を殺してみよ』などと面と向かって言われたら、あなたならどうします?」

「!!!?」

 

 一刀は、今や、いつ股を濡らしてもおかしくなない程に怯える青年の肩に手を置くと、優しく言った。

「何、そうならない様に、あの蛙は私が丁重に弔いましょう。あなたの言葉に頷いた私にも、同様に責がありますから」

 一刀は懐から手拭いを取り出して、蛙だったものを愛おしげにそれに包むと、徐(おもむろ)に亭主に向き直って頭を下げた。

 

「折角の宴の興を、すっかり殺(そ)いでしまいました。御無礼の段、平に御容赦願いたい」

 

 それから一刀が暇乞いをしても、誰も引き止めるものは居なかったのは、言うまでも無い。

 

 

「あれはな、蛙に術を掛けたんじゃない。あの場に居た“人”に、ちょっとした『呪(まじな)い』を掛けたのさ」

 一刀は、華雄の顔を見遣って事もなげにそう言った。

「人に?」

「あぁ。あの場で言い逃れる様な事をすればどうなるか、宮中に身を置いていたお前なら、身に染みて分かっているだろう?」

「あぁ・・・・・・」

 華雄は、一刀の言葉に深く頷いた。

 彼女の主である董卓こと月は、一刀の話に出て来た青年貴族の様な人間達によってばら撒かれた“噂”の犠牲者だったのである。

 

「だから“言葉”を遣って、奴らに蛙が“死んだ様に”見せかけたんだよ。俺が居た国じゃ、“催眠術”とか“暗示”なんて呼ばれてる、呪いでね」

「何!?じゃあ、蛙は死んでいないのか!」

「当たり前だ。俺は、座興で命を弄ぶ様な真似はしないよ。あそこに残してきたんじゃ具合が悪いんで、此処に持って帰って来た。お前も、もう“会って”る筈だぞ?」

 

 一刀の言葉に、華雄はあんぐりと口を開けた。

「馬鹿な。ここに来るまでに、蛙など見てはおらん!」

「いや、お前は会ってるよ。それも二度、いや、三度か。なぁ、“薄緑(はくりょく)”?」

 一刀はそう言って、酒の入った瓶子と、二つの杯を乗せた盆を持って来た幼い少女に笑いかけた。

 

「まさか・・・・・・」 

 華雄は、「あい」と返事をしながら微笑んで盆を置いた少女を、まじまじと見つめた。

 その黒目が勝った、間隔の空いた大きな目と、思い切り開けば、大人の拳骨でも入ってしまいそうな、大きな口を。

「ちょうど、女手が足りなくてどうしようかと考えていたんでな。数週間ばかりの為に雇い入れるのも申し訳ないし、月や詠を成都から態々(わざわざ)呼び寄せるのも悪いしな。いや、実に助かったよ」

 

 一刀はそう言って、愉快そうに笑った。

 

 

「一晩ほど掛って構わないなら、話してやるぞ?」

 何をどうして蛙を少女に変えたのか、詳しく話せと一刀に迫る華雄に帰って来た言葉である。

 いかに諦めの悪い事で有名な彼女でも、そう言われては黙るしかなかった。

 華雄は、諦め云々よりも何よりも、小難しい話が大嫌いなのである。

 

「まぁ、取り合えず、“遣い魔”みたいなもんだと思ってれば、間違いは無いよ」

“式神”についての触りを話そうとしたとたん頭を抱えて唸り出した華雄に、一刀はそう言って苦笑しながら、酒を勧めた。

「おう、済まんな」

 華雄は、杯を満たされるとコロリと表情を変え、嬉しそうにそれを一刀に向かって掲げたあと、ぐいと一息に飲み干した。

 一刀もそれに倣い、杯を空ける。

 

「ほぅ。これは旨い」

「そうだろう。私がいつも贔屓にしている酒屋で、一番良い清酒だからな!」

 華雄は、驚いた顔で空の杯を見つめた一刀に、我が事の様に胸を張りながら言った。

「あぁ。これならば、さぞ川魚に合うだろう」

 一刀はそこで、台所から漂い始めた香ばしい匂いに鼻をひくつかせてから、再び華雄の顔に視線を戻した。

 

「で、お前の用向きの話だが?」

「おう、そうだった。お前の話が余りに難しいから、すっかり忘れていたぞ」

「おいおい、まだ三十文字分も話していなかったぞ?」

「五月蠅い!聴く気が有るのか無いのか?」

 一刀は、華雄の傍若無人な物言いに肩を竦めると、手酌で自分の杯を満たしながら、顎をしゃくって話の続きを促した。

 

「む、何やら馬鹿にされているような・・・・・・、まぁ良い。実は昨日、近くの村の庄屋から、警備隊に嘆願書が届いてな。その村に姑獲鳥が出没して、乳呑み児を攫って行ったと言うのだ・・・・・・」

 

 華雄は、苦虫を噛み潰した様な顔でそう言うと、一気に杯を飲み干した。

 

 

 

 姑獲鳥(こかくちょう)。

 それは、羽毛を纏って怪鳥になり、羽毛を脱ぐと女怪となると言う妖物で、荊州で多く目撃されたと言う逸話が残っている。

 天帝少女、夜行遊女と言う、まったく正反対のニュアンスの別名を持ち、雄はおらず、その全ては雌で、人間の子供を攫っては養子として育てるのだと言う。

 

「ふぅむ。荊州のすぐ隣のこの辺りで目撃されたとしても、不思議じゃないが・・・・・・」

 一刀は、華雄の『姑獲鳥については知っているか』と言う問いに頷いて、そう言ったきり目を閉じ、立てた片膝の上に置いていた両腕に顎を乗せて、動かなくなった。

 華雄が、もしや寝てしまったのではないかと訝しんで、顔を覗きかけた頃、一刀はパチリと目を開いて、「焼けたようだな」と呟いた。

 

 華雄がぽかんと口を開けていると、薄緑が、香ばしい湯気を上げて程良く焼けた山女を二尾ずつ、二つの素焼の皿に笹を敷いた物に乗せて運んできた。

「喰おうよ」

「う、うむ・・・・・・」

 

 薄緑に「ありがとう」と礼を言って、何事も無かった様に箸を伸ばす一刀に釣られて、華雄は、直接手に持った山女にかぶり付いた。

「旨いな」

「うむ!」

 二人はそう言い合って、手酌で杯を開けながら、暫く無言で芳醇な川魚の味を堪能した。

 

 一刀が再び口を開いたのは、二人が綺麗に骨を残して魚を食べ終わり、華雄が口を押さえて満足げに小さな“げっぷ”をし、一刀が何処からか取り出した天の国の煙草に火を点けて、最初の紫煙を吐き出した頃の事だった。

「お前は、信じてるのか?」

「ん、姑獲鳥をか?」

「あぁ」

 

 華雄は、魚の脂でてらてらと光った指をしゃぶりながら、一刀の問いを思案して首を傾げた。

「うぅむ、どうとも言えんな」

「ふむ。と言うと?」

「上手くは言えんのだが、私は武人だからな。罵苦だの、今日の薄緑だの、目の前に“こう言う物だ”と、出されれば、まぁ、大概のものは信じられるのだが・・・・・・」

 華雄はそこまで言うと、盆の乗せてあった濡れ布巾で指を拭って、自分の杯を満たした。

 

「姑獲鳥は見ていない、か?」

 代わりに答えた一刀の言葉に、華雄はコクリと頷いて、杯を空けた。

「だが、姑獲鳥の仕業だとされる拐(かどわか)し事件が起き、それを目撃した者が居る以上、姑獲鳥に関わる何かがそこにあるのは、間違いないとは思うな・・・・・・」

 一刀は、何やら得心したように頷いて、華雄を見据えた。

 

「よし。その話、詳しく聴こうじゃないか」

 

                   

                           あとがき

 

今回のお話、いかがでしたか?

 

まえがきでも書いた通り、この作品は、夢枕獏先生の『陰陽師』に強い影響を受けた、パロディでもあります。

なので、文体や語り口など、意識的に似せて書きました。

 

蛙を云々のくだりは、夢枕先生も作中取り上げていらっしゃる、安倍晴明の有名なepをアレンジしたものです。

蛙を式神として密かに持ち帰る結末は同じですが、ディテールは殆ど違います。

 

この作品を書こうと思ったのは、

 

1.折角、華雄を出したんだから、他の恋姫達とは違うスタンスで一刀と関わらせたかった事。

 

2.一刀が卑弥呼に授かった“鬼道”は陰陽道の源流である、と言う説がある事。

 

3.たまたま夢枕先生の『陰陽師』シリーズを読み返していて、一刀と華雄を、安倍晴明と源博雅の様な関係に出来ないかな?と考えた事。

 

でした。

 

で、どうせならいっその事、『陰陽師』のパロディとして、外伝を一編書いてみようと言う結論になったのですが、物語全体のトーンが静かな為、華雄のハチャメチャ振りが描き切れてませんね・・・・・。

まぁ、それはいずれ本編で書くつもりですので、今回は“佳い女”な華雄を書いて行こうかと思っております。

また、こう言った系統のストーリーは書くのが初めてなので、表現の間違いや誤字脱字、ちょっとした感想等ありましたら、宜しく御指摘下さい。

 

では、また次回お会いしましょう!

 

 


 
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