No.174930

魏√after 久遠の月日の中で 3

ふぉんさん

魏√after 久遠の月日の中で3になります。
前作の番外編から見ていただければ幸いです。

とうとう許昌入りした一刀さん。
彼に待ち受ける試練とは?

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2010-09-27 01:06:27 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:25165   閲覧ユーザー数:20524

「すいません。今、何て言いました?」

 

許昌入りを果たした俺は馬を預けて、街を歩いていた。

五年前とあまり変わらない、街の喧騒に懐かしさを感じていると一つの世間話が耳に入る。

 

「なんだあんた?……まぁいいや、二年前から警備隊は名前を変えて王祥警備隊になったんだよ。それまでは御使い様の名前だったんだが……もうあの人もいないしねぇ。無理も無い」

 

「私達は会った事ないけど、ここのみんなは御使い様の事が大好きだったらしいから批判の嵐だったんだよ。でも後任の王祥さんがいい人でね。彼だったらって事で、みんな納得したんだ」

 

「……そうですか……ありがとうございます」

 

呼び止めた若い男女二人に礼を言いその場を離れる。

王祥。俺がこの世界で一番仲が良かった同姓だ。たまに一緒に呑んだりもしていて交流が深かった。立場から向こうは敬語を崩さなかったが、俺は友達のように接していた。

彼が警備隊を受け継いだ。その事実に俺は喜びを感じていた。彼の人となりならすぐにみんなの信頼を得た事だろう。現に民からの印象がとても良い。

喜びと同時に、恐怖が湧き出てくる。王祥が俺の後任になった。だとしたら俺はどうなったんだ?

北郷一刀という男の席はどうなったんだ?

 

考えていなかった訳ではない。

あの華琳が、すでに居ない男をそのまま重役に勤めさせるわけが無い。

俺はもう魏の人間では無いのだろうか……

 

「……いこう」

 

城へ行こう。それなら何か分かるはずだ。

震える拳を握り締め、城に向かった。

 

 

 

 

大通りを早歩く。動悸が激しい。

口の中は乾いて、喉が渇いた。俺は何に恐怖しているのだろう。

思い上がりではないはず。彼女達は俺を愛してくれていた。俺は彼女達を信じられないのか?

 

「楽進!」

 

凪…………!?

 

愛しい名前の呼ぶ声に視線を向ける。

その光景に愕然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王祥が凪を抱きしめている。

凪の表情は、恋する乙女のそれだった。

 

「………………」

 

声が出ない。五年ぶりに見た愛しい彼女と親しい友人。

今すぐにでも会いに行きたい、戻ってきたと伝えたい。

しかし体は動かない。両足は地に根を張っているかのように固まっている。

 

そうしているうちに、二人の姿は多くの人に飲み込まれる。

それでも俺の体はしばらく動かなかった。

「おい、こんな大通りで何固まってんだ!邪魔だよ!」

 

肩を押され、漸く体がその場から動き出す。

よろよろと定まらない足取りで、路地裏まで辿り着いた。

 

壁を背にしてその場に座り込む。

 

「はは……まじかよ……」

 

先程の光景が目に焼きついて離れない。

抱き合う二人、凪の表情。

 

「こんなのって……こんなのってありかよ!!」

 

確かに自分は残酷な事をしたしまった。

三国同盟が成った直後、俺は消えた。

ちゃんとした別れは華琳にしかしていない。なんの前触れも無く居なくなった俺を、彼女達は許してくれるだろうか?そう思った事もある。

 

俺は自惚れていたのかもしれない。俺が彼女達をずっと思っている様に、彼女達も自分をずっと思ってくれていると。

 

本当は……間違っていたらしい。

 

彼女達が自分の事を思い続けるには、五年という月日は長かったのかもしれない。

警備隊の名前が変わったのは二年前だと聞く。それまでに戻れなかった自分がいけなかったのだ。

彼女達は待ってくれていた。少なくとも、三年間。

 

「…………そうだよな」

 

出遅れた……とでも言うのだろうか。

抑え切れない激情を、無理やり鎮める。

泣き喚くのはもうちょっと後、もう一度この目で見て確認してから。

 

ゆっくりと立ち上がり、俺は再び城へ向かう。

誰にも見つからず、城へ入る事は容易だった。

 

警備ルート、交代時間などが変わっていなかったのだ。

これでは間諜などに楽に侵入されてしまうのでは?と危惧したが、今この時代で間諜を放つ相手などいないのだから、余計なお世話なのだろう。

 

気配を消し、茂みに隠れながら城内を移動する。

と、城庭に三つの人影を見つけた。

 

「春蘭……秋蘭……」

 

王祥と手合わせしている春蘭と、それを見物している秋蘭が居た。

今すぐ駆け寄って抱きしめたい。全てを投げ出して会いに行きたい。

思うが侭に足を踏み出した俺に、笑い声が聞こえる。

 

 

春蘭と秋蘭の、幸せそうな笑い声

 

 

その声は、俺をその場に留まらせる。

 

俺がこの場で出ていって何になる?彼女達は既に自分を振り切っているのではないか?

俺が彼女達の前に姿を現したとしよう。彼女達は喜んでくれるかもしれない。泣いてくれるかもしれない。

だが俺は、またいつ消えてしまうか分からない。貂蝉の言った事はよく解らないが、この世に絶対など無いのだ。

 

それなら彼に……王祥に、彼女達を幸せにしてもらったほうがいいのではないか?

自分がこの場で姿を現すのは、彼女達が掴みかけている幸せを壊すのではないのか?

 

首を横に振る。

 

小さく小さく呟いて、俺はその場を後にする。

 

 

 

「ごめん、貂蝉。『俺は』幸せになれないみたいだ……」

馬を飛ばしてどのくらいたっただろうか。

既に辺りは暗く、木に囲まれている。いつの間にか林道に入っていたようだ。

 

 

ここなら、いいだろうか?

 

 

馬を止め少し歩く。すると、目の前に大きな湖が現れた。

湖に映る下弦の月に目を奪われる。

 

 

ここなら、いいだろう

 

 

「う……ぁあ…………うあぁぁああああああ!!!」

 

繋ぎとめていた糸が、ぷつりと切れた。

止まらない涙。鼻水を垂れ流して、今の俺はさぞみっともない事だろう。

でも涙を止める気にはならなかった。

 

完全に割り切れた訳ではない。今でも彼女達を愛している。

でも、俺は身を引く。愛しているからこそ、彼女達の幸せのために。

それは自己満足なのかもしれない。彼女達が知ったら怒るかもしれない。

それでも、王祥なら良かった。彼なら必ず彼女達を幸せにしてくれるだろう。

 

「あぁぁああああああああああああああああ!!!!!!」

 

気の済むまで泣き叫ぼう。喉が潰れて、声が出なくなるまで泣き叫ぼう。

そうしなければ、壊れてしまう。この五年間の想いに、心が壊されてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい叫んでいただろうか。

俺は顔をあげ、月を見上げていた。

半分に欠けた下弦の月。それがどうしようもなく自分と重なって、笑えてくる。

 

「さっきから奇声を放っているのは貴様か?」

 

苛立ちを含む女性の声が背後から聞こえた。

眼を擦り、振り返る。

 

「貴様のせいで碌に寝る事もできん、責任を取ってもらうぞ」

 

眼に入ったのは美しい銀髪。その女性は顔に苛立ちを浮かべ、大きな斧を構えていた。

あとがき

 

 

どうもふぉんです。

今回の一刀さんはへたれでしたねー。

彼なりの苦悩の末の決断ですから、仕方無いのでしょうけども……

森で会った彼女は一体誰なんでしょうか。まぁ解ると思いますが(笑)

 

みなさんの予想通り、番外編で出た影は一刀さんでしたー。ばればれですよね。裏をかけなくてすいません……

 

それでは次回作でお会いしましょう。


 
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