No.174396

真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~ 第四十四話

狭乃 狼さん

さて、刀香譚四十四話であります。

成都を目指し、培城を目指す鈴々たち。

さらに、その先の綿竹関にて待ち受けるは。

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2010-09-24 11:29:12 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:11514   閲覧ユーザー数:9800

 培城。

 

 成都、巴郡、漢中の丁度中間に位置するこの地は、古くから益州の軍事、交易、交通の要衝として重視されていた。

 

 現在の城主は李厳。だが、今はその本人は成都への呼び出しにより留守のため、代理としてその部下である鄧芝が、城主代行を務めている。

 

 「……美音姉さまは荊州勢に降ったか。そしてその荊州勢の一部が、こちらへ向かっているから協力するように、か。……姉さまのいうことは解るけど、さて、どうしたものか」

 

 彼女の手に握られている、一通の書簡。そこには、巴郡太守である厳顔を、謀反人として討つよう、張任から命を受けて巴郡に出陣したこと。そして、そこにやってきた荊州勢に、張翼・雷同とともに降った事が書かれていた。

 

 普段から李厳を姉と慕っている鄧芝である。益州の民や、友である法正を救うためにした、李厳らの苦渋の決断はよく解る。だが、

 

 「姉さまの言うとおり、荊州軍に味方してここを明け渡すのは簡単だし、同義的にも民のためにも、そのほうが良い事はよく解ってる。でも……」

 

 鄧芝はどうしても決断できずにいた。その理由は、益州の牧である劉璋にあった。

 

 「紅花さまは確かに、分別のつかないただのお子様だけど、それゆえに恐いのよね。もし、荊州勢が敗北となった時は、向こうについた者を絶対に許さないでしょうね。下手をすればここの民たちをも、危険にさらすことになるし……」

 

 そう。子供というものは時に残酷なものであるが、劉璋はそれに輪をかけて残酷だった。

 

 「……張松がいい例だもの。再三再四、税と労役の軽減を訴え続けて、それが癇に障った紅花さまは彼を……。うっ。思い出したら吐き気が……」

 

 それは一年ほど前の話。

 

 張松、字を永年という人物が、民たちのあまりの苦境を見ていられなくなり、主君である劉璋に対して、それこそ毎日のように諫言を続けた。だが、劉璋はその言葉に一切耳を貸さず、挙句の果てに、

 

 「もう顔も見たくない。こやつを牛裂きにしてしまえ」

 

 と、張松の処刑を命じたのである。

 

 牛裂きの刑、とは。すなわち首と両の手足を、それぞれ紐で牛につなぎ、ばらばらの方向へと暴走させるというもの。

 

 ……結果がどういうものになるかは、容易に想像がつくと思う。

 

 「……あれ以来、紅花さまに面と向かって諫言する者は、ほとんど居なくなった。私はともかく、民たちが危険にさらされないようにする為には……」

 

 それから少しして、鄧芝は決断を下した。

 

 

 

 「なー、輝里。何でわざわざ鈴々たちがこっちに来る必要があるのだ?」

 

 徐庶に対して、率直な疑問を口にする張飛。

 

 「みんなで一緒に成都を落とせば、そのほうが手っ取り早かったのだ」

 

 劉備達とは別に、巴軍から培城を目指すその道程において、十分な説明を受けたはずなのだが、それでもやはり、納得がいっていないらしかった。

 

 「鈴々の言いたいことは解るよ。けどね、もし劉璋を逃がしたら、さらに戦は長引くよね?それだけは絶対に避けなきゃいけないの」

 

 一刀たちの益州攻略の最大の名分は、なんと言っても民の解放である。

 

 そして、そのためにもっとも必要なのは、速さと確実性。

 

 それが故に、手勢を二つに分けて、北への逃げ道となる綿竹関、そして培城をおさえて置くことにしたのである。

 

 「では輝里よ。もし南に-南蛮方面に逃げたらどうするのだ?」

 

 今度は公孫瓚が質問をする。

 

 「その可能性は低いと思うけど、それならそれで問題にはならないよ。益州に残られるよりは、ね」

 

 笑顔で徐庶がそう返す。そこに、

 

 「みんな!城が見えたのだ!」

 

 張飛の示すほうに、最初の目的地である培城が見えてくる。

 

 「美音の送った書簡は届いているだろうか」

 

 「大丈夫だって。白蓮姉もホント、心配性だね」

 

 「そーそー。そんな調子じゃそのうち禿るぞ、姉貴」

 

 「やっかましい!」

 

 そんなやり取りをするうちに、一行は城の前までたどり着く。だが、彼女たちを門を開けずに、城壁の上で出迎えた鄧芝の反応は、彼女たちの期待を裏切るものだった。

 

 

 

 「どういうことですか、鄧芝どの!美音からの書簡を見ていないとでもおっしゃるか!?」

 

 「……いいえ、見ております。その上で、申し上げました。降伏はしない、と」

 

 城壁の上から荊州軍を見下ろしながら、鄧芝がそう返事を返す。

 

 「じゃあ、何で協力してくんないのだ!」

 

 「あなた方のご主君である劉北辰殿の想いは、美音姉さまのお手紙でよく理解しました。ですが、私には彼女たちのような”賭け”をする度胸はありません。なので、私にできることは一つだけ。門を閉じ、城に篭る事だけです。……では」

 

 それだけ言って、鄧芝は城門からその姿を消す。

 

 「……なあ、姉貴。今のはどういう意味だ?」

 

 「……輝里、もしかしてアイツ……」

 

 「多分そういうことだと思うよ。……鄧芝さんも、迷った末の決断なんだろうね」

 

 顔を見合わせ、うなづき合う公孫瓚と徐庶。

 

 「……なんのことなのだ?」

 

 対照的に、首をかしげて不思議そうな表情の張飛と公孫越。

 

 「降伏はできない。けれど、後を追うこともしない」

 

 「綿竹を落とすことには、何も言わないってことだよ」

 

 鄧芝の決断したのは、つまり『見てみぬ振りをする』だった。

 

 どちらの立場にも立たず、あえて中立を保つ。卑怯と言われるかもしれないが、どういう結果になっても、民に被害が及ぶ確立は低くなる。

 

 苦悩の末の決心だった。

 

 「なら、そのお言葉に甘えて、我々はこのまま綿竹を目指すか」

 

 「そだね。……絶対に勝って、その気持ちに応えないと」

 

 「ああ」

 

 「よーし!なら早速出発するのだ!」

 

 軍を南に向け、進軍を再開する荊州軍。その時城内では。

 

 「……みなさん。姉さま達を、益州をどうか、お願いします……」

 

 自室の窓から外を眺めつつ、そう願う鄧芝の姿があった。

 

 

 

 一方その頃、成都では。

 

 「蒔、早矢、美音。三人ともよくやった。まさか厳顔を捕らえてくるとは思わなかった」

 

 張翼、雷同、李厳の三人を、上機嫌で張任は褒め称えた。その張翼たちの前には、縛られた厳顔と孟達の跪いていた。

 

 「……こちらにも相当の被害が出ました。それ故、荊州への侵攻は不可能になってしまいましたが」

 

 「巴軍がすでに、荊州の連中に落とされていたとはね。しかも、この二人がその一員になって抵抗するなんて……。この恩義知らずが」

 

 そう毒づきながら、厳顔と孟達の顔に、唾を吐く張任。

 

 「ふん。顔に唾を吐かれて何も反応しないのかい。……堕ちたものだ」

 

 『……』

 

 まったく反応しない厳顔と孟達。だが、良く見れば、後ろ手に縛られたその拳からは、血が滲んでいた。

 

 「……紅花さま。負傷した者達や、死んだ者達の遺族らには、十分な手当て行ってほしいですなう」

 

 玉座に座る主君に、雷同がそう進言する。

 

 「……何でじゃ?」

 

 「は?」

 

 雷同たちの思考は一瞬停止した。

 

 「兵なんて所詮は消耗品でしょ?そんな使い捨ての”モノ”たちの為に、何で妾の大事な財産をくれてやらねばならぬのじゃ?」

 

 心底から解らない、という顔をする劉璋。

 

 「嬢!今のは聞き捨てならんぞ!己のために戦った兵士達に対し、なんと言う暴言じゃ!!」

 

 劉璋のあまりの言葉に対し、縛られたままなのも忘れ、思わず身を乗り出して怒鳴りつける厳顔。

 

 「うるさいのう。……桔梗よ。いくらそなたが母上の代からの臣とはいえ、それ以上口を開けば、もはや遠慮はせぬぞ?」

 

 「……わしを殺すと言うか。いつぞやの永年の様に、牛裂きにでもする気か?!」

 

 「どうせならもっと、趣向を凝らしたものの方が良かろ。……牢の中で、その日を楽しみにしておれ。連れて行けぃ」

 

 口元に笑みを浮かべながら、近くの兵士に命を出す。

 

 (……以前の美羽並、なんて思っていたけど甘かったな。……比較にならないほどひん曲がってる)

 

 連行されていく厳顔と孟達。その時、すれ違った一人の女官と視線を交える。

 

 (頼みますぞ、お館さま)

 

 (あたしもすぐ合流します)

 

 声は出さず、口だけをすばやく動かす厳顔と孟達。

 

 それを見て、その女官はわずかに頷く。

 

 (……仕込みはこれで出来た。後は桃香たちの到着を待つだけだ)

 

 

 

 視点は再び、張飛達に変わる。

 

 培城から綿竹を目指して十日。張飛達はようやく綿竹関に到着していた。しかし、その彼女らはそこで信じられないものを目撃していた。

 

 「うそ、だろ……」

 

 「なんで、あの旗がここにあるのだ……?」

 

 関に翻るその旗に、呆然とする張飛と公孫瓚。

 

 「深緑の”馬”旗……。ていうことは」

 

 「西涼の錦、馬超……か」

 

 綿竹関に翻る二つの旗。それは間違いなく、馬超とその従姉妹、馬岱のものであった。

 

 「翠の奴は確か、洛陽の乱で行方不明になったはずだったよな?」

 

 「そうなのだ。蒲公英も一緒になのだ」

 

 「それが何でここに……」

 

 頭の中に、疑問符を大量に浮かべる一同。その時、

 

 ギギギギギギ。

 

 と。関の門が開いて、中から二人の人物が出てきた。

 

 「翠なのだ!蒲公英も一緒に居るのだ!」

 

 張飛が馬超と馬岱の姿を確認し、満面の笑みを浮かべる。だが、公孫瓚達の表情は、緊張を維持したままだった。

 

 「白蓮どーしたのだ?翠達が生きてたのだ!もっと喜ぶのだ!」

 

 「あたしも、出来るならそうしたいけどな。……鈴々、二人の表情を良く見てみろ」

 

 「にゃ?」

 

 公孫瓚に促され、自分達に向かって歩いてくる二人を、張飛はもう一度良く見る。そして気づく。

 

 その表情を彩るは、憎しみと、怒り。

 

 「す、翠達何か怒ってるのだ」

 

 「どっちかって言うと、憎悪って感じだけどな」

 

 そして、互いの声が届く距離まで、馬超たちが接近してきた。

 

 その第一声は、

 

 

 

 「よくもぬけぬけと、あたし達の前に顔を出せたな、張飛!そして公孫瓚!」

 

 「ここで会ったが百年目!おば様の仇、蒲公英達が討たせてもらうからね!」

 

 怒気。いや、もはや憎悪と言って良い感情を込め、張飛と公孫瓚を痛罵する。預けあった真名ではなく、姓名を以って。

 

 「い、いったい何を言ってるのだ、翠!」

 

 「そうだ!なぜ私達が馬騰どのの仇だなどと」

 

 二人が何を言っているの解らない。自分達があの馬騰を殺したとでも?そんなことは天地神明に誓って無い。というより、出来るわけが無いのだ。

 

 「うるさい黙れ!人の真名を気安く呼ぶな!お前達から預かった真名!今日を限りに返上させてもらう!!」

 

 『な?!』

 

 真名を返上する。

 

 古今東西において、それを行うことの意味は二つ。

 

 絶縁と、敵対。

 

 突然の宣言に耳を疑い、張飛と公孫瓚は、ただ呆然と立ち尽くすのであった。

 

 

                           ~続く~


 
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