No.173563

恋姫異聞録85

絶影さん

武都に着きましたー

いよいよ引渡しです。黄忠はいったいどういう反応をするのか
翠は銅心を殺された事に一体どういう反応をするのか

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2010-09-19 22:53:22 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10464   閲覧ユーザー数:8146

 

 

翠から文を受け取った俺は直ぐに翠へと返事を送り、武都と巴西の国境で璃々ちゃんの引渡しとなった

俺たちは返事が来ると共に荷物をまとめ、フェイに見送られながら涼州は金城から移動して武都へと入った

 

「城壁が見えてきた。姉者と少ししか離れていなかったと言うのに、何だか懐かしい気がするな」

 

「確かに、春蘭は俺達の中で存在が大きいと言うことだろう」

 

遠くに見えるのは武都の城壁、馬車を進め門に差し掛かるところで土嚢を担ぎ兵たちと共に泥だらけになりながら

城壁を修復する春蘭の姿を見つけた

 

旗揚げする前の彼女の姿からはとても想像のつかない姿、こんな花の無い地道な作業でさえ春蘭は誠実に

従事し、その姿でも気品は少しも損なわれず、飾らぬ笑顔を共に働く兵達に向ける

 

大軍を率いる将が土を被り、その手を泥で汚してなお気高い姿は兵たちの心を打つ

 

俺と秋蘭は美しいと言える義姉の姿に見惚れ、しばらくその姿を少し離れたところで見ていた

やはり我等の姉だと

 

「おねーちゃーん!」

 

「む、おお!涼風、涼風じゃないか!やっと来たか」

 

荷台で璃々ちゃんと遊んでいた涼風は、春蘭の姿に気付き大声で呼びかければ

泥だらけの顔で涼風の方に振り向き輝く笑顔を見せる

 

「少ししか離れて居なかったというのに、随分と久しい気分だ。元気にしていたか?」

 

「うん!」

 

「フフッ」

 

「ん?どうした秋蘭、私は何か変なことを言ったか?」

 

「いや、私と同じような事を言ったからな、つい笑ってしまった」

 

頸を傾げる春蘭に俺も笑ってしまう。春蘭も同じ気持ちで居るとは流石は姉妹ということだろう

 

「直ぐに抱きしめたい所だが私は見ての通り泥だらけだ、城内に入って待っていてくれないか?」

 

「うん、涼風待ってるよ」

 

「よしよし、涼風は偉いな。仕事を終えたら直ぐに其方に顔を出す、久しぶりに一緒に遊ぼう」

 

荷台に腕を乗せて涼風を優しく見詰める春蘭、涼風は【やったー!】と笑顔で喜ぶ

 

春蘭はその涼風の後ろに隠れるように此方を見るもう一人の子供にも笑顔を向けた

 

「昭、この娘が黄忠の娘か?」

 

「ああ、引渡しは国境だ。華琳にも許可は取った穏便に事を進めたい」

 

「姉者、私は昭に着いて行く。姉者も・・・」

 

「私は行かんぞ」

 

春蘭の意外な言葉に秋蘭は驚く、絶対に春蘭もついてくると思ったのだろう

 

「穏便に、内密に処理するならば将は居ないほうが良い。それに之は昭が華琳様に無理に通したことだろう?」

 

「そうだ、俺の我儘だ」

 

「ならば私が行くのは間違っている。我儘に付き合うのは秋蘭だけで十分だろう?武都の仕事もまだ残っている」

 

「姉者・・・」

 

春蘭は俺と目を逸らす。だがそれで大体解ってしまった、俺は眼を見ることで心を読むが、目をあわさずとも

義姉の考えることなど解る。俺の考えを秋蘭や春蘭、華琳が解るように

 

「中で稟がお前達の到着を待っているぞ、私は仕事に戻る」

 

「ああ、涼風と待ってるよ」

 

「引渡しは明日だろう?今日は皆で食事か、楽しみだ」

 

そういって手を軽く振ると踵を返し、仕事へと戻っていく。その後姿に手を振る涼風と璃々

秋蘭もなんとなく春蘭のことが解ったのだろう、少し小さく息を漏らすと俺のほうを見て小さく笑う

 

「行こうか」

 

「ああ」

 

俺は手綱を叩き、馬を城内へと進ませた

 

城内に入れば霞の言っていた通り、随分と復興が済んでいる様でほとんどの建物が修繕されていた

と言っても少ししか戦わず降伏をしてきたのならば城内の損害が少なくて当たり前なのだろうが

 

全体を見ればやはり稟の策略で内部から城壁の破壊がされていた為か、城壁が一番修復に時間が掛かるようだ

春蘭が率先して修復に掛かっていたのはその為でもあるのだろう

 

「昭殿、お待ちしておりました」

 

「稟、出迎え有り難う」

 

「いえ、復興もそれほど大した事はありませんし、出迎えの時間を取るくらい何でもありません」

 

「今回は大手柄だな、兵を減らす事無く降伏させ城もほぼ無傷で手に入れた」

 

「そのことなのですが・・・とりあえず部屋に案内いたしますので歩きながらでも」

 

稟と共に出迎えてくれた兵士が荷物を下ろし、部屋へと先に運ぶのを見ながら、稟へ出迎えの感謝と

今回の戦の労いの言葉をかけると、稟は少し複雑な表情をしながら部屋へと案内してくれた

 

「今回のことなのですが、私の策略が巧くいったとはいえあまりにも早すぎるのですよ」

 

「確かに、一当てした後直ぐに降伏してきたのだろう?」

 

「ええ、本来ならばもう少し抵抗があると思うのですが」

 

「考えすぎではないのか?扇動も行っていただろう、敵兵の中から此方に流れるものが多かったのでは無いのか?」

 

「それもありましたが、此処まで巧く行き過ぎると」

 

確かに稟の言うとおりかもしれない、事がうまく運びすぎるならば何かあると考えるのが普通だ

しかもそれが軍師ならば不測の事態を考えるのは当然、そして俺にそのことを話すという事は

 

「俺に投降して来た兵の心を読めと言うことか」

 

「はい、用心に越した事はありません。引渡しが済むまでの間に投降して来た兵士数人の尋問をお願いしたいのです」

 

「解った、全員を見よう。目を鍛えることにもなるだろうからな」

 

「えっ、本当ですか昭殿」

 

「ああ、何かあると考えるなら全ての兵を調べたほうが良いだろう?」

 

「良かった、数人をお願いするのも心苦しいと思っていましたので」

 

「その代わり、引渡しの時に兵を配置するのはやめてくれよ」

 

「・・・」

 

苦笑いをする稟、やはり引渡しの際に兵を配置し、あわよくば黄忠、馬超を捕縛しようと考えていたか

華琳と似た思考を持つ彼女ならではだな、こんな絶好の機会を逃すわけが無い仕方が無いことではあろうが

 

「目を見て私の心を読みましたね?」

 

「読まずとも解る、俺の追加した評価を忘れたか?稟は王を知る者だ」

 

「う・・・しかし敵はバカ正直に将だけで来るとは限りません」

 

「それは無い、俺の義妹はつまらない嘘を吐く者ではない」

 

「信じているのですか敵を?」

 

笑顔で頷く俺に今度は呆れたように溜息を吐く

 

「昭殿、貴方は確かに馬騰の息子ですよ。報告で聞いた馬騰は敵すら信じる男ですから」

 

「父は忠義に厚い人だったけさ、確かに敵すら信じる侠ではあったが」

 

「同じです。華琳様に対する忠義は例えるなら大地に根を下ろす巨木、太く根強く揺ぎ無い」

 

「稟が評価とは珍しい、だが忠義に関しては稟だって負けてはいないだろう」

 

「ええ、私の華琳様に対する忠義は昭殿よりも太い幹を持ちます。私の華琳様に対する想いは・・・」

 

「あ・・・」

 

気が着いた時は遅かった。隣で頬を染め、鼻血を噴出し崩れ落ちる稟。それを見て手を叩いて面白がる

涼風、酷く驚く璃々ちゃん、呆れ顔の秋蘭、そして風がしていたように稟の後頭部を叩き処置する俺

相変わらずこの調子なら稟はまだ華琳の閨に呼ばれていないのだろう、可愛そうなヤツだ

 

 

 

 

 

その後、倒れる稟を担ぎ近くの兵に案内された部屋へ休ませ、子供達を秋蘭に任せ投降してきた兵達の尋問を始めた

 

「わ、私達は何の為にここに呼ばれたのでしょうか?」

 

「貴方様の御名前はお聴きしております。我等の降った魏のもう一人の王、舞王様でございましょう?」

 

「そ、そんな方が我等などと話をすることを所望されるとは・・・」

 

「なに、大した事ではないんだ。この武都でどういう生活や仕事に従事していたのか聞きたくてな

これから武都を治める魏王、曹操様の参考にと思ってだ」

 

部屋には一気に十人の投降兵が呼ばれ、それぞれに驚き身を震わせていた。読み取れる感情はもしや自分たちは

殺されるのではないだろうかと言う不安、そして拷問などされるのではないかと言う恐怖、「投降兵ならば仕方が無い

 

そして誤解されているようだからはっきりと言っておく必要があった。この国に王は華琳一人だと

俺が曹操様と言うことで彼らは理解しただろう、俺が彼女の臣下であるということを

 

そのまま当たり障りの無い話から今回の戦について話を移し、感情の揺れが無いか一人一人目を見て探ったが

感情の揺れなど無く、嘘をついているような者もいなければ隠し事をして居るような者も居なかった

全体の四分の一も終わってはいないが兵達に怪しい所は無い、だが・・・

 

「ご苦労様、どうだった投降兵は」

 

「秋蘭、特に怪しい所は無かったよ」

 

陽が暮れ、部屋に戻って出迎えてくれたのは秋蘭、部屋に入れば春蘭が子供たち二人と遊んでいた

どうやら璃々ちゃんとも直ぐに打ち解けてしまったようだ

 

「おお、ご苦労だったな。不審なものは居たか?」

 

「いや、居なかったよ。あの兵達から何か一物抱えているようなヤツは見出せなかった」

 

「そうか、稟の言うとおり私も不思議な感じはあったのだが、昭が言うのならば間違いはあるまい」

 

男は椅子に座り、秋蘭に出された茶を啜りながら春蘭が子供たち二人と戯れているのを見詰めていた

 

「昭?」

 

「ん、食事何にする?」

 

「いや・・・そうだな姉者も居ることだし」

 

「食事なら稟が用意すると言っていたぞ、そろそろ準備ができている頃ではないか」

 

食事を用意してくれているとは有り難い、金城では秋蘭にからかわれ腹いっぱい食うことが出来なかったから

今日こそは目一杯食ってやる

 

「昭の腹が満足するように食事を多く用意させた、金城で何かあったのか?フェイから心配されて食材が送られてきたが」

 

「・・・」

 

俺は秋蘭をチラリと見れば、そ知らぬ顔で何かあったか?と首をかしげていた。本当にこういうときは

ポーカーフェイスが役に立つ、ずるいとしか言いようが無い

 

その日の夜は用意された食事を全て平らげ、俺の食事を初めて見た璃々ちゃんは目を丸くして食事の手を止め

じっと俺を見ていた

 

「御飯が消えてる・・・」

 

「あははははははっ、おとうさんたべるのはやいでしょー」

 

「・・・フェイから食材を送っていただいていて本当に良かった」

 

唖然とする稟と璃々を気にする事無く、次々に出される食事を平らげていくその隣で秋蘭は

まるで男が次に食すものを知っているかのように皿に取って渡していく

 

「稟は見るのが初めてか?」

 

「ええ、話しは聞いていましたが之ではまるで」

 

「季衣だと言いたいのだろう?だが昭は元々これほど食べれた訳ではないぞ」

 

「え?それは一体どういうことでしょう」

 

「舞を舞うようになってからだ、舞は昭の身体の体力を驚くほど奪う。その肉を削ぎ落としてしまうほどに」

 

「そのために無理矢理食事量を増やしたと?」

 

「そうでもしなければ今頃昭の身体は骨と皮だけになっているだろう」

 

舞とは、戦神とはそれほどのものかと改めてその危険性の大きさに驚き、しかもその為に無理矢理食事量を

増やしたなどと何処まで己を追い詰めるのだろうかと。ただ男の意志の強さに驚くだけだった

 

「おそらく金城で昭に食事をあまり取らせなかったのではないか?大食は身体に良いことではないからな」

 

「では今は?」

 

「明日は引渡しだ、不測の事態に備えてと言うことだろう」

 

男の身体を心配し、あの手この手で食事などを制限させ更には男が敵を信じても自分だけは

男を守る為、あらゆる手段を厭わないと秋蘭の姿が言っていた。

 

そんな姿に稟は呆れたように笑うと、部屋を飛び出し厨房に立ち戦場の軍師の如く指示を飛ばし始める

たとえ料理は素早く作ることが出来ずとも、指示を飛ばし回転を上げる事は出来ると

 

 

 

 

 

早朝、引渡しの準備を終えた俺達は馬を引き城門へと移動した

 

 

「さぁ行くか。ようやくお母さんに会えるぞ」

 

「うん!」

 

心底嬉しそうに微笑む璃々ちゃんの頭を撫で、馬に跨る秋蘭の前に乗せる。涼風は俺の身体をよじ登り

頸にしがみ付く、それを確認して馬へと跨り手綱を握った

 

「姉者は?」

 

「朝早く城壁の修復をすると行ってしまいました」

 

「そうか、では行ってくるぞ。それほど遅くはならんと思う」

 

「ええ、ご無事で。昭殿、無理をしてはいけませんよ」

 

「無理なんかしないよ。ただの引渡しなんだから」

 

「貴方が無理しなかったことが今まであったでしょうか?」

 

秋蘭に【無いな】と即答さればつが悪そうに頭を掻く、そしてチラリと秋蘭を見れば

その点に関して少し怒っているようだ、稟には決して解らないが男には解る表情の奥に隠された

心配と怒りが

 

「う~・・・さ、さぁ行こう!璃々ちゃんも早くお母さんに会いたいだろうからな!」

 

その場に居る事が居た堪れなくなったのか、馬の手綱を叩き走り出す

 

「まったく」

 

「ふふっ、大変ですね」

 

「だがそれが昭だからな、仕方あるまい」

 

「秋蘭ーっ!置いてくぞー」

 

「璃々を置いてはいけんだろう、では行ってくる」

 

「ええ、御気をつけて」

 

手を振り見送る稟に軽く手を振り替えし、男の元へと馬を走らせ並走する。稟はその後姿を見ながら

思った。前に叱られたことも合わせれば、普段は頼りないがいざとなると頼りになる

昭は父なのだなと

 

 

朝早く城門から出発し、陽が上りきる前に引渡し場所に到着し

しばらくすると遠方から馬が三頭此方に向かって走ってくる

 

此処から相手がはっきり確認できるくらいの離れた場所で止まる三頭の馬から降りた人物は

 

黄忠殿と翠、そして蒲公英だ

 

翠と蒲公英は此方を見て俺の姿を確認すると手を振り、俺は手を振り返す

しかし、肝心の黄忠殿は俺が璃々ちゃんと手を繋いでいるのを見るなり

腰に携えた弓を構え、怒りの形相で弓を引き絞った

 

スッ、シュル・・・ギチッ

 

それに反応するように隣に居る秋蘭は矢筒から矢を抜き取り、素早く弓に番える

秋蘭の表情は鋭く尖った氷のように、だが此処には戦いに来たのではない

 

俺は秋蘭の弓を掴む手ごと矢をつかんで下ろさせ、真直ぐ翠を見る

秋蘭は不安げに此方を見ているようだが、俺は気にる事無く翠を見ていた

 

翠は俺の行動と同じく黄忠の手を掴む、そしてなにやら話しているが

黄忠は必死の形相、対する翠は笑顔で・・・

 

表情から読み取るに、俺に矢を向けるのを何故止めるのかと言っているのだろう

それに対して翠は此処は戦場ではない、心配するなと言っているようだ

 

「・・・」

 

「・・・!・・・ッ!!」

 

なにやら黄忠殿が叫んでいるようだが、構わず翠は此方へと走ってくる

そして蒲公英も止めるような素振りを見せる黄忠殿をよそに此方へ走ってくる

 

「昭」

 

「義妹と蒲公英だ、心配無いよ。あの顔、敵意があるように見えるか?」

 

「・・・見えんな。むしろ喜んでいるようにしか見えん」

 

武器も持たず此方へと走り、俺の前へと着くと笑顔を見せてくれる翠

遅れて蒲公英が「御姉さま早すぎるよー!」と肩で息をしていた

 

「久しぶりだな、いやこの間会ったばかりか」

 

「うん、えっと・・・お、御兄様も元気そうで安心した」

 

「御姉さま照れてるー」

 

「うるさいな、まだ慣れてないんだから仕方ないだろう」

 

蒲公英の言葉に恥ずかしそうに頬を染める翠。遠くで驚いていた黄忠殿は、慌てて此方に走り始めた

どうやら今の状況が良く解っていないようだ

 

「璃々はやっぱりこっちに居たんだ、良かった御兄様が保護してくれてて」

 

「大丈夫だった?蒲公英すっごい心配したんだよー」」

 

「うん!大丈夫だよ、楽しかったし御友達も出来たよー!」

 

蒲公英の問いに笑顔で答える璃々ちゃん、そして自慢するように白く美しい弓を見せて

「これもらったの!」と言い、蒲公英は小さくとも美しい白弓に眼を奪われ、璃々と共に弓を引いていた

 

「御友達、もしかして御兄様が肩車してる子って」

 

「ああ、俺の娘だ、可愛いだろう?」

 

「うわああっ、うん!可愛い!だ、だっこしても良いかな?」

 

「涼風、お姉ちゃん抱っこしてくれるって」

 

「ほんと?わーい!」

 

翠は俺の肩から手を伸ばす涼風の脇を掴むと抱き寄せて顔を輝かせていた。自分の姪という認識なのだろう

それに加え、涼風は人見知りをしないし常に笑顔だから余計に可愛く感じるようだ・・・まぁ俺の娘だ当たり前だが

 

「昭」

 

「あ、すまん。翠、知っているだろうが俺の妻、秋蘭だ」

 

「夏候淵だ、こうして会うのは初めてだな」

 

「ああ。戦場では三度、いずれもアンタの頸を上げる事は出来なかった」

 

「フフッ、此方も同じだ。弐度ほど手ひどくやられたがな」

 

鋭い視線を送る翠に秋蘭も同じように視線を返す。抱きしめられている涼風を見れば不思議な顔をして

蒲公英と一緒に居る璃々ちゃんは二人の視線に少し脅えてしまっていた。

 

ペチッ

 

「いたっ」

 

俺は翠の額を軽く指で弾き、何するんだよと言う目で此方を睨む翠の頭を撫でる

 

「戦いに来たのか?」

 

「ち、違うよ。ごめん、御兄様の奥さんに失礼なことをして」

 

「いいや、私も悪かった。非礼を許してくれ」

 

まさか秋蘭から謝罪されるとは思っていなかったのか、それともこういったことに慣れていないのか

少し驚き、照れてしまっていた

 

「・・・銅心殿の事、聞いているだろう」

 

「うん、フェイから詳しく聞いたよ。立派な最後だったって、今度は新城の小父様の所に行ってもいいかな?」

 

「ああ、俺の真名を語り知るものは魏以外ではお前だけだ、何時でも来い」

 

「有り難う。御兄様はやっぱり強いよな、御父様みたいだ」

 

「?」

 

「フェイも文で言ってた。小父様を討ったことを決して謝らず、胸をはりあたしの前に立ってるんだから」

 

翠は少し顔を伏せてしまう。隣で璃々ちゃんに目線をあわせしゃがんでいた蒲公英は翠を心配そうに

覗き込む

 

「強くなんか無いさ、俺がした事は己の意地を、意志を、信念を通したに過ぎない。ただの我儘なヤツだ

そんなヤツがお前の前に立ち、何かされるとしても仕方が無い。だがその我儘を通す為に死ねないと言うだけだ」

 

「ふふっ、それだってあたしを信じてるんだろう?自分の義妹はそんな卑怯な事はしないって」

 

「ああ、俺にとって家族は国よりも重い。敵として今此処にたっている訳ではないだろう?」

 

「うん、でも一つ間違ってるよ。御兄様は我儘なんかじゃない、誇りを持ち戦う武人だ。意地を、信念を通す事は

決して我儘なんかじゃないさ、小父様はきっと沢山のことを御兄様に残したんだろうな」

 

翠は顔を上げて笑顔を見せてくれた、馬家の娘は強い。父馬騰の血をしっかりと受け継ぎ、力や技だけでなく

心までも二人の英雄に育てられた。敵である華琳の陣営に居る俺を、もう一人の父である銅心殿を殺した

俺を、笑顔で真直ぐ見据えられるなど

 

「翠、お前の方が強いさ」

 

「有り難う、心強い御兄様にそういってもらえると自信が持てるよ」

 

翠の頭を改めて優しく撫でる。翠は気持ちよさそうに頬を染めて目を細める。そういえば父、馬騰に

似ていると言っていた。きっと父もこういう感じで翠を撫でていたのかもしれない

 

「離れなさいっ、舞王っ!」

 

「ちょ、ちょっと紫苑っ!」

 

此方に辿り着いた黄忠殿は俺に向けて矢を引き絞り、驚いた蒲公英は慌てて弓を持つ手を掴むが黄忠は

怒りを露にし此方を睨みつける。その母の姿に脅え竦んでしまう璃々

 

子を、璃々ちゃんを守る事で頭が一杯になってしまっているのだろう

 

「お、お母さん」

 

「璃々、此方にいらっしゃい。その人の近くに居ては駄目よ」

 

「紫苑、御兄様は此処に戦いに来たんじゃない、弓を治めてくれ」

 

必死の形相で俺を見る黄忠殿、俺はその姿を見て何故か冷静だった。きっとそれは彼女の必死な形相や怒りが

全て自分の娘を愛するが故のものだと理解できるから

 

何故ならば俺は彼女に恐怖を植え付けた者だから、そして逆に秋蘭を殺される恐怖を植え付けられた者だから

余計にその気持ちは解ってしまう、愛するものが危険に晒されればその愛情の分だけ怒りは膨れ上がる

 

定軍山で学んだ事でもある。ならば俺は何もせず、ただ彼女の愛する者を返すだけだ

それこそが彼女の怒りを静める唯一の方法だからだ

 

 

 

 


 
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