No.172906

PSU-L・O・V・E 【Cafe du Caseal】

萌神さん

EP08【Cafe du Caseal】
SEGAのネトゲ、ファンタシースター・ユニバースの二次創作小説です(゚∀゚)

TGSにてPSO2製作発表記念!(゚∀゚)

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2010-09-16 22:11:46 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:592   閲覧ユーザー数:588

その日、ヘイゼルはユエルを伴って街へ出掛けていた。

リニアトレインのホームを出ると、ヘイゼルは改札から左手に曲がり西口の方角へ歩き出す。

てっきり、ガーディアンズ庁舎へ行く物と思っていたユエルは、不思議そうに訊ねた。

「あれ、モリガン先生の所に行くんじゃなかったッスか?」

「いや、今日は別件だ……」

言葉少なく告げ、ヘイゼルは西側の出口から表へ出る。不思議に思いつつもユエルはヘイゼルの後を追った。

ホルテスシティ西地区04番街、そこは商業地域でありパルム最大の商業メーカー、GRM本社のお膝下でもある。

キャストのパーツショップや、合成用素材を販売する店が立ち並ぶ大通りの先には、代表的なGRM本社の巨大なビルディングがそびえている。

その威容に圧倒され、「うわぁ……」と感嘆を漏らすユエルの脇で、ヘイゼルはポケットからサングラスを取り出した。

目線を隠すほど、濃いサングラスを掛けたヘイゼルをユエルは不審に思う。

彼がサングラスを掛けた姿など、今まで見た事が無かった。一体、どのような心境の変化でサングラスを掛ける気になったのだろう?

ヘイゼルはGRM本社の方角へ向かって歩いていた。

GRM社の左手には同盟軍本部へ向かうゲートがあり、その手前にオープンカフェらしい物があった。

丸いテーブルとカラフルなパラソルの置かれた、開放的なカフェである。

遠巻きに見るカフェは賑わっており人で溢れていた。

賑わうカフェに居るのは殆どが女性キャストであった。

パルム総人口に占めるキャストの割合は五%である。それを考えると、このカフェのキャスト占有率は異常である。

「あ! そんな、良いですって私が運びますから!」

「私達、常連に気なんか使わないで~、自分達で適当にやるから良いわよ」

黒いサテンのワンピースに白いエプロン。典型的なフレンチメイドスタイルの店員と、女性キャストのやりとりから見ると、彼女達は店員ではなく客のようである。

二人がそのカフェまで差し掛かった時、ヘイゼルが不意に足を止めた。釣られてユエルも足を止める。

ユエルはふと、入り口近くの座席に腰を掛けていた、小柄でむっちりした女性キャストと目が合った。

「んむ? 見ない顔じゃな……いらっしゃい、まあゆっくりして行くが良いぞ」

「は、はいッス~」

「あら、ご新規さん?」

「可愛い! ……胸は無いけど」

「よーし! 配っとこ、配っとこ!」

女性キャスト達が一斉にユエルの周りに群がり、いきなりガーディアンズのパートナーカードの交換が始まった。

「ひ~っ!」

次々と飛び交う、パトカの山にユエルは目を回している。

「あ、有り難うございましたッスよ……あの……それで、此処は何の集まりッスかね?」

「む? 知らんで来たのか?」

「は、はあッス……」

「ならば説明せねばな。ここは、そう『キャス子カフェ』じゃ!」

「キャス子カフェ……ッスか?」

ユエルが首を傾げる。

「キャス子カフェ……まさか本当にあるとはな……」

その隣で、ヘイゼルが小声で呟いていた。

二日前―――。

ユエルの経過観察を報告する為に、モリガンの所に立ち寄った時の事である。

「そう言えば、ユエルは普段何をしているんだ?」

ユエルの体調に変わりが無い事を確認したモリガンは、ふと普段のユエルの生活が気になり問う。

「部屋に居るが?」

ヘイゼルの答えは相変わらずにべも無い、モリガンは諦めたように溜息を吐いた。

「部屋に居るって……表にも出ず、ずっとか?」

「ああ」

ヘイゼルが頷くと、モリガンは大袈裟に顔を伏せた。

「少女監禁か……お前にそんな特殊な趣味があったとは……お前に彼女を預けたのは間違いだったか」

「いや、待てッ! 家を出ないのはアイツの勝手だ! 俺が何かしてる訳じゃねえぞッ!?」

ヘイゼルが否定するように、ユエルは一日の殆どをジュノーと共に家事をして過ごしている。自身の都合で外出する事は皆無と言って良かった。

そんな彼の必死の弁明を聞いて、モリガンはニヤニヤと笑みを浮かべている。ヘイゼルは感付いた。

(クソッ、また担がれたか!)

「まあ、冗談はさて置いて……だ。本気で記憶を取り戻したいなら、外に出て色んな経験をして、刺激を受けた方が良いぞ。その刺激が彼女の記憶を取り戻す鍵となるかもしれんのだから。そこでだ……!」

モリガンは机にあったメモ帳に何やら走り書きをし、ヘイゼルに手渡した。受け取ったヘイゼルがメモに目を向ける。何処かの場所が記されていた。

「これは?」

「ホルテスシティ西地区04番街 GRM本社前……そこに、キャスト至上主義を嫌う、親ヒト派の女性キャスト達と、その仲間が集うカフェがある。ユエルもキャストだ。快く受け入れて貰えるだろう。行ってみると良い」

モリガンの説明に、ヘイゼルは一瞬眉を顰めた。

「キャストの……」

「ああ、誰が言い出したかは知らないが、そのカフェは通称、『キャス子カフェ』と言われている―――」

 

(これが、モリガンの言っていたキャス子カフェ……まさか本当に在るとは……な)

ヘイゼルはモリガンとの会話を思い出していた。

ユエルの周りに群がったキャストの女性達は、親しげに彼女に話し掛けている。

「私達の多くは現役のガーディアンズよ。ここは主に情報交換や、ミッションの同行者を募るのに使われているの」

薄い緑色のパーツと機械眼(マシン・アイ)のキャストが言うと、

「まあ、それだけじゃない。暇な時にフラッと立ち寄って時間を潰したりもできる」

カラフルな色彩が多いキャストの中では地味な配色で、蒼白い肌の女性が続く。

「利用の目的は人それぞれ。自分の好きな時に来て、好きなように過ごすと良いと思うわ」

最後にそう言った女性キャストは、カジノの女性店員を模したパーツを身に付けた、キャストらしく無い姿をしていた。

「私も……ここに来て構わないッスか?」

彼女達の言葉を受け、ユエルが遠慮がちに訊ねる。

「ああ、キャスト至上主義者で無いのならば大歓迎じゃ……あの思想は何の得にもならん」

例のむっちりした女性キャストの言葉を受け、ユエルの顔が好奇心に輝く。

元々、彼女は好奇心旺盛な方だ。外出を控えていたのは、ヘイゼルに気を使っていたからなのだろう。

「……あの、一つ聞いて良いッスか?」

ユエルが恐る恐る、むっちりキャストに質問する。

「何じゃ、答えられる限りの事なら答えてやるぞ?」

「見た目(外観年齢)は私と変わらないみたいッスけど、お年寄り口調ッスよね? ……本当は何歳ッスか?」

キャストには人間で言う幼年期が無い。一般的に経年と共にボディの交換が推奨されているが、見た目での年齢は解り辛いのだ。

むっちりキャストは、「ふぅ」と溜息を吐いた。

「いきなり女性に歳を聞くとは失礼な子じゃのう」

「す、すいませんッスよ!」

ユエルは慌てて謝るが、むっちりキャストは気にした風も無く彼女の質問に答えた。

「ワシの年齢は十七歳じゃ」

「……去年も、その歳じゃなかったか?」

「と言うか、一昨年もその歳だったぞ」

彼女の答えに白いボディに単眼(モノアイ)、機械面(マシンフェイス)の男性キャストと、煙突状の頭部パーツを持つ男性キャストが揃って突っ込みを入れる。

「ワシはエターナル・十七歳じゃからのう」

むっちりキャストは動揺した素振りも見せず、しらっと答えた。

「ぷほほ」

「どわははははは」

集う者達から笑いが起こる。釣られたのかユエルも笑っていた。

(もう、良いだろう……)

険しい表情で立ち去ろうと仕掛けたヘイゼルの足を、むっちりキャストの言葉が止めた。

「で、こっちの旦那さんは? あんたの連れかね?」

ユエルが「私の事ッスか?」と言いたげに自分を指差している。

「だれが、コイツの旦那か! 俺は只の保護者だ!」

ヘイゼルが足を止めて突っ込むと、一瞬キョトンとした表情を浮かべた、むっちりキャストの顔が、直ぐにニヤリとした笑みに変わった。

「そう言った意味での『旦那』じゃ、無かったんだがのう」

ヘイゼルはハッとした。

自分の勇み足だったか!? ヘイゼルの頬が紅潮する。

「どうやらお前さんは、そそっかしい御仁のようじゃ。だが気に入った、これを渡しておこう」

ムッチリした女性キャストはヘイゼルにパートナーカードを手渡して来た。気は進まなかったが、ガーディアンズの礼儀に習い、ヘイゼルもパートナーカードを送り返す。

「悪いが……暫くコイツの面倒を頼む」

カードの交換を終えると、ヘイゼルはぶっきらぼうに言い残し、カフェから立ち去ろうとする。

「ヘ、ヘイゼルさん!?」

置いて行かれそうになったユエルが慌てて後を追おうとするのを、ヘイゼルは止めた。

「お前は此処に居ろ……。後で迎えに来る」

ヘイゼルはそう言い残すと、戸惑うユエルを残し足早に去って行ってしまった。

それを見送った、薄い金髪で長身のキャストが呆れる。

「愛想の無い男ね……」

「で、貴女は彼とどんな関係なの?」

背中まである髪と、ロングスカート状のパーツが特徴で、ユエルと同じ位の背格好の少女型キャストが、興味深気な表情を向けて来る。

「あ、その……」

ユエルはたどたどしくだが、自分が記憶喪失である事、故あってヘイゼルの元で世話になっている事を説明した。

そして以前、モリガンの所で盗み聞いてしまった彼の言葉……ヘイゼルがキャストを嫌っているらしい事も……。

先程のヘイゼルの素っ気無い態度も、それが理由だからかもしれない。

「……あの人、まさか『ヒューマン原理主義者』とか?」

「げっ! キャスト至上主義者より立悪じゃない」

ユエルの説明を受けた女性キャスト達の間にざわめきが起こる。

『ヒューマン原理主義』とは、一部のヒューマンの間に広がる過激思想で、ヒューマン以外の他種族を根絶やしにすると言う、グラールでも最も危険な主義の一つである。

「ち、違うッスよ! ヘイゼルさんはそんな危険な人じゃないッスよ!」

ユエルは慌ててそれを否定した。

ヘイゼルがキャストである自分に、どんな感情を持っているかは解らない。

疎ましく思われているかも、あるいは迷惑に思われているかもしれない。

でも……レリクスで体調を崩した時、心配して抱き上げてくれた……。

優しく頭に手を載せて微笑んでくれた……。

危機の時に身を挺して庇ってくれた……。

憎まれているとは思いたくない。

「じゃあ、厄介払いに此処に捨てられたとか?」

「!?」

眼鏡を掛けたクールビューティーな風体の女性キャストの言葉に、ユエルの表情が青ざめる。

「ちょっと、変な事言って、この子の不安煽るのやめなさいよ」

緑色で全身を構成した女性キャストが、眼鏡のキャストをたしなめた。

「いや、その心配は無いじゃろう」

むっちりキャストが一人ほくそ笑む。

「本当に嫌キャスト家ならば、ワシとのパトカ交換にも応じまいよ……。理由はどうあれ、筋の通った御仁じゃろう。気を揉む事もあるまい」

むっちりキャストは力付けるように、ユエルの肩を叩いた。

「気に病まずとも御仁の言った通り、その内迎えに来るじゃろう。それまでは新しい仲間の歓迎会とでもいこうじゃないか……どうかね?」

『賛成―――!』

むっちりキャストの提案に女性キャストと、キャス子カフェの仲間達が一斉に賛同し、即席でユエルの歓迎会が始まる事になった。

ユエルはその申し出をありがたく受け取ったが、ヘイゼルの事が気に掛かり、彼が去って行った方角へ何度も何度も目を向けていた。

午後の回診時間まで時間がある。簡単にランチも済ませた。優雅に食後のコーヒータイムを楽しもうと、サイホンをセットしコーヒーを煮出す。手元無沙汰の合間に、ポケットから煙草を取り出すと火を点け、メンソールの香りを愉しんでいると、内線のコール音が部屋に響いた。

「あ、モリガン先生、お客様がお見えです」

受話器を取ると、看護士がモリガンに告げた。

「今、そちらにお通ししました。……いつもの恋人ですよ」

「キャー」と、看護士達の賑やかな黄色い歓声が受話器の向こうから聞こえてきた。受話器の向こうの雰囲気で、概ね誰が訪ねて来たかをモリガンは理解した。

「馬鹿馬鹿しい……あの男がそんな対象に見えるか」

呆れた口調で内線を切ると、同時に部屋の自動扉が開いた。

「やれやれ……最近、お前が頻繁に通うようになったお陰で、看護士から有らぬ疑いを……って、うぉっ!?」

部屋に入って来ていた怪しいサングラス姿の男を見て、モリガンは柄にも無い声を上げて驚いた。

「何を、そんなに驚いて……ああ、サングラスを掛けっ放しだったか」

ヘイゼルは自分がサングラスを掛けたままだった事に気付いた。

「どうりで廊下で擦れ違う奴らが俺を不審な目で見ると思った……」

「当たり前だろう、院内ではわきまえろ」

動揺を静める為か、モリガンはコホンと小さく咳払いをした。

「まあ、それは良い。私としては、お前を呼ぶ手間が省けて助かった」

「?」

訝るヘイゼルに、モリガンは何かのファイルを手渡す。

「知り合いのつてで調べて貰ったデータだ」

モリガンは事も無げに言うが、ファイルは相当な厚さである。これを見るだけで、まとめた人物の苦労が窺える。

その苦労は理解出来るが、これだけの量の資料をチェックする気力は、ヘイゼルには無かった。パラパラとページを捲り、大まかに目を通す。

(GRM社製法撃デバイスのリコール対象製品リスト? ……こっちは非公式の故障報告記録か……だが、何故こんな物を俺に?)

ヘイゼルがファイルに目を通している間に、沸きあがったコーヒーを二人分のカップに注ぐと、モリガンはその内の一つをヘイゼルの傍の机の上に置き、もう一つの中身を自分の口に運ぶ。

「先日のミッションで、ユエルが使用していた法撃デバイスの暴発が気になってな。調べていたんだ」

「こんな物を見せられたところで解らんぞ? 勿体振ってないで何が言いたいのかを教えてくれ」

ヘイゼルはファイルを机に放り投げると、コーヒーカップを手に取った。

「……結果として今回と同じケースで出されたリコールは無かった。非公式な故障報告も類似した事例は無い」

「初めてのケースの事故だったと言う事か?」

ヘイゼルはカップを口に運ぶ、コーヒーの香ばしい芳香が鼻腔に広がった。

「ああ、だがこれが法撃デバイスの欠陥であったとは言い切れんのだ」

「?」

「フォトン・ウェポン(フォトンを利用した武器)に関しては専門分野じゃなかったのでな、今回調べて始めて解ったんだが、法撃デバイスの出力部品の一つ、フォトンスフィアは改造による強化を考慮し、通常三倍以上の法撃出力に耐えられるよう設計されているのだ。……だが、今回預かったサンプルのフォトンスフィアは、出力に耐え切れず焼き切れていたのだよ」

ヘイゼルはレリクスで起こった、あの暴走事故を思い返していた。

つまり、フォトンスフィアに想定以上の負荷が掛かった為に暴走したと……?

「……と言う事は、フォトンリアクターの方にでも欠陥があったのか?」

フォトンリアクターが何らかの異常により、フォトンスフィアが耐えられる異常のフォトンエネルギーを出力してしまったと言う事なのか。

だが、ヘイゼルの推測をモリガンは首を振って否定した。

「フォトンリアクターにも異常は無かった。考えられるのは外部から、膨大な法撃出力がフォトン・スフィアに流れ込んだ可能性だ……」

「外部から……とは?」

ヘイゼルは唾を飲み込んだ。その音が異常に大きく感じる。

「それは……解らんよ……」

モリガンはあっさりと降参した。

沈黙が二人の間に流れる。

では、あの暴走事故の原因は何だったのか……。

ヘイゼルの脳裏に一瞬、ユエルの面影が過ぎる。

(……いや、まさか……な……)

ヘイゼルは湧き上がった疑念を否定した……強引に……。

異常なほど口の中に渇きを感じ、ヘイゼルは堪らずコーヒーを飲み干していた。

沈黙を先に破ったのは、モリガンの一言だった。

「そう言えば、今日はどうした? 一昨日来たばかりだったろう」

「ああ……キャス子カフェに行って来たよ」

ヘイゼルは空になったカップを机に置いた。モリガンがジェスチャーで、お代わりが要るか訊ねるが、ヘイゼルは首を振って断った。

「そうか……お前にしては動きが早かったじゃないか。で、どうだった?」

「別に……」

ぶっきらぼうなヘイゼルの物言いに、モリガン眉を顰めた。

そう言えば、今日はユエルが一緒じゃないのだろうか?

「ユエルは……彼女はどうした?」

「あのカフェに居るよ」

「一人で置いて来たのか?」

咎める様な口調でモリガンが言う。

「さっきのサングラス……あれはキャスト達と直接視線を合せないようにする為か?」

ヘイゼルは無言のまま答えない。モリガンは溜息を付いた。

「そうか……変わっていないな、キャスト嫌い。……お前がユエルを連れて来た時は、それが治った物だとばかり思っていたのだがな……。それほど憎いのか、キャストが?」

ヘイゼルは相変わらず、だんまりを決め込んでいる。

「私は、お前を十二歳の頃から知っている。お前の過去も含めて全て……な。お前がキャストに抱いている感情は怒りや憎悪じゃない。自分自信気付いていないようだから、この際言っておいてやる。お前がキャストに持っている本当の感情はな……『恐怖』なんだよ。憎悪や怒りは、その『恐怖』から目を逸らす為に、お前自身の心が装った偽りの感情だ」

ヘイゼルは依然として何も語らないが、モリガンは彼の瞳が一瞬、動揺に揺れた事に気付いた。

「ヘイゼル……もう許してやったらどうだ?」

許す……何を許そうと言うのか。

沈黙を破り、ヘイゼルが重い口を開いた。

「……キャストをか?」

モリガンが憐れむような瞳をヘイゼルに向ける。

「違う……自分自身をだ」

GRM本社前のオープンカフェ、そこは通称『キャス子カフェ』と呼ばれている。

そこへ向かう道すがら、ヘイゼルは自問自答を繰り返す。

『お前がキャストに持っている本当の感情はな……憎悪や怒りじゃない……恐怖なんだよ』

ヘイゼルの脳裏に聳え立つキャストの群れの中、一人残される悪夢がフラッシュバックした。

感情の無い冷たい機械の眼がヘイゼルを下ろしている。

(違う! 俺は奴等を恐れてなどいない!)

ヘイゼルは、その感情を必死に否定した。

『憎悪や怒りは、その『恐怖』から目を逸らす為に、お前自身の心が装った偽りの感情だ……』

(黙れ!)

『……では、彼女も憎んでいると?』

白い外装に紫色の髪、萌黄色の瞳をした少女の姿が浮かぶ。

ユエル……。

彼女の頭部に衝動的に銃を向けた事を……蒼暗い闇の中で彼女の頬に手を伸ばした事を思い出す。

(俺が……あいつを……憎む? あいつも? あいつの何を?)

キャストを憎むという事は、ユエルも憎むという事だ。

だが、その答えは出せなかった。

『もう許してやったらどうだ? 自分自身を……』

(俺が……俺の何を許せと?)

『それは解っている筈……』

心の奥で何かが囁いた。

(何を!? 親父の死か、それとも母さんの死か!? だったら、それこそ俺のせいじゃない!)

『本当にそうか?』

問い掛ける声がする。

淀みのように粘つく陰鬱な声が……。

(俺は……俺は……!)

繰り返される自問と自答は、答えの出ない思考の袋小路。

求める答えは、何人からも得られる事は無い。

寄る辺無き迷いの中、逡巡し救いを求めたヘイゼルの目の前に、白い少女の姿が浮かんだ。

「ヘイゼルさん……!」

紫の髪と萌黄色の瞳をした少女は、顔を輝かせてヘイゼルの名を呼んでいる。

その澄んだ声は……現実?

ヘイゼルは我に返った。

GRM社前の大通り、キャス子カフェのあるオープンカフェで、大勢の女性キャストとその仲間達が集まっている。

テーブルで談笑していたユエルは、ヘイゼルの姿に気付き椅子から立ち上がると、こちらに手を振っていた。

ヘイゼルはいつの間にか、此処へ辿り着いていたらしい。

「あ、あの人……」

「本当に戻って来たな」

カフェに集まるキャスト達が小声で交わす会話がヘイゼルの耳に届く。

彼女達の視線は、何故かヘイゼルに向けられていた。

その姿が、いつか見た悪夢の光景と重なる。

ヘイゼルは彼女達の視線に一瞬怯んだ。

『―――お前がキャストに持っている本当の感情はな……恐怖なんだよ』

(黙れ!)

ヘイゼルは頭の中に浮かぶ、モリガンの言葉を借りた陰鬱な声を否定していた。

「ほれ見た事か、取り越し苦労じゃったろう?」

「うん!」

ヘイゼルが去ってから数時間後、むっちりキャストの言葉通り、例の怪しいサングラス姿のまま、彼はユエルを迎えにやって来た。

嬉しそうなユエルとむっちりキャストのやり取りに、カフェの間近までやって来ていたヘイゼルは眉を顰めた。

ユエルがヘイゼルの元に小走りで駆け寄って来る。

「御仁、気にするでないぞ。では、さらばじゃユエル。またいつでも好きな時に寄ると良いぞ」

「私達はいつでも貴女を歓迎するからね」

「また来いよ」

「またねー!」

黄色の外装パーツに緑色の髪をポニーテールにまとめたキャスト。小柄な身体に砂色の髪、円い眼鏡を掛けたキャスト……。

沢山の仲間達に見送られ、ヘイゼル達はカフェを後にした。

ユエルは名残惜しそうに何度も振り返り、彼女達に手を振っている。

「……楽しかったのか?」

その様子にヘイゼルが問うと、ユエルは「うん!」と大きく頷いた。

 

『ユエルの記憶を取り戻す鍵となる刺激は、人との触れ合いの中から得られる……』

 

モリガンはキャス子カフェを紹介する時、そんな事を言っていた。

もし、ユエルの記憶を取り戻す為に必要なら、再びあの場所に彼女を連れて行くのも良いだろう。

その方がユエルも喜ぶ。

「……俺に遠慮する事は無い。いつでもあそこへ行って構わんからな」

ユエルはヘイゼルの言葉に一瞬驚いたが、言葉の意味を理解すると飛び上がって歓声を上げ、大袈裟に喜んでいた。

ヘイゼルは軽やかな足取りで、前を行くユエルの姿を見つめる。

『その怒りが……憎しみが……偽りの物で無いと言うならば……』

また声がする。淀みのように粘つく陰鬱な声が……。

(憎むのか、この娘も……?)

いつか、その答えを出さなければならない日が来るのだろうか……。

ヘイゼルは思考を振り払うように頭を振った。

数日後……。

「ユエル? ユエルー! 居ないのか……ったく……」

部屋にユエルの姿が見えない事が気に掛かり、ヘイゼルは彼女を探していた。

リビングを見渡していると、脱衣室からジュノーがひょっこりと顔を覗かせる。

「あ、ヘイゼル様。ユエルさんでしたら街まで出掛けましたよ?」

「……また、あそこか」

ジュノーの言葉に、ヘイゼルは眉根を寄せ小さく舌打ちする。

キャス子カフェ……ここ数日、ユエルはそこへ足繁く通っていた。余程、あそこが気に入ったとみえる。

「まあ、騒がしくなくなったのは良い事なんだがな……」

ヘイゼルは言葉の割には不機嫌な表情で乱暴にソファーに腰掛けた。

その様子を見てジュノーが小さく呟く。

「ヘイゼル様って本当にアレですよねー」

「……アレとは何だ?」

はっきりしない物言いのジュノーを、ヘイゼルは横目で睨むが、

「……言ったら怒るから言いませんよ」

ジュノーはニコニコした表情で悪びれもせず答える。

(コイツは本当に意地が悪い……)

ヘイゼルは苦々しく顔をしかめた。


 
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