◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~
10:劉備来たる
「白蓮ちゃん久しぶりー!」
「おー! 久しぶりだな、桃香」
時間にして三年ぶりとなる、友との再会。挨拶もそこそこに、互いに手を取り合う劉備と公孫瓉だったのだが。
「愛紗ちゃん?」
「関雨?」
互いの後ろに控える人物を見て、なによりも先にその名前が出て来る。誰何する口調のままに。
「え? なんで愛紗ちゃんがもうひとりいるの?」
「すごいそっくりなのだ。愛紗なのに、愛紗じゃないのかー?」
「はわわ、瓜二つでしゅ!」
「あわわ、びっくりでしゅ!」
思いもよらぬサプライズに、劉備一行は大騒ぎ。
それはもちろん、劉備の後ろに控えていた関羽当人にとっても予期せぬ出来事。
自分と瓜二つの人物が目の前に現れたのだから、慌てるのも当たり前だ。
「貴様何者だ! 妖の類か!」
などと、今にも飛び掛らんというくらいに身構えてみせる。その性格ゆえに、すわ一大事と、思い込んだら一直線なのだろう。
ちなみに彼女たちの武器は、城の中に通された時点で預かられている。いきなり切りかかるということはない。
もっとも彼女の勢いから察するに、武器を持っていれば切りかかっていたかもしれないが。
いや。僅かに腰が引けて見えたのは、実は少し怖がっていたのかもしれない。
反面、関雨の方は、かつての自分の姿を見ても平静でいられた。
もうひとりの自分の存在をいい含められていたから、というのもある。一刀さまさまだ。
とはいえ、理屈としては理解できても、やはり実際に目の当たりにしてみると。やはり驚かずにはいられない。
過去の自分と対面するなど、普通なら思いもよらないことなのだから。
それと同時に彼女は思い知らされる。この世界に、自分の居場所は本当にないのだということを。
その事実がことさら、関雨を冷静にさせていた。
「確かにここまで瓜二つだと、妖かと思いもするな。その気持ちはよく分かる」
ゆえに、関雨は落ち着いた声を返してみせる。
「しかし、身を寄せ頼った先の太守の前で、その方に仕える者に掴みかかろうとするのはいかがだろうか。
自分の仕える主の名を貶めることになるとは思わないのか?」
「ふむ。確かに関雨殿のおっしゃるとおりですな」
関雨の言葉を受けて、趙雲が話の続きを引き受ける。
「関雨殿。本当に貴殿は妖や化生の類ではないのか?」
「生まれてこの方、この姿のままだ」
「では、生まれてこの方ずっと化生として生きて来たとか」
「私は人間だ」
引き受けたはいいが、返してくる言葉は面白半分に茶化したもの。
関雨も律儀に言葉を返すものだから、趙雲もまた調子に乗って来る。
「おい趙雲、そのくらいにしとけ。話が進まないだろ」
「おお、これは失礼を。ついつい、いつものように関雨殿をイジってしまいました」
そんなやりとりがあり。互いに満足な自己紹介もしないうちから、関雨と関羽の名前と顔だけは周知となる。
「お姉ちゃん、顔だけじゃなくて名前も愛紗といっしょなのかー?」
「どうやらそのようだ。君の口にした名前が彼女の真名ならば、真名まで同じということになる」
張飛の言葉に、関雨がサラリと答えてみせる。
さり気ない応対だったが、関羽を始め劉備一行はもちろん、公孫瓉や趙雲まで、その彼女の言葉に驚かされた。
関雨にしてみれば既に分かりきっていたこと。なにしろ当の本人。同じで当然なのだから。
更にいえば、当人ではないとはいえ顔も名前もよく知った面々なのだから、真名を知られることにも抵抗がない。
「世の中には少なくとも三人、自分と同じ姿かたちをした者がいると聞いたことがある。
そのほとんどは互いに顔を合わせることもなく生涯を終えるらしいが……。
こうして自分と同じ顔を目の当たりにすると、その話もまんざら戯言とはいい切れないようだな」
関雨はそういい、同じ顔同じ姿、同じ名を持つ存在を肯定してみせた。
ちなみにこの言い訳を彼女に吹き込んだのは一刀である。
自分のいた世界ではこんないわれ方がある、と、当人同士が顔を合わせたときのために用意しておいたのだ。
「名前や姿が同じでも、逆にいえばそれだけだろう。私がこれまで辿って来た道まで、関羽殿と同じではあるまい。
私は私。関羽殿は関羽殿。それでいいのではないか?
いかがか、関羽殿」
「ふん、当たり前だ」
「関雨殿の言葉に、関羽殿がソッポを向く、か。言葉にすると実に紛らわしいですな」
「趙雲、お願いだからお前もう黙れ」
趙雲は、本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。公孫瓉のいうところの、"近づくと精神的に怪我をする"笑顔を。
紛らわしいのは事実だったが、ややこしくしているしている当人が楽しそうにいう。それを公孫瓉がうんざりした顔で諌める。
「趙雲殿の戯言は捨て置くとして、だ」
関雨は、そんな趙雲の悪乗りを華麗にスルーして見せて、
「我が名は、関雨。関(せき)に雨(あめ)、で、関雨という。よろしく頼む」
早々に自己紹介。
「姓は関、名は羽、字は雲長。関(せき)に羽(はね)で、関羽だ」
まだなにか気に入らないような、威嚇するかのような視線を向けつつ、関羽もまた名を名乗る。
そのまま他の面子の紹介を、というところで。関雨がしばし考える。
「公孫瓉殿。彼女も紹介しておいた方がよろしいのでは」
「……あー、そうだな。あとあと混乱するかもしれないしな」
「それならば、私が連れて来ましょう」
「頼む、関雨」
王座の間から出て行く関雨の背中を見送りながら、劉備が首をかしげる。
「まだ紹介する人がいるの? 白蓮ちゃん」
「あぁ。もうひとり、その青い帽子の彼女にそっくりな者がいる。一緒に紹介しておいた方がいいだろう?」
その言葉に、何度目か分からない驚きの表情を、劉備一行は浮かべるのだった。
「鳳灯、といいます。鳳(おおとり)に灯(ともしび)で、鳳灯、です。公孫瓉様の下で内政に携わっています」
鳳灯が名乗り、一礼する。
そんな彼女の姿に、劉備一行はまたも興奮を見せる。ことに、はわわ軍師とあわわ軍師のふたりが著しい。
「本当に雛里ちゃんにそっくりだよ!」
「自分のそっくりさんだなんて、なんだか変な気分です……」
互いの手を取り合って、まるで有名人を目の前にしたかのような盛り上がりをみせる。
まるきり見世物状態の鳳灯は、やはりかつての自分と比べて冷静な状態でいられた。
関雨と同じく、彼女もまた心中は複雑だった。
本当に、自分は違う世界に来てしまったのだな、という、新たな諦めの気持ち。
自分の傍に親友の朱里がいないことに、改めて感じてしまう寂しさ。
目の前にいる過去の自分に対する、わずかなうらやましさも。
かつて主と仰いだ桃香、劉備を目の前にして、自分はどんな気持ちになるのだろうと、鳳灯は考えていた。
実際に対面してみて、懐かしいとは思う。けれど、それだけだった。
改めて主と仰いでどうこう、と、考えもした。
しかし、自分が今の劉備勢に参加しても居場所がないだろう、そう認識しただけだった。彼女たちを目の前にして、その思いを新たにする。
こちらの世界の劉備さんは、こちらの自分に任せよう。
彼女は、そう決めた。
改めて、劉備が主だった仲間を紹介する。
武将のふたり、関雲長と張益徳。軍師のふたり、諸葛孔明と鳳士元。
彼女たちがいかに頼れる仲間なのか、劉備は熱い口調をもって説く。そして彼女たちの武勇も披露していく。
劉備曰く。
自分の村が賊に襲われ、それを追い払う際に関羽と張飛に出会った。
義姉妹の契りを交わし、民が笑顔で過ごせる世の中を目指して義勇軍を結成。
各地を放浪している間に、諸葛亮と鳳統を得た。
軍師ふたりの意見を取り入れつつ、賊の規模を考えながら確実に鎮圧を続け、各地を転戦していたという。
事実、拠点を持たない数百の勢力ながら、劉備たち義勇軍の名はそれなりに名の通ったものになっていた。
「おいおい、桃香ほどのやつがずっと放浪? 慮植先生のところを卒業してからどこにも仕えずに?」
「うん、そうだよ」
「桃香だったら、どこかの県の尉くらいは簡単になれただろうに」
「でも、それはイヤだったの」
確かにその道も劉備は考えた。
しかし、それでは思うように動くことが出来ない。
どこかの県に所属したとしても、助けることが出来るのはその周辺の人たちだけになってしまう。
なら他の地域で困っている人たちはどうすればいいのか。
自分がどこにも所属しないで、助けを求めているところに直接行ける自由な立場でいればいいのではないか。
「私は、みんなが笑って過ごせるような、そんな平和な世の中になって欲しいの」
そのためなら、地位なんて欲しいとは思わない、と、彼女はいう。
大きく手を広げ、なんの迷いもなく、ただ理想のみを一心に追い求めるまぶしさをもって。
桃香様の掲げる理想像は、世界は違えど相変わらずまぶしい。関雨は心からそう思った。
しかし今の関雨の中には、かつての自分が感じていた胸の高鳴りが生じない。自分でも驚くほどに。
良くいえば、劉備は純粋なのだ。
まるで子供のようなまっすぐさをもって、欲しいものに向けて手を伸ばす。その気性はとても好ましい。
だが反面、その理想に対する具体的なものが見えないために、彼女の言葉は子供の駄々に聞こえなくもない。
なにかが違う。今の関雨は、うまく言葉に出来ない違和感を感じていた。
良くも悪くも、今の関雨は現実の姿を知っている。悔しいが、出来ることと出来ないことがあることを、身をもって体感している。
その事実を鑑みると。公孫瓉の手堅い治世の方が地に足が付いている。着実に民を救っている。彼女はそう思わずにはいられない。
自分の持つ力の程を弁え、それの及ぶ限りで全力を尽くしている。少しでも民の生活がよくなるように努力している。
そんな人たちの前で、己が理想を唱えるのは不遜なことなのではないだろうか。
ふと、そんな疑念が沸き起こった。
関雨たちは、かつて同じ理想を追い求めて戦い続けた。
その理想が実現する、もうすぐ手が届く、そんなところで、取り上げられた。
彼女たちは一度、理想に裏切られている。
劉備の掲げる理想の後を追うのが、怖いのだろうか。同じ道をもう一度歩むことに、躊躇せずにはいられない。
公孫瓉と劉備たちの会話が盛り上がっているのを傍目に。関雨と鳳灯は小さく囁き合う。
「どうですか、愛紗さん。こちらの世界の劉備勢は」
「……いろいろ思うところはあるが、今の自分が直接関わることはない、と思ったな」
「劉備さんについて行くことはない、と?」
「あぁ。あの中に、私の居場所はない」
雛里も、そう思ったんじゃないのか? 傍らに立つ仲間に問いかける関雨。
鳳灯は、自分と同じ気持ちを持っていた仲間に、ついつい笑みを浮かべてしまう。
同様に、過去を懐かしむかのような、感傷的な気持ちにもなってしまう。
あの、理想に向けて愚直なほどの姿勢であるからこそ、劉備は大陸に名を馳せる存在になりえたんだろうと思う。
この世界の彼女も、かの世界の桃香のようになるかもしれない。
だが。そのどちらでも自分たちは、劉備の傍らに立つことはない。立つことが出来ない。
「我々が関わらずとも、経験をつんで行くうちに自分たち程度までは成長するのだろう? 同じ自分なのだから」
「……それは、どうでしょうか」
鳳灯の言葉に、関雨はなにか引っかかるものを感じる。
「どういうことだ?」
「私たちと同じ道を辿るかというと、そうともいいきれません。
この世界の劉備さんには、"ご主人様"がいませんから」
以前にいた世界において、関雨たちの行動の指針となっていたのは、桃香の理想。
だがそれに沿った行動の舵を執っていたのは、ご主人様こと北郷一刀だった。
その舵取り役が、この世界の劉備勢にはいない。
抑えるべきところで抑え、諌めるべきところを諌める、そして押すべきところで押す、そんな支柱となる存在がいないのだ。
その時点で、かつての関雨たちとはかなり異なる。
「なるほど。この世界でいうなら、私と、軍師ふたりがその役目を担うのだろうか」
その場面を想像してみる。だが、この当時の自分にそんなことが出来るかどうか。
過去の自分を卑下するようだが、正直なところ不安が残る。
「今の面子では、そうなりますね。ただ皆さん、劉備さんには甘いですから」
かつての自分たちを思い出し、鳳灯は笑みを浮かべる。
関雨もまた、違いない、と、自嘲気味に笑う。
「それでも、助けてやろうという気持ちが意外なほど出てこないのは、どういうことだろうな」
「"自分"のことだから、じゃないですか?」
「……自分のことは、自分で決めろ、ということか?」
「はい」
これも、老婆心っていうものなんでしょうか。そういって、鳳灯が笑う。
「ならば私たちも、これからのことは自分で決めて行かないとな」
「そうですね」
結局、自分たちは劉備勢の下に行くことはなく。
その上で、これからどうするのか、どう生きて行くのかを決めて行かなければならない。
といってもなんのことはない。一刀が散々口にしていた通りにするしかないのだ。
世界が変わっても自分たちは、一刀に行く先の舵を取ってもらっている。そう実感してしまう。
まったくいくら感謝してもし足りない、と、彼女らは思わずにはいられなかった。
・あとがき
「関(せき)に雨(あめ)で関雨」って自己紹介は、中国じゃ無理ないかな?
槇村です。御機嫌如何。
音読み訓読みの区別ってないはずだよなぁ。
まぁいいか。(いいのか?)
さて。関雨と関羽、鳳灯と鳳統の出会いです。
といっても、まったくドラマチックじゃありませんが。これといった騒動もありません。
関雨さんも鳳灯さんも、クールに対応します。年の功ってやつですかね。(悪気はありませんよ?)
馴れ合いをさせるつもりはなかったし、
「俺は劉備にはついていかねぇ」ってのがいいたかっただけなんだけど。
なにか物足りない気がするのは気のせいだろうか。
Tweet |
|
|
67
|
0
|
追加するフォルダを選択
槇村です。御機嫌如何。
これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。
『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーした話を思いついたので書いてみた。
続きを表示