No.170385

さよならとこんにちは

alex_t_mさん

大分前に書いたものです。電車というお題を出されて1時間制限かなんかで書いた記憶しかないです。ただ、なんとなくぽわーっとした話が書きたかったような気がします。

2010-09-04 20:11:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:347   閲覧ユーザー数:330

 春とは言え、21:00のプラットホームは風の通り道にもなり、肌寒さを感じさせる。

 ローカルというほどでは無いにせよ、主要幹線から外れた路線のことで、8時を過ぎると極端に本数が減る。

 プラットホームの人もまばらで、下りの電車が出てすぐなのも手伝って他には誰もいない。

「あーあ、出ちゃった後か」

 香苗はそうつぶやくと、肩にかけた大き目のボストンバッグを乱暴に椅子に下ろした。

「もう少し早かったらなぁ・・・これじゃ今日はあんまり遠くまではいけないかな・・・」

 椅子に座ったまま、大きく伸びをしながらそんなことを口に出してみた。空には星が瞬いている。独り言は多いほうじゃないけど、今日は独り言ででも明るく振舞っていたい気分だ。そうじゃなければ、多少辛い。

 (綺麗だな)

 そんなことを思いながら、その気分のまま微笑んでみると、少し気分が明るくなったような気がした。

 時刻表によると、次の列車は30分後らしい。

 「あーあ、30分も来ないなんて」

 夜のプラットホームは、がらんとしていて、空虚さを加速させる気がする。楽しいことを考えようと思っても、ついつい淋しさに涙が出てきてしまいそうになる。香苗は、横においてあったボストンバッグを抱えこむようにして、顔をもたれさせた。

 

 小学生の頃母が病死してから、父一人子一人の家族だった。

一所懸命に父と母の二役をやろうとしている父は、香苗にとっては、自慢の父であった。

 

 しかし、その父が再婚すると聞いて、気持ちの整理がつかないままに、香苗は家を出てきてしまった。

「なんで出てきちゃったんだろ、私」

 さすがに気鬱になってきて、そんなことを口に出してしまっった。しまった、と思ったが、遅かった。泣き言を口にしたら落ち込んでしまうってわかってたから、口に出すのは楽しい言葉にしようって決めていたのに。

 はぁ、とため息を一つついて、香苗はボストンバッグに顔を埋めなおした。

 (なんで出てきちゃったんだろう)

 香苗は、先ほどの独り言を心の中で反芻した。

 (お父さんのこと、お祝いしてあげたかったのに。祝福して、そして、七海さんにとっても、自慢の娘になるんだって、そう決めてたのに)

 父が、七海という女性と交際していたことは知っていた。何度も一緒に食事に行ったり、遊びに出かけたりしたのだから、高校生にもなって気づかないわけがない。七海は父より15歳程度若いのだろう。むしろ香苗の方に年齢は近いはずである。

そのせいか、香苗は七海を姉のように慕っていたし、七海も香苗を大切にしてくれた。七海は星が好きで、家に来ても、天体観測が趣味の香苗とばかり星の話をしていて、父と話をしているよりも七海といることを喜んでくれるような人だった。多分、それだからこそ父は七海を選んだのだろうと香苗は思っていた。香苗は、父と七海との時間が好きだった。

 なのに、今日、父から七海との婚約を聞かされたとき、なぜか反射的に家を出てきてしまったのだ。

「あーあ」

 何度目かのため息をついて、椅子に大きくもたれかかる。スピカが輝いているのが見えた。少し元気が出たような気がした。もうすぐ電車が入ってくる。とりあえず街に出て、友達に連絡しよう。きっと今日くらいは泊めてくれるはずだ。そんなことを考えながら、ベンチから立ち上がった。空をもう一度見た。スピカは真珠のような柔らかで暖かい光に見えた。遠くから電車の音が近づいてきた。

 そのとき、

「きっとプルケリマが綺麗よ、今日は」

 やさしげな声が背後から聞こえた。

「最も美しいもの、うしかい座のε。濃黄と緑青の二重星」

 そういいながら振り返ると、そこには化粧っけも無く、髪もぼさぼさなままの七海さんが息を切らして立っていた。

「心配したわよ。賢二さんから話を聞いて、そこらじゅう探したんだから。香苗ちゃん、電話も切ってたでしょ?心配したんだからね」

 安心したような七海さんの笑顔を見て、香苗は七海の胸に飛び込んでいった。泣きじゃくる香苗を七海さんは優しく受け止めてくれて、頭を何度も撫でてくれた。

「ごめんね。七海さん。私、七海さんのこと大好きなのに。七海さんがお母さんになってくれること、すごく楽しみにしてたのに。七海さんとお父さんと3人で暮らすの、すごく楽しみにしてたのに」

 電車はプラットホームに着き、十数人の乗客を下ろして去っていった。プラットホームにまた静けさが戻った。

 七海さんは、香苗が落ち着くまでの間、ずっと香苗の頭を撫でてくれていた。

 そして、自動販売機でホットミルクティを2つ買うと、一つを香苗に渡して、ベンチに座った。香苗も横に座った。

「私ね、本当に香苗ちゃんのお母さんになれるのかって、ずっと考えていたの。もちろん、香苗ちゃんのことは大好きだけど、香苗ちゃんには本当のお母さんがいるわけだし」

「いる?もう死んじゃって・・・」

「いるわよ。香苗ちゃんが今生きているっていう、そのことが、香苗ちゃんのお母さんがいるっていう証明なんだから。私は香苗ちゃんを生んだわけじゃないから、本当のお母さんにだけはなれない。でも・・・」

「でも?」

「本当の親子じゃなくても、それ以上に強くてやさしい関係って作れると思う?私は作れると思うの。いえ、香苗ちゃんとなら本当の親子とは違う、もっと強くてやさしい関係が作れると信じてる。もし香苗ちゃんがさっき言ってくれたことが本当なんだったら、きっと私たちは素敵な親子になれるわ。香苗ちゃんの中のお母さんごと、私は香苗ちゃんを好きになれる。

 賢二さんもそう。私は賢二さんの中に香苗ちゃんと香苗ちゃんのお母さんがいるからこそ、賢二さんを好きになったのに違いないんだから」 

 香苗の頬を涙が伝った。けど、今度の涙は前の涙と違うって、きっと七海さんも気づいたに違いない。

「あのね、『お母さん』って呼ばなくてもいい?もし七海さんが呼ばれたいんだったらお母さんって呼ぶけど。あ、もう大人だからそんなこと多分無いと思うけど、甘えたくなったら呼ぶかもしれないけど。私は、七海さんのことをずっと『七海さん』って呼びたくなったの。だって、もし七海さんをお母さんって呼んじゃったら、七海さんがお母さんより大事な人になっちゃったとき、お母さんをお母さんって呼べなくなっちゃうから」

 七海さんは、そっと微笑んで

「いいよ」

 と言ってくれた。そして、何かに気づいたように改札に向かって大きく手を振った。

 見ると、父が改札の向こうで大きく手を振りかえしていた。

 


 
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