初めて会ったのは、桜が終わる頃、神社の横の小さな公園だった。
中3になって、高校受験のことを考えざるを得なくなったこと、自分が何になりたいのかを真剣に考えざるを得なくなったことで、一人になる時間が欲しかったのだろう。毎日学校の帰りに意味もなくぶらぶらと散策して歩くようになっていた。
そんなある日、隣の町の神社の中を散策していたら、ふと隣の公園で、ブランコに座った、長い髪の少女が目に映った。
3,4年生だろうか。明るい水色のブラウスと、うつむき加減で漕ぐわけでもなくブランコに座っている小さな背中が妙にアンバランスで、なぜだか目が離せなくなってしまっていた。
気がついたら、少女の横でブランコに座っていた。
声をかけたのは、少女の方からだったと思う。
「お兄ちゃんも一人なの?」
意外と大きい目で見つめながら聞いてきた。
「うん。君も一人?」
「うん。お友達はみんな5時になったら帰っちゃうし」
「お家の人は?」
「お母さんは、仕事だから。6時半になったらご飯を食べに行って帰るんだけど、それまで家にいても淋しいし」
意外なほど明るい声でそう答えたが、すぐにうつむいて、
「一人で家にいるの淋しいから」
と、消え入りそうな声で言った。
その淋しげな姿がどうしてもいとおしく感じたので、
「そうか、じゃ、それまでここでいるの?」
そう聞いたら、うん、との返事。
「ブランコ、好き?」
「好きだけど、一人だと楽しくない」
「今は一人じゃないよ。それまでお兄ちゃんが一緒に遊んであげる」
そういうと、少女は、初めて満面の笑顔を見せてくれた。
それから、週に1.2度程度、公園で少女と会うようになった。行けない日もあったし、行っても少女がいない日もあった。雨の日はお互いが示し合わせて会わない日にすることにした。
会うと言っても、ブランコに座って学校のことや、友達のことなんかを話している時間がほとんどで、たまに少女が持ってくるお手玉やあやとりをして遊ぶ程度だったが、勉強なんかよりも、何か大切な時間のように思えた。クラスの女の子たちと休み時間にわいわい騒ぐのとも全く違う、大切なかけがえのないものを手にしているような時間だった。
少女はお手玉が一番のお気に入りのようだった。お手玉は母親のお手製らしく、かわいらしい淡いピンクの布で縫われていた。お手玉をほめると、
「お母さんはもっと上手だよ」
と答えるのがいつものことだった。そのときの少女の顔は、本当に誇らしげであった。
少女の父親は、少女が物心つかない頃に出て行ったきりで、母親は、少女との時間がすれ違うことを気にかけながらも、夜の仕事に出ているようであった。
「お母さん、好きなんだね」
と聞くと、本当に嬉しそうに
「うん」
と答えた。その笑顔が大好きだった。
中間テストでは、少し不本意な成績だったが、期末テストで挽回することが出来た。成績が悪い原因を夕方の徘徊のせいにされたくなかったし、徘徊の目的も知られたくなかった。だから、夜中に勉強してその分を補った。少女との時間を失いたくなかった。
夏休みに入ると、会う時間を早めることが出来たので、たまに二人で自転車で遠出をしたりした。河原で寝転がってぼーっと二人で過ごす時間が心地よかった。夜空も眺めた。星座早見盤を片手に、星座をたどったりした。中途半端な都会の空は明るくて、小さな星座は見えない代わりに、明るい星はみつけやすくて、慣れない二人が星座をたどるのを手助けしてくれた。
少女の姿が消えたのは、2学期も半ば、中間テストの直前の頃だった。毎日通っても、ずっと待ってても少女のかげも見えない日々が続きいた。
中間テストの点数は、それこそひどかった。親にも担任にもこっぴどく文句を言われた。
「やれば出来る子なんだから」再三再四言われたが、全くやる気にならなかった。どうしたら少女に会えるのかだけが頭の中を支配していた。
いつものように公園に行くと、普段は誰もいない公園に、地味な服を着た女性が立っていた。気にしないで公園に入ると、すぐに、その女性が近づいてきた。
女性の顔立ちに、よく知っている顔立ちが重なり、心臓が跳ねた。嫌な予感がした。
女性は、ポケットから、淡いピンクのお手玉を出して、話しかけてきた。
「これ、ご存知ですか?」
声もなく、固い表情でうなずくと、女性はほっとしたような顔になって、お手玉を差し伸べてきた。
「これ、貰ってくださらない?あの娘が最後に望んだことなんです」
最後に。
目の前が真っ暗になった。
「娘が、すごくお世話になってしまっていて、ごめんなさい。こうなってから初めて気がついて。なんてお礼をしたらいいのか。」
うつむきながら少女の母の声を聞いていたら、少女と過ごした日々のことが思い出された。夢の中のような実在感の無い心地で、それでも少女の母の言葉がどうにもならない現実を示していることに気づいていた。自然と涙がこぼれてきた。止まらなくなった。
少女の母は、自分も真っ赤な目をしながら、少女のことを語ってくれた。そもそも病弱で、入退院を繰り返していたこと、そのせいであまり友達もできなかったこと、秋に急に喀血して入院して、結局そのまま退院できなくなったこと、少女がつけていた日記を見てここに来たことなど。
「ここ半年くらい、本当に明るくなって。笑っててもどこか淋しげだった娘なんですけど、ここのところ、本当に屈託の無い笑顔を見せてくれて。本当にありがとう。あの娘の大事な友達でいてくれて、本当にありがとう」
そういいながら渡されたお手玉は、少女と遊んでいたときよりも、なにか、軽く感じられた。また涙があふれてきた。
「こんな女の子のおもちゃじゃなくって、何かお礼がしたいんですけど、これは、あの娘が一番大切にしていたものなの。あの娘が一番好きな人に渡してあげたかったの」
知ってる。よく知ってる。そう思った。そして、なぜ彼女がこれを大事にしていたのかも知っている。いや、なぜ大事にしていたのか、唐突に思い出した。
涙を拭い、
「お願いがあるんです」
そういって、今貰ったばかりのお手玉を手のひらにのせて差し出した。
「お手玉、やってみせてください。彼女が好きだったのは、お手玉なんじゃなくて、お手玉が上手なお母さんだったのですから。」
少女の母親は、一瞬、石像のように固まった。彼女の目から涙が一筋こぼれて落ちた。次の瞬間、彼女は笑顔になって、
「ええ、喜んで」
といって、お手玉を掴んだ。その笑顔は、夏の日の少女のように、屈託の無い、美しい笑顔だった。
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なんかほわほわっとした感じのが書きたかったんだとおもいます。あ、あと一人称を使わずに私小説書いてみたかったんだったと思います。