「七乃~。こっちの書類は終わったのじゃ~。後は耕作地のやつをこっちに回してほしいのじゃ~」
長沙城の袁術の執務室。竹簡の山に囲まれ、必死に政務をこなす袁術の姿がそこにあった。
「はいは~い。それとお嬢さま~?ついでにこっちのもお願いしますね~」
どさっ、と。
袁術の前にさらに大量の竹簡を積む張勲。
「あぅ」
ひくっ、と。口元が引きつる袁術。
「……え~い!こうなったらどんどん持ってくるのじゃ!これ位でへこたれてたまるかなのじゃ!」
「よっ!かっこいいぞお嬢さま!どっかの自称名門とは大違い!にくいね、このこのっ!」
「ぬははははは!もっともっと褒め称えるのじゃ~!」
上機嫌で、次々と書類を片付けていく袁術であった。
ところがある日、
「で、頑張りすぎてこうなった、と」
「はぅ~」
過度の激務がたたったのか、政務中にばったりとぶっ倒れた袁術。すぐに医者に見せたところ、軽い熱中症とのことだった。
「ここ最近暑かったですしね~」
「そうね。うちのところでも、暑さにやられて倒れるものが続出してるし」
張勲の言葉に同調する、孫策。
長沙との貿易に関わることを、袁術と話し合いうために三日ほど前から、この地を訪れていた。
「なにかしら対策を講じませんとね~。今後もまた倒れかねませんから~」
袁術の額の手ぬぐいを取り替えつつ、孫策にそう話す張勲。
「な、七乃~。しょ、書類を~」
「美羽さま……。夢の中でまでお仕事をなさるなんて、……なんていじらしいんでしょう」
袁術のうわごとに感心し、悦に浸る張勲。が、
「しょ、書類を~、はちみつで~、いっぱいにして~、凍らせて食うのじゃ~」
『……』
うわごとの続きを聞いて、あきれる張勲と孫策。
「……ま~。お嬢さまらしい夢ですね~」
「……けど、蜂蜜で凍らせる、か。あは、それいいかも」
「え?」
袁術のうわごとで、何事かを思いついた孫策。
「あの、孫策さん?今の時期じゃ氷なんて手に入りませんよ?ましてや凍らせるなんてこと」
「それが手に入っちゃうのよね~」
「ほんとですか?!」
孫策の言葉に驚く張勲。
「幽州から来る商人たちの中にね、時々小さい氷を持ってる人たちがいるのよ。なんでも、氷ってのは雪でくるんだ後、わらか何かで保護してやると、結構長持ちするんですって。ただ……」
「ただ?」
「そんなに大量には運んだことは無いそうなのよ。だから、どれくらいの手間がかかるか、わからないと思うわ」
はるばる幽州から、大量に氷を運ばせるとなると、相当な手間賃がかかるであろうことは、想像に難くなかった。
「か、かまわんのじゃ」
「おじょうさま?!大丈夫なんですか?」
いつの間にか目を覚ましていた袁術が、手ぬぐいを押さえながら上体を起こし、孫策に声をかける。
「妾はともかく、民たちもこの暑さで相当まいっておるそうじゃ。民のためになるのであれば、多少の出費は仕方ないのじゃ。何なら妾の小遣いもすべてつぎ込んでもよい。孫策よ、頼まれてくれるかや?」
真剣な表情で孫策を見据える、袁術。
「……わかったわ。一月、いえ、半月で運ばせるから、任せておいて」
「頼むのじゃ。……ふにゃ~」
再び横になる袁術。
(……人間、変われば変わるものね)
あのわがまま放題だった袁術が、自身より民のことを優先して考えている。そのことに改めて感心する孫策であった。
それから半月後。
孫策の言葉どおり、大量の氷を積んだ船が、長沙の港に到着した。
その氷を、袁術は無償で民に振舞った。
「氷を買った金は、もともと民の金じゃ。なのにまた金を取るのも、おかしな話であろ?」
それが袁術の言葉であった。
そして、
「来たのじゃー!きーん、と来たのじゃー!」
こめかみを押さえて悶絶する袁術。
「一気にかき込むからですよ~。はい、ちょっとぬるめのお茶ですよ~」
「んぐ、んぐ、んぐ。ぷは~。……おお、一瞬で痛みが引いたのじゃ!どれ、もう一口」
袁術が食べているもの。それは氷を砕いて細かくしたものを、さらに包丁などでさらさらになるまで削ったものに、蜂蜜をかけたもの。
つまり、”カキ氷”である。
「よ~し、元気が出たのじゃ!七乃!どんどん書類を持ってくるのじゃ!」
「ああん、もう。お嬢さまってば現金なんですから!じゃ、頑張ってくださいね!」
どかどかっ!
「ぬおっ!な、なんでこんなにあるのじゃ!?」
自身の前に、子供の背丈ほどはあるかという竹簡の山を積まれ、驚く袁術。
「そりゃ~、お嬢さまが休んでおられた間にたまった分ですよ~。さ、張り切っていきましょう!」
ニコニコと笑顔の張勲。
「……うう~。七乃が鬼に見えるのじゃ」
「何か言いまして?お嬢さま?」
にっこり。
「な!なんでもないのじゃ!」
半分泣き顔で、竹簡の山に立ち向かう袁術。
そんな袁術を見て、
(ああん、もう!必死になってお仕事する美羽さまは、なんて愛らしいんでしょう!このために、わざとお仕事ためた甲斐があったというものですね~)
悦に浸ってどっか逝ってしまっている張勲であった。
「七乃~!見てないでそなたも手伝うのじゃ~!」
「はいは~い!」
長沙もまた、平和なのでありました(マル)。
「てなわけで、荊州拠点、長沙編でした」
「あとがきコーナーでございます。進行は私、輝里と」
「由でございます」
作者です。まずは皆様、アンケへのご協力、ありがとうございました。
「やっぱり美羽ちゃんをご希望が多かったですね。後は雛里たちが次点」
「ハム姉妹は二票ぐらいは入ってましたっけ?」
さて、今回の拠点。美羽と七乃の掛け合いだったんですが、
うまく表現できてましたでしょうかね?
「性格の根っこは変わってないけど、まじめになった美羽ちゃん。
やっぱりむずかしい?」
というより、七乃さんのほうが難しかった。
「あの人天然の悪魔だもんね~。しかも自覚なし」
さて、次は次点だった、命と雛里のお話の予定です。
アップ自体は、早ければあさって、三日の今頃かと。
「私たちの出番は?」
拠点終了まで無し。
「ほう」
「いい度胸ね、作者」
輝里は入蜀に付き合うことになるし、蜀では由に活躍してもらう予定なんで、
今のうちにゆっくり休んどいてね。
「……まあ、そういうことなら」
「大目に見ましょっか」
ではまた次回。
「コメント等、お待ちしてますね~」
「支援もひとつよろしく~」
『再見~!』
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荊州編拠点、その弐ー。
アンケートのご協力ありがとうございました。
一番多かった、美羽・七乃編をお送りします。
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