「で、ですから、この区域は新たに人を雇いましてですね」
「ふむふむ。それで?(なでなで)」
「あわわ。そ、それで、商人さんたちをこちらのほうに移して、新しく商店街を開いてもらいましゅ」
「なるほどの~。雛里はやはり頭が良いのお。妾では到底思いつかぬことばかりじゃ」
(なでなで)
「あわわ」
ここは宛の太守執務室。新しく宛の太守として赴任した劉封が、龐統とともに街の統治計画を話し合っていた。
「しかし、やはり人手が足りんの。叔父上に言って琥珀か翡翠あたりを、こっちに送ってもらおうかのう?(なでなでなで)
「あわわ~。で、ですが、襄陽もこれ以上は人が割けないと思いましゅ~」
劉封の提案に、顔を真っ赤にしながら、龐統が意見を述べる。
「む~。やはり難しいかのう。雛よ、誰か内務に秀でたものを知らぬか?」(なでなでなでなで)
「あわわわわ。こ、黄のお姉ちゃんなら、もしかして手伝ってくれるかもですが、茉里ちゃんの事もあるので、難しいかもしれません~」
なお、話し合いを始めてからというもの、劉封は龐統を自身のひざの上に乗せ、頭をずっとなで続けていた。
龐統本人はというと、嬉しいやら困ったやらな、複雑な表情で、されるがままになっていた。
「茉里というのは、確か朱里の妹じゃったか。黄、というのは誰なのじゃ?」
「え?!え、え~とですね。その、わ、私と朱里ちゃんの、お、お手伝いさんです!」
なぜか説明に困っている龐統。
「ふ~む。のう、雛里よ。その黄という者に、一応頼んでみてくれぬか?もし良ければ、文官として働けぬものかと」
「は、はい。一応、お手紙は出してみます」
「たのむ。さて、と」
ひょい。と。龐統を持ち上げ、膝から降ろす(実は結構、力持ちな)劉封。
「雛里分は十分に補充できたしの。本格的に仕事を始めるとするかの」
自身が今までかぶっていた龐統の帽子を脱ぎ、持ち主にかぶせる劉封。
「は、はい。では、私は街に出てまいりますので」
「うむ。ではまた、夜にな」
「は、はい。し、失礼します」
扉を閉め、出て行く龐統。
その日の夜。
「雛里~。おるか~?」
ひょい、と。扉を開けて、龐統の部屋を覗き込む劉封。
「何じゃおらんのか。風呂にでも行っておるのかの?」
とことこと。何の遠慮もなしに、部屋の中に入る。
「……ん?なんじゃ、これは」
何か書きかけと思しき本に、目がとまる劉封。そして、何気なしにそれを手に取り、中身を読む。
「…………な、な、な、なんじゃこれはーーーーー!!」
本を両手でつかみ、わなわなと震える劉封。
「ご、ご先祖様と、か、かか、韓信大元帥が、そ、そんなことや、あ、あああんなことを……、お、男同士で……!!」
その内容に顔を真っ赤にしながら、それでも中を読み進める劉封。
「い、いかんぞ。雛がこのようなものに興味を持っておるなど、断じて許しておくわけにいかん!何が何でも健全な道に、導いてやらねば!」
本を机の上に戻し、そう叫ぶ劉封。
「……とはいえ、じゃ。どうしたらよいものか。誰かに相談するにしても」
「……命さま?どうされたんですか?」
どきぃっ!!
不意に背後から声をかけられ、飛び上がって驚く劉封。
「ひ、雛里か?あ、いや、その、じゃな。そ、そう!部屋をな、ちと間違えてしまっただけなのじゃ!す、すまなんだ!」
だだだっ、と。
脱兎のごとく慌てて部屋を飛び出る劉封。
「?」
そんな劉封を、首をかしげて見送る龐統であった。
その数日後。
「お初にお目にかかります。姓は黄、名は承彦、字を月英にございます」
「うむ。妾が劉封じゃ。此度はわざわざすまなんだの、承彦」
褐色の肌の、見目麗しい美女を、玉座の間で迎えている劉封。
龐統が劉封の頼みで出した手紙を受け取った黄承彦が、その返事を答えるべく、直接顔を出しにきたのである。
「さて承彦どの。わざわざ来てもらえたということは、答えは諾ということで良いのかの?」
「私のことは月英とおよびください。懸念であった茉里は、襄陽の朱里の元に届けてまいりました。ぜひとも、劉封さまの下で働かせていただきたく」
深々と頭を下げる、黄承彦。
「うむ。ならば早速じゃが、ちと相談に乗ってもらえぬかの?後で妾の部屋に来てくれ」
「はい。かしこまりました」
「……というわけでの。雛里を何とか更正させたいのじゃ。協力してくれぬか?」
劉封が黄承彦にした相談。それは龐統の八百一好きを何とかしたいという、それであった。
「お話はわかりました。ならば劉封さま。私からひとつご提案が」
「おう。何か良い手があるのかえ?」
「はい。……古の言葉にもありますように、まずは敵を知ることこそ、勝利のための道筋となります」
「ふむ。孫子の言葉じゃな」
コクリとうなずく黄承彦。
「すなわち。雛里の八百一好きを改めさせたいのであれば、まずはそれを熟知するところから、始めては如何かと」
「なるほどのう。それは確かに正論じゃ」
ふむふむとうなずく劉封。
「というわけで。こんなこともあろうかと、雛里の部屋から何冊か持って参りましたので、お勉強会と参りましょうか」
「う、うむ。ちと刺激が強いが、まあ、仕方あるまい」
黄承彦が差し出した本を読み始める劉封。
その劉封を見て、黄承彦が口元を緩ませたことに、劉封は気づかなかった。
そして、それから一月もたった頃。
「いーや!例え雛の言うことであっても、これだけは譲らん!」
腕を組んでそっぽを向く劉封。
「あわわ。で、でも命さま」
「だめじゃ。妾としてはそこだけは譲らんぞ!良いか雛里!漢の系譜にある者として!」
「は、はひ!」
「ご先祖様、初代様は総攻じゃ!それ以外は決して認めん!」
高らかに宣言する劉封。
龐統を八百一の道から脚を洗わせるため、ここ一月、政務の合間をぬっては、八百一本を読み続けた劉封。だが、いつの間にか当初の目的とは逆に、完全に、どっぷり、頭の先まで、自身もすっかり”そっち”に染まってしまっていた。
最近では、読むだけでは足らなくなったようで、自身でも何か本を書いているという、はまりっぷりである。
当然、全ては龐統と黄承彦の最初の狙い通りである。ちなみに、策の立案者はもちろん、諸葛亮。
「来月の即売会は、妾の記念すべき初参加じゃ!目指せ完売!八百一作家としての妾の名を、大陸全土に轟かせてくれようぞ!」
はっはっは!
と、高笑いの劉封。
その劉封を見ながら、顔を見合わせて満足げな笑顔を浮かべる、龐統と黄承彦であった。
ミイラ取りがミイラになったという、今回のお話でした(笑)。
恒例あとがきコーナー、ですが。
「……今回は何もコメントしたくないです」
「わたしも」
そうだね。内容については、私たちは一切何も言いません。
あ、でも一つだけ。
月英さんの名前についてなんですが、
演義において承彦というのは本来、月英さんのお父さんの名前ですが、
ここでは同一人物にしました。
ということで、その辺ご了承ください。
「で、次回はハム姉妹?」
その予定だったんだけど……。
「……ネタが出来なかった?」
はい。そのとおりです。まったく話しが浮かばない。
あの二人をもっと観察しないと。
なので、次は呉の人たちのお話になる予定です。
「ま、ちゃんと完成させるようにね」
……がんばります。
ではまた次回、お会いしましょう。
「コメント等、よろしくです」
「それでは皆さん」
『再見~!』
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刀香譚、荊州拠点の第三弾です。
今回は命と雛里のお話です。
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