◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~
07:進む一歩も 逃げる一歩も
確かに、遠からずやってくることは予想できた。
それでも早過ぎるんじゃないか趙雲さん?
心中でそんな悪態をつきながら、一刀はついつい溜め息をつく。
「? どうかされましたかな北郷殿」
「いえいえ、なんでもありませんよ」
悪態はついたが、なにも彼女を攻めようというわけじゃない。落ち着け。クールにいこうぜクールに。
そんな風に、彼は気持ちを落ち着かせようとする。無理やりに。
慣れないところに連れてこられたせいで、少しばかり気が動転しているんだろうきっとそうだ。
場違いなところにいる自覚はあった。ただの料理人でしかない一刀にとって、あまりに縁のない場所。
遼西郡・陽楽にある、公孫瓉が太守として勤める城。彼は、その中にある謁見用の広間にいた。
ことの経緯を簡単にいうならば。
趙雲が関羽の武才を嗅ぎ付け、それを公孫瓉に報告。
それほどのものならぜひ客将として招きたい、という風に話は流れ。
ならば早速顔合わせを、と。関羽、鳳統、呂布、華雄の四人は城に出向くことになり。
そんな四人を保護している立場として、一刀は四人に付き添ってここまでやってきたのだった。
「よーう、久しぶりだな北郷」
「はい。ご無沙汰しています、公孫瓉様」
地域一帯を束ねる太守。そんな身分を考えると、あまりにフランクな言葉をかける公孫瓉。
それでも、自分はただの一市民、という立場をわきまえて、一刀は恭しく礼を交わす。
この世界にいる一刀は、ただの料理人。単なる民草のひとりである。
関羽たちがいた元の世界の"北郷一刀"のような、天の御遣いといった特別な存在でもなんでもない。
ではあるのだが、彼は公孫瓉にたいそう気に入られている。料理の腕ももちろんだが、その人柄と気質を彼女は好んでいた。
いかにもお偉いひと、といった態度を普段から取らない御仁ではある。
それを差し引いたとしても、彼女は随分と砕けた接し方をしている。
人懐っこい笑み。太守という高い立ち位置にありながらも、あまり裏表を感じさせない気性。
それらはこの乱世において、美点となりえるのか疑問ではある。
とはいえ、治められる民としては好ましいもの。一刀もまたこの"らしくない"太守に好感を持っている。
寄らば怒鳴りつけるような太守よりは、常に笑顔な太守の方が親しみやすいというものだ。
「で、後ろにいるのが、趙雲のいっていた人かい?」
「はい。行き倒れになっていたところを商隊が保護し、現在は私が身を引き受けております」
「関雨、と申します」
「鳳灯、です」
「……呂扶」
「華祐と申す」
関羽、鳳統、呂布、華雄。四人それぞれが名を名乗った。
表舞台に出るにあたり、彼女たちは名を変えている。
原因の分からぬまま、この世界へと跳ばされた彼女たち。
跳ばされてしまったこの世界は、彼女たちにとって経験済みな、既に通り過ぎた世界であった。
ならば、そこにはかつての自分がいるに違いない。
顔はもう仕方がないとして、名前が被るのは問題が生じるのではないか。
そう思い至り、一刀は彼女たちに名前を変えることを提案したのだ。
といっても、姓、字、真名は同じまま。名を変えるといっても文字を変えただけである。
まるまる偽名に変えてしまっても、当人たちが反応しきれないのでは、という思惑もあった。
「彼女たちは記憶が混乱しているようでして。
行き倒れた前後のことや、なぜあの場所にいたのか、といったことがさっぱり分からないらしいのです。
それ以前のこともあやふやになっているようですが、日々の生活に困るほどのことはありませんでした。
もっとも。仕官というお話も、過去が怪しいという理由で拒否されるのであらばどうしようもありませんけども」
うまく説明できない彼女たちの現状を、一刀はこういってあらかじめ釘を刺しておく。
だが公孫瓉は、そんな彼のフォローも些細なことだと一蹴する。
「あぁ、構わないよ。
正直なところ、出自が多少怪しくたって、有能ならそれでいいと思ってるし。人材不足は本当に深刻だからな」
「……あの、本当にいいんですか?」
「使える人材なら問題ない。使い物にならなきゃ話は別だけどな。まぁ、趙雲の推薦ならハズレじゃないだろうし」
仮にも一地方のボスに仕えよう、っていう話がこんなに簡単でいいのか?
そんな一刀の葛藤などどこ吹く風。話はどんどん先へと進んでいく。
「で、四人ともウチに仕官してくれるのか?」
「いえ、申し訳ないのですが。
今回仕官を願っているのは、関雨と華祐のふたりです。鳳灯と呂扶は、今回は見送らせていただきたく」
「ふーん。まぁ、いいさ。ふたりも新しい将候補が来てくれたんだ。それでよしとするさ。
……まぁ、呂扶、に関しては、もっと必死に引き止めるべきなんだろうけどな」
ほう、と、趙雲が感心したような声を上げる。
「伯珪殿でも分かりますが。あの者の凄さが」
「私でもってなんだよ、気分悪いな趙雲。
いやでも、まぁ、私なんかじゃ羽毛のごとくあしらわれるんじゃないかなー、ってくらいのなにかは感じる」
「正解ですな」
「なんだよ、本当に気分悪いぞ」
「いえいえ、褒めているつもりなのですよ。
実際、私でも敵わないでしょう、おそらくは。そういった意味では、伯珪殿も私も、大差はありません」
そこまでなのか、と、趙雲の言葉に息を呑む。
これまで公孫瓉が目にしてきた武才というもの。その中で、趙雲の持つそれは随一といっていいものだった。
その彼女が敵わないという。その武才の高さに想像が及ばない。
見た限りの印象では、ぼおっとした小動物系なのに。
「仕官はしないとして、それじゃあ呂扶はこれからどうするんだ?」
無理やり仕官をさせる、というのは性に合わない。かといって、他のところに仕えられてもそれはそれで嬉しくない。
そんな不安感をありありとさせながら、公孫瓉は問いかける。
「ひとまず、俺の店のお手伝い、というのが彼女の仕事になりますね」
「……は?」
「ですから、店の給仕係とか」
「趙雲すら凌ぐだろう武才を持つ者が、給仕?」
「当人がそれでいいっていうんです。
私もそれはどうかと思いますけど、無理に武器を持たせるのもなにか違う気がしますし」
あとは、店の用心棒? みたいな。そんなところでしょうか。
などとのたまう一刀に、少しばかり頭を抱える公孫瓉。
だがまぁ、他の勢力のところに流れないと分かっただけでもよしとするか。そう思うことにして、彼女は納得することにした。
「北郷。鳳灯はどうするつもりなんだ」
仕官を見送ったもうひとり。
見た印象からは、武官とは思えない。ならば文官・軍師の類か。
趙雲が目をつける者たちと同行しているのだから、その才はやはり相当なものなのだろう。公孫瓉はそう当たりをつける。
そんな考えを、一刀は肯定する。
「彼女、鳳灯は、軍師文官としてその才を発揮していたらしいのですが、故あって少々病んでしまいまして。
少なくとも軍師としての働きは、しばらく無理だろうと。
そんな理由から、今回は見送らせていただきたいと判断した次第です。
ちなみに彼女も、店の手伝いをしてもらうつもりです」
「なるほど」
しばし、考える。その後、彼女は鳳灯に話しかける。
「鳳灯。仕官を受けない理由は分かった。詳しいことも聞かないでおく。
だが。その知、戦場ではなく、遼西の内政に活かすつもりはないか?」
戦が嫌なら、それ以外で本領を発揮すれば良い。そんな言葉に、鳳灯は思わず公孫瓉を見つめ返す。
答えは急がない、考えておいてくれ。そういって、彼女は返事も待たずにこの話を切り上げた。
そのふたりについては分かった、と、話が進められる。
次は、関雨そして華祐についてだ。
「関雨と、華祐。ふたりとも、こちらの願いを聞き入れてくれて感謝する。ありがとう。
だが。趙雲と北郷から聞いたが、あくまで客将として扱ってもらいたいらしいな。
よければ理由を教えてもらえないか?」
その言葉に、まず華祐が口を開く。
「取り立てていただく公孫瓉殿には、心より感謝いたす。
ですが、私が歩もうとしているのは武の道。己の武を研ぎ澄まし、より高みへと進むことを目的としている。
ここで貴殿に仕えても、己の武をより高めてくれるであろう場があるのならば、そちらの方へと参るつもりです。
仕える以上、やるべきことはやり、それ以上のものを残すつもりではいる。
だが、私がなにを第一としているのか、それを踏まえた上で受け入れていただきたい」
いうなれば、腕には自信があるけども、いつこの地を離れるか分からない、それでもよければ使え、といっているのだ。
なんという、不遜な物言い。事実、これを聞いた一刀は顔を覆ってしまう。公孫瓉も、思わず素直に感心してしまった。
「華祐。ものすごい自信だな」
「矜持だけは人一倍あると自負している。
だがそれでも、ここにいる関雨と呂扶に私の武は及ばないのだから。お恥ずかしい限りだ」
「いやー、でもその矜持は大切だと思うぞ?」
私も弱っちいのを自覚させられてるからな、趙雲のおかげで。そんな言葉を、半笑いで返してみせる。
太守という地位にはいるが、公孫瓚もまた武将のひとりである。武を突き詰めたいという気持ちはよく分かる。
だが、今の自分には立場がある。武の鍛錬ばかりにかまけているわけにはいかない。それを自覚していた。
ゆえに、華祐のまっすぐさが、眩しくも羨ましいと感じる。
なんとかしてやりたいと思う。出来得る範囲で融通を利かせてあげようと思った。
それを甘さだと断じてしまえば、確かにその通り。
だけど、まぁいいんじゃないか? と、通してしまうところが、彼女の美点といえなくもない。
「分かった。次に行きたい場所が出来たら遠慮せずにいってくれ。遼西から離れられるように手はずを取ろう。
だがそれまでは、遠慮せずにこき使わせてもらおう」
一時とはいえ、新しい主を得た。お心遣いに感謝する、と、華祐は頭を下げる。
「私は、武を振るう理由が揺らいでいるのです」
関雨はつぶやくように、口を開いた。
自らの武を誇る気持ち。それを振るいたい衝動。
しかし、なぜ自分が武を振るうのか、というところで躊躇してしまう自分。
そんな内心を、言葉少なに彼女は口にする。それでもいいのであれば、せめて客将として使って欲しいと。彼女は願い出た。
かつて共に乱世の中を駆けた盟友、公孫瓉。だが目の前にいる彼女は、関雨の知る彼女とは別の人間である。それは分かっている。
分かってはいるが、知己の者に自分の不甲斐なさを吐露しているようで、関雨の心中は穏やかではなかった。
「ふむ。いかに優れた武といえども、錆付いていては役立たずですな」
「え、おい趙雲」
そんな気持ちの不鮮明さは、以前の世界では背中を託した武将、趙雲に、まさに不甲斐なさを感じさせていた。
彼女にとって目の前にいる関雨という人物は、なるほど、確かに初対面でもあり正確な武のほどを知るわけでもない。
だがそれでも、気に入らない。気に入らないのだから、仕方がない。
だから、彼女は煽る。
「確かに、私の目は確かだった。だが関雨殿の武に気付けはしたが、その気質にまで到ることは出来なかったようだ。
そのような中途半端な気持ちでいられては、客将として招き入れても却ってこちらは迷惑するかもしれぬ」
「……確かに、貴殿のいうことはもっともだ」
関雨の言葉を聞きながら、趙雲の声音が剣呑なものになっていく。
辛辣な言葉。だが戦場に立つ武将として、その言葉の正しさも分かる関雨はなにも返すことが出来ずにいる。
「ならば私が、その武にこびり付いた錆を削ぎとって差し上げましょう。
なに、実はその錆の塊を己の武の重さと取り違えていたのなら、身軽になって却って目も覚めるというもの。
その際は、いち雑兵として使わせていただこう」
趙雲は、城の中庭にて関雨との仕合を望んだ。
理由は分からないが、彼女なりになにか思惑があるのだろう。そう判断した公孫瓉はその申し出を許可する。
「関雨殿も、よろしいかな? もちろん、逃げていただいても一向に構いませぬが」
「……構わない。お心遣い、感謝する」
挑発でしかない、趙雲の言葉。関雨はそれに激昂することもなく、その申し出を淡々と受け入れる。
広間にいた、ふたりと四人。それぞれが中庭へと移動する。
「随分とまぁ、安直な展開をこしらえたもんですね」
「なに。妙に考えすぎる御仁には、却って単純な方法の方が合点がいく、ということもあるのですよ」
率先して先を歩く趙雲に、早足で追いついて見せた一刀。
先ほどまでの不機嫌さは何処へやら。微塵も浮かべていない彼女に、彼は普段どおりの調子で話しかける。
ちなみに、呂扶は一刀を追いかけるように付いて来た。
関雨と鳳灯は、公孫瓉となにやら話をしながらゆっくり後を付いてきている。
「初対面なのに、よくそんな性格云々まで見て取れましたね」
「ふふ。人を見る目はそれなり以上にあると自負していますからな。
やろうと思えば、武才向きだろうと内政向きだろうと誰でも引っ張ってみせますぞ?」
「ある意味、非常におっかない能力ですよそれは」
武官なのに、外交官顔負けのやり取りが出来、内向けの細かい思慮にも長けている。
万能なひとだよなぁ、と、一刀は感嘆する。
「それにしても。公孫瓚様もそうですが、趙雲さんも硬軟なんでもこなす人ですよね。便利な人だ」
「ふ。まぁなににおいても、そこらの者よりはやってのける自信はあります。便利屋扱いされるのは業腹ですがな。
しかし私などよりも、伯珪殿の方がよほど万能ですよ。器用貧乏といった方が的確かもしれませぬが」
「……仮にも自分の主に対して、ひどい言い種だ」
「これでも伯珪殿のことは認めているのですよ?
個人の武においては、あの方よりも私の方が上です。これは間違いない。
しかしいい方を変えるのなら、私が勝てるものとなるとそれ以外に見当たらないのですよ。
武以外のものは、伯珪殿の方が勝っていると思います。
仮に私が伯珪殿の代わりに太守をやれといわれても、出来ませんからな」
所詮、私は武官なのです。と、思いの外真面目に、公孫瓉を賛美する趙雲。
「なにをやってもそこそここなす。そんな万能さが、なにかに突出した者を前にすると"普通"に見えてしまう。
伯珪殿はそれを気にしているようですがな」
「普通、ね。結構じゃないですか。民草が一番求めているのは、その普通な日々ですよ?
それに、実際には相当の実力があるのに、それでも自分は未熟だと仰る。しかもそれで陰に篭るわけでもないでしょう。
心強いじゃないですか」
「そうですな。まぁ、群雄と呼ぶには今ひとつ足りない感は否めませぬが」
「……それ、俺がうなずいたら相当問題あるよね」
「誰も聞いておりませんぞ?」
「誰よりもいい触らしそうな人が、目の前にいるので。仕方ありません」
「まったく、貴殿は私のことをどう見ておられるのか」
「鏡、持ってきましょうか?」
真面目な雰囲気で終わらせてなるものか、とばかりに、最後におどけてみせる趙雲。
一刀はもちろん、それに乗ってみせる。
「そうそう、女としての器量も私の方が勝っておりますぞ。これも間違いありませぬ。
ふむ。このような大切なことを失念していたとは、不覚」
「……その点はノーコメントでお願いします」
「のーこめんと?」
「我が身が可愛いから答えたくない、といっているんですよ」
「ほほう。北郷殿は、伯珪殿のような女性がお好みか」
「もちろん、趙雲殿のことも忘れていませんよ?」
一度話が外れ出すと、ふたりのやり取りはなかなか終わりを見せなかった。
ちなみに。
そんなヒソヒソ話を小声で交わす趙雲と一刀を見て、公孫瓉は渋い顔を見せていた。
曰く。
「あの顔を浮かべてしている話は、近づくと怪我をする内容だ。主に精神面で。聞き取れないけど絶対ヤバい」
関雨と鳳灯も、内心その言葉にうなずいていた。
場所は変わり、城内の奥にある中庭。
多人数が軽く運動が出来るほどの広さがあり、周囲を囲む樹々は見目良く整えられている。
城に詰める武官が鍛錬を行うこともあり、文官が仕事に一息つく姿もよく見られる。人の行き来もそれなりに多い、そんな場所である。
その中心をなす広場。そこにふたりの武将が対峙する。
「さて。心の準備はよろしいかな?」
「うむ。こちらはいつでも構わない」
片や、「常山の昇り龍」という二つ名を成し、舞い踊る槍を「神槍」と呼ばれるまでの武才を誇る、趙子龍。
片や、「美髪公」と誉れ高い髪を靡かせながら築くその武功に、後年「関帝」とまで神格化された関雲長こと、関雨。
ふたりは自らの片腕とする武器を手に、互いにその姿を睨め付ける。静かに、高まっていく。
公孫瓉が、一歩、前に出る。そして、始まりの声を上げた。
「はじめっ!」
と、同時に。
趙雲と、関雨。ふたりは駆け、躍り懸かる。己の信じる武をぶつけ合うために。
・あとがき
相変わらず地味だなオイ。
槇村です。御機嫌如何。
仕合まで持っていくつもりが、その前のやり取りで妙に長くなってしまいました。
まぁいいでしょう。(いいのか?)
関羽、鳳統、呂布、華雄の改名とか、客将になることを決めた経緯とか、いろいろ理由はちゃんとあるのですが。
本文にうまく絡ませられなかったかも。
後から細かいところを直すかもしれません。
やっと、派手な展開になりますよ。なるでしょう。なると思います。なるといいなぁ。
乞うご期待。(弱腰だな)
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もうすぐルーキーじゃなくなる槇村です。御機嫌如何。
これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。
『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーした話を思いついたので書いてみた。
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