第十三話 ~~母(英雄)を目指して~~
――――――――――――――ここは・・・どこだ・・・?
なぜだろう・・・なんだか、ひどく居心地が良い。
頬をなでる風も、この感じなれた僅かな揺れも。
それに何より、背中に感じるこの愛しい温もりは・・・―――――――――――――――
「ん・・・っ」
「あ、起きたか?」
「・・・ごしゅじん・・・さま?」
心地よい暗闇の中から目を覚ました愛紗が振り向くと、すぐそばには一刀の顔があった。
愛紗は今、馬を操る一刀の腕に抱かれるようにして座っている。
「ずいぶんと遅いお目覚めだったな、愛紗。」
「翠・・・」
隣では、翠も馬を走らせながら目覚めた愛紗に笑顔を向ける。
「私は、いったい・・・・」
薬のせいでまだ記憶が混乱しているのか、愛紗は頭に手を当てて、少しづずあいまいな記憶をつないでいく。
「確か、男を追って森に入って・・・・・っ! そうだ、烏丸族は・・・っ!?」
「大丈夫・・・もう全部終わったよ。」
「?・・・終わったって・・・」
いまいち状況が理解できていない愛紗に、一刀は優しく微笑む。
「もう戦わなくていいんだよ。」
「・・・どういうことですか?」
一刀は馬を走らせながら、愛紗にあったことを全て話した。
夕羅とのやり取りも、彼女がなぜ街を襲っていたのかも。
そして、馬騰と夕羅の友情とも言える意地の張り合いも。
しかし、自分が腕を差し出そうとした事だけは黙ったおいた。
おそらく気落ちしているであろう愛紗に、わざわざ追いうちをかける必要もない。
「申し訳ありませんでした! 私のために・・・」
「いや、俺の方こそ・・・一人で行かせたりしてごめんよ。」
「そんなこと・・・っ」
予想通りの反応だ・・・やはり愛紗は自分を責めているらしい。
うつむいて、表情を暗くする。
そんな彼女の黒髪を、後ろから温かな手が優しく撫でた。
「もう気にしなくていいんだよ愛紗・・・こうして皆無事なんだから、それでいいんだ。」
「ご主人様・・・」
愛紗は顔を上げて、自分の髪を撫でる一刀の顔を、少しうるんだ瞳で見上げる。
それに応えるように、一刀はもう一度優しく笑う。
「帰ろう? 皆のところに。」
「・・・はい。」――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――
「愛紗ちゃーーーん! 無事でよかったよ~~っ!」
「きゃ・・・ちょっと、桃香様・・・・っ!?」
城に戻った一刀たちを、仲間たちは総出で迎えてくれた。
特に桃香は、無事な愛紗の姿を見たとたん目の端に涙を浮かべて飛び付いた。
目が覚めたばかりでまだ本調子でない愛紗は、桃香の体を支えながらすこしフラつく。
「おいおい桃香・・・嬉しいのは分かるけど、愛紗はまだ疲れが取れてないんだから・・・」
「あ!そっか・・・ごめんね愛紗ちゃん。」
苦笑しながらの一刀の言葉に、桃香は“ハッ”と気づいたように愛紗から離れた。
「でも、本当に無事でよかったよ~。 ご主人様も翠ちゃんも♪」
「ああ、翠が守ってくれたからね。」
「そ、そんな・・・あたしは何にもしてないよ・・・。」
一刀の言葉に、翠は照れたように顔を紅くする。
「桃香様、皆・・・本当に、心配をおかけしました。」
自分の無事を心から喜んでくれている仲間たちに、愛紗は深く頭を下げた。
「フム・・・まぁお主らしくない失態だが、無事で何よりだ。」
「ほんとなのだっ」
「はい・・・でもご主人様、一体どうやって踏頓さんと話をつけたんですか?」
笑いながら言う星と鈴々の横で、朱里は首をかしげる。
隣にいる雛里も似たような反応だ。
「ああ、話すと長くなるんだけど・・・」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「えぇーーーーーーーっ!? じゃあもう烏丸族とは戦わなくていいの!?」
一刀の話を聞いて、たんぽぽの声が部屋に響いた。
「あぁ、全部御遣い様のおかげさ。」
「いや、俺は別に何も・・・」
「謙遜しなくても良いではないですか。 戦わずして勝つ・・・これ以上の勝利はない。
もっと胸を張るべきですぞ、主?」
「そーだよ! さっすがご主人様♪」
「はい、すばらしい手腕です!」
「御遣い様すっごーーい♪」
「あはは・・・」
皆から次々と浴びせられる賞賛の声に、少し照れ笑い。
「でも、本当にカッコよかったぜ御遣い様。 愛紗を助けるために必死で・・・」
「お、おい翠! 恥ずかしいからそれ以上言わなくていいって・・・・」
これ以上は顔が熱くなりすぎて耐えられそうにない。
一刀は慌てて翠の話をさえぎった。
そんな中、一刀はひとつ大事なことを思い出した。
「・・・そうだ、でもそのせいで翠の顔をつぶすような事になっちゃって・・・」
もうお互いに納得したことではあるが、まだどこか申し訳なく思えていた。
「そんなの気にすることないって。 もし御遣い様が居てくれなかったら、あたしたちは何も知らないまま夕羅たちと戦ってたんだから・・・本当に感謝してる。」
「そーだよ。 たんぽぽも御遣い様が西涼を治めてくれるなら嬉しいな♪」
「翠、たんぽぽ・・・」
なんの文句も不満も言わずに自分を受け入れてくれる二人に、一刀は心の中で何度も感謝した。
「さ、愛紗も無事帰って来たし、戦いも終わった! 今夜は宴にしようぜ!」
「やったーー! たんぽぽ宴って大好き♪」
「フム・・・宴と言うなら、私も黙ってはおれんな。」
「鈴々も、たくさん食べるのだっ!」
「ちょ、ちょっと待てよ皆・・・愛紗はまだ体の調子が・・・」
喜びに満ちている皆を横目に、まだ顔色が優れない愛紗の方を見る。
「よろしいではないですか、ご主人様。」
「愛紗・・・」
「皆に迷惑をかけておいて、その上楽しみまで奪ってしまってはそれこそ合わせる顔がありません。 私の事ならば大丈夫ですから。」
「・・・まぁ、愛紗がそう言うなら・・・」
まだ少し不安は残るが、大丈夫だと笑顔を向けてくれる愛紗に苦笑い。
「よーし、そんじゃあ早速準備だ!」
「おーーーーっ!♪」―――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――
「んふふ~・・・おねぇさま~♪」
「す~いちゃ~ん♪」
「わ、ちょっと・・・桃香様っ、やめてくれって・・・・たんぽぽもいい加減にしろ! 飲みすぎだぞ!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがる翠のことなどお構いなしに、桃香とたんぽぽはベタベタと翠にすり寄る。
そんな二人の顔も赤いが、それはもちろん酒のせいだ。
その様子を見ていた星は、盃を片手に可笑しそうに笑っている。
「はっはっは。 何を恥ずかしがっているのだ翠よ、顔が赤いぞ?」
「う、うるさいなっ! 見てないで止めてくれよ~!」
「三人とも仲がいいのだっ♪」
「ふむ、全くだ。」
「おまえら~~~~~~っ」
「あはは~、みなん楽しそうですねぇ~♪」
「・・・朱里ちゃん、飲みすぎじゃない?」
「ふぇ~? そんなことありましぇんよ~?」
「はぁ~・・・」
顔を真っ赤にして笑う朱里を見ながら、雛里は珍しく呆れたようにため息を漏らしていた。
それぞれが、思い思いに今宵の宴を楽しんでいるようだ。
そんな中、一刀は一人窓の外で夜空を眺めていた。
「ふぅ・・・ちょっと飲みすぎたかな。」
頬をくすぐるささやかな夜風が、酒で火照った身体に心地よい。
後ろからは室内で騒ぐ皆の楽しそうな声が聞こえてきて、今この時だけは平和なのだと少しだけ心が安らいだ。
「ご主人様。」
「あぁ、愛紗。」
振り向いた一刀に愛紗は優しく笑って、一刀の隣へと歩み寄った。
愛紗も少し酒を飲んだようで、ほんのりと紅潮した彼女の頬は月明かりに照らされて、いつもより少し色っぽく見えた。
「身体の方は大丈夫?」
「えぇ、おかげさまで。 本当にご迷惑をおかけしました。」
「もう気にしなくていいってば。 それより、今はこの時間を楽しもうよ。」
「はい・・・・」
一度は笑顔で頷いてくれた愛紗だが、なぜかすぐに表情を暗くしてしまった。
酔って気分が悪いという感じではない・・・一刀は気になって、愛紗の顔を覗き込む。
「愛紗、どうかしたのか・・・・?」
「いえ、その・・・・翠に、聞きまして・・・」
「聞いたって・・・何を?」
「私を助けるためにご主人様が、その・・・ご自分の腕を・・・・」
「あ・・・・(翠のやつ、しゃべっちゃったのか・・・)」
夕羅とのやり取りの中、一刀が自分を助けるために腕を失いそうになったことを、愛紗は知ってしまったのだ。
おそらく翠は、一刀がどれほどの想いで愛紗を助けたのかを愛紗に知っておいてほしかったのだろう。
その気持ちは一刀からすればありがたくもあり、しかし少し辛くもあった。
愛紗にその事を伝えれば、きっと彼女は気にしてしまう・・・そう思って、ずっと黙っていたのだから。
そして予想通り、その事実を知った愛紗の表情は暗い。
そんな愛紗を元気づけようと、一刀は必要以上に笑って見せた。
「そのことならもういいよ。 ほら、このとおり腕は両方ついてるだろ?」
“プラプラ”と腕を振っておどけて見せても、愛紗は笑顔を見せてはくれない。
「ですが、それは結果に過ぎません・・・私のせいでご主人様が傷つきそうになったのは事実です。」
「あはは、愛紗は難しく考えすぎなんだよ。 確かに結果にすぎないかもしれないけど、『終わり良ければ全てよし』って言うじゃない。」
「しかし・・・・あっ!」
こんな言葉で愛紗が納得するはずがないことは一刀も分かっていた。
だから、続く彼女の言葉をさえぎるように一刀は彼女の手を引き、優しく抱きしめた。
「ご・・・ご主人様・・・?」
いきなり抱きしめられて、愛紗は先ほどまでとは比べ物にならないほどに頬を赤くする。
そんな愛紗の耳元で、一刀は囁くように小さく言った。
「そこまでだよ愛紗・・・それ以上言われたら、俺の方が辛くなっちゃうよ。」
「へ・・・?」
「愛紗は自分のせいで俺が犠牲になりそうになったと思ってるかもしれないけど、それは違うよ。 俺はただ、自分の意思で愛紗を助けたいと思ったからそうしただけなんだから。 なのに愛紗がいつまでも自分を許さなかったら、そんな俺の気持ちも否定されてるみたいじゃない?」
「それはっ・・・・うぅ゛、その言い方は卑怯です・・・ご主人様。」
そんな言い方をされては、愛紗が否定できるはずもない。
もちろん、一刀はそれが分かっていてこの言い方をした。
「ずるくてごめんね。 でも俺は、本当に愛紗が大切だと思うから・・・」
「ご主人様・・・」
「だから、この話はこれでおしまい。 ね?」
「・・・・はい。」
一刀の胸の中で、愛紗は目の端に涙を浮かべながら小さく頷いた。
夜空に浮かぶ月明かりから守るように一刀の腕に抱かれたその顔は、心からの喜びに満ちていた。―――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
皆で騒いだ楽しい夜が明け、一刀たちは自分たちの街へと帰るため、見送りの翠とたんぽぽと共に城門の前に集まっていた。
「さて、それじゃあ行こっか、ご主人様。」
「あぁ、そうだね。 それじゃあ翠、たんぽぽ、これからは二人で西涼を守ってくれ。 何かあったらすぐに駆けつけるからさ。」
夕羅との約束は、西涼に危機が迫った時に一刀の指示が翠に届くようにというもの。
それ以外の時は、翠がこの国を納めなければならない。
英雄だった母親の代わりとして。
「あ、あぁ・・・」
「ん?・・・どうかしたのか?」
てっきり笑顔でうなずいてくれるものだと思っていたのだが、答える翠の顔はどこか元気がない。
というよりは、なにかに迷っているようだった。
「あ、あのさ・・・御遣い様。」
「ん?」
「実は一つ・・・頼みがあるんだ。」
「頼み?・・・いいよ、俺にできることならなんでも言ってくれ。」
もともと助けに来たのはこちらとはいえ、彼女たちにはいろいろと世話になった。
別れの餞別と言う訳ではないが、できる限りのことはしてあげようと思った。
「じゃ・・・じゃあ、さ・・・」
「うん。」
「わ、私たちも・・・一緒に連れてってくれないか!?」
「・・・・・・・・・・・へ?」
少しの間、一刀の思考回路は停止した。
できることなら何でも言ってくれとは言ったが、さすがにこれは予想していなかった。
今から一国をお治めていこうという少女が、自分についてきたいと言うのだ。
「ちょ、ちょっとまてよ翠! どうしたんだいきなり・・・」
「昨日の夜、たんぽぽと話したんだ・・・御遣い様が許してくれるなら、御遣い様のもとで一緒に戦おうって。」
「うん♪」
翠の言葉に、隣にいたたんぽぽも強く頷く。
「いやいや、理由になってないよ! だいいち、翠はこれから西涼の君主になるんだろ!?」
「それは・・・夕羅にも言われた通り、今のあたしじゃ西涼を守りきれないと思ったから・・・」
「だから、何かあったらすぐに俺たちが助けに来るって・・・」
「それじゃダメなんだっ! それじゃあ、私はいつまでたっても御遣い様に頼りっぱなしで一人じゃ何にもできないダメ君主になっちまう・・・・そんなんじゃ、母さまに合わせる顔がない・・・」
「翠・・・」
彼女が何を考えているのか、少しだけ分かってきた。
「だから御遣い様のもとで一緒に戦って、自分を磨きたいんだ! 夕羅と約束したように、いつか母さまのような英雄になるために!」
「おねがい御遣い様っ! たんぽぽも、御遣い様と一緒に行きたいの!」
「・・・だけど、二人がいなくなったら西涼はどうするんだ?」
翠もたんぽぽもいなくなってしまっては、いくら緊急時には駆けつけると言っても、普段西涼をまとめる者が居なくなってしまう。
それでは本末転倒だ。
「それは大丈夫だ。 母さまの昔からの忠臣で、韓遂(かんすい)っていう優秀な奴がいる。 そいつに任せれば、まず大丈夫なはずだ。」
「でもなぁ・・・」
韓遂という名は、一刀にも聞きおぼえがある。
おそらく翠の言葉は嘘ではないだろうが、それでも二人の頼みを軽々しく聞くわけにはいかない。
これは一国の運命を左右するかもしれない重要な問題なのだ。
「いいんじゃない? ご主人様。」
「桃香・・・?」
悩んでいる一刀の後ろから、桃香が歩み寄ってきた。
「二人ともこんなに言ってるんだもん。 連れて行ってあげようよ♪」
「・・・・・・」
一刀はもう一度、自分を真っ直ぐに見つめる翠とたんぽぽに目を向けた。
「頼む! 御遣い様!」
「お願い!」
そして、半ばあきらめたように“ガックリ”肩を落として・・・
「はぁ~・・・分かったよ。」
「・・・え?」
「二人とも、一緒に行こう。」
「ほ、本当か!?」
「ああ。」
「ありがとう御遣い様っ!」
「わーーい! 御遣い様といっしょだーーっ♪」
喜んでくれる二人をみて、一刀は思わず笑顔になる。
考えてみれば、二人だって相当悩んだはず・・・・
今まで母親が命をかけて守ってきた街を、そう簡単に離れられる訳がない。
しかしそれでも、二人は自分について来たいと言ってくれているのなら、その決意を無駄にはしたくなかった。
「えっへへ~、それじゃあこれからは御遣い様のこと、ご主人様って呼ぶね♪」
「ご、ごごごごご主人様ぁ~~!?」
満面の笑みのたんぽぽの言葉に、翠は顔を真っ赤にする。
「だって~、皆そう呼んでるし、これからお世話になるんだからご主人様でしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけど・・・」
「というわけでこれからよろしくね。 ご主人様、皆♪」
うろたえている翠を横目に、たんぽぽは笑顔で言う。
それを見て、翠も意を決したように口を開いた。
「よ、よろしく・・・・ごしゅ・・・じんさま・・・」
目を泳がせながらゆっくりと言う翠に、一刀は“ニッコリ”と笑い返して・・・
「ああ。 よろしく翠、たんぽぽ。」
「うんうん。 新しい仲間も増えたことだし、帰ろっか、私たちの街に♪」
「ああ。」
こうして、二十年近く続いていた二人の英雄の戦い・・・意地の張り合いは静かに、そして温かく終わりを迎えた。――――――――――――――――――――――――
~~一応あとがき~~
はい、これで西涼編は終わりですww
もっと早く終わると思ってたんですが、思いのほか六話も続いてしまいましたね (汗
それからこの話中の愛紗ですが、彼女は原作では全く酒が飲めない設定でしたが、話の都合上少し飲んでいただきましたww
ちなみに、今回名前だけ登場した韓遂さんは話には出てきません (汗
さて、次回は拠点話第三弾です。 またよろしくお願いします ノシ
Tweet |
|
|
19
|
2
|
追加するフォルダを選択
十三話目ですww
これで西涼編は最終回です。