番外編・蜀の日常 其の三 ~~恐怖!?料理対決~~
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“ぐぅ~・・・”
「・・・腹減った。」
情け容赦なく催促の音を立てる腹を押さえて、一刀は小さく呟いた。
今日は起きてから今まで・・・大げさに言ってしまえば太陽が出てから約90度空を移動するまで、みっちりと仕事だった。
西涼に行っている間にできなかった仕事が、山のように溜まっていたのだ。
まるでもとの世界にいた頃、長期休みに実家に帰省していたあとに新聞がたまっていた時のような心境だった。
いや・・・新聞ならそのまま縛ってリサイクルにでも出してしまえばそれまでだが、仕事となればそうはいかない。
一刀をあざ笑うかのように一向にその数を減らそうとはしない書簡たちと、襲い来る眠気との死闘を繰り広げてかれこれ数時間・・・
少し前から感じ始めた空腹も参戦し、もはや手がつけられない状態だ。
「いかんいかん・・・このままじゃ眠気と空腹で頭がおかしくなる。」
机に突っ伏してしまいそうになるのを“ブルブル”と頭を振って拒否する。
自慢ではないが、今眠ってしまったらすぐには起きない自信がある。
そうなったら当然仕事は進まず、その後愛紗の雷が落ちるであろうことは必然だ。
・・・それだけは絶対に避けなければならない。
「とにかく、何か食べよう! 仕事はそれからだ。」
このまま眠気と空腹に共同戦線を張られていては、いずれは正気という防壁も崩れさってしまう・・・
まずは空腹だけでも片づけてしまおうと思い、一刀は部屋を出て厨房へと向かった。
まだ昼食の時間には少し早いが、厨房の娘さんに頼めば何かしら用意してくれるはずだ。――――――――――――――――――――――――――
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「すいませ~ん、ちょっとお腹空いちゃって・・・・あれ?」
いまだ鳴り続ける腹を押さえつつ厨房へとやってきた一刀だが、声を上げても返事がない。
「・・・おかしいな。」
“キョロキョロ”と中を見渡してみるが、いつもせわしなく働いているはずの娘たちの姿は見当たらない・・・
いくら昼食の時間には早いとはいえ、厨房係が全員いないというのは珍しい。
「誰もいないのかな? でもこの匂い・・・」
“クンクン”と鼻を動かし、辺りに漂う食欲を誘う匂いのもとを探る。
実は厨房に向かって廊下を歩いていた途中からこの匂いはしていたので、てっきり誰かが厨房で調理しているのだろうと楽しみにしてきたのだが・・・実際はこの通り。
それでも諦めず、匂いをたどっていると・・・
「あれ?・・・ご主人様?」
「?」
突然厨房の隅から聞こえた声に顔を向けると、声の主は良く知った顔だった。
「朱里と・・・雛里?」
あまり見慣れない二人の格好に少し気づくのが遅れてしまったが、そこにいたのはエプロン姿の朱里と雛里だった。
いきなり現れた一刀を、二人は不思議そうに見つめている。
「・・・どうされたんですか? ご主人様が厨房にいらっしゃるなんて・・・」
「いや、ちょっと腹が減ってね。 何か食べようかと・・・・二人こそ、何してるんだ?」
まぁ、エプロンをして厨房にいるのだからやることは一つだろうが、一応聞いてみる。
「はい。 午前中の仕事がひと段落したので、久しぶりに雛里ちゃんとお料理でもしてみようかと思いまして。」
「・・・“コクコク”」
「ああ、そういうことか。」
質問に答える朱里の横で、雛里も小さく首を振る。
一刀は予想通りの答えに納得しつつ、少し悲しくなってきた。
自分が午前中必死で仕事をしていたのにもかかわらず、二人はもう自分の仕事はひと段落したという。
この辺りが凡人である自分と、歴史に名を残す大軍師である二人との差なのかと一刀はしみじみと感じていた。
「・・・ご主人様?」
「え? あ、あぁ・・・ごめんごめん。」
勝手に一人で落ち込んでいると、それを感じ取った朱里が心配そうに顔を覗き込んできた。
二人に心配をかけまいと顔を上げて笑い返し、改めてエプロン姿の二人をじっくりと眺める。
「二人とも、その格好良く似合ってるね。 すごくかわいいよ。」
「はわ!? あ、ありがとうございます・・・」
「あう゛~~・・・」
不意打ちで褒められて、二人は顔を真っ赤にしてしまう。
そんな二人に思わず笑い出しそうになるのを必死にこらえながら、一刀は二人の後ろで良い匂いをさせている鍋の方へと目を向けた。
「それにしてもいい匂いだね。 何作ってるの?」
「回鍋肉(ホイコーロー)です。 あ、よろしければご主人様も召し上がりませんか?」
「・・・いいの?」
「はい・・・二人で食べるには作りすぎてしまいましたので・・・・」
「ありがとう! ずっと腹ペコだったんだ・・・喜んでいただくよ。」
二人の思いがけない申し出に、一刀は心の中でガッツポーズ。
昼食を食べられるだけでも十分なのに、その上朱里と雛里の手料理となれば、期待せずにはいられない。
「はい♪ それじゃあ、できるまでもう少しだけ待っていてくださいね。」
「うん。」
―――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――おいしい料理ができるのを待っている時というのは、とかく時間が長く感じる・・・
それが空腹の時ならばなおさらだ。
『空腹は最高の調味料』などという言葉があるが、どんな調味料だって効きすぎれば料理の味は落ちてしまうもの。
朱里に待つように言われてから、もうだいぶ経つ。
そろそろ一刀の『調味料』も効きすぎてきた頃・・・・
「お待たせしましたご主人様。 できましたよ♪」
「待ってましたーーっ。」
朱里の声にまるで子供のように返事をすると、机の上に皿にたっぷりと盛られた回鍋肉が運ばれてきた。
甘辛いみその香りが鼻をくすぐり、食欲をさらに誘う。
「うわ~、おいしそうだね。」
「どうぞ、召し上がってください♪」
「・・・お口に合うかどうか分かりませんが。」
「二人がせっかく作ってくれた料理が、口に合わないはずないよ。」
二人に笑いかけて、さっそく食べようと箸を手に取る。
「それじゃ、いただきま~・・・・」
“ビッ!”
「・・・~す・・・ってあれ?」
勢いよく肉をつかもうとしたはずの箸は、なぜか空中を掴んでいた。
そこにさっきまであったはずの山盛りの回鍋肉は皿ごと無くなっている。
「・・・なぜ?」
一刀は“カチカチ”と空中で箸を鳴らし、消えた回鍋肉の行方を探す。
だが、その答えはすぐに分かった。
「ん~~! これすっごく美味しいのだっ♪」
「り、鈴々ちゃんっ!?」
驚きの声を上げる朱里をよそに、鈴々はさっきまで一刀の前にあった回鍋肉を満面の笑みで頬張っていた。
「鈴々・・・どうしてここに?」
「んにゃ? 廊下を歩いてたらなんだかいいにおいがしたから、走ってきたのだ。」
「・・・納得。」
まるで犬のような反応のよさだが、鈴々なら納得だ。
「鈴々―ー!? どこだ鈴々!」
「鈴々ちゃ~ん!」
「?」
「!?・・・マズイのだ!」
突然廊下から聞こえてきた声に、鈴々はあたふたと慌て始めた。
だが逃げる間もなく、声の主は厨房へとやってきた。
「鈴々! まったく、急に走り出したと思ったらこんなところに・・・」
「・・・・愛紗に桃香?」
「へ?・・・ご、ご主人様!? それに、朱里に雛里まで・・・」
「あれ~、皆どうしたの?」
鈴々を追ってやってきたのは、愛紗と桃香だった。
思いもよらない顔ぶれに、二人とも少し驚いているようだ。
「おや? 皆お揃いで・・・珍しいことですな。」
「星!? お主まで・・・どうしてここに?」
二人に続いて後ろから現れたのは星。
彼女の片手にはとっくりが握られている。
「ん? 私は少々酒のつまみをもらいに来たのだが・・・お主たちこそここで何を集まっているのだ?」
愛紗の質問に答えながら、星は集まった皆を見て首をかしげる。
「うるせーなー・・・・もうちょっと静かにしろよ。」
「なになに~? たんぽぽも入れて~♪」
「はわ!? 翠さんにたんぽぽちゃんまで・・・」
「あはは・・・全員そろっちゃったな。」
これが偶然だと言うなら、すごい偶然だ。
普段はそれぞれの仕事に追われていて忙しい皆がこうして厨房に集まるなんて、そうそうあることではない。
「・・・で、ご主人様。 いった何を騒いでたんだ?」
「ああ、うん・・・それがね・・・」―――――――――――――――――――――――
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「なるほど、つまり主たちの昼食を、鈴々が勢いあまって食べてしまった・・・という訳か。」
「まったく、どうしてお前はそう意地汚いのだ!?」
「あう~・・・ごめんなのだ・・・」
愛紗の厳しい一言に、鈴々は申し訳なさそうに頭をかく。
「もういいですよ。 私たちは久しぶりに練習がてら作っていただけですから。 ね、雛里ちゃん?」
「うん・・・あ、でもご主人様はお腹が空いてらしたんじゃ・・・」
「え?あぁ・・・うん。」
一刀としては別に鈴々を責めるつもりなど毛頭ないが、昼食を食べそこなったのは正直痛い。
何でもいいから食べておかないと、午後からの仕事に差し支える。
「いいよ、自分でテキトーになにか作るから。」
特に料理が得意なわけではないが、チャーハンくらいならなんとか作れるはず・・・
「あの・・・ご主人様。」
「ん? どうした愛紗?」
「その、もしよろしければ・・・私が、お作りしましょうか?」
「・・・愛紗が?」
思わず一刀は聞き返してしまった。
何せ愛紗が料理を作る姿など想像したこともない。
「鈴久々がご主人様の昼食を食べてしまったのなら、それは姉である私の責任です。 ですから・・・そのお詫びにと・・・」
「ほぉ・・・愛紗、お主に料理の心得などあったのか?」
「なっ、馬鹿にするなよ星! 私だって料理くらい・・・できる・・・はず・・・」
「あはは・・・(つまり実際に作ったことは無いわけね・・・)」
どんどん小さくなっていく愛紗の言葉に、一刀は思わず苦笑い。
「あ、そーだ! それならたんぽぽいいこと思いついたよ♪」
「・・・いいこと?」
「うん! 皆で料理対決をするっていうのはどぉ?」
「料理対決・・・・って、一体何をするんだ?」
「あのね、皆がそれぞれ作った料理をご主人様に食べてもらって、誰のが一番おいしいか決めてもらうの♪」
「えぇっ!?」
「ほぉ・・・おもしろい。 私もたまには、自分の武以外の力量も試してもよいかもしれぬな。」
「うんうん、なんだか面白そう♪」
たんぽぽの提案に驚きの声を上げる者、笑顔で承諾する者と反応は様々だ。
「いや、ちょっと皆。 俺は別に・・・」
「ご主人様、皆の手料理が食べられるんだよ? 嬉しくないの?」
「え? そりゃぁ・・・まぁ・・・」
「なら決まり♪ 早速準備しよっ!」
「はぁ~・・・」
たしかに嬉しい・・・それはそうなのだが、一刀にはなぜか嫌な予感がしていた。
しかしやる気になっている皆とたんぽぽの迫力に負け、反対するのは諦めた。――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――かくして、たんぽぽの思いつきによる料理対決が幕を開けた。
ルールは簡単。
それぞれが二人ひと組になり、協力して一品の料理を作る。
そして審査員である一刀がそれを食べ、一番おいしいと思った組の勝ちというもの。
作る料理はチャーハン。
それぞれの料理の腕を公平に審査するため、一番簡単と思える料理に統一した。
「頑張ろうね、雛里ちゃん♪」
「うん・・・♪」
エントリーナンバー① 朱里×雛里ペア
「な、なぁたんぽぽ・・・あたしやっぱり料理なんて・・・」
「だいじょ~ぶだってばぁ。 たんぽぽが教えてあげるから!」
エントリーナンバー② 翠×たんぽぽペア
「フフ・・・足を引っ張るなよ愛紗?」
「なっ・・・それはこちらの台詞だっ!」
エントリーナンバー③ 愛紗×星ペア
「う~ん・・・なんか個性的な組み合わせになったなぁ・・・」
・・・主に三組目。
「楽しみだね、ご主人様♪」
ちなみに、鈴々はどうせ食材をつまみ食いするだろうという理由で見物。
競技自体は楽しみにしていた桃香も、参加する方は自信がないと言って辞退した。
「それじゃあ、ご主人様のためのお料理勝負~~はじめ!♪」
桃香の合図で、6人が一斉に動き出した。
「朱里ちゃん・・・私は野菜を切るよ。」
「うん。 それじゃあ私はお肉だね♪」
予想通りというか、朱里と雛里は慣れた手つきでどんどん作業を進めていく。
細かな役割分担も完ぺきだ。
「うんうん、さすがに二人とも上手だなぁ。 翠とたんぽぽは・・・」
朱里と雛里が仲良く料理する様子を眺めて頬を緩めながら、次は翠とたんぽぽのペアへと目を向ける。
「なぁたんぽぽ・・・・これはどうすりゃいいんだ?」
「あぁ、それは細かく刻んでおいて。」
「わかった。 えっと・・・・こうか?」
「あ~っ、違うよお姉さまっ! それじゃあ手切っちゃうでしょ!?」
「へ!? じゃあ・・・こうか?」
「あ~もう! だからこうだってば~っ!」
「ん~~、んな事言われたってぇ~~・・・・」
「あはは、頑張れよ翠~。」
翠はたんぽぽの手を借りながら慣れない手つきで必死に食材と格闘している。
逆にたんぽぽが料理の心得があったというのは少し意外だった。
その光景を見ていると、一体どちらが姉なんだか・・・・・
「さてと、まぁこの二組はなんとかなるとして、問題は・・・」
嫌な予感を引きずりつつも、残る一組み・・・愛紗と星のペアへと目を向ける。
「ぐっ・・・・く・・・・っ!」
「あ、愛紗・・・・大丈夫か?」
「なんの・・・・これくらい・・・っ!」
「・・・・・・」
包丁を持つ愛紗の右手は、尋常じゃないほど“プルプル”と小刻みに震えている。
その様子を隣で見守る星は初めて料理をする娘を見守る母親のような表情。
このままでは、いつ愛紗の手から赤い噴水が上がってもおかしくはない。
「・・・くそっ、これではらちが開かん!」
「お、おい愛紗・・・!?」
業を煮やした愛紗は、持っていた包丁を高々と振り上げた。
天井に向け掲げられた包丁が“ギラリ”と不気味に光る。
「でやぁ゛ぁ~~~っ!」
“ガシッ!”
「待てっ!落ち着け愛紗っ!」
「はーっ、はーっ・・・・」
調理台ごとたたき割らんばかりの勢いで振り下ろされた愛紗の右手を、星が紙一重で掴んだ。
愛紗は肩で息をして、戦場ですらこんな愛紗は見たことがない。
「そ、そうだ・・・食材を切るのは私がやる! だからお主は、後で炒めるのと味付けをやってくれ! な?」
「う、うむ・・・まぁ、星がそう言うのなら・・・」
星の必死の説得で、愛紗は握っていた包丁を置いた。
それを見て、星はためていた疲労を吐き出すように大きくため息を吐く。
「はぁ~・・・(いかん、このままでは料理対決がただの惨劇になりかねん・・・)」
「愛紗・・・・」
その一部始終を見ていた一刀は、目を丸くしている。
「(星・・・どうか無事に終わらせてくれ・・・・)」
チャーハンうんぬんの前にけが人が出ないことだけを祈りつつ、一刀はその光景から目をそらした。――――――――――――――――――――――
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「は~い、終了~~!」
開始の合図からおよそ30分くらいだろうか・・・
チャーハンひとつ作るには少しかかりすぎた気もするが、なんとか三組とも血を見ることなくそれぞれのチャーハンを完成させたようだ。
これから早速、審査にはいる。
「最初は、朱里ちゃんと雛里ちゃん。」
「はい。 どうぞ、ご主人様♪」
「・・・どうぞ。」
「ありがとう。 うわ~、すごいね。」
朱里と雛里が持ってきてくれたお皿には、丸くきれいにチャーハンが盛られていた。
その見た目だけで、それがおいしいといことを伝えてくれる。
「それじゃあ、いただきます。」
レンゲですくって、一口。
「モグモグ・・・・」
予想以上の味だった。
ご飯もパラパラで、一粒一粒にしっかりと卵が絡まっている。
はっきり言って、一生で食べた中で一番おいしいチャーハンだ。
「うん! すっごくおいしいよ!」
「ほんとですか!?」
「もちろん!」
「・・・よかったね朱里ちゃん♪」
「うん♪」
正直な感想に、朱里と雛里は本気で喜んでくれる。
「それじゃあ、次は翠ちゃんとたんぽぽちゃん。」
「はーい。 ほら、お姉さま。」
「あ、あぁ・・・」
たんぽぽに促され、翠はしぶしぶと言った様子でチャーハンを運んできた。
形は少し崩れているが、それ以外は普通のチャーハンだ。
「あ、あたし・・・料理とかしたこと無くってさ・・・別に、嫌だったら無理して食べなくてもいいからな!」
「何言ってるんだよ。 翠とたんぽぽが一生懸命作ってくれたんだろ? ありがたく頂くよ。」
「~~~う・・・うん。」
優しく笑いかけると、翠は顔を赤くしながらも小さく頷いた。
“パク”
「モグモグ・・・」
「ど、どうだ・・・?」
ゆっくりと味わう一刀の顔を、翠は不安げに見つめてくる。
味は、正直に言えば朱里と雛里のよりは落ちる・・・ということになるのかもしれない。
しかし、慣れない手つきで初めての料理に挑戦していた翠の姿を思い出すと、不思議とそれ以上に感じられた。
「うん。 おいしいよ、翠。」
「ほ、ほんとか!? 無理してるんじゃないか?」
「無理なんてしないよ・・・本当においしい。 ありがとな翠、たんぽぽ。」
「えっへへ~、やったねお姉さま♪」
「あ・・・あぁ♪」
翠とたんぽぽも、朱里と雛里同様に笑顔で喜んでくれる。
皆、本気で自分のために一生懸命作ってくれたのだろう。
そう思うと、一刀は嬉しくてたまらなくなった。
「さて、それじゃあ最後は・・・愛紗ちゃんと星ちゃんだね。」
「!?・・・・っ」
桃香の声で、一刀の頭に忘れていた不安が一気に戻ってきた。
そうだ・・・まだ最凶のペアが残っていた・・・
あれから二人の様子は見ていなかったので、一体どんなチャーハンができたのかは見当もつかない。
「はい。 それではご主人様、どうぞ。」
そんな一刀の心配をよそに、愛紗は満面の笑みで机の上に皿を置いた。
「あぁ、ありがとう愛紗・・・・って・・・」
机に置かれた料理を見た瞬間、一刀の表情が凍りついた。
「・・・・なぁ、愛紗・・・」
「はい?」
「これ・・・なに?」
「なにって・・・御冗談を。 チャーハンに決まっているではありませんか。」
「これが・・・チャーハン・・・」
当然のように答える愛紗の言葉で、一刀はもう一度目の前にあるチャーハンらしきものに目をやる。
そこにあるのは、どう見てもチャーハン・・・というよりは食べ物かどうかも疑わしい黒い物体だった。
色鮮やかな野菜や、お米の面影はもうどこにもない。
「まぁ、確かに見た目は少々失敗してしまいましたが・・・味は問題ないはずです。」
「あぁ、そうなんだ・・・」
愛紗は頬を紅くして、恥ずかしそうにうつむく。
どうやら当の本人は事の重大さに気づいていないらしい。
この失敗が『ちょっと』で済むのであれば、例えフランス料理を注文して卵かけご飯が出て来たとしても文句は言うまい・・・
いや、むしろそのほうが何百倍もましだ。
食べ物を注文してちゃんと食べ物が出てくるのだから・・・・
「(な、なぁ星・・・一体どうやったらあんな不気味なモンができるんだよ?)」
一刀と愛紗のやり取りを見ながら、翠は隣に立つ星に“ヒソヒソ”と話しかけた。
「(わ、私に聞くな! 私は材料を切っただけで、気がついたらあんな変わり果てた姿に・・・)」
「(いや、いくらなんだってありゃないだろ!? あそこまで見た目が変わるなんて・・・愛紗の奴、妖術でも使ったのか?)」
「(うむ・・・まさか私も愛紗の腕前があそこまでとは・・・主、どうかご無事で・・・骨は拾いますゆえ。)」
星は一刀に気づかれないように静かに両手を合わせた。
「さぁご主人様、冷めないうちに召し上がってください。」
「う、うん・・・」
笑顔で促してくる愛紗を見ると、とても食べられないとは言えない・・・
そこで一刀は、なんとか無理矢理でも考えを変えることにした。
「(そうだ! 愛紗も言った通り、悪いのは本当に見た目だけで意外とおいしいのかもしれない・・・・そうだよ! いくらなんだって、食べた瞬間“バタン”なんてそんな漫画みたいな展開あるわけないじゃないか!)」
強引なポジティブシンキングによって一刀は覚悟を決め、チャーハンをレンゲにひとすくい。
「そ、それじゃあ・・・いただくね、愛紗。」
「はい。 お口に合えばよろしいのですが。」
口にレンゲを運ぶのを必死に拒否しようとする体をなんとか制しながら、おそるおそる手を動かす。
そして・・・・―――――――――――――――――――
「・・・・・・“パク”」
”ドサッ!“
―――――――――――――――――――――――――
・・・あるわけないと信じた結果になった。
「ご、ご主人様っ!?」
「主っ!!」
「ご主人様――っ!!」
いきなり椅子から転げ落ちた一刀を見て、全員が慌てて駆け寄る。
「いかん・・・白目を向いている! 翠、早く主を医務室へ!」
「ああっ!」
“ドタドタ・・・バタン!”
星と翠に抱えられ、気を失った一刀は部屋から運び出されていった。
「ご主人様・・・」
愛紗はその光景をずっと見つめながら、表情を沈ませている。
「愛紗ちゃん・・・・」
そんな愛紗を見かねて、桃香はなんとか慰めようと声をかけた。
自分の作った料理のせいで一刀が倒れてしまったのだから、相当ショックなはずだ。
しかし当の愛紗はというと、沈んだ表情のまま小首をかしげて・・・・
「お体の調子が悪かったのなら、無理せずにそう言えばいいものを・・・」
「あぁ゛・・・愛紗ちゃん・・・・」
「愛紗さん・・・・・・」
一刀の倒れた原因が自分にあることに全く気付いていない愛紗に、桃香たちはもうかける言葉が見つからず、ただただ一刀の無事だけを祈ることにした。
ちなみにこの後数時間して目が覚めた一刀だったが、三日間は食事がのどを通らなかった。
結局料理対決の決着はつかず、納得のいかない愛紗は再戦を希望しているとか、いないとか――――――――――――――――――――――――――
次のページは、ちょっとした次回予告みたいなものになってます。
―――――――――――――――――――――――――――その少女は、いつからかひとりだった。
才能に恵まれた姉妹たちの中、ただひとり落ちこぼれと呼ばれ、周りからは蔑まれ・・・・・ついには生まれた村を追われた。
しかしそれでも、少女はいつも笑顔だった。
それは、ある一人の少女との出会いのおかげ。
そして少女は今、ただ一人荒野を歩いていた。
自分を認めてくれた一人の少女との再会を果たすため、その白い髪を風に揺らして・・・・
「・・・・待っててね、先生。」
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~~一応あとがき~~
はい、拠点話第三弾でした。
原作より愛紗の料理の腕がひどくなっている気がしますが、そのほうが面白いのでよしということで。
たんぽぽは個人的なイメージで何となく料理できそう・・・星はどうなんですかね?
さて、今回初めて次回予告というものを付けてみました。
次回から登場するオリキャラですが、一体どの武将なのか予想付きますかね?・・・っていってもヒントになるようなことは書いてありませんが。
彼女の正体はもう少し後にわかります。
それまでお楽しみにノシ
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今回は拠点話、蜀の日常第三弾です。
タイトルからだいたいの展開は予想できると思いますが、まぁ最後まで読んでやってくださいww