No.165501

珍・恋姫無双~この旗の下に~

makimuraさん

きーみーがーいたなーつーはーとおいーゆーめーのなかー。
というわけで、夏祭りだそうです。(他人事かよ)

恋姫無双で夏ネタを書け、というお達しがあったので。頭を捻って書いてみた。
文字数9995文字。規定数本当にギリギリ。どうしてこんなことに。

続きを表示

2010-08-13 18:53:45 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:5944   閲覧ユーザー数:5110

◆珍・恋姫無双~この旗の下に~

 

 

 

霊帝が没した後、幼帝を傀儡とした董卓が洛陽で圧政を敷いている。董卓許すまじ。

そんな檄文が諸侯の下を巡った。

ことの真偽は、この際重要ではない。大なり小なり、各諸侯が持つ思惑をもって董卓ひとりを悪役に仕立て上げた。

そして結成されたのが、反董卓連合。

新たに権力を持った董卓を良く思わない諸侯が、表向きのみ手を組んでみせたものだ。

連合の中を占めるのは理念ではなく、損得や、押さえ切れない衝動、感情などである。

そのことは誰もがよく理解していた。

重要なのは、真実よりも、自らの欲。優先すべきは、溢れ出る欲求なのだ。

 

 

 

季節は夏。猛暑も真っ盛りの時期である。

太陽は容赦なく大地を照らし、行軍する兵たちを平等に炙っていく。

兵であろうと将であろうと、感じる暑さに違いはない。

「本当に暑いね~」

一勢力を束ねる長であろうと、それは例外ではない。劉備(桃香)は思わずつぶやく。心底ダレ切ったような声で。

「桃香さま、口にすると余計に暑くなりますよ?」

「でも~、暑いものは暑いんだもの~」

主である桃香の小さな呟きに、関羽(愛紗)は漏らさず反応する。主従の関係とはいえ、互いに真名を許す間柄。その口調に厳しさは見られない。

諌める言葉を出したものの、暑さが堪えているのは彼女も同様だ。青龍偃月刀を握る手も、心なしか力を感じさせない。

その代わりに、ほんの小さな呟きを拾ってしまうほどに過敏になっている、といっていいだろう。

彼女自慢の長い黒髪も、気のせいか、その艶を落として見える。

それでも口を開けるだけの気をまだ張っていられるのは、その生真面目な性分ゆえか。

逆に張飛(鈴々)などは、持ち前の明るさ奔放さを欠片も出さずに、力をなくしたまま黙々と歩を進めている。口を開くのも億劫になっているようだ。

彼女の持つ蛇矛など抱えられもせず、ずるずると引きずられている。それだけ力が入らなくなっているのだろう。ある意味正直なことだ。

「さて、ようやく到着ですかな」

劉備率いる平原の相の面々。その一将、趙雲(星)が普段どおりの声でいう。

平原の地を出て一週間。軍勢を引き連れ、反董卓連合が集う集合地点へと到着した。

「やれやれ、ようやくといった感じですな」

「でも星ちゃんは、あまり暑そうに見えないね」

「そうでもありませんぞ。ただ暑い暑いという気持ちを大っぴらに表に出すのは、私の矜持に合わないというだけです」

「は~、すごいね~」

星の言葉に、桃香は素直に感嘆の声を上げる。

そんな言葉にやや気を良くする星ではあったが、暑さを紛らわせるためなのだろうか、常に持ち歩いている秘蔵のメンマの消費が著しかった。

内心、彼女は非常に焦っていた。ある意味、この暑さに一番まいっていたのは星なのかもしれない。

 

 

そんなこんなで。

彼女たちは連合軍と無事合流し、自陣を構え一息入れる。

余裕が出来たところで、改めて連合軍の全容を見てただただ驚く。

「ふわ~、すごい兵隊さんの数だね~」

「これだけの兵が一同に介することも、そうはありませんから。壮観のひと言です」

「皆さんそれだけ思うところを秘めて、この連合に臨んでいるんでしょう」

これまで見たことがないほどの兵を目の当たりにして、桃香が驚きの声を上げる。

その兵を揃えた各諸侯の思うところを暗に想像して、諸葛亮(朱里)と鳳統(雛里)は静かに応えたのだが。

「……でもみんな暑そうなのだ」

真面目に締まりそうなところを、ゲンナリした鈴々のひと言が台無しにする。

「うむ……」

「……そうだな」

星と愛紗も、それを否定することが出来なかった。

目下に立ち並ぶ、膨大な数の兵。そのひとりひとりが、しっかりと鎧を着込んでいるのだが。

それを見るだけで暑い。暑苦しい。鎧の表面からの照り返しが、余計に暑さを際立たせているような錯覚に陥る。

戦が始まるどころか、味方の姿を見ただけで士気が下がりかけている。そんな劉備一行であった。

 

「失礼いたします」

ひと息ついていた劉備一行の下に、伝令の兵がひとり現れる。

「ぬぅっ、この眩しさは!」

「な、なんですかっ!?」

「眩しさだけではく熱さまで感じるっ!」

「はわっ!」

「あわっ!」

名を馳せた勇将たちが、たったひとりの男にたじろいでしまう。

突然現れた、その身に熱と光を帯びたひとりの兵。

彼は袁紹軍に属する、全身を金色に輝く鎧を身に包んだ、名もない伝令兵であった。

劉備一行が感じた威圧感の正体は、金色の鎧が照り返した太陽の光と熱。触れるどころか近づくことすら出来ないほどだった。

逆にいえば、その程度のものに惑わされてしまうほど、一行の精神は太陽に焼かれてしまっていたのかもしれない。

「……その鎧って、暑くないんですか?」

「……ご想像にお任せいたします」

やはり暑いようだ。傍から見た桃香たちでさえ、その熱気が感じられるのだから無理もあるまい。

身に着けている彼らにしてみれば、焼けた鉄板を身につけているようなものなのかもしれない。

つい口に出た桃香の言葉に、ただの伝令でしかないはずの兵が言葉を返してしまう。それくらいに、彼もまいっているようだ。

 

金ピカで灼熱な一般伝令兵に連れられて、桃香と愛紗、朱里は、連合軍の首脳が集まる天幕へと案内された。

その道中も、伝令兵の鎧が放つ熱気が非常に煩わしく、三人の士気を一段と落とさせている。

聞けば、袁紹軍の兵は皆、この金ピカな鎧装備が成されているとのこと。

それを聞いて、三人はさらに気持ちをゲンナリとさせた。

それはさておき。

せっかく案内をされた桃香たちだったが、天幕に入ることなく戻ることになる。

一地方の太守であり桃香の友人でもある、公孫瓉(白蓮)に呼び止められたからだ。

彼女曰く。劉備たちが到着するよりも前に、早々に群議は終わってしまったという。

この暑さにまいっていた諸侯が、というか曹操(華琳)が勝手に仕切って、強引に終わらせた。

連合軍の大将役は、やりたがっていた袁紹(麗羽)に押し付けた。

進軍する際の先鋒は、劉備たち一行に押し付けられた。理由は「決める場にいなかったから」。

他に反対意見もなかったので、そのまま解散という流れになった。後は全部後回しにしよう、というやる気のなさである。

作戦内容もまた、やる気のないこと甚だしいもの。

「雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわぁ~」

おほほほほほほほ。

作戦内容というには、あまりにあんまりな内容。

だが誰も、彼女の声にも言葉にも内容にも、触れることはなかった。触れる元気がなかった。

ちなみに作戦を告げた袁紹の笑い声も、非常に元気のないものだったという。

「……いろいろ思惑があって出来た連合軍、なんだよね? 朱里ちゃん」

「そのはずなんですけど……」

「……皆、暑さで頭が茹で上がっているのではないか?」

「違いない……」

桃香、朱里、愛紗、そして白蓮は、頭に様々な痛みを抱いて、それぞれ自軍へと戻っていくのだった。

 

 

その頃の主だった諸侯陣営。

 

まずは魏。

 

「暑いわ……」

華琳は容赦ないこの暑さに屈していた。

いかに覇王といっても、天候には勝てない。

とはいえ、魏を統べる王として、兵たちに無様な姿を晒すことは出来ない。それは自覚している。

ゆえに、彼女はひとり天幕の中に引き篭もり、覇王らしからぬ姿でへばっている。

それでも、すでに出すべき指示はすべて出し終えている辺りはさすがというべきか。

「どうしてこんなに暑いのに、麗羽のバカは連合なんて組んだのよ……」

心底ウンザリした声。もっと涼しい時期にしなさいよ、と、彼女らしからぬ批判(?)が口をついて出る。相当まいっているようだ。

「この暑さ、なんとかならないものかしら……」

さすがは曹孟徳。愚痴をこぼすばかりではなく、現実に対しなんらかの対処法を考案しようと頭を巡らせようとする。

「……なにも思いつかないわ」

諦めるの早っ。頭はまったく巡らなかったようだ。

 

ちなみに魏に属する他の知将猛将たちも、程度は違えど同じようなもの。暑さにやられてグロッキー状態だった。

 

 

 

次いで呉。

 

「あ~~~う~~~」

呉の主たる小覇王・孫策(雪蓮)も、この暑さにダレきっていた。

「め~~~い~~~り~~~ん、あ~~~つ~~~い~~~」

いうまでもないことをあえて口にする。それを耳にする人のことはあまり深くは考えない、素晴らしき雪蓮クオリティ。

そんな彼女の傍らに鎮座する、呉の中核たる軍師・周瑜(冥琳)。

主の言動などすでに把握しきっているかのごとく、うわ言の様な彼女の言葉を意にも解さず静かに目を閉じている。

いうまでもないことは口にしない。素晴らしき冥琳クオリティ。

「……冥琳?」

いくらクオリティの高い冥琳とはいえ、なにも反応を示さない親友を不信に思った雪蓮。

なんとなく、微動だにしない親友の頬を軽く突付いてみると。

「あつっ!」

突付いた指が、マジでヤケドする五秒前。冥琳の肌が、火照りを通り過ぎて焼けた鉄板状態だということに気付く。

「ちょっと冥琳しっかりして」

あまりのことに、親友の身を危惧する気持ちが彼女の肩を揺さぶらせる。はずが。

「うあっつ!!」

肩を掴む、つまり焼けた鉄板を掴むに等しい行動に、反射的に手を離してしまう雪蓮。

「手が、手が~~~っ!!」

「なにごとですか姉さま!」

「蓮華、水よ水、水持ってきて! 冥琳が火事よっ!!」

声を聞きつけやって来た妹・孫権(蓮華)も巻き込み、大混乱。暑さを更に助長させる騒ぎとなった。

 

ちなみに冥琳は、大人しくしていたわけではなく、暑さで半ば気を失った状態だったという。

彼女に限らず、呉に属する他の知将猛将たちも、程度の差はあれ意識を朦朧とさせた状態だった。

 

 

 

袁術軍。

 

袁術(美羽)と張勲(七乃)が詰める天幕。その付近からは声ひとつ聞こえない。

不気味がる兵たちも、あまり近づこうとしなかった。暑さにやられて動きたくない、というのが最たる理由だったけれども。

おそらく天幕に引き篭もっているふたりも、同じ理由だと思われる。

 

 

 

袁紹軍。

 

あまりの暑さに吹き出る汗。そのせいで肌に絡みつく自慢の髪。

煩わしい、と、袁紹はその髪型をポニーテールにしていた。

それを見た袁紹軍の兵士たち。些細なことで変化した主の雰囲気に、一般兵たちは妙なドキムネ感を感じていた。

でも。その胸の高鳴りは、きっと恋じゃない。

多分、熱中症の前触れだと思う。おそらくそんなことには気付かないと思うが。

でもまぁ、なんといわれようと、男は結構単純なんだよ。うん。

 

 

 

そんな感じで。

 

すべてはこの猛暑のせい。諸侯は戦の前から妙なテンションのアップダウンを繰り広げている。

そんな彼女たちの様を、太陽だけが、あざ笑うかのように照らし続けていた。

 

 

 

どんなにやる気が起きなくても、なにもせずに帰ることなど出来はしない。

なにしろ目標となる関さえまだ目にしていないのだから。

暑いだの面倒だのと、至るところから大小の呟きが上がりつつも、連合軍は少しずつ進軍していく。

やっとのことで、攻撃目標である汜水関が見えてくる。

 

劉備一行は気が重かった。

自分たちの後に、他の人たちはきちんと追って来てくれるのだろうか。

暑さのあまり、連合全体にやる気が感じられない。これは決して気のせいではないだろう。

やる気のなさゆえに、先鋒が突っ込むにまかせて後はなにもしない、という事態になりはしないか。

そんな馬鹿なこと、と思いたい。しかし、彼女たちは不安を拭いきることが出来なかった。

 

ただでさえ堅牢なことで名高い汜水関。そこに夏の猛暑という難敵がついている。

憂鬱な気持ちを隠しもせず、愛紗は目の前の席を仰ぎ見た。

「……朱里よ」

「はい? どうしましたか愛紗さん」

「汜水関に詰めている将は、張遼と華雄、だったな」

「はい、そう報告を受けています」

それがなにか? と朱里は首をかしげる。

「ならば、あの旗はいったいなんだ?」

愛紗の言葉に、朱里、雛里、そして桃香に星に鈴々も、関の遥か上を仰ぎ見る。

いくつも乱立する旗。だがそこに記される文字はすべて同じ。

輝くほどに白い地の上に、眩しく浮き立つ赤い文字。

その文字は、「氷」。

赤い「氷」の文字の下には、波のような絵が施されている。そんな旗が所狭しと、汜水関の上に立ち並んでいた。

 

 

「……氷、とはいったいなんだ?」

「……なにも報告は受けていませんね」

「仮に将の旗だったとしても、この数は理解できん」

「確かに……」

劉備軍の真面目派三人プラス一人が、初めて見る旗と文字に戸惑いを見せる。

戦場において、不確定要素というものは歓迎できるものではない。彼女らの反応は到って当然のものだ。

しかし一方で、戦場らしからぬ反応を示す者もいた。

「氷……キンキンに冷えた氷……」

「……冷たい、冷たい氷なのかー?」

劉備軍の楽天派二人が、「氷」という文字に異常に反応する。

一週間の、炎天下の中での行軍。少しも弱くならない太陽の光。そして猛暑。

そんな中にいたのだから、彼女たちの反応も不思議なものではない。

事実、真面目派の面々の心も揺れていた。主と仲間、そのふたりの言葉に、氷の冷たさを想像してしまう。

冷たい、氷。

彼女たちの喉が鳴った。

 

 

 

このような反応は、諸侯のあいだでも共通したものだった。

見慣れぬ旗に戸惑う者。または旗の中にある文字の意味そのものに反応する者。

そして劉備一行と同じように、前者が後者の言葉に揺れ動く。

 

戦が始まるまでもなく、兵どころか将の間にまで、よく分からない動揺が広がる。

そんな連合軍を前にして、動揺を生んだ根源、汜水関に立つ「氷」の旗の下に。

ひとりの男が立つ。

彼は腹の底から絞るような大声で、名乗りを上げた。

 

「我は董卓軍の客将、氷将軍! 天から遣われし、氷の御遣いである!!」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

突然現れた、氷の御遣いを名乗る男。

全身涼しげな白い衣服。

彼の背中には旗と同じように赤く「氷」の文字が浮かんでおり、その文字の下には波の絵柄が施されているのが見える。

太陽の輝きに照らされても、その姿は不思議と暑苦しさを感じさせない。

連合軍の兵の目には、むしろなにか神々しいものさえ感じていた。

おそらくは暑さにやられたせいだとは思うけれども。

なんにせよ、連合軍の目には、その氷の御遣いが只者ではないという風に映っていた。

 

そんな連合軍の動揺など意にも介さず、氷の御遣いは言葉を重ねる。

 

「この猛暑の中、この関まで軍勢を進めてくるとは。誠にご苦労様としかいいようがない。

なぜならば、この連合が結成される根本からして間違っているからだ。

諸兄らが手を取り合い我々董卓軍に弓引こうとするその理由は、我らが主が暴政を敷いているがためというものだという。

それはまったくの事実無根である!」

 

彼はいかに董卓が善政を敷いているか、洛陽に住む人々にいかに慕われているかを説く。

そして街の人々の生活の程に触れ、彼らがいかにこの強烈な猛暑を凌いでいるかに到る。

 

「連合軍諸君も、この猛暑の中を延々と歩き、さぞかしまいっていることだろう。

行軍こそしていないが、洛陽においても毎日の暑さというものは少しも変わるものではない。

毎日がひどく暑く、うだるような空気は人々の気力を削いでいってしまう。

これはよろしくない。街の活気に関わることだ。

そこで一案が施された。真夏の最中に、氷を分け与えることを実践している」

 

想像して欲しい、と、氷の御遣いは言葉を続ける。

 

容赦なく照りつける太陽。

流れる汗、乾く喉。暑さゆえに身体を蝕んでくる気だるさ。

喋ることさえも億劫になるような状態の自分。

そんな自分の口の中に、ひとつの塊をふくませるのだ。

その塊は、身を引き締めるかのような冷たさを持つ清流の欠片。

一瞬、口の中に広がる冷気。やがてそれは口の中全体に染み込んでいく。

舌の上に乗る塊が少しずつ溶け出し、それにより冷たさはより濃密なものとなる。

口の中にある、ほんの一欠けらの氷。

その小さな塊が、口の中から喉を通り、腹に、腕に、足に、そして頭にまで染み通る。

氷が溶けきる頃には、ぞの身体から猛暑による倦怠感を感じられないことに気付くだろう。

 

氷の御遣いの声が、じわり、じわりと、兵たちの中に染み渡る。

戦に臨んだ強行軍、猛暑による追い討ち、容赦なく削られる意識と体力。そして戦のまえにして既に下降した士気。

すべてが、彼らの判断力を奪う要素となっている。

そんな精神の隙間を突くように、彼は、汜水関の前に広がる兵たちを促す。

 

「君たちが今感じている暑さ、そして乾き。それらを癒す手段を我らは持っている。

私は約束しよう。

もしこの場で諸兄たちが武器を下ろし、我々の下に降ってくれるというのならば。

連合軍に参加した罪は問わない。洛陽まで同行してくれるのならば董卓軍への再編入も行おう。

そしてその際に、この、氷の粒を! 兵のひとりひとりに与えよう!

この<氷>の旗の下に、君たちに冷たい癒しを分け与えることを約束する!!」

 

氷の御遣い、彼は、この猛暑の中では幾らあっても足りないであろう水分を餌に、連合軍を丸ごと釣ろうとしていた。

そしてそんな戯言を笑い飛ばすには、あまりに暑く、水も足らず、補給も足りなかった。

物資の不足は、精神の余裕も不足させる。太陽は、その場の誰をも、冷静ではいさせなかった。

 

 

その言葉を聞いた劉備一行。

 

「愛紗ちゃん! ここで降れば余計な戦争もしないで済むし兵隊さんも死なずに済むよ! あたしたちも氷食べられるし!!」

「落ち着いてください桃香さま! というか後半が本音ですよね! ぶっちゃけないでください!!」

「そんなことないもん! 愛紗ちゃんは氷食べたくないの!?」

「そんなことはありません! もう喉は氷を欲しがって、って違います!! 目の前の欲望に流されないでくださいといっているのです!!」

「愛紗ちゃんこそ落ち着こうよ。あたしたちは本当は戦いたくない。戦わずに済む方法があるならそれを取ろうとするのは当然のことだよ! 氷も食べられるし!!」

「ですから氷から離れてください!!」

真っ当そうで実は氷に目がくらんでいる桃香の主張を、目がくらみそうなところをなんとか踏みとどまる愛紗が押し止める。

「冷たい、氷が、鈴々を、読んでいるのだー!」

「落ちちゅいてー、鈴々しゃーん!」

「お願いでしゅからー、止まってくだしゃーい!!」

今にも投降しそうな鈴々を、朱里と雛里がふたり掛かりで止めようとしていたが。

力足らずそのまま引きずられてしまい、「はわわー!」「あわわー!」と悲鳴が上がる。

最後の砦かとも思われた星は、手元にあった秘蔵のメンマがとうとう底を突き、活動停止状態になっていた。

大混乱である。

 

 

 

 

 

その頃の魏。

 

「夏でも氷が溶けずに保管できる方法。本当かしら」

氷の御遣いの話に、華琳は無茶苦茶食い付いていた。

「お待ちください! こんな、普通に考えれば有り得ないような戯言に振り回されるなど」

「あら桂花、ではあなたはその方法に興味はないのかしら。自分が思いもつかない方法が存在する。それだけでも興奮するわ。

あぁ、あなたも同じなのかしら。この暑さで火照った身体を、氷が伝って愛撫する様はさぞ気持ちいいでしょうね」

「か、華琳さま?」

訳も分からずノリノリな華琳に、荀彧(桂花)は戸惑いを見せる。

「火照ってしまうのは暑さだけ? それとも知的興奮かしら。どちらにしてもその熱は冷まさないといけないわよね。

ちょうどいいから、氷を使ってその暑さを冷ましてみましょうか。氷を口にふくんで、身体中を口付けしてみせるのはどうかしら。ふふ、唯でさえ反応の良いあなただものね、冷たい刺激はさぞ快感になるでしょう」

「あぁ、そんな、華琳さま……」

華琳が口にしていることが、明らかに変なのに気付かない。

やはり桂花も暑さにやられているのか。あっという間に華琳に篭絡される。

「そうね、逆に桂花にしてもらうのも気持ちいいかもしれないわね。あなたが口にふくんだ氷が、わたしの身体を伝って行くのよ。ふふ、悪くないわ。氷の粒が私の肌の上を伝っていく、流れるような快感を想像すると、もう」

ああっ! と、官能的に身をよじらせる華琳。暑さにやられて、精神が相当削られているようだ。

そしてそんな主を見咎める余裕も、魏の側近たちから削られていた。

「あぁ……華琳様、そんな、私の身体の隅々まで氷の跡が」

「ふふ……姉者の反応は可愛いな。そう、ここをこう伝って」

ちなみに夏侯惇(春蘭)は、桂花がやられていることを自分に当てはめて腰砕けになり。

夏侯淵(秋蘭)は、氷を使って自分が春蘭にあれこれしている場面を想像し、口にまで出ていた。

誰も彼も、自分が思う以上に暑さにやられていた。

 

 

 

同じく呉。

 

「雪蓮! 結果として呉が我らの元に残るのならば董卓というのもありだな!!」

「ちょ、ちょっと待って冥琳! 確かに袁術ちゃんよりマシだと思うけどいきなり過ぎるわよ!」

「なにをいうか、こうした突然の好機にも即座に反応できてこそ軍師というもの!」

「反応っていうか目の前の餌に飛びつこうとしてるだけじゃない! 落ち着きなさい落ち着け!!」

「私はまったく問題ないぞ、むしろ身体が火照って仕方がないくらいだ!」

「ダメじゃないそれ! あぁもう誰か水持ってきてー! 冥琳を止めてー!!」

なぜか冥琳が熱暴走をしていた。

普段は止められる側の雪蓮が、必死に冥琳を止めようとするという、実に珍しい光景が繰り広げられていた。

 

 

 

袁術軍。

 

「七乃! 蜂蜜を氷で冷やせば完璧ではないか!!」

「おおー、素晴らしいです美羽さま!!」

以下略。

 

 

 

袁紹軍。

 

「なんだかもう、どうでもよくなってきましたわ……」

暑さのあまり、髪型を変え、露出が増え、表情までアンニュイな雰囲気を醸し出す麗羽さま。

そんな御姿に、兵たちは胸のトキメキを止めることが出来ないでいた。

まことに、夏は魔物である。

 

 

一戦も交えることなく、連合軍をいろいろな意味で混乱の渦に叩き落した氷の御遣い。

彼が降伏勧告を促す大前提。氷の提供。

これが本当になされるのだろうか。

関の上で告げていた通り、この場にはそれだけの量はない。だが氷の存在そのものは事実である、と彼は主張する。

それを証明するために、連合軍の将数人に、氷を口にふくんでもらうことになった。

桃香、朱里、華琳、秋蘭、雪蓮、冥琳。そして、麗羽、顔良(斗詩)、美羽に七乃。

各勢力を代表者が、勢力を問わず全兵の見守る中、汜水関の前に歩み出る。

ひとり、彼女らの前に立つ、氷の御遣い。彼は小さな箱を手にして、その蓋を開けた。

「すぐに溶けてしまいます、どうぞ」

彼女らに箱を向け、つまむよう促す。

手を伸ばした彼女たちが一様に驚いたのは、箱の中だけがひんやりと冷たかったこと。

そしてつまんだ一欠けらの塊。指の先を刺す冷たさ。それはまごうことなき氷の粒だった。

あとはもう、誰も、好奇心と欲求を抑えることは出来ない。

躊躇いなく、氷の粒を口に入れる。

途端、彼女らが一様に、相好を崩した。

言葉にしては聞いた。想像もした。それだけでも堪らなかった。

しかし実物は違った。それは想像以上のもの。身体の中に溜まった暑さの澱が、まるで溶けていくかのような感覚。

たかが氷。しかし効果の有る場所で出されたそれの、なんと素晴らしいものか。

しばし、その心地よさと涼やかさを噛み締める。そんな主や将たちの反応を、兵のひとりひとりが切なげに見守っていた。

 

氷を口に含み、その涼によって僅かに冷静になれた者が数人。その彼女らの頭が、自分たちの失策に気付く。

あれだけ散々素晴らしさを説かれ、その氷を一部の将のみが口にした。羨ましげな視線を痛いほどに浴びている。

もしここで、氷の御遣いの降伏を蹴るとどうなるか。

自分たちだけが氷の恩恵を受けるのか、と、兵たちが暴動を起こしかねない。

それほどに、すべての兵たちがこの暑さにやられている。

兵たちはもう、暑さと乾きをどうにかすることしか考えていないに違いない。

事実、兵の誰もがもう、戦のことなど微塵も考えていなかった。

 

結局、連合軍は降伏を受け入れ、「氷」の旗の下に降った。

董卓軍もそれを受け入れ、洛陽まで足を伸ばした後に氷を提供すると約束。

冷たい水も合わせて差し上げよう、という言葉に、兵たちは歓喜を上げた。

もう少しだ、と、誰もが気合を入れ直し、未知なる感触を夢見て歩を進めていくのであった。

 

 

こうして、ひと当てもせずに戦を収めた氷の御遣い。彼が持つ氷の魔力は董卓軍にも染み渡っていた。

このほどの戦功もあり、氷を非常に気に入った帝に厚遇され、新しい国の名は「氷」にしようという話まで出るほどの大出世を遂げた。

だが、その勢いは半年も続かなかった。

 

「国の名前が"氷"って、凄く寒いよね?」

そんなひと言で、氷国は瓦解。氷将軍は逃亡。その後釜を狙う諸侯により、再び世は群雄割拠の時代を迎える。

同時に、諸侯は氷将軍の身柄を押さえるべく懸命になった。

 

また夏が来る前に、奴を捕まえろ。

 

こうして、氷の御遣い・北郷一刀は、大陸中から付け狙われることとなった。

 

 

・あとがき

 

槇村です。

いかがでしたか。少しでも楽しんでいただけたならコレ幸い。

 

 

構想半日、執筆三日。

カキ氷の旗の下に諸侯が集う、というイメージが浮かんで、ソレだけをひたすら追いかけました。

……どこからこんな発想が出てきたのやら。

 

ちなみに大前提となる氷の作成方法は不明(笑)

妖の術の類ということにしてしまおうと開き直った。すいません。

 

古代エジプトでも製氷法はあったらしいのだが、詳しい内容が分からなかった……。

日本で製氷が行われ出したのは、明治半ばらしい。商売として会社が出来て、当時の製氷能力は一日六トンとのこと。

……古代中国で、街の人に氷を配るのは無理か。

 

 


 
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