No.162364

真恋姫無双~天帝の夢想~(董卓包囲網 其の一 決起)

minazukiさん

第二部のメインである反董卓編です。
今回は一刀達サイドです。

最後まで読んでいただければ幸いです。

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2010-08-01 10:34:38 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:16017   閲覧ユーザー数:12081

(董卓包囲網 其の一 決起)

 

 黄巾の乱から三ヶ月。

 百花を中心とした漢の政はおおむね順調に進んでいた。

 文武百官からも広く意見を求めて、その中で見るべきものがあれば採用して試験的に運用していた。

 特に月は百花や一刀が感心するほどの政策を打ち出し、民の暮らしを良くしようとしていた。

 彼女の考えは民あっての国であり、その民が豊かになれば自然と国も豊かになるといったもので、自分達は質素倹約をしてそれで余裕が出来れば民に還元していた。

 この方法は一刀の意見も混じっていたが大半が月、もしくは詠によって形になっていた。

 

「無用な財貨があっても役に立ちません。それよりも百花様がおっしゃる百年先を見据えた政策が大事だと思います」

 

 月の言葉に百花や一刀、それに新しく任官した者達は強く賛同していたが、一部では月の独断に反発す者達もいた。

 そういった者達は決して私心から反発したのではなく漢王朝のことを考えて反発をした者達だったが、新参者でしかも相国である月個人に対してあまりよい印象は持っていなかった。

 

「まぁそう考えるでしょうね」

 

 それに気づいた一刀は詠にそれとなく相談を持ちかけたが、詠はこうなることぐらいは予想の範囲内だと答えた。

 

「あの子も反発されて自分の印象が良くなるなんて思ってはいないわ」

「実際は百花が決めているって言ってもどうしてもそういう目を向けたがるのかな?」

「でしょうね。これが仮にあんたなら、ああ、天の御遣いだからって一言で終わるだけよ」

 

 それはそれで別な問題が出てきそうだと一刀は思ったが、それ以上に月のことが心配でならなかった。

 実際、成果は少しずつだが出てきたこと、百花に対する忠誠心は疑いの余地がないことなど、不利になるようなことはなかった。

 それでも栄達する者に対する嫉妬が消えるわけではないことは一刀もわかっていた。

 

「今のところは何かをしようとする動きはないみたいね」

「わかるのか?」

「当たり前でしょう?あの子に気づかれないように護衛をつけたり、反発する連中を監視したりしているわよ」

「さすがだな」

 

 詠の月に対する行動は友人の領域を超えているように思えたが、それだけに彼女を大切にしているのだと一刀は納得できた。

 

「それよりもあんたの方はどうなのよ?」

「こっちも治安を良くしようと頑張っているさ」

「みたいね。たしか警邏隊を組織していたわよね」

「ああ。三人一組にして街の中を巡回させているよ。その指揮を執っているのが霞と恋、それにねねだけどな」

 

 霞と恋が行動し、音々音が一刀の立案した警邏隊を効率よく運用できるように考えていた。

 桂蘭には洛陽を守る要所を総括してもらっており、それに董卓軍の将軍達が多少の不満を抱えてはいるものの命令には逆らわなかった。

 

「たしかに民からは安心できるって声が上がっているわね」

「治安がよければそれだけ生活が安心できるからね」

「民あっての国ね」

「そういうこと」

 

 それまで不正に値段を変えていた商人や賊崩れなどといった民にとってあまりよくない者達を取り締まっていることで、民は安心して暮らしていけるように一刀は努力をしていた。

 その甲斐あって、最近では多少の喧嘩などはあるが悪さが目立った者はほとんどいなくなっていた。

 そして警邏隊に所属している者も悪いことをすれば厳罰を持ってこれに対処されるとされ、またそのようなことをしているのを見つけた者が報告すれば謝礼を払うとのお触れを出したため隠れての悪さなどもできなかった。

 

「なんにせよ、今のところは上手くいっているよ」

 一刀からすれば満足いく結果を今のところは出ていたため、ど安心しているようにみえた。

 それに対して詠は彼ほど楽観的ではなかった。

 

「都の中はそれでもいいわ。でも、外ではこんなことがあるみたいよ」

「うん?」

 

 詠から差し出された一通の書簡を受け取って開いていくと、そこには現在の都の周辺で起こっていることが記されていた。

 そこには、

 

『董卓なる者、帝を蔑ろにして漢の政を牛耳っている』

 

 一刀からすればまったくのデタラメでしかない内容だった。

 それまで楽しそうにしていた一刀だったが、何度も読み返していくうちにただの言いがかりとしか思えない内容に怒りをこみ上げていく。

 

「誰がこんなバカなことを言っているんだ」

「落ち着きなさい」

「これが落ち着いていられるか。月がどんなに頑張っているのか知らないのかよ」

「いいから落ち着きなさい」

 

 感情を爆発させている一刀に対して詠は表向きは冷静な口調で彼を諌める。

 詠からしてもふざけているとしか思えない内容だったが、各地から同じようなことが聞こえてきたため、月を貶めるための策謀でないかと思った。

 

「あんたが怒ったからって噂は消えないわよ」

「それはそうだけど、こんなのを放置しておくわけにはいかないだろう?」

「なら取り締まる?どこの誰が流しているかもわからないのに、一人一人拷問でもかける気なの?」

「……」

 

 そんな労力があれば政に注ぐべきだと詠は無言で一刀に語りかける。

 それよりも善政を布いてそんな噂を打ち消すほうがまだましだった。

 

「あんたの気持ちはボクだってわかる。でも、そんな噂に振り回されて自分を見失ったらそれこそ噂を流した者の思うつぼよ」

「噂を流した者……」

 

 この時点で二人はその噂を流した者が誰なのかまではわからなかった。

 いくら朝廷に新しい空気を入れたとからといっても外の空気まで変えることは出来ないだけに二人にとって不安を拭いきれずにいた。

 

「このままただの噂で終わればいいんだけど」

「そうだな。それにそんな噂が流れるならこっちがしていることを広く教えたらどうだ?」

 

 そうすれば悪い噂は消えるだろうと一刀は思った。

 詠もその意見には賛成だったが、それによって余計事態がややっこしくならないだろうかと考えた。

 

「それも考えておくわ。それと、このことはまだ多くが知らないことだから、月にしゃべったら覚悟しておきなさいね」

「言うわけないだろう。俺だって余計な心配を月にかけさせたくないし」

「当然よ。あと霞達にも黙っておきなさいよ。事が事なだけに慎重に動かないと余計なことに巻き込まれかねないんだから」

 

 詠の言うことはもっともだと一刀は頷いた。

 自分達が動揺すればその噂を流した者を喜ばすだけでしかない。

 それならばいつもどおりの自分達でいればいい。

 どんな噂にも惑わされることなく、自分達は百花を支えていけばいいだけだった。

 

「それにしても詠は偉いよな」

「何よ、急に」

「だって月のことをきちんと考えながら漢王朝のことも考えているだぞ」

「あんただって百花様のことを考えながら漢王朝のことも考えているんでしょう?」

「う、うん。まぁそうだけどね」

 

 確かに詠の言うとおりだったが、それでは一刀の考えている答えとは完全に合わなかった。

 一刀にとって百花がいるからこそ漢王朝を守ろうとしているだけだった。

「それはそうと、あの子とは上手くいっているの?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべる詠に対して一刀は苦笑いを浮かべていた。

 

「まぁ上手くいっているかといえばそうかな。ちょっと押しが強いかなっては思っているよ」

「あんたにはもってこいの人材ね。せいぜい仲良くしなさい」

「そうさせてもらうよ。でも、意外と漢王朝に忠誠を誓っている人っているもんだな」

 

 新しく登用した者達の大半が漢王朝のために官を求めていた。

 その考え自体は別に問題ではなかったが、一刀が気になっていたのは百花よりも漢王朝という代物に忠誠を誓っていることだった。

 仮に百花が何らかの理由で皇帝の位を明け渡すことになっても次の皇帝が決まっていれば彼等が続けて漢王朝に尽くすだろう。

 反対に百花が生き残り、漢王朝が滅べば彼等は百花を守り立ててもう一度再興するだろうか。

 そう考えれば考えるほど、一刀は漠然とした不安が心に薄い膜となって広がっていた。

 

「まぁ衰退しているとはいえ朝廷の権威ってものはそれなりに価値があるからよ」

「朝廷の権威ねぇ」

「こんな流言を生むのも結局のところその朝廷の権威を自分の手に握りたいって思っているからじゃないかしら」

 

 それなら都にいる自分達以上に欲する者はいくらでもいるし、誰が流したかなど検討がつかない。

 言い換えれば誰もが自分達の敵になりかねないということだった。

 

「俺達は朝廷の権威なんて望んでいないだろう?」

「当たり前よ。ボク達は百花様のために頑張っているのよ。ひいてはそれがこの国をよくするんだってことなんだから」

「それでも外からそうは見えないなんておかしいよ」

 

 一刀の言いたいことは詠にもわかっていた。

 だが、彼が思うほど生易しいものではなかった。

 

「ねぇあんたに一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「もし曹操や袁紹、その他の諸侯が一斉に兵を挙げてボク達に向かってきたらどうするつもり?」

「なんだよそれ」

「いいから真面目に答えなさい」

 

 詠の言葉が冗談に聞こえなかった一刀は考え込んだ。

 確かに彼女の言うように華琳達が敵にならないという保障はどこにもない。

 それは彼が知っている歴史が証明していることであり、それを回避するために一刀は自分達がしていることを広く知ってもらいたかった。

 

「話し合いで済む……わけはないよな」

「そうね。少なくとも交渉の余地はないわね。仮にあったとしてもこちらが呑めない条件を突きつけてくるわ」

 

 それは詠の口からは決して出したくなかったことだった。

 董卓、つまり月を追放か最悪、彼女を討ち取るかのどちらかしかなかった。

 もし百花がそれを拒否すれば、余計に月の立場を悪くさせてしまう可能性も含んでいた。

 

「なら戦うしかないな」

「戦って勝機なんてあるの?」

「……それはないかもしれない。それでも守りたいから俺は戦うよ」

 

 どこまでも世の中を舐めすぎていると思っていた詠からすればそれが軽く驚きを覚えるものだった。

 守りたいもののために戦う。

 今までの一刀の行動はそれが根幹にあった。

 甘い理想論だけではどうすることもできないと先日の騒乱で学んだのだろうかと詠は思い、少しは見込みがある男だと感心した。

 

「そうね。守りたいものがあるからこそボク達はここから逃げ出すわけにはいかないもの」

 

 詠も月を害する者がいれば慈悲をかけるなどさらさらなかった。

 どちらにしても詠は最悪の事態を想定しておく必要があると考えた。

 詠といくつか話をした後、一刀は自分の執務室に戻って山のようにある案件を処理していた。

 そこへ扉を叩く音がした。

 

「ご主人様」

「ん?恋か」

 

 筆を止めて入り口の方を見ると、ひっこりと顔を恋は顔を出して周囲を見てから中に入ってきた。

 

「どうかしたのか?」

「(フルフル)」

 

 首を横に振る恋はそのまま何も言わず一刀の横に椅子を持っていき座った。

 

「今日の警邏は終わったのか?」

「(コクッ)」

「そっか。ご苦労さん」

 

 労いに恋の髪を撫でると、彼女は頬を赤くして喜んだ。

 恋にとって将軍になったことや警邏隊を率いて巡回をすることで一刀と一緒にいる時間が少ないことが寂しかった。

 そのためか時間が少しでもできればこうして一刀の元にやってきは何もすることなく、ただ彼を見ていた。

 

「霞が言っていたぞ。恋は一生懸命、頑張っているってね」

 

 先日も酒に酔っ払った大男達が酒屋で暴れていたところを恋が一人で解決したことがあった。

 仲間を呼んで恋達よりも数が多かったがそれでもまったく臆することなく全滅させたと聞いた時、一刀はさすがは呂布と思ったと同時に恋が怪我をしなかったか心配になった。

 もっともその心配は無用のものだった。

 

「ご主人様」

「うん?」

「恋が頑張ると嬉しい?」

「うん。嬉しいよ。でも、恋が怪我をしたりするのは嫌だから気をつけてくれよ」

「大丈夫」

 

 そう答える恋だが、彼を心配させることだけはしたくなかった。

 

「ご主人様」

「うん?」

「恋の家族、増えた」

「なに!」

 

 恋の家族というのは人ではなく動物であるため、彼女が警邏で出ては連れて帰ってくるため、王宮の一角に『恋とその家族』の場所が設けられていた。

 初めは王宮にそのようなものを作るのはどうかと思ったが、恋の部屋に押し込めておくのは良くないと百花が判断をして特別に許可をした。

 セキトという犬を中心にいろんな動物がいて、それを見るたびに一刀はこの街には他にどんな動物がいるのだろうかと本気で探しかけたこともあった。

 

「……ダメ?」

 

 不安な表情を浮かべる恋に一刀は反対することはまったくなかった。

 

「いいに決まっているだろう」

「本当?」

「ああ。でも、ご飯代はきちんと自分の給金で賄うんだぞ」

「(コクッ)」

 

 そうは言いつつも恋の給金では足りないので一刀が何らかの名目で彼女にあげていた。

 例えば、

 

「恋、すまないけど街に行ってこれを買ってきてくれないか」

 

 口で言えば済むことをわざわざ手のひらサイズに切っている紙に書いて恋に渡して、お金もその品物の実際の金額より多く渡して残りは恋に駄賃としてあげていた。

 恋はいつも多めにお金を渡されてしかも残りはもらえるということに首を傾げていたが、素直に受け取っては彼女の『家族』のご飯代になっていた。

「一刀、おるか?」

 

 そこへ霞の声が聞こえてきた。

 

「いるよ。入ってきて」

 

 一刀が招き入れると霞は中に入ってきた。

 

「なんや、恋もおったんかいな」

「(コクッ)」

「まぁええわ。それよりも一刀にちょっと聞いて欲しいことがあるんやけど」

「なんだ?」

 

 それまでいつもどおりの霞だったが急に真面目な表情に変わった。

 

「ただの噂やからどうかと思ったんやけど、あまり笑って見過ごすこともできんかったんや」

「どんなことだ?」

 

 霞から伝えられたのは一刀が詠と話をしたそれと同じことだった。

 それも要所を守っている董卓軍の中にも広がりを見せており、華雄達が制止に苦心していた。

 

「まぁ月のことを知っているやつはそんな噂を信じんけどな」

「だろうな。霞だってそんな噂は信じないだろう?」

「当たり前や。そんな噂を流しとる奴を見つけたら縛り上げたるわ」

 

 その許可を事後承諾として取りにもきた霞に一刀は了承をした。

 事態は一刀が思っていた以上に進んでいるのではと思うと、安易に構えているわけにはいかなかった。

 

「とりあえず華雄さんからも話を聞きたいから連れてきてくれないか?」

「それなら将軍と軍師も集めた方がええやろ」

「そうだな。すぐに集めてくれ」

 

 一刀の要請に霞は頷きすぐに諸将を集めるために部屋を出て行った。

 恋も雰囲気を感じ取ったのか一刀の袖をぎゅっと握り締めた。

 

「ご主人様」

「どうした?」

「誰か月をいじめるの?」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」

 

 できることならば後者の方がよいと思っている一刀だが不安が消えることはなかった。

 

「でも俺達の大切な仲間を陥れるようなら断固として戦うだけさ」

「ご主人様、戦う?」

「ああ。恋のように強くはないけどやれることをする」

 

 一刀にとって月の存在は百花にとってなくてはならないと思っていた。

 そんな彼女を悪く言う者がいるのなら声を上げて反論することなど問題でもなかった。

 

「恋も戦う」

 

 そんな彼が戦うのであれば恋も戦う理由は存在する。

 恋にとっても月は良い人だと思っており、恋の家族の世話も暇があればしていたため思いは一刀と同じだった。

 

「ありがとうな、恋。凄く頼りにしているよ」

 

 恋の気持ちが嬉しく一刀は彼女の頭を優しく撫でる。

 

「ねねを探してくる」

「頼むよ」

 

 一刀からゆっくりと離れて一度だけ振り返り部屋を出て行った。

 静かになった中で一刀は軽く息をついた。

 

(このままだとまずいよな)

 

 こんな形で反董卓連合が結成させるとどう対処するべきか悩みが深くなる一刀だった。

 それから数日後、主だった諸将が玉座の間に集まった。

 その者達はなぜ集められたのか、大方の検討はついていたが百花と一緒に現れた月を見ると噂に対して怒りを覚えて抑えるのに多少の苦労をしていた。

 

「みんな集まったね」

 

 百花が玉座に座るのを確認すると一刀は全員を一通り見回した。

 

「みんなも知っているように今、世間では間違った噂が流れている」

 

 やはりかと納得する諸将。

 それに対して隠し切れないと思った一刀は朝議が始まる前に百花と月に今回のことを話していた。

 初めは信じられないといった感じで抗議をした百花だが、月は黙ったまま何かを考えこんでいた。

 

「根も葉もない噂だけどそれだけに見過ごすことが出来ない噂だそこで今回、みんなに集まってもらったのはそれに対する対策を聞くためなんだ」

 

 できれば穏便に事を処理したかったが、そうもいかないだろうとどこかで覚悟を決めた一刀は諸将にもどうするか直接聞きたかった。

 

「そのような噂を流した者を探し出してはいかがですか?」

「探し出してどうする。そんな奴等をいくら探し出しても噂など消えぬぞ」

「では董卓様の名誉が傷つくのを黙って見過ごせと言うのか」

「諸侯に命令して噂の出所を突き止めればいいだろう」

 

 様々な意見が飛び交う中、一刀は月の方を見た。

 今回の噂で一番傷ついているのは彼女であり、そんな彼女を不憫に思う配下の将軍達を諌めることはできないだろうと思った。

 

「みんなの意見もそれぞれあると思う。でも、これは簡単に処理できない問題だ。一歩間違えば周りが全て敵になりかねないんだ」

 

 一刀の言葉に静かになった諸将。

 漢王朝を守る軍隊であったとしても、諸侯が手を結んで敵対すれば圧倒的に不利になることは目に見えていた。

 それだけに一刀の言葉は彼等に重くのしかかっていた。

 

「では大将軍のご意見をお伺いいたしたい」

 

 天の御遣いであれば何か良い方法があるのではと期待をしていた。

 仮になくてもこちらに正義がある以上、諸侯の中には董卓軍とはいえ漢王朝を守護する者達に刃を向けることはないだろうと思っていた。

 

「俺の意見は大それたものではないさ。ただ、こっちがしていることを広く教えるだけさ」

「こちらがしていることを?」

 

 不思議がる諸将に一刀は自分の考えている方法を話した。

 武力を用いるのではなくこちらがしている政策をそのまま諸侯の代表者に来てもらって直接見てもらうというものだった。

 

「もちろん、それで納得できないのであれば最終手段として戦う姿勢を見せるけどね」

 

 納得できないのであれば強気に出るしかない。

 それにそれで納得するのであれば話し合いで解決できることも可能だが、あくまでも月本人に対しての攻撃ならばそれを防ぐ必要があり、結果的には連合を組んだ諸侯と戦うことになる。

 

「一ついいかしら?」

 

 詠が睨みつけるように一刀の方を見る。

 彼女にとってここまで噂が広がっているのは予想外であり、月に対する悪意の篭った流言に苛立ちを覚えていた。

 

「仮に戦っても勝機はあるの?」

 

 戦う以上、勝つ手段がなければどんなに強い姿勢を見せても意味がない。

 詠からすれば連合が組まれれば防ぐのは容易でないことぐらいわかっていた。

 負ければ自分達の命はない。

 それを確認する詠に一刀は地図を持ってくるように桂蘭に言った。

 少しして桂蘭が地図を持って戻ってきてそれを広げると一刀が説明をし始めた。

 

「この洛陽の東を守る虎牢関。来るとすればここからだと思う。だからここに主力を置き、持久戦に持ち込む」

「持久戦に持ち込んで勝てるわけ?そこに主力を置いて他の防御はどうするつもりなの?」

「他はこないよ。最低限の偵察部隊を置いておけばいいと思う」

「どこにそんな確信があるの?」

 

 詠には一刀の考えが甘いと思っていたが、一刀は虎牢関にしかけてくるということを知っているため決して自分の意見を曲げなかった。

 

「それにこっちが出て行かずに虎牢関に篭っていれば大軍を率いてきている分、向こうの補給が先に尽きる。そこで改めて使者を立てればいい」

 

 堅固な要塞である虎牢関を出ないで持久戦に持ち込めば必ず危機を脱することができる。

 一刀の考え方に霞は頷き、桂蘭は笑顔を見せていた。

 

「俺はこれが最良だと思うけど、他のみんなはどうかな?」

 

 誰もが何もいえなかった。

 というよりもそれ以外の方法が思いつかないでいた。

 

「一つ聞きたいことがある」

 

 そんな中で声を上げたのは華雄だった。

 

「確かに篭っていればいずれ敵は補給が切れて疲労し最後には退却するだろう。だが、そこへ打って出て一撃を与えればより良い方向に持ってはいけぬものか?」

 

 どうせ和睦をするのであればそれを確実なものにするため強烈な一撃を与えてはどうかという華雄の意見に幾人かが賛成の声を上げた。

 

「たぶんそれをすると逆にこっちが負けるよ」

 

 あっさりとした口調で負けるという言葉を口にする一刀。

 

「そうとは限らない」

「いいや、負けるよ」

 

 一刀はこちらが動けば負けるのは目に見えていた。

 一戦して破れれば士気が回復して虎牢関を突破されかねなかった。

 

「華雄将軍の言いたいことはわかるよ。でも、これはただ勝つための策じゃないんだ。他の人達にも董卓という人物が噂のような人物でないことをわからすためなんだ」

「董卓様のため?」

「そのために戦う。もっとも他の人達がこっちの提案を受け入れてくれるなら戦う必要もないけどね」

 

 それが一番楽なのだと一刀は頭を掻きながら付け加えた。

 百花も一刀の言っていることに賛同していた。

 大切な友であり自分を支えてくれる月を悪人のごとく噂を流していることは百花にとっても許せないことだった。

 

「御遣い様の言うようにこちらには何の汚点もありません。ただの噂に惑わされた者達には私達が行っていることを見てもらえばいいのです。それでも信じず兵を挙げるというのであれば私も戦うつもりです」

 

 百花が戦うということは彼女に刃を向ければ逆賊となることは疑いようのないことだった。

 未だに漢王朝の権威を必要とする者達からすれば士気を挫くのにはもってこいのことだった。

 

「月」

「はい……」

 

 それまで黙って様子を伺っていた月に優しく語り掛ける百花。

 

「大丈夫です。貴女がしていることは間違っていません。だから何も心配をしなくてもいいのですよ」

「はい……」

 月は朝議中、自分のせいで百花達に迷惑をかけていると思い悲痛な思いに包まれていた。

 それなのに彼女は悪くないと主張して守ってくれる人がここにたくさんいた。

 

「月?」

「えっ?」

「泣いているのですか?」

 

 自分でも知らないうちに月は涙を流していた。

 人前では気丈に振舞おうと決めていた月だったが、心配してくれる人が自分を静かに見守っていた。

 

「な、何でもありません。少し目が痒くなっただけですから」

 

 そんなことはないはずなのに誰も指摘しなかった。

 

「とにかく御遣い様の言うとおり、まずは噂に屈することなくありのままの私達を諸侯に見せ貰うことでよろしいですか?」

「それしかないわね」

 

 最悪の事態を想定しながら平穏に事を進めるように百花は文武百官に言い渡した。

 そして朝議を解散すると諸将はそれぞれの部署に戻っていき、その中で一刀達は最後まで残った。

 

「月、大丈夫だよ」

 

 他にもっと良い言葉がないのかと思いながらもそう言うしかない一刀に月は心配かけまいと微笑む。

 

「大丈夫です。それよりも私のせいで百花様や一刀様、それに多くの人にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」

「何言っているんだ。俺達は仲間なんだからそんなことは気にしないでいいさ」

「そうよ。ボク達はどんなことがあっても月を見捨てたりなんかしないわよ」

 

 一刀だけではなく詠も月を励ます。

 それに我慢できなくなったのか、涙が止まらなくなる月。

 

「ほら、泣かないの。どうせ噂を流した奴なんて大した奴じゃないわよ」

 

 慰める詠に月は笑顔を見せようとするがなかなか上手くいかなかった。

 そんな彼女の姿を見ていた百花は一刀に小声で話しかけてきた。

 

「一体誰が流したのか検討はついていますか?」

「いや、まったく。でも、月だけを名指ししているということは少なくとも彼女個人に恨みがある者かもしれない」

 

 同じ出身である馬騰はおそらくそんなことはないとして除外すると、残るは東国の諸侯になる。

 一刀が知っている歴史では曹操、つまり華琳が呼びかけをして結成された。

 

(もし華琳だったらどうする?)

 

 その可能性が高いとはいえこの世界での曹操という人物を見ているとそういう風には思いたくはなかった。

 

(でも華琳は月を敵視しているようには見えなかった)

 

 一度、二人が会話をしているところを見かけたが普通に話をしていたが、その近くにいた詠は険しい表情でいた。

 その詠も一刀以上に華琳を警戒していた。

 もし華琳が噂の出所だったら詠は自分の見識を自慢することはしなくとも、一刀自身の甘い考えを指摘してくることは疑いようがなかった。

 

「どちらにしても最悪の事態は避けるように努力するさ」

「そうですね」

 

 せっかく上手くいきかけているこの時に余計な騒乱を起こすことは避けなければならない。

 月と詠を見守る一刀は反董卓連合だけはなんとしても避けなければならない、そのためにはそれ相応の努力をするべきだと改めて誓いを立てた。

 だが、一刀達が思っているよりもさらに早く事態は動き始めていた。

 すでに噂が流れると同時に準備が着々と進められていた。

<

 そして飛び交う噂は大きく形を変えながら、やがて真実を虚偽という包みによって覆い隠された。

 

「どうにかならないのですか?」

 

 僅かな差で出しそびれた勅命に百花は一刀達に意見を求めたが、誰もが表情を険しくすることしかできなかった。

 

「念のために警戒をさせているよ。あと、出陣の準備も整えている」

 

 情報ではすでに諸侯がそれぞれ軍を集めているとのことで、一刀ばかりか詠や音々音は打つ手がなかった。

 

「今からでも勅命を下せませんか?」

 

 皇帝の命令であれば大丈夫なのではないかという百花の意見だが、詠は首を横に振った。

 

「今回は百花様の勅命をもってしても収まるとは思えません。仮に勅命を聞き入れたとしても皇帝を脅してそうさせたと取られかねません」

 

 皇帝に取り入ってさらに権力を与えられた途端に牙をむいて皇帝を蔑ろにしている。

 あまりにもバカバカしさに反論をしなかった自分達にも責任があるため、詠としては戦を回避する手段が見つからなかった。

 一刀もここまで事態が悪化してしまった以上、甘い考えは通じないことを痛感していた。

 

「とにかくだ、こうなった以上、俺達も戦うしかない」

 

 誰もが一刀の方を見る。

 黄巾の乱と張譲一派の蠢動を鎮圧した功績をもつ彼がそういうのであればそれしかないと誰もが思った。

 

「和睦を結んでくれるまで戦おう。前にも言ったけど守りきれば俺達の勝ちだから」

「……仕方ないわね。それしか策がない以上、あんたの言うとおりにするほうがいいわね」

「せやな。きつい戦になるかもしれへんけどそれしかないわ」

 

 詠と霞が賛同すると他の者も賛同をしていった。

 想像を絶する苦しい戦いになるのは明白だったが、ここで引き下がれば月を失いかねなかった。

 その月も戦うしかないのかと胸が締め付けられる思いだった。

 

「月」

 

 一刀は月に近寄っていき彼女の肩に手を当てた。

 

「大丈夫。俺達は必ず勝つさ」

「一刀様……」

「だからここで百花と待っていてくれるかい?」

 

 自分よりも小さな女の子に背負わすにはあまりにも過酷な出来事。

 それを少しでも和らげることができるのであれば何かをしてあげたい。

 そんな気持ちが一刀にはあり、月にも伝わっていく。

 堪えきれなくなった月は一刀に縋るように身体を預けていく。

 

「大丈夫だから。大丈夫だから」

 

 同じ言葉を何度も繰り返して声にする一刀。

 

「詠」

「何?」

「前線には俺達が行く。だから万が一を考えて詠は百花と月と一緒にここに残ってくれ」

「ボクがいなくてもいいの?」

「月には詠が必要だし、それに俺達が負けるとでも思っているのか?」

 

 負けない保障などどこにもない。

 だが、天下の要塞と天の御遣い。

 この二つがある限り負けることはないかもしれない。

 未だ天の御遣いとしての実力を探っている詠だが、今回ばかりはその名を持つ青年を信じるしかなかった。

 

「わかったわよ。後方はボクに任せなさい。その代わり、負けたら承知しないわよ?」

「わかっているさ」

 一刀は笑顔で答え、百花の方を見た。

 

「ということだ。少しばかりここを離れるけどいいかな?」

「ダメといっても行くのでしょう?」

「まあね。できればここにいたいけど、そうも言っていられないからね」

 

 百花は一刀が自分で動く時は自分のことよりも誰かのことを優先する時だと、黄巾の乱のときに嫌というほど思い知らされていた。

 だから止めることなどできないのだと心のどこかで納得していた。

 

「わかりました。一刀には全軍の指揮権を与えます。董卓軍の指揮権も一刀に預けてもいいですか?」

 

 まだ悲しみと苦しみの狭間にいる月は顔を上げて百花と一刀を見て小さく頷いた。

 

「はい。一刀様にお預けします」

「ありがとう。しばらく借りておくよ」

 

 月をもう一度抱きしめて彼女の背中を優しく叩いてゆっくりと離れた。

 

「すぐに諸将を集めて軍議を開くよ。一刻の猶予もないからね」

「そうしてください。私に出来ることがあれば何でも言ってください」

「そうだな。それじゃあ二つほど。まずは百花の軍旗を貸して欲しいんだ」

「私の軍旗をですか?」

 

 それは漢王朝の皇帝がここにいるぞという証でもあった。

 それを何に使うのだろうかと百花は疑問に思ったが、一刀の考えていることはわからなかった。

 

「念のためにね。それともう一つはどうしても厳しくなったとき百花に出陣してもらいたいんだ」

「ち、ちょった、あんた。何考えているのよ!」

 

 これについてはさすがに百花ばかりか詠達も驚きを隠せなかった。

 皇帝が出陣、つまりは親征となれば大事になるばかりか百花に対する危険度が増すことは明白だった。

 しかも情勢が厳しくなったら出陣などどう見ても無謀としか思えなかった。

 

「詠、俺達は勝たなきゃダメなんだ」

「だからって百花様を戦場に引きずり出すつもりなの?」

「危険なのはわかっているさ。まぁでもそれは万が一だから、俺達が負けるとは限らないだろう?」

「理由だけでも話しなさい。そうしないとボクはともかく百花様が納得できないでしょう?」

 

 詠の言うとおりだと一刀は頷き、百花にも説明を始めた。

 万が一、一刀達が負けたとき月を守れるのは百花だけだった。

 なぜならば皇帝である彼女に刃を向ければそれだけで敵は世間からの評判を大きく落とすことになり、今後の行動にも大きな枷となるのは間違いなかった。

 

「でも何の躊躇いもなく攻められたらどうするのよ?こっちには満足に戦える兵力なんてないのよ?」

 

 最前線が破られた場合、全軍で防御に当たっていればここにはわずかな兵力しか残らない。

 そこへ野心に目がくらんだ者が百花に刃を振りかざせばそれこそ全てが終わることになる。

 その危険性を軽視しすぎているのではないかと詠は反論をする。

 

「その可能性はない」

「理由は?」

「漢王朝の権威は誰もが望むものだ。たとえ衰退していても朝廷の権威を生きたまま手に入れることは絶大な力を手に入れるのと同じだからね」

 

 それを手に入れたからそこ、一刀の知っている曹操は圧倒的な力で大陸の半分を制圧できた。

 朝廷の権威の重要性をここにいる誰よりも理解している一刀だからこそ百花が出陣しても命の危険性はないと断言できた。

 

「百花」

「はい」

 一刀を真っ直ぐに見る百花。

 

「頼めるかな?」

 

 一刀の頼みごと。

 それは百花にとって嬉しいことであるが、今回ばかりはさすがに即答はできなかった。

 彼女も自分の命よりも他人を心配するところがあり、そういった意味では一刀と似ていた。

 一刀の今の立場に自分がいれば同じようなことを言えるだろうか。

 そう考えるとなかなか難しいことだった。

 逆を言えばそれを実行すれば万事上手く事が運ぶ可能性はないとはいえなかった。

 

「わかりました」

 

 百花は短く答えた。

 そこには決意も篭っていた。

 

「万が一、一刀達が負けたときは私が月を守ります。そのために先頭に立つことになっても逃げ出さないとここで誓約しましょう」

 

 ほんの数ヶ月前まで積極的に自分から動くことをしなかった百花。

 それが多くの友、そしてその中で最も大切な人がいることで彼女は成長をしていた。

 

「でもその時は一刀達も私達の所まで無事に戻ってきてください。誰一人失いたくありませんから」

 

 それも偽らざる彼女の本音。

 ここにいる者を誰一人失うことなくこの難局を乗り切ることが出来ればそれは嬉しいことだった。

 

「ああ。絶対に戻ってくるよ」

「そういって手傷を負って戻ってきましたね」

「それを言われると困るなあ」

 

 おどけてみせる一刀に百花達に笑いが起こった。

 

「何にせよ、俺達もありとあらゆる策を持って戦うよ」

「そうですね」

「仕方ないわね。今までにない厳しさだけどやるしかないわね」

「ウチからすれば腕が鳴るわ」

 

 誰もが負けるつもりではいなかった。

 ここは自分達にとって大切な居場所なのだからそれを守るのに全力をぶつけるのは当たり前だった。

 

「とにかくだ」

 

 締めくくるように一刀は全員を見渡す。

 

「これは負けられない戦いだ。戦って勝って月に対する噂を吹き飛ばそう」

 

 百花を助けるために集まった仲間が今度は月を助けるために力をあわせていく。

 それは百花達が目指しているものの一つでもあった。

 

「それじゃあ霞、すぐに諸将を集めてくれ。あと、虎牢関に華雄将軍を配置しておいてくれ。軍議が終わり次第、俺達も虎牢関に向うからその準備をしておくように伝令を走らせてくれ」

「わかった」

「恋も来てくれるか?」

 

 できれば恋を戦場には立たせたくないという気持ちがあった一刀だが、恋は自分の大切な仲間を守るためには戦場に立つことを迷わなかった。

 

「ご主人様と守る」

「そうだな。でも無理はするなよ」

「んっ」

 

 一刀は頼もしい仲間を信じていた。

 そして百花の方を見てこう言った。

 

「それじゃあ始めようか」

 

 まるで食事を取ろうかといった感じで一刀は戦いに向けての準備の第一歩を踏み込んだ。

 そしてこの戦いが百花と一刀の運命を大きく変えるものになろうとはこの時の二人は思いもしなかった。

(あとがき)

 

 前回から少し時間が開いてしまいました。

 そろそろ試験が近づいているため終わるまでさらにスローペースになります。(汗)

 

 今回は一刀達サイドでお送りしました。

 次回は連合サイドをお送りする予定です。

 

 萌将伝は・・・・・・ノーコメントでお願いします。(爆)

 まだまだ暑いですが、暑さに負けないように頑張っていきましょう~!

 

 それでは次回、董卓包囲網其のニもよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スイカバーが食べたいです。(ボソッ)


 
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