第二話 桂花~誰がために~
春蘭に諭されて後、桂花は山を降りていった。春蘭はもう少し、といって木を切り倒している。
しばらく歩くたびに背後で幹の倒れる音が鳴る。
「まったく、どんだけ倒すつもりなのよ、あの脳筋女は」
独りごちながらら歩く彼女の足取りは重い。
それもそのはず。彼女の頭の中には先ほどの春蘭の言葉が響いていたからだ。
(……どうでもよかろう、そんなことは)
戦は兵家の常といっても、負けた後に残るのはなんであろうか?
桂花は今あるこの状況がとても不可思議なものであることを理解する。
何故自分が生きているのか、そしてどうしてもう一度やり直そうと華琳はしなかったのか?
この二つが自分の頭の中をぐるぐると回っていた。
(だって、私たちはこれからどこに向かうっていうの? 中原を捨ててここから東って言っても、私たちにはもう……)
「あれぇ、桂花様じゃないですか」
そんな悪循環に陥っていた彼女に声をかけたのは季衣だった。
「……あぁ、季衣」
精彩を欠く返事をした桂花が気になったのか、季衣が聞き返した。
「どうしたんですか桂花様、なんだか元気がないですよ」
(どうして、こう、この二人は元気なの? 私の考えが前向きではないことはわかっているけれど、それにしたって……)
「そういう時は流琉のご飯でも食べると元気が出ますよ」
「そうね……、季衣はどうするの?」
「僕のは別に作ってもらってるから大丈夫ですよ」
まぶしいくらいに明るい笑顔を浮かべる季衣をこれ以上桂花は見ていられなかった。
危うく口から出そうになった言葉を飲み込み反芻した。
(なんで、そんなに明るい顔をしていられるの、なんて)
本当に私は醜い。
「そう、食糧には限りもあるからほどほどにしなさいよ」
それだけ言って桂花は山のふもとを目指し暗闇に消えていった。
闇世の中では船の修理もままならない。
盗賊の類も減らないため、今は秋蘭を寝所の傍に置いていた。
あいつらはけだものだ。本能とでも言うべき感覚で財宝のありかを見つけ出す。
そんなときに親衛隊も流琉の部隊だけでは数が足りなおい恐れもある。
秋蘭がいてくれれば安心というものだ。
だからというわけではないが、華琳は今宵も誰も寝所には呼ばなかった。
というよりも呼べなかったのだ。
覇王は初めて恐怖という感情にとらわれていた。
命が奪われるといった類のものではない。
自分が誰であるかわからなくなるという存在意義の問題だ。
華琳にとって、自分とは曹孟徳であり覇道を歩むものだった。
しかし、その覇道の途は潰えた。では後に残るのはなんだろうか。
今日も一献酒を呷る。
そのことを誰も責めはしない。だが、今は誰かに責めてほしかった。
あの敗戦を。あの敗北を。
卑弥呼の言う東にあるヤマトという国。
彼女?は自らの国の助けを求めている。
だが、今の華琳にはそのことに意味があるのかわからなかった。
(負けて学ぶものなんて、何があるのかと思ったけれど、その方が多かったのかもしれないわね)
華琳は負けを知り何をまた学ぶのだろうか?
桂花は先ほどまで自分のいた軍師の会議するテントへと戻ってきた。
「稟、風、私のご飯はまだある?」
「桂花ちゃん、こんな夜遅くにどこにおいででしたか~?」
「ご飯なら、そこにありますよ。文官の分は一箇所にまとめてもらってます」
「そう……」
「それじゃあ、三人揃ったことですし、始めましょうか~」
「そうですね」
「何を?」
「嫌ですね~、桂花ちゃん。風は察しの悪い子は嫌いですよ」
「これからの予定についてです。桂花、貴方が勝手に倒れるのは別にかまいませんが、華琳様があの状態である以上、私たちはここにいる軍の命を預かっているに等しいのです」
「そ、そうよね」
いつもより厳しい口調の稟に桂花は少したじろいだ。
しばらく見詰め合って、稟は嘆息するように息を吐き出した。
「桂花、しばらく休んだらどうですか?」
その言葉はさすがに桂花の琴線に触れたらしい。
「どういう意味よ、稟!」
「言葉通りですよ、まともに頭を働かさない軍師など仕事の邪魔といっているのです。とはいっても、今では華琳様もお相手してくださらないでしょうけれど。……おやほんとにそれではただの役立たずですね」
「なっ! 稟、いくらあんたでも許さないわよ」
「稟ちゃん、それはさすがに言い過ぎなのですよ」
風が静止するように稟の袖を引く。
「……確かに、少し頭に血が上ったようです」
眼鏡の縁に手をやると、稟は一呼吸置いた。
「しかし桂花、貴方は今、自分が何をしなければならないのかわかっていない。その答えを見つけられるまで我々は貴方と口を聞く気はありません。時間はあまりないのです。早く立ち直ってください」
「待ってるのですよ~」
「……」
桂花は何も応えず、自分の糧食をもって、テントを出て行った。
「……これでよかったのですか、風?」
「……くぅ」
「寝るな!」
いつもどおりの突っ込みが風に決まる。
「おぉ! 桂花ちゃんの重症さについつい居眠りをしてしまいました」
「私には何故それで貴方が眠れるのか理由がわからない」
「まぁ、それはともかく、実際桂花ちゃん次第なのですよ」
「桂花は一人で何でも背負ってしまいますからね」
「人は遣われることに慣れてしまうと、いざ何をしたらいいかとなったときに、何も思い浮かばなくなるものなのですよ。桂花ちゃんは華琳様のそばにいすぎてしまっています。だからこそ人より、それこそ自分で気付かないくらいに華琳様の心の悩みに深く共感してしまっているのですよ」
「華琳様の号令待ちということですか?」
「はい~、桂花ちゃんの中も今空っぽなんですよ。そんな人がいくら何かしようと躍起になっても、身体に障るだけですからね。だから、今風たちが本当にしなければいけないことは、華琳様のどんな号令が出ても対処できるように準備を整えることなのですよ」
「成程、華琳様、ひいては桂花のためと。……さて、それでは桂花の分まで頑張るとしますか」
「くぅ」
「寝るな!」
「おぉ!」
そんあ二人の漫才を聞いている一人の影があった。
「馬鹿、……そんなことわかってるわよ」
桂花は自分の友人達の心遣いに涙した。
「え?」
自分の行動に驚きが隠せない桂花。
「なんで、私泣いているの?」
常に自分が一番華琳の傍にいると思っていた桂花だった。だからこそ甘えることは許されなかった。
しかし、事実は異なっていた。周りに皆がいて、そしてその中に桂花もいたのだ。
(時には背を預ける者がいていいのかしら)
テントには戻れない。でも華琳に気付いてもらうためにも、自分にできることがある。
それはいつもどおりの自分でいることだ。
(もう華琳様は、一人の覇王ではないんだ。私たちの仲間の一人なんだ)
敬愛の念は以前にも代わらない。でもだからこそ、以前から自分が思っていたことがある。
もっと華琳に頼られたいと思う自分が。
軍略だけではない、政務だけではない、何でもできる華琳にこそもっと頼って欲しいのだ。
(か、彼女も一人の女の子なんだから)
桂花が華琳のことをそう思ったのは、後にも先にもこの一回だけだった。
(華琳様、貴女は一人じゃありません。私だけでなく、稟も風も、春蘭も季衣も……皆貴女の帰りを待っているのです)
闇夜に歩を進めながら心の中の一人の少女に桂花は声をかける。
「まだ、貴女の心は赤壁に置き去りなのですか?」
覇王の闇夜に光はまだ射さない。
秋蘭編へ
あとがき
呉√アフター魏編桂花編だよ。第二話ですね
次回は少し時間が飛びます。
今回みたいに連続にはならないと想います。
一応武将全員に触れたいので、丁寧に邪馬台国へと進ませます。
それでは次回はクールなあの人にご登場願います。
不定期連載ですが、気に入ってもらえれば僥倖です。
それではごきげんよう!
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タイトル変更しました。
これからはこれで行きます。
すこし、性格が変更されているかな?
こういう桂花もありかな、みたいな?
とりあえず気に入ってくれれば幸いですよ