一際大きな扉をくぐり、先ず目に入ったのはエントランスホールだろう。
中央に二階へと続く大きな階段があり、
一階と二階の中間の位置で左右に分かれている。
床には、どこかの民芸品だろうか見た事の無い模様の刺繍と、
深い赤が鮮やかな絨毯が敷かれている。一見豪華そうなホールの
中を、不釣合いな子供達が走り回り。壁には落書きまである。
こりゃ大変だろうな、わんぱく盛りの子供がかなり住んでいる様だ。
この人、一人でここを切り盛りしているのか? そう考えると、
王より大変じゃないのか、とさえ思わされる。そんなホールの一階を
左に招かれ、俺達は客室だろう部屋へと。…ここもまた落書きに加え
あろうことか、高価だろう長大なテーブルの上に乗り遊んでいる子供。
子供だからこそ出来る事だなありゃ。
それなりに歳を取ると恐ろしくて出来やしない。彼女、アルヴァは声を荒げて
子供達をテーブルの上から下ろし、俺達は椅子に座り、暫く待つ様にと。
それに黙って従い、豪華そうなテーブルに目をやると…うわー傷だらけだ。
そうとう子供が無茶してるのだろう。美術的価値の高そうなテーブルや椅子の
あちこちが傷だらけだ。…更に周囲を見回すと、壁際にある窓。
4本の柵とでもいえばいいのか、そこから覗く外の景色。
悪くない、ここで飯食ったらさぞ…と思ったら、アルヴァがお盆を両手に持って
テーブルの上に食事を置いてきた。 リアルトからの旅路でまともな物を口に
入れて無いと察したのだろうか。豪華というわけでも、質素というわけでもない。
ありふれた家庭にあるありふれた料理。という所だろう。
パンにスープにちょっとした肉料理や野菜である。 一国の王が賄う?
ますます判らんぞ。隻眼の女王アルヴァ。という呼び名が
脳裏から消え去り、最早ただのアルヴァさんになっていた。
彼女は先ず、旅の疲れを癒してから行動に移そうと俺達に言ってきたが…。
「そんな暇は…! このままではリアルトが!!」
だろうな。テーブルを両手で叩きながら立ち上がり、大声でアルヴァに異を唱えた
リフィル。それを見てアルヴァは、疲労した体で、再び戻り、
それが原因で犬死にするのかい…?と、厳しくも優しい目で焦るリフィルをなだめた。
返す言葉がなかったらしく、大人しく席に着き賄われた物を小さく可愛い口に運ぶ。
それを見て、更にアルヴァは言葉を連ねる。人を信じやすいのに、戦いになると
そうでなくなる。良くもあり悪くもある癖だと。
セドニーやアリア、リフィルと供に居た4人の騎士をもっと信用してやりなと言うと、
彼女はその場から出て行った。出て行く彼女を見送ると、視線をリフィルに移す。
焦燥感とでもいうのか? 焦りや苛立ちよりも、
何かに後ろから絶えず追いかけられている。そんな切羽詰った感情を露にしていた。
俺はかける言葉も見つからず、そんなリフィルを横目に賄われた物を口に運ぶ。
少し塩味がキツい…いや、長旅で消費した身だからこその味付けなのか?
それとも彼女の作る料理は総じて塩辛いのか?判らないが、塩辛さは置いといて、
肉やらもそうだが、かなり下処理が丁寧にされているらしく恐ろしく柔らかく、
味が染み込んでいる。そんな料理を食べ終わる頃に、再びやってきたアルヴァは
俺達を別々の寝室へと案内し、夜は更ける…。
「信用してやりな…か」
アルヴァの口から出た言葉。確かにその通りだ、俺は彼等の力なんてまるで知らない。
もしかしたら、あのヒュドラを倒しているかもしれない、という淡い期待…。
そんな物は持たない方が良いと思うが、何故だろうか、
あの人は遠まわしに生きていると言っている様にも思えた。
ほぼ茶色で統一された寝室。本棚や小型の丸いテーブルがあり、ちょっとした
ファンタジーの宿屋という感じがする一室のベッド。その上で寝付けずに考えて
いた。そんな一室のドアを叩く音が聞こえると同時に扉が開く。
腰に真紅の剣を携え、左目を眼帯で覆い。紫色の長髪は肩あたりで切りそろえられ。
前髪も目にかからない程度の長さで切りそろえられている。 アリアと似た様な
紺の厚手の服。ここいらの女性の服装なのだろうか、そういえばよく見る服である。
それはいいとして入ってきたアルヴァの眼差しは鋭く…厳しい。
腰に帯剣。例の高熱を発する剣という奴か。でもなんでまた…ん?
何か剣の造りがおかしいぞ…どう考えても形状からしてこの時代の
武器製造技術に似つかわしくない。剣をじっと見る俺を見てアルヴァは
外に音が漏れない様に静かに近づき、そして一人で納得している。
一体何に納得したのか、俺はそれを尋ねると彼女は剣に視線を移す。
彼女から語られた事。 遺跡の事と、その剣との出会いだった。
どうやら、理屈は彼女自身にも判らないが、彼女の何かと反応して扉が開く。
そういう仕組みらしい。そしてリフィルも恐らく開く事が出来るだろう事。
それは聞かずとも理解できた。開かれた遺跡の中にあるのは、古びた台座。
そこは遥か未来から、時を正す武具が現れる場所だと。
少し納得した。彼女の携えた剣、どう考えてもこの時代で作製可能なレベルのモノ
では無い。それどころか俺が居た時代でも不可能だろう。
然し、時を正す? どういうこっ…成る程。 少し首を傾げた俺にアルヴァは答えて
くれた。改変者と代行者という存在を。 改変者とは未来より着て過去を弄ろうと
するいわば悪人という所だろう。 代行者はその時代の人間。
改変者を追って、武具に精神でも移したのだろうか、意志持つ彼等は代行者を選び、
代行者を通じて間接的に時代に介入し、改変者を断罪する。そして成すべき事が
終われば、その精神は失われ、ただの武具となる…か。
察する処のオーパーツ。もしかしたらエクスカリバーだのなんだのも、
この類なのかも知れない。
で、その次代の候補であるリフィルだけは、どうしても守らなければならなかったと。
突如として得体の知れない怪物を率いだしたザンヴァイク。
恐らくは改変者が何かしら関わっていると、アルヴァは教えてくれた。
成る程…。例えばの話だが、バイオテクノロジーの権威か何かが狂って、禁を破ったと
して、この時代であんなリザードマンやら造っているとしたら…笑えんな。
今頃、未来はどれだけ変わっているのか、下手したら俺の存在すら…。
一体何を考えてそんなものを造ってるんだかよ。…お? 考え込む俺にアルヴァは
何か思い当たる事でもあるのかと。 まぁこの人には話しておいた方がいいだろう。
この時代がいつか不明だが、結構先の未来より原因不明で飛ばされてきたと。
それを聞いて軽く頷いた彼女は、リフィルと供に遺跡に行き原因を尋ねると良いと
…それはいいが、そろそろ漁夫ったセイヴァールとザンヴァイクが一戦やってないか。
心配を顔に出し、アルヴァに尋ねた。
少し強張った表情で俺を見ると、真紅の鞘から剣を抜く。軽く振り上げられた
やや反りのある片刃の剣。ところどころに小さい穴がある。原理は判らないが、
恐らくそこから高熱の何かを出すのか…力を失った今となっては調べる術も無く。
その剣を軽く振り下ろすと同時に俺から背を向け、部屋の隅にある窓に視線を移した。
「久しぶりに、奴らに思い出させるのも…悪かないねぇ」
一体何を思い出させようと言うのか…、そう呟くと部屋から彼女は出て行った。
彼女の去った後のドアを暫く呆然と見つつ、ベッドに腰をかけながら考えた。
思い出させる…か。良くわからないが、リアルトに強力な援軍を連れ帰る事が出来る。
それは確定した様だ。アリアが無事だといいけどな。あの中じゃ一番弱いような気がした
ぞ。…ま、余計な心配はせずただ信じて向かえば良いか。
この街に辿り着くまでの疲労が一気にきたのか、ベッドに倒れこむ様に寝転び、
数秒と経たずに熟睡できた。
「…ろ」
んだよ。寒いんだもう少し寝かせてくれ。被っていた毛布に蛇みたいに巻き付く俺。
「…はぁ。 いつまで寝ている馬鹿者!」
鈍い金属音と激しい鈍痛と共に目が覚めた。ベッドから飛び上がり頭を押さえて
リフィルを不機嫌そうに睨んだ…が、また頭をどつかれそうなので、渋々と従いベッド
から下り、そのまま洗面所へと行き顔を洗って戻ってきた。
「…はぁ。いつまで寝ている」
相変わらずの溜息連発っぷり。窓の外に視線を移すと…うお。お天道様が結構高い所に
あるのか、外に見える木の影が短い。寝過ぎたな。
起きたのを確認したのか、リフィルは足早に出て行…ドアから出て行く寸での所で
立ち止まり、こちらに振り向き、さっさと昨日の場所に来いと言い出て行った。
…昨日の場所? ああ飯食った客間か何かか。急いで俺はそこに向かうと…、
リフィルにアルヴァに見慣れぬ男達が数名居た。俺が来たのを確認すると、
椅子に座れといわれたので座る。そして掻い摘んで現状を教えてくれた。
どうやら男の一人は、偵察に行っていた者らしく、あの後の状況を確認していると。
それは、リフィルの顔を見れば吉報である。と言う事は手に取るように判った。
…いや、少し浮かない表情をしているな。どうなったんだ。
あの後、暫くしてセイヴァートの本隊が到着し、セドニー達とヒュドラを退治した
が、問題はその後だ。当然のことながら命令違反でリフィルについてきた四人は
拘束され、セドニーやアリアはセイヴァートの連中と睨み合っていると。
セイヴァートも遺跡の中身が欲しいのだろうからな。
で、ガイアスやあの妙に艶っぽい姉さんはと言うと、形勢が不利と思ったのか、
一時撤退したが、その撤退の仕方がセイヴァートの本隊の騎士達を押しのけて
の堂々たる撤退だったという。…どんな逃げ方だよ。
現状は、一時停滞しているが、いつザンヴァイクが戻ってくるかも判らない。
そういう状態の様だ。状況を確認した俺は安堵の息を吐くと同時にアルヴァを見る。
少々怒っている?…一体何に対してだろうか。 それはいいとして、何時でるのだろうか。
それを尋ねると明日の明け方に準備は整うらしく、出立は明日と。
問題は間に合うか…だが、今の所セイヴァートがアリア達に何するとも思えないので、
まぁ…大丈夫だろうか。リフィルに視線を移すと相変わらず焦りを顔に出している。
気持ちは判るが…まぁ仕方無いか。 ひとしきり話は終わり俺とリフィルは明日を
待つばかり…と、思ったが俺だけアルヴァに呼ばれて別の部屋に。
赤い絨毯の敷き詰められた通路。所々で子供達が無邪気に遊んでいるのを横目に進む。
辿り着いた部屋の前に、いくつか鍵が掛けられている扉。子供達が入らない様に
だろうか。その鍵を開け中に入ると目に入ったのは、相当な数の武器だった。
武器を立て掛ける為の木製の棚の様な物が幾つも並ぶ。余りの数に圧倒されていると、
彼女は俺に好きな物を選べと。いや、選んでも使えないんだよな…と。
奥へと入りロングソードやバトルアクス・ハルバートやランスまである。
どれもこれも俺が使える代物じゃないが…お、弓があった。精々これが目一杯だろう。
目一杯といっても、命中精度の低い当たらない弓と化すわけだが。
壁に掛けられた弓…二種類。恐らくはロングボウとショートボウの二つ。
迷わずショートボウを手に取り、アルヴァの方を見る。
「戦いには不慣れな様だね」
見抜かれた。然し少し笑顔でこうも言われた。身に余る物を振り回す馬鹿より数段良い、
と。…褒められたのかそうでないのか微妙な線引きだ。
周りには、俺とアルヴァ以外誰も居ない。少し聞きたい事があるので尋ねる事に。
それは、何でこの国アンシュパイクには城が無いのか…と。
アルヴァは面倒臭そうに自分の髪を軽く掴みながら頭をかき、性分じゃなくてね。
と一言。照れ隠しでもなく、本当に嫌なようだが…本心は別にある。
何故かそう思えた。少し首を傾げて悩んでいる俺の両肩を突然掴んできたアルヴァは、
真剣な眼差しで俺を目を覗き込んでいる。何か照れるなと少し目を反らした俺に、
彼女は、自分にはもうかつての力は無く大して力にもなれないだろう事。
何より、新しい時代に何時までも年寄りが介入しては若者の為にならないと。
もし、改変者が関与していた場合。リフィルが鍵となる。守ってやってくれと。
…。アリアにも言われたが、どう考えても俺じゃ役不足な気がしてならない。
その思いのたけをアルヴァにぶつけると、戦いは力だけではどうにもならない事もある。
それを君はその歳で本能的に悟っている。リフィルにそれは無く、だからこそ
彼女の傍に居てやってくれと。買い被り過ぎだろうと、軽く笑って返す。
そうすると、リフィルをここまで送り届け現状を伝えてくれた。少なくとも
セドニーやアリアもそれを望んでいただろうと。
もしかしたら、臆病者とでも思われたかもしれないという気持ちが心のどこかにあった。
だけど、彼女の言葉が間違いでは無いと伝えてくれ、急に体の力が抜けた感じがした。
「おっと、何を満ち足りた顔してるんだい? これからが大変なんだよアンタは」
釘を刺された。深くぶっすりと釘を打ち込まれ…両肩を掴む力が更に増す。
「いいかい、時として人の上に立つ者より、その立つ者を支える方が、
何倍も辛く険しい棘の道である事を忘れちゃ駄目だよ」
耳が痛いな。経験者だろうか言葉の一つ一つが重く感じる。その言葉を告げると
俺達は武器庫から出る。そして、次の夜明けを待つ事になった。
次の明け方、身を切る様な冷気を纏った風が吹き、少し朝霧のかかった街の入り口。
一体どれだけの騎士が動くものか、楽しみだったが…どうしたことか。
その場にいるのは、俺とリフィルとアルヴァ。そして偵察に出ていた男と、
食料や傷薬だろう治療道具を馬に積んだ男が二人。そして…。
「いやぁ~…。かの隻眼の女王が久しく動くと耳に入りまして…」
街の入り口でアルヴァに怒られつつ、軽い笑みを浮かべ彼女を受け流しているのは
噴水で見た吟遊詩人だった。
「アルバート。アンタは相変わらず早耳だねぇ。詩を創る為に命を落とす気かい」
その通りだろう。線が細く見た所戦いとは縁のなさそうな優男…若干歳は召している
様だが。そんなアルバートと呼ばれた吟遊詩人がどうやら着いて来る様だ。
吟遊詩人、詩を唄う職業だったな。その時の王を賞賛する事や、英雄譚を語り継いだり。
アルバートの人の良さそうな優しい目は、怒っているアルヴァでは無く、
焦っているリフィルを明らかに見ている。…長年の勘。とでも言うのだろうか、
次の詩の主人公が誰なのか。どうやら見抜いている様でもある。
然し…周囲を見回すとやはり騎士らしき騎士も見当たらず、この人数で行くのか?
いくら鉄の獣を退治した女傑がいるとはいえ、いささか心元な…。
「この人数で不安で御座いますか…?」
心を読まれた!? さっきまで後ろの方にいたアルバートが、
振り返ると、真っ直ぐ腰まで伸びた黒い髪を軽く左手でかきあげて、
笑顔で尋ねてきた。その後ろでアルヴァとリフェルは何か話しをしている様だが…。
それよりも、何かを知っているかの口ぶりで俺に聞いてきたので、それに対して答える。
そうすると、一言。彼女はこの国、アンシュパイクに居る隻眼の女王です…と。
この国に城が無い。それは彼女がこの国の王じゃないという事なのか。
それを尋ねると、誰もが認めるこの国の女王ですよ。と。
ますます判らない。それを尋ねようとする俺をアルヴァの声が妨げた。
どうやら、出発の準備が整った様だ。少し不安が残る中、俺は不器用ながらに
馬に跨り、彼女達の後を追っていく。
リアルトに戻る道中、俺は幾度と無くアルバートに言葉の真意を尋ねたが、
聞く事より見た方が良いとしか言わなかった。 …吟遊詩人がそれを言ったら
駄目じゃないか?と互いに軽く笑いつつ目的地へと…。
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