No.157575

蒼空のリリヤ -プロローグ-

Tらしさん

昔書いた同人誌の原稿が出てきたので、プロローグだけあげてみます。
反応があれば、続きも。

ロシア語はきにしないでください。

2010-07-14 03:04:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:397   閲覧ユーザー数:391

 

 

 オホーツク海南部の沖合い、一面の海上を照りつける太陽光を反射させて二つの機影が疾駆する。前方百キロ先に見える二十にはなるだろうという群れに向かって、更にスピードを増す。

「機影捕捉。機体の識別、…中国軍に間違いない。マリーナ、スリーカウント後に散開。一気に叩くよ」

 機影の一つがもう一方に語りかける。小さな頭部に風を強く受け、短めの黒髪は後ろに流れっ放しだ。脚部の噴射口から推進力を得て、下半身を覆うように取り付けられた鋭いウィングが風を切る。全長にして百五十七センチ。タイトな黒の軍服に勲章バッチをいくつも輝かせ、音速の世界を駆け抜ける機体。

「了解だよぅ、ユーリャ」

 ゆったりとした口調の反応。ヘアバンドで止められた栗色の癖毛の先を噛みながら、この場にはそぐわない優しげな笑みが見られる。

「でもね、ちょっと待って。スイッチ入れないと」

 真っ白に特注された軍服は軍規違反。栗色とのコントラストが空と海の境界に映える。彼女達の特権は軍規などには収まらない。

「アジーン」

 カウントを開始するのはユーリャと呼ばれた機体。眉を吊り上げ前方の群体を見据える。その距離は既に五十キロほどに。

「んっ…」

 びくんと痙攣する真っ白な素行不良を模した機体。崩れた態勢をコンマ一秒で立て直すと、勢い良く急加速しユーリャの隣に並ぶ。閉じられていた瞼が開くと底抜けに闇を灯したチョコレート色の瞳がくすむ。柔和な笑顔は消失し、目の先を飛行する群体を視認、ロック。刹那の臨戦態勢への移行。

「ドヴァー」

 ユーリャの両手に備えたサブマシンガンを握る力が強くなる。冷静に唱えるカウントの語尾には震えが混じっているようだ。それは恐怖か、歓喜か。横一文字に結ばれた口からは機体の心象を見て取れない。隣に並んで飛行するマリーナの手にはコンパクトな火器。黒光りするグレネードランチャーが中空に翳される。機械的な動き。二機の予備動作がピタリと止まり、その推進力だけが勢いを増した。

「トリー」

 平坦なラストカウントの声が風の音に掻き消えた。同時に上下に散開する二機。機械然としないその滑らかな軌道が弧を描く。急加速と共に急上昇。ゴーグルの奥に見えるユーリャの青い瞳は見開かれ、その視線は敵機を鋭く見下ろす。驚くべくはマリーナのその落下動作。重力が増したかのような落下に加わる横移動の推進力。戦闘機らしからぬ奇異な動作に前方の敵機は対応出来るわけがない。敵機の群れが左右に展開するが、ユーリャとマリーナの荒涼とした瞳は既に全機体をロック済みだ。

「アゴーイ」

 マリーナのグレネードが火を吹いた。砲手から擲弾が放たれる。そのスピード、推進力たるや小火器のそれを遥かに凌駕し、一気に加速した擲弾が敵機の尾翼を掠める。接触と同時の爆発は群れの一帯をなぎ払い、蜘蛛の子を散らしたように敵機が散開した。続けて起こる爆発。ユーリャのサブマシンガンから放たれる弾丸が逃げ惑う敵機を正確に射撃していく。二挺の連続射撃は敵の強固な装甲を貫き、エンジンルームを破壊。続けて爆発。逃げる機体を今一度ロックするユーリャ。続けて攻撃を再開する。

 機動力、パワー、共に敵機を圧倒している。かたや全長十七メートルの巨大な機体、かたや全長百六十センチに満たない小柄な機体。猫と鼠でさえ驚きを禁じえない比較。しかしスケールで比べるのは栓もないことだ。ここで語るべくは、彼女達に流れるその動力源なのだから。

「アゴーイ」

 再び放たれるマリーナのグレネード。中空の大気を震わす発射音を意にも介さず、淡々とした動きである。くすんだ瞳には焦点が見られず、茫洋とした空と敵機がペイントされているようだ。

 機体の中心にヒットする擲弾。いつの間にか一箇所に固められていた敵機。ユーリャの攻撃は出鱈目であるように見えその実、敵機を上手く誘導していた。絶妙な連係プレイが冴える。

 大きな爆発。火柱が吹き上がり衝撃と共に周囲に連鎖する。逃げ切れない敵機。爆発音の数が一つまた一つと増えていく。

 小さな擲弾に込められた力は、少女に満ちる思春期の爛熟。二人の体に流れる魔力が弾丸に供給され、従来の性能を何十倍にも倍化させる。

 止まらない爆発の連鎖。膨れ上がった爆発の中、小さなきのこ雲が出来上がった時には、運良く逃げ延びた数機の敵機をユーリャが殲滅していた。

 

「…状況確認、周囲への警戒を怠らないで。ゴーラス・ニェーバ、こちらリリヤ1。現在この空域の敵国機の存在を確認されたし」

 了解という言葉の数十秒後、空中管制機ゴーラス・ニェーバから臨戦状態の解除を許可される伝令が入る。周囲百キロ圏内には二機の少女達だけが空を舞っている。眩しすぎる太陽光。霞むほどに長い水平線。ゴーグルを外して光を遮るように手を翳すユーリャ。初めてそこに浮かんだ朗らかな微笑。

「マリーナ、終わったよ。作戦終了。お疲れ」

 びくん、とひとたび震えるマリーナ。遠くからその不規則な動きを見たユーリャはやれやれと苦笑する。

「あれれ、ユーリャ、もう終わったの…?」

 陶然とした表情のマリーナ。口端からは涎が垂れる。ごしごしと目を擦ると接近したユーリャの胸に飛び込んだ。

「ちょ、マリーナ!痛いわよ!」

 体当たり気味のマリーナの頭がユーリャの顎にヒットする。

「えへへー、戦闘後はここに飛び込みたいの。ユーリャのね、魔力の流れって気持ちいいんだよ」

 涙目で睨みながら顎をさするユーリャが、困ったように頬を赤らめる。ぷにぷにとしたマリーナの片頬を突付くと両手で思い切り掴んで、真横に引き伸ばした。

「い、いはいよ!いはいよゆーあ!」

 ニヤニヤと、柔らかい頬を伸ばして遊ぶユーリャ。あどけない少女の悪戯な笑顔が大海原に映える。涙を流して降参を請うマリーナの泣き声が管制室まで響き渡る。切り損ねていた通信機。いつものことだと平素な面々。

「魔女の目にも涙」と日系管制官のジョークに笑いが伝染した。

「いはいってー!」

 嫌々ながらも嬉しそうに叫ぶ、白くたおやかな曲線のSu-27。艶やかな黒の軍服を輝かせるのは、凛々しい目元を緩ます眉目秀麗MiG-29。

 

 ユーリャとマリーナ。

 色の違う軍服を着た、ちぐはぐなチーム。

ロシア空軍兵器部魔力研究局『リリヤ隊』が浮かぶのは荘厳なオホーツク海。

 天候は晴れ。ボディの光沢は良好。

 これは機械の体を手に入れた少女達の戦いの記録。

 魔女と呼ばれる二人の最終兵器が織り成す物語である。

 

 
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