「おうおう、こいつは市の重要文化財だぞ。まったくあいつは見境なしかよ」
明かりの消えた市街地の一角で耳が潰れるような轟音を響かせ、絢爛豪華な建造物が見るも無残な姿に変貌していく。横浜市みなとみらい文化地区、今は動かない巨大観覧車の支柱が1本、また1本と破壊されていき、その度に重力を得たゴンドラが地面に叩きつけられていく。
コンクリートの砕ける煙がたちこめ、辺り一体が重量を含んだ空気で覆われていった。
「市民は避難…したんだな。はいはい、そいじゃ俺は行ってくるよ」
「山岡警視、装備はよろしいので?あの新型に対抗するための兵器を後続の貨物車に運ばせておりますが」
「おい、てめぇ新型ってなんだこら。殴るぞおい」
「も、申し訳ございません…。それで、装備はどういたしましょうか??」
「俺はこの腕一本で十分なんだよ」
現場に到着した警察車両の1台のドアが1枚、鈍く重たい音を立てて吹き飛んだ。ドアは綺麗に舗装された歩道に並ぶように立っていた木にぶち当たり、べきりと気持ちの良い音を立てて木が倒れていった。
片一方が爆ぜた車両のドアから出てきたのは200cmはゆうに超えるであろうかという体躯の大柄な男。地面に両足をつけると一言「あいつをぶん殴ってくらぁ」そう呟きその姿は一瞬にして消失した。地面に大きな窪みと粉々になったコンクリートの幕を残し。
「警視も十分見境がないと思います」
運転席に座っていた部下は壊れた車両の中で1人ごちたが、その呟きを聞くものは1人としていなかった。
「さて、そろそろオイタはやめる時間だぞこら」
山岡は車両から這い出て(彼の巨体を見ればこの言葉がうってつけであると解せるはずだ)、2秒後には渦中の人物と相対していた。白地をベースとし紺の襟をこさえたよくある女子高生の格好をした少女がそこにはいた。彼女は1つまた1つと落ちていくゴンドラが作り出す爆風にスカートを大きく揺らしている。
「実験は続行中。あなたにはわたしの行動を止める権利がありません。妨害行為をするのなら即刻排除させていただきます」
まるで機械のナレーションのような声音で彼女は山岡に告げた。
「あぁそいつは怖いこったな。生憎だがお前のところとうちは管轄が違うんだよ。お互い国家の犬だが、仲良くは出来ないってことだな。つーか、毎回同じことを言わすな阿呆」
山岡は肩を怒らせながら少女の元へ歩み寄っていく。1歩1歩進むたびに地面に罅割れが起こり、微震の連鎖が紡がれていく。
「重力バリア展開成功。生体照合開始…照合完了。神奈川県警所属、山岡清一郎警視。あなたとはこれで5度目の接触。即時抹殺対象としてリストアップされています」
彼女が言葉を発し終わった瞬間、彼女のスラリと伸びた白くて綺麗な足と、山岡のごつごつとした切り株のような腕が衝突していた。
「今日の格好もまたあいつの趣味か?」
「質問の意図がわかりかねます。────重力展開フルパワー」
少女の蹴りを片腕で受け止める山岡の体が地面にゆっくりと沈んでいく。周囲ではあちこちで地盤沈下が起こり、植えられている木々が幾本も傾ぎそして打ち据えられていく。
「パンツが丸見えなんだよ!!馬鹿野郎!」
山岡は両手で少女の足を強く掴み、そのまま勢いよく旋回しだした。回転速度は秒速30回転を超え小さな竜巻が起こるほどに、強く強く強く!!!
バチン!!という大きな音が放たれたと思うと、弾かれたように両者が吹き飛んだ。少女は月の光りに照らされて薄気味悪く光る黒い海へ、山岡は観覧車の中心部の時計へと。
かろうじて存在を保っていた観覧車が強烈な爆裂音を立て一気に瓦解していく。数秒後コンクリートの荒地と化した中から山岡が立ち上がる。その手にはつやつやとした白い…足。
「切り離しやがったなあの野郎」
そう言った山岡の体の随所は肌が崩れ、千切られた皮膚の下に機械的な金属が姿を見せていた。腰部の辺りには大きく抉られて穴が開き、バチバチと電撃が走っている。それはさながら数百年前に流行したSFフィルム映画のように、200cmの巨体は歪なモニュメントのごとく月明かりに照らされる。
山岡と少し離れた脇の海面から水しぶきが上がった。片足をもがれた状態の少女が水上を浮遊していた。脚部の付け根にはバーニヤが展開し、煌々と黄色い光を放ち、水面に波を立てている。
「山岡警視の能力値を修正。重力展開を解除し、全エネルギーをEMLに供給」
少女の片腕が肘からポロリと落ち、接続部からはずるずると銀色に光る砲身が伸びていく。その長さはゆうに5mにも達し、彼女はもう一方の手で強く押さえつけた。
まるで釣りのコンパクトロッドだなと山岡は思った。そういえばあいつとは釣りすら行ったことがねえ。歯をぎりぎりと軋ませると、瞬間山岡は目を見張った。
「あの野郎!!!!!」
その目は少女の体を正確に直視し、熊をも射殺すような野獣の眼差しが向けられる。
「なんて格好だ!!!!」
少女の制服は先程の旋回で発生したカマイタチによってびりびりに破けており、あちらこちらから艶のある素肌が見え隠れしていた。
山岡は自分が原因であることを理解するはずもなく、少女のその姿に怒りを露わにする。そしてまた横浜に地震が起こる。今回はとびきりの大きさだ。山岡は地割れが起こるほどの力で足を踏み込み彼女のもとへと飛び込んだ。
「自分を大切にしろって何度言えば…」
山岡が仁王のような怒り狂った顔で咆哮する。
「充填完了、目標補足」
少女の長い砲身の先はしっかりと飛び込んでくる山岡を捉えていた。
「発射」「この馬鹿娘がぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
少女の長い砲身に山岡が強く拳を打ち付ける。
強い閃光、そして─────爆発。
海面の水が一息に爆ぜ、舞い上がった大量の海水は巨大な波となって周囲を飲み込んでいく。既に警察は彼らの攻防から、この顛末を予期していたのか撤退済みだ。
「あの親子は日本を壊す気なのかな、まったく。不仲の奥さんが2人の生みの親だってんだから、夫婦喧嘩に使われているようなものじゃないかあの子は」
現場の前景を見下ろせる高台から山岡の部下が1人ごちたが、傍聴者は誰もいなかった。
────。
「痛いだろう、美香」
波がおさまった後に残るのは浸水した大地にぷかぷかと浮遊する数台のゴンドラ。
その中の1台の上に彼らはいた。
「その痛みはお父さんの痛みだ」
山岡の顔には既に怒りは見えず、空に浮かぶ無数の星々を空虚な目で眺めているようだった。
「ボディの損壊70%。AIの損傷15%。早急な修復を要請します。繰り返しますボディの…」
「こら、美香!!!」
既に2人は体を起こせるような状態ではない。それを体と呼べるのかどうかすら危ういボロであった。この姿の方がよっぽどサイボーグらしいと言えた。
「AIに山岡警視へのメッセージを確認。メッセージを確認。再生します」
耳障りで擦り切れるような機械音声がそう告げると、途端透き通るような若い女性の声に変わる。
「あのね、お父さん、私観覧車に乗りたかったんだ。願い…叶っちゃった。ありがと、お父さん」
ぶつり、と美香の動きが止まった。
ゴンドラに波が当たり2人の体を濡らしていく。
山岡は目に溜まる水を拭おうとしたが、腕が無いことに気づいたのだった。
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約4年前に書いた小説を掘り起こしてみました。
はてなで開催されていた、燃やし賞というものに参加した作品です。
http://q.hatena.ne.jp/1161113890
サイボーグのおっさんと少女のお話。
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