豫州・汝南郡。
北は兗州、東は徐州、西は荊州へとつながる交通の要所として栄える土地である。
だが、それも八年ほど前までの話だが。
もともとここは、現・長沙城主、袁術の一族が治めていた。しかし、前当主である袁術の父親が急死したことで、この土地の運命は大きく変わった。
跡継ぎであった袁術は、当時まだ十歳になったばかりで、政など到底できず、現在その腹心となっている張勲にしても、袁術より二つ年上でしかなかった。
彼女らにとって頼りになったのは、父親の信頼厚かった紀霊のみ。
その他の者たちは、自己の保身と財産の維持しか興味がなく、瞬く間に汝南の地は衰退。袁術は張勲・紀霊とともに、南陽の地へと移り住み、他の者も、徐々に別の土地へと移っていった。
現在汝南には、袁術がもともと住んでいた古城と、小さな邑がいくつか残るだけであった。
その古城の近く、小高い丘の上に陣を張る一刀たち徐州軍。
「五月さん、斥候からの報告は?」
「・・・公務中は姓名でと言っているでしょう?」
「・・・はい。すいません簡雍さん」
簡雍ににらまれ、肩を落とす一刀。
「まあまあ、さつ(ギロ)・・・簡雍どの。報告をお願いします」
同じく真名を言いかけて睨まれ、慌てて言い直す関羽。
「斥候からの報告ですが、この先にある古城を、賊たちは根城にしているそうです。率いる将は三人。戦力はおよそ五万」
ざわっ。
どよめく一同。
「五万って、豫州全体の数字じゃなかったの?」
「華雄?」
一刀が華雄の顔を見る。
「・・・どうやら偽報を掴まされていた様だな。すまん。われわれの落ち度だ」
心底申し訳なさそうな表情で、頭を下げる華雄。
「華雄おねえちゃんを責めても仕方ないのだ。現実は変わらないのだ」
真剣な顔で華雄を弁護する張飛。
「・・・鈴々の言うとおりだな。とりあえず、州全体にもう一度細策を放ちなおそう。華雄、頼む」
「わかった」
うなずく華雄。
「その間に、あの城の連中を何とかしたいな。どうにかして城から引っ張り出したいんだけど」
一刀がそう言うと、
「なら、矢が三本もあれば十分だよ」
と、笑顔で言う徐庶だった。
汝南城の城壁。
そこに立つ三人の人物がいた。
「周倉よ。連中、仕掛けてこぬな」
三人の中の一人が、左隣に立つ人物に声をかける。
「ふん。大方こちらの数に圧倒されているのだろう」
声をかけられた、棍を持った女性、周倉が言う。
「油断するでないぞ二人とも。何か策でも練っているのかもしれん。・・・ん?」
もう一人の大刀を背負った人物が、城を目指して駆けてくる騎馬に気付く。
「なんだ?たった一騎で我らとやりあうきか?」
「まさか。軍使か何かではないか?」
その騎馬が城門前に辿り着く。そして、弓に矢を番え、城に向けて射た。
「ふん!こんなもの!!」
飛んできた矢を、棍で叩き落す周倉。
よく見れば、矢にはなにやら紙が巻きつけてある。
「なんだ?降伏の勧告でも書いてあるのか?」
周倉がそれを矢から取り、開く。そこにはただ一言。
「醜女(しこめ)の周倉」
とだけ、書かれてあった。
「だ・・・、誰が醜女だと!?」
声を上げ、憤る周倉。
そこに、次の矢が飛んできて、近くの壁に突き刺さる。
「またか!今度は何が書いてある!?」
大刀を持った女性が、矢から紙片を取り、中を見ると、
「胸無陳到」
「・・・だ・れ・が、真っ平だとう!!」
紙片をぐしゃぐしゃに握りつぶし、叩きつける女性、陳到。
さらに、三本目の矢が打ち込まれる。
三人の中で唯一の男が、その矢に結ばれた紙を無言で取り、開く。
「・・・周倉、陳到。討って出るぞ。ここまで愚弄されて黙っていられるか!!」
紙を握りつぶし、叫ぶ男。
「「応!!」」
「この王子全を豚呼ばわりしたこと、死ぬほど後悔させてやるわ!!」
(いや、それは別に間違ってないと思う)
王双を見ながら、口には出さずに突っ込む、周倉と陳到だった。
「おー、出てきた、出てきた」
「さすが輝里ちゃん!よっ!この小悪魔!!」
「えへへ~」
ぽりぽりと頭をかいて照れる徐庶。
三人の将の特徴を聞いた徐庶は、それぞれに対応した悪口を書いた紙片を、矢に結んで城に射ち込ませた。その結果はご覧のとおりである。
「では義兄うえ」
「ああ。愛紗は右翼の部隊を。桃香は左翼。正面の部隊は俺と鈴々があたる。各員の奮闘を期待する!!全軍、抜刀せよ!!」
おおーーーーーー!!!
戦闘が始まって半刻。
右翼では周倉が、関の旗の部隊に翻弄されていた。
「くそっ!走りながら弓を射る騎馬隊など聞いたことがない!!」
そう。関羽率いる騎馬隊は、一刀の発案で編成された、全員が弓を装備した弓騎兵なのである。
停止することなく敵陣の周囲を駆け回り、そのまま弓を射る。もちろん、一糸乱れぬ動きが出来るようになるまでの苦労は、並大抵のものではなかった。
「愛紗なら大丈夫。がんばって」
と、一刀は関羽を毎日激励した。
まあ、その分、嫉妬の女帝と化した劉備に、追い掛け回されてもいたが。
「そこの者!!この部隊の将だな!!われこそは劉北辰が一の太刀、関雲長!!その首、頂くぞ!!」
関羽が周倉を見つけ、一騎討ちを挑む。
「しゃらくさい!!わが名は周倉!!返り討ちにしてくれる!!」
ぶつかる両者。
一方、左翼では。
「うっとうしいわ!!この胸お化け!!」
「うらやましいならそう言えば?!扁平胸さん」
「へんぺ・・・!!こんのおーーーー!!」
激闘を演じるは劉備と陳到。
まあ、低次元な口喧嘩をしながらだが。
「でかければ良いって物でもなかろうが!!」
「ふっふーーーんだ。ないものねだり~。って、そんなことより、ちゃんとこっちを向きなさいよ!!」
「~~~~ずっと正面をむいているわーーーーーー!!!!」
叫びながら劉備に斬りかかる、陳到。
(会話が低次元な)戦いは続くのであった。
中央では、一刀と張飛率いる五千が、王双軍一万とぶつかっていた。
「くそ!!なんという長い槍だ!!これではぜんぜん前に出れん!!」
そう。張飛率いる”超・鈴々隊”は、その装備が特異だった。
長さが通常の倍はある槍を、使用しているのである。
発案は、これも一刀。
「槍だって長ければ長いほうが有利だろ」
という、至って単純な発想からだった。
「ええい!!このままでは埒があかん!!全軍、左右に広がれ!!側面に回れば怖いことはない!!」
王双が兵に指示を出す。
しかし。
「よし、読みどおりに隊が割れた!!鈴々!!」
「応なのだ!!みんな!お兄ちゃんの通り道を開けるのだ!!」
張飛の指示を受け、兵たちが動く。
そして、隊の真ん中に一本の道が出現する。
そう。騎馬が通れるだけの道が、敵の本陣に向かって、まっすぐに。
「よし!!さあ、往くぞ!!狙うは敵将ただ一人!!」
おおーーーーーー!!
一刀を先頭に、騎馬隊二百が、張飛隊の間を駆ける。
左右に回り込もうと、部隊を展開し、丸裸になった、王双の本陣を目指して。
「な!?」
王双は見た。
自身に向かって疾りくる、蒼い炎を。
「我が名は劉翔!!字は北辰!!我こそは、悪を刈る刃なり!!」
「おのれこわっぱーーーー!!!」
斧を手に、一刀を迎え撃とうとする王双。
だが、次の瞬間。
「跳べ!!蒼炎!!その名の如く!!」
ヒヒィィィーーーーーーン!!
いななきとともに、地を蹴り、天へと舞う、蒼炎。
「ぬお!!」
驚き、頭上を見やる王双。
「つああああありゃああああああ!!!!」
ドガア!!
一気に急降下し、王双を、馬ごと真っ二つに切断する一刀。
「こんな、ばか、な・・・。ちゅ、仲達さま、もうしわけ、ありま・・・」
ドサリ、と。倒れ付す王双。
「・・・我が靖王に、刈れぬ悪無し」
「周倉。貴様の主は死んだようだぞ。おとなしく降れ」
棍を折られ、地べたに座る周倉に関羽が言う。
「・・・わかったよ。あたしの負けだ。投降させてもらいますよ、アネゴ」
「は?アネゴ?私のことか?」
「ああ。アタイの真名は”藍”。この真名、アネゴに預けやす!」
「いや、その、アネゴというのは・・・。ハア・・・まあいい。私は愛紗だ。今後は義兄上、劉北辰様のために、働いてもらうぞ」
「あいよ。任しておくんな」
にっこり笑顔の周倉であった。
「あなたはどうするの、陳到さん」
自分の膝を枕にしている、陳到に問う劉備。
一応、一騎打ちは劉備が勝った。胸のことで激昂していた陳到の隙を突き、一刀直伝の背負い投げで、地面に叩きつけた。
陳到は初めて受ける技に、受身を取ることも出来ず、簡単に気絶した。
「・・・私は、胸のでかい女は嫌いだ。・・・けど、この膝は心地いい。・・・劉備どの、私のことは”蘭”と、お呼びください」
陳到がそう言うと、劉備は
「私は桃香だよ。よろしくね、蘭ちゃん」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
(慈母・・・だ)
劉備の笑顔を見て、そう思った陳到であった。
「どうやら終わった様だ」
「そのようだな」
本陣で戦況を見ていた華雄と簡雍。
「申し上げます。斥候がただいま戻りました」
兵士の一人がそう告げる。
「ご苦労、通せ」
「は!」
報告に来た兵が去り、入れ替わりに、斥候に出ていた兵が寄ってくる。
「どうだ?」
「は。どうやら許方面には、さらに五万近い兵がいる模様。ですが・・・」
「なんだ、はっきり申せ」
言葉を濁す兵に、簡雍が問う。
「どうも賊のような感じではありませんでした。旗がないのでどこのものか判りませんが、あれは正規の軍のように見受けられました」
「正規の軍だと?・・・そやつらの鎧の色は?」
旗がなくても、鎧の色である程度、どこの勢力の兵か判別がつくものである。だが。
「色は黒でした」
「黒・・・」
「黒い鎧の軍などどこかにおったか?私には記憶にないが」
簡雍が華雄に問う。
「私も記憶にない。・・・何か、胸騒ぎがする、な」
「そうじゃな、もう一度、調べなおさせるとしよう」
そう言って、その場を離れる簡雍。
残った華雄は一人思う。
(何があっても、一刀は私が守る。そう、私の命を賭しても)
あとがき
というか、皆さんに、ぜひお聞きしたいのですが、
文中における人物表記、今回のように、台詞以外は姓名での表記の方がいいでしょうか。
それとも、今までのように、真名表記のほうが良いでしょうか。
ご感想とともに、ぜひ、これに関するご意見を。
それでは。
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刀香譚の十七話です。
豫州へ賊討伐に赴いた一刀たち。
戦いの幕があがります。
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