徐州・下邳城。
その謁見の間にて、一刀は膝をつき、頭をたれて拱手していた。
その一刀の前に立つのは、華雄。
「徐州の牧にして、左将軍・劉北辰に勅を伝える。心して聞くよう」
「は」
この日、華雄は皇帝劉弁の勅使として、徐州を訪れていた。
「勅。劉北辰は豫州を荒らす賊徒討伐に向かうべし。賊徒平定後は、豫州刺史として、かの地の治安維持に尽力するよう」
「御意。勅命、確かに承りました」
勅使である華雄に答える一刀。
「・・・さて、堅苦しいのはここまでだ。劉翔、元気そうで何よりだ」
勅書を一刀に渡すと、とたんに口調を普段のものに戻し、にこりと微笑む華雄。
「ありがとう。華雄さんも元気でよかったよ」
立ち上がり、同じく微笑む一刀。
その笑顔を見て、なぜか顔を赤らめる華雄。
「あ、いや、その、・・・そ、そうだ!劉翔、私のことは呼び捨てで良いと言っただろう?なんでいまだに”さん”をつけるんだ?」
「華雄さんが俺を真名で呼んでくれるなら、すぐにでもやめるけど?」
華雄の質問に、にやにやしながら答える一刀。
「う。・・・その、か、カズ・・・ト?こ、これでいいのか?」
さらに真っ赤になって、一刀のの真名を呼ぶ華雄。
(まさか、華雄さんも・・・?)
(むう。さらに恋敵が増えようとは)
(カズくんてば、相変わらずモテモテ~)
(本人は自覚がないんでしょうけどねぇ)
「うん。さてみんな、軍議をするから、合議の間にいくよ」
一刀に言われ、謁見の間を出て行く一同。
「あの、か、一刀?」
「あなたも参加してくれるかな?華雄」
「!!あ、ああ。もちろんだ!!
「それにしても、なぜわれわれなのでしょうか」
下邳城の合議の間。
勅命である賊討伐のための軍議を、一刀たちは開いていた。
「確かに。豫州であれば、兗州、もしくは荊州に勅が下ってもよさそうですが」
愛紗に続いて、柊がいう。
柊の発言に、その隣に座る翡翠が、
「私のほうで調べたところ、兗州では陳留の曹家と、濮陽の曹家とが、兗州の支配を巡って対立しているそうだ」
「・・・同じ曹家が争っているのか」
「華琳ちゃんがいなくなったせい?」
「多分な。華琳―曹孟徳という指導者がいてこそ、兗州は纏まっていたんだろうな」
「曹操さん一人がいなくなっただけで、身内すら割れるんですねぇ」
のほほんとした口調で話す琥珀。
「・・・ねえ、琥珀さん?その格好、・・・なに?」
「おや、何かおかしいですか?ただの掃除着なんですけど」
一刀の質問に首をかしげる琥珀。
「掃除着・・・ねえ」
「ほら、こうすればお掃除中でもほこりを被らないんです」
そう言って背中のフードを被る。
「最近流行の掃除着で、”割烹着”っていうんですよ」
ニコニコ顔の琥珀。その手にはなぜか箒が。
「・・・話が進まんので、とりあえず姉さんの格好云々は無視する方向で」
「がーーーん。・・・くすん。翡翠ちゃん冷たい。お姉ちゃんさみしい」
机にのの字を書く琥珀。
「・・・おほん!荊州ですが、州の牧である劉表どのは重い病にかかっており、明日をも知れぬ身とのこと。なので」
「後継問題でもめてるの。長子の琦君を推す譜代派と、次子の宗を推す新参派にね」
翡翠に続くのは輝里である。
「つまり、どっちもよそに兵を出せる状況じゃあないってことか」
一刀が腕組みをして言う。
「・・・愛紗ちゃん、鈴々ちゃん。すぐに動かせる兵隊さんはどの位?」
桃香が愛紗と鈴々の二人に問う。
「騎兵が一万。歩兵が五千に、義兄上の発案で組織した例の隊が五千」
「鈴々が訓練していた”超・鈴々隊”ももう使えるのだ」
「こら鈴々!またそんな勝手な名前をつけて!!」
「でもおにいちゃんが良いって言ったのだ」
「本当ですか?」
鈴々の台詞を聞いて、一刀に尋ねる愛紗。
「うん。部隊名に関しては任せてあるよ。愛紗も例の隊、好きに命名して良いから」
「はあ・・・」
「・・・ほんと、すぐに話が脱線しますね。華雄どの、豫州の賊軍の戦力は?」
愛紗と鈴々のやり取りにあきれながら、華雄に話を振る柊。
「細かい数字は不明だが、少なく見ても五万。ただ、州全体に活動が広がっていることから、もう少し多めに見たほうが良いかも知れん」
そう答える華雄。
「華雄がつれてきた五千を入れて、こっちは合計三万か。・・・協力してくれるということで良いんだよね?」
「ああ。陛下からとは別に、月さまから劉しょ、あ、いや、一刀に協力するよう言われてる。好きに使ってくれていい」
「月が。・・・そっか」
「まあ、詠はあまりいい顔をしていなかったがな」
肩をすくめる華雄。
「詠ちゃんらしいね」
「さて、それじゃあ、三日後に豫州に向けて出陣する。留守は柊さん、琥珀さん、翡翠に任せます」
「「「御意」」」
「まずは汝南へ向かい、拠点を設けるとする。その後、州内に斥候を放ち、相手の情報を調べることにします」
一刀が次々に指示を出す。
「先鋒は鈴々と愛紗。輝里は俺と一緒に本陣を。華雄は自身の兵を率いて、遊軍としていつでも動けるように待機」
「「「「応(なのだ)!」」」」
席を立ち、次々と部屋を出て行く一同。
「柊さん」
ふと、柊を呼び止める一刀。
「はい。なんでしょうか」
ちょいちょい。
手招きする一刀。柊が一刀の傍による。
「あとで俺の部屋に来てくれる?頼みがあるんだ」
「・・・一刀さまのお部屋に、ですか?」
「うん。・・・それじゃ、後で」
柊にそれだけ言って、一刀も部屋を出る。
「お部屋に・・・?・・・!!まさか!!ついに私にお声がかりが?!ど、どうしましょう!?二人きりになったところで、あんなことやこんなことを・・・!!」
一人、妄想に身悶える柊。
「そんなわけあるかーーーーーーーー!!!!!」
ばっしーーーーーん!!
「はうあ!!」
後方からハリセンで突っ込む、五月であった。
「てか、五月さま、いたんですね」
「ずっと居たわい!!」
誰かさんのように、存在感の薄い五月であった。
同じころ、洛陽にて。
「月、詠。おるか」
「杏さま。どうされました?」
部屋に入ってきた女性、漢の大将軍である馬騰に問う月。
「悪い知らせだ。涼州に匈奴が進攻してきたそうだ」
「匈奴が?!」
五胡と呼ばれる異民族の一つ、匈奴が国境を越えて西涼に進入してきたと、馬騰の下に急使が訪れた。その数は二十万。
「長安のあざみは既に五万の兵で出陣したそうだ。私もこれから二万を率いて西涼に向かう。翠と蒲公英は残していくから、好きに使ってくれ」
「わかりました。杏さま、御武運を」
杏―馬騰に拱手する月と詠。
「二人も十分に気をつけるようにな。なにやら不穏な動きをしている者も居る。用心するに越したことはない」
「わかってます。月も陛下も、協殿下も、僕たちが守って見せます」
そう胸を張って言う詠であった。
同じころ。洛陽近郊のとある場所。
「そうか。仕込みはうまくいって居るか」
「はい。兗州・荊州に続き、近いうちに冀州でも事が始まりましょう」
元は煌びやかであったろう、絹の衣をまとった老人に、男が答える。
「涼州にも嵐が襲いかかっておるころじゃ。機は熟しつつある」
「洛陽の戦力が各地に散ったときこそ、貴方様が元の地位に返り咲く、その時」
「そうじゃ。このわしがこの様な所に隠れ続けるなど、けしてあってはならぬことなのだ!!」
こぶしを握り締め、歯噛みする老人。
「そのとおりです。貴方様こそ、大陸を統べるにふさわしきお方。天は必ずやお味方しましょう」
「かっかっか!!よいぞ!実によい!!期待しておるぞ、仲達よ!!」
「おまかせを。・・・張譲様」
頭を下げ、拱手する、仲達と呼ばれた男。
その顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた・・・・。
Tweet |
|
|
123
|
9
|
追加するフォルダを選択
刀香譚、十六話です。
ここより新章の開幕です。
徐州の一刀たちの下を朝廷の使者が訪れる。
続きを表示