No.155337

外史演義 その4

めんま…………たべりゅ?

2010-07-04 22:45:52 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:7732   閲覧ユーザー数:6097

 

 

街から少し離れたところに田園の奥に劉備の家は存在していた。

何の変哲もないただの家だが、すぐ裏手に巨大な桑の木がそびえ立っているのが特徴だった。劉備の家、と聞けば桑の木の家か、と言われるほどこの巨木は有名だった。

 

 

 

その桑の木を下を通っての裏の方へしばらく歩くと、それまでの殺風景なものと違って一面を覆い尽くすほどの無数の桃の花が咲き誇っていた。それは見る者に思わず感嘆の声をあげさせるほど華美で雅なものだった。

 

 

 

その咲き誇る桃園の中に三人の少女がいた。

 

 

 

姓は劉、名は備、字は玄徳。

姓は関、名は羽、字は雲長。

姓は張、名は飛、字は翼徳。

 

 

三人は劉備の母の用意した小さな祭壇の前に立ち、それぞれの手には酒で満たされた盃が握られていた。

 

 

 

「我ら三人っ!」

「性は違えども、姉妹の契りを結びしからは!」

「心を同じくして助けあい、みんなで力無き人々を救うのだ!」

「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも!」

「願わくば、同年、同月、同日に死せんことを!」

『乾杯!』

 

 

劉備を長女、関羽を次女、そして張飛を末妹とする義姉妹。初め、劉備は自分には一番上などは無理だと断ったのだが、結局関羽のゴリ押しによってしぶしぶといった感じ引き受けてしまったのだ。

 

 

関羽からすれば自分の主になる人物が義理とはいえ自分の妹になるなどは考えられなかったのである。

一方張飛などは、新しく姉が増えることを喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

あのあと劉備の母が作った料理に舌鼓を打った三人。

張飛は満腹になると、酒も回ったのか幸せそうに眠りこけてしまった。

 

 

「どうされたのですか? ため息など吐かれて?」

 

劉備の隣に座った関羽が、張飛の頭を優しく撫でながら尋ねる。

 

「えっ、私ため息なんか吐いてた?」

 

自覚がなかったのか少し慌てながら関羽に聞き返す。

関羽はクスッと笑いながら短く返事をする。

 

「んー、こうやってね、結盟を結ぶといよいよ戦いが始まるんだーって思うとなんだか少しに不安になっちゃったみたい……」

 

桃園に来る前に母から渡された宝剣『靖王伝家』を見ながら呟いた。

剣とは人を殺すものである。

分かっていたことだが、いざ剣を握ってみると自分には人を斬ることは出来そうもないと思ってしまったのである。

だが自分がこれからやろうとしていることは、平和のため、と言えば聞こえはいいが、実際には何人もの人々を殺すということ。敵味方関係なしに。

 

「私が戦場に出ても何の役にも立たないし、邪魔になるだけっていうのは分かってる。でも直接手を下さないってだけでたくさんの人を殺しちゃうんだよね……」

 

その時、自分の心は耐えられるのか考えるとどうしようもない不安に襲われるという。

 

 

――――ああ、この人はどこまでも優しいお方だ。

 

 

関羽はこの時、心からこの劉玄徳という人物に仕えることが出来て幸せだと感じていた。

 

 

ほとんどの者は、人を殺すことに最初は罪悪感を覚えるが、それを積み重ねると割り切って考えるようになる。しかし劉備はそんな考えなど出来ずに一生その罪悪感を背負って行くだろうと関羽は考えた。

 

「きっと、これから私や鈴々はたくさんの人を殺すことになります」

「……うん」

「あなたはその優しさが仇となり、悲しみに耐えきれなくなるかもしれません」

「………………」

「ですが、我々はその優しさに救われます」

「えっ?」

 

いくら一騎当千の豪傑といえども、その本質は大人にもなっていない少女。

 

「あなたが我々の悲しみや罪悪感を掬いとってくれる事で私たちは救われます」

「……そうなの?」

「はい。代わり、と言っては何ですがあなたが悲しみに耐えきれなくなった時は私に、いえ、私と鈴々にその悲しみを共に背負わせてください」

「い、いいのかな?」

「ふふっ。姉妹の間に遠慮はいりませんよ」

 

 

閊えがとれたかのように劉備は心が軽くなった気がした。

 

「鈴々に任せるのだー!」

「ひゃっ!」

 

いきなり叫び出した張飛に驚く関羽は可愛らしい声をあげた。

張飛をしかりつけようとした関羽だが、肝心の張飛は涎を垂らして寝ていた。

 

「まったく、こいつときたら……」

「ね、寝言だったんだね~。それより愛紗ちゃんって怖がりさんなんだね~」

「なっ!」

 

くすくすと笑う劉備に真っ赤になって反論を始める関羽。

そこには先程までの空気はなかった。

劉備はそんな関羽に何処吹く風といった感じで桃色の隙間から見える雲ひとつない青空を見つめていた。

そして思い浮かべるは一人の青年。

 

「一刀さん、来てくれるかなー?」

「聞いてますか桃香様!?」

「は~い♪」

 

その表情はどこか恋焦がれる少女のようなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

北郷一刀は窮地に瀕していた。

 

目も前には黄色の布を身に付け、剣を構える男が二人。

そして自分の後ろには男たちに怯えた今にも泣き出しそうな少女が二人。

 

(どうしてこんなことになってしまったんだろう……)

 

 

北郷は今に至るまでの過程を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も良い天気だね~。ここまで良い天気だと良い事がありそうな予感がするぞ」

 

 

鼻歌を歌いながら本日の仕入れに出かける北郷。

もう慣れたもので荷車を引く姿が堂に入ていた。

 

 

市はいつものように賑わっており、様々な店が立ち並んでいた。

北郷はいつもの店で食材を買ったあと、時間が少し余ったので店を見て回っていた。

 

 

「こんな時代に仮面なんか売ってるんだな~」

「おや、これはこれはお目が高いお客さんだ」

 

 

北郷が手にしていたのは現代でいうパピヨンマスクのような仮面だった。

 

 

「この仮面を装着した者はどういうわけか正体が分からなくなってしまうという不思議な仮面ですぞ」

「いや、嘘でしょう」

 

 

初老の店主の説明を北郷は即座に否定する。

 

 

「嘘だと思ったら、一度つけてみるがよいぞ」

「……わかった」

 

 

店主のあまりにも真剣な表情に気圧された北郷は言うとおりにすることにした。

そして恐る恐る仮面を装着した。

 

 

「どうですか?」

「おや、お主は誰じゃ? 先程の若者はどこにいったんじゃ?」

「うおい!」

 

 

あまりにもしらじらしい店主の反応に北郷は鋭くツッコミを入れた。

そしてバカバカしいと仮面をはずした。

 

 

「おお! いきなり消えていきなり現れるから驚いたぞ」

「嘘でしょっ!? それ絶対嘘だよね!?」

 

 

店をあとにした北郷。

その手には仮面が握られていた。

最後まで付き合ってくれたお礼だとかでいただいたパピヨンマスク。

 

 

「まあ、サービスだったんだからいいか。今度張飛ちゃんにでもあげよう」

 

 

そう言いながら、赤毛の少女たちのことを思い出す北郷。

あの日保留にした返事をするのは明日に迫っていたが、北郷の心はまだ決まっていなかった。

 

 

「俺に出来ることなんてあるのかな?」

 

 

北郷が一番考えていたことである。

なんの取り柄もない自分が居ても邪魔になるだけではないか?

なら最初から居ない方がいいのではないか?

そんな考えが数日間頭の中を反芻していた。

 

 

とりあえず今晩ゆっくり考えようと、店に戻ろうとした矢先だった。

 

 

「おらぁお嬢ちゃんたち、人にぶつかっといて謝らねえ気かい?」

「アニキの靴が汚れちまったはねえか!」

「ちゃんと謝らないといけないんだな」

 

 

ガラの悪そうな男たちが二人の少女に絡んでいた。

 

 

 

 

 

「そ、そっちがぶつかってきたんじゃないですかー!」

「しゅ、朱里ちゃ~ん」

 

 

クリーム色の髪を肩で切りそろえた少女はもう一人の少女を庇うように言い返す。

もう一人の薄紫の髪を二つに分けている少女はすでに涙目で怯えていた。

 

 

「これは、まさにありがちな展開だ……」

 

 

その光景をみて北郷は男なら誰もが一度は憧れるシーンだと感動する。

しかしすぐにその幻想は打ち砕かれる。

 

 

(三人とも真剣持ってるし、俺武器持ってないじゃん!)

 

 

現代の日本ならまずありえない展開だった。

 

 

「なんだとぉ!?」

「アニキは優しいから早く謝った方がみのためだぜ!」

「そうなんだな」

 

 

そうこうしているうちに雲行きが怪しくなってきたようだ。

周りにいる人たちは二人を助けたいとは思っているが、後の報復を恐れて動こうとはしない。

となるとこの場彼女たちを助けることが出来るのは北郷だけだった。

本人もそうするつもりなのかどうやって助けるか模索していた。

 

 

そして何かを考えついたのか荷車を曲がり角に隠す。

 

 

「あとはなるようになれ!」

 

 

北郷は頬を叩いて気合いを入れると、武器代わりにそこらに立てかけてあった農具を手に取り走り出した。

 

 

 

 

「ちょっとついて来てもらおうかお嬢ちゃんたち」

「む、無理でしゅ!」

「あぅ~」

 

 

男たちが少女たちを連れて行こうとした時、北郷は男たちの後ろに回り込んでいた。

 

 

(まずは、あのでかい男からだ。…………差し足、抜き足、忍び足。……………………今だっ!)

 

 

北郷は大男――デクに向かって農具を突き出した。

 

 

「……はぐぁ!?」

 

 

農具の柄はデクの尻に深く突き刺さり、デクは悶絶しながら倒れた。

 

 

そして北郷は素早く女の子たちの前に出た。

 

 

 

 

 

 

 

こうして現在のような状況に至ったのである。

 

 

「デク! くそっ、てめえ何者だ!」

「と、通りすがりだ!」

 

 

なんともしまらない登場シーンだった。

 

 

 

 

 

 

 

北郷は焦っていた。

デブを倒すまでは予定通り。

しかし、武器である農具が思いのほか深く突き刺さってしまい抜けなくなってしまったのである。

すなわち今の北郷は丸腰だった。

 

 

「ア、 アニキどうしやすか?」

「ビビるんじゃねえ! 見たところこいつは一人で武器もねえ! デクの仇をとってぶち殺してやるぞ!」

「へい!」

 

 

ちなみにデクは農具が突き刺さったまま苦しんでいた。

 

 

「見逃してくれたりは~」

「するわけねえだろ!」

「で、ですよね~」

 

 

今にも逃げ出したい北郷だが、後ろの女の子たちを思うとそんな考えは霧散する。

 

 

そんな北郷たちに味方が現れる。

 

 

「あの世で後悔しなっっ!?」

「チビ!?」

 

 

いきなりチビが後ろから何者かに襲われたのである。

そして男たち二人は、後ろを振り返る。

 

 

「今だ!」

「はわ!?」

「あぅ~!?」

 

 

北郷はその隙に二人の手を引いて走り出した。

 

 

「くそっ、追いかけるぞ!」

「へ、へい!」

 

 

ちなみにチビを襲ったのはデクに突き刺さった農具だった。

悶絶するデクが横に倒れた時にチビを襲ったのである。

あまりダメージは食らわなかったものの、逃げ出すには十分すぎる隙だった。

 

 

逃げる北郷たちと、追いかける男たちの距離はどんどん詰まって来た。

それもそのはず、少女二人を引きずるように走る北郷たちのスピードは遅い。

追いつかれるのも時間の問題だった。

 

 

「アニキ、あいつらそこの角を曲がりやしたぜ!」

「おう、あの先は行き止まりだ!」

 

 

男たちは北郷たちを追い詰めたと思い、角を曲がった。

 

 

 

 

 

「追い詰めた…………ってお前誰だ!?」

「へ、変な仮面をつけやがって!」

 

 

二人が目にしたのは、そこにいるはずの北郷たちではなく蝶を模った仮面をつけた男が荷車を引いている光景だった。

 

 

「何か私に用かね?」

「こ、こっちに三人組が来なかったか?」

「男一人に女二人だ」

 

 

二人はその男に少し怯えながら尋ねた。

仮面の男は静かに答える。

 

 

「いや、見ていないが」

「そ、そうか。すまねえな。……行くぞチビ!」

「へ、へい!」

 

 

男たちは北郷たちがいないと分かると他を探しに行ってしまった。

というより、これ以上この仮面の男に関わりたくなかったのが本音だった。

 

 

 

男たちがいなくなった事を十分確認してから、仮面の男はその仮面を外した。

その男はなんと北郷だった!

 

「いや~、本当にばれなかったよ。あの店主に感謝しなきゃだな」

 

北郷は荷車を覆っていた布をはがした。

そこには先程の二人の少女が隠れていた。

 

「大丈夫だった二人とも?」

 

二人を荷車から降ろしてあげ、声をかける。

そこで北郷は初めて二人の姿をまじまじと見る。

 

(これはまたとんでもない美少女だな……)

 

「はわわ! あ、ありがとございましゅた!」

「あわわ! ご、ございましゅ~!」

 

 

――――何だこの可愛い生物は?

 

北郷は全身で萌を感じていた。

 

「う、うん。無事でよかったよ」

 

 

 

 

 

 

「あら、また女の子を連れて帰って来たのかい?」

 

 

あの場にいては男たちに見つからないとも言い切れないので、とりあえず北郷は二人を荷台に隠して、仮面を装着して帰って来た。

そして女将からの第一声。

 

 

「その言い方だと誤解されるからね!?」

 

 

時すでに遅し。

二人の少女はお互いを抱きしめてガタガタ震えていた。

 

 

「違うからね! そんなつもりで連れて来たんじゃないからね!?」

 

 

それでも警戒する二人だったが女将の説得により何とか信じてもらえた北郷だった。

北郷が女将に事情を説明すると、女将は落ち着くまでここに居ていいと言い、厨房に戻っていった。

 

 

三人は店内の席に着いた。

 

 

「ってなわけだから寛いでいってよ。俺は北郷一刀。よろしくね」

「あ、ありがとうございましゅ! はぅ~」

「あわわ、朱里ちゃん落ち着いて~」

 

 

微笑ましいやりとりで北郷はこの世界で欠乏していた萌を充電していた。

 

 

「わ、私は姓は諸葛、名は亮、字は孔明でしゅ!」

「せ、姓は鳳、名は統、字は士元でし!」

「ふむふむ。孔明ちゃんに士元ちゃんだね……」

 

 

ふむふむと頷く北郷は違和感に気付く。

そして立ち上がった。

 

 

「おのれらのどこが諸葛亮に鳳統じゃいっ!」

「はわー!」

「あわー!」

 

 

いきなり叫び出した北郷に二人は身を寄せ合う。

すでに涙目になっていた。

それを見た北郷は急に冷静になり椅子に座った。

 

 

「いや~ごめんごめん。つい持病の発作が出てしまったようだ」

「じ、持病ですか!?」

「持病です」

「はぅ~」

 

 

なんとか言い訳に成功した北郷だった。

 

 

話を聞くと、二人は荊州の司馬徽こと水鏡先生が教えている女学院の生徒で、今の混沌とした大陸の有り様に耐えかねて、この大陸を平和に導く英雄を探し求める旅に出たという。しかし、なかなか英雄足る人物に出会えずこの幽州までやってきたという。

 

(三顧の礼どころか、一顧もしてねえぇ!? むしろ向こうから来た!?)

 

 

似ているようで似ていない世界ということを実感する北郷だった。

 

 

「そうだ! 君たちが仕えるに値する人物に会ってみない?」

「この村にそんな人がいるんですか?」

 

 

聞く者によってはその発言が上からに感じるかもしれないが、この二人にはそれだけの自信があるのである。またそれを理解している北郷も何も言わない。

 

 

「少なくとも俺は凄い人物だと思ってるよ」

 

 

北郷は自信たっぷりに答える。

歴史を知っているということもあるが、実際にその人物に会って、その人柄に触れた上での発言だった。

 

 

「どうしよう雛里ちゃん?」

「えっと、会ってみよう朱里ちゃん」

「そうだね。会ってみないと分からないよね!」

「うん!」

 

 

二人の相談に口を挟まず見守る北郷。

やがて相談が終わり、二人は北郷を見つめる。

なんとなく気恥ずかしくなった北郷だった。

 

 

「えっと、お願いします!」

「お願いします~」

「うん。それじゃあ明日紹介するね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして落ち着いた二人を宿まで送った北郷。

二人は恐らくこのまま劉備に仕えるだろう。

その時、自分はどうなっているのか想像もつかなかった。

 

 

「俺は…………どうするんだろうなー」

 

 

決断の時は近い。

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
64
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択