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真・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 第二章 彼願蒼奏 第一話

茶々さん

第二章、開幕です。

2010-07-01 12:30:00 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:1997   閲覧ユーザー数:1732

真・恋姫✝無双 ~美麗縦横、新説演義~ 第二章 彼願蒼奏

 

第一話 交わらぬ言葉

 

 

雛里の様子がおかしい。

 

 

彼女の親友であり、同輩の軍師である朱里がそんな疑問を抱いたのは、丁度二十日ばかり前の出兵の折からだった。

 

どうおかしいのかと問われれば口を噤んでしまうが、しかし何か腑に落ちない所が彼女の胸中にはあった。

 

 

おかしいといえばもう一つ。

司馬懿が魏軍を出奔したという噂である。

 

もしやと思い魏の首都である許昌や彼の任地である洛陽、長安。更に彼の故郷である河内の方面にも密偵を派遣したが、どうやら真実だったようで各所でその話が囁かれていた。

 

 

対西方戦線の都督にまで上り詰めながら、何故突然官を辞したのか。

その真意は定かではないが、何にしても蜀にとっては好都合と言えた。

 

何しろ此処のところは荊州方面での緊張が高まっており、この上で更に漢中方面からも圧力を掛けられようものなら苦戦は必至だったからだ。

西涼の馬氏とは友好関係にこそあるが、戦力比で云えば正直足止めが精いっぱいという程度でしかない。

 

 

この機に漢中を奪取すべし、という積極論もあるが、流石に荊州方面の兵を割く程情勢は予断を許していない為、現状は戦力の増強に留められた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…………」

 

 

この数日の間に、急に降って沸いた様に量が増えた書類の処理に追われ、朱里は疲れ切った吐息を洩らした。

 

同輩の軍師である雛里や、此処益州で元から軍師職に就いていた楓の元にも無論多くの書類が回されているのだが、それでも一国の筆頭軍師ともなるとその量は桁外れに多い。

 

 

特に、自身の主である桃香が立てた『蜀』という国は、大まかに言ってしまえば寄せ集めなのだ。

 

彼女が旗揚げした幽州。

その後一時の安息を得た徐州や荊州。

そして此処益州。

 

それらの諸国から、彼女の人望に惹かれ集まった人々の『和』によってこの国は成り立っている。

それが桃香の理想の――今はまだ小さくも――確かな形であり、いずれはこの大陸全土にその理想を敷く。

 

 

そんな彼女の理想に朱里も惹かれ、そしてその幕下に馳せ参じた。

 

 

 

 

 

(―――仲達、くん)

 

ギュッと、朱里は胸の前で拳を覆うように手を重ねる。

先の報告を受けて以来、まるで嘗ての日々の様に彼女の脳裏には彼の姿が過っていた。

 

 

朱里は覚えている。

彼の紡いだ言の葉を。

 

朱里は覚えている。

彼と過ごした日々を。

 

 

朱里は覚えていた。

忘れようもない、忘れたくない、忘れてしまいたい日々の思いを。

 

その記憶を。

 

            

 

―――コンコン

 

 

控えめに戸を叩く音が、部屋の中に響く。

最初に二回。次に三回。

 

刹那、朱里の中で何かが蘇った。

 

 

 

 

『―――合図、ですか?』

『うん。最初に戸を二回、次に三回。続けて叩くんだ』

 

 

 

 

 

「二人だけの、秘密……」

 

 

もう聞く事はないと思っていた。

もう二度と、聞けないと思っていたその音に、朱里の足は自然と戸の方へ向いた。

 

 

「まさか……!?」

 

 

早足に進み、慌てて戸を開ける。

 

 

「――――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲達様」

 

 

窓の光も遮り、漆黒の降りた部屋の中で、青藍は一人呟く。

 

 

「仲達様」

 

 

愛しき主の名を。

 

 

「仲達様」

 

 

焦れる人の名を。

 

 

 

 

 

青藍――鄧艾――は元々、七人兄妹の末っ子だった。

生活が困窮する農民にそれだけの数の子を養う力はなく、結果として彼女を含む三人の子供が捨てられた。

 

 

上二人は間もなく消息を絶ち、青藍は一人で洛陽にふらりと現れた。

その折、たまたま市街を我が物顔で進んでいた宦官・張譲の目にとまり――彼は去勢して既に男根は残っていなかったにも関わらず――彼に傍仕えする事となった。

 

 

石の中に紛れた玉、といった風に彼女の肌は磨けば艶やかに光り、整えれば宮殿の美姫に勝るとも劣らない女性となる。

張譲の関心を買った彼女は彼に可愛がられ、閨にこそ赴かなかったもののその寵愛ぶりは常軌を逸する程だった。

 

 

そんな折、宮中で何進と十常侍の対立が激化。結果として何進は謀殺されるものの、次いで現れた袁紹らによって十常侍も多くが殺された。

張譲は辛うじて未だ幼かった皇帝と、後に献帝となる陳留王を連れて逃走。その途中で上洛の途にあった董卓軍の庇護を受けて再び洛陽に戻るも、董卓の軍師・賈駆によって隠居を余儀なくされる。

 

 

やがて反董卓連合の機運が高まると、張譲は再び返り咲こうとして暗躍する。

 

賈駆に並ぶ軍師・李儒の行動を調べ上げ、彼の目につく様にして捨て子を装いその屋敷に潜り込んだ。

 

 

彼の行った不正・着服の証拠を根こそぎ暴け、とだけ命ぜられた青藍には、張譲がその後どうやって返り咲こうとしていたかは理解出来ない。

 

だが、それらの策を実行しようとしていた正にその時―――

 

 

 

『―――ほう?下衆揃いの宦官にも、少しは使えそうな犬がいたのだな』

 

 

月の様な銀色の髪を靡かせた彼と、出会った。

 

          

 

「会いたかった……!会いたかったよ、朱里……!!」

 

 

その腕の中で、幼くも愛おしい少女の存在を、温もりを確かめる様に司馬懿は朱里を抱きしめる。

きつく、きつく自身を抱きしめる彼に、しかし朱里は驚愕と喜びが織り交ざった笑みを湛えて抱きしめ返す。

 

 

「……覚えてて、くれたんですね?」

「忘れるわけないだろ!」

 

 

怒鳴る様な、駄々をこねる様な口調で司馬懿は言う。

 

 

「二人だけの秘密だって、言ったのは僕なんだから……」

 

 

朱里の首筋に顔を埋める様にしながら、司馬懿は呟いた。

その姿がどうしようもなく懐かしく、どうしようもなく愛おしく思えて、朱里は彼を抱きしめる腕に力を込める。

 

ああ、やはり自分は彼の事を想っているのだと、朱里は再び自覚した。

 

 

未だに。

あんな事が、あったのに―――

 

 

 

 

 

 

 

「………………ねぇ、朱里」

 

どれくらいの間、そうして抱き合っていただろう。

永遠とも思える様な静寂の中、静かに司馬懿は呟く。

 

 

「何ですか?仲達くん」

「答えて欲しい事があるんだ」

 

 

スッと、司馬懿は朱里と真正面から見つめ合う。

 

そこに至って、漸く朱里は彼が落涙している事に気付いた。

そしてその涙は、決して嬉し涙などではないという事にも。

 

 

「―――朱里は、理想の為だけに誰かを殺したりしないよね?」

 

 

まるで無邪気な童が問う様に。

 

今にも崩れ落ちてしまいそうな笑みを、しかし必死に浮かべながら司馬懿は問うた。

 

 

「……どういう、事ですか?」

「答えてよ朱里。違うって、そう言ってよ。ね?朱里はそんな事しないって、朱里の口からそう言って―――」

「だから、どういう事なんですか!?」

 

 

司馬懿の肩を掴んで、朱里は驚いた様な声音と共に叫ぶ。

 

だが、司馬懿の反応は彼女の予想したそれとは違った。

 

 

 

 

 

「……フフ、やっぱり」

 

 

司馬懿は、笑った。

朱里の知らない笑みを満面に湛えて、司馬懿はただ笑った。

 

 

「仲達、くん……?」

「やっぱりだ。朱里はそんなことしないって、僕は信じてたよ?今の朱里の反応だけで、充分だよ」

 

 

一見すれば無垢にも見えるそれは、しかし底冷えする様なおぞましさを覚える怜悧なものだった。

 

そして唐突に彼は紡ぐ。

 

 

「―――ねぇ朱里?僕と一緒に、ここから逃げよう?」

 

            

 

「え?」

「こんなところにいたら、朱里はぼろ雑巾の様に扱き使われて、その内捨てられちゃうよ?君を出し抜いて、君の主君に近づく様な輩が直ぐ近くにいるこんな所に、これ以上君が居る必要なんてないよ。だから……ね?」

 

 

懇願する様な瞳を朱里に向け、司馬懿はただただ呟く。

 

 

「一緒に逃げよう?誰も来ない、二人だけの場所に。戦も争いも、何もない場所に逃げよう?他に誰もいらない、僕と君だけの場所に……ね?朱里」

「どう、したんですか……?仲達くん」

「こんな所にいたら朱里は穢される。使い捨てられて、虐げられて、殺される。そんな事させない、絶対にさせない」

「仲達くん!」

「大丈夫」

 

 

スッと、司馬懿は朱里の背に両腕を回して、そのまま――まるでそれが当然であるかの様に自然に――抱きしめようとする。

 

 

「僕が、守るから」

「―――ッ!!」

 

 

『大丈夫』

 

『―――僕が、守るから』

 

 

気がついた時、朱里はその細い両腕で彼の胸を押していた。

 

 

「しゅ、り……?」

「…………って、下さい」

 

数歩退いて、朱里は震える身体を抱きしめる様にして、吐き捨てた。

 

 

「―――出てって、下さい……!」

 

 

明瞭な拒絶を。

厳然たる決別を。

 

 

「……どうし、て?」

「―――出てって!!」

 

 

歩み寄ろうとする彼に、朱里はもう一度叫んだ。

 

 

「私は……今の私は、蜀の!桃香様の軍師です!!先生から学んだこの知識で、研鑽で!桃香様の理想を!願いを叶えたいんです!!」

「違う……」

「違う?何が違うって言うんですか!?これは私の願いです!!望みです!!私が望んだ理想は、桃香様の願いでもあるんです!!だから―――」

「違う!!」

 

 

司馬懿は叫ぶ。

 

 

「朱里の願いは!あんな机上の空論の為に摩耗されていいものじゃない!!あんな妄想だけの小娘に翻弄されていいものじゃない!!」

「何を根拠にそんな事を云うんですか!?見捨てたくせに―――あの日、私を見捨てた貴方が!!何を知った風にそんな事を云うんですか!?」

「違う!!違う違う違う!!!」

「違いません!!」

 

 

怒声をぶつけ合い、まき散らす様に両者は叫び続ける。

 

 

「私の願いは!全ての人に笑顔を齎す天下を築く事です!!その願いを妨げているのは―――否定したのは、貴方なんですよ!?」

「嘘だ!!そんなの嘘に決まってる!!」

 

 

駄々を捏ねる餓鬼の如く、司馬懿は怒鳴り散らした。

 

 

「だったら何で?どうして君の預かり知らない所で!一刀は殺されかけなければならないんだ!?」

「―――ッ!?」

 

 

続く司馬懿の言葉に、朱里は息を呑んだ。

 

         

 

「全ての人に笑顔を齎すと言いながら!あの女は幾千、幾万もの兵を捨て駒にしている!!自分の理想の為だけに、あいつは立ちはだかる人間全てを不幸にしている!!」

 

 

絶叫ともとれる様な叫びをあげて、司馬懿は叫ぶ。

 

 

「あんな奴が天下を得れば!!外敵はこの大陸を軽んじて攻めよせる!!そうすれば、また幾万もの血が大地に流れるんだよ!?」

「それは―――それは、曹魏だって同じじゃないですか!!」

「暗殺なんて下策を取る様な君主と、気高くあらんとするあの人を同一視するな!!」

 

 

司馬懿の握りこぶしからは、血が滴っていた。

床に幾筋もの痕を残しながら、しかし司馬懿は気にも留めず叫び続ける。

 

 

「全ての人に笑顔を齎すなんて無理なんだ!!そんな夢物語、叶う訳がない!!」

「叶えてみせます!!私が、愛紗さんや鈴々ちゃんや雛里ちゃんや星さんや―――みんなで、必ず叶えてみせます!!」

「目を覚ましてよ朱里!!この天下は、万民は!君の様に優しくはないんだ!!」

 

 

大粒の涙を零しながら、それでも二人は叫ぶ事を止めない。

 

止める事が、出来なかった。

 

 

「君の理想が全ての人に理解される事はない!!その証拠に、君の知らない所で!筆頭軍師の君さえ知らぬ所で!一刀は―――僕の友は殺されかけた!!」

「それこそ間違いです!!桃香様がそんな策を取る筈ないじゃないですか!!」

「いい加減妄信するのは止めてよ!!ぬるま湯に浸かって、真実を見失わないで!まだその目はくもったままなの!?」

 

 

平行線を辿る二人の言葉に、交錯という終着点が訪れる事はない。

そんな事は、決別の夜に既に知っていた。

 

 

だというのに。

それでも、二人は叫ばずにはいられない。

 

怖いのだ。お互いに。

このまま止めてしまえば、もう二度と戻れないのではないかと。

永遠にこのままになってしまうのではないかと。

 

 

「お願いだよ……!僕と一緒に逃げよう!!ここにいたら、何時か必ず君は不幸になる!!だから!!」

「嫌……!出てって、出てって下さい!!」

「朱里!!」

「出てって下さい!!!」

 

 

伸ばされた手を、朱里は渾身の力で弾いた。

 

 

「私の居場所は……願いは!此処なんです!!そしてその先は、桃香様の理想と共にあるんです!!」

「あ……あ、ぁ……!」

 

 

虚ろな、漏れ出た様な声を出す司馬懿。

だが朱里のその目に、大粒の涙を零すその瞳に、もう迷いはなかった。

 

 

「―――出てって!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから間もなく、漸く部屋の中の騒ぎが尋常でない事を悟った衛士が部屋に入った時―――

 

 

「う……ぅ、う……」

 

 

泣きじゃくる朱里の姿と、いくつもの書物が散乱した床。

そして開け放たれた窓から吹く冷たい風が、部屋の中にあった。

 

            

 

夜闇の中を駆ける。

ただひたすらに駆け抜ける。

 

 

何処へ?

どうして?

 

 

―――全部、どうだって良かった。

 

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

 

途切れ途切れになる息も。

刺す様に痛い胸も。

 

全てがどうでもよく、どうとでもなってしまえばよかった。

 

 

分からない。

分からない。

 

 

どうして魏を抜けたのか。

どうして朱里に会いにいったのか。

 

どうして―――泣いているのか。

 

 

 

 

 

(朱里―――しゅり!!)

 

 

傷つけたのは僕。

捨てたのは僕。

 

全ての非は僕に、この身にある。

 

 

だというのに、それなのに僕はまた彼女に会いに行った。

 

 

詫びて許しを請う訳でもなく。

何故「一緒に逃げよう」なんて言ったのか?

 

答えが出ない。

疎ましい程に痛い胸に、息が詰まりそうになる。

 

 

逃げる?

何処へ?

 

―――それさえも知らず、分からず。

 

 

ただただ、僕は叫んだ。

感情のままに、本能のままに叫び続けた。

 

全てを拒絶され、全てを否定され。

 

永遠に交わる事のない僕たちの言葉がぶつかり合い、そうしてやはり交わる事はなかった。

 

 

だから泣いているのだろうか?

 

 

―――その答えは、恐らく否。

 

 

 

だったら、どうして?

どうして一緒に逃げようなんて、そんな事を言った?

 

 

 

 

 

――――――そこで、一つの結論に至る。

 

一緒に『逃げたかった』のではなく、『一緒に』逃げたかったのではないか?

 

そう。

『一緒に』、いたかったのではないのか?

 

        

 

痛い。

苦しい。

 

 

刺し、穿つ様な痛みを覚えながら、漸く僕は結論を出す。

 

 

―――この痛みは、彼女の泣き顔を見たから覚えたのではないのか?

―――この苦しみは、彼女に拒絶されたから覚えたのではないのか?

 

 

何故?

 

その答えは実に単純だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は―――司馬懿仲達は、朱里の事が好きなのだ。

 

 

「ッ!?ぐっ……ぅあ……あっ!!」

 

 

だとしたら。

そうなのだとしたら――――――どれ程に僕は愚かなのだろうか。

 

 

「ぁ……朱里……!しゅ、りぃ……!!」

 

 

彼女を否定して。

彼女を拒絶して。

 

その因果は巡り、僕に返ってきて。

 

 

「あ……あぁ!!」

 

 

嗤える。

 

余りにも愚か。

余りにも無知。

 

何が私塾始まって以来の才児だ。

何が今張良だ。

 

 

己が心一つ気づけずして、何が……何が!!

 

 

「――――――あああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

                

 

後記

混迷のまま、第二幕の開演となりました。

二期はぶっちぎりのダーク&シリアス中心で行こうと思っています。

 

今までの一期(蒼華繚乱の章)は私的には「序章」的扱いにありました。

過日アンケートを取ったのも、実はこの展開ともう一つの展開どちらにすべきかをマジで悩んだ末に、藁にも縋る思いで意見を求めたのが理由です。

 

ただそれだと自分は納得できないんだな、という事を作品を書いている途中で漸く自覚しアンケートを凍結しgoing my wayな選択肢をとりました。

反省はします。後悔はしません。

 

これ(彼願蒼奏)の後、もう一つ区切りをつけて第三部があり、この作品は完結という形を迎えます。大筋の展開は既に決まっており、後は着々と書きあげていくだけとなっております。

 

まだ先は若干長いですが、皆様どうぞ最後までお付き合いの程宜しくお願い致します。

 

 

 

蛇足ですが、第二章・彼願蒼奏の主題歌を載せておきます。

OP 【get the regret over】

ED 【jihad】


 
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