新・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 蒼華綾乱の章
*一刀君は登場しますが、メインは基本的にオリキャラです。
*口調や言い回しなどが若干(?)変です(茶々がヘボなのが原因です)。
第十五話 天の落日
鼓膜を打つ、少女の叫び。
急速に熱を失う、自らの身体。
酷く揺らぐ視界の端で、不意に何かが滴る感覚を覚える。
「……あ、れ…………?」
それはとても赤く、とても黒く。
ぬるりとした、不快な感触。
鼻の奥を突く鉄臭い異臭を芳せるその液体が、止めどなく溢れ出て来る。
何だろう、これは。
「―――刀、しっか――――!!」
あれ?華琳が泣いてる?
どうしたのさ、そんな顔して。
その涙を拭おうとして、けれども動かない腕を見てギョッとする。
俺の身体から伸びるそれは―――
どす黒く、血色に染まっていた。
「衛生兵ッ!!何をしている!?さっさと動け!!」
猛獣が咆哮せんばかりに怒声を上げる春蘭の脇で、僕は酷く凍てついたままの思考をどうにか働かせる。
一刀が何者かに暗殺されかけた。
その事実は、血みどろの一刀を抱きかかえた華琳様が城門に来た所で漸く僕の耳にも届いた。
哨戒任務に自ら率先して名乗り出た一刀は、つい四半刻程前に浮かべていたあの柔らかな笑みも消え失せる程に変わり果てた姿で視界に映る。
刹那、僕の中で何かが崩れ落ちる音がした。
覇王の面影を保ったまま、それでも堪え切れず涙を流す華琳様。
目の前の現実を受け止められず、感情のままに叫ぶ諸将。
何が起こったのか。
何が起きているのか。
それらをまるで理解出来ないまま、しかし僕の足は、頭は休むことなく働き続ける。
下手人は、魏軍の兵士に擬装した蜀の兵士だった。
即座に捕えられ、今は地下牢に投獄されている。
目の前の現実を何一つ理解出来ないまま―――
「…………今、何と言った?」
更なる衝撃が、僕を襲った。
蜀軍出兵の前夜。
場所は蜀の本拠、成都での事。
「―――よくぞ参られた、鳳統殿」
自身の邸宅に雛里を招いた楓は、見るからに白々しい薄ら笑いを浮かべながら礼をする。
一応、与えられた名目上の官職は上の雛里も、形式上の礼を取る。
「何か、急なお話があると窺ったのですが……」
「ふむ。その前に……如何かな?一献」
懐から小さな杯を取り出し雛里に差し出す楓。
だが雛里は首を横に振る事で拒否を示し、次いで「要件を話せ」といわんばかりの視線を楓に向ける。
楓は喉を鳴らす笑みを零すと、杯を仕舞った。
「何、大した話ではない。
―――魏の御旗を折らんが為の謀を練ろうと思ってな」
突如語られる暗殺計画。
冷たい瞳に映され、雛里は背筋が凍る感覚を覚えた。
「魏の総帥、曹孟徳。その情夫であり天の御遣い、北郷一刀。いずれかを葬れば、遠からず魏は内部で歪が生じ、やがて付け入る隙が出来る」
「で、でも……!」
「無論、暗殺などという下策を玄徳殿がとろう筈もない」
まるで全て知っているかの様な口ぶりで楓は続ける。
「国の安寧を支えているのは現人神としての王の絶対的権力――即ち、自国は元より敵対国家に対しても及ぶ生殺与奪の自由――に他ならない。しかし、時には我ら臣下が王の影となりて、闇の権力を以て国を守る事も必要なのでは?」
冷笑を満面に湛えて、その言葉を紡ぐ。
「いずれは御身の望み通り―――あの男の御印も献上して差し上げよう」
「ッ!?」
「全ては私にお任せを。蜀軍右軍師、鳳士元殿」
ニヤリと笑い、「話はそれだけだ」と囁いて楓は身を翻す。
結局、雛里はその話を桃香は元より、親友である朱里にさえ話さなかった。
それは暗に、暗殺計画の片棒を担がされたのだという事も意味していたが、それ以上に彼女の中で比重を占めたのは『あの男』の首。
即ち、自身の最愛の親友を傷つけた愚者―――司馬懿仲達の首を得る、という事だった。
(仲達くんは、朱里ちゃんを傷つけた……)
決して拭えぬ、過ぎ去りし日の記憶。
傷つき、涙を流し、悲しんだ最愛の友人を。
あの男は、司馬懿は捨て去った。
(許せない……絶対に、許せない)
嘗て抱いた怒りの炎は、楓の投じた火種によって再び彼女の中で燻ぶり始める。
(待っててね、朱里ちゃん。私、頑張るから)
かくて、時の賢者に教えを請うた少女は、自ら望んで戦禍を傍観する。
全ては、ただ一人の。
最愛の友の為に―――
「―――ッ、う……」
混濁する意識の中、一刀は呻く様な声を洩らしながら目を開ける。
寝起きとは違う、不快感を伴った目覚めに顔を顰めながら、一刀はどうにか首を動かし周囲を見回した。
「こ……こは…?」
見慣れない調度品。
薬草特有の匂いが充満した部屋。
城の一角に備え付けられた個室は、平時であれば城主が駐留する場所だが、今回は華琳の厳命によって一刀が運び込まれ、此処で治療が行われていた。
「…………あ、そっ……か」
そこで漸く、一刀は何があったのかを思い出した。
自分は、殺されかけたのだ。
「―――ッ!?一刀!」
瞬間、聞き慣れた声音が響く。
間をおかず視界に現れたのは、今となっては随分と見慣れた少女―――華琳。
「華琳……?」
「安静になさい。今典医を呼ぶから」
言って、華琳は柔らかな表情を浮かべて一刀の髪を梳く。
その顔が心からの安堵を浮かべている事を察した一刀は、少しだけ赤くなった瞳について触れる事を避けた。
ただ、眼前の少女と同じ様に、自分も手を伸ばして彼女の髪を梳いた。
後で話を聞くと、どうやら俺は五日ほど眠りこけていた様だ。
その間に追撃をかけていた霞や菫の部隊は城に戻り、少し休んでから再び任地に戻ったそうだ。
滅茶苦茶に怒鳴り散らす春蘭や射殺す様な眼光を向けてくる桂花以外は、概ねみんなが安堵の吐息を洩らしてくれた事は男冥利に尽きるというものだろう。
―――ただ
「なぁ、華琳。仲達は?」
俺が目覚めてから三日。
お見舞いやら検査やらでドタバタしていたが、その間仲達が顔を見せる事は一度もなかった。
「……そうね。そういえばこの間から姿を見なかったわ」
「おいおい」
「仕方ないでしょ?誰かさんがずっと寝込むから、こっちもドタバタして大変だったんだから」
……正直、それを言われると二の句が継げないのですが。
「ま、まぁそれは置いといて。折角だし、軽い運動も兼ねてちょっと様子を見に行きたいんだけど……」
「駄目よ」
ピシャリと遮られた。
「で、でもですね?典医さんも、少しくらいの運動はした方がいいって……」
「へぇ?それで?」
「で、ですから……」
「フン!治療を受けてる間、典医の胸を見るなりずっと鼻の下を伸ばしてデレデレしてたくせに」
うっ!い、痛いところ突いてくるな。
華琳傍付きの典医というだけあって、その人もやはり女の人だった。
そして流石に華琳が選んだだけあって、腕も良ければ顔も良し。
おまけに身体も……
「一刀?ナニを考えているのか・し・ら・?」
……い、いえ。別に何も考えてはイマセンヨ?
窓から日が差し込む。
久方ぶりの晴れ間は部屋の中を照らし、至る所に散らばった書物に、置物に光を与える。
散乱する書物は、どれもこれも随分前に読破したものばかり。
飽きる程に、暗唱出来る程に読みつくしたそれは、今となっては煩わしい以外の何者でもない。
「……………………」
何故こんなにもかき乱されているのか。
分からない。
分かりたくない。
『魏の帥たる二人の内、どちらかを殺せと命ぜられた』
あの刺客はそう吐いた。
魏が誇る拷問部隊の尋問の前に、嘘を吐く事は死に等しい。
だからこそ、信じたくなかった。
『誰だ?誰に命じられて、こんな事をした!?』
『―――軍師殿、だ』
「……君なのか?朱里」
あり得ない。
そう否定したくて、けれど、確証がない。
あの尋問の前に嘘を吐く事はほぼ不可能。
つまりそれは、あの刺客が吐いた言葉が真実であるという証。
あれの云う処の『軍師』が果たして朱里なのか否かは分からない。
けれど一国の要人を狙った暗殺において、首脳部が絡んでいないという事は皆無に等しい。
ましてやあの刺客は相当の手練だ。隠密の手際といいその手法といい、とても一朝一夕に仕込めるものではない。
つまりは……
「上層部の子飼い……」
ギュッと、自分の身体を抱きしめる様にして小さく蹲る。
怖い。
恐い。
どうか間違いであって欲しいと希って止まないそれは、しかし今まで培ってきた頭脳が紛れもない現実であると、真実であると告げる。
「―――朱里」
今はもう見る事も叶わないあの無垢な笑顔に、もう一度会いたかった。
結局、目が覚めてからずーっと華琳に見張られたお陰で部屋から出る事は叶わず、俺はひたすら床の上でぼんやりと一日を過ごす事になった。
久々過ぎる休暇――といっても外に出たりとか出来ない軟禁状態だったけど――はあっという間に過ぎ、気がつけばもう夜月が空に昇っていた。
「……結局、仲達には会えなかったしなぁ」
あの後、仲達が顔を見せる事はなかった。
ちょっと寂しかったけど、きっと仲達だって忙しいんだし仕方がないよなー、と割り切り、さっさと身体を治して俺の方から会いに行こうと決め、寝ようとしたその時だった。
『―――一刀。起きてるか?』
コンコン、と戸を叩く音が響く。
そうして部屋の中に投げかけられた声音は、酷く掠れていた。
「仲達?どうしたんだよ一体……」
『起きていても寝ていてもいい。そのままで聞いてくれ』
続く仲達の言葉に、俺は扉の方へ向きかけた足を止めた。
『―――済まなかった』
端的な謝罪。
けれどそこには、幾つもの思いが込められている。
そんな声音で、仲達は続ける。
『もし君と出会わなければ、君と友にならなければ、こんな事にはならなかった筈だ』
何を言っているのか、まるで理解出来なかった。
けれどそこに、深い自責の念を帯びた様な口調で仲達は呟く。
『―――有難う。一時でも、僕と友であってくれて』
まるで永遠の別れの様な言葉を最後に、仲達の遠のく足音が響く。
だというのに、それなのに。
俺はまるで金縛りにあったかのように、そこを動く事は出来なかった。
司馬懿仲達、出奔。
その報が届いたのは、彼の最後の言葉を聞いた次の日の朝方の事だった。
「ふむ……魏の帥を穿つ事は叶わなんだか」
漆黒の部屋の中、その声は響く。
「が、牙を抜く事には成功した」
クスリと、艶やかな嘲笑を湛えて彼女は呟く。
「さてさて……次はどう動く?」
闇が支配するその中に、蝋燭の灯がともる。
映しだす女性の姿は妖しく揺らめき、静かな笑い声が部屋の中に響いた。
『大丈夫』
次回より、新展開。
『―――僕が、守るから』
物語は、急転する。
「私は……今の私は、蜀の!桃香様の軍師です!!先生から学んだこの知識で、研鑽で!桃香様の理想を!願いを叶えたいんです!!」
すれ違う心
「―――幾ら幼馴染で同門の出とはいえ、他国の間諜に惑わされないで頂きたいと申しているのだ」
それぞれの思い
「傷つくのが怖くて傷つけて。温もりが欲しくてただ求めて…………そんな傲慢な僕は、けれどやっぱり何処までいっても僕なんだよ」
届かない気持ち
「死ぬ事に意味はなくて、それはただの逃げなんだって知ったんです。だから私は、董卓でも月でもない、他の誰でもないただ私として生きる事を……戦う事を決めたんです」
儚き願い
――――――その時、漸く全てを知った。
嘗て、僕が抱いた願いは。
「月ぇ……!!嫌だよぉ、目を……開けてよぉ!!」
僕が望んだ理想の全ては、糞の役にも立たないゴミ以下の存在でしかなかったという事に。
そして――――――
「奏でよう……血沸き肉躍る、崩落への序曲を!!」
外史は、終末へと加速する。
真・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 第二幕
彼願蒼奏(ひがんそうそう)
7/1
「フフフ……クッ、アッハハハハハ!!!」
絶望が、始まる。
後記
茶々です。
何か次回予告からして既に危機感を抱きかねない茶々ですどうもです。
はい、という事で第一部完結です。
まぁ散々予告とか乱発したくせに結局官渡とか赤壁とか赤壁とか赤壁とか…………書ききれない、というか書けない展開に持って行った自分が憎いですちくせう。
第一部、としてここで一旦区切りをつけたのは、皆様に一度言っておかなければならない事があると思ったからです。
というのもこの作品、以前から散々指摘がありましたがオリキャラが主人公という事で各方面から凄い叩かれ方をしまして、結構悩みました。
「やっぱ原作通り種馬を主人公に据えるか」「いやいや、それだったら他に良作は山とあるだろ。お前の最初の展望通りオリ主で行けよ」……みたいな葛藤を執筆中も考えていました。
口は悪くなりますが『オリ主=作者自己投影』にすぐ結びつける読者も大概だと思うし、そう思わせる自分のレベルも考えもので、じゃあどうすりゃいいんだよと。
自前でサイト作ってそこに載せろよ、という考えもありましたが、ぶっちゃけそんな事するくらいならとっくの昔にやってます。
そんなこんなで熟慮した結果、『万人に好かれる作品』よりも『自分を貫ける作品』でいこうと決断し、それによる弊害その他をご報告しておこうと思いまして。
1:前述しましたが、主人公はオリキャラです。一刀君は今後、出演回数が大幅に減少します。
2:作者の思考により、ダーク・シリアス要素に比重を置いて物語を進めます。
3(*一番重要):今後の展開で原作キャラの死亡を含みます。
はい。
皆様の批難する声が轟音の様に聞こえます。
だからと言って曲げるつもりは毛頭ありません。
これが茶々の作品であり、私個人の初めての長編SSとして、いつかこれを書いていた時を思い返した折に「曲げなくて良かった」と思える為に書きぬいて見せます。
もうそれただの自己満足じゃん、とお思いの方。
自己満足の為だったらもっとチート使います。ニデポナデポ乱舞の目も当てられない様な駄作を腐るほど書いて、そんなんじゃ駄目だと思ったから今のこれを書いているんです。
だったら俺もう読まねー、という方。
それも選択の一つです。白状すると、茶々もこのサイトに載っている作品のうち、読んだのは恐らく全体の一割にも満たないと思います。
趣味嗜好は十人十色。好きな物を読めばいいんです好きな物を。態々無理して苦手な物読んで貰っても大して嬉しくなりませんし読者の方々も不愉快な思いしかしないし-面ばっかりなんですから。
そして、それでもこれからも読んでやるか、とお思いの方。
どうぞ今後ともお付き合いの程、宜しくお願い致します。
後、割と瑣末なようなそうでない様な事ですが、コメント返しについて。
茶々は基本、コメント返しをしないタイプなので「反応薄いなこの作者」とか思っておられる方、どうもすいません。今後もコメント返しはしない方向です。
長々と、本当に長々と失礼しました。
それでは、第二部でお会いしましょう。
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茶々です。
よーやくターニングに差し掛かった茶々ですどうもです。
一応、今回でこの作品は第一部完結という形を迎えます。
色々ありましたがここまで漸くもってくる事が出来ました。ほんとに皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
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