『今日はこれ位にしよう』
予習が終わって背伸びをしたらふと、押し入れに目が行った。
押し入れの中に押し込んでいたままの箱。
その中にはいくつかの写真立てが入っている。
何度も捨てよう捨てようと思ってはみるが結局捨てられないまま6年が過ぎた。
そう、明日で6年目。アイツが居なくなってから…6年が過ぎた……
《喉が渇いたな。お水でも飲もう、稟くんとお父さんを起こさないようにしなきゃ》
私は音を立てない様にゆっくりと階段を下りていくとリビングに明かりが点いていた。
稟くんとお父さんの話声が聞こえたので邪魔をしない様に声をかけようとしたら二人の口からアイツの名前が出て来た。
暗い感情が湧き出て来たので気付かれない様に部屋に戻ろうとしたがその後に聞こえて来た言葉に私の体は雷が落ちた様な衝撃で固まった。
『明日で6年、6年も経つんだ。忠夫君が居なくなってから…』
『おじさん…』
『まるで昨日の様に思いだせるよ、忠夫君が楓を助ける為にあんな嘘を吐いた日の事……いや、嘘を吐かせてしまった日の事を』
『それは俺も同じです。いや、同じ事をやろうとした俺が言う事じゃないですね。おそらく忠夫は気付いていたんだと思います。だから俺の代わりに…あいつは…』
『すまない…本当にすまない!!…私があの日、紅葉に電話さえかけなければ慌てて帰るような事はしなかっただろうに……。そうすれば紅葉も……稟君…君のご両親も…死なずに…』
《……え?……何…それ……だって…電話したのは……忠夫だって…》
『やめてください、おじさんはただ楓が心配だっただけでしょう。その結果不幸な偶然が重なっただけです。その事で俺がおじさんを責めたりしたら父さんが化けて出てきますよ、「馬鹿な事を言ってるんじゃない」ってね』
『しかし、忠夫君は……あの子は…自分が嫌われる事を知っていながら…それでも紅葉を死なせる原因を作ったと嘘を吐いてまで楓を助けてくれたというのに……私は何も……な…にも……』
『…忠夫……』
《!!》
カチャリ
私は震える手でリビングへの扉を開いた。
『か、楓…』
『き、聞いて…いや、知ってしまったんだね…本当の事を…』
『どう言う事なの…?だって…お母さんが死んだのは……アイツの…忠夫のせいだって……自分でそう言ったんだよ!…嘘なんか…嘘なんか吐いた事はなかったもん!忠夫は……タダくんは私に嘘なんか吐いた事なかったもん!!だから…だから……だか…ら……』
私の目からは涙がボロボロと流れている。6年間、あの日から流れる事のなかった、彼が…タダくんが消えたあの日でさえ流れなかった涙が。
お父さんはそんな私を優しく抱きしめながら言った。知らずにいた、知ろうともしなかった、知らなければならない真実を。
『そう、お前は忠夫君の事を信じていた。何よりも、誰よりも……だからこそ信じてしまったんだ…彼の…楓の命を繋ぎとめる為の残酷で優しい嘘を』
――分かっていた…分かっていたの、タダくんは悪くないって……
…私の中から私の声が聞こえて来た。忠夫の嘘を信じた私の中からタダくんの嘘を信じなかった私の声が……
――ゴメンねタダくん、私が…私が弱かったから…
違う、私だけじゃない……私の方こそあんな嘘を信じなければ…私が…私達が嘘を信じずにタダくんを信じていれば……
――うん、そうだよね…私達が……
そして別れていた私と私は私達に…一人の私に戻る。
『ごめんなさい、ごめんなさい……タダくん…ごめんなさい…』
『楓…』
その言葉から幹夫は気付いた、楓が元の楓に戻った事を。
『うわああ~~~~ん、うわああ~~~~~~~ん』
6年間、体の中に溜まっていた悲しみが溢れだすように涙となって流れ出す。
そしてタダくんへの想いがどんどん大きくなっていく。
止まることなく熱い、熱い想いが……
何時の間にか泣き疲れて眠ってしまったのだろう、私は自分のベッドの中で目を覚ました。
起きあがった私は押入れの中からしまいっぱなしだった箱を取り出した。そして…
朝食の準備が終わる頃、稟くんとお父さんが起きて来た。
『か、楓?…』
『楓、大丈夫なのかい?』
『稟くん、お父さん、お早うございます』
目は赤く泣き腫らしていたけど私は笑顔で挨拶をした。
『ああ、お早う…』
『楓、お前は』
『タダくんがあんな嘘を吐いたのは私に笑ってもらうためだったんだよね。だから私は笑うの、何時タダくんが帰って来てもいい様に』
『忠夫が?』
『うん、私は信じる事にしたの。タダくんは帰って来るって、絶対にまた会えるって』
稟くんとお父さんは呆然としてたけど、優しい顔になって頷いた。
『そうだな、俺も信じるよ。帰って来るって』
『勿論、私も信じよう』
楓の部屋の机の上、そこには6年間封印されていた想いと共に解放された幾つかの写真立が飾られていた。
初めて出会った日に、紅葉、楓、忠夫の三人で撮った写真が朝日を受けて光っていた。
そして2年後、想いは叶う。
第九話「何時かもう一度、茜雲を」
稟とシアは一緒に神王邸に帰って来た。
神王邸には横島達だけではなく、連絡を受けた桜と麻弓に樹、亜沙とカレハも集まっていた。
「稟殿、すまねえ……いや、ありがとう」
「稟ちゃん、ありがとう…ありがとう」
ユーストマとサイネリアは涙を流しながら稟に礼を言う。ユーストマのもう二人の妻、ライラックとアイリスも同じように泣いていた。
彼女達にとってもシアは大事な娘なのだから、そして彼女の事も。
「麻弓に樹、亜沙先輩達も来てたんですか」
「うん、忠夫ちゃんに教えてもらったのよ」
「忠夫に?」
「後で成り行きを説明するより最初から知っていた方がいいと思ってな。それで彼女の名前は?」
「ああ、キキョウ…彼女の名前はキキョウだ」
そしてシアの所に女性陣が集まって行く。
「ゴメンねキキョウちゃん、気付いてあげられなくて」
「すみません」
「面目ないですよ」
「でも忠夫が言った。これからはキキョウも一緒に居られるって」
そんなプリムラの言葉を聞いてユーストマは忠夫に聞く。
「だが、どうやるんだ?融合なら何とかなるがさすがに分離なんて成功した例はねえぞ」
「大丈夫、俺にはそれを可能にする力があるんだ」
横島はそう言いながら右手を出すと意識下より文珠を取り出す。
「ヨコシマ、本当にやる気?」
「当然だろ、それに約束したからな。稟がキキョウちゃんを助けたら、今度は俺が助けてやるって」
「た、忠夫ちゃん。その珠は一体何なんだい?気のせいか体の中から出て来たようにも見えたけど」
フォーベシィは文珠を指さしながら聞く。周りの皆も不思議そうに文珠を見ている。
「これは文珠といって霊力を極限まで収束させて作った珠だ。これに意味を持つ漢字を込めて解放すれば大抵の事は出来る。捕縛の【縛】と込めれば文字通り動けなくなるし【氷】と込めれば絶対零度近くまで温度を下げる事が出来る」
「ならもしかして以前、結界の中の私を探し出せたのも」
「これで、【捜】したんだ」
「へ~~、これは凄いね。そん所其処らの魔法具なんか目じゃないよ」
そんな風に樹達が文珠を眺めながら感心しているとタマモが語り出す。
「言っとくけどこれは絶対に此処にいる連中以外には内緒よ。向こうの世界でも文珠を作れるのは人界ではヨコシマだけだったんだから。もしばれたらどんな目にあわされるか分かってるでしょ」
「ああ、当然だ。ばれる訳にはいかねえ、絶対にな!!」
「私も約束するよ。それはそうとその文珠とやらを使って本当に二人を分離できるのかい?分離の【離】だけじゃいくら何でも無理だと思うんだけど」
「勿論一つだけじゃ無理だけどね、文珠は複数個使って並列同期させる事によって応用力が膨れ上がるんだ。今回は【神】【魔】【分】【離】の四文字を使って神族のシアちゃんと魔族のキキョウちゃんを分離させるんだ」
「ねえ、横島くん。ちょっと気になるんだけど、その文珠って高いんじゃないの?」
麻弓がそう聞くとタマモが答える。
「そうね、以前オカルトショップを開いている厄珍って怪しげなおっさんに聞いたんだけど、もし流通に乗ったら一個10億位はかるくするって言ってたわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
暫くの静寂の後…
『じゅ、じゅうおく~~~~~~~~~~!?』
「と言う事は…四個使うんだから40億!?」
「ち、ちょっと待ってよ忠夫!いくら何でもそんな大金使わせる訳には」
あまりの事にキキョウが表に出てきて捲し立てる。
「あ~~、大丈夫大丈夫。それはあくまでも流通に乗った場合で作るのは俺自身だから元手はタダなんだ」
「そ、そうなんだ。あ~~、ビックリしたっス」
「じゃあ、ユーやんにフォっちゃん。何処か広い場所に人払いと認識削除の結界を張ってくれ。さっそく始めるぞ」
「分かった。じゃあ、丘の上の公園にしようか。あそこなら丁度いい」
そうして全員が丘の上の公園に移動するとユーやんとフォっちゃんによって多重結界が張られ外界と完全に遮断される。
「さてと、それじゃあ早速」
横島は文珠に【開】の文字を込めると封印具であるブレスレットにはめ込もうとする。
「た、忠夫さま!?」
「ちょっとヨコシマ、何をするつもりよ!?そんな事をしたら」
神魔人の事を知っている二人は慌てるが忠夫は言う。
「神魔人での姿の方が力の制御は確実だからな。それに皆に本当の姿を見せるいい機会だ」
「本当の姿?どう言う事だ忠夫」
そう聞いて来る稟に一度軽く笑うと横島は【開】の文珠をブレスレットにはめ込む。
すると辺りは眩い限りの光に包まれ、その光が収まると其処にはその背中に一対の翼をはためかせ瞳を深紅に染めた横島が立っていた。
「……タ、タダくん?…」
「忠夫……その姿は一体?…」
「忠夫殿…」
「忠夫ちゃん?」
呆然と自分を見る皆に横島は語り出す。
『言ったでしょ、本当の姿を見せるって。私は元々普通の人間だったけど向こうでの闘いで色々あって、今の私は神、魔、人、それぞれの種族の因子を同時に持っている神魔人と呼ばれる存在なの。普段はこの魔力封じの封印具で力を封印してるから人間の姿で居られるから問題はないけどね』
「あ、あの~~、本当の姿って事は今の横島くんは女の子って事なのですか?」
『…確かに体は女だけど頭の中はちゃんと男のままだよ。口調だけはどうしても女の物になっちゃうけどね。だから今までどおりに付き合ってくれると嬉しいな』
横島はバツが悪そうにそう言うが、
「当然です!!たとえどんな姿になったとしてもタダくんはタダくんです!!」
楓は拳を握りしめて力説する。
『…ありがとう、楓』
横島もそんな楓を抱きしめる。
「は、はわっ、はわわっ!!」
「ず、ずるいです、楓さんばかり。私だって忠夫さまがどんな姿になろうと関係はありません!!」
そんな横島達を見て皆も優しく笑う。
『さあ、始めるわよ。シア、そこに立って。そしてシアとキキョウ、二人ともお互いに向き合っている感じをイメージして』
シアとキキョウは言われたとおりに目を瞑り、目の前にお互いが立っている姿を思い浮かべる。
「そうか、俺にキキョウを助けろと言ったのは」
『そう言う事よ、お互いがお互いを認め合いそれぞれを一人の存在として認識する。それが出来なくては何個文珠を使ったとしても分離は出来ない。どれだけの力があったとしても文珠は万能じゃないんだから』
そして横島は文珠を四個呼び出すと【神】【魔】【分】【離】と込め、シアに向かって放り投げる。すると文珠は一定の間隔でシアを中心に回り出す。
横島は翼を広げてシアに向けて両手を突き出し魔力の制御を始める。
元々この方法は自分の体からルシオラの霊気構造を無理なく分離させルシオラを復活させる為に編み出した物だった。
数ヶ月前……
「うがあああーーーーーー!!」
妙神山で魔力制御の修行をしていた横島は突然苦しみ出した。
『横島さん?横島さん、どうしたんですか!?』
『ヨコチマーー!!しっかりするでちゅ!!』
修行を見守っていた小竜姫とパピリオはすぐに苦しんでいる横島の元に駆け寄る。
『これはまさか……ヒャクメよ、すぐに横島を霊視するのじゃ!!』
『わ、分かったのね~~!!』
老師に言われたヒャクメはすぐさま横島の霊視を始める。
『こ、これは大変なのね~~、横島さんの体の中で魔族因子が暴走してるのね~~』
『やはりそうか…小竜姫よ、横島の暴走を抑える為の魔力封じの結界を張るぞ。準備せい!!』
『は、はいっ!!』
横島は加速空間の中に作られた結界の中で眠らされていた。暴走も結界の力によって少し落ち着いていた。
『どう言う事なんですか、魔族因子の暴走なんて?ルシオラさんから譲り受けた霊気構造は安定していた筈では…』
『安定はしておった。…じゃがおそらく文珠の並列同期の修行の為に高まった魔力が引き金になって、ルシオラの霊気構造に含まれていた魔族因子が暴走したのじゃろう。……まったく皮肉な事よな、ルシオラを復活させる為の修行が横島を苦しめる事になろうとはの』
現在妙神山には連絡を受けた仲間達が集まっていた。
「老師様、横島さんは…横島さんはどうなるんですか?」
「隠していてもしょうがないでしょ、はっきり言ってちょうだい。横島クンはこのままじゃ……魔族に…なっちゃうんでしょ…」
美神の言葉に仲間達は驚愕する。
「せ、先生が魔族になるとはどういう事でござるか?一体先生に何があったんでござるか!?」
「ヨコシマの過去に私達の知らない何かがあったというのは分かるわ。…いい加減教えて頂戴!!何があったの?ルシオラって誰!?」
シロとタマモの問いによって皆押し黙るが、美神がようやく重い口を開く。
「ルシオラ…それは横島クンの恋人…恋人だった女性(ひと)の名前よ」
「せ、せんせ…いの…」
「恋人?…」
「美神さん」
「こうなった以上、彼女達も本当の事を知っておくべきよ。責任は私が取るわ」
そうして美神は語り出す、魔神大戦の真実を。
千年前から続くアシュタロスとの因縁。
その先兵としてやってきたルシオラ、ベスパ、パピリオの三姉妹。
パピリオに攫われ、そのままスパイとして敵陣に潜り込む事になった横島。
そんな中で何時しか横島とルシオラの二人はお互いに引かれあう。
南極での闘いの後に訪れた穏やかでささやかな平穏な日々。そして始まるさらなる激闘。
奪われた魂の結晶と消えかけた美神の魂。そして動きだすコスモプロセッサー。
ルシオラは横島を先に進ませる為に自らベスパとの闘いに赴く。
ルシオラがベスパの魔力砲を受ける直前に飛び込んで来た横島がルシオラの盾となって霊気構造を破壊する妖毒が込められた魔力砲を受け、死の淵に立つ。
そんな横島に自らの霊気構造と共に命を捧げるルシオラ。
美神を救出させる為にルシオラは自分は大丈夫だと横島を送り出すが、それは横島を前へと進ませる為に吐いた嘘。
美神を救い、魂の結晶を取り戻す横島に告げられたルシオラの死。
アシュタロスは一つの選択を横島に突きつける。
『結晶を渡せばルシオラを蘇らせ新しい世界のアダムとイブにしてやろう』
突きつけられた残酷な二者択一、だが横島は選ぶ。
「どうせ後悔するならお前を倒してからだ、アシュタロスーー!!」
結晶を破壊し、世界を選んだ横島。ルシオラの命と自身の心を犠牲に……
「こうして世界は救われた、例え様も無い悲しみと苦しみを二人だけに押しつけて…」
涙を流しながら美神は語り終える。美神だけではない、誰もが涙を流していた。
真実を知ったシロとタマモも抱き合って泣いていた。
「そ、そんな事があったのにヨコシマは私達にあんなに優しく…」
「馬鹿でござる…拙者達は先生のそんな傷にも気付かずに甘えてばかりで…」
「私は…私はたとえ横島さんが魔族になったとしてもかまいません!!私は横島さんの事をずっと…」
おキヌはそう言い、皆も頷くが…
『じゃが、このままでは横島と言う存在は消えてしまう。魔族因子が横島の人族因子を食い尽した瞬間全く別の魔族に生まれ変わる事になるじゃろう』
『そ、そんな…そんな事って……老師!!何とか、何とかならないんですか!?』
小竜姫の悲鳴にも似た問いかけは此処にいる全員の気持ちを代弁していた。
『…今、横島にしてやれる事は二つのみ。一つはこのまま人として死なせてやる事』
そんな老師の言葉にタマモが食ってかかる。
「死なせてやるってどういう事よ!?それの何処がヨコシマの為なのよ!?」
『今死なせてやれば横島は人として転生の輪に入る事が出来る。そうすればいずれまた人として生まれ変わる事が出来るんじゃ』
「だったらもう一つの方法とは何なんだ?」
そう雪之丞は聞く。
『魔族因子の暴走を抑える為に対となる神族因子を横島に植え付ける事じゃ。そうすれば横島の意識は消える事はなくなる』
「ならそうすれば…」
『じゃがその代わりに横島は完全に人間ではなくなる。何しろ神、魔、人の因子を同時に持つ事になるのじゃからな』
老師の説明に皆は言葉を失った。
『どうするかは横島自身に決めさせるしかあるまい。儂等が勝手にどうこう出来る問題ではない』
「それしか…ないわね…」
そうして最終決断は横島に託された。
『…と言う訳じゃ。横島よ、辛いじゃろうがどちらかを選んでくれ。このままお主を魔族に変えさせる訳にはいかんのじゃ』
「……神族因子を植え付けた場合、ルシオラはどうなるんスか?」
『ヒャクメに霊視させたところ、ルシオラの魂はお主の魂と融合しかかっておるらしい。おそらくはそのまま固定されるじゃろう。その場合、ルシオラは今生での転生は不可能となりお主の死後、共に転生の輪に入る事になる』
「……分かった、やってくれ」
『良いんじゃな』
「ああ、俺は死ぬ訳にはいかない。ルシオラの為にも」
『ならばさっそく始めるぞ。小竜姫よ、お前の神族因子を横島に移すのじゃ』
『はい、横島さん、苦しいでしょうが少しの間我慢してください』
小竜姫は横島の胸に手を置くとゆっくりと自分の体から神族因子を送り込む。
すると、体の中で魔族因子と神族因子がせめぎ合い放電が起こる。
「うわあああーーーーー!!」
横島は悲鳴を上げ苦しみ出す。小竜姫の体にも放電の逆流が襲ってくる。
『くううっ!よ、横島さん…頑張ってください!!』
「うわああああ………
……あああああーーーーーー!!』
まず、横島の声が変わった。ルシオラと小竜姫の声が重なった様な感じに。
そして目の色が変わる。黒から真紅、そして蒼に。
身体つきも変わる。男の物から女性の物に。
さらには背中から二対四枚の薄緑色の翼が出て来た。
「よ、横島クン?ちょっと老師、これって一体…」
『やはり、この姿になったか…』
「この姿って…どう言う事なんですか?この姿は魔族というよりまるで女神の様ですが」
ピートはそう問いかける。
『そう、女神じゃ。ルシオラの霊気構造の元となっておるのはアシュタロスの物、魔族因子もしかり。じゃが、アシュタロスは最高指導者達にその罪を許されすでに消滅しておる。それによって横島の体内に残されている霊気構造のアシュタロスの部分も変わっておるのじゃ。奴の前神であるイシュタルの物にな』
「じゃあ、今の横島は女神って事か!?」
『いや、あくまでも女神クラスの力を持っておるという事じゃ。それに横島の体の中には神・魔・人の因子が混在しておる。例えて言うなら「神魔人(しんまじん)」と呼ぶべき存在じゃ』
そう言っていると横島の体からは放電は収まっていて、神族因子を提供した小竜姫の体は子供の様に縮まっていた。
横島は荒い呼吸の中、変わってしまった自分の体を呆然と見つめていた。
・
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横島に制御される文珠の中心でシアの体は徐々に光に包まれていく。
《そう、あの後の私は自分でも思いだすのが嫌な位酷かった。何をするでもなくまるで抜け殻の様にただ日々を惰性で過ごしていた。皆の心配なんて気にもしないで》
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「…横島クンはまだあのまま?」
「はい…いくら話しかけても応えてはくれません」
横島はあの日からずっと修行場の庭にある岩の上で空を見上げていた。
誰とも関わろうとせず太陽が沈み、夕焼けが消えるまで。
「わ、私達では…何も…グスッ…横島さんに何もしてあげられないんでしょうか?」
「もうすぐ横島クンのご両親が来る事になってるわ。あの人達に任せてみましょう、私達には無理でもきっと何とかしてくれるわ」
美神はおキヌの肩を抱きながらそう言ってなだめる。
それから暫くして百合子と大樹がやって来た。
「で、人様にこれだけ心配掛けさせてる家の馬鹿息子は何処だい?」
「お、お義母さん。横島さんにあまり酷い事は…」
「とにかく、案内してくれないかい」
さりげなく義母と呼んだおキヌをスルーして百合子は忠夫の居る所に案内させる。
「……あ、あれが忠夫なのか?」
庭で岩の上に座り、空を見上げている横島を見て大樹は呆然としている。
百合子はそんな横島の元へと歩いて行く。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。ここは私に任せて二人にしておいておくれ」
「待ってくれ、俺も一緒に…ぐはあっ!!」
一緒に行こうとした大樹は百合子の裏拳で吹き飛んだ。
「却下。アンタが一緒だと娘に飛びかかりそうだからね」
「む、娘とのコミュニケーションが夢だったのに……ぐふっ」
大樹、終了。
百合子はゆっくりと歩いて行き、何も言わずに横島の横に腰を下ろした。
『……は…してた…』
横島はポツリポツリと話しだした。
「何をだい?」
『覚悟はしてた。分かってた事だった、でも…でも……感じられないの…今まで確かに私の中に居たルシオラが……感じられないの』
「どんな人だったんだい?」
『とても…いい娘だったよ。……笑顔が可愛くて、夕陽が好きで……い、命懸けで私を助けてくれたのに……見殺しにして…今度だって……結局たすけ……助けられなかった…私は何も……ルシオラに何もしてあげられなかった』
そう語りながらボロボロと涙を流す横島を百合子は自分の胸の中に抱きいれる。
「何もしてないって事はないだろ。今、お前は生きてるじゃないか。ルシオラって娘が望んだのはお前が生きている事なんだろ、ならお前は生きなきゃ駄目なんだよ。お前はお前として生きていく事、それがルシオラにしてやれる事なんじゃないのかい?」
『だ…けど、だけど…私はルシオラに…会いたかった…もう一度……会いたかったよ~~』
横島は百合子に抱きついて胸の中に顔を埋めて泣き、百合子もそんな横島を優しく抱きしめ頭を撫でてやる。
「泣きな、今は思いっきり泣きなさい。母親の胸っていうのはね、子供を育てる為、そして子供を泣かせてやる場所でもあるんだからね」
『うわあああ~~~~ん。うわあああ~~~~~ん』
ひとしきり泣いた後、横島は顔を上げるとバツの悪そうな笑顔を見せる。
「さあ、もう気はすんだろ。後は心配をかけた連中に謝る番だよ」
『う、うん』
そして二人は皆が集まっている広間に入って行った。
『み、皆…心配掛けてゴメンなさい…』
横島は泣き腫らした顔で、それでも精一杯の笑顔で皆に謝る。
「横島クン…」
「横島さん…」
「せ、せんぜえ~~…」
「ヨコシマ…」
事務所のメンバーはそんな横島の元に駆け寄る。
「まったく、心配掛けやがって」
「でも、横島さんが元気になって嬉しいんジャー!!」
「はい、僕も嬉しいです」
雪之丞やピート達も喜んでいる。
「冥子も~嬉しいの~」
「立ち直るのが遅いワケ」
「でも、横島さんなら立ち直ってくれると信じてました」
冥子にエミ、魔鈴も笑顔で見ている。
『ルシオラちゃんとは生まれ変わってから会えるでちゅ』
『そう言う事さ、会えない訳じゃないんだ』
パピリオとベスパも笑っている。
『そうよね、ルシオラとはまた会える。たとえ来世だとしても……』
横島は日が沈みかけ、夕陽に染まる空を見ながら約束をする。
『もう一度一緒に見よう、あの…茜雲を』
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・
光の中には二人分の影が見えて来た。
『もう少し、もう少しで』
徐々に弱まって行く光、そして完全に収まると其処には二人のシア…いや、シアとキキョウが向かい合って立っていた。
「…あ…あ、ああ…」
シアは涙を流しながらキキョウの頬を撫で、その存在を確認する。
キキョウも同じようにシアの存在を、そして自分が此処にいる事を確認する。
「キ、キキョウちゃん…本当にキキョウちゃんなの?」
「う、うん…うん、私は此処にいるよ…シア…」
生まれてからずっと表と裏、一人だった姉妹はやっと表と表、二人の姉妹に戻る事が出来た。
「ずっと…ずっとこうやって会いたかった…やっと会えたよ…キ、キキョウちゃ~~~ん!!」
「私だって…私だって……シア、シアーーー!!」
号泣し、抱き合う姉妹を見ながら仲間達もまた泣いていた。
「俺が言う資格はねえんだが、本当によかった…ありがとうよ、忠夫殿。……忠夫殿?」
横島は稟達とはまた別の意味での涙を流しながらその光景を見ていた。
いや、シアとキキョウの二人に自分とルシオラの姿を重ねていた。
「ヨコシマ……」
横島は自分の体を抱きしめる様に腕を回し、膝を地面に付け泣き続ける
その涙の意味を知っているタマモは横島に寄り添い、その肩を優しく抱く。
「忠夫、どうしたんだ?」
「タダくん」
「忠夫さま」
そんな横島の所に皆は集まって行く。
「忠夫くん、大丈夫?」
「やっぱり、何か無理をさせたんじゃ…」
特にシアとキキョウは心配そうだ。
『……じゃ…なかった…無駄じゃ…なかっ……た…』
「え?」
「忠夫?」
『無駄じゃ無かった、無駄じゃなかったんだ…そうだよね、ルシオラ……』
ルシオラを復活させる為の手段だったが、それは叶わなかった。
しかし、シアとキキョウを分離させ、二人を救う事が出来た。
この力は無駄ではなかった。だからこそ、横島は顔を上げて笑う。
涙は止まる事はなかったが、それでも最高の笑顔だった。
『さあ、稟!お次は仕上げよ!!』
「仕上げ?」
『ねえ、ユーやん。確か神界は一夫多妻制だったわよね』
「あ、ああ、そうだが?」
『つまり、シアと稟が結婚すれば稟はユーやんの義息子(むすこ)になるのよね。その後、キキョウと結婚すれば…どうなる?』
「そうすれば……キキョウは俺達の……義娘(むすめ)だ!!……その手があったかぁーーーーー!!」
「やったぁーーー!!神ちゃん、ラヴよ!とぉーーーーーってもラヴ♪」
『キャーー、キャーー!!』
神王一家は浮かれまくっていた。
「ちょっと待て!!いきなりそんな事を言われても」
稟は当然慌てるが、
「稟くん……イヤなの?」
「そうよね、いくら何でも稟の気持ちを無視する訳にはいかないわよね」
「うん、我儘言って嫌われたくないもんね」
落ち込むシアとキキョウの二人を見て、
「い、いや、別に嫌っていう訳じゃないぞ。ただ、あまりに突然だったんで」
と、言ってしまった。
「じゃあ、いいの?」
「いいんだよね!」
「どうなんでぇ、稟殿!!」
『どうなの?稟ちゃん!!』×3
たたみかけてくる神王一家に押された稟は、
「は、はいっ!!よろしくお願いします!!」
了承してしまった。
「キャーー!やったーーあ!よかったねキキョウちゃん!!」
「うんっ!シア、よかったね♪」
「それでこそ稟殿よ!!」
『よかったわ!これでキキョウちゃんも正式に私達の娘よ!!』×3
「とぉーーーーーーてもラヴ♪」
「あ、あれ……何時の間に……は、ははははは」
もはや、この事態を受け入れるしかない稟は笑うしかなかった。
「稟くん…」
寂しそうに稟を見る桜に横島は言う。
『大丈夫よ桜。言ったでしょ、神界は一夫多妻制だって。だから桜も一緒に結婚しちゃいなよ、いいわよね。シア、キキョウ』
「当然っ!皆で幸せになるっス」
「私も大賛成よ」
「シアちゃん、キキョウちゃん、ありがとう。稟くん、私嬉しいよ」
涙を流しながら喜ぶ桜に稟は何も言えずに代わりに横島を睨みつける。
「た、忠夫…お前な…」
『大丈夫、稟なら、稟ならきっとやってくれると信じてるわ。頑張れ、稟!!』
そう言い、親指を立てサムズアップ!!
「すっごい、いい笑顔だな、忠夫…」
こうして波乱にとんだ一日は過ぎていく。
翌日。
「ふふふふふふふふふふ…はーーっははははははははぁーーーーーーっ!!
遂に…遂にこの日がやって来たーー!!幾多の苦難を乗り越え、長き時の果てに、今!此処に!俺!ふっかぁーーーつ!!」
芙蓉邸の扉から出て来たのは、ようやく男の姿に戻れた横島だった。
「あはは、よっぽど嬉しいんだね忠夫ちゃん」
「まあ、無理もありませんわ」
「でも、残念なのですよ。女の子の姿の横島くんの写真は高く売れてたのに」
そんな中、樹は地面に沈み込みそうなほどに項垂れていた。
「あれだけの美女が…我が女神が…むさい男に…」
「あ~~、うっとおしいわね」
「ロードランナーの術で埋めるか?」
「嫌な草が生えてきそうだから止めといた方がいいのですよ」
そんな会話をしていると神王邸の扉が開いてシアとキキョウに桜、そして稟が出て来た。そして、それぞれの左手の薬指には指輪が光っていた。
「おめでとう皆。似合ってるわよ」
「ありがとうっス、亜沙先輩」
「シアもキキョウも桜も皆幸せそう」
「今でもまるで夢を見ているみたいです」
「大丈夫、夢じゃないわよ桜。ちゃんと確かめておいたから」
「確かめるなら自分のほっぺでやってよキキョウちゃん」
シアは赤くなった頬をさすりながらそう言う。
「どうした稟、元気がないぞ。わはははははは」
「……そうやって笑っていられるのも今のうちだぞ忠夫」
そんな事を言う稟の目が紅く光って見えるのは気のせいだろうか。
「どう言う事だ?」
「そう言えばさ忠夫ちゃん、ネリネちゃんや楓達は何処なの?」
「なぬ?」
首を振りながら辺りを見回すがネリネに楓、タマモも居ない。
横島が嫌な予感に冷や汗を流していると魔王邸の扉が開き、三人が出てくる。
……その左手の薬指に指輪を光らせながら………
「…あの~~、ネリネさん達。その指輪は何じゃらほい?」
「勿論、婚約指輪だ」
稟はそう言いながら横島を羽交い絞めにして拘束する。
「り、稟、何をする?婚約指輪とはどういう事だ!?」
「だから、忠夫ちゃんとネリネちゃん達が婚約するという事だよ」
真っ赤になってうつむいている三人の後ろからフォっちゃんが現れる。
「婚約って…魔界は人界と同じ一夫一妻制じゃなかったのか?」
「うん、そうだよ。だから神界で式を上げるのさ」
「……はい????」
「神界の一夫多妻制はね、『神界での結婚』にも有効なんだ。つまり、例え魔族や人族であっても神界で結婚すれば何人でも妻を持てるんだよ」
「だからネリネも楓もタマモもまとめて忠夫と結婚できるという訳だ。勿論、嫌とは言わないよな」
はははは…と乾いた笑いを浮かべる横島にネリネ達は瞳を潤ませながら近づいて行く。
「タ、タダくん…わ、私嬉しいよ…」
「忠夫さま、私は何時までも貴方に尽くし続けます」
「ヨコシマ、私達が結ばれるのは運命だったのよ」
「さあ、忠夫ちゃん。左手を出して」
フォっちゃんは横島用の指輪を出してゆっくりと近づいて行く。
この期に及んではもはや逃げ場はないと悟り、横島は項垂れながら左手を出す。
楓、ネリネ、タマモの三人は一緒にその薬指に指輪をはめていく。
「うふふ。シロ、私の勝ちよ」
そう、タマモはほくそ笑む。
そして、GS世界…
「うがあああーーーーーーーー!!」
「ど、どうしたの、シロちゃん!?」
「いきなり何なのよ!?」
突然叫び出したシロに美神達は驚く。
「タマモに…あの女狐にとんでもなく出し抜かれた気分がしたんでござるよ~~っ!!」
「なん…デスッテ……」
「シロの超感覚に反応するって事は……何をしてるのよあの二人はーーー!!」
そして、シアとネリネの婚約は三世界全域に発表され、世間は…特にバーベナ学園の男子生徒は大混乱に陥り出家する者も居たという。
続く。
キャラ設定5
横島忠夫(神魔人形態2)
作中での表記にあるように、神魔人形態での本当の姿はアシュタロスの前神であるイシュタルの影響を受けた為、目は蒼く、翼も二対四枚で正に女神の姿である。
普段が目が赤く、翼も二枚なのは魔力封じの宝具の封印を受けている為である。
寿命は宝具を付けている状態なら人間と同じ程度だが外すとほぼ、永遠。
リシアンサス
神界の王であるユーストマと魔界の姫であり、
フォーベシイの妹のサイネリアとの間に生まれた娘。
本来なら双子として生まれる筈だった妹と共に一つの存在として生まれて来た。
同じ体を共有している訳では無く、其々の肉体を持っている。
幼い頃から意識下で妹と話をしたりして掛け替えの無い存在として暮らして来た。
幼い頃、人界で迷子になり不安でいた時に稟と出会い、稟に想いを寄せる様になる。
横島への呼び方は「忠夫くん」
キキョウ
シア同様、ユーストマとサイネリアとの間に生まれたがシアと一つの体、
さらにはシアとは逆に魔族として生まれた為にその存在を無かった事とされた。
幼い頃にシアと共に稟と出会い、遊んでいるうちに稟に想いを寄せる。
体を共有している為に表に出てくる事も出来るが自分の居場所がない事を悟り、
シアの意識下に消えようとしたが稟に貰ったキキョウの名で自分を取り戻す。
横島の力によってシアと分離し、ようやく一人の存在になれた。
横島への呼び方は「忠夫」
あとがき
この二組の婚約は最初から決めていた事で、当然まだまだ増えます。
横島の神魔人形態でおかしいと思われたでしょうが、実はあれが今の横島の本当の姿です。
【開】の文珠での神魔人形態はまだ宝具での封印を受けている状態なのです。
さて、次回は今回書き切れなかった神魔人化後の話など、幾つかの短編をまとめようと思います。
ではまた次回に。
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一姫「お待たせ、九話目の完成よ」
聖「よければ読んでやってね」
ネコ一姫「暇つぶしにはなると思うニャン」
横島「所で乱の奴は何処だ?」
一姫「さあ?何処に逝ったのやら」
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