華琳と春蘭は、千名ほどの親衛隊を引き連れて各地の街や村を巡った。名目は視察だったが、本当の目的は西の森の偵察である。
こちらを動きを悟られないよう、あえて遠回りをして西の森に一番近い村を目指した。
「春蘭、日が暮れたら精鋭を五十名ほど連れて一緒に来なさい」
「夜に出かけられるのですか? 出来れば明るい時の方が……」
「それでは向こうに見つかるかも知れないでしょ?」
村の外に天幕を張り、誰も近付けないよう言い伝えて華琳は春蘭と二人で今後のことを話し合っていた。村人たちには視察であることを伝え、何かおかしなことはなかったかそれとなく情報を集めていた。
「ガラの悪い輩が数人ほど、森の中にいるそうです。村人が近付くと威嚇してくるそうですが、それ以外は特に何もしないとの話でした」
「そう……見張りかも知れないわね」
「はい。私もそう思います」
「回り道をして様子を探ってみるわ。音をたてないよう、兵士たちに鎧などの装備は外させなさい」
「華琳様! それは危険です」
「見つかった時、村人のフリをする方が逃げられる可能性が高い気がするわ」
「なぜですか?」
「村人には手を出していないでしょ? 何かあれば、兵士を呼ばれるからよ。おそらく今は、騒ぎを起こしたくないんだわ」
こうして華琳や春蘭と精鋭五十名は武装せず、村人のような格好で西の森に入った。最後まで春蘭が危険であると剣は持っていくよう進言したが、相手は庶人の集まった黄巾党ということで華琳が押し切ったのである。
その代わり精鋭は、素手でも十分に強い者が選ばれた。
「必ず三人ずつで行動すること」
春蘭が部下に告げ、いくつかに別れて偵察を行うこととなった。華琳だけは春蘭と五人の兵士に囲まれている。
「人の踏み入った形跡がほとんどないわね」
華琳は、太い幹を調べながら呟く。どの木も、かなりの樹齢がありそうだった。
「村人が薪や食べるものを取りに、時々入るくらいだそうです。古い砦というのも、今は誰も近付かないという話でした」
「そう……」
日が暮れてすっかり暗くなった森の中を、華琳たちは進む。灯りはつけられないので、獣道を手探りで進むしかなかった。
「足元にお気をつけください。木の根が、飛び出しています」
比較的、夜目の利く春蘭が華琳の手を引きながら目的地を目指した。
見張りと思わしき輩を数人、背後から気絶させて様子を伺う。
「何の音かしら?」
暗闇の中で蠢く無数の影が、何やら擦るような音をたてていた。
「この音は……のこぎりのようです」
春蘭が言う。確かによく見れば、巨大なのこぎりを二人で綱引きのように曳いているようだ。そして太い幹に縄を掛け、倒れる木をゆっくりと地面に下ろしていた。
「大量の木をどうするつもりかしら?」
枝を落とした幹は、荷車に乗せて運ぶようだった。このために作ったのか、荷車には見たこともない巨大な車輪が付いている。
「どうしますか、華琳様?」
「……一度、戻りましょう」
華琳のその言葉に、春蘭たちがゆっくりその場を離れようとしたその時、作業をしていた一人がこちらに振り向いた。その顔は、人の顔ではない。
「オーク!」
思わず叫んだ春蘭の声に、全員が一斉に振り向く。その姿はまさしく、オークと呼ばれる種族のものだった。
瘤だらけの醜く歪んだ、豚のようなその顔は呪いのためだと言われている。彼らは主に仮面を被って、家畜や病気の動物を処分する仕事をしているのが普通だった。
「オ前タチハ、何者ダ?」
「私たちは……近くの村から来たわ」
言いながら、華琳は後退る。
「見ラレタカラニハ、生キテカエサナイ」
「こうなれば仕方ありません。華琳様だけでも、お逃げ下さい!」
「ダメよ、春蘭!」
「いいえ!」
いつもは華琳に逆らわない春蘭が、強い口調で言った。
「オークが相手では、さすがに私でも素手で華琳様を守りながら戦うのは難しいです」
「武装を解除させたのは、私の責任。ここで私が一人で逃げれば、他の者にも示しが付かないわ」
「お願いします、華琳様! 私一人なら、必ず戻ります」
「春蘭――」
その真剣な眼差しに、それ以上、華琳は何も言えなかった。
走りながら、とても惨めな気持ちになった。華琳は己の甘さを悔やみ、今はただ、急いで村に戻り武装した兵士を連れて戻ることだけを考える。
「必ず生きているのよ、春蘭」
春蘭はもちろん、大事な部下を一人だって死なせたくはない。暗闇を、星を頼りに華琳は走っていた。
その時、不意に何かが横から現れた。応援に駆けつけたオークだろうか、華琳には気付かずに走って行こうとする。
「はっ!」
華琳は横からオークの顔面を殴りつけた。突然の出来事に、オークはその場に倒れてる。だが、頭をフラフラさせてはいるが気絶するほどではない。
すかさず、華琳は馬乗りになって何度も何度もオークを殴った。皮膚の硬いオークの顔は、叩く手も痛くなるほどだ。握った拳が赤く腫れ、皮膚が裂けると血が滲む。
気付いた時は、オークはすでに意識を失っていて、華琳の手もボロボロだった。
「はぁ、はぁ……なんてザマかしら」
重い体を引きずるように立ち上がって、華琳は再び走り出す。だが、村に近付いているのか確信がない。星を見て方向は確認しているが、広がる枝葉が邪魔で空があまり見えないのだ。
(こんなところで、終わるわけにはいかないのよ)
一度決めた、覇道だった。そんな自分を信じ、付いてきてくれる人々がいる。こんなところで足を止めることはできない。
だが――。
(春蘭や秋蘭を失っても、私は歩き続けるのかしら……)
二人は特別だ。皆が大切な仲間であることに変わりはないが、それでも夏侯姉妹は華琳にとってかけがえのない存在と言える。
華琳は、迷いを振り払うように頭を振り、ただ急いで走った。しかし暗闇で足元もよく見えないなか、地面から飛び出た木の根に足を取られてしまう。
「あっ!」
体を支えようと、倒れる方を見る。そこには何もなく、深い闇が口を開けていた。
(崖が――!)
気付いた時は遅く、倒れた華琳の体は闇に呑まれ、深い崖に落ちていったのである。
北郷一刀たちは、村を出た。商人が来れば、自分たちの正体を知られてしまう。迷惑を掛ける前にと、まさか『天の御遣い』などと呼ばれているとは知る由もない一刀たちは、村人たちに礼を述べて出てきたのである。
それから数日、湖を見つけたのでそこで野宿することとなり、準備をしていた時だった。
「ちょっと、汗を流したいの」
詠に言われ、一刀はしばらくブラブラと時間を潰すこととなった。向こうには恋も居て、赤竜のセキトが見張りをしている。万が一という心配はなさそうだった。
「ついでに、何か食べられそうなものでも集めるか」
旅の途中で、猪や兎を干し肉にしている。今も携帯し、いつでも食べられるようになっていた。だが、そればかりではさすがに飽きるので、山菜や木の実などを探してみることにした。
「キノコはわからないからなあ……」
暗闇でよく見えない中では、キノコの選別は難しい。見つけたキノコを諦めて、一刀はさらに進んで行く。すると、何かが倒れているのを見つけた。
「何だ?」
近付くと、それは人のようだった。
「大変だ!」
十メートルはあるかと思うほど、高い崖の下だった。一刀は注意深く、その人物を見る。金色の髪をツインテールにした女の子――華琳だった。
意識を失って、ぐったりしている。すぐに体を調べてみたが、外傷はなさそうだ。
「でも、頭を打っていたら動かさない方がいいって聞いたことが……」
迷った一刀は、華琳をそのままにして薪を集める。そしてすぐ近くで、焚き火を始めた。
こんな少女が、一人で来たとは思えない。誰か連れが居るなら、この焚き火で気付くかも知れないと考えたのである。
この外史において、これが一刀と華琳の出会いであった……。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
色々と難産でした。ファンタジー要素も強めでお送りします。
楽しんでもらえれば、幸いです。